奥様
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    久しぶりに日録アップ
    日録が休載されてから、だいぶ時間がたちました。

    あちらにも今日アップしましたが、西尾先生の近況(『江戸のダイナミズム』の出版記念会開催について)を私が日録上で報告することの許可がでました。

    とへ、責任重大。

    でもさ、休載しているっていうのに、一日のアクセス数がある程度ある。つまり、今でも訪れてくれている人がいるってことでしょ。そういう人達になんらかの新しい情報?を持って帰ってもらいたいという気持があって、少しでもアクセスした甲斐があったってことにしたいから、今回の管理人報告は・・・・・・嬉しいです。


    文章は期待しないで欲しい。
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    【2007/03/30 22:54】 日録裏話 | TRACKBACK(0) | COMMENT(5)
    この記事に対するコメント

     こんなの(↓)を書いていたら、なんとなく『江戸のダイナミズム』の感想に連なる様な気がしてきたので送信します。元ネタは今日の産経記事。
    --------------------------------------------------------------------------------
     今夜は気楽に「便所の落書き」のみ。
    http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070402/bnk070402001.htm
     ↑にある画像の感想を一言で云えば「なんじゃコリャ」になる(汗)。…いや、別に下手ではないのよ。訪中した小泉首相が中国要人の前で揮毫した時や、党大会(?)に出た安倍首相が「美しい国」(だったかな?)の最後のとこだけ壇上で書いた時のに比べれば、唖然として何も言えなくなるほどひどくはない。なんなら「旨い」と云っても構わない。
     しかし…なんぼなんでもアリャひどい。読む前に見て真っ先に飛び込んできたのが「前」字で、すぐさま連想したのが鈴木翠軒「酔客満船」(S29日展)「客」字の末画。筆脈が横に飛ぶのが掟破りで(横物じゃあるまいし)、まあ…そこんとこが意外だった。でも全体を俗調スレスレで際どく纏める手腕は買ってるのよ。なにしろ、似た手法は唐代の張旭なんかも使ってる訳だし(そこがスリリングとも云える)。しかし翠軒とは決定的に違う所がある。…あれって、敢えて確認するけど「日本の」漢字仮名交じり文でしょ?
    http://homepage2.nifty.com/tagi/suiken1.jpg
     この頃の翠軒は稍や気違いじみた書きぶりだけど(画像↑)、だからと云って「異端」の部類に属する訳ではない。根底には日本書史の本流が息づいてる。云うなれば保守本流そのままに「仮名の感覚」をトコトン突き詰めてるのよね。それをわざわざ漢字に引き戻して万葉集に取り組んだ挙句、漢字文化の本流と正面衝突しちまった頃からハッキリと気違いじみてきた(国定教科書の揮毫ストレスで神経衰弱になった一件も影響してる筈)。
     ところが婁正綱氏の書には、仮名の伝統なんか微塵も感じられない。奇天烈な書で知られる副島種臣ですら仮名感覚が根付いてるのとは大違いで、婁氏は逆に仮名をも漢字感覚で縛り付ける。漢字書法に関しては禅林墨蹟から比田井天来に至る気脈の特徴を感じるものの、ここでは天来に於て開けていた仮名への「窓口」を閉ざした上で~天来的な漢字の「変容」をムリヤリ仮名造型にこじつけたかのごとき強引さで満たす訳だ。斯くして「い」は最も素人臭い「腹ボテ」調となり、「に」は鋭く狂怪怒張する。また~天来の克服手段が廻腕法を陰画とする俯仰法だったのに比べて、婁氏の場合はどうした訳か技巧面の抜け穴が見当たらないのが或る意味「不気味」にも見える。そこに「漢字表現の頑迷さ」が感じられる。日本人の「技巧に頼る傾向」とは何かが違う。
     …よくよく考えれば、この手の頑迷さは中国書法のお家芸だったのかも。日本側では所謂「流派」の感覚で棲み分けるが、中国の場合は「棲み分け」が些か政治的で、書風の決定的な差異を伴わない事が多い。中国基準で捉えるなら「中国が鋭敏で日本が大雑把」と云えるのかも知れないけど、そうした「鋭敏さ」は日本でも同一門流内での個性差として充分に認識されてるもんね。しかしそれでは済まないから、日本では明治以後に更なる多様化を進めて行った。一方には西洋美術、一方には支那六朝書法の波があって、そうした国際的影響の下での「より大雑把な」拡張が~一方では芸術書道と実用書道との溝を「陥穽」レベルまで掘り下げる事にもなった(見方次第では「墓穴を掘った」事になる?)。
     「文字の体系が書風を要請する」体験は、相反する「文字の体系」が併存して初めて持続可能になる。中国では篆隷楷行草などの書体各々がそれに当たるのだろうけど、確か…金文以前の多様性は自覚的な書文化発展以前に予め損なわれていた筈(始皇帝をアンカーとする歴代暴君の影響か?)。他方、日本の場合はそうした「漢字の体系」と一面で接していながら「仮名の体系」を日本語自身が分かつので、ここでは表音文字化された機能が漢字の変容を促す構図になる(機能・行為による「文字造型=場」の存在証明?)。典型的なのが連綿の発展ね。表音文字の集合から成る表意性はアルファベット感覚に於て連綿を要請し、連綿から成る語彙の一体性は「意味が音を繋ぎとめる」纏まりとしての語彙各々に「分かち書き」を要請する。ところが漢字仮名交じりの場合、意味は来歴としての漢字に予め内在しているため、分かち書きを要請する根拠が元々存立しない。…強引にこじつけよう。平安時代の日本人は、既にアフォーダンスの感覚を体得していた筈だ。
     …脱線気味になった。婁氏の話に戻す(汗)。
     婁氏の書表現は、漢字と仮名の後発的一体性に阿り過ぎている。一体性自体は一つの「解決」と云えるからそれはそれでいいのだが、歴史的機能の超越的痕跡が読み取れない様では困る。仮名が漢字から離脱せざるを得なかった理由を痕跡に残すからこそ書表現の「保守」性が成り立つのであって、そこには機能以外の何物も存在しない(…とは思ってみたものの、ソシュールの言語学と絡めて熟考すればどうなる?)。もしかしたら、歴史的機能は個々の事跡を必要としないのかも知れない。逆に云うなら、個々の純然たる事跡それ自体は(個々の属する自律的時間/他律的領分に留まる限り)歴史的機能上の保守性を必要としないのではないかと。それゆえ書風・流派の伝承システムはどのみち淘汰され、人事を削ぎ落とされた事跡自体は尽く後世の解釈に委ねられる。従って解釈の歴史的断絶ほど不確かなものはないし、時には~解釈を阻まれた「宙ぶらりんな」事跡の存在自体が「復古の名目を借りた捏造行為」を必要に応じて喚び起こす。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2007/04/03 00:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    むむむ・・・・・・むずかしい~~~

    東京から帰ってから、ゆっくり読み直します。
    【2007/04/03 22:01】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     前稿が中途半端で落ち着かないので、続きを書いときます(汗)。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …さて。
     一見、『江戸のダイナミズム』とは関係ない話の様に思える。しかし~例えば第八章に出てくる前野直彬・相良守峯といった先生方のエピソードを見るにつけ、「中国人書家が日本語を書く」のと「日本人書家が漢文を書く」のとでは、その懸隔たるや如何ばかりかと想を廻らしたくもなるのである。
     第十六章にはそのものズバリ、万葉集が出てくる。写本の図版も載せてある。しかしそれはそれ、翠軒が書くと万葉集の漢字表記がだんだん仮名に見えてくる。そこに書かれてあるのは紛う事なき漢字そのものなのに、万葉仮名一般・秋萩帖から一条摂政集、或いは秋萩帖から良寛・懐素、或いは王羲之から平安三筆に至る三筋の道が交わる所で、仮名と漢字はそれぞれ「交わらぬまま」に交わっている。桂本などの万葉集写本は同語反復…否、同文反復と翻訳との交点に「歌/文」を自ら消尽せしめているが、翠軒に於てはそうした消尽の根拠すらなく、ここでは漢字と仮名の区別自体が「どのみち必要なくなってくる」。万葉であろうと何であろうと、筆を持った途端「漢字に仮名を読む」感覚へと立ち返っている。つまり「読む様に」書いている。日本語として読むのだから、書けば忽ち「漢字が仮名の衣を纏う」事になる。~両者は交わる必要などない。読み手が勝手に交わろうとするなら、認識の同一性を敢えて分裂させねばならなくなるからだ。日本語としての漢文から中国語を追い出す類の手管はあくまで認識する側の問題であって、分裂しようがしまいが「読まれる=書かれる」対象自体は何一つ変わらない。

     西尾先生の本を読んでいると、徂徠がドッペルゲンガーに呪われている様な気がしてなにやら落ち着かなくなってくる。徂徠は「自分」を分裂させたのだろうか。「自分」に相当するのは徂徠の方か、それとも影法師の方か(両方なら~絵画的な散点透視に近い?)。…第十章を読んでいると、交換可能な影法師に遊牧性を求めるがごとき手札までもが一切合切、歴史の中で昇華(もしくは埋没?)を余儀なくされる様な心地がしてくる。ここでは歴史が沈黙し、文献は偶々微笑する。そこにわざわざ音声を持ち出すのはどうした事か。
     音声は生きている。相手が現前しない閉鎖空間に於てはいかなる他者も死人同然に遠ざけられるので(死人に口なし…汗)、文字の前に音声が突如として現れるのは、私にとってひどく恐ろしい出来事なのだぁ。出来る事なら音声を文字で(文字を音声で)混乱させて欲しくない。にもかかわらず音声と文字は大抵、互いにリファレンスの座を奪い合うかのごとく振る舞う。沈黙を破る事で歴史的「死人」を叩き起こすつもりなら、ここでの相手は参照されている間「生きていなければならない」筈だが、その「生きた相手」に歴史を投影すると、今度は「生きた自分」の生臭さの方から歴史の流れを掻き乱す場合もある。
     そのためだろうか、西尾先生は常に「生きた自分」の側から厳しく鋭くアプローチしているかの様に見える。「自分が生きる事で、歴史もまた自分の中で生き直す」と言いたげに見えるのだ。その深奥ではリファレンスの質こそが問われるし、読んだ途端「リファレンスの端くれ」に位置付けられてしまう読者側にしてみれば、喉元に突き付けられた刃の様な本は本当に困る。
     『江戸のダイナミズム』は、一言で云うと「困った本」である。
    --------------------------------------------------------------------------------
     短いけど、取り敢えず感想ここまで(スタミナ切れ…orz)。
    【2007/04/03 23:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    苹@泥酔さんへ
    現在江戸のダイナミズムのコメントはあちらで受け付けています。
    私が代理であちらへも転載していいでしょうか?
    【2007/04/06 00:00】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     此の度は色々とお疲れ様でした。あちらのリンク先を見たら、両方とも奥様の事が出てましたっけ(まさか桜子様と間違えてないよね)。こちらはこちらで↑のレスを見て、「ウジウジしつこくてキモいんだよ!あっちに書けよ!」とキレまくる姿をついつい想像してしまう。なんか気分は勝手にビミョー、なんと豊かな妄想力(爆)。私はとにかく女性が怖い。就中…女らしいのに限って最低でも数十倍は(以下自粛)。
     実は昨夜「江戸のダイナミズム」のキーワードで検索中、二月の宮崎メルマガや毒蛇ブログを発見(↓)。初めて読んでみたところ、内容がとっても濃ゆいのね。私も書ければ書いてみたい(書けない…)。
    http://www.melma.com/backnumber_45206_3553644/
    http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20070210/p1
    >私が代理であちらへも転載していいでしょうか?
     うーん…私の稿は煮るのも焼くのも管理人裁量だけど、なにしろ大半が「ネタ違い」でしょ。いいのかなあ(クレームが来た場合の論駁準備はしてますけど)。
     あれは「出版記念会の前に何か書かなきゃ」と思って急遽こじつけたため全然まともな感想になってませんが(まともに書こうとすれば準備不足で遭難する)、差し当たり~西尾先生に「注目してますよ」って気持ちが伝わればそれで充分なのでやんす。
    【2007/04/06 23:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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