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    国旗分割?
    民主党が自党のマーク?の旗に、
    日章旗を切ってつくっていたことは昨日のエントリーにある通り。

    産経新聞では少しその記事が載っていたが、
    朝日新聞にはあったのかどうかは知らない。

    まず、民主党の旗が無かったから作ったとして、
    その作った本人、
    会場を設営した人々、
    会場に来て、それに気がついた人、
    ホームページに載せた人、
    つまり、知っていて、それもまあ「あり」だと思っていた人々ってどうなんだ?

    たった一人の不始末ではない。

    そういうメンタリティーも「あり」な党ってことじゃないか?

    民主党の大会にはそもそも日本の国旗は掲揚されないんだそうだ。
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    【2009/08/18 12:17】 硬めな話題 | TRACKBACK(0) | COMMENT(12)
    この記事に対するコメント

    こういう事件を知るたびに思うのですけど、私は民主党という政党は、旧社会党よりずっと「変な政党」だと思うんですよ。しかしこの「変」はとても危険な「新しさ」をもっていると思います。

     確かに民主党には従来の意味での左翼勢力というのがかなりいるのは間違いありません。旧社会党勢力や労働組合勢力、とかですね。民主党の「左翼」の意味の半分は、そういう従来的左翼、つまり社会主義をユートピアとする勢力だ、と思います。しかし私は残り半分の民主党の「左翼」の意味は、そうした従来的左翼ではない、まったく新しい左翼だ、と思います。

      たとえば日の丸嫌い、靖国神社公式参拝反対ということでも、社会主義的思想だけからそういう思想が導きだれるとは限らないようになってきていると思います。北朝鮮や中国に媚びることはあっても、ああいう国に日本がなりたい、というような左翼は、さすがにいなくなってきている。じゃ、どういう人間が「日の丸」や「靖国神社」に反対を言うのか、といえば、日本という国は「ただ存在しているだけでよい」というような思想信条の持ち主の集団なのですね。これは、新しい国家権力を打ちたてようとする従来の左翼とは別の思想なんですね。

     こういう人たちは資本主義・消費資本主義ということを全面肯定する。けれど、個人の消費世界の維持に抵触すると思われることはいっさい認めない。日本の政治権力がどうなろうとよい、というより、日本の政治権力がない方が、個人的消費の世界としては過ごしやすい、と思い込んでいて、だから、アメリカに媚びるだけ媚びて、安全保障なんてみんなアメリカに媚びればよい、というふうな思考になってしまう。

     従来の左翼でしたら、アメリカ帝国主義打倒ということで、「アメリカ帝国主義打倒のための強力な左翼政府」をつくることが目的にされていましたけど、民主党内に増大している21世紀的左翼は、アメリカがどういう国かどうかなんて、もうまったく関係ありません。個人的消費世界の繁栄をすべて基準にして、それさえ健全であれば、日本の政治的権力も歴史的伝統も個人的消費に関係ないからいらない、ということになる。日本型資本主義は生き残らせて、日本国家と日本史は消滅させる。平和憲法だって、個人的消費世界を防衛する限りにおいて利用しうる、という考え方、これが21世紀の、まったく新しい左翼だ、ということになると思います。「左翼資本主義」とさえいっていいでしょう。

      こういう危険な新しい左翼思想というのは、マルクスとか平和憲法とかから生じたのではなくて、1980年代90年代から精力をジワジワ大きくしてきた「ビジネス文明的保守」というところから出てきたのだ、という指摘が可能だと思うのです。日本というのを「ビジネス文明」からしか見ないで、そのビジネス面だけ死守すればよく、皇室も英霊も歴史も関係ない、ということです。

     「ただ存在しているだけの国家」というのは、実は、「ビジネス文明的保守」の代表的知識人の丸谷才一の小説の言葉によります。ビジネス文明そのものが悪いということではもちろんないのですけど、しかしそれのみを絶対化すれば、マルクス主義なんかよりはるかに強く、日本そのものを食い尽くすことに注意しなければならず、私は民主党内には、この危険で新しい左翼思想が、今度の選挙で一挙に表面化すると思いますが、いかがなものでしょうか。
    【2009/08/18 14:12】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]


    >うさねこさん
    なるほど、本当にそういう分析が正しいと思います。

    国というものは、つねに底に理念というか、原理というか、つまり骨になる思想がなくてはならないものですよね。もし、上っ面の繁栄だけで、「ただ存在しているだけの国家」でよいと考えているなら、・・・・・いえ、考えていなくても、結局無意識にそういうことを希求している人たちが多数派であるとしたら、民主党に任せた日本丸沈没間違いなし~~です。あ~~~あ
    【2009/08/18 15:15】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     うさねこ様のを見て、「なるほどなあ」と思いました。でも自民党だって「危険な新しい左翼思想」では多分どっこいどっこいだろうと思うし、相変わらずワケワカンナイ点が多いのでござんす(…小泉政権の場合は今年もやった靖国参拝等々、どちらかと云えば右翼もどきか?)。
     んでもって「1980年代90年代から精力をジワジワ大きくしてきた」って箇所については、当方の場合ポストモダンの曲解状況に着目してるんですけど、これを右も左もない逡巡と混沌が経済方面へと収束していく状況と捉えるなら、「左翼資本主義」と云うよりはむしろ「資本主義と分裂症」(byドゥルーズ)が呈する二面の一って事になるのでしょう。それをいっそう統合的に見れば「ビジネス文明的保守」に絡み付くのかしら。するとそこから左右共同の「グローバリズム保守」に至る筋書きが「国家抜き」で出来上がる。~この辺、もう少し考えてみまっす。
     なお、私の場合は嘗て「分裂症」でなかった左右が統合されて「分裂症」の更なる失調状態(=重症化)に陥ったと見てますから、その方面では実のところ大差ない印象なんですね。…って事はとりもなおさず、「皇室も英霊も歴史も関係ない」タイプの相対的疎外が構造上の前提となっている。仮に郵政選挙から経済選挙へと「はぐらかし」の対象選択手法が進化したと捉えるならば、或いは小泉選挙が民主党に憑依したと見る事も不可能ではなさそうな(方向は正反対でも土俵は同じ)。だから土台がスッポリ抜け落ちる。もしも先の小泉選挙が、例えば郵政選挙でなく女系選挙となっていたなら、争点誘導の戦略は経済誘導の方向を相対的に振り落としていた事になるでしょう。
     選挙で勝つための因子は、勝つための土俵が別の土俵をマニフェストから省く事によって初めて、「最大公約数」状の争点淘汰指標に於て成立するのかも。それが戸惑いを無理矢理に所与の争点へと引き寄せる(民意不確定の状態での、マスコミ誘導を見越した上での予言的「出来レース」?)。選挙民を争点目当ての傀儡に変えるとあらば、とどのつまり~マニフェストは選挙民の意識を誘導するための「悪しきプロパガンダ」に等しい在り方となってしまうだろう。すると「省いたものを復活させた時」が正念場とならざるを得ない筈だが、これを懐柔するためのノウハウを磨いてきたのが他ならぬ自民党政権(今の民主党幹部を含む)。それを糾弾するための手札が制度上あるのかどうか、そこんとこに多大なる不安を抱いている次第。
     今の選挙は専ら支持率というバロメータに国民意思を仮託するためのシステムとして機能し、それがひいては議員階級の徒弟的構造に変動を齎す世俗的「祭事」となっていく。どの徒弟を選ぶかを順位づけるのはあくまで政党の側であり(=比例制)、そのために選挙制度が活用されるのではありますまいか。…傍目にゃ大体そんな具合。見方に自信ないから非表示にしたいところですけど、ここは一つ識者の御教導を冀うって事で(汗)。
    【2009/08/19 01:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    混沌としていますねぇ~~~

    選挙結果も混沌とするでしょうし。
    なかなかトンネルの向こうの光が見えてきません。
    【2009/08/19 15:57】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    管理人のみ閲覧できます
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    【2009/08/20 01:47】 | # [ 編集]

    管理人のみ閲覧できます
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    【2009/08/23 21:27】 | # [ 編集]


     以下は丸ごと余談。
     坦々塾のを見て、「そう云や外国人参政権の話もあったっけ」と…。つまり、ここ数日スッカリ忘れてた訳でんな(汗)。天バカ板で長文いじってたら注釈の一部が引っ掛かって、小坂井敏晶『異文化受容のパラドックス』(朝日選書)の第九章を読み直したところ八十年代後半の資料が目に留まった次第(P.223~224)。
     それによると、「九九%以上の人口が同じ民族によって占められているというような国」は韓国4200万人中99.9%、北朝鮮2200万人中99.8%、日本12000万人中99.3%、レソト170万人中99.7%、ヨルダン300万人中99.4%の「五カ国のみ」だそうな。中国は99.3%が漢民族だそうだが…。ヨーロッパで外国人居住者の割合が高いのはルクセンブルク26.3%、ベルギー9.0%、旧西ドイツ7.6%、フランス6.8%、イギリス3.8%など。東欧の国内少数民族はブルガリア14.7%、ルーマニア10.9%、ハンガリー7.7%など。外国人の少ない国はスペイン、ポルトガル、ギリシャ、イタリアなど1~2%程度だが出身民族構成は複雑との事。
     ここで云う「外国人」は「その国の国籍を有さない者」で、「結婚その他によって二重国籍を取得した者は外国人としてこの数字に計上されていない」との事。フランスでは1990年度の国籍なき正規滞在外国人が361万人、国籍取得一世代目の元外国人178万人で、帰化した人々を加えると外国人を除くフランス総人口の10.5%になるそうな。フランスで出生した子供は両親が外国人でも国籍取得可能で、実際に殆どが国籍取得(二重国籍を含む)。ゆえに三世まで遡ればフランス人の三分の一にあたる1800万人が外国出身者。
     これを踏まえて西尾先生のを読むと、それまで気付かなかったものが見えてきそうな気がします。てな訳でこれから読み直し…。

     小坂井本を見て他に気付いた事を一つ。~「日本人単一民族論」は戦後に台頭した見方で、その前は「多民族・混合民族論」が主流だったとか(P.277)。植民地批判の気配は濃厚。そこで当方、コリャ「民族」と「民族国家」を混同しているのではないかと。
     私の場合「日本には多民族国家の資格がない」との見方でして、多民族地域の話とは別物なんですな。民族間の内戦経験なき「国家」は脆弱ゆえ、乗っ取られる危険が大きい。だから「資格がない」となる。「多民族地域」を根拠に「多民族国家」に組み替えようとするのはどう見ても無理筋。そもそも八紘一宇型の多民族「連合」から半島や台湾などを引き離したのはどこのどいつだ。連合国じゃないか。連中は「多民族地域」としての自己化を阻んだ。戦前の半島は国家内国家「以前」の状態だし、満州の様な「国家」はより本格的な独立の準備段階にあった筈。その一方は独立し(分裂し)、もう一方は吸収された。ここに二つの道がある。そして日本は大昔から独立国だった。分裂はソ連の参戦で実現しかけた。吸収は今の状態に近い(アメリカによる「日本の満州化」?)。
     「連合」方式は大東亜共栄圏の挫折後に国連加盟で概ね実現してる。これを国際連盟に見立てるなら、大東亜共栄圏に近いのはNATOの様なものの拡大版か(EUは共栄圏の先の第三極?)。それを例えば中国中心に構築する場合、今度は国連に危機が訪れるかも(国際連盟の二の舞)。戦争がテロの進化を見据えつつある時代、世界は四つのブロックで均衡できるのか。日本は二股膏薬国への道を歩んでよいのか。却って相対的孤立の度合いを増す結果にならないか。日本が上海の様に租界化して、香港の様に併合されるのを座して待つつもりか。その前の国内準備段階を自民党や民主党の租界化で実験しているのなら、議員と有権者の双方で精神を領土化する手札は或る意味、最も平和で狡猾で効率的と云えるのかも?
    【2009/08/27 22:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    地方参政権、本当にやっちゃうんでしょうかね。

    本当にやっちゃうのかどうか、怪しい裏政策があって、
    こわい、怖い・・・・・・・・・・・・・・。
    【2009/08/28 15:35】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     以下、補記…と云うよりは余談の余談か。
     『現代思想』2009.9号(青土社)を読んでたら、P.18以降にある連載第二十回の川田順造「「植民地」を求めた「帝国」」にビビビ。~例えば、こんな具合でやんす。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > このように見てくると、フランスのアルジェリア統治を、ある時期以後それまでの同化政策をやめた例とするとか、日本統治下の台湾における自治要求と対比するという見方は、不十分なアルジェリア理解に基づいていることが分かる。
    > 第一に、日本の台湾統治においては、国策による大量の移民は行われなかった。茶やサトウキビやパイナップルの栽培をした日本人は確かにいたが、国策による万人規模での入植ではなかった。前々回紹介した、北方謙三の『望郷の道』に描かれた新高ドロップの創業者も、日本にいられなくなった事情から、見通しももてないままに、新天地を求めて台湾に渡ったのだ。
    > 第二に、一八九五年から一九四五年までの、一九人の台湾総督のうち、初めの七人と終わりの三人は武官だが、第一次世界大戦終結後のヴェルサイユ講和会議の一九一九年から、日中戦争開始の一九三六年までの一七年間は文官で、第四代児玉源太郎という武官総督の下でも、統治の政策や実務では、後藤新平のような文官の果たした役割が大きいこともあった。ただ、日中戦争以後日本の敗戦までの三代九年間の武官総督のもとでは、戦争に動員するための皇民化政策が強化されたことは確かであろう。
    > 国策による大量の農業移民と、地方的軍閥の形成という点だけについて、日本の経験と対比するとすれば、歴史上の脈絡や時代背景はまったく異なるが、台湾よりむしろ満州の方が、照合されうる点が見いだされるかもしれない。
    --------------------------------------------------------------------------------
     そうした判断に至る経緯については同書を読んで欲しいんだけど、当時のフランス(「一八三〇年のアルジェの占領以後」)の移民状況から連想したのは苹の場合、迂闊にもロッシーニの歌劇《アルジェのイタリア女》なんですな、これが(汗)。…と云っても実はタイトルしか知らない。聴いた事ない。国内盤が出た時に、せめてアバド盤くらい買っときゃよかった(地団駄)。ヴェネツィア初演は1813年だから本格的な動きの前段階に相当するんだろうけど、庶民の娯楽を通して認知の案配を推し測るには、ロッシーニの圧倒的な人気もまた何かの参考になるんじゃないかと。
     私がロッシーニによろめいたのはNHKの「芸術劇場」で放送されたスカラ座の日本公演(録画した♪)が最初だから、爾来ずーっと気になっては居たのよね。やっぱアバドの八十年代はロッシーニが一番みたいだわ。庶民的な娯楽の中に潜むものは民意の影となるだろうから、そこから演出やら何やらを削ぎ取ったら何が見えてくるか…演劇・演出にどっぷり浸かってる福田逸先生ならどう思うのかなあ(ボソッ)。
    【2009/09/30 00:19】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (しつこく追記)
     その後『レコード芸術』1992.3号(音楽之友社)のロッシーニ生誕二百年記念特集を見たら、1830年はフランス七月革命があったんだってね。あたしゃ高校時代は世界史未履修なんで、じぇーんじぇんワカリマセン(と開き直る)。かの有名な序曲をもつ歌劇《ウィリアム・テル》はパリで作曲され、1829年にオペラ座で初演。1855年以後は死ぬまでパリ在住。~あと、ロッシーニの話題は石井宏『反音楽史』(新潮社)にもちらほら。
     話を『レコ芸』に戻すと、《アルジェ~》の項目には「夢と憧れの異国の地(アルジェリアに限らず)に、恋人を探しに行った美しい自国の乙女が、その機転と才覚で見事に彼を連れ帰ることに成功するといった、まさに自分たちの趣味にピッタリ合った題材」云々と書いてある(P.228)。
     日本でも「満州に行って馬賊になる」(だったかな?)との大望を抱いて海を渡る人々が居たらしいけど…ほんまかいな。ちょっと前の中国人なら「日本に行って荒稼ぎ」ってところか。そんでもって坦々塾ブログを見ると「亀ちゃん不安だわ」になる訳だ(脚色少々…汗)。それに対し、満州の日本人は治安維持目的を含んでいた模様。
     確かそうだったよな…と、念のため山室信一『キメラ――満洲国の肖像』増補版(中公新書)を見たところP.37~38に目が留まった(↓)。
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    > 朝鮮人の満洲への流入、移動が本格化したのは、日本による朝鮮併合以後であり、間島および東辺道地方を中心に一九三〇年にはその数八〇万ともいわれていた。そのほとんどが日本の朝鮮統治における土地調査事業や産米増殖計画によって土地を失い、食糧を奪われて流浪、移住した人々であったが、また日本の支配に反対し独立を求めて闘う抗日運動家も少なくなかったのである。こうして満洲は「反日運動の策源地」とみなされることとなり、朝鮮統治に対する脅威となっていた。しかし、朝鮮総督府は過剰人口圧力が日本内地へ向かうのに対しては厳重に統制を加えたのに対し、満洲移住は自然の流れとして放置していた。在満朝鮮人が存在することによって一方で「善良なる日本臣民」たる朝鮮人農民を保護し、他方で「不逞鮮人」たる抗日運動家を取り締まるとの名目をもって日本の警察権を租借地外におよぼす契機となりえたからである。
    > これに対し、中国側は「鮮人の背後に日本人が居り、日本人は鮮人保護に藉口して(かこつけて)その警察官を満洲内地へ侵入せしむる」(佐藤安之助「満洲問題」那須皓編『上海に於ける太平洋会議』一九三二年)として警戒感を強め、在満朝鮮人をもって日本の満洲侵略の尖兵とみなし、在満朝鮮人に対する小作契約や居住の制限を強めたほか、より直接的に一九三一年二月の国民党会議では朝鮮人の満蒙移住厳禁を決議し、また「鮮人駆逐令」などを発して朝鮮人に中国籍への帰化を奨めて事態の解決をはかろうとしたが、帰化権容認条項を含む日本の国籍法が朝鮮には施行されなかったため、中国が正式に帰化を認めた朝鮮人に対しても二重国籍者として日本の警察権がおよぶこととなり、かえって日中両国の警察権行使をめぐる争いを激化させることとなっていた。
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     …てな具合に読んでくると、ここで云う「中国側」とは国民党側の事なんだな、と理解できる。当時の中国は一枚岩の中央集権国家ではない。それを念頭に置きながら、P.40~41を読んでみる(↓)。
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    > 他方、これと併行して朝鮮および満蒙に共産主義運動が普及していた。一九二五年に組織された朝鮮共産党は満洲亡命活動家をもって翌年間島に満洲総局を置き、在満朝鮮人の間に影響力を広げていった。一九二八年朝鮮共産党解散以後も満洲総局は独自の活動を続けていたが、一九三〇年ごろにはコミンテルンの指示にしたがって満洲総局を解消して中国共産党満洲省執行委員会の指導下に入ったといわれている。こうして満洲を舞台に中朝共産主義者の共闘が成立し、中国共産党の李立三路線に沿って活動することとなった。一九三〇年五月三〇日には朝鮮人共産主義者によって朝鮮人農民が組織され、「打倒一切地主、打倒日本帝国主義」のスローガンを掲げた大規模な武装蜂起が起こされた。五・三〇間島決起である。この決起は鎮圧されたものの、その後も各地で蜂起が続き、満洲のみならず朝鮮における治安の維持にとって重大な問題となっていたのである。満洲事変において朝鮮軍が奉勅命令を待たずに独断越境し、満洲へ出兵したのも、このように満洲における抗日共産主義運動が朝鮮統治の屋台骨を揺るがしかねないとみなされたためであった。朝鮮軍参謀であった豊嶋房太郎は、満洲事変直前の満洲についてそこを「根拠として日本の警察力の及ばない国境線の彼方から朝鮮の治安を攪乱しようとする者も少なくなかった。……満洲における排日・侮日の思い上りが強くなるに従って朝鮮内においてもこれに符節するような言動が日を追って激しくなるような状況であった」(「朝鮮軍越境進撃す」『別冊知性』一九五六年一二月)と述べ、満洲への越境出兵の必要性を次のように認識したという。
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     こちらで書いた「2009/08/27 22:01」稿を踏まえて、あたしゃ坦々塾ブログの「2009年09月24日 22:51」稿にこう書いた。「外国人参政権ネタでは、今と同じ危険が戦前もあったのではないか」と。「朝鮮人のみならず支那人までもが大東亜共栄圏完成後の日本に流入したら(つまり日本が勝っていたなら)、今と似通った不安が半世紀前の日本をいっそう深く剔っていたのではなかろうか」と(↓)。
    http://tantanjuku.seesaa.net/article/127704560.html#comment
     戦前の日本が施した対策は山室本から引用した通り。内地に不逞鮮人が潜入しては困る。であればこそ、「厳重に統制」されたフィルターで濾過された内地朝鮮人は、所謂「善良なる日本臣民」が大多数を占めたのだろう(希望的観測?)。それが敗戦のドサクサに紛れて呆気なく覆ったらしい。この辺の事情については、嘗て「日録」管理団の一人だった荒間様が「夢空廊漫遊」ブログ(↓)で忘れた頃に思い出させてくれる(先日のリンク改変は残念…あれでかなり不便になった)。
    http://blog.livedoor.jp/aramar88/
     長文書くなら奥様ブログか天バカ板か支援板…(汗)。坦々塾ブログでは却って読みにくくなりそうだし、分割投稿するのも煩わしい。~てな訳で、便利な方にズルッと流れる苹の場合は、未練と無節操の矛盾をも敢えて丸ごと「水に流そうとする」のでござんした(いけしゃあしゃあ)。

     それはそうと…例の本は十月九日に出る予定なんだってね(↓)。
    http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167507039
    http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167507046
    【2009/09/30 20:57】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    どうぞどうぞ、長文お願いします。
    ただ・・・・・理解できてない部分が多いですが・・・・。苹@泥酔 さんさえ書くことによって、多角的に考察できるのでしょうから、場所は提供しますよ。

    ローマは征服した人々を、分け隔てなくローマ市民にすることによって、栄えていったのだそうですね。それに対してアテネやスパルタは排他的だったとか。
    【2009/09/30 21:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     うーん、ローマですか…。苦手なのが出てきたなあ。あれって大きくなり過ぎて東西に分裂したんでしたっけ?(うろ覚え)
     ロシアも支那も領土は広大で、前者はエイゼンシュテインの映画「イワン雷帝」の印象が濃厚。貴族とか農奴とか、実際どうだったのかなあ。んでもって支那の場合は印象が複雑。元は宋の人材を登用したり漢字文化に寛容だったり(パスパ文字は内輪の字?)、朝鮮人が元寇に参加するなど、なんとなく奥様の云うローマと似通った面もありそうな。
     すると、ふと別の妄想がちらほらと。元に支配された漢民族は変な意味でユダヤ化したんじゃないかと。その後は秀吉に虐げられ、「軍国日本」に虐げられた。これすなわち「虐げられた民」。すると中国が東洋の「巨大なイスラエル」に見えてくる。なんてこった(爆)。
     先日「2009/09/16 23:18」稿で書いた「書店にゴー」の際、買ってきた中の一冊が大澤武男『ユダヤ人とローマ帝国』(講談社現代新書)でした。…今のオランダの外国人問題を彷彿とさせる。アテネやスパルタが排他的なら、今のオランダも排他的って事になるのかしら。~P.43に曰く、「こうしたギリシャ人の反感は、ユダヤの民がヘレニズム世界の中にありながら、ローマ支配に追従することによって得た優遇、特権、また彼らの閉鎖的な態度に由来するものであった。特にギリシャ諸都市を経由することなく、ギリシャ人の感情を無視して、新来の支配者ローマ人からユダヤ人が直接そうした優遇や特権を享受したことは、なおさらギリシャ人の反発を買うことになったのである」と。
     中国の場合はそれと逆の構図になるのでしょう。ユダヤ人は離散状態の少数派なのに特権を得ていた。そして虐げられた(度重なるジェノサイドとホロコースト)。ところが中国では漢民族の方が虐げられた(とされる)記憶を今も引きずっている。そして各地に離散して(華僑)、ユダヤ人の様な離散状態と大陸での集団化とのハイブリッド状態を実現。この点でも中国は今の「離散ユダヤ人&国家イスラエル」連合(?)と似ている。
     なんか奥様のヒントからは色々な妄想が引き出されてきて、自分でも戸惑っちゃいます(汗)。その結果どうなったか。~今テレビで「左目探偵」ってドラマが流れてるけど(碌に見てない)、あたしゃウッカリ「在日探偵」と誤読しちまった。なんてこった(orz)。
    【2009/10/03 21:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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