奥様
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    イギリスはどうなる?
    詳しくは知らないけれど、
    イギリスは二大政党政治の見本みたいだったのに、
    今は三つ巴なんだそうだ。

    で、今人気が薄れている労働党の党首ブラウン氏が、
    外し忘れたマイクのおかげでとんでもないことになっているとか。

    地方のおばさんとの会話のあと、
    その人のことをあんな人と話すんじゃなかった、偏見のある人だ・・・とかなんとか喋っていたのが、
    そのままラジオですっぱ抜かれて、
    頭を抱え込んでいた。

    そのおばさんは、
    労働党の移民政策に対して批判をしていた。
    東ヨーロッパからの移民にもっと厳しくして欲しい・・・というような内容だったと思う。

    移民問題は、どこでも深刻なんだろうな。
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    【2010/04/29 21:51】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(13)
    この記事に対するコメント

    古い話で言えば、旧西ドイツでは、1980年代後半からトルコ系移民問題が表面化していました。

    西尾先生に「最底辺」(ドイツ語で「ガンツ・ウンテン(Ganz Unten)」と言えばわかると思いますよ。
    【2010/04/29 23:53】 URL | キラーカーン #nQ9qoiCQ [ 編集]


    >キラーカーン様
    明日から5月ですねぇ。

    動物の本性として、テリトリーを守るとか、同種を大切にし、異種を排撃するというのは当然のことなのかもしれませんね。
    【2010/04/30 09:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    イギリスというのはケルト系の原住民族に対し、イングランド人やウェールズ人たち外来民族が征服支配していって形成された移民国家、多民族国家なわけで、実はアメリカに非常に類似したものをもっている国なんですね。よく日本人に、イギリスと日本は似ている、なんていう意見をいう人がいますが、これはまったくあてはまらないと思います。移民国家の感性というのは、移民に対して、異常な寛容さと異常な排他性の二面性をもっていると思うんですよね。「自分たちがそういうふうにしてできた」ということと、「自分たちがそういうふうにして滅ぶかもしれない」という両面が、その二面性につながっているからなんでしょうね。
      
     最近、ジャーナリストの長谷川公昭さんの「世界ファシスト列伝」(中公ラクレ)という本を読んで、たいへん面白かったのですが、ファシズムというのは、何もドイツやラテンヨーロッパの専売特許ではなく、フランス、イギリス、アメリカ、スイス、ベルギーといった、一見すると民主主義のイメージの国にも、二十世紀には強力なファシズム勢力の台頭があって、政権に近いところまで伸びたりするんですね。その台頭の背景には必ず、移民問題・民族問題がからんでくるんですね。

     イギリスは多民族国家で移民国家だ、といいましたが、上記の国々も実はみんな似たかよったかの歴史的背景をもっていて、移民や民族支配で、歴史が何度も「終わった」ことの経験をもっているわけです。そういう不安感があって、不安定な時期になると、「また終わるかもしれない」とばかりに、自分たちの民族の正統性を形而上学的に保証してくれるファシズムにしがみつきたくなる。でもそういう自分たち民族にしたって、民族移動やら移民やらでそこの国民国家の中央にいるわけですから、表面的には寛容でなければならないタテマエがあるわけです。

     こういう意識の二重構造は日本人には絶対に体感できない感覚でしょう。早い話、日本は一度も、民族の移動の歴史で「終わった」という経験がないから、ですね。哲学者の森有正さんが、日本は世界で唯一「終わり」を経験したことのない国民だ、といいましたが、私はその言葉の本当の意味は、民族ということを他者ととらえる感覚経験がないことからきている、と思いますね。だからどこかの大臣みたいに、「真剣」に、外国人受け入れなどに寛容を主張し、それはヨーロッパもやっていることだから、というバカな発言をしてしまう現状があるわけです。

     「終わり」をまだ経験したことはない、のは日本人の欠点かもしれませんが、しかしそれを自覚しつつ、あえて「終わらせる」ようなことをしなくてもよい、とも思うんですね。かつて石川好さんは日本に移民を入れることでノーテンキな日本人を鍛えるべきだ、みたいなことをいい西尾先生と論争になりましたが、石川さんのような主張はやはり採用できないですね。そんなたやすいことではないからです。幸せな環境に育った人間は、下手に不幸な境遇にあこがれてたくましくなろうとするべきではない。幸せをうまく守る研究をすればいいんでしょううね。
    【2010/04/30 10:04】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]


    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-915.html
     いつもの事ながら、うさねこ様の見事な整理は刺激的ですなあ。読み手の側にしてみると、例えば昨夜こちら(↑)で書いた前稿の妄想論理が「語彙における意味論上の二重交叉による相互溶解に基づいていた」事などに気付かされています。脱稿時点でまだ言葉になっていなかった言葉を感覚の底から引きずり出す上で、触媒となる沢山のヒントを勝手にアレコレ頂戴してる次第(ありがたや♪)。…私は言葉だ。読み手でもあり、書き手でもある。
     以下は拝読前、すなわち昨夜の段階で書きかけていた稿。それをいったん区切ってから、拝読後の追記を続けます。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >棲み分けが最大の秩序維持法だと思うけど。。。
     そうなんでしょうね。たぶん。…で、その「棲み分け」の実態を、移民秩序の根本問題として共有していたのが嘗てのアメリカとナチスだったとしたら?
     新興国アメリカは開き直って、今に至るまでユートピア幻想を世界中にばら撒き続けている。片や伝統国としての変遷を来歴とするナチス(その来歴宣伝文句が世界屈指の名文句たる「第三帝国」!)は、田舎の土着性から成る反撃本能の極大化を目論んだ挙句、運悪く(?)「ドイツ国民を置き去りにしたまま」滅びた。
     アメリカは必ずしも来歴を必要としなかった。その来歴を剔り返したのが他ならぬ「ルーツ」への普遍的憧憬であった。一方には民族的ルーツがあり、一方には宗教的ルーツがある。しかしそれらはどれも燻った時代感覚の超越を「戦争により」唆された結果であり、ひいては南北戦争、第二次大戦、ベトナム戦争と回を重ねる毎に思い起こさざるを得なかった「西部劇」的な懐古的保守理念でもあろう。そこにある保守感覚こそが、実は革命理念に基づく新参者のフロンティア精神だったとしたら?
     アメリカは所詮、「新参者」国家ならではの移民感覚しか保守のしようがない。それに比べれば中華歴代の土着感覚は「国家抜き」に「筋金入り」でござんす。拡張するにしろ(「秦」的)取り込むにしろ(「元」的)、その規範はどのみち(新旧いづれであれ)帝国感覚へと回帰する誘惑に駆られざるを得なくなるのだから。~ここに根本的な錯誤と共振の交点がありそうな気がしています。
     この辺をこれから考えてみます。何か見落としていた事はないだろうか。見落とすのを常態とする歴史的現実に、過剰な思想(もしくは経験)で対抗しようとして居るのではなかろうか。そんな反省が渦巻いています。しかし反省ほど厄介な自己崩壊の起源はない。出来る事なら、反省なんかしたくない。(もしかしたら苹は反省に託けて、そうと知らぬまま良心というものを誤解しているのかも?)
    --------------------------------------------------------------------------------
     ここからは、うさねこ様のを拝読した後の追記を少々。
     …思い出した。そう云や小学校高学年の頃、あたしゃ「イギリスはイギリスであってイギリスではない、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国だ!」てな具合に正式名称の邦訳を覚えて悦に入ってたんだっけ(苦笑)。今にして思えば、覚えといてよかった。こちとら今更の様に悪乗りして、ついつい「神国日本及び百済脱支民族連合皇国」なんて妄想が(以下略)

     …と、ここまで書いた後で『WiLL』2010.6号のP.266以降を初読。特に感銘深かったのがP.278の西尾発言で、次いでP.272の柏原発言。勉強になるなあ。
    【2010/04/30 20:09】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >うさねこさん
    少し時間がとれるようになったのですか?

    私のちょっぴりのエントリーに喰いついてくださって、有難うございます。

    「おわり」を経験したことのない、民族なんですねぇ。本当にすごい!

    昔日本にやってきた渡来人の方が、よほど日本に馴染んでいるんですよね。言葉が変わらない程度の人数しか渡来していない・・・・って、西尾先生がおっしゃっていたんだったかな。

    >苹@泥酔さん
    そうですよね、ここにはうさねこさんが出没してくれるから、勉強になりますよね。

    WiLL買ってない!まだ~~~
    【2010/04/30 23:13】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     以前、小生が尺八を習っていた坊さんの寺のある辺りを昔、席田(むしろだ)郡といったという。元々、本巣郡の一部だったが新羅系の移民が大量に入り込んだため、奈良時代に土地を割いて新たに郡を設置したとか。
     さてそれからが大変、治外法権になったり妖しい邪教の本拠地になったりして国司も立ち入ることができない状態が平安時代の中ごろまで続いたとか。一旦、大量の移民を受け入れると同化しきれるまでに長い年月がかかるという先例。
     またウチの姉妹校のある北京の一隅の話。ウイグル人が多く住みつき数々のヤバい商売に手を出していて、周辺住民からは魔窟のように恐れられていた。その後、「再開発」の名目で取り壊しに遭い、ウイグルもどこへ移されたのか知らぬが(汗)姿を見せなくなったそうな。
     流石に移民を完全にストップするのは難しいでしょうが、ある程度制限をするのは今でも十分可能だし、是非ともしてほしいものです。ただ為政者の意志の如何によるのみ。
     ただこの移民論議について疑問が一つ。他所からこちらに入ってくる移民のことばかりが話題になっとていますけど、反対にこちらから出て行く移民についての話を最近あまり聞きませんね。十年ほど前にはマスコミ等でも時折話題に上っていたと記憶しているのですが…。
    【2010/05/03 00:32】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


     こちらから出て行く移民については、所謂「入り鉄砲、出女」の類になるのかしら。これは世界各地(あくまで「各地」であって、「各国」とは限らない)どこでもある事ですから、それを「世界各国」レベルに格上げ(?)したところから生ずる問題の方が大きそう。…とどのつまり、入ってくる鉄砲は最初から物騒だけど、出て行く女はあちらで増殖し始めるって事だったりして?
     それが嘗ては黄禍論とも結び付いた。前稿で「秦」的と表現した事例の場合、私の中では文化史的側面が大きかったけれど、それとて基盤は人の数に依拠してたんだよなあ…。こりゃウッカリだったわい。外国人が増えるから、それに伴い外来文化も浸蝕・増殖し始める。そこでファシズム敷衍のホロコースト指向と相成れば、これを逆手に取りつつ徹底して薄めたのが、昨今の人道主義との絡みでござる。なにしろ今では反動的に、人間様以外にも拡張してるくらいだし。そのうちどこかのアナキズム団体が、鯨や鮪にも資産家の遺産か何かをこじつけ始めるんじゃなかろーか(犬猫に遺産の相続権を仮託する例は既にアメリカ辺りであったっけ…)。
     そこまで話を飛躍させる必要はないんだろうけど、日本人の海外移民なら比較的順調だったのはブラジル等々か。それが近年では逆流モード(日系人とは、何者か?)。これについては差し当たり、所謂「在日」(朝鮮半島系の事ね)との比較研究が欠かせないと思ってます。(「日系人」と「在日」に書き分けているのが或る意味「蟠りの自白」でもあるのよね…汗)

    (↑と書く前に書いてた補記↓)
     連休モードで『WiLL』2010.6号の感想余談。
     前号に引き続き日教組批判が続いてますが、このところ教育は或る意味、もしかしたら「嘘との勝負」なんじゃないか、との記憶が蘇り始めています。こう書くと変な話になるけれど、とどのつまり実質的には「嘘を吐く」のが教員の仕事ではないかと。
     過ちは正せばよい。しかし嘘となるとそうは行かない。嘘は人格そのもので、嘘を否定したら人格が嘘になる。だから嘘を教えるのは仕方がない。嘘から逃れようとする態度を覗き見られるのは恥ずかしいが、となると嘘を隠蔽しようとする態度の方はどうなのかしら。そう考えるなら、何かすると結局は「単純な日教組批判」に終始しそうではある。そこんとこが盲点めいていて何やら空恐ろしい。或いは「ありのまま」単純で構わないのかも知れない。が、そうでないのかも知れない。
     むしろ厄介なのは罪の方で、この観念を取り込んだ時から日本人が籠絡され始めた気がせぬでもない。そうした意味で、日教組の先生方から正しさのニオイが漂ってくるのは、教員として健全な姿と云えるのかも知れない。通時的かつ共時的には、人質共同体の相互自縛とでも云うべきか。
     過ちと嘘と罪と悪。~先ず本を読む前に考えて自分を捏造し、本を読んでは自分を失い、本を忘れて自分を取り戻し、取り戻した嘘に更なる自分を観るとしたら、「本を読む時期を択ぶ」ってぇのも一つの見識ではあるんでしょうかねぇ。なんか「ただ怠けてるだけ」って気がしないでもないけど、こちとらそんなにたくさん勉強できるものかい。
     「わたし教える人、あなた勉強する人」ってんで組合活動に没頭する状況は、授業を日雇い先生(臨時講師)に外注するシステムとどこかが似通っている様に思えます。(この辺をそこそこ発酵させてからでないと、天バカ板で予定してる続きの稿は書けない様な気がするなあ…orz)
    【2010/05/03 06:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     数年前に話題に上っていた「移民」というのは、日本の定年退職者たちが老後を海外で過ごそうと、オーストラリアやニュージーランドに住みつくようになりつつある、というもののことです。これならお金を落としてくれるし第一「自己増殖」の危険もないので(と思うがよくわからない)現地としてはむしろ歓迎している、と新聞には書いていたと思います。結局あの話はどうなったのか、その後の報道をトンと見かけないので言及した次第。
     かつてのブラジル移民の末裔を「ガイジン」と認識する一方で在日朝鮮人の三世、四世を日本人とも外国人ともつかぬ一種、特殊階層(荒間さんがいうところの「在日民族」)として見ているのが世間一般の感覚ではないかと。結局、「〈日本人〉の要件とは何か」ということがこの問題の背景にあるのではないかと思います。一方では外から来た人間を順調に受け入れて数世代のうちに同化することができるが(これを妨げているのが昨今の参政権要求等々、〈在日〉を固定化させる動きね)、その一方では朱印町の時代から繰り返されているように海外に播種されたタネが本国とのつながりが絶たれると〈日本人〉として生育せず、現地人に融け合ってしまうようになる。もし歴史が現実とは異なった道を辿り、満洲国が順調に発展していったとしても、今頃かつての移民の末裔を「ガイジン」扱いしているのかも知れません。
     結局、〈日本人〉というのは「血」によってのみ成り立つものではなく、「桜咲く神州の国土」に生い育つか否かという条件が決定的なものになるのではないでしょうか。手前味噌で恐縮ですが実は先月、そんなことを考えて書いた「平泉澄における〈日本人〉――石原莞爾と比較して」と題する論文が上梓されました。下記の本に収められています。もしご興味がおありなら一読していただければ幸甚です。
       ISBN978-4-7791-1515-8
    【2010/05/03 09:53】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


     聯続投稿になってしまいますが、ご容赦の程を。
     「日録」を拝読して、安心しました。しかし「フランクフルト学派コミンテルン」ってすごいインパクトのある言葉ですなあ。(一応)対立関係にあった筈の両者が実は裏で手を結んでいたとでもいうのか、それとも止揚して一つの勢力にまとめあげたのかしらん。まだ「反共的マルクス主義」とでもいうものの方がイメージとしてつかみやすいのですが(そんなものが実在するか否かは別として)、何なのだろう…。やはり、若狭とかいう人の本を看なければわからないのでしょうね。
    【2010/05/04 18:47】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


     今日は本屋に行ってきたけど、キルドンム番号(と書けばモーツァルトのケッヘル番号みたい?)を控えてくのを忘れてた。へたこいたー(orz)。確か数年がかりの研究テーマでしたっけ。平泉ネタも石原ネタも確か二年以上前、おちょくり板で見た気がする。…んでもって、キルドンム様に懸想しながら運転してた時に見た白昼夢で、ふと天啓の様に舞い降りたキーワードが「移民の変態」。
     …そうなんです。移民は変態するんでした。あちらの変態をこちらがどう受け止めるかかによって、日本人の未経験領域がもう一つ意識化される。云うなれば「終わり」の経験と「始まり」の経験が、未経験の領域で相補的に結び付く(経験的には脱相補的)。しかもややこしい事に、あちらが変態していなくてもこちらが変態していたりする。その自己変態に気付かぬまま伝統を保守した気になって闊歩している時に限って、偶々入った古書店で「昔の本を読めなくなっている自分」に気付き、たじろぐ。
     移民も変態、私も変態、皇室も変態。それが変態同士の罵り合いにエスカレートすると、なにやら過ちを犯している様な気分になってくる。或いは「変態は悪なのか?」てな感じ。罪ではなさそうだが、たぶん嘘ではない。嘘でないなら過ちでもなさそうに思えてくる。そんな折に昨今の「日録」を読むと、ともすれば皇后陛下の変態宣言(?)だって考えられなくはない。
     すると、自己増殖と自己変態との関係に新たな断層が見えてくる。

    http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100504/plc1005040254000-n1.htm
     自己から他者を切り離すタイプの増殖は、自己の複製に対して常に両義的である。~今日は産経「正論」欄にポストモダン批判が載った(渡辺利夫↑)。これを読んで書棚から差し当たり一冊、ほぼ未読の『キーパーソンで読むポストモダニズム』(新曜社)を引っ張り出してみると、ドゥルーズの項目には脱領土化だの再領土化といったキーワードが並ぶ(P.168)。
    http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_plain?base=7616&range=1
     …あたしゃ嘗て日録感想板かどこかで、ドゥルーズが必ずしも国家を否定していない様に読める旨を書いた(後半の引用部分を参照↑)。脱領土化と再領土化を繋ぐ過程では所謂「戦争機械」が関与するが、それは国家の関与により抑制・調整される姿とも重なり合う。ならば同様の発想に基づき造語して、脱増殖だの再増殖といった具合の「関与」を移民のそれにも組み込めないものか。複製の安定を緩やかにコード化するタイプの親族関係のそれを抑制する上で、国家が過剰にリゾーム化してしまっては、却って混乱を招いてしまう。つまり国家と親族関係とは相互模倣の関係に於て、機械的な接続と抵抗の機能を兼ね備えた「中間」で彷徨いながら別の生命力を蓄積せざるを得ない。さもなくば死滅してしまう。地理的であれ心理的であれ、横断的に振る舞う遊牧性には死の臭いが付き纏う。
     変態は必ずしも逸脱ばかりではなく、抑制機能を定着させるかの様な顔貌性により「逸脱への向きをも安定させる」点では「その流動性に於て保守的」とも云えるのではないか。そんなふうに捉えるなら、今や抗い難いほどにポストモダンと呼ばれ続けている「歪曲観念」は、家族・親族を培う歴史論理に対しても遊牧的・移民的論理に対しても、現実から遊離していく意味での「歪曲」を予め内包している点で厳密に「危険」なのかも知れない。…言い換えるなら、巷間に流布する程度まで「成りきれなかった」ポストモダンとは、一種の「合わせ鏡」の様なものかと。それなら既に古典的な哲学が既に検討していた事だろう。にもかかわらず、「古典から更なる〈外〉への拡張」ばかりを見ようとするなら、リオタール達から提示されたものは忽ち「中身から目を逸らす態度」へと堕してしまう筈。(その辺が昨今の政権批判と通底するのだろう事は傍目相応に理解できる。)

    (投稿直前追記)
     …と書いて今、キルドンム様の続稿を読んだとこ。
    【2010/05/04 21:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔 さん
    >キルドンムさん
    ちょうどいい、相手でよかった。私には理解できないことが多いから。

    アメリカにいる親戚は日系社会を形成しているようですが、アメリカで生れた日系人は確かに、もうアメリカ人。顔かたちは日本人なのに、雰囲気が微妙にアメリカ人です。
    どこがどうとははっきりいえないけれど、不思議ですねぇ。

    お互いに影響しあうんでしょうが・・・・。

    複雑だぁ。
    キルドンムさんの文章の載っている本、探してみますね。
    【2010/05/04 22:00】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     ニュースの英国ネタは選挙でござる。産経解説に東欧からの移民流入問題が出ている事もあって、うさねこ様の稿を思い出したのが運の尽き…じゃなくて事の起こり(日英比較に発する妄想再燃)。
     万年床で微睡んでいると、いつもの様に天地がひっくり返った。寝返りと云えばそれまでながら、ともかく目をつむればボンヤリ地図が思い浮かぶ。…ひっくり返すと変な感じ。例えばスカンジナビア半島なんざ、インドシナ半島とマレー半島が日本に向かってグニャリと曲がったみたいでナンダコリャ。~そしてまたまた余計な一言。嘗て租界になった上海(もしくはヘルニア状態の朝鮮半島)って、なんとなく位置がオランダみたい。
     妄想は続くよ、どこまでも。~ヨーロッパが中国相当なら、アフリカはシベリア以北か。地中海は差し詰め黄河。異世界に見えるのは南極とオーストラリアで、てぇ事はオーストラリアが南極二号に相当するのかい。するってぇとイギリスもどきの筈の日本は、イギリスのダッチワイフ(?)に相当する場所を予め持たなかった事になるのかいな。強いて挙げるなら北海道や樺太だろうが、それでは余りに近過ぎる。グニャリとずらせば北米だけど、ヨーロッパ相当の中国に取られちまってもおかしくなさそう。オーストラリアは新大陸としての北米に似ている?(開拓順序は無視して南極三号…ボソッ)。
     …ヤッパリ下卑た妄想には違いねぇ。「中国が北米を植民地化できなかったのは、宿敵日本と太平洋が邪魔していたからだ。」~もしも日本が支那だったなら、支那はアラスカ経由で北米に入植してたのかしら。ただし蒙古は大陸ど真ん中からヨーロッパ方向に向かっちまった。仮に昔「支那のコロンブス」が居たとしても、現実には宿敵日本がどのみち障碍となった筈。この手の仮想世界でも、やはり日本は中国の宿敵になっちまうんだろーか…(orz)。

    (以下余談)
    http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100507/stt1005070254001-n1.htm
     今日の産経「正論」欄は、「嘘」に纏わる話題を含むアレコレ(猪木武徳↑)。このところ書き散らしてきた事を考え直すにはお誂え向きのタイミングが有難かった。暫くは投稿に間を置くつもりだったのに、これを読んだら気分がコロリと変わっちまったじゃねーか。(ついでに歪みまくった挙句の上記妄想が金魚の糞の様に付いてくる。)
     猪木先生は嘘と真理を対置する。それが真っ当に過ぎるから困る。なんだか不条理が条理へと引き戻されていくみたいだ。もっと理不尽でもよさそうな気がするのは何故だろうか。仮にその理不尽が所謂「ブルシット」の線へと逃れていくのだとすれば、嘘の分裂(ブルシットとの峻別)は「嘘そのものにとって」脅威となり得るだろう。そして仮に猪木先生の指摘を正しいと認めざるを得ないならば、逆に嘘そのものは減数分裂的な在り方を内包する事によって、「理性を約分する」可能性と共に新たな振り子運動を開始するだろう。理性と言葉との距離自体に消尽する「余計なもの」は、今や苹の脳内で反復運動を加速しながら、理性も言葉も呑み込むブラックホールへの変容を遂げつつあるみたい。するってぇと、先生の云う「余計な言葉」とは、言い換えるなら、苹の幻視する「反復運動」の総体でもある事になるのかしら。
    【2010/05/08 00:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     以下、前稿前半の補足をダラダラと。
     ググったところ、ダッチワイフってぇのは商売敵の英米人による蔑称との説があるそうな。ダッチマンをオランダ人と訳すのは日本のワグネリアンの常識(?)ゆえ、碌な知識もないくせに前々から気になっては居たんだけど、この手の言い回しって、なんか「チョン」や「チャンコロ」のそれと似ている気がしないでもない。またオランダ人の大半はドイツ系とも。(なぜイギリスとナチスは戦争したのか?)
     ここで英独それぞれを和漢に見立てると、その焦点に於て民族的来歴とは別の妄想が湧いてくる。ドイツとオランダの間の様に、支那と朝鮮の繋がりが気にかかる。そこに英和を絡めてから戦後を見ると、韓国は爾後半世紀を経て、嘗てアジアに多くの植民地を持ったオランダの様に振る舞おうとしているのではないか、との妄想まで出る始末。もちろん今更「植民地」でもあるまい(この点が二十一世紀中国の古典的態度と異なる)。ならば植民地の代わりになる何かが隠れていてもおかしくなかろう。いっそ所謂「特定アジア」に対する嘗ての過小評価風潮を捨てて、この際「オランダ化した韓国」を妄想する方がよいのではないか。

     …と、こんな具合に見方を好き勝手いじくり回してみる。~例えば西尾先生に「なぜアメリカは日本と戦争したのか」なんて問われても、苹にしてみれば今一つピンと来ないのは何故なのか、そっちの方が寧ろ不思議とも云える。つまり先生の問いにピンと来ないのではなく、いづれ出るだろう答えに「予めピンと来ない」。その「予め」ってぇ部分が不思議ってこった。たぶん苹は大東亜の枠組みに囚われ、かつ「なぜイギリスとナチスは~」の答えを知らない(世界史未履修♪)。答えの対象候補が曖昧模糊で、そもそも対象自体が答えとしての場所を特定しない。そうした分散的な枠組みに、日米戦争もまた組み込まれているのかも知れない。
     もし今後ヨーロッパに自虐の時代が到来するとしたら、その時は日本が恰好のモデルになりそうな気がする。オランダがイギリスにケチを付ける姿は想像しにくい。ならばギリシャかトルコか他候補か。~わが妄想が舞台を地中海に移す前に、先ず第二次大戦で日本が勝った後の世界を妄想する必要がありそう?
     以上、移民問題を踏まえた苹のスキゾ妄想でござんした(汗)。
    【2010/05/08 23:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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