• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    母の一家

    叔父さんの葬儀のあと、叔父さん家に行った。仏壇にお骨を置くために。

    その時、母の幼い頃の一家の写真があった。父の家も母の家も原爆にあったので、写真が殆ど残っていない。

    思わず写メして帰った。
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    【2018/11/24 21:21】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(5)
    この記事に対するコメント

    奥様

    写真を拝見すると、とても素敵な家族写真ですね。
    二人のお嬢さんのどちらかが、お母様でしょうか。二人ともワンピースがよく似合っていて、良家のお嬢様という感じです。
    それに二人のお兄様でしょうか、下の坊ちゃんのハンサムな事!(笑)

    うちの両親なんか、能登の田舎ですが、父方の家族写真(というか、玄関の前で撮った祖父母と伯父さんや叔父さん、従兄)の写真と、おばあちゃんが昔、家に来た時の写真しかありません。母方は、やっぱり裏庭で祖父母と母と従姉が映った写真など、ちゃんとした家族写真なんてありませんでした。父は、今の中高生ぐらいの年齢で家を出てしまったせいか、もっぱら軍隊時代のアルバムしかありません(笑)。母の十代の時の学校時代の写真を見ると、セーラー服に下駄ですよ、全員。あとは戦時中ですから、もんぺ姿(笑)。

    私は数年前から、時間はかかりましたが、実家にある両親と姉の写真を、それぞれ全部編集しなおして、デジタル化しました。時系列に並べ直すのは大変でしたが、その作業をしていると、両親や姉がどんな人生を歩んできたのかが、少し分かった気がしました。
    【2018/11/25 09:31】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >黒ユリさま
    母は右の少し大きい方です。
    先日の葬儀は妹の旦那様のものでした。

    この写真の長男は医者になり、
    広大に医学部ができるときの
    教授になっていましたが、
    原爆で亡くなりました。

    二男は慶応大学の時に、
    学徒動員で特攻隊で亡くなりました。
    ハンサムな人だったそうです。

    母はいつも、一番できの悪い私が残された・・・・と言っていました。

    写真を整理されたのですか。
    それは心に残る時間でしたね。
    我が家には先祖の写真がほとんど残っていないのです。
    【2018/11/25 19:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    奥様 

    そうでしたか・・・二人のお兄様もお亡くなりになったのですか。
    優秀な方々なのに、残念な事です。
    ハンサムなお兄様も特攻隊、あの時代はそうだったのですね。
    私の父は、飛行機の教官で、最後の特攻で待機していた時に終戦になりました。若い教え子たちが先に逝くのは辛かった、と聞いたことがあります。

    お母様は、とてもスマートで都会的なお嬢さんだったのですね。
    奥様は、妹さんはモデルに誘われるほど可愛かったと書かれました・・・でも
    西尾先生も、奥様のことは美人だと仰っていましたね。美形のご家族だったのがよく分かります。

    数年前に父の戦友を訪ねて広島に行った時、呉市にも行きました。大和ミュージアムに行ってから、海軍墓地にも行きました。その方が戦友会の人たちと建てた慰霊碑があるので、お参りしました。宮島にも行って、弥山に登りました。そこから見る瀬戸内海の風景は素晴らしかったです。
    日本の海も土地も本当に素晴らしい、絶対に外国勢力に侵されてなるものか、と思いました。
    【2018/11/25 21:05】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >黒ユリさま
    叔父の葬儀の時、親戚の人が、
    自分たちの父親は戦争のことを黙して語らなかった、
    と言っていました。
    すると私の兄が「国が裏切ったんだからね」と言っていました。

    私はちょっと違うな・・・と思ったけれど、
    何も言えませんでした。

    GHQによって、日本が悪かったから戦争をしたのだと教え込まれ、
    国と国民が分断され、
    国は国民に弁解することも出来なかったから、
    戦争に参加した人たちは黙るしかなかったのだと思うのです。

    外国人が続々とやってくるらしいですね。
    汚い仕事、きつい仕事を外国人に任せればいいという考えでは、
    国は滅んでいくばかりです。
    なんとかならないものでしょうか。

    宮島の弥山にも登られたのですか・・・・・
    軽い登山ですよね。
    島々の風景は瀬戸内ならではです。
    【2018/11/26 11:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    奥様

    私の父も、昭和45年くらいまでは公には何も言いませんでした。言える雰囲気でもなかったですしね。
    でもその頃から、有志が戦友会を立ち上げ始めたんです。何せ、あの終戦から、日本軍が解体された訳ですから、戦友たちがどこでどうなったかなんて分からなかった訳です。
    でも広島の父の戦友は、同郷の生き残りたちと戦前の情報を元に、何とか一人一人に連絡を取り、名簿を作り、生存者だけで会を設けたんです。そのおじさんは、毎年の会合の幹事をするなど最も熱心で、長生きもされました。また筆まめで、ものすごい達筆で、機会あるごとに手紙や写真を送って下さいました。それは今でも私の宝物です。

    父の戦友会の写真を整理した時、集合写真の裏に書いた名前と、スナップ写真を照らし合わせているうちに、私は、一度も面識のないおじさんたちの顔と名前を全部覚えてしまいました(笑)。
    でも年老いたおじさんたちと、若い水兵時代の写真を見比べると、面影がある中にも、凛々しく、颯爽として、カッコいい人が多いので驚きました。親の世代ながら、惚れ惚れしました(笑)。

    でもこの前ちょっと書きましたが、作家の伊藤桂一さんは、終戦後の状況を描写して、「復員兵たちを迎えたのは、敗けて帰った軍閥兵隊という冷たい視線だった」と書いていました。
    敗けるということは大変なことなんですね。
    父も戦時中の事は、思い出したくない事も多かったと思います。でも、若い命を燃やしたあの体験、十代二十代を国のために働いた、その思いはとてつもなく大きなものだったと思います。生きて帰るつもりのなかった父にとって、戦後は「おまけの人生」だったんです。

    GHQのやったことは恐ろしいことです。ソ連や中共がやった日本兵への洗脳も許せません。自分もそんな影響を受けていたかと思うと、苦々しい気持ちです。
    もしもっと若い時に、今ほどの知恵があったら、父とも、共通の話題が持てたのに・・・ もっと戦時中の事を教えてもらいたかったのに、と後悔ばかりです。
    ただ、亡くなった母にも姉にも、私がそんなことばかりやってるので、「お父ちゃんは、あの世で喜んでる」とよく言われました(笑)。

    お兄様と奥様は、少し考え方が違っていらっしゃるようですね。奥様が、なぜ「つくる会」に関わるようになられたか、少し興味があります・・・

    例のおじさんと呉の海軍墓地付近の坂を下りている時、向こうから南米系と思われる小学生の子供が歩いてきました。おじさんは「こういう子たち、よく見掛けるでしょ?」と言ったのを覚えています。あの戦争を戦った人たちは、今の状況、どんな風に感じるんだろう、と思います。

    二年ほど前、二回目の広島ツアーに行った時は、山口県の錦帯橋、萩市にも行きました。萩市は長年憬れの土地でした。錦帯橋を見て、バスに乗って行くと、瀬戸内海が見えていたのが、今度は日本海が見えてくるのが不思議な感じがしました。ぐるりと回ってj萩市に入るからですよね・・・

    私は、この地形も長州の武士たちに影響を与えたのではないかと思いました。
    私の故郷の石川県などは、太平洋に出るまでは、結構な距離があるけど、山口県って、太平洋、瀬戸内海、日本海と続いていますしね。ホント、面白い地形だな~と思ったんです(笑)。
    中国地方って、本当に東西に長いですよね。でも瀬戸内は柑橘類が美味しいので、いいなと思います。
    厳島神社も、「神居つく島」なんですよね、弥山で修行した空海のことを思いました・・・
    広島や山口はもちろんですが、今度は島根も行きたいです。
    【2018/11/26 14:12】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


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