奥様
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    日録再開宣言
    約一年前、西尾日録は西尾先生の以下の

    新刊の刊行を機に、平成14年8月2日から4年6ヶ月つづいた「西尾幹二のインターネット日録」を本日より以後、当分の間、休載することを申し述べさせて戴きます。永い間ご愛読をありがとうございました。
     理由は、残りの人生に私が自分に課している著述活動とブログとの両立が時間的にも、精神的にも難しくなったからです。人間が一日に文字を書くために意識を集中させるエネルギーの定量はほぼきまっています。


    ということばとともに、休憩に入った。
    実際に休憩していたのは二ヶ月くらいで、私が管理人として、ぼつりぼつりとエントリーをあげていた。

    といっても、このエントリーの裏には全部、西尾先生の許可や指示?があったんだけど。

    インターネット日録を継続しなくてはならないという圧迫感が、永い間西尾先生を苦しめていたんだと思う。そんな気持にさせてしまったことを悪かったと反省はしているが、西尾先生の言説がインターネット上に「在る」ことに意味がある、と私は思っているから、今回、正式に再開を宣言してくださったこと、無理のない範囲での継続を考えてくださっていることが、大変うれしいかった。

    ただで、西尾先生の本を買ったわけでもない人にも、西尾幹二の文章に触れることが出来るということは、日本人にとってとても良いことだと思う。私は自分で、その「良いこと」を手伝えることに喜んでいる。

    今、29歳の時の西尾先生の文章をタイプしているのだけれど、タイムラグを感じさせない内容だし、文章の力だ。楽しみに待っていてほしい。



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    【2008/02/14 21:06】 日録裏話 | TRACKBACK(0) | COMMENT(10)
    この記事に対するコメント

    >日録を継続しなくてはならないという圧迫感が、永い間西尾先生を苦しめていたんだと思う。そんな気持にさせてしまったことを悪かったと反省はしているが
     …そう書かれると黙っちゃ居れませんな。私も「週に一度は更新して欲しい」と言わんばかりの投稿を日録感想掲示板かオピニオン板でやらかした記憶があるもん(汗)。
     昨夜は嬉しさの余り脳味噌プッツン、おちょくり板に妄想投稿(「昭和天皇に呪われた年金」云々↓)。あれはあれで冗談含みだけど、半分は「本気の妄想」でやんす。
    http://wolf.accela.jp/cgi-bin/zatudanwa.cgi
     「実際に休憩していたのは二ヶ月くらいで」の箇所ではズッコケてしまった。自発性ほど抗い難いものはなかろう。こればかりはどうにもならない点が却って可笑しくもあるし、また一読者側としては奇妙な安心感に誘われる面もある。
    【2008/02/15 01:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    苹@泥酔さん

    「自発性ほど抗い難いものはなかろう。」

    っていう箇所の意味がよくわかりません。自発性の「自」は、私のことですか?

    日録再開宣言、喜んでいただけて、とても嬉しいです。
    【2008/02/15 16:23】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >自発性の「自」
     ん?…言葉足らずだったら相済みません。あそこは「西尾先生の自発性」って意味で書きますた。どーせ休載するならもっと休むのが普通だろうに、たった二ヶ月って所が滑稽味を醸し出す。「休載宣言してみたものの、早々に再開するのでは格好がつかない。さてどうしたものか。あれは奥様が勝手に続けているのだ。私(=西尾)は関係ない。そういう事にして置こう」…と、そんな心の動きをついつい勝手に想像してしまう。
     こちらはあの文脈を「休憩していたのは西尾先生」と読みました。直前の「休憩に入った」って箇所も言い出しっぺは西尾先生の筈。仮に「約一年前、西尾日録は」と始まる段に隠れた主語を「日録の管理人である奥様は→休憩に入った」の文脈で捉える場合も、「エントリーをあげていた」奥様自身が「このエントリーの裏には全部、西尾先生の許可や指示?があった」と書いている以上、ネットに載せる「筋肉役」担当の奥様を司るのは「脳味噌役」担当の西尾先生って事になる。…いや、こう書くと奥様の脳味噌が筋肉だらけに見えるかも知れないけど、実際そんな事はありませんわな。だから「二人一役」もどきの主語は難しい(汗)。
     で、本題。~仮に「日録」上で具体化せずとも、脳内の知的活動は抗い難く蠢いてしまう(そうでないなら蘭様経由でなくとも痴呆症の疑いが出てくる?)。閉鎖でなく休載ってのが脳味噌健全の証拠とも云えそうだし、ならばこちらは尚更「よくぞ二ヶ月ガマンした」と思いたくもなる。そもそも日本を代表する知識人(西尾先生の事だよ!)が二ヶ月も思考停止するのは苦行以上の煉獄でっしゃろ。よしんば研究・著作に専念する意図があったとしても、脳が活性化すればするほど、それとは関係のない事をあれこれ考えずには居られなくなる筈(無関係な発想は時に暗示的な振る舞いを見せるだろうし)。…そして或る意味、もう一つの「考える筋肉脳」(?)が西尾先生に振り回される。これすなわち、二人羽織の様にちぐはぐな沈黙が「却って滑稽味を醸し出す」って訳です。
     こうして奥様の苦労は今、「日録再開宣言」の形で報われたのでしょう(え…これからが肝腎だって?)。しかし反面「自発性ほど抗い難いものはなかろう」の主語を奥様とする見方とて成り立たぬ訳ではなく、この場合は「ならば尚更ご苦労様でした」の意味へと繋がる事になる。だからこそ「二人羽織」の苦楽があるのではないかと。二ヶ月分の沈黙を差し引けば二ヶ月分の思いが積み重なる…となれば、奥様が回想録を書く頃には(と勝手に予言してみる…汗)必ずや「日録管理人時代」の一章が加わる事でせう。

    (余談)
     …と書いて、今おちょくり板を見たらキルドンム様から興味深い指摘があった。こちらはまだ『江戸のダイナミズム』を熟読してないけど(実は私の頭で熟読できるかどうか自体が怪しい)、西尾先生は康煕字典の影響範囲と規範性についてどう思ってるのかなあ。こちとら年金問題に関する見解も読みたいし、毒蛇ブログの誤字・誤読批判についての見解も読んでみたい(今後はネットでなく雑誌優先?)。…でも、こんなリクエストが西尾先生にとっては傍迷惑なのかも知れないな(汗)。
    【2008/02/15 20:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    そうかそうか・・・・・・わかりました。

    言葉って、自分ではわかっていて使っても、読む人によって異なる解釈もあるから、丁寧に使わなくちゃいけませんね。

    西尾先生はサービス精神が旺盛なんだと思います。
    【2008/02/15 21:34】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     「日録」拝読。萩野先生のご冥福をお祈りします。あと~これまで差し控えてましたが、一応こちらの奥様にも一言(…でも馬の骨から下手なお悔やみを言われてもねぇ…まして馬の骨が数年越しのストーカーもどきなら「キモさ」てんこ盛りかと…汗)。

     以下本題。
     昨夏は非表示稿にて萩野先生の『舊漢字』(文春新書)を思いっきり貶し、その後こんな事を書きました(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
     私の「怒りにも似た感情」は委細これに起因する。要するに戸惑った。筋違いに見えた。書字と活字との関係には深刻な軋みがあり、その上に新旧字体の問題が乗っかかる。細部に拘れば書字との関係が見失われる(國語問題協議會が実際そうなっているのでは?)。だから貶そうと思えばいくらでも貶せる。しかしそう簡単に脊髄反射してよいものか。西尾先生が絡むのなら、何らかの布石あっての事ではないのか。
     この点を萩野先生に突っ込んで欲しいのよね。出来れば奥様の方からお口添えしていただけないものかと。対談記事にするよう西尾先生を嗾けて…おっと、こんな言い回しはちと物騒か。多分これすなわち日録禁断症状の現れ…(汗)。
    2007.07.26 (23:52) / / - [EDIT]
    --------------------------------------------------------------------------------
     突っ込むも何も、それどころではなかった様で(汗)。~あらためて「遺言」の観点から読み直すと国語方面の矜持が際立ちもし、ひねくれた読み方をするなら「歪曲と形骸化と社中勢力拡大にとち狂った戦後書道界側の著書と一緒にしてくれるな」との一見切実な牽制意図も想像できなくはない次第(或いは「生きてるうちに爛れた書教育を伝統国語側に引き寄せるのは無理」との諦観もあった?)。
     昨年九月に出た季刊誌『墨』188号(芸術新聞社)P.109の連載(綿貫明恆)は、全文が萩野本批判で埋め尽くされて居りました。言葉より字を優先するかのごとき捉え方をするつもりは毛頭ありませんが、そこんとこを差し引いても~あれは七月に予想した通りの反応そのまんま(苦笑)。だからこそ私は萩野先生からの「もう一言」が欲しかった。もし余所で何か反駁の文章が出ているのなら是非、隅々まで読んでみたいものです。
     「日録」掲載画像で文春新書らしき体裁の本を掲げているのは萩野先生でしょうか。もしもあれが件の『舊漢字』で、なおかつ撮影場所が十一月の「坦々塾」だったなら、あの本について「何か西尾先生との遣り取りがあったのではないか」とついつい想像せずには居られなくなるのでやんす。そうした意味でも今後の「日録」からは目が離せませんな。勿論、それに関する記事が載るかどうかは別として。(…日々御多忙と察する処、読者側の勝手な期待に一々応えては居られまい。)

    (話のついでに妄想追加。)
     漢字仮名交じり表記は常に相対的認知を要請し、仮名が変われば漢字も変わる。~明治以降に顕著な特徴の一つは「連綿システムの破壊」だった。その過程で大きな役割を果たしたのが新聞などの出版業界だった(木版印刷→活版印刷)。
     それまでの仮名は西洋の筆記体と同様、連綿に依存しながら語の繋がりを補完する面があった(ただし分かち書きシステムとしては柔軟で即応的で不完全)。そうした「語を構成する仮名」がやがてバラバラ完了。すると連綿を排除した分だけ漢字と仮名の字面が近接し、下手をすると両者の相対的差異認識に支障を来す様になる。そこで漢字の方はいきおい「草書的=仮名的」な要素から遠離らざるを得なくなってきた。それが国語の「近代」を培う上での前提でもあった…と捉えるなら、草略連綿システムに依存しない確固たる体系がいっそう必要になってくる。
     もしかしたら萩野先生は、その点を重視したのではあるまいか。仮名から漢字を分かつには、書字システムとの齟齬を承知の上で所謂「旧漢字」の活字的特徴を軟着陸させる必要がある。かと云って、書字システムを完全に切り離す訳にも行かぬ。筆順の有効性を維持しながら字形は活字に準拠させるという「恐ろしく矛盾に満ち満ちた近代」を、いつか誰かが暴露せねばならぬ。
     或いは~伝統と現代との狭間にある「国語の近代」を最晩年の「露骨な一冊」に結実させる事で、これを批判する動きが出てくる事を期待したのではないか。…最悪の展開は「無視」である。批判の方が健全で望ましい。
     もし、先生が綿貫氏の酷評をお読みになって居られたなら、或いは独りニンマリ微笑んで、「まだ不徹底だ」と凄味のある呟きを洩らしたやも知れぬ。その方が美しい。男には知的な凄味が相応しい。(…ちと妄想過剰か?)
    【2008/03/05 02:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    萩野さんの本を読んでいないし、読んでいても、その書道界が何を批判しているか私には理解不能だと思いますが・・・・・苹@泥酔さんのその文章は読んでいましたよ。

    短い一生のなかで、自分が死んでも世に言葉が残る書籍の世界に生きている人って、やっぱり凄いですね。

    書道界?書字システム?は難解。。。
    【2008/03/05 09:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >書道界?書字システム?は難解。。。
     念のため補記。…あの箇所は「印字システムの側から見た書字時代の終焉」が前提です。
     手書きの字は読めなくていい。すると齟齬が生じる(「年金紙台帳が読めない」等々)。また旧字は活字の領分ゆえ、そこに書写体優位の筆順準拠システムを持ち込むのが抑もおかしい。でもせめて旧字は「読める字」であって欲しい。しかし草略体を含む書写体一般まで具に読める必要はない(こうした書字排除&旧字尊重の潜在的立場を、今は仮に保守中間派と呼んで置きます)。
     そうした明治以降の動きに書道界が追随し、戦後は「読めなくとも書ければよい」式の「お習字」が土台となって現在に至る。だから「物真似お習字」の側も「言語芸術から離脱して視覚芸術になった書道」の側も保守の味方になるとは限らないし、国語方面でも保守中間派が書字尊重派の味方となる事はない。
     この手の「保守の幅」を偶々「つくる会と再生機構の幅」より広めに見立てたところ、萩野先生の書字・旧字に対するスタンスが私の中で変化し始めた。もしかしたら、そこには夢にも思わなかった深慮があったのではないかと。そう考えたら納得不能の中に納得可能な余地が共立し、貶したあれこれが「貶す対象自体の包含的離接状況と綯い交ぜに」一々腑に落ちてきた結果、非表示にする理由もなくなった。すると無性にこの事を書き付けて置きたくなった…(早々に貶したのは短慮だったかも?)。
     「草書は読めても楷書は読めない」ケースが江戸時代には結構あったそうな。草略体を基準にすれば、そこから分岐していく正体字は(楷書であれ活字体であれ)あくまで「一つで多数」のまま、深層の文字像に収斂する一方で表層の文字像への分化と共立する。そうした視点で旧字を「草略体の仮の姿」と捉えれば、萩野先生の旧漢字への視点は必ずしも「表層での収斂」を前提したものではなくなる訳ですな。あたしゃご存命のうちに気付くべきだった(…と今は思ってるけど、まさか誤読・曲解じゃなかろーな)。

    (余談)
     今月出た季刊誌『墨』191号(芸術新聞社)の綿貫連載(P.85)、面白かったよ♪
    【2008/03/06 00:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん

    ・・・・・・・・・・・・・・・
    国語の書き順はどうだっていいか、やっぱり大事か?ってこと?
    いや、違う・・・・
    文字は芸術的に絵のようであってもよいか、
    意味を伝達できればいいだけか?ってこと?
    いや、違う・・・・・

    苹@泥酔さんの主張はいったいどれ?何?
    【2008/03/06 21:22】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >苹@泥酔さんの主張はいったいどれ?何?
     あ…ますます分かりにくくなってたら相済みません(汗)。あれは主張と云うより、むしろ解釈や懸念に相当します。元々は萩野先生の本の「納得しにくい箇所」に納得しようと深読みするのが目的だった訳だし。
     初めから印刷体と書写体の両方に目配りするのと、一絡げにした「旧漢字」のイメージで印刷体の方から着手するのとでは、実際どちらが戦略的or親しみやすいんでしょうかねぇ。~昔、似通った話を国語科書写担当の大学教官から聞いた事があります。中学書写の行書単元に「筆順の変化」って項目が出てくる。筆順の多様性をなぜ小学校段階から教えないのか問うたところ、返ってきた答えは「子供が混乱するから」でした。異なる筆順の許容が混乱を招くのなら、印刷体と書写体が共存する伝統の方はどうなる事かと。
     楷書先習になる前の書教育は概ね行書先習でした(前稿で書いた「草略体の仮の姿」の絡み)。仮に現行の学習順序たる「楷書→行書」を「印刷体→書写体」の順序に見立てればどうなるか。萩野先生の本は一見、印刷体先習を書写体先習より優位とするかの様な書き方と映る点が危なっかしい…。
     因みに小学校で習うウネウネ之繞は書写体。これを分解すれば「点・ウネ(=点)・ウネ」の旧字側になりますから、印刷体の新字体を書写体で書けば「点を書かずにウネウネ開始」が正解となる筈。そんな採点が通用しないのは、予め印刷体と書写体との関係が小学校段階で切断されているから。そして一方には書写体由来の新字体もある。結局、新旧どちらの側から見ても書写体は厄介者になる様に仕組まれてるって訳ですな(前々稿で書いた「恐ろしく矛盾に満ち満ちた近代」そのまんま)。
     私は「歴史伝承上の筆順・字形」が持つ包括性を「歴史考証上の康煕字典体」より優位とする立場です。「書の視覚芸術化」は非国語化の単なる具体例。
    【2008/03/08 02:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    なんとなくわかったような気がする。

    気がするだけかも・・・・。
    【2008/03/08 21:09】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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