• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    01 | 2019/02 | 03
    S M T W T F S
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 - -

    RECENT ENTRIES
  • なつかしいなぁ~(02/17)
  • インターネット検索(02/14)
  • パネル展と講演会(02/11)
  • れきべん(02/04)
  • クレジットカード詐欺(01/28)

  • RECENT COMMENTS
  • あきんど (02/19)
  • あきんど (02/19)
  • あきんど (02/19)
  • あきんど (02/19)
  • 苹@泥酔 (02/19)
  • 黒ユリ (02/18)
  • 奥様 (02/18)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2019年02月 (4)
  • 2019年01月 (6)
  • 2018年12月 (5)
  • 2018年11月 (7)
  • 2018年10月 (7)
  • 2018年09月 (6)
  • 2018年08月 (14)
  • 2018年07月 (8)
  • 2018年06月 (6)
  • 2018年05月 (8)
  • 2018年04月 (5)
  • 2018年03月 (7)
  • 2018年02月 (7)
  • 2018年01月 (11)
  • 2017年12月 (11)
  • 2017年11月 (7)
  • 2017年10月 (11)
  • 2017年09月 (7)
  • 2017年08月 (13)
  • 2017年07月 (8)
  • 2017年06月 (10)
  • 2017年05月 (12)
  • 2017年04月 (8)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (689)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (131)
  • 硬めな話題 (414)
  • 日常のこと (165)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (55)
  • 読書からの連想 (78)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    自由について(2)
    「あなたは自由か」の直接的な感想は書けないけれど、
    なんだかいつも「自由」について考えさせられている。

    喧嘩して、自分の言動を制限されたときに、
    「自由」を奪われたと感じたように、
    何かしら「自由」が引っかかっている。
    人間という動物が繁栄し、生きながらえていくために、
    色々な制限を乗り越え、
    できるだけ強くなっていくことが「自由」ってことなんじゃないか。
    自然淘汰?競争?の末に、
    できるだけの「自由」を確保しつつ、
    伝統とか、文化とかいう形を作って、
    その中での自由・・・・・・

    ありゃ、また考えの迷路にはまっている。

    とにかく、どんなことでも「自由」というキーワードが、
    最近の私の日常の思考に入り込んでくる。
    だって、「あなたは自由か」って聞かれているのだもの・・・・。
    スポンサーサイト

    【2018/11/14 22:43】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(37)
    この記事に対するコメント

    奥様
     
    仰ること何となく分かります。
    それに私も、『あなたは自由か』を読んでから、その中に「日本人の自由は、生活にそれほど不自由はしていません程度の意味しかない」とあったように、本来「自由」とはもっと重い意味があったんだと思うと、「これも自由かな、あれも自由かな」、と考え込んでしまいます(笑)。

    例えば兄弟喧嘩にしても、同胞(はらから)なのにぶつかり合うと、互いの違いが明らかになって、「あいつと自分は違う」と思って、違う道に進んだりしますね。仲がいい場合は、兄や姉或は親と同じ道に進む事もありますが・・・
    このように兄弟姉妹との関係や自分の家庭の経済とか色んな条件を鑑みて、自分の進路を決めるのも、「制限を乗り越え」「強くなっていく」道程ですよね。

    だから子沢山の昔は、非常に制限が多かったけど、そこから這い上がろうとする意志も生まれたんじゃないでしょうか。不自由だから、そこから抜けようとする、つまりそれが自由を求める、というか自由そのものですよね。

    亡くなった私の父もそうでした。小さい時から物凄い負けず嫌いで、勉強もできた。でも長兄は中学に行かせてもらったのに、祖父は次男の父を大阪の薬問屋に丁稚に出したんです。田舎ですから、中学に入れるとすごくお金がかかることが分かって、祖父は父には行かせなかったんです。ところが、二人いる弟の中の一番下の弟は、また中学に行かせました(笑)。
    父はしばらく丁稚をやって「俺はこんな事では、うだつが上がらん」ということで、奥様のいる広島の呉の海兵団に志願したんです。
    でも兄弟は兄弟、父が兄や弟を恨むなんてことはなかったです、父親は恨んだかもしれないけど(笑)。でも終戦になると、今度は祖父は、父のことが自慢になったんです、勝手なおじいちゃんでしょう?(笑) でも父がもっと恵まれてたら、徴兵されて戦死してたかもしれません・・・

    今の時代は、学校で「君達には、色んな可能性がある」と言われて育ちますよね。でも、真面目に勉強する子は、結局進級して「普通高校」に入る。勉強は大変だけど、身体で感じて何かを決断する、というより暗記したり公式に当てはめて計算する、とかの作業だけで手一杯。成績で序列つけられて選別されるけど、自分で何かを決断するという実感に乏しい・・・
    もちろんスポーツや芸術の世界などは、少年少女の時代から、一つの道を究める、みたいな人はいるけど、普通の人の場合は、将来の就職のこともあるから、端から見るより選択肢それほど多くはない・・・

    それでも日本はまだいい方なのかもしれません。以前聞いた話ですが、ある中国からの留学生(漢民族ではない人)が、「日本はいいですね、自分のやりたい好きな道が一杯あるから。でも中国は、まだいい大学に入って出世するというのが一つの理想だ」と言ったとか。

    学生の頃、中国近代史専門の先生が、「(今の中国で)どれほど不満を持っている者がいることか・・・」と言った一言が今でも強烈に頭に残っています。その頃は文革が終わるか終わらないかの頃で、今ほど中国の情報が入って来なかった時代だったので、そんなものか、と複雑な気持ちになりました。
    それで、私は感じるんですが、中国人というのはいい大学出だと、鼻高々で、来日しても、日本人も、それだけで重宝してくれるだろうと思ってる。何でもピラミッド型だと・・・
    日本でも一流大学出だと、色々得することが多いかもしれないけど、世の中を見たら、スポーツ選手が尊敬されたり、あちこちでカリスマみたいのがいたり、中心というものが、あまりはっきりとしないですよね。ところが、彼等はそういうことが、なかなか分からないみたいです。

    『あなたは自由か』の中で、ソルジェニーツィンのように東側から西側に行った人の事が書かれていますが、私は中国人というのはロシアや東欧の人たちとはちょっと違うんじゃないかという気がします・・・
    あの膨大な人口だから、もともと競争が激しい。国内の受験戦争で勝ったら「自由」を感じるだろうし、周囲を差し置いて海外に出たら、それも「自由」を感じるでしょう。親が海外で働いているというだけで自慢になるらしいし・・・常に人に抜きんでることが、脱出、解放つまり自由になることだと思うんです。日本に来ても、心は出たかったはずの大陸にいるつもりで、今度は日本人に勝つことが目標となる・・・ その他、何をやるにも、人より一歩抜きんでることが目標になるんです。
    ですから同じ勉強、仕事をしても、恐らく発想も目的も日本人とは全然違う・・・
    逆に言えば、日本人のように、伝統工芸とか自国の歴史から何かヒントを得て、面白い物を作りだす、とかは恐らくあり得ない、つまりそういう意味で、絶対に日本人みたいにはならない人々です・・・

    それで日本人の場合は、よく坂東忠信さんが言ってるように、無駄な大学へ行くよりは、職業訓練を充実したり選択肢を増やしたり、そんな専門的な職業も尊重され給料も高くする、みたいにすれば、若者のエネルギーをもっと吸収できるんじゃないかと思います。
    ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。

    奥様は、「伝統とか、文化とかいう形を作って」と書かれましたが、そんな伝統という背景があって、その世界に入って、何百年と培われてきた技術なりを習得するために研鑽する・・・そこに自由があるんですよね。その共通基盤の中で競争するのがアゴーンですね・・・

    今のように、全員に同じ事を勉強させて、それが中学以上になっても試験の成績だけで選別する・・・これって、あまりにも貧弱でつまらないシステムですよね・・・(笑)






    【2018/11/15 22:51】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。
    >黒ユリ様

    その番組私も見たような気がします。
    屋根の曲線を決めるのが、宮大工の腕の見せ所だ・・・みたいな番組ではなかったですか?
    それで、若い人に自分でその曲線の角度を決める決断をさせるために、色んな試練を経験させるという内容でしたよね?違いましたか?

    日本人が一番安心できるの点は、上の人の言うことをちゃんと聞く耳を持てたら、ほぼ間違いなく成長できる環境が整っていることだと思うんです。
    よっぽど騙される人は、それなりのリスクを覚悟している場面にいるためであって、普通にしていれば被害はほとんどないですよ。ただ、そうであるからこそ、現場で努力していろんなところに転がっているチャンスを自分で拾って自分で磨きなさいという社会なんだと思います。
    職人さんが一々手取り足取り教えないのは、最後は自分で決めなさいという暗示だと思うんです。そのかわり惜しみなく技は君の目の前で披露するよ・・・というのが伝統芸なんでしょうね。

    だからこそ、世にいうハウツーものは、絶対日本では違和感が生まれ馴染まないはずです。

    「こうすれば成功する」「成功への近道はこれしかない」

    そんな保証ができるのなら、他人に教えないほうが自分で独占できるはずだと思うんだけど、普通に考えるとそういう甘い言葉が案外世の中にはびこってしまうのが現状でして。

    やっぱり、「何事も戦って手に入れろ」という言葉が、一番正しい教訓だと思います。
    それこそは本当に心を正しくしてくれるますし、なにより健康的です。

    その宮大工の方も、最後は絶対自分で手を入れずに、最後まで弟子に責任を負わせていましたよね。自分で決める覚悟がなければ、責任感が生まれてこないんだという風に。

    結局やる気のある奴は「己と戦え」ということなんだと思います。
    日本人はたぶん単一民族なので、欧州のような民族のぶつかり合いが少なかった経験上、戦う相手が「己」に向いていく傾向があるんだと思います。
    それが武士道にもつながっていくんだと思います。
    それがなかったら武士の「律」は存在しませんよね。

    「天知る地知る己知る」でしたっけ。
    昔誰かがそんなこといってましたよね。
    悪いことはできないんだよ・・・みたいに。

    でもね、というか、私が社会人になりたての頃は、けっこうワルサを先輩から教わったものです。特に、心を通じ合えた先輩からは本当にいろんな遊びを教わりましたよ。
    「おまえようやく一人前の仕事ができるようになったな」と言葉で伝えるのではなく、夜の遊び方の中でそれとなしに伝えてくれるというか・・・。

    男の遊びはそれが昔は主流でした。
    営業やっていてそれと縁がないサラリーマンは、どこに行っても通用しませんでした。
    男である以上「スケベ」は健全な本能です。
    だから昔の男は逞しく見えたんですよ。
    私たちが遊んでいた頃は、絶対素人には手を出しませんでした。
    軟派とかそういう遊びはご法度でした。
    飲み屋に行っても、借金は絶対するな。どんなに苦労しても自前で金を払え。それが自分の度量になるんだ。自分の金で遊ぶことの「意味」を勉強させられたものです。

    それが最近の男はといえば、基本的に「真面目」。
    真面目だから遊ばないし、遊びを知らない。

    いや「真面目」なんではなくて、私たち世代から見れば「度胸なし」、つまり「おとなし過ぎ」、よって「つまらない男」。

    ところがそういう男が基本的に今は主流。はたしてそれは女性が求めている路線なのかどうかはわかりませんけど。

    でも、いろいろ考えてみると、こんなことが案外的を得ているんじゃないかと最近思うようになったのです。
    「昔の男は裏でやさしくする。最近の男は表でやさしくする。」

    結局は優しい日本人男子であることには間違いないけど、この対比は案外意味が重いような気がします。
    他人の金で遊ぶ手段を身に着けてしまった男は、結局つまらない男で終わるでしょう。でも、自分のお金で遊ぶ決心ができる男は魅力がありますよ。

    どの時代でも女性はその点を見抜いてほしいですし、それを守り続けてほしいです。
    だって遊びの世界で己とアゴーンしている男なんですから。


    【2018/11/16 00:25】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    続きなんですが、呉服問屋時代に、福島の白河のとある呉服屋さんにお邪魔して、そこで教わった話なんですが、そこのご主人女遊びが大好きで、全国を旅する際に寝床を寂しくして過ごした日はほとんどないという話をしていました。

    そんな話の中で印象的だったのは、昔の遊び場の女性は、どこに行っても朝私が顔を洗う時に、後ろから私の着物の袂を抱えてくれたんですが、今の時代はまずそんなことをしてくれる女性はほとんどいませんな・・・と。

    男が遊ぶというそのスタイルはもちろんですが、モラルさへも昔と今とでは段違いなんだとおっしゃっていました。
    そのご主人はこうもおっしゃっていました。

    「お金はその場で払いなさい。どんな遊びも借金だけは絶対しなさんな。価値が半減するだけだ。遊び場はお金で縁が保てているんだから、その決まりを守らない人間は信用されない」と。

    福島の原町の呉服屋さんの社長も、「どんな支払いも、現金が一番信用される」とおっしゃっていました。
    世の中にはいろんな人生といろんな社会が存在します。
    私はそのほんの一部を切りつまんで語らせていただいております。
    でも、そのほんのわずかな断片にも、素晴らしく広い世界に通じるものがあると思っています。小さな経験であっても、大きな世界を意識すれば、その小さな経験はけして小さいままで収まらないものなんじゃなか。
    つまり、経験したものがどこをどれだけ力強く見入るかということなんだと思います。

    なんだか、だんだんハウツー理論になりつつあるので、この辺でやめておきます。
    【2018/11/16 01:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    ここからは家自慢編

    昔たしか日録の蘭ちゃん管理のところで書いたはずなんですが、記憶をたどってもう一度書きますね。
    (蘭ちゃんとは、ミッドナイト蘭くんのことです)

    私の実家は呉服屋で、爺さんがその礎を築きました。
    その爺さんは京都出身で、北海道に1歳と半年で叔父の家に養子に入ります。
    叔父も元々は京都出身で、養子に迎えた赤んぼは自分にとっては血のつながった甥っ子です。
    その叔父という立場の人は私にとっては曾爺さんです。

    この曾爺さんの関係と祖父の関係が、けっこうややっこしいのです。
    一応説明しますが、まぁなんとなくで記憶してください。
    祖父は山本から池田に養子に入るんですが、祖父の父は元々池田から山本に養子に入ったようで、つまり私の祖父は先祖に戻った形になります。
    でも、そのもっと先を聞くと、池田家と山本家で、何度も養子のやりとりをしているんだそうです。
    祖父は元々は「山本」。曽祖父は「池田」
    でも祖父の実父は山本。
    その祖父が養子に入った先の曽祖父と、私の祖父の実際の曽祖父は兄弟です。

    ここまでの流れわかりますか。
    昔はもっとこの両家の間で子供のやり取りが盛んだったと聞きますが、なにせまた聞きですので信用はできません。
    ただ山本家にある家系図はうそをつきませんです。

    基本的に池田家はお金に不自由しない家系。一方山本家は位はかなりあるけどお金に不自由する家系だったそうです。
    つまり山本家は今でいえば皇室に出入りできる身分。一方池田家は荘園とか抱えることができる歴史があって、どうやらその礎を探ってみたら、上賀茂神社にたどり着く家柄だったということなんです。
    何年か前、私の叔父叔母軍団が京都に行って、池田家の本家の案内で上賀茂神社のなかをくまなく案内してもらったと、自慢げに話していた叔父の話は、一応信用しなければなりません。
    祖母は私に何度も先祖の話をしてくれました。
    「池田家は加茂族といってな、昔の天皇とご縁があって、ずっとそばを離れない家系なんだよ・・・」てな具合に。

    そんなこと、北海道に住んでいる人間にとって、ほとんど認識できないし、想像もできないわけですよ。もっと頭のいい親戚は、池田家の先祖が加茂族かどうかより、その先の先祖がどうなっているのかとか言い出す人もいましたね。
    ほっぺたがつっぺ下がりの家系は、もしかしたら朝鮮人なのかもしれないよ・・・とか、たしかに私はつっぺさがりで、その方のいう通りかもしれないですが、だからといってそのまんま受け入れることも不自然で。

    祖母はたぶん加茂族は天皇家と親戚だという感覚で私に話しかけていたんじゃないかと思います。
    でも実際は加茂族は天皇家と血筋は別だと認識します。
    本当のところをご存知の方がいれば、教えてほしいのが本音です。
    ほかの日本人はそのほとんどが天皇家の先祖と縁があります。
    でも、私の家系はそうではない。そこに少しこだわりたい気持ちがあるんです。
    縁がないのになぜにこうして皇室の気持ちを汲むこころが自然とあるのか。
    なんだか面倒なことですが、どなたかアドバイス願えるでしょうか。

    歴史のロマンというのがありますよね。誰も知りえない世界を想像して、そこに何かを学ぶというもの。
    私は祖母から池田家の話をいろいろ聞かされて育ちましたが、その一つの家の歴史を学ぶだけで、どこか勇気がわいてくるんです。
    恵まれた家の話だとか恵まれない家の話だとか、そんな基準はここには生まれないと思うんです。そんなものが何も基準ではなく、話しかけてくれている人間の心が一番私には大切だったんです。
    おそらく祖母は私に加茂族の意味を伝えたかったんでしょうが、私にはそのことは二の次な感じで聞いていました。
    私はそれより単純に祖母の話を聞いていることが楽しかった。
    ただそれだけだったのと、大学生になっても帰郷した際に祖母の部屋に訪れて枕を近くにして話を聞きたかったのは、祖母がいつまでも希望を捨てずに生き生きとしていてほしかったから。
    平成の時代になったその最初の日に、祖母と電話をする機会があったんです。
    「おばあちゃん、ついに昭和が終わったね」というと、「そうだね。さびしいね」と言ったのが、祖母のまともなときの最後の言葉でした。

    それから数日後、祖母は俗にいう「あたった」という病気。つまり「ボケ」が始まりました。しかも急速に。別に天皇家に忠実なことを心掛けていたというようなことはないとは思うんですが、でも祖母にとっては昭和天皇の死は、大きかったんでしょうね。

    こころの支えだったのかもしれません。
    「おばあちゃん天皇陛下が亡くなっちゃったね」といと、さびしそうに「そうだね亡くなっちゃったね」と返してきた祖母の言葉のあの音が、今も案外印象深く覚えています。
    それが私と祖母の最後の会話です。

    私は日録の産声が始まったころに、私個人のこの物語を関連の板で書き連ねました。
    そこには恥ずかしさはありませんでした。
    西尾先生が読んでくれることを願って書き連ねました。
    そうすることによって、今の自分の心の状況を打開できればいいんだという思いで書きました。
    今は少し冷静になれて、ここに集う方々の気持ちを優先しようという心が普通にあります。
    でも、どうなんでしょうか。どちらも自分であるのなら、昔の自分の心理が、本当は自分らしいと思うことも許されるものであり、そちらを無下に犠牲にする理由はどこにも存在しないわけですし、今が正しいという保証もないわけですから、過去の自分をもっと勇気づけることも大切なんじゃないかと思うようになっています。
    【2018/11/16 04:12】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    あきんどさんの色んな思い、興味深く拝読しました。
    宮大工の西岡棟梁の事は、昔のNHKヒット番組「プロジェクトX」で知りました。その時、小川さんはまだ20代で、今はもう70代、西岡棟梁の跡を継ぐ一人ですね。私が見た番組は、テレビ東京の「和風総本家」の特別版でした。その他にも小川さんを取材した番組は、過去いくつかあったと思います。

    あきんどさんが見た番組とは、違ったかもしれませんが、書かれたことは分かります。「プロジェクトX」では、職人の厳しさとか師弟関係のことが印象的でした。
    薬師寺伽藍再建のために、全国から応募して選ばれた大工たちと西岡棟梁のやりとりが描かれました。「何も教えてくれない」・・・自ら壁にぶつかって、それを乗り越えることでしか技術は習得できない、その通りです。でも印象的だったのは、弟子の一人が台湾から買った千年の檜を切る時、手が震えて切れない、その時西岡棟梁は「思い切ってせい、責任はわしが負うから」と言ってくれた、とか。

    その他、西岡棟梁は薬師寺の設計に関して、大学教授をも論破した、とか、過去宮大工の仕事が激減した時も、西岡棟梁は普通の大工の仕事は一切しなかった、その理由が「腕が鈍るから」といった点も、驚きでした。

    こうした人たちがちゃんと生きていける社会、これが大事です。でも現代はどうか、あきんどさんが書かれたように、現代は「女遊びは、けしからん!」が表で、特に若い人は、真面目な人ほど「表」を真に受けてる(笑)。役者なんかは、女遊びは当たり前で、芸の肥しになる、ということで、その伝統が生きてるようですが・・・
    でもそのせいか、最近のニュースにあるように、梅毒が蔓延するとか(これは外国人が持ち込んだと言われてますが)、一昔前の社会に逆戻り、なんてとんでもないことになってる。

    昔は「きれいごとじゃない世界がある」、それが分かって初めて大人と言える、というのがあったのに、政治家ても、きれいごとばっかり、つまり「言葉だけ」になってきてる・・・恐ろしいことです。政治家も国民も、子供みたいな人間ばかりになったら、おしまいです。

    呉服屋のご主人の話、「着物の袂をかかえてくれて」・・・情緒がありますね~
    今は、事が終わって、カネさえ取ったらそれでおしまい、ですか・・・(笑)
    そんなのがドライでいい、なんてのは、西洋式あるいは中国式ですかね。そういえば、職場の女性のことをBG(ビジネスガール)と言ってたのがOL(オフィスレディ)となったのは、BGというと、あの方面のプロの女性の意味なるから、だったそうです。そうか、あれもビジネスなんですね・・・(笑)

    以前新聞記事で読んだのですが、着物というのは、どうしても体の動きが制限される、それが女性の優雅さにつながっているというんです。なるほどな~、そういえば同じ女優でも現代劇より時代劇の方が女らしく見えますよね。
    それに以前TVで観た、京都の帯の老舗の山口源兵衛さんが、「皆、着物着るようになったら日本変わりまっせ」と言ってたのが印象的です。そうなったら面白いな~、洋服脱ぎすてたら、心も変わるかもしれないし・・・(笑)
    私の従弟も呉服の「鈴乃屋」に勤めて全国回り、北海道にもいたことがあります、もう定年ですけど・・・

    日本の政治家、特に女性ですが、以前いた「このハゲー」と罵倒したとか、不倫した元検事とか、「ああ、学力あっても全然ダメだな」と思います。それにそれらが発覚した後の態度がいけません。自覚があるんなら、全部背負って黙れ、と言いたい。元検事の方は、何事もなかったかのように、また当選していっぱしの事をベラベラと・・・開いた口がふさがらない、とはこの事。ペーパー秀才の成れの果てがどんなものか、のいい見本じゃないでしょうか(笑)。それで、もっと恐ろしいのが、彼女に投票する国民・・・

    あきんどさんの家系のことですが・・・
    加茂族のこととか、私は全く知らないんですが、ちょっと前日録でも書かせてもらった、田中英道さんの『日本の起源は日高見国にあった』と『天孫降臨とは何であったのか』を読むと、現実は、これまで教科書に書かれてたことは違うんじゃないか、と本当に思いました。

    例えばネットで調べると、出雲族がどうの東北の蝦夷がどうの、と書いてありますが、もともと西日本には、ほとんど人が住んでなかったんです。これまでは、日本というのは、もともといた民族と西日本の渡来系の民族の混血だとか、大陸から文明が来て、徐々に東の方に伝わった、と言われていました。

    しかし田中先生は、最新の考古学的、生物学的研究を元に、縄文と言われる壮大な文明が東から東北日本にあって、寒冷化でその文明が西日本(九州含め)に広がり(ということは、東日本の人間が西に移動したということです)、後に大陸の文化も伝わって混合した、ということなんです。だから皇室の起源も関東なんです。また皇室の第一の家来と言ってもよい藤原氏(中臣氏)も関東出身で、後から関西に移ったんです。

    出雲の大国主命の国譲りも、もし出雲族が完全に渡来人だったら、あり得ないと私は思います。大陸は、昔から敵は根絶やしにする文化ですから・・・とにかく渡来人との混血はあったかもしれないけど、もともと日本は全世界から人が集まってできた国であって、長い時間をかけて、皆「日本人になった」訳です。今みたいに、何時間か懸ければ、地球の裏側に行ける時代と違いますから(笑)

    だから詳しいことは分からないけど、おばあさまが、皇室との縁を大事にしてたとか、神社関係だったということは、渡来人の血が混じっていたとしても、基本は日本人だった可能性の方が高いのではないかと思います。

    本州の現代人のDNA
      朝鮮人に多い特徴を持つ  24%
      中国人  〃       26%
      アイヌ  〃        8%
      沖縄県人 〃       16%
      どれにも属さない     26%
     (宝来聰 『DNA人類進化学』1997)
    『日本の起源は日高見国にあった』より

    このデータだって、本州の約半数が中韓に似たDNAといっても、今の中韓の人々と同じ、と言ってるわけじゃありませんし。
    それに例の蝦夷ですが、田中先生は、要するに蝦夷というのは縄文人だという訳です。色んな部族に分かれていたとしても、今の人種差別みたいなものとは違う訳です。その縄文人が、寒冷化で東北や関東から西日本に移動したのだから、比較的新しく海外から移民が来たとしても、縄文人と混血した、と考えられると思います。付け加えると、田中先生の動画を見ると、アイヌも後に北の方から移動してきた人々だ、みたいな事を言ってましたよ。だから、アイヌは、ず~っと北海道にいた根っからの縄文人とはちょっと違うかもしれない・・・その辺のところはよく分かりませんが。

    長くなってしまいました。
    ただ先祖のことは、私の父方の先祖も、平家の落人、平家の家来だった人間だ、なんて聞いたことがあるので、「そうかな」と私なんか、楽しんでます。私も自慢じゃないけど、両親とも能登では比較的大きな家系だったので、平家と上杉謙信と関係あったんだ、と自分勝手にプライド持って、心の肥しにしてますよ(笑)。
    【2018/11/16 10:08】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >黒ユリ様

    本当に感謝します。
    こんなに詳しく調べていただいて、どうやってこのご恩をお返ししたらいいやら・・・感謝感謝。

    実は能登半島も私の祖母の実家と深い縁がある場所なんです。
    輪島塗の工芸を代々継いできた家系だったそうです。
    わけあって能登を離れることになり、北海道に渡ってきたそうです。
    能登で色々お世話になったり御世話した仲に、「牛腸」(ごちょう)さん・・・(名前がこれで正しかったかどうかが記憶不足なんですが)・・・という方がいて、今も能登ではこの方の作品が受け継がれていると聞きます。

    ちなみに祖母の実家の名前は「城」という漢字が充てられて、「たつ」と呼ぶのが正しいそうなんですが、漢字のままのイメージが最優先され「じょう」と言われた形跡もあると聞いてます。中には「しろ」と呼ばれたという話もあります。

    それにしても石川県はぜひ将来訪れてみたい場所の一つです。今の仕事を引退したら、女房と日本海側を車で旅したいねと、いつも言ってます。
    あと10年頑張ってそれを夢にして、今を頑張っております。

    【2018/11/16 11:16】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    そうですか、あきんどさんのおばあ様も能登と関係があったんですね。
    能登は漁業も盛んですから、当然東北以北とも交流がありました。それで、母の実家のある所も、青森のねぶた祭りみたいなお祭りがあったんです。
    牛腸(ごちょう)さんは、輪島市にそういう名前のお店があるようですね。「城」が「たつ」ですか。城だから、たつ(立つ 建つ)みたいな・・・
    そういえば、変わった読み方がありますね。能登(のと)も、倶利伽羅(くりから)峠も。

    石川県はいい所です。能登も加賀も・・・10年後ですか、今の景観が保たれていることを願います・・・
    そういえば、私自身は能登の珠洲市で生まれたのですが、聞くところによると、数年前、珠洲市の風光明媚な所を、ユダヤ人の金持ちが買ったとかいう話です。以後どうなったかは分かりませんが・・・
    日本中どこでも、そんなことになっていて、まるで日本全体が、金持ちのリゾート地みたいになって、腹が立ちます。
    能登の両親の実家も、従兄たちが頑張って維持してくれてますが、自分の実家も含めて、故郷を守るのが、特に地方出身の人にとっては、死活問題です。

    能登には、大伴家持が越中国に赴任した時、読まれた歌がたくさんあります。

    「もののふの 八十をとめらが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」
    万葉仮名では
    「物部乃 八十嫺嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花」

    これは、亡くなった姉が、以前連れて行ってくれた料亭のランチョンマットに印刷されていて、印象に残った歌です(この歌自体は、高岡あたりで読まれたものだそうですが)。
    沢山の乙女たちが、入り乱れて水を汲む、その寺の井戸のほとりに咲く可憐なかたくり(堅香子 かたかご)の花よ・・・という意味だそうです。

    【2018/11/16 16:48】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >あきんどさん
    その京都の加茂属の話し、覚えていますよ。
    ここに書き込まれる池田さんにも、
    池田っていうのは・・・・とお話になったことありましたよね。

    >黒ユリさま
    そういえば、先日輪島塗のお店の人が訪問してきたので、
    汁椀を五客買いました。
    できる工程を写真で報告してくれて、
    最後は広島まで持ってきてくれました。
    塗りのお椀は、一生使えると言っていました。
    修理もできる・・・・と。
    毎日使いでいいんだそうです。

    お正月用品の塗りのものは、一年に一度使うという感じでしたが、
    毎日このつやつやした、でも柔らかい感触を味わっていいんだと思うと、
    あと残りの方が少なくなった人生で、
    楽しもうかなと思っています。
    【2018/11/16 22:04】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    奥様

    輪島塗のお灣をわざわざ広島まで届けてくれたんですか?凄いですね。

    石川県の人は、自宅の棚に、いくつか輪島塗の食器やお盆などを持っているのが普通です。贈答品とか、何かの記念とかでよく使われるからです。特に昔は、結婚式の引き出物などの品が、使われないまま、座敷の棚にしまわれている、なんてことはしょっちゅうです。
    輪島塗と言っても、価格も色々で、贈答品に使われるのは、それほど高価ではないようですが、貰うと嬉しいですね。
    最近は、お土産用に、プラスチックのお椀や工芸品も多いですが、本物はやっぱりいいですね。本当に一生ものだと思います。

    輪島の御陣乗太鼓のメンバーの方は、地元の方で、北岡周治さんという方がいるのですが、その方は輪島塗り職人なんです。以前NHKの番組に出たこともあります。今は恐らく60代の半ばくらいだろうから、現役かどうかは分かりませんが・・・
    でも大人しそうな仕事に見える職人さんなのに、いざ太鼓の前に立つと、大迫力のバチさばきで、カッコいいんです(笑)。

    私ももう一度生まれ変わって、男だったら、ああいう職人さんになりたいな~、なんて見果てぬ夢を見ています、先祖が鍛冶屋だったせいでしょうか(笑)
    【2018/11/16 23:13】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    『あなたは自由か』を、著者たる先生が人々に贈呈されました。そのために、先生はどのくゐの出費をされたのでせうか。

    私は先生のおかげで、三冊の本の著者たり得たせゐで、辛うじて知つてゐますが、出版社が著者にタダでくれるのは、せいぜい10~15部です。それ以上の数が必要な場合は、定価の七掛け程度で売つてもらうことになります。

    渡部昇一さんとの対談本の場合、タダは10冊ださうです。それを先生と渡部さんの御遺族で、折半するのですから、先生の自由になるのは5部だけです。キビシイ!

    著作者がよく「本を贈ると、受け取つた方は、モトはタダと思ふらしいが、どうして、金がかかるのだ」と愚痴をこぼしますね。

    今日は坦々塾、先生の御講話(のテーマは存じませんが)が楽しみです。
    【2018/11/17 00:20】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


     今日は坦々塾ですか…近場の人や遠距離通塾できる人が羨ましいナァ。さりとて素性がバレたら誰であれ、西尾先生から贈呈本が来ないとも限らない。新潟大を定年退職した三浦淳先生んとこには来たそうな(↓)。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1072634642.html
    【2018/11/17 14:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    池田 様

    そのお話を伺うと、以前頂いた池田様の御本、ただで頂いて申し訳ないことです。でも貰った方は、無料で頂いたのだから、必ず読んで感想を書かねば、と緊張しました。

    先生も、それだけ幾人もの方に贈呈されているんですね。確かにそれも大変ですが、先生の本なら、贈呈を予定されている方々は、自費で買うのでは、と思うのですが・・・・あきんどさんが書かれたように、何せあの内容と分厚さで、たったの千円ちょっとだし。
    そんなもんじゃないということは分かりますが・・・

    私の姉の親しい友人に、自伝を自費出版した人がいて、その事を姉から聞いていたので、姉の葬儀の時に、その本を下さいと頼んだことがあります。読んだ後は、手紙に感想文を書いて送りました。タイトルは『ころんでもただでは起きないおばば』(笑)。あきんどさんが以前書かれたように、逞しい女性は多いでです。
    でも自費出版というのは、三桁くらいのお金がかかるようで、それなりの準備がないとできないですね。

    それにしても国立国会図書館のHPを見ると、「納本制度」というのがあるんですね。冊数や色んな条件はあるようですが、国内で出版された書籍やCD,DVDなどを保存するのは、大切なことだし、自著が保存されるとなると著者も安心ですね。それが誰かによって紐解かれるかどうかは別かもしれませんが・・・

    苹@泥酔 様

    色々お話を伺うと、苹@泥酔さんは教師をなさっていたのでしょうか?高等学校でしょうか・・・

    実は私の同級生にも、大阪で高校教師(今はもう定年だと思いますが)をしていた人がいます。高校も同じで、まあまあ仲もよかったのですが、例の『国民の歴史』が出た時、電話でその話をしたら、とんでもない反応だったので、ショックを受けました。「あんな、戦争したがってる連中の本は読まない」・・・学生の時は、ノンポリでそんな表現する人じゃなかったのに。
    改めて日教組の影響の大きさを感じました。大阪という土地柄もあったでしょう。それに、素直で真面目なタイプほど、「思い込んだら一直線」のようです。
    その年、年賀状を出さなかったら、向こうも出さなくなって、何となく気まずくなって、それっきりです。今再会したら、どうか分かりませんが、苦い思い出のひとつです。
    もちろん、教師にもいろんなタイプがあるでしょうが・・・
    【2018/11/18 10:32】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    奥様

    奥様は、私のあの駄本を、本欄の一回分を丸々使つて、好意的に紹介して下さいました。その御恩は忘れてゐません。

    今回の先生の出費総額を聞いて驚きましたが、私のやうな貧乏人の心配すべきことではないのかもしれません。(序でながら、渡部昇一さんとの対談本は誰にも贈呈されなかつた由。私がこの本を買はなかつた理由について「さぞ面白からうとは思ふが、先生の渡部さんに対する評価は、自分にはほぼ分つてゐるつもりなので」と釈明しておきました)

    私は元の商売柄から、本の寄贈を受けることは、普通の人より多いかもしれませんが、こちらの反応は区々です。好きな人、尊敬する人には、精魂を込めて感想を書きます。葉書一枚で済ます場合でも、気合ひの入れ方にはずゐぶん差が出ます。

    本の贈呈は、受けた側とすれば、頼んだわけではないといふのが基本でせう。ですから、誰がくれたかによつて、感激して押し頂いたり、中を見ずにごみ箱にポイなど様々に反応することになりますね。

    句集なども、そのとほりですが、句会で一緒になる人から、その人アルバイト先の社長の奥さんが出した句集といふものを、配り先がないからといふ理由で貰つたことがあります。これほど縁遠いと、さすがに紐解く気になりませんね。
    ただし、11年前に今の3DKに引越す際、溜まつてゐた句集を、古本屋が意外にいい値段で引き取つてくれました。有名俳人ならともかく、私の仲間のものなど、無料でも引き取つて貰へればいいと考へてゐただけにビックリしました。

    【2018/11/18 14:22】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


    >黒ユリ様
     昔は高校芸術科書道を教えて居ましたけれど、日教組など必要ないくらい「常識化」したレベルの歪曲通念となると大変で、大学教育の成果は高校へ降りた途端に粉砕されます。この話は十年以上前から散発的に書いてきたので、自分でも当該稿を探すのが億劫になる。またクラスの話だって、適正人数(規模)でなく適正環境(質)に焦点を当てるのが本筋の筈。どんな底辺校でもトップレベルの授業をして構わないのではと思っていますが教員には能力の限界があって、どう頑張っても環境には負けてしまう。ただし都会の噂話で聞くレベルの底辺校は青森に存在しないかと。或る意味これが田舎の強味ですが、裏を返せば頑迷さの根でもある。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2127.html#comment
     「2018/09/01 21:31」稿(↑)で引用した奥本大三郎先生は大阪の岸和田高校卒とやら。あの都会であのレベルかと驚きましたが、大学進学の観点とは別物なのでしょう。こちら青森では同僚から同和の話が出た時も驚いた…あれが都会的な勉強なのかしら。当時の私は同和も日教組も聞いた事がないし興味もない。それより教材研究が間に合わず焦ってばかり。他の教員は要求レベルが高過ぎると云うけれど、平仮名を読める様にしたくらいで校長室で叱られるのは納得がいかない。ならばこれも研究せねばと、怒りより興味の方が勝ってくる。私にとって冷静さや探求心とは、怒りの氷付けを意味します。となると、もはや怒りも冷静も区別がない。
    【2018/11/18 19:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >黒ユリさま
    まぁ、外商?のついでに立ち寄ったのだとは思いますが・・・・・

    輪島の有名な通りの少し裏手にある、
    由緒正しい?お店のようでした。
    知る人ぞ知るという感じ。
    日本全国を回っていると言っておられましたから。

    >池田俊二さん
    ずっと文章に関わるお仕事をされていたから、
    眼が鋭くていらっしゃると思います。

    >苹@泥酔さん
    苹@泥酔さんのような教師に、仮名の読み方を教わりたかったな。
    日本語を読めるって、普通のことなのにね。



    【2018/11/19 10:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    池田様の投稿を読んで確信したことは、著者は出版社から作品初版本をそんなに多くは貰っていないということ。やっぱりそうだったんだぁ・・・と思いました。
    そんな貴重な物を私は読ませてもらっている。

    これは絶対何かアクションを起こさないと罰があたります。
    それで今一所懸命日録に書き込んでおります。
    どこまで書けるかわかりませんが、皆さまよろしかったらご参加ください。
    【2018/11/20 14:11】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    (人材不足について)
     不況になった。すると採用が減った。中には「人余り」もあり、人材削減の障壁としての正規採用が問題となり、非正規採用への転換が模索された。すると賃金減少により不況がエスカレートした。低賃金が慢性化し財物換金が盛んになり(「金プラ買います」等々)、収入と家財のバランスが調和しつつ低回へと向かった。この段階で中流階級の崩壊/二極分化という「動き」が「状態」へと変化する。既に分化した「状態」が新たな「動き」へと転換し、経済活動の所謂「ブラック化」が活発になり、それにつれて「旺盛な人材不足」への転換も活発になる。~つまり人材不足は旺盛な経済活動の一相であって、必ずしも「不況とは関係がない」。
     これを「好景気だから人材不足」と見るのではなく、「旺盛な不況」が「好景気」に見えるとするならば、好景気になるほど低賃金化が加速しても不自然ではあるまい。この流れは単一民族だけでも充分に実現可能と思える。すなわち自民族内で奴隷化に向かうか、他民族(移民/外国人労働者)を奴隷化するかの違い。そこでは所謂「経済的奴隷」が別の歴史となるがごとくして復活する(「2014/12/09 00:59」稿↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     ドイツ人と日本人の違いが過去と未来の区別なきまま、ユダヤ人と外国人(中国・韓国・ベトナム等々)に投影されつつある気がする。ドイツには非政策的に予めユダヤ人が居た。日本は政策的に、これからそうなろうとして居る様に見える。非政策的/現状追認的な意味では戦後の「在日」(元日本人)が似ているかも知れない。しかし政策的にやるとなれば、移民だろうが外国人労働者だろうが大差なくなる。民族が国家に伝染する点ではグローバリズムの方が、ナショナリズムより過酷かつ無防備な破綻を招きやすいかも知れない。そこでは活発かつ旺盛な破綻が、経済的に景気よく蠢くだろう。

     …話は変わる。教育界に人材不足は存在しなくてもよい。存在しないのではない。しなくても構わないかの様な「お膳立て」が予め仕組まれてきた。だから人材採用してもしなくても関係がない。代わりの「人材」を捏造すればよい。その手段が非常勤講師などの非正規雇用だった。教員採用試験も不要となった。そこに輪をかけたのが教員免許更新制だった。ぼちぼち全国各地で教員不足の「実態」が露呈し始めたらしいが、昭和二十年代の弥縫策が法的かつ現実的に再来、ますます旺盛となりつつある模様。しかし実のところ、そんな「実態」はない。そもそも教員という存在は或る意味「存在しなくてもよい」のだから(都立高校の書道教員例↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
     このモデルを昨今の「人材不足」に当て嵌めてみる。以下は西尾先生の言。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2213
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 人手不足と言いますが、これは嘘です。だって若い者は大勢遊んでいるではありませんか。日本国民の力で十分労働力は確保できます。女性も中高年も老人も働きたいのです。しかし、10時間働くことは出来ない人もいます。3~4時間なら働きたいという女性や老人は沢山おります。そういうシステムをつくれば良いのです。何故それをやらないのかというと、外国人を入れた方が賃金が安くなるからです。賃金が下がればある種の企業が儲かり、株価が上がるという政策は、さ迷っています。もう成長戦略が行き詰っており、最後に何が出てくるかというと、外国人を入れるということと、女性労働力の活用くらいしかありません。しかもそれが介護と家事労働に外国人を入れる、家事労働にということは特区で女中さんを雇い、暇になった日本の主婦が社会に出て働くということですが、こんなことは日本の社会に馴染まない話です。
    --------------------------------------------------------------------------------
     教育界でも安い労働力(?)を導入したら何が起こるだろうか。大学では既に実験済みらしい。それを高校レベルまで落とせば、もはや日本文化は全国民レベルで「従来以上に」通用しなくなっていくだろう。
     ところで拙稿、前稿でリンクした所のも長くなった…続きはこっちで書こう。
    【2018/11/23 19:23】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続き)
     日本に人材不足は存在しなくてもよいが、演出は可能だろう。例えば宅配便では配達業務の二度手間が一般化しているが、それを一般郵便物でも実施すれば郵便局は忽ち人手不足に陥る。封書や葉書の代わりに不在連絡票が届けば皆が困るけれど、それだけ仕事は増える。無駄に思えるが昔と違い、盗難リスクに過敏な業者が多いらしい。~これは人手不足なのか人材不足なのか。リストラの渦中で人手が人材に化け、どっちが足りないのか分からない。大学ではむしろ教える人材を減らす。理由の一つは教わる学生の不足。なんなら消費者不足とでも言い換えるか。そこから別の姿が見えてくる。
     消費者を一種の「人材」と見れば、受給バランスの「動き」に絞った活発さ、すなわち資本主義経済の問題が人材不足の側にすり替わっても不思議ではない。不況が慢性化して「状態」になると、却って安定(保守化?)して動きは鈍くなる。すると戦後経済の呪縛だろうか、体の落ち着く暇がないほど活発でないと「むしろ心が落ち着けない」。だからブラック化/奴隷化に向かう?…としたら厄介な話になる。よかれと思った国際化/輸入経済の奥底から新たな奴隷売買が出現し、国際問題に発展するだろう。やはり中韓の訴えは正しかった、相変わらず性奴隷だけでは気の済まない民族だと誰もが思う様になる。その覚悟と対策は予めして置く方がいい。
     少子化問題が取り沙汰され、今は人材不足と紛らわしい。国内問題を国際問題に拡大しても仕方がないのに、人と商材を取り違えた言葉が「人材」となる可能性は高かろう。人手は労働者だが、人材は育成対象でもある。現に教育と労働の垣根は曖昧で、こちら青森でも2011年には擬装留学生の除籍問題が取り沙汰された。奴隷のための福祉が教育の形で「自由な奴隷」を生成し、留学義務(?)からの自由を労働に需めた結果が新たな歪みを生成する。そこには日本人学生も含まれる。就活に忙しくて勉学が不自由になる。大学側から見れば不自由だろうが、当の大学生にとっては自由かも知れない。ただし「不安」の振り子は自由と不自由の間を絶え間なく行き来する。
     外国人材と日本人材の賃金が同一になっても「不安」は共に残る。不況基調の経済が常態化した中、活発で旺盛な不況は内なる毒/劇薬でもあるだろう。景気回復と不況が同時進行し得るのは、対策としてのリストラ自体が波及機能の二面性を表徴するためで、両者の連動性を過度に信頼すべきではない。これまで予定調和の目論見は当てが外れるのが過半だった。それゆえ歴史的教訓(?)としては、「裏(の裏)を読む」姿勢が重視されてきた様でもある。これとて度を越せば疑心暗鬼と化すのかも知れないし、そうした予測を据えると博打の様に見えてくる政治もまた、傍目には不安要因となる。どうあれ不安は少なくとも二重化する。

    (雑記)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html#comment
     「2015/12/18 07:56」稿末(↑)で書いた通り、書店外商部の人が集金に毎月やって来る。今日も支払った。西尾幹二『あなたは自由か』(ちくま新書)を注文した。
    【2018/11/27 21:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続ける)
     普通に考えると、景気回復すれば不況でなくなる筈。そこを疑ったから先の記述となった。ここでは不況を「質」の問題と捉える。
     もし人材不足の高校で、或る国語の先生が管理職に「配置転換します。書道を教えて下さい」と言われたなら。人材不足は解消する一方、書道教員採用試験を実施する理由も解消される。これは都合がよい。大抵は国語と書道の免許を持っているからだ。しかし書道の先生が国語を教えたら、忽ち「質」の問題が露呈するだろう。たとい免許があるからと云って、それが直ちに質を示すとは限らない。この理屈は誰でも分かる。しかしいづれにしろ教える側は不安になる(たぶん)。ただし奥本大三郎先生が嘗て体験した様な授業例なら沢山ある。
     質の辻褄合わせが露見したからと云って、非受験科目の場合さほど困る訳ではない模様。問題になるのは手続きの方で、臨時免許の申請や確認を忘れ杜撰さが露見すると厄介だが、その代わり「質の問題も忘れられる」。そこで場合によっては量を優先する。大学では多くの単位を取り複数教科の免許を取得すると有利になるらしく、量が質のバロメータになるかの様な印象が残った。もちろん真面目に勉学した証しにはなり、実際たぶん優秀なのだろう。しかし言葉はどうにでも言い換えられる。「優秀」にも色々ありそうだ。
     いったん留まり、じっくり考えるタイプは優秀と云えるだろうか。不況と同様「停滞している」だけではないのか。旺盛には見えない。してみると元々「旺盛な不況」自体に問題があるのかも知れない。傍目の彼らは不真面目で、怠け者で、効率が悪い。考える分だけ頭の回転が遅くなる。心に問題がある場合だって考えられなくはない。そんなタイプを雇って何になるのか。~ここでも人材不足の正体が気にかかる。もしや今度は「考える力」の教育が不況の一因となるのでは。その前身が「ゆとり教育」だった。考える余裕のある怠け者が量産されたのなら、再び同じ事が起こる筈。
     そもそも「奴隷」に「考える力」は必要か。スキル向上には役立っても現場で要るのはスキル自体で、そんな力は熟練した後お払い箱になるのでは。或いは仕事が高速化・効率化するほど、人材削減の指標ともなり得る。機械的交替で人材流動性が高まるのは非正規雇用の拡大時によく聞かれた論法で、中には正規教員の給与一人分で非正規教員が三人雇えるとの話もあった。また田舎の方が都会より給与も生活費も安く済むと信じられている節もあり、どうやら旺盛な不況はそこそこ「魅力的」らしい。このところ田舎の教委が都会の教員を引き抜き始めたそうな。
     …かと云って博識でも困る(オーバードクターなど)。専門知識が偏り過ぎて居る。幅広い知識で多様な教科・科目を指導できる人材ほど「潰しの効く」ものはない。質が量の安定性を攪乱しては困るのだろう。国語では「筆文字は読めない」という常識を基準とするのに対し、「読めるのが当たり前」の書道は真っ向から衝突する。「読めない人」が圧倒的に多いという量的インパクトを「読める指導」が歪め、学校に波風が立つ。こうした事に配慮できる柔軟な人材(教員)を何人も見てきた。結果、生徒は読めないまま卒業していった(実体験としては、私の同級生の殆どを含む)。だから教員採用でも国語科と芸術科の垣根を越えて、現場では融通が利かせられるのだろう。
     それなりの経緯は踏まえて置かねばなるまい。~信廣友江『占領期小学校習字』(出版芸術社)P.198、オズボーン証言の邦訳に「1946(昭21)年、教科課程改正委員会(日米合同委員会)によって、書くことは芸術よりむしろ手段として強調されるべきと考えられたため、「書道」は現在の教科課程の副次的な位置に格下げされた」とある。ここでも日本は維新以来の近代化を背景に、質と不安と反動の振り子は敗戦を契機としつつ揺れ動いていた。内部崩壊の残滓が記憶と経験を綯い交ぜにしながら日本側では勝手に忖度、自己歪曲/変容を模索してきたらしい。

    (雑記)
     推敲中、玄関先を見たら先日注文の西尾本が届いていた。読み始める前に取り敢えず、これまで書いた分を出して置く。~以下拾遺。前稿冒頭で触れた件、5chを閲覧中こんな記事を見つけた(↓)。
    ●【企業】日本郵便、玄関先に荷物を“置きっ放し”にする実証実験開始・・・不在による再配達を減らす救世主なるか★2
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1543874096/l50
    【2018/12/04 23:33】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続ける~不況の「質」について)
     きたる奴隷の群れは自由に国家を横断し、先進国の「原住民」を不自由な立場に追い込み、再び不自由な出自(ルーツ)へと戻っていく。~ここには生まれながらの奴隷が潜勢するだろう。やってくるから生成し、存在へと転移したから奴隷になる。そうなる契機に、状態となった不況の「質」が関与するのではと疑っている。質に上下はなく(=どうでもよく)平等でありそうな一方、思い起こせば古代支那には「禮別尊卑」の摂理があった。ここでの質は「礼」の内側に閉ざされ(内包)、外には「尊卑」の不平等がある(外延)。閉ざされなければ外に開かれ不平等は拡大するが、ちんまり纏まる質の幅は狭い分だけ集団的となる。或いは文革前/清朝崩壊前の様に職人的技術を高めるかも知れない。そこに外から支配者や奴隷がやってくる。彼らは相対的に従来の「質」を駆逐したりもする。
     土着性は自己保存の装置で、安定的な自己発達を促す母体の様に足元を支えるが発達方向はどう転ぶか分からない。衰えた体にチューブを繋ぐと補給(雇用、原材料etc.)も排泄(解雇、製品化etc.)もどうにかなりそうではあるし、そうした外との関わりに於て奴隷的な流動性は感染症にも似たリスクを抱えるかも知れない。これは「市民」とて同じ事。時には自分が奴隷である事に気付かぬまま、土着性を纏い仲間になろうとする(雇用)。しかし奴隷性に気付く/気付かれると、土着性は村八分の様な仕方で獰猛となったりするが(解雇)必ずしも排他的ではなく、むしろ区画的に振る舞う。これを田舎根性と見なして都会と区別する向きもあろう。しかし都会がまだ己の国際的「奴隷性」に気付いていないとしたら、今でも都会に土着性が残っているのか双方向的意味で疑わしい。
     時には不況が奴隷を育成する。土着性の有無を問わず、低賃金や長時間労働が自己の奴隷性を目覚めさせる。それを従来は穏便(?)な語彙で、例えば「社畜」などと形容して済ませてきた。ここには予め会社/雇用主への土着/帰属意識がある。それを取り除いた途端、剥き出しの奴隷性は殺伐とした敵意に変わる。労働組合の活動にも、それと似た形があるらしい。奴隷が反逆すると恐ろしい。だから原住民の首魁は奴隷のご機嫌取りにあたふたする。のみならず奴隷の家族的な土着意識が信頼できなくなる。外国人材が相手なら尚更そうなっていくだろう。「2014/12/09 00:59」稿では「奴隷による支配」と表現した。これもまたその一相で、原住民と奴隷の間には支配/主従関係の錯誤や顛倒が潜在し、背後には株主などの黒幕も居る。(嘗て民主主義は「下克上」と翻訳されたとか。)
     抑も社会的な奴隷化圧力/潜在的実需は根深い。他人の頭の中は分からないから、専ら行動や品質で評価する。このシステムは原住民それぞれの内輪で成熟し、日本の場合は大学ブランドを品質基準とする採用慣行が常態化してきた。行動面は採用後の仕事次第。その評価は後の成果主義に顕著となるにつれ、新たな奴隷制度を構築するための起爆剤にもなる。より高品質な人材を安く使役するには不況環境が好都合となった面もあるだろう。そこに外国人材が入ると頭の中も品質も分からないから、専ら行動/機械的労働効率でしか評価されなくなる可能性が高い。原住民であれ外国人CEOであれ使役者が質を管理し、労働者は仕事が効率化するにつれ奴隷へと生成していく。
     使役者と労働者の対等/平等な理想(?)に恐怖する使役者は、平等の奴隷となる事に恐怖する。つまり二つの奴隷が生成する。「平等の奴隷」と「自由の奴隷」の双方に差異と恐怖があり、共に恐らく悩ましい。蓋を開ければ平等も自由も「法律の奴隷」…と云えば身も蓋もないが、そこで他国の法律観念が問題になるとすれば、原住民としての自覚/愛国心が「移民的な出自意識と平等に」互いの不安を募らせても不自然ではあるまい。

    (雑記)
     一応ペラペラ捲ってはみたけれど、先に上記の書きかけを仕上げて置かないと心の「読む準備」が出来ないと思った。そろそろ読み始めてもいい頃合いか否か…西尾本。
     以下は書いてる途中で省いたメモ。~「不況の「質」はリスク意識の増大により「向上」し、かつ旺盛となる」「リスク意識次第で「質」は変化する」「結婚はリスク」
     この最後のを展開しようと思ったが、何かが引っ掛かるので中止した。需要が減れば供給も減る。そこに外国人材を供給すれば日本人材の需要は更に減る。経済界のグローバリズムを支える教育界は、戦中期を除けば英語優位の姿勢が伝統と化して久しい。
    【2018/12/15 23:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (短くメモ)
     …前稿では敢えて先進国の「原住民」と書いた。もしインディアンのアメリカが「先進国」だったなら、そこに流入した白人「移民」の群れは何をした事になるのかと。嘗て後進国への流入は植民地化と呼ばれた。ならば今は後進国が先進国を植民地化する時代になったと考える方がよいのでは。すると「奴隷による支配」が「グローバルな下克上」を意味し始める筈。原住民と奴隷は平等で、どちらが支配しても構わない。その象徴的起源がアメリカ「合衆国」に垣間見える。民主主義に食い尽くされるアメリカを観察すると、なにやら中国を理解できそうな気がしてくる自分にウッカリ狼狽してしまう。
     広大な支那は群雄割拠の多民族で、その歴史はアメリカより遙かに長い。そこに古代帝国~漢民族と満蒙の支配交代ノウハウ(?)が絡む上、抑も新興/近代概念としての民主主義はスッポリ抜けていて当然(支那では清代以降?)。にもかかわらず支配層では戦乱含みの下克上が普通だった。この点をどう捉えたらよいのやら。あたら民主主義を中心に脳味噌を廻らせてばかり居ると、却って「無理解の罠」に填り判断を過つかも知れない。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2379
     「日録」で初めて産経「正論」稿を読むのは今回(↑)が二度目。これまでは産経サイトを開くと全文閲読できた。それが「他紙サイトとの差別化」なのだろうと思っていたが、横並びの有料化/会員化に鞍替えした今では古田博司、河合雅司といった方々のも冒頭以外は読めなくなった(もしや舞の海のも?)。~書物は書店に行けば立ち読みできるが、行けなくなったらお手上げ。新聞は抑も立ち読みしない。昔からの惰性的な地元紙購読が精々で、大手紙を読む機会や余裕は殆どなかった。ネットに参入して初めて大手各紙が無料で毎日読める様になった頃は、地元紙の記事検索も容易かつ便利で面白かった。しかしどちらも有料なら、もはや紙とネットを区別する必要がない。
    【2018/12/19 07:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (年末進行~雑感)
     思えば不作の年だったかも知れない。去年は珍しく豊作気味(?)で、楷行草をめぐる草略認知システムを同一線上の微分化と分化に垣間見たり、日本人が「文盲の悦楽」に向かう「進歩的」な起源/動機を幻想のキルヒャーとライプニッツから得られたりした。ところが今年のを一通り読み返すと、どれも学問的には例年同様ピンとこない。目新しい事が書けない。NHK番組で流行りのチコちゃんから「ボーッと見てんじゃねーよ!」と叱られそうではあるが、こちらは相変わらず硯をボーッと見つめて居る。…そう云えば先日(2018.10.5 20:51)こんなのを当該サイト宛に送信した(↓)。
    http://www4.nhk.or.jp/chikochan/
    --------------------------------------------------------------------------------
    >冠省。「なぜ字は読めるのか」を徹底調査願わしう存候。「読めない」方なら脳損傷や失読症の研究あれども「読める」方は皆目不明、就中「漢字と仮名の区別」所謂「くずし字」判読は脳機能研究上如何。三浦謹之助(1900年)は既に活字時代、後の神経文字学も参考にならず困窮三十年と相成候。嘗て師匠に「年なんぼ?」と問われ「三歳」と応えてから二歳を過ぎ今や五歳。糖尿病ゆえ八歳までは生きられぬものと存居候。頓首。
    --------------------------------------------------------------------------------
     「おたより募集」欄の要項に「決まりは、たとえ何才であっても、必ず「5才」と書くことだけです」とあるのに面食らい、訳の分からぬ時制で書いちまった(汗)。それでも何か参考になりそうな知識や契機が得られるなら幸甚なれど…。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2201.html#comment
     同一マテリアル上の微分化と分化が同一性を保ったまま自存するのは、面妖そうで存外そうでもない。その辺が念頭にあったのだろう、「2018/12/23 18:03」稿(↑)では二つの見方が思い浮かんだ。一つは鳩山発言で有名な「日本列島は日本人だけのものではない」。一つは延長上の「沖縄は琉球人だけのものではない」。それぞれ含意する地域の属性を拡張(?)する見方…ではあるにしても意識の方向は違う。前者を論外とするのは民族性に於て納得できるものの、後者を微分的に扱うと却って「向き」が分からなくなってくる。
    【2018/12/26 22:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (年末年始の備忘録)
    ●【明治150年】第5部 地方(2)捕鯨文化守る太地 移民先の迫害が生んだ「寛容」
    https://www.sankei.com/life/news/181228/lif1812280006-n1.html

     …例の大震災があった。すると地震学者が昔の地震記録=古文書に注目した。読めなければ話にならない。~その前の世紀末、あたしゃ取り敢えず生徒全員が昔の平仮名を読める様にした。西尾幹二『教育と自由』(新潮選書)を読む前からだった。読後は著者名が記憶に残らなかったし(内容優先)、その後「つくる会」が生まれたのも知らなかった。暫くすると学校を馘になり、やがて今世紀になった。
     初めて「つくる会」を知ったのはネット参入直後で初の教科書採択時。掲示板を覗くとすぐに政治臭が極端そうに見えてきた。ただし同時に覚えた好感とは別の話。自前の書道ネタで文化面から掘り下げようとしたのは田中英道会長(芸術畑)の頃で、地道に研究考察していれば何か役立つ事もあるだろうと書き続けてきた。それから二、三年ほどしてからだろうか、此処を居場所とするのを容認して下さったセレブ奥様には感謝して居る(もちろん蘭様にも→天バカ板)。
     政治面や歴史面であれ文化面であれ、包括的に支える支柱が件の著者だったのは興味深い。実際それだけの説得力や予見性が感じられた。当初の「日録」は北欧旅行の話から始まり、やがて美術のも出てきた(書道は一度も出てこないw)。

    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2382
     先般「結婚はリスク」と書いて直感的に躊躇した(「2018/12/15 23:56」稿末)。年末なのに物騒な発想が浮かぶのは苹の悪い癖らしい。…「人材」が人間という商材ならば課税対象でもおかしくない。所謂「人頭税」の復活で、住民税の類を包括的な「生存税」概念へと組み換えれば新生児にも課税され「出産はリスク」=負債と化す。これなら少なくとも外国人の人口増加は抑制できそうだ。しかも日本人と平等に。
     念のためwikiを見ると「他の税制と比べて市場の機能を歪めることが最も少なく、その点においては理想的」「義務的な社会保険などは実質的な人頭税ではないかとの議論がある」と書いてあるのが面白い。また「特定の民族を排斥する意図で導入されることもあり、19世紀後半のカナダでは増加した中国系の排斥を目的に人頭税を課した事例がある」「国民年金の保険料が実質的に人頭税になっているという批判がある」とも。

    https://www.youtube.com/watch?v=TUatfMtpuiQ&list=PLmCLUrrx_kSf3RsufFBc_L1f0I9kkqlCu
     年末年始はバッハのトリオソナタにて(低音重視ならヘッドホン推奨↑)。演奏はアラン二度目の全集。国内盤(R30E-501~17)解説書P.197に使用オルガン「SCHWENKEDEL 1971(35 jeux)」とある。以下はP.47の記述。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 青年期の作品とヴァイマール初期のものには、北ドイツの巨匠の精神をもって、フランスのオルガン製作家シュヴェンケーデルによって作られたサン・ドナ(ドローム、フランス)のオルガンを用いた。音響構成は、ミュールハウゼンの楽器から着想をえ、ミクスチュアはカペルのオルガンのミクスチュアのコピーである。このオルガンは、ヴェルクマイスターⅢに調律されている。私は又、マルクッセン(O.ウーソレン)によって修復され、タルティーニによる調律法で調律されているアウグステンボルク(デンマーク)の古いオルガンも、この時期の作品のために用いた。
    --------------------------------------------------------------------------------
     年が明けたら謹賀新年。
    【2018/12/31 18:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    ここがすこしでも苹@泥酔さんの備忘録となって
    お役にたてると嬉しいです。

    身体を大切にして、もっと先まで長生きしてくださいね。
    【2019/01/03 20:59】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (新年回想)
     取り敢えず、こちら(↓)での話題を種に別の角度から。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2206.html
    >ろくに働いていない若者
     本人が「懸命に働いているつもり」でも他人には「働いている様に見えない」場合、ちと面倒な事になったりして。例えば相手/上司は効率的な「手抜き」(?)を覚えて欲しいのに、真面目に仕事をすると結局「つもり」にしかならない。或いは相手がそれを仕事と認識しない。「西尾幹二という男は文章ばかり書いて仕事をしない」等々、互いの判断や目安が完全に食い違う。対象が若者なら尚更そうなりがちで、年長者や有力者の方が一般には正しく見える。何が正しいか「考える力」自体に年功序列システムが機能してしまい、それが理屈を並べただけの口答えと映る。
     これが学校の場合だと、露骨に云えば英語の年長教員が自分の非専門的印象に依拠して書道の若手教員を「客観的に」(一見グローバルに?)評価したりする。すると専門知識の勉強が総て裏目に出る。そうでなくとも本人は教材研究で手一杯、相手の暗示的要求を忖度する余裕がない。ここでも重ねて「考える力」のマイナス効果が際立ち、「ゆとり世代はこれだから」云々との否定的評価が紛れ込んだりする。営業職が研究職を評価するのと大差なく、しかも双方に畑違いの知識と経験があるから判断理由は一筋縄でいかない。
     これを一般化しようとすると、今度は社会の常識や趨勢が無視できなくなってくる。高学歴は時に研究者の卵を意味する。その経験が社会には邪魔となったりする。ならば初めから中卒や高卒を採用し、自前の仕方で若いうちから育てればよい。ところが学校に丸投げすると、「大学は役立つ事を教えない」と言わんばかりに教育のなすり合いが起こる。大学側では何を教えたらよいのか分からなくなる。バブル崩壊後は大学院重点化で、ますます高学歴の無職が増えた。受け皿となる就職口がなかった。
     そうこうするうち大学のレジャーランド化は騒がれ続け、やがてオウムなどの犯罪を経て、高学歴を胡散臭く思う心証が増していった気がする。理系は危険で文系は無駄、学歴ブランドが今や無意味(?)な世間体を彩る一方、中身の重要性はどうでもよいかの様な。そこを平成中期以降の「ゆとり」ショックが襲い、テレビでは予備校CMの「今でしょ」先生がブームになった。氏の様な豊富な知識を蓄えるには努力や資金/学費が要る。前者は個人/生徒の側でどうにかなりそうだが、後者となると限界がある。バブル時代は多くの書物が景気よく出回り有難かった。
     環境や時代が人生を左右するにしろ、私の場合は好環境に便乗できた点で幸運だった。尤も仕事のレベルに達しているかは別問題で、そちらはどうだか分からない。しかし幸運と不運に区別の基準はないのかも。もしクオリティを高める事でリアリティとの「競争」を完遂できるなら、それ自体「犬も食わない」他者の判断がどうあろうと幸運と不運の認識自体を超越し、片や満足と不満は恣意的な偏りがリアリティへと過剰に反映されがちとなるだろう。両者の関連は無視できまい。
     幸運でも不満足。不運でも満足。それらを経済的に診断すれば通常では考えにくい状態と映るかも知れない。中でも不運かつ不満足なケースは両極端。不運にもかかわらず満足な状態を突き抜けた結果、不満足の境地に至るという意欲的満足があり得る。高学歴にありがちな精神病理か、食事にも事欠く始末なのに頭の中は数学で一杯となっている様な。すると困った事になる。本人は仕事のつもりでも経済的な見返りはなく、それが専ら経済的指標により審判される。
     怠け者の印象に引きずられ、無職の知識人にも就職=転職への社会的圧力が加わる。若手のみならず定年学者の人材流動性が問われたら、彼らは学者以外の何に「転職=再就職すればよい」のやら。…本を書かない西尾幹二が想像できない。そうでなくても大学(本来の仕事?)の定年退官後ずっと「無職」なのに、その前から仕事をほっぽり出して本を書く怠け者だった(様に見えたかも?)。…こちら田舎の学校社会では兼業禁止ゆえ、こうした手合いは給料泥棒と呼ばれ犯罪者同然の印象となったりした。
    (註釈…書道教員の場合は昔から家業として書塾を営む人が少なくなかった。それが高学歴化して教員免許を取るのだが、近所との因縁で家業をやめる訳にはいかない。そこで(なのか?)教員採用試験を事実上廃止、民間の塾の先生を臨時採用する形が望ましくなる。教員免許があれば好都合。しかも正規採用する必要がない。)
    【2019/01/09 06:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    書道教室だけじゃぁ食べていけませんよね。

    うまく言えないけれど、
    書道の「上手さ?」は客観的なものなのでしょう?

    【2019/01/10 21:24】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >書道の「上手さ?」は客観的なものなのでしょう?
     抑も私は客観という言葉と、その意味とを両方とも疑っています。客観的となるためには先ず歴史的な環境条件を踏まえる必要があり、そうでない客観はただの流行でしかなくなる。幕末明治以前の「上手さ」は「読みやすさ」と同義でした。それが後に「達筆で読めない」となった。ならば客観は歴史性/現代性とどう関わった挙句「変質した」のか。客観そのものに恒常性や普遍性は認められない。だから客観は自ずと歴史や文化を排斥できる様になる。客観は民主的であるがゆえに、法律をも凌駕できるのかも知れない。その結果、客観は主体性を法律の側に丸投げ/委譲する~それが「法律の奴隷」となった主体性、すなわち客観という事になる。
     昔の漢学塾は今の「学校」に相当し、それと並行する書塾~「書道教室」は進学塾/学習塾と概ね同義でした。つまり総じて劇的にレベル低下した訳で、その主因が百五十年前の洋学導入。今の中学でやる古文・漢文は「客観的に見れば」昔の幼少教育レベルで、明治初期は小学二年くらいの学齢で教わった教材例がこんな具合(↓)でした。
    https://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_718.html
     今の習字レベルで昔の書塾をイメージする人はどれくらい居るのやら。習字は国語と同一でした。両者が分離/崩壊し始めたのは開国前後からで、教育システム上で確定したのは1900年以降。それでも「上手さ」の基準は国定教科書時代それなりに維持され、レベル低下やイメージ(客観)の変質は緩慢でした。客観性を維持するのは緩慢な歴史性で、それが短縮されるほど「客観」という言葉自体も時代に合わせて消尽/変質していく。

    >書道教室だけじゃぁ食べていけませんよね。
     …ふと思い出した。昔の同僚教員に何人か住職の系譜が居ました。宗教方面も今は難しくなりつつある模様。書道方面で有名なのは幾つかあって、柳田家なら正齋(1797~1888)泰麓(1862~1932)泰雲(1902~1990)泰山(1950~)。さすがに四代続く例は珍しいけれど、しかし二代目なら今でも山ほど居る。昭和五十年代までは何処の田舎でも充分に食べていけた。書道教員については文検や代用教員の頃まで遡ると相応の制度的耐久性(?)はギリギリ持続していたから、「最も文化的な」東京都の戦後一貫した教員採用試験不実施方針(記事画像後半参照↓)が却って文化的土壌への信頼と甘えを同時に表徴し続けているかの様にも思えてくる。
    https://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
    【2019/01/11 20:52】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (壮絶な色気…)
     あっしの色彩感覚はどうも作品向きではないらしい。なるべく普通に配色のメリハリを試すと却ってドギツイ感じになってしまう。…あれは昭和末期の東京・鳩居堂だったか、青森の鎌田雨溪(読売評議員)個展での話。褒め言葉のつもりで素直に「エグイですねぇ」と言ったら、本人なにやらムッとしていた様に見えた。先生のは色の抉り具合が美しいが、苹の場合は普通のメリハリ自体が苦手なのかも。より自然に落ち着ける配色だと、今度は表装に作品が埋もれ溶け込む。もし苹に女性の着物でも選ばせようものなら、多分どちらに転ぼうと悲惨な結果になるだろう。
     嘗てVHSビデオ「かなのレッスン」(二玄社)を買えば抽選で村上翠亭(筑波大教授)の色紙が当たるとの事で応募した。届いたのが勿体なくて長らく秘蔵していたところ、死亡記事(2018.9.1)を見て初めて飾る気になり色紙掛の軸を買った。店の人が出してきた柄はメリハリがあり作品が映える。しかし苹にはきつく見える。選んだのは結局、作品が壁の中に埋もれる配色となった。人に見せるならメリハリは大事なのだろうが、掛けて見るのは私だから仕方がない。こんな感覚だと書家には到底なれそうもない。
     教職時代、既に薄々そう感じていた。読売展で秀逸を貰った時も正直さほど嬉しくなかった(何故あんな気に食わない出来映えのが?)。それより教材研究にますます没頭しつつあり、遂には社中展にも出さなくなった。その少し前は学校に教職員の書展(心聲會書作展)出品案内が来て、「書家でないから作品は書かない」と返事を出した事がある。何でも書ける様になろうとする努力は何も書けなくなる恐怖と裏腹で、多様な書風展開が古典に集約されると自分を保つのは難しい。自分の書が自分の書風と云えるのか分からなくなるからだ。授業での示範は教師自身にとって毒となり得る。
     或いは器質的な疑い/影響もあるだろう。初め若くピチピチしていたのが、だんだん加齢でくたびれてくる。耳が遠く…とまでは行かずとも、早晩モスキート音が聞こえなくなるとやら。また高校時代「黄山松煙」(唐墨)で色紙に淡墨で書いた時は青みが目に痛く顔料混入を疑ったのに、なぜか数十年後は自然な色に見えた。紙が黄ばんだ様には見えない(暗所に保存)。たぶん目の方が黄ばんで「自然に見えた」のだろう。こうした事は未成年の頃から意識して置かないと、時間感覚が緩慢に麻痺して分からなくなる。その上ますます自分の眼力を信じて頑固になる(苦笑)。
     若さには壮絶な色気が隠れている。それを失うプロセスが緩慢なまま時間の跳躍(逆行)を急ぎ過ぎると、古典の途轍もない色気の方が本筋と思えてくる。色気は今ありのまま生きて居るのに、いつしか時代性に隠れた「死人の色気」とは別物である事を忘れ、やがて同化を欲望する様になる模様。むしろ死人と比較するから、加齢に伴い過去となりゆく「今」の痕跡が徐々に壮絶と「なる」のかも知れない。真面目に勉強すれば自然そうなる筈とは思って居るが実際どうだろうか。死人も昔は若かった。ただ時代が違った。そこに若さの色気がそれぞれ宿り、片や時代は同化を拒む。
    https://www.youtube.com/watch?v=32sEP0LPVj0
    【2019/01/21 21:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿追記~硯の色)
     昨年来ボーッと硯を見つめて居るが、名品の写真が載っている『墨』シリーズ(芸術新聞社)など硯の本も読み返すと持ち主の顔ぶれが面白い。政治家では綿貫民輔(元国土庁長官)の北斗七星硯が凄い。端渓の殆どは紫色だが、中には写真の色合いが茶色のもある。大岡信が加藤楸邨から貰ったのとか、稲生平八(森永製菓相談役)のとか。紀暁嵐の銘がある細川護貞(永青文庫顧問)のも紫よりは茶色に近く見える。~以上は1987年の『別冊墨7号 文房四宝』に掲載してある。綿貫氏の場合、まさか「神社だけでは食べていけない」から政治家になった訳ではあるまい。
     青森に帰る前の話。いつもの様に大学近辺の店に寄ると、業者(?)が店の人に硯を売り付けていた。ちらりと覗いたら一目で「格が違う」と分かる。案の定、古硯だった。それまで見てきた品は硯面にベタッと蝋印が捺してあるのばかりだし(磨る時アレどうやって剥がすんだろう?)、値も張ったから眼中になかった。しかし今度のは硯面でなく硯匣~蓋に蝋印がある。ムラムラと欲しくなってきた。横から失礼、売ってくれ。すると業者は「六十万だけど、四十万にしてあげる」と言った。無謀な大学生は即決し、分不相応な借金を抱えた。…そして後になって気付いた。よく考えると、どこの硯石か分からない。
    ●「中国文物局の蝋印入り骨董品」と「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」について~第一弾!
    https://www.kumaneko-antique.com/10877/
     まだ店が値札を付ける前だった。あの値段なら端渓だろうが、紫でなく茶色なのは反則(?)だ。茶色の端渓なんてあるのだろうか。しかし目の前にあるのだから仕方がない。本を見て勉強したくなる。1992年の『墨スペシャル11 文房四宝のすべて』にある端渓水巌紫瓊巌硯の写真も茶色に見えた。また同P.105にはこう書いてある(山南啓二)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >さらに一歩進んで安価なものの中から水巌を見つけ出すこつとして、第一に蠅頭斑とでもいうのでしょうか、ちょうど茶色のクレヨンが埋めこまれた様になっているものが硯面に出ているものを見つけ出すこと。これは石に混り気があると嫌われがちなため安い値段がついているものです。そして水巌の分類に入っていない場合が多いのです。
    --------------------------------------------------------------------------------
     クレヨンのイメージは稲生蔵硯に近い。しかし苹のはそれと似た明るめの茶色が斑状でなく線状で、かつ金線の細いイメージとも異なる。取り敢えず宋坑を疑ってみるも鋒鋩は桁違いに稠密で、後に生徒の観賞用に買った新老坑(使ってみた方)よりは上かと思われる。サイズは214×144、厚さは…と測ろうとしたら昨秋に出した時と違い硯匣が縮んでいた。このまま取り出せなくなったらどうしよう(泣)。門字硯で硯背は覆手。無銘。
    【2019/01/24 06:48】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (短く余談)
     それなりに勉強してきたつもりだが、そこに欠陥があるのだろう。思い当たる節がある。例えばモーツァルトの全集(ベームとかホグウッドとか)。どの曲が何番か、耳に覚えはあっても言葉にならない。言葉とは分類である。飲み会で交響詩《前奏曲》が話題になった時は困った。教頭はあの曲が好きらしい。しかし私はリストと云えばピアノ中心、超絶技巧のマゼッパから管弦楽へと記憶を辿るのが困難だった。俄には思い出せない。ふと口ずさんだのはハンガリー幻想曲。ここで教頭が不機嫌になった。なんだ、前奏曲も知らないのかといった風情。あっちが先に口ずさんでくれたら助かったのになあ。(全集は13曲+αでCD四枚組)
     記憶は頼りにならない。学校基準では正確さが決め手となるから曖昧では駄目。しかし正確な専門/書道ネタでも駄目で、どうやら半可通の扱いとなるらしい。これには参った。話が通じない。勉強不足なのは認めるが、中学時代から本格的に蓄積してきたつもりの知識/経験/技術で足りないのなら、それは教員失格という事になるだろう。ならば馘になるのも当然で、そこは納得して居る。今は糖尿病で体ボロボロだし、もう二度と教職に就く事はないと観念して居る。先日の通院では、婆様より早く死ぬかもと医者から嚇された。

    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2382
     年末に予告(↑)されていた西尾先生の文春オンライン記事が、あきんど様らしき人の話題から始まった(↓)。記事三回分が一挙公開してある。
    http://bunshun.jp/articles/-/10473
    --------------------------------------------------------------------------------
    >西尾 「国民国家」としての日本をもう一度見直そうという気運が高まっていた時期だった、ということが大きいと思います。自分で言うのも変ですが、あまりにも教科書的な歴史書、「日本は諸外国を後追いする国だった」「古代中国と近代西洋をモデルに仰いだ二義的周辺文明だった」とする日本通史しかなかったことに、人々が飽き飽きしていたこともあるでしょう。『国民の歴史』が一つの社会現象となっていることを実感したのは、それまで歴史に対して関心を持ってこなかった人から私に手紙が届いたときでしょうか。
    >――どんなお手紙だったのでしょう。
    >西尾 その方は病床でこの本を手に取ったそうですが、「全身を揺さぶられるような感動で、これは一体なんだと思い、読み出したらやめられなくなった。自分の人生が問われているように思った。術後に体力を回復した暁には、もう一回この本を読み直して、きちんと理解するんだ」とありました。こんな風に歴史書というより、喝を入れてくれる宗教書のように読む人が多数おられたように思います。その方とは今でも交流を続けています。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2019/01/28 09:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    本当はすごい書を書く、えらい人なんだろうなぁと思っています。
    硯のことでも、ぜんぜんわからない話しだけど、・・・・・

    本当だ、あきんどさんのことが語られていますね。
    【2019/01/28 21:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >本当はすごい書を書く、えらい人なんだろうなぁ
     苹はえらく迷惑なタイプですが、鎌田先生なら若い頃から凄かった様ですよ。でも宮川翠雨の歿後に雨声会の会長を引き受けた遠藤雨山は生前、書風の変化が少ない事に懸念を示して居ました(雨声会の三鼎は遠藤・鎌田・菊池先生)。その遠藤先生は苹が書展や会から全面撤退する時「ケツをまくるのか」と不満気な様子でした。私は会の運営に携わる器でないし、その頃は既に県教委/教育界と文章で対決する覚悟を決めて居ました。しかし三鼎は高校の書道教員、苹が居ると迷惑がかかるに違いない。別れるのにはそれなりの理由がありました。
     だから西尾先生が「つくる会」名誉会長を返上(?)した時も私事の既視感があるせいか、「若い人と話が通じなくなった」との言葉には一種の対決を感得し、また当時新刊の『江戸のダイナミズム』が色眼鏡で見られるのは堪らないとの心情にも素直な共感ができる。これは支持すなわち態度の話でなく、納得すなわち解釈の問題です。そこにはクオリティの自由とリアリティの束縛がある。この相互干渉が自由と不自由を組み換える。しかも束縛は束縛でないくらい自発的=自由で、そこに自由と不自由との「平等」があって境界はない。
     一方、森友騒動の直前はセレブ奥様の稿で初めて塚本幼稚園を知り、苹は或る期待を抱きました。理解以前の話ですが漢字教育の文脈で、千字文の暗記など幕末教育の再評価を夢見たからです。ところが直後ああなってガッカリした…てな具合に進めれば文春オンライン記事の感想めいてくるのかな。インタビュー中にドゥルーズの名前が出て、ともすれば所謂「ニューアカ」と混同した読み方となりそうになるけれど、先にドゥルーズ自身の著作から入れば別の印象となる。左翼的紹介者の出る幕はなく、流行った時も今も浅田本は読んだ事がない。
     あっしの硯ネタは拙速な例かも知れませんが、速やかな決断もしくは覚悟が必要な場合もあるのでしょう。あの機会を逃せば古硯に手を出す事はなかったし、硯坑爆破閉鎖に文物保護法改定、中国人による買い戻しブームなど状況が悪化し続ける今となっては購入不可能。硯や金貨などの値上がりには少なからず中国人が関与して居る(たぶん暴落局面でも似たり寄ったりとなる筈)。相場と実物は連動しているが質は違う。その勉強をしたのが世紀末まで。今世紀は専ら遺言みたいな解釈の日々~とどのつまりは「ゾンビ投稿」状態なのでやんす。
    【2019/01/31 20:20】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    金と硯というお宝・・・・・上手にゲットしましたね。

    中国人が買い戻しているんですか?

    身体を大切に、長生きしてくださいね。
    西尾先生も・・・・・
    【2019/02/01 22:22】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >中国人が買い戻しているんですか?
     取り敢えず、ネットで見つけた記事二題。
    ●なぜメイドインジャパン好きの中国人がメイドインチャイナの骨董を高値で買うのか?
    https://inbound.exblog.jp/19743450/
    ●日本の中国古美術、買い戻し「バブル」
    https://ameblo.jp/norino33/entry-10778061708.html
     所謂「爆買い」の一環か、骨董市場は中国人バイヤーで大賑わいの模様。あちらにしてみれば清末以降の「流出」文物を自国に環流させている上、自分の物にするのでなく転売して資金を稼いでは、また何度も日本に来て次々と買い漁る。それを日本人はリピーターと言い換え無邪気に喜ぶ。いったん国外に出れば転売過程で文物保護法改定以前の輸入品が「持ち出し禁止」の対象となり、二度と日本に来ないのではと心配になる。古書店については早くから西尾先生が指摘して居ました(古地図など)。金の密輸犯罪も目立ち、日本で売れば消費税分が丸儲けとやら。
     田中貴金属は2011年、地金の売買手数料を最大約三倍に引き上げました(ただし500グラム以上にはかからない)。今度はコインの売買システムが変わるとの事。表向きは別の理由ですけれど、消費増税のタイミングでござんす(抄録↓)。
    ●メイプルリーフ金貨、ウィーン金貨ハーモニーの価格改定について(2019年10月実施)
    https://gold.tanaka.co.jp/info/coin/
    --------------------------------------------------------------------------------
    >販売:買取品の再販売を廃止し、造幣局から直接輸入した金貨のみを販売します。販売価格(※2)に上乗せするプレミアムを引き下げます。
    >買取:「プレミアムあり」「プレミアムなし」の2つの価格を廃止して価格を一本化し、金貨の表面状態(キズなど)に関わらず現在の「プレミアムなし」価格に若干上乗せした価格で買取ります(※2)。
    >※2販売及び買取価格には別途消費税が上乗せされます。
    --------------------------------------------------------------------------------
     高値で売れるに越した事はないが、高騰し過ぎて譲渡所得税など色々かかる。
    【2019/02/03 01:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (世紀末の話)
     前々稿で「県教委/教育界と文章で対決」云々と書いた。学校を馘になった1999年はそのまま勤務が続いていた場合、夏の高教研書道部会で研究発表する事になっていた。前年夏の内定直後から構想を練り始め、年明けには大まかな方向が固まりつつあった。さて書くぞ。すると三月末の人事異動で御破算になった。そこで仕方を取り敢えず切り替えた。雑駁な予定では「学校で学校を研究する」方向を内包していた。退職後は学校「で」研究するのでなく、学校「を」研究する方向だけ残る形となった。それが年末ギリギリ脱稿の県教委宛直訴書簡と翌年の註釈作成に繋がった。本文は短いが、A4サイズにびっしり詰め込みレイアウトしたら91頁になった(註の数は362)。
     その翌年(2001)にプロバイダ契約してネット参入したところ、のっけから大失敗した。上記のをメール送信したら量が多過ぎた模様(もう少し圧縮して70頁くらいにしたのかな?…うろ覚え)。兵庫教育大学の書道研究室サイトが壊れたらしい。当時の教授は「書道美術新聞」に連載していたので、そこで名前を知った。謝罪メールを送信したけど「ネットから出て行け」とまで言われたらカチンとくる。あの大学サイトには二度と近付くまいと決め、以後それっきり。

     あれから二十年。研究発表の草稿は1999.2.15時点の記録だと以下の通り。
    --------------------------------------------------------------------------------
    仮名読解指導におけるシステム化の試み

    0 導言
     歴史的書記様式としての仮名文化は、書字機能の多くを毛筆の性能に依存している。そこには太細の変化や墨量の影響が先ず前提となると同時に、これらとの相互依存関係により、点画の痕跡が保存される。また、和歌における掛詞の様な意味内容の重複に至っては、表意文字体系としての漢字を表音文字体系に翻訳したところから生ずる錯誤環境の再利用が見られ、逆転の発想を展開した文学上の技巧が確立されている。
     ところが現在は、成熟した書記文化としての仮名文を恣意的に客体化する傾向が顕著であり、大抵の日本人にとって、旧来の書記様式は「読めない」日本語と認識されている。その要因には、凡そ以下の諸要素が挙げられよう。
     ・硬筆書記の日常化による副次的情報量の激減
     ・文字造形自体が抱える歴史的実用的背景の知的喪失
     ・楷書と活字体の混同と、筆順の崩壊
     ・毛筆書の芸術化、ならびに芸術の社会的隔離
     ・日本語書記における意識・位置関係の変化(文章の偏重、→文字の相対的疎外等)
     これらの要素は複合的に作用し、幼時教育段階から社会生活の節々に至るまで、環境の日常性を形成している。と同時に、所与の環境は常識感覚の具現化でもあるのだから、我々の帰属する思考様式自体が、実は同時因果の構造に律せられていることになる。
     一般に、過去的属性の否定は文化の発展に比例する。しかし属性の一部は、新たな拡張的属性と過去的属性とを結ぶ架橋の役割を担うことになるため、単に継承されるだけでは済まない。従って、継承される過去的属性の実質は、通時的属性=歴史的基軸システムとしての位相をも含むことになる。また、この通時的性格は現実の機能に及ぶ共時的性格を裏付けており、ソシュールの言語学と共通のシステムに包含されてくる。
     本稿で掲げる主題は、仮名の認知システムを現代の視点から客体化することにより、「既に日本語としての実用性を喪失した」文化としての属性を、比較文化的属性として再構築することを目的とする。

    1 点画投影理論①~シネクドキ概念を基軸とした誘導について
     現在、日本語書記に使用されている書体は、楷書・平仮名・片仮名ならびにアルファベットの活字体を基礎とする。また副次的に、実用書体として行書が用いられることもあるが、これは正式書体ではない。また、一部の特殊な人々の間で草書が使われることもあるが、私的な関係に限られるため、殆ど社会的機能を果たさない。商業美術的な扱いとしては、隷書が用いられることもある。
     中でも楷書活字体は、漢字書記の規範として最も重要であり、「しんにょう」等を例外として、多くは常用漢字表にある新字体を用いる。ここでは伝統的な書写体を捨象して考えるべきであり、教科書体活字の規範に従属しない漢字については、専ら明朝体が正式な造形概念となる。また活字においては、漢字と平仮名の差異が造形面でも線質面でも顕著なため、恰も本質的な差異であるかの様に見えてくる。
    【例】
     HG正楷書体   MSゴシック   MS明朝
    天地玄黄いろはイロハ   天地玄黄いろはイロハ   天地玄黄いろはイロハ
     以上の様に、ゴシックを除いた活字体は、概ね漢字と平仮名とで線質を変えている。

    2 点画投影理論②~省略法則の暫定的策定
    3 点画投影理論③~書記様式上の特殊性について
    4 文字造形の恣意的変容について
    5 連綿分解法
    6 読解指導の実践
    7 拾遺
    --------------------------------------------------------------------------------

    (以下2019.2.8追記)
     …年々レベルが落ち続けたのではと、むしろ気分の方が落ち続ける。しかし泥酔すると存外そうでもなく、或いは昔の文体の方が糞真面目に過ぎたかとも。何を研究発表するつもりだったかスッカリ忘れていたのを二十年ぶりに読み返すと、計画通りに書き終えられたか怪しく感じられてくる。しかしどれもネット上では一通り出した/新たに書き下ろしたので未練はない。纏まりはなくとも、どうにかなるのを発見できてよかった。なにしろ締切がない。仕事でないから仕事になる(?)が、もちろん内容は伴わなければならない。尤も最後まで残るのは、内容に対する自己検証/懐疑/嫌悪の誘惑…ではある。
     論文調の文体でないと苦手で、普通の日常会話が成り立たない。いっそ分かりやすく「徹底して無意味な事しか喋らない」方針にすれば専門的な話題とならずに済む。授業/研究しか興味がないため人間関係は構築しなかった。時には意地悪に、或る女学生が親しげにするので「俺とお前の仲じゃないか」と言った事もある。明らかに誤解されそうな言い回しだが、「教師と生徒の立場」は冷厳でありたい。生徒は黙って距離を置いた。また別の生徒は授業中なのに職員室に行き、或る女性教員に「苹が好き」との内容を喋り尽くした。言いたいだけ言ったら疲れて教室に戻って行った。この生徒には困った。苹の前で目をつむり唇を向けてきた。
     若いだけで人気の出る事がある(特に教育実習生は)。優秀な男子学生は質問をぶつけてきたりする。生徒が教師に口頭試問する類は「わたしの昭和史」の西尾少年にも心当たりがあるらしい。~或る音楽か美術の選択生は書道室の前を通り教室に戻る時、漫画「ギャラリーフェイク」の話を向けてきた。そこで「単行本13巻の「メトロポリタンの一夜」はいい話だな」と返したら意外そうな顔をしていた。音・美・書は同時授業で、音楽の自習監督を任されたりする。自習課題に偶々ベートーヴェン《運命》が出てきた時「交響曲第5番ハ短調作品67だな」と云ったら、或る生徒は即座に教科書を開き確認していた。
     語ろうと思えば幾らでも語れる筈だが、質を度外視すれば多過ぎて却って語れなくなる。先ず話の質を吟味してからでないと支離滅裂になる。だから酔っ払うと黙るし、抑も喋り疲れるのは嫌だ。そうこうするうち表情の変化も面倒臭くなった。今世紀に入って暫くすると、少し笑っただけで顎や頬が攣って痛い。そうした意味では能面に親近感を持つが、今や体も動きにくくなるにつれ演者(シテとかワキとか)のスタミナには驚かされる。所作に苦労するのは歌舞伎ばかりでない。因みに鈴木翠軒は歌舞伎が好きで、「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」(国立劇場蔵)を書いた。中林梧竹は能が好きだった模様。
    【2019/02/06 20:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前補記~ネット廃人の自己疑惑)
     二十年前「継承される過去的属性の実質は、通時的属性=歴史的基軸システムとしての位相をも含む」「通時的性格は現実の機能に及ぶ共時的性格を裏付け」云々と書いた。今は文春オンラインのを見ると、西尾先生は「「過去」と「歴史」を一緒に考えるのは根本的な間違い」「客観と客観を並べるだけではやはりダメ」と述べる。同じ二十年前の時点で何か似通った所がありそうな。西尾先生に惹かれたのは必然だったのかも。私は専ら書道の側から考えた。出所の違いが面白い。哲学方面でもニーチェには興味がなく、ドゥルーズ『差異と反復』という書名に何かヒントがありそうと思ったが手に負えなかった。『千のプラトー』辺りから少し落ち着き始めた。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7812046
     様々な書物にヒントを探した。それらが直訴書簡の註に盛り込んである。具体例は天バカ板「【再掲】「恥を忍んで」04」稿中の「7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16」稿などに抄録(↑)。読み返すと異様な執念のこもった註ばかり、私は多分どうかしていた。なにせ書簡本文からして狂っているのだから仕方なく、執拗な記述が延々と続く。頭のおかしい人が「手紙」を書くと「ああなる」。今も当時と似たり寄ったりかも知れない。相変わらず書道に呪縛されて居る様に、一生の間に出来る事は限られているらしい。ここに書いている事とて十年前の上掲稿群を焼き直した感なきにしもあらず。現場のリアリティは二十年後ともなれば忘却の彼方となる。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8167284
     ところで…前稿で確認した91頁のファイル(2001.7.23保存)では註が362あったのに、同じ天バカ板の「壬辰師走だ、備忘録。(其三)」稿(↑)で転載した支援板の「明晩削除稿(其一)」(07/6/11(月) 23:29)には316とある。どの段階のを見たか、今となってはよく分からない。当時のパソコンでは過去のメール送信記録を閲覧していた。そちらがソースだったかも知れない。だとしたら、後で更に註を追加した事になる。
     以下蛇足。当該箇所の本文と註。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 冒頭で同一の事象に対する正反対の解釈を挙げたのは、あらかじめ倫理的判断の持つ恣意性の影響を免れて置きたかったからです。また恣意性と倫理的判断との共有点は、学校の隠蔽体質や「いじめ」不感症、同一性信仰といった特徴に見られる通り、沈黙の中に整序された透明な自明性を前提するからです。ここでは総てが無垢であり、論理的思考を必要としません。馴致された思考は、もはや論理自体を必要としないからです。~九九の暗記により、足し算や掛け算の論理は自明性の領分に凍結【※362】します。他方、解凍されないまま駆使される論理の殆どは、暗記されたものの遙か先にあります。すると、二つの論理に挟まれたものはやがて潜勢する様になり、時には暗記の底に暗記された過去のものが、一種のプライミング効果と連繋する様になって参ります。サブリミナル効果と連繋した記憶が全く別の機会に引き出され、提示された途端に所与の過程を踏み直す訓練となって自動的に反復されます。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >【※362】足し算の省略表記であるかの様に掛け算の書式―数式が学ばれるとき、掛け算は足し算の形に表記し直すことができる。~最初の論理的思考。この順序で一々組み直せば、わざわざ暗記しなくとも生徒は九九を自ら算出できる。にもかかわらず、生徒は九九を暗記する。暗記する理由は計算の効率において自明だが、しかしながらこの効率において省略されるものは、足し算と掛け算との交換法則において成立していた筈の自明性でもある。つまり、ここでの自明性は既に層化している。最初に学んだ足し算から掛け算への思考の流れは効率的自明性に取り込まれる事によって潜勢し、所与の(自明な)思考過程自体は暗記されたものの中に(別の自明性を巻き込みながら)凍結する。2×3=6が直ちに「にさんがろく」となり、「2たす2たす2、と三回繰り返し足して6」の思考を実務において必要としないまま自ら凍結する様に。そして~例えば黒崎政男が『カント『純粋理性批判』入門』(講談社選書メチエ)のプロローグで述べた1+1=2の背後にあるものが、普通は何ら顧慮されないまま見過ごされてしまう様に。従ってこうした事は、いったん暗記されてしまえば充分にそれぞれ最初の凍結を完了したことになる。九九はもはや足し算ではないし、足し算の形で思い出される事もない。必要とされない自明性は思考の必要のない別の自明性となり、それと同じアルゴリズムが次々と新たな自明性を生産し始める。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2019/02/13 20:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (場所の記憶)
     「ナントカ通り」と云えば普通どの場所か分かるらしいが、苹は昔から苦手で地図に頼らざるを得ない。そこでは名/言葉が孤立するため、地図を参照して初めて意味を獲得できる~つまり場所と接続できる様になる。また場所や意味はイメージできるのに言葉が出てこない場合も沢山ある。こうした関係に躓いてばかり居ると「読めるのに書けない」と「書けるのに読めない」が書字の場で生々しく立ち上がり、「読めないのに書ける」と「書けないのに読める」が前後しつつ因果関係は交錯する。
     ふと二十年前の草稿に書いた「同時因果」が気になって調べたら、仏教には因果同時(因果倶時)と因果異時があるとの事。当時は知らなかったのに言葉が先に出た。造語したつもりはないし、自分の言葉に不安を感じるまでは気付かない/調べない。ただイメージが適当な表現を探すうち、着想は知識と別の言葉となって現れる。偶々調べたら既にある語彙だった場合、そこに意味の錯誤への不安が生まれる。自分で考えた後に先人のを知った時、剽窃を疑われるのではと恐怖する。そうして何度も推敲を繰り返す。これが私の差異と反復、ただしドゥルーズの本とは関係がない(実際すぐに投げ出した)。
     不動の場所ならまだしも、場所が動くとなれば事は厄介になる。例えば本。自分で動かすと「動いた」記憶に基づき場所の記憶を更新できるが、他人が動かすと記憶が断絶する。つまり動きと場所は連動する。だから場所の記憶には過敏とならざるを得ない。一方、元の場所に戻すと傍目「どんなに乱雑でも」記憶に影響はないし、動かした時は動かす理由も記憶される。こうした事を繰り返すと部屋がますます乱雑になったりするが、しかしそれが私にとっては整理となる。…或る日「アフォーダンス」という概念に出逢った。予め考えてからでないと、見過ごしてしまって気付かない。
     佐々木正人『アフォーダンス入門』(講談社学術文庫)P.72には、こう書いてある。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 英語の動詞アフォード(afford)は「与える、提供する」などを意味する。ギブソンの造語アフォーダンス(affordance)は、「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」であり、それはぼくらを取り囲んでいるところに潜んでいる意味である。ぼくら動物の行為の「リソース(資源)」になることである。動物の行為はアフォーダンスを利用することで可能になり、アフォーダンスを利用することで進化してきた。
    --------------------------------------------------------------------------------
     こうして造語には意味が付与され、やがて知識として記憶される。それらは変形し別のものに結び付く/生成するが、同じ意味で使われるとは限らない。時に知識は思考の邪魔となる。思考が知識から自由となるには「知らない」か「忘れる」のどちらかが有用だったりする。先に自由と不自由は平等と書いたが、西尾先生の場合は別の表現をする。反復でないがゆえの差異「となる」ものが、差異「として」反復し変奏になる。ドゥルーズなら或いは「リトルネロ」の語を使うかも知れない。
     これらの事が絡み合って、「場所の記憶」と変奏が結び付く。例えば漢字の場合、偏旁の位置関係を左右反対に書くと異体字の扱いとなり同字とは見なされにくい。部首などを本来あるべき場所/位置として「固定的に」記憶するからではないかと疑って居る。ところが歴史的には柔軟で、変奏形態としての草略書体では読みやすい/書きやすい字形が優先する。敢えて場所を組み換える例が少なくない。従って書道では点画群の場所が規範であると同時に指標であり、そこから草略された点画痕跡を導く事になるだろう。しかも楷書が一般的でなく草書変体仮名交じりが普通だった江戸時代は先に草略があって、後から細部の点画を認知した可能性が高かったりする。
     書道中心に何十年も考え続けてきた。哲学でも何にでもヒントは転がっている。もしかしたら学問に境界はなく、境界という「認知の錯誤」があるだけなのかも知れない。

    (余談)
     この記事(↓)を見て、ふと思い出した。後半抄録。
    ●【正木利和の審美眼を磨く】「中国のセザンヌ」は日本で名を上げた
    https://www.sankei.com/life/news/190214/lif1902140023-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 極めて個人的なことながら、白石の絵を見ると、ほんとうはため息をつきたくなってくるのである。
    > もう20年ほど前に、京都の古美術商で呉昌碩の絵と並んだ白石の絵を見たことがあった。
    > 呉昌碩の絵はシャクナゲで、色彩も豊か、200万円近くした。一方、白石の絵は厨房(ちゅうぼう)にカモがつり下げられた絵で、75万円ほどだった。
    > 「白石なら手に入る」
    > と、思ったが、絵のテーマがいまひとつだったこともあって結局、あきらめたのである。
    > しかし、かの国の経済発展にともない、近ごろではぐんぐんと値上がりしたというではないか。
    > 「その当時とはケタが2つ違いますからねえ」と同館学芸部列品管理室の呉孟晋(くれもとゆき)主任学芸員。
    > 確かに、文化大革命という政治の暴挙によってさまざまな文化財を失ったひとびとが豊かさを手に入れたとき求めるのは自己を確認するための文化財に違いない。
    > ああ、のがしたあのカモはとてつもなく大きかったのだ。
    > もちろん、この日、「あとの祭り」をとぼとぼとした足取りで見て回ったのは、いうまでもない。
    > 斉白石展は、3月17日まで( https://www.kyohaku.go.jp/ )。
    --------------------------------------------------------------------------------
     東京の書道専門店「榮豐齋」(北京の榮寶齋ではない)から昔カタログが送られてきて勉強になった。そこに載っているのと比較すると、正木記者が見たのはかなり買い得な方だったかと思われる。~以下はサイズと画題と参考価格。1989.4出品の呉昌碩は69×35の花卉が138万、166×34.6の山水が165万、174.8×30.4の花卉が180万、斉白石は71.7×31.9の蝦が135万、88×34の花卉が220万した。1992.1出品の呉昌碩は23.5×24.0の茘枝団扇が65万、斉白石は97.6×33.7の葡萄が320万(謝稚柳 跋)、18.5×51.3の花卉扇面が110万。1992.12出品の呉昌碩は133.5×41.0の花卉が280万。
    【2019/02/16 05:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/2195-6a3e004e