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奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    自由について(2)
    「あなたは自由か」の直接的な感想は書けないけれど、
    なんだかいつも「自由」について考えさせられている。

    喧嘩して、自分の言動を制限されたときに、
    「自由」を奪われたと感じたように、
    何かしら「自由」が引っかかっている。
    人間という動物が繁栄し、生きながらえていくために、
    色々な制限を乗り越え、
    できるだけ強くなっていくことが「自由」ってことなんじゃないか。
    自然淘汰?競争?の末に、
    できるだけの「自由」を確保しつつ、
    伝統とか、文化とかいう形を作って、
    その中での自由・・・・・・

    ありゃ、また考えの迷路にはまっている。

    とにかく、どんなことでも「自由」というキーワードが、
    最近の私の日常の思考に入り込んでくる。
    だって、「あなたは自由か」って聞かれているのだもの・・・・。
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    【2018/11/14 22:43】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(79)
    この記事に対するコメント

    奥様
     
    仰ること何となく分かります。
    それに私も、『あなたは自由か』を読んでから、その中に「日本人の自由は、生活にそれほど不自由はしていません程度の意味しかない」とあったように、本来「自由」とはもっと重い意味があったんだと思うと、「これも自由かな、あれも自由かな」、と考え込んでしまいます(笑)。

    例えば兄弟喧嘩にしても、同胞(はらから)なのにぶつかり合うと、互いの違いが明らかになって、「あいつと自分は違う」と思って、違う道に進んだりしますね。仲がいい場合は、兄や姉或は親と同じ道に進む事もありますが・・・
    このように兄弟姉妹との関係や自分の家庭の経済とか色んな条件を鑑みて、自分の進路を決めるのも、「制限を乗り越え」「強くなっていく」道程ですよね。

    だから子沢山の昔は、非常に制限が多かったけど、そこから這い上がろうとする意志も生まれたんじゃないでしょうか。不自由だから、そこから抜けようとする、つまりそれが自由を求める、というか自由そのものですよね。

    亡くなった私の父もそうでした。小さい時から物凄い負けず嫌いで、勉強もできた。でも長兄は中学に行かせてもらったのに、祖父は次男の父を大阪の薬問屋に丁稚に出したんです。田舎ですから、中学に入れるとすごくお金がかかることが分かって、祖父は父には行かせなかったんです。ところが、二人いる弟の中の一番下の弟は、また中学に行かせました(笑)。
    父はしばらく丁稚をやって「俺はこんな事では、うだつが上がらん」ということで、奥様のいる広島の呉の海兵団に志願したんです。
    でも兄弟は兄弟、父が兄や弟を恨むなんてことはなかったです、父親は恨んだかもしれないけど(笑)。でも終戦になると、今度は祖父は、父のことが自慢になったんです、勝手なおじいちゃんでしょう?(笑) でも父がもっと恵まれてたら、徴兵されて戦死してたかもしれません・・・

    今の時代は、学校で「君達には、色んな可能性がある」と言われて育ちますよね。でも、真面目に勉強する子は、結局進級して「普通高校」に入る。勉強は大変だけど、身体で感じて何かを決断する、というより暗記したり公式に当てはめて計算する、とかの作業だけで手一杯。成績で序列つけられて選別されるけど、自分で何かを決断するという実感に乏しい・・・
    もちろんスポーツや芸術の世界などは、少年少女の時代から、一つの道を究める、みたいな人はいるけど、普通の人の場合は、将来の就職のこともあるから、端から見るより選択肢それほど多くはない・・・

    それでも日本はまだいい方なのかもしれません。以前聞いた話ですが、ある中国からの留学生(漢民族ではない人)が、「日本はいいですね、自分のやりたい好きな道が一杯あるから。でも中国は、まだいい大学に入って出世するというのが一つの理想だ」と言ったとか。

    学生の頃、中国近代史専門の先生が、「(今の中国で)どれほど不満を持っている者がいることか・・・」と言った一言が今でも強烈に頭に残っています。その頃は文革が終わるか終わらないかの頃で、今ほど中国の情報が入って来なかった時代だったので、そんなものか、と複雑な気持ちになりました。
    それで、私は感じるんですが、中国人というのはいい大学出だと、鼻高々で、来日しても、日本人も、それだけで重宝してくれるだろうと思ってる。何でもピラミッド型だと・・・
    日本でも一流大学出だと、色々得することが多いかもしれないけど、世の中を見たら、スポーツ選手が尊敬されたり、あちこちでカリスマみたいのがいたり、中心というものが、あまりはっきりとしないですよね。ところが、彼等はそういうことが、なかなか分からないみたいです。

    『あなたは自由か』の中で、ソルジェニーツィンのように東側から西側に行った人の事が書かれていますが、私は中国人というのはロシアや東欧の人たちとはちょっと違うんじゃないかという気がします・・・
    あの膨大な人口だから、もともと競争が激しい。国内の受験戦争で勝ったら「自由」を感じるだろうし、周囲を差し置いて海外に出たら、それも「自由」を感じるでしょう。親が海外で働いているというだけで自慢になるらしいし・・・常に人に抜きんでることが、脱出、解放つまり自由になることだと思うんです。日本に来ても、心は出たかったはずの大陸にいるつもりで、今度は日本人に勝つことが目標となる・・・ その他、何をやるにも、人より一歩抜きんでることが目標になるんです。
    ですから同じ勉強、仕事をしても、恐らく発想も目的も日本人とは全然違う・・・
    逆に言えば、日本人のように、伝統工芸とか自国の歴史から何かヒントを得て、面白い物を作りだす、とかは恐らくあり得ない、つまりそういう意味で、絶対に日本人みたいにはならない人々です・・・

    それで日本人の場合は、よく坂東忠信さんが言ってるように、無駄な大学へ行くよりは、職業訓練を充実したり選択肢を増やしたり、そんな専門的な職業も尊重され給料も高くする、みたいにすれば、若者のエネルギーをもっと吸収できるんじゃないかと思います。
    ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。

    奥様は、「伝統とか、文化とかいう形を作って」と書かれましたが、そんな伝統という背景があって、その世界に入って、何百年と培われてきた技術なりを習得するために研鑽する・・・そこに自由があるんですよね。その共通基盤の中で競争するのがアゴーンですね・・・

    今のように、全員に同じ事を勉強させて、それが中学以上になっても試験の成績だけで選別する・・・これって、あまりにも貧弱でつまらないシステムですよね・・・(笑)






    【2018/11/15 22:51】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。
    >黒ユリ様

    その番組私も見たような気がします。
    屋根の曲線を決めるのが、宮大工の腕の見せ所だ・・・みたいな番組ではなかったですか?
    それで、若い人に自分でその曲線の角度を決める決断をさせるために、色んな試練を経験させるという内容でしたよね?違いましたか?

    日本人が一番安心できるの点は、上の人の言うことをちゃんと聞く耳を持てたら、ほぼ間違いなく成長できる環境が整っていることだと思うんです。
    よっぽど騙される人は、それなりのリスクを覚悟している場面にいるためであって、普通にしていれば被害はほとんどないですよ。ただ、そうであるからこそ、現場で努力していろんなところに転がっているチャンスを自分で拾って自分で磨きなさいという社会なんだと思います。
    職人さんが一々手取り足取り教えないのは、最後は自分で決めなさいという暗示だと思うんです。そのかわり惜しみなく技は君の目の前で披露するよ・・・というのが伝統芸なんでしょうね。

    だからこそ、世にいうハウツーものは、絶対日本では違和感が生まれ馴染まないはずです。

    「こうすれば成功する」「成功への近道はこれしかない」

    そんな保証ができるのなら、他人に教えないほうが自分で独占できるはずだと思うんだけど、普通に考えるとそういう甘い言葉が案外世の中にはびこってしまうのが現状でして。

    やっぱり、「何事も戦って手に入れろ」という言葉が、一番正しい教訓だと思います。
    それこそは本当に心を正しくしてくれるますし、なにより健康的です。

    その宮大工の方も、最後は絶対自分で手を入れずに、最後まで弟子に責任を負わせていましたよね。自分で決める覚悟がなければ、責任感が生まれてこないんだという風に。

    結局やる気のある奴は「己と戦え」ということなんだと思います。
    日本人はたぶん単一民族なので、欧州のような民族のぶつかり合いが少なかった経験上、戦う相手が「己」に向いていく傾向があるんだと思います。
    それが武士道にもつながっていくんだと思います。
    それがなかったら武士の「律」は存在しませんよね。

    「天知る地知る己知る」でしたっけ。
    昔誰かがそんなこといってましたよね。
    悪いことはできないんだよ・・・みたいに。

    でもね、というか、私が社会人になりたての頃は、けっこうワルサを先輩から教わったものです。特に、心を通じ合えた先輩からは本当にいろんな遊びを教わりましたよ。
    「おまえようやく一人前の仕事ができるようになったな」と言葉で伝えるのではなく、夜の遊び方の中でそれとなしに伝えてくれるというか・・・。

    男の遊びはそれが昔は主流でした。
    営業やっていてそれと縁がないサラリーマンは、どこに行っても通用しませんでした。
    男である以上「スケベ」は健全な本能です。
    だから昔の男は逞しく見えたんですよ。
    私たちが遊んでいた頃は、絶対素人には手を出しませんでした。
    軟派とかそういう遊びはご法度でした。
    飲み屋に行っても、借金は絶対するな。どんなに苦労しても自前で金を払え。それが自分の度量になるんだ。自分の金で遊ぶことの「意味」を勉強させられたものです。

    それが最近の男はといえば、基本的に「真面目」。
    真面目だから遊ばないし、遊びを知らない。

    いや「真面目」なんではなくて、私たち世代から見れば「度胸なし」、つまり「おとなし過ぎ」、よって「つまらない男」。

    ところがそういう男が基本的に今は主流。はたしてそれは女性が求めている路線なのかどうかはわかりませんけど。

    でも、いろいろ考えてみると、こんなことが案外的を得ているんじゃないかと最近思うようになったのです。
    「昔の男は裏でやさしくする。最近の男は表でやさしくする。」

    結局は優しい日本人男子であることには間違いないけど、この対比は案外意味が重いような気がします。
    他人の金で遊ぶ手段を身に着けてしまった男は、結局つまらない男で終わるでしょう。でも、自分のお金で遊ぶ決心ができる男は魅力がありますよ。

    どの時代でも女性はその点を見抜いてほしいですし、それを守り続けてほしいです。
    だって遊びの世界で己とアゴーンしている男なんですから。


    【2018/11/16 00:25】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    続きなんですが、呉服問屋時代に、福島の白河のとある呉服屋さんにお邪魔して、そこで教わった話なんですが、そこのご主人女遊びが大好きで、全国を旅する際に寝床を寂しくして過ごした日はほとんどないという話をしていました。

    そんな話の中で印象的だったのは、昔の遊び場の女性は、どこに行っても朝私が顔を洗う時に、後ろから私の着物の袂を抱えてくれたんですが、今の時代はまずそんなことをしてくれる女性はほとんどいませんな・・・と。

    男が遊ぶというそのスタイルはもちろんですが、モラルさへも昔と今とでは段違いなんだとおっしゃっていました。
    そのご主人はこうもおっしゃっていました。

    「お金はその場で払いなさい。どんな遊びも借金だけは絶対しなさんな。価値が半減するだけだ。遊び場はお金で縁が保てているんだから、その決まりを守らない人間は信用されない」と。

    福島の原町の呉服屋さんの社長も、「どんな支払いも、現金が一番信用される」とおっしゃっていました。
    世の中にはいろんな人生といろんな社会が存在します。
    私はそのほんの一部を切りつまんで語らせていただいております。
    でも、そのほんのわずかな断片にも、素晴らしく広い世界に通じるものがあると思っています。小さな経験であっても、大きな世界を意識すれば、その小さな経験はけして小さいままで収まらないものなんじゃなか。
    つまり、経験したものがどこをどれだけ力強く見入るかということなんだと思います。

    なんだか、だんだんハウツー理論になりつつあるので、この辺でやめておきます。
    【2018/11/16 01:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    ここからは家自慢編

    昔たしか日録の蘭ちゃん管理のところで書いたはずなんですが、記憶をたどってもう一度書きますね。
    (蘭ちゃんとは、ミッドナイト蘭くんのことです)

    私の実家は呉服屋で、爺さんがその礎を築きました。
    その爺さんは京都出身で、北海道に1歳と半年で叔父の家に養子に入ります。
    叔父も元々は京都出身で、養子に迎えた赤んぼは自分にとっては血のつながった甥っ子です。
    その叔父という立場の人は私にとっては曾爺さんです。

    この曾爺さんの関係と祖父の関係が、けっこうややっこしいのです。
    一応説明しますが、まぁなんとなくで記憶してください。
    祖父は山本から池田に養子に入るんですが、祖父の父は元々池田から山本に養子に入ったようで、つまり私の祖父は先祖に戻った形になります。
    でも、そのもっと先を聞くと、池田家と山本家で、何度も養子のやりとりをしているんだそうです。
    祖父は元々は「山本」。曽祖父は「池田」
    でも祖父の実父は山本。
    その祖父が養子に入った先の曽祖父と、私の祖父の実際の曽祖父は兄弟です。

    ここまでの流れわかりますか。
    昔はもっとこの両家の間で子供のやり取りが盛んだったと聞きますが、なにせまた聞きですので信用はできません。
    ただ山本家にある家系図はうそをつきませんです。

    基本的に池田家はお金に不自由しない家系。一方山本家は位はかなりあるけどお金に不自由する家系だったそうです。
    つまり山本家は今でいえば皇室に出入りできる身分。一方池田家は荘園とか抱えることができる歴史があって、どうやらその礎を探ってみたら、上賀茂神社にたどり着く家柄だったということなんです。
    何年か前、私の叔父叔母軍団が京都に行って、池田家の本家の案内で上賀茂神社のなかをくまなく案内してもらったと、自慢げに話していた叔父の話は、一応信用しなければなりません。
    祖母は私に何度も先祖の話をしてくれました。
    「池田家は加茂族といってな、昔の天皇とご縁があって、ずっとそばを離れない家系なんだよ・・・」てな具合に。

    そんなこと、北海道に住んでいる人間にとって、ほとんど認識できないし、想像もできないわけですよ。もっと頭のいい親戚は、池田家の先祖が加茂族かどうかより、その先の先祖がどうなっているのかとか言い出す人もいましたね。
    ほっぺたがつっぺ下がりの家系は、もしかしたら朝鮮人なのかもしれないよ・・・とか、たしかに私はつっぺさがりで、その方のいう通りかもしれないですが、だからといってそのまんま受け入れることも不自然で。

    祖母はたぶん加茂族は天皇家と親戚だという感覚で私に話しかけていたんじゃないかと思います。
    でも実際は加茂族は天皇家と血筋は別だと認識します。
    本当のところをご存知の方がいれば、教えてほしいのが本音です。
    ほかの日本人はそのほとんどが天皇家の先祖と縁があります。
    でも、私の家系はそうではない。そこに少しこだわりたい気持ちがあるんです。
    縁がないのになぜにこうして皇室の気持ちを汲むこころが自然とあるのか。
    なんだか面倒なことですが、どなたかアドバイス願えるでしょうか。

    歴史のロマンというのがありますよね。誰も知りえない世界を想像して、そこに何かを学ぶというもの。
    私は祖母から池田家の話をいろいろ聞かされて育ちましたが、その一つの家の歴史を学ぶだけで、どこか勇気がわいてくるんです。
    恵まれた家の話だとか恵まれない家の話だとか、そんな基準はここには生まれないと思うんです。そんなものが何も基準ではなく、話しかけてくれている人間の心が一番私には大切だったんです。
    おそらく祖母は私に加茂族の意味を伝えたかったんでしょうが、私にはそのことは二の次な感じで聞いていました。
    私はそれより単純に祖母の話を聞いていることが楽しかった。
    ただそれだけだったのと、大学生になっても帰郷した際に祖母の部屋に訪れて枕を近くにして話を聞きたかったのは、祖母がいつまでも希望を捨てずに生き生きとしていてほしかったから。
    平成の時代になったその最初の日に、祖母と電話をする機会があったんです。
    「おばあちゃん、ついに昭和が終わったね」というと、「そうだね。さびしいね」と言ったのが、祖母のまともなときの最後の言葉でした。

    それから数日後、祖母は俗にいう「あたった」という病気。つまり「ボケ」が始まりました。しかも急速に。別に天皇家に忠実なことを心掛けていたというようなことはないとは思うんですが、でも祖母にとっては昭和天皇の死は、大きかったんでしょうね。

    こころの支えだったのかもしれません。
    「おばあちゃん天皇陛下が亡くなっちゃったね」といと、さびしそうに「そうだね亡くなっちゃったね」と返してきた祖母の言葉のあの音が、今も案外印象深く覚えています。
    それが私と祖母の最後の会話です。

    私は日録の産声が始まったころに、私個人のこの物語を関連の板で書き連ねました。
    そこには恥ずかしさはありませんでした。
    西尾先生が読んでくれることを願って書き連ねました。
    そうすることによって、今の自分の心の状況を打開できればいいんだという思いで書きました。
    今は少し冷静になれて、ここに集う方々の気持ちを優先しようという心が普通にあります。
    でも、どうなんでしょうか。どちらも自分であるのなら、昔の自分の心理が、本当は自分らしいと思うことも許されるものであり、そちらを無下に犠牲にする理由はどこにも存在しないわけですし、今が正しいという保証もないわけですから、過去の自分をもっと勇気づけることも大切なんじゃないかと思うようになっています。
    【2018/11/16 04:12】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    あきんどさんの色んな思い、興味深く拝読しました。
    宮大工の西岡棟梁の事は、昔のNHKヒット番組「プロジェクトX」で知りました。その時、小川さんはまだ20代で、今はもう70代、西岡棟梁の跡を継ぐ一人ですね。私が見た番組は、テレビ東京の「和風総本家」の特別版でした。その他にも小川さんを取材した番組は、過去いくつかあったと思います。

    あきんどさんが見た番組とは、違ったかもしれませんが、書かれたことは分かります。「プロジェクトX」では、職人の厳しさとか師弟関係のことが印象的でした。
    薬師寺伽藍再建のために、全国から応募して選ばれた大工たちと西岡棟梁のやりとりが描かれました。「何も教えてくれない」・・・自ら壁にぶつかって、それを乗り越えることでしか技術は習得できない、その通りです。でも印象的だったのは、弟子の一人が台湾から買った千年の檜を切る時、手が震えて切れない、その時西岡棟梁は「思い切ってせい、責任はわしが負うから」と言ってくれた、とか。

    その他、西岡棟梁は薬師寺の設計に関して、大学教授をも論破した、とか、過去宮大工の仕事が激減した時も、西岡棟梁は普通の大工の仕事は一切しなかった、その理由が「腕が鈍るから」といった点も、驚きでした。

    こうした人たちがちゃんと生きていける社会、これが大事です。でも現代はどうか、あきんどさんが書かれたように、現代は「女遊びは、けしからん!」が表で、特に若い人は、真面目な人ほど「表」を真に受けてる(笑)。役者なんかは、女遊びは当たり前で、芸の肥しになる、ということで、その伝統が生きてるようですが・・・
    でもそのせいか、最近のニュースにあるように、梅毒が蔓延するとか(これは外国人が持ち込んだと言われてますが)、一昔前の社会に逆戻り、なんてとんでもないことになってる。

    昔は「きれいごとじゃない世界がある」、それが分かって初めて大人と言える、というのがあったのに、政治家ても、きれいごとばっかり、つまり「言葉だけ」になってきてる・・・恐ろしいことです。政治家も国民も、子供みたいな人間ばかりになったら、おしまいです。

    呉服屋のご主人の話、「着物の袂をかかえてくれて」・・・情緒がありますね~
    今は、事が終わって、カネさえ取ったらそれでおしまい、ですか・・・(笑)
    そんなのがドライでいい、なんてのは、西洋式あるいは中国式ですかね。そういえば、職場の女性のことをBG(ビジネスガール)と言ってたのがOL(オフィスレディ)となったのは、BGというと、あの方面のプロの女性の意味なるから、だったそうです。そうか、あれもビジネスなんですね・・・(笑)

    以前新聞記事で読んだのですが、着物というのは、どうしても体の動きが制限される、それが女性の優雅さにつながっているというんです。なるほどな~、そういえば同じ女優でも現代劇より時代劇の方が女らしく見えますよね。
    それに以前TVで観た、京都の帯の老舗の山口源兵衛さんが、「皆、着物着るようになったら日本変わりまっせ」と言ってたのが印象的です。そうなったら面白いな~、洋服脱ぎすてたら、心も変わるかもしれないし・・・(笑)
    私の従弟も呉服の「鈴乃屋」に勤めて全国回り、北海道にもいたことがあります、もう定年ですけど・・・

    日本の政治家、特に女性ですが、以前いた「このハゲー」と罵倒したとか、不倫した元検事とか、「ああ、学力あっても全然ダメだな」と思います。それにそれらが発覚した後の態度がいけません。自覚があるんなら、全部背負って黙れ、と言いたい。元検事の方は、何事もなかったかのように、また当選していっぱしの事をベラベラと・・・開いた口がふさがらない、とはこの事。ペーパー秀才の成れの果てがどんなものか、のいい見本じゃないでしょうか(笑)。それで、もっと恐ろしいのが、彼女に投票する国民・・・

    あきんどさんの家系のことですが・・・
    加茂族のこととか、私は全く知らないんですが、ちょっと前日録でも書かせてもらった、田中英道さんの『日本の起源は日高見国にあった』と『天孫降臨とは何であったのか』を読むと、現実は、これまで教科書に書かれてたことは違うんじゃないか、と本当に思いました。

    例えばネットで調べると、出雲族がどうの東北の蝦夷がどうの、と書いてありますが、もともと西日本には、ほとんど人が住んでなかったんです。これまでは、日本というのは、もともといた民族と西日本の渡来系の民族の混血だとか、大陸から文明が来て、徐々に東の方に伝わった、と言われていました。

    しかし田中先生は、最新の考古学的、生物学的研究を元に、縄文と言われる壮大な文明が東から東北日本にあって、寒冷化でその文明が西日本(九州含め)に広がり(ということは、東日本の人間が西に移動したということです)、後に大陸の文化も伝わって混合した、ということなんです。だから皇室の起源も関東なんです。また皇室の第一の家来と言ってもよい藤原氏(中臣氏)も関東出身で、後から関西に移ったんです。

    出雲の大国主命の国譲りも、もし出雲族が完全に渡来人だったら、あり得ないと私は思います。大陸は、昔から敵は根絶やしにする文化ですから・・・とにかく渡来人との混血はあったかもしれないけど、もともと日本は全世界から人が集まってできた国であって、長い時間をかけて、皆「日本人になった」訳です。今みたいに、何時間か懸ければ、地球の裏側に行ける時代と違いますから(笑)

    だから詳しいことは分からないけど、おばあさまが、皇室との縁を大事にしてたとか、神社関係だったということは、渡来人の血が混じっていたとしても、基本は日本人だった可能性の方が高いのではないかと思います。

    本州の現代人のDNA
      朝鮮人に多い特徴を持つ  24%
      中国人  〃       26%
      アイヌ  〃        8%
      沖縄県人 〃       16%
      どれにも属さない     26%
     (宝来聰 『DNA人類進化学』1997)
    『日本の起源は日高見国にあった』より

    このデータだって、本州の約半数が中韓に似たDNAといっても、今の中韓の人々と同じ、と言ってるわけじゃありませんし。
    それに例の蝦夷ですが、田中先生は、要するに蝦夷というのは縄文人だという訳です。色んな部族に分かれていたとしても、今の人種差別みたいなものとは違う訳です。その縄文人が、寒冷化で東北や関東から西日本に移動したのだから、比較的新しく海外から移民が来たとしても、縄文人と混血した、と考えられると思います。付け加えると、田中先生の動画を見ると、アイヌも後に北の方から移動してきた人々だ、みたいな事を言ってましたよ。だから、アイヌは、ず~っと北海道にいた根っからの縄文人とはちょっと違うかもしれない・・・その辺のところはよく分かりませんが。

    長くなってしまいました。
    ただ先祖のことは、私の父方の先祖も、平家の落人、平家の家来だった人間だ、なんて聞いたことがあるので、「そうかな」と私なんか、楽しんでます。私も自慢じゃないけど、両親とも能登では比較的大きな家系だったので、平家と上杉謙信と関係あったんだ、と自分勝手にプライド持って、心の肥しにしてますよ(笑)。
    【2018/11/16 10:08】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >黒ユリ様

    本当に感謝します。
    こんなに詳しく調べていただいて、どうやってこのご恩をお返ししたらいいやら・・・感謝感謝。

    実は能登半島も私の祖母の実家と深い縁がある場所なんです。
    輪島塗の工芸を代々継いできた家系だったそうです。
    わけあって能登を離れることになり、北海道に渡ってきたそうです。
    能登で色々お世話になったり御世話した仲に、「牛腸」(ごちょう)さん・・・(名前がこれで正しかったかどうかが記憶不足なんですが)・・・という方がいて、今も能登ではこの方の作品が受け継がれていると聞きます。

    ちなみに祖母の実家の名前は「城」という漢字が充てられて、「たつ」と呼ぶのが正しいそうなんですが、漢字のままのイメージが最優先され「じょう」と言われた形跡もあると聞いてます。中には「しろ」と呼ばれたという話もあります。

    それにしても石川県はぜひ将来訪れてみたい場所の一つです。今の仕事を引退したら、女房と日本海側を車で旅したいねと、いつも言ってます。
    あと10年頑張ってそれを夢にして、今を頑張っております。

    【2018/11/16 11:16】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    そうですか、あきんどさんのおばあ様も能登と関係があったんですね。
    能登は漁業も盛んですから、当然東北以北とも交流がありました。それで、母の実家のある所も、青森のねぶた祭りみたいなお祭りがあったんです。
    牛腸(ごちょう)さんは、輪島市にそういう名前のお店があるようですね。「城」が「たつ」ですか。城だから、たつ(立つ 建つ)みたいな・・・
    そういえば、変わった読み方がありますね。能登(のと)も、倶利伽羅(くりから)峠も。

    石川県はいい所です。能登も加賀も・・・10年後ですか、今の景観が保たれていることを願います・・・
    そういえば、私自身は能登の珠洲市で生まれたのですが、聞くところによると、数年前、珠洲市の風光明媚な所を、ユダヤ人の金持ちが買ったとかいう話です。以後どうなったかは分かりませんが・・・
    日本中どこでも、そんなことになっていて、まるで日本全体が、金持ちのリゾート地みたいになって、腹が立ちます。
    能登の両親の実家も、従兄たちが頑張って維持してくれてますが、自分の実家も含めて、故郷を守るのが、特に地方出身の人にとっては、死活問題です。

    能登には、大伴家持が越中国に赴任した時、読まれた歌がたくさんあります。

    「もののふの 八十をとめらが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」
    万葉仮名では
    「物部乃 八十嫺嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花」

    これは、亡くなった姉が、以前連れて行ってくれた料亭のランチョンマットに印刷されていて、印象に残った歌です(この歌自体は、高岡あたりで読まれたものだそうですが)。
    沢山の乙女たちが、入り乱れて水を汲む、その寺の井戸のほとりに咲く可憐なかたくり(堅香子 かたかご)の花よ・・・という意味だそうです。

    【2018/11/16 16:48】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >あきんどさん
    その京都の加茂属の話し、覚えていますよ。
    ここに書き込まれる池田さんにも、
    池田っていうのは・・・・とお話になったことありましたよね。

    >黒ユリさま
    そういえば、先日輪島塗のお店の人が訪問してきたので、
    汁椀を五客買いました。
    できる工程を写真で報告してくれて、
    最後は広島まで持ってきてくれました。
    塗りのお椀は、一生使えると言っていました。
    修理もできる・・・・と。
    毎日使いでいいんだそうです。

    お正月用品の塗りのものは、一年に一度使うという感じでしたが、
    毎日このつやつやした、でも柔らかい感触を味わっていいんだと思うと、
    あと残りの方が少なくなった人生で、
    楽しもうかなと思っています。
    【2018/11/16 22:04】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    奥様

    輪島塗のお灣をわざわざ広島まで届けてくれたんですか?凄いですね。

    石川県の人は、自宅の棚に、いくつか輪島塗の食器やお盆などを持っているのが普通です。贈答品とか、何かの記念とかでよく使われるからです。特に昔は、結婚式の引き出物などの品が、使われないまま、座敷の棚にしまわれている、なんてことはしょっちゅうです。
    輪島塗と言っても、価格も色々で、贈答品に使われるのは、それほど高価ではないようですが、貰うと嬉しいですね。
    最近は、お土産用に、プラスチックのお椀や工芸品も多いですが、本物はやっぱりいいですね。本当に一生ものだと思います。

    輪島の御陣乗太鼓のメンバーの方は、地元の方で、北岡周治さんという方がいるのですが、その方は輪島塗り職人なんです。以前NHKの番組に出たこともあります。今は恐らく60代の半ばくらいだろうから、現役かどうかは分かりませんが・・・
    でも大人しそうな仕事に見える職人さんなのに、いざ太鼓の前に立つと、大迫力のバチさばきで、カッコいいんです(笑)。

    私ももう一度生まれ変わって、男だったら、ああいう職人さんになりたいな~、なんて見果てぬ夢を見ています、先祖が鍛冶屋だったせいでしょうか(笑)
    【2018/11/16 23:13】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    『あなたは自由か』を、著者たる先生が人々に贈呈されました。そのために、先生はどのくゐの出費をされたのでせうか。

    私は先生のおかげで、三冊の本の著者たり得たせゐで、辛うじて知つてゐますが、出版社が著者にタダでくれるのは、せいぜい10~15部です。それ以上の数が必要な場合は、定価の七掛け程度で売つてもらうことになります。

    渡部昇一さんとの対談本の場合、タダは10冊ださうです。それを先生と渡部さんの御遺族で、折半するのですから、先生の自由になるのは5部だけです。キビシイ!

    著作者がよく「本を贈ると、受け取つた方は、モトはタダと思ふらしいが、どうして、金がかかるのだ」と愚痴をこぼしますね。

    今日は坦々塾、先生の御講話(のテーマは存じませんが)が楽しみです。
    【2018/11/17 00:20】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


     今日は坦々塾ですか…近場の人や遠距離通塾できる人が羨ましいナァ。さりとて素性がバレたら誰であれ、西尾先生から贈呈本が来ないとも限らない。新潟大を定年退職した三浦淳先生んとこには来たそうな(↓)。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1072634642.html
    【2018/11/17 14:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    池田 様

    そのお話を伺うと、以前頂いた池田様の御本、ただで頂いて申し訳ないことです。でも貰った方は、無料で頂いたのだから、必ず読んで感想を書かねば、と緊張しました。

    先生も、それだけ幾人もの方に贈呈されているんですね。確かにそれも大変ですが、先生の本なら、贈呈を予定されている方々は、自費で買うのでは、と思うのですが・・・・あきんどさんが書かれたように、何せあの内容と分厚さで、たったの千円ちょっとだし。
    そんなもんじゃないということは分かりますが・・・

    私の姉の親しい友人に、自伝を自費出版した人がいて、その事を姉から聞いていたので、姉の葬儀の時に、その本を下さいと頼んだことがあります。読んだ後は、手紙に感想文を書いて送りました。タイトルは『ころんでもただでは起きないおばば』(笑)。あきんどさんが以前書かれたように、逞しい女性は多いでです。
    でも自費出版というのは、三桁くらいのお金がかかるようで、それなりの準備がないとできないですね。

    それにしても国立国会図書館のHPを見ると、「納本制度」というのがあるんですね。冊数や色んな条件はあるようですが、国内で出版された書籍やCD,DVDなどを保存するのは、大切なことだし、自著が保存されるとなると著者も安心ですね。それが誰かによって紐解かれるかどうかは別かもしれませんが・・・

    苹@泥酔 様

    色々お話を伺うと、苹@泥酔さんは教師をなさっていたのでしょうか?高等学校でしょうか・・・

    実は私の同級生にも、大阪で高校教師(今はもう定年だと思いますが)をしていた人がいます。高校も同じで、まあまあ仲もよかったのですが、例の『国民の歴史』が出た時、電話でその話をしたら、とんでもない反応だったので、ショックを受けました。「あんな、戦争したがってる連中の本は読まない」・・・学生の時は、ノンポリでそんな表現する人じゃなかったのに。
    改めて日教組の影響の大きさを感じました。大阪という土地柄もあったでしょう。それに、素直で真面目なタイプほど、「思い込んだら一直線」のようです。
    その年、年賀状を出さなかったら、向こうも出さなくなって、何となく気まずくなって、それっきりです。今再会したら、どうか分かりませんが、苦い思い出のひとつです。
    もちろん、教師にもいろんなタイプがあるでしょうが・・・
    【2018/11/18 10:32】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    奥様

    奥様は、私のあの駄本を、本欄の一回分を丸々使つて、好意的に紹介して下さいました。その御恩は忘れてゐません。

    今回の先生の出費総額を聞いて驚きましたが、私のやうな貧乏人の心配すべきことではないのかもしれません。(序でながら、渡部昇一さんとの対談本は誰にも贈呈されなかつた由。私がこの本を買はなかつた理由について「さぞ面白からうとは思ふが、先生の渡部さんに対する評価は、自分にはほぼ分つてゐるつもりなので」と釈明しておきました)

    私は元の商売柄から、本の寄贈を受けることは、普通の人より多いかもしれませんが、こちらの反応は区々です。好きな人、尊敬する人には、精魂を込めて感想を書きます。葉書一枚で済ます場合でも、気合ひの入れ方にはずゐぶん差が出ます。

    本の贈呈は、受けた側とすれば、頼んだわけではないといふのが基本でせう。ですから、誰がくれたかによつて、感激して押し頂いたり、中を見ずにごみ箱にポイなど様々に反応することになりますね。

    句集なども、そのとほりですが、句会で一緒になる人から、その人アルバイト先の社長の奥さんが出した句集といふものを、配り先がないからといふ理由で貰つたことがあります。これほど縁遠いと、さすがに紐解く気になりませんね。
    ただし、11年前に今の3DKに引越す際、溜まつてゐた句集を、古本屋が意外にいい値段で引き取つてくれました。有名俳人ならともかく、私の仲間のものなど、無料でも引き取つて貰へればいいと考へてゐただけにビックリしました。

    【2018/11/18 14:22】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


    >黒ユリ様
     昔は高校芸術科書道を教えて居ましたけれど、日教組など必要ないくらい「常識化」したレベルの歪曲通念となると大変で、大学教育の成果は高校へ降りた途端に粉砕されます。この話は十年以上前から散発的に書いてきたので、自分でも当該稿を探すのが億劫になる。またクラスの話だって、適正人数(規模)でなく適正環境(質)に焦点を当てるのが本筋の筈。どんな底辺校でもトップレベルの授業をして構わないのではと思っていますが教員には能力の限界があって、どう頑張っても環境には負けてしまう。ただし都会の噂話で聞くレベルの底辺校は青森に存在しないかと。或る意味これが田舎の強味ですが、裏を返せば頑迷さの根でもある。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2127.html#comment
     「2018/09/01 21:31」稿(↑)で引用した奥本大三郎先生は大阪の岸和田高校卒とやら。あの都会であのレベルかと驚きましたが、大学進学の観点とは別物なのでしょう。こちら青森では同僚から同和の話が出た時も驚いた…あれが都会的な勉強なのかしら。当時の私は同和も日教組も聞いた事がないし興味もない。それより教材研究が間に合わず焦ってばかり。他の教員は要求レベルが高過ぎると云うけれど、平仮名を読める様にしたくらいで校長室で叱られるのは納得がいかない。ならばこれも研究せねばと、怒りより興味の方が勝ってくる。私にとって冷静さや探求心とは、怒りの氷付けを意味します。となると、もはや怒りも冷静も区別がない。
    【2018/11/18 19:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >黒ユリさま
    まぁ、外商?のついでに立ち寄ったのだとは思いますが・・・・・

    輪島の有名な通りの少し裏手にある、
    由緒正しい?お店のようでした。
    知る人ぞ知るという感じ。
    日本全国を回っていると言っておられましたから。

    >池田俊二さん
    ずっと文章に関わるお仕事をされていたから、
    眼が鋭くていらっしゃると思います。

    >苹@泥酔さん
    苹@泥酔さんのような教師に、仮名の読み方を教わりたかったな。
    日本語を読めるって、普通のことなのにね。



    【2018/11/19 10:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    池田様の投稿を読んで確信したことは、著者は出版社から作品初版本をそんなに多くは貰っていないということ。やっぱりそうだったんだぁ・・・と思いました。
    そんな貴重な物を私は読ませてもらっている。

    これは絶対何かアクションを起こさないと罰があたります。
    それで今一所懸命日録に書き込んでおります。
    どこまで書けるかわかりませんが、皆さまよろしかったらご参加ください。
    【2018/11/20 14:11】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    (人材不足について)
     不況になった。すると採用が減った。中には「人余り」もあり、人材削減の障壁としての正規採用が問題となり、非正規採用への転換が模索された。すると賃金減少により不況がエスカレートした。低賃金が慢性化し財物換金が盛んになり(「金プラ買います」等々)、収入と家財のバランスが調和しつつ低回へと向かった。この段階で中流階級の崩壊/二極分化という「動き」が「状態」へと変化する。既に分化した「状態」が新たな「動き」へと転換し、経済活動の所謂「ブラック化」が活発になり、それにつれて「旺盛な人材不足」への転換も活発になる。~つまり人材不足は旺盛な経済活動の一相であって、必ずしも「不況とは関係がない」。
     これを「好景気だから人材不足」と見るのではなく、「旺盛な不況」が「好景気」に見えるとするならば、好景気になるほど低賃金化が加速しても不自然ではあるまい。この流れは単一民族だけでも充分に実現可能と思える。すなわち自民族内で奴隷化に向かうか、他民族(移民/外国人労働者)を奴隷化するかの違い。そこでは所謂「経済的奴隷」が別の歴史となるがごとくして復活する(「2014/12/09 00:59」稿↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     ドイツ人と日本人の違いが過去と未来の区別なきまま、ユダヤ人と外国人(中国・韓国・ベトナム等々)に投影されつつある気がする。ドイツには非政策的に予めユダヤ人が居た。日本は政策的に、これからそうなろうとして居る様に見える。非政策的/現状追認的な意味では戦後の「在日」(元日本人)が似ているかも知れない。しかし政策的にやるとなれば、移民だろうが外国人労働者だろうが大差なくなる。民族が国家に伝染する点ではグローバリズムの方が、ナショナリズムより過酷かつ無防備な破綻を招きやすいかも知れない。そこでは活発かつ旺盛な破綻が、経済的に景気よく蠢くだろう。

     …話は変わる。教育界に人材不足は存在しなくてもよい。存在しないのではない。しなくても構わないかの様な「お膳立て」が予め仕組まれてきた。だから人材採用してもしなくても関係がない。代わりの「人材」を捏造すればよい。その手段が非常勤講師などの非正規雇用だった。教員採用試験も不要となった。そこに輪をかけたのが教員免許更新制だった。ぼちぼち全国各地で教員不足の「実態」が露呈し始めたらしいが、昭和二十年代の弥縫策が法的かつ現実的に再来、ますます旺盛となりつつある模様。しかし実のところ、そんな「実態」はない。そもそも教員という存在は或る意味「存在しなくてもよい」のだから(都立高校の書道教員例↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
     このモデルを昨今の「人材不足」に当て嵌めてみる。以下は西尾先生の言。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2213
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 人手不足と言いますが、これは嘘です。だって若い者は大勢遊んでいるではありませんか。日本国民の力で十分労働力は確保できます。女性も中高年も老人も働きたいのです。しかし、10時間働くことは出来ない人もいます。3~4時間なら働きたいという女性や老人は沢山おります。そういうシステムをつくれば良いのです。何故それをやらないのかというと、外国人を入れた方が賃金が安くなるからです。賃金が下がればある種の企業が儲かり、株価が上がるという政策は、さ迷っています。もう成長戦略が行き詰っており、最後に何が出てくるかというと、外国人を入れるということと、女性労働力の活用くらいしかありません。しかもそれが介護と家事労働に外国人を入れる、家事労働にということは特区で女中さんを雇い、暇になった日本の主婦が社会に出て働くということですが、こんなことは日本の社会に馴染まない話です。
    --------------------------------------------------------------------------------
     教育界でも安い労働力(?)を導入したら何が起こるだろうか。大学では既に実験済みらしい。それを高校レベルまで落とせば、もはや日本文化は全国民レベルで「従来以上に」通用しなくなっていくだろう。
     ところで拙稿、前稿でリンクした所のも長くなった…続きはこっちで書こう。
    【2018/11/23 19:23】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続き)
     日本に人材不足は存在しなくてもよいが、演出は可能だろう。例えば宅配便では配達業務の二度手間が一般化しているが、それを一般郵便物でも実施すれば郵便局は忽ち人手不足に陥る。封書や葉書の代わりに不在連絡票が届けば皆が困るけれど、それだけ仕事は増える。無駄に思えるが昔と違い、盗難リスクに過敏な業者が多いらしい。~これは人手不足なのか人材不足なのか。リストラの渦中で人手が人材に化け、どっちが足りないのか分からない。大学ではむしろ教える人材を減らす。理由の一つは教わる学生の不足。なんなら消費者不足とでも言い換えるか。そこから別の姿が見えてくる。
     消費者を一種の「人材」と見れば、受給バランスの「動き」に絞った活発さ、すなわち資本主義経済の問題が人材不足の側にすり替わっても不思議ではない。不況が慢性化して「状態」になると、却って安定(保守化?)して動きは鈍くなる。すると戦後経済の呪縛だろうか、体の落ち着く暇がないほど活発でないと「むしろ心が落ち着けない」。だからブラック化/奴隷化に向かう?…としたら厄介な話になる。よかれと思った国際化/輸入経済の奥底から新たな奴隷売買が出現し、国際問題に発展するだろう。やはり中韓の訴えは正しかった、相変わらず性奴隷だけでは気の済まない民族だと誰もが思う様になる。その覚悟と対策は予めして置く方がいい。
     少子化問題が取り沙汰され、今は人材不足と紛らわしい。国内問題を国際問題に拡大しても仕方がないのに、人と商材を取り違えた言葉が「人材」となる可能性は高かろう。人手は労働者だが、人材は育成対象でもある。現に教育と労働の垣根は曖昧で、こちら青森でも2011年には擬装留学生の除籍問題が取り沙汰された。奴隷のための福祉が教育の形で「自由な奴隷」を生成し、留学義務(?)からの自由を労働に需めた結果が新たな歪みを生成する。そこには日本人学生も含まれる。就活に忙しくて勉学が不自由になる。大学側から見れば不自由だろうが、当の大学生にとっては自由かも知れない。ただし「不安」の振り子は自由と不自由の間を絶え間なく行き来する。
     外国人材と日本人材の賃金が同一になっても「不安」は共に残る。不況基調の経済が常態化した中、活発で旺盛な不況は内なる毒/劇薬でもあるだろう。景気回復と不況が同時進行し得るのは、対策としてのリストラ自体が波及機能の二面性を表徴するためで、両者の連動性を過度に信頼すべきではない。これまで予定調和の目論見は当てが外れるのが過半だった。それゆえ歴史的教訓(?)としては、「裏(の裏)を読む」姿勢が重視されてきた様でもある。これとて度を越せば疑心暗鬼と化すのかも知れないし、そうした予測を据えると博打の様に見えてくる政治もまた、傍目には不安要因となる。どうあれ不安は少なくとも二重化する。

    (雑記)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html#comment
     「2015/12/18 07:56」稿末(↑)で書いた通り、書店外商部の人が集金に毎月やって来る。今日も支払った。西尾幹二『あなたは自由か』(ちくま新書)を注文した。
    【2018/11/27 21:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続ける)
     普通に考えると、景気回復すれば不況でなくなる筈。そこを疑ったから先の記述となった。ここでは不況を「質」の問題と捉える。
     もし人材不足の高校で、或る国語の先生が管理職に「配置転換します。書道を教えて下さい」と言われたなら。人材不足は解消する一方、書道教員採用試験を実施する理由も解消される。これは都合がよい。大抵は国語と書道の免許を持っているからだ。しかし書道の先生が国語を教えたら、忽ち「質」の問題が露呈するだろう。たとい免許があるからと云って、それが直ちに質を示すとは限らない。この理屈は誰でも分かる。しかしいづれにしろ教える側は不安になる(たぶん)。ただし奥本大三郎先生が嘗て体験した様な授業例なら沢山ある。
     質の辻褄合わせが露見したからと云って、非受験科目の場合さほど困る訳ではない模様。問題になるのは手続きの方で、臨時免許の申請や確認を忘れ杜撰さが露見すると厄介だが、その代わり「質の問題も忘れられる」。そこで場合によっては量を優先する。大学では多くの単位を取り複数教科の免許を取得すると有利になるらしく、量が質のバロメータになるかの様な印象が残った。もちろん真面目に勉学した証しにはなり、実際たぶん優秀なのだろう。しかし言葉はどうにでも言い換えられる。「優秀」にも色々ありそうだ。
     いったん留まり、じっくり考えるタイプは優秀と云えるだろうか。不況と同様「停滞している」だけではないのか。旺盛には見えない。してみると元々「旺盛な不況」自体に問題があるのかも知れない。傍目の彼らは不真面目で、怠け者で、効率が悪い。考える分だけ頭の回転が遅くなる。心に問題がある場合だって考えられなくはない。そんなタイプを雇って何になるのか。~ここでも人材不足の正体が気にかかる。もしや今度は「考える力」の教育が不況の一因となるのでは。その前身が「ゆとり教育」だった。考える余裕のある怠け者が量産されたのなら、再び同じ事が起こる筈。
     そもそも「奴隷」に「考える力」は必要か。スキル向上には役立っても現場で要るのはスキル自体で、そんな力は熟練した後お払い箱になるのでは。或いは仕事が高速化・効率化するほど、人材削減の指標ともなり得る。機械的交替で人材流動性が高まるのは非正規雇用の拡大時によく聞かれた論法で、中には正規教員の給与一人分で非正規教員が三人雇えるとの話もあった。また田舎の方が都会より給与も生活費も安く済むと信じられている節もあり、どうやら旺盛な不況はそこそこ「魅力的」らしい。このところ田舎の教委が都会の教員を引き抜き始めたそうな。
     …かと云って博識でも困る(オーバードクターなど)。専門知識が偏り過ぎて居る。幅広い知識で多様な教科・科目を指導できる人材ほど「潰しの効く」ものはない。質が量の安定性を攪乱しては困るのだろう。国語では「筆文字は読めない」という常識を基準とするのに対し、「読めるのが当たり前」の書道は真っ向から衝突する。「読めない人」が圧倒的に多いという量的インパクトを「読める指導」が歪め、学校に波風が立つ。こうした事に配慮できる柔軟な人材(教員)を何人も見てきた。結果、生徒は読めないまま卒業していった(実体験としては、私の同級生の殆どを含む)。だから教員採用でも国語科と芸術科の垣根を越えて、現場では融通が利かせられるのだろう。
     それなりの経緯は踏まえて置かねばなるまい。~信廣友江『占領期小学校習字』(出版芸術社)P.198、オズボーン証言の邦訳に「1946(昭21)年、教科課程改正委員会(日米合同委員会)によって、書くことは芸術よりむしろ手段として強調されるべきと考えられたため、「書道」は現在の教科課程の副次的な位置に格下げされた」とある。ここでも日本は維新以来の近代化を背景に、質と不安と反動の振り子は敗戦を契機としつつ揺れ動いていた。内部崩壊の残滓が記憶と経験を綯い交ぜにしながら日本側では勝手に忖度、自己歪曲/変容を模索してきたらしい。

    (雑記)
     推敲中、玄関先を見たら先日注文の西尾本が届いていた。読み始める前に取り敢えず、これまで書いた分を出して置く。~以下拾遺。前稿冒頭で触れた件、5chを閲覧中こんな記事を見つけた(↓)。
    ●【企業】日本郵便、玄関先に荷物を“置きっ放し”にする実証実験開始・・・不在による再配達を減らす救世主なるか★2
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1543874096/l50
    【2018/12/04 23:33】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続ける~不況の「質」について)
     きたる奴隷の群れは自由に国家を横断し、先進国の「原住民」を不自由な立場に追い込み、再び不自由な出自(ルーツ)へと戻っていく。~ここには生まれながらの奴隷が潜勢するだろう。やってくるから生成し、存在へと転移したから奴隷になる。そうなる契機に、状態となった不況の「質」が関与するのではと疑っている。質に上下はなく(=どうでもよく)平等でありそうな一方、思い起こせば古代支那には「禮別尊卑」の摂理があった。ここでの質は「礼」の内側に閉ざされ(内包)、外には「尊卑」の不平等がある(外延)。閉ざされなければ外に開かれ不平等は拡大するが、ちんまり纏まる質の幅は狭い分だけ集団的となる。或いは文革前/清朝崩壊前の様に職人的技術を高めるかも知れない。そこに外から支配者や奴隷がやってくる。彼らは相対的に従来の「質」を駆逐したりもする。
     土着性は自己保存の装置で、安定的な自己発達を促す母体の様に足元を支えるが発達方向はどう転ぶか分からない。衰えた体にチューブを繋ぐと補給(雇用、原材料etc.)も排泄(解雇、製品化etc.)もどうにかなりそうではあるし、そうした外との関わりに於て奴隷的な流動性は感染症にも似たリスクを抱えるかも知れない。これは「市民」とて同じ事。時には自分が奴隷である事に気付かぬまま、土着性を纏い仲間になろうとする(雇用)。しかし奴隷性に気付く/気付かれると、土着性は村八分の様な仕方で獰猛となったりするが(解雇)必ずしも排他的ではなく、むしろ区画的に振る舞う。これを田舎根性と見なして都会と区別する向きもあろう。しかし都会がまだ己の国際的「奴隷性」に気付いていないとしたら、今でも都会に土着性が残っているのか双方向的意味で疑わしい。
     時には不況が奴隷を育成する。土着性の有無を問わず、低賃金や長時間労働が自己の奴隷性を目覚めさせる。それを従来は穏便(?)な語彙で、例えば「社畜」などと形容して済ませてきた。ここには予め会社/雇用主への土着/帰属意識がある。それを取り除いた途端、剥き出しの奴隷性は殺伐とした敵意に変わる。労働組合の活動にも、それと似た形があるらしい。奴隷が反逆すると恐ろしい。だから原住民の首魁は奴隷のご機嫌取りにあたふたする。のみならず奴隷の家族的な土着意識が信頼できなくなる。外国人材が相手なら尚更そうなっていくだろう。「2014/12/09 00:59」稿では「奴隷による支配」と表現した。これもまたその一相で、原住民と奴隷の間には支配/主従関係の錯誤や顛倒が潜在し、背後には株主などの黒幕も居る。(嘗て民主主義は「下克上」と翻訳されたとか。)
     抑も社会的な奴隷化圧力/潜在的実需は根深い。他人の頭の中は分からないから、専ら行動や品質で評価する。このシステムは原住民それぞれの内輪で成熟し、日本の場合は大学ブランドを品質基準とする採用慣行が常態化してきた。行動面は採用後の仕事次第。その評価は後の成果主義に顕著となるにつれ、新たな奴隷制度を構築するための起爆剤にもなる。より高品質な人材を安く使役するには不況環境が好都合となった面もあるだろう。そこに外国人材が入ると頭の中も品質も分からないから、専ら行動/機械的労働効率でしか評価されなくなる可能性が高い。原住民であれ外国人CEOであれ使役者が質を管理し、労働者は仕事が効率化するにつれ奴隷へと生成していく。
     使役者と労働者の対等/平等な理想(?)に恐怖する使役者は、平等の奴隷となる事に恐怖する。つまり二つの奴隷が生成する。「平等の奴隷」と「自由の奴隷」の双方に差異と恐怖があり、共に恐らく悩ましい。蓋を開ければ平等も自由も「法律の奴隷」…と云えば身も蓋もないが、そこで他国の法律観念が問題になるとすれば、原住民としての自覚/愛国心が「移民的な出自意識と平等に」互いの不安を募らせても不自然ではあるまい。

    (雑記)
     一応ペラペラ捲ってはみたけれど、先に上記の書きかけを仕上げて置かないと心の「読む準備」が出来ないと思った。そろそろ読み始めてもいい頃合いか否か…西尾本。
     以下は書いてる途中で省いたメモ。~「不況の「質」はリスク意識の増大により「向上」し、かつ旺盛となる」「リスク意識次第で「質」は変化する」「結婚はリスク」
     この最後のを展開しようと思ったが、何かが引っ掛かるので中止した。需要が減れば供給も減る。そこに外国人材を供給すれば日本人材の需要は更に減る。経済界のグローバリズムを支える教育界は、戦中期を除けば英語優位の姿勢が伝統と化して久しい。
    【2018/12/15 23:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (短くメモ)
     …前稿では敢えて先進国の「原住民」と書いた。もしインディアンのアメリカが「先進国」だったなら、そこに流入した白人「移民」の群れは何をした事になるのかと。嘗て後進国への流入は植民地化と呼ばれた。ならば今は後進国が先進国を植民地化する時代になったと考える方がよいのでは。すると「奴隷による支配」が「グローバルな下克上」を意味し始める筈。原住民と奴隷は平等で、どちらが支配しても構わない。その象徴的起源がアメリカ「合衆国」に垣間見える。民主主義に食い尽くされるアメリカを観察すると、なにやら中国を理解できそうな気がしてくる自分にウッカリ狼狽してしまう。
     広大な支那は群雄割拠の多民族で、その歴史はアメリカより遙かに長い。そこに古代帝国~漢民族と満蒙の支配交代ノウハウ(?)が絡む上、抑も新興/近代概念としての民主主義はスッポリ抜けていて当然(支那では清代以降?)。にもかかわらず支配層では戦乱含みの下克上が普通だった。この点をどう捉えたらよいのやら。あたら民主主義を中心に脳味噌を廻らせてばかり居ると、却って「無理解の罠」に填り判断を過つかも知れない。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2379
     「日録」で初めて産経「正論」稿を読むのは今回(↑)が二度目。これまでは産経サイトを開くと全文閲読できた。それが「他紙サイトとの差別化」なのだろうと思っていたが、横並びの有料化/会員化に鞍替えした今では古田博司、河合雅司といった方々のも冒頭以外は読めなくなった(もしや舞の海のも?)。~書物は書店に行けば立ち読みできるが、行けなくなったらお手上げ。新聞は抑も立ち読みしない。昔からの惰性的な地元紙購読が精々で、大手紙を読む機会や余裕は殆どなかった。ネットに参入して初めて大手各紙が無料で毎日読める様になった頃は、地元紙の記事検索も容易かつ便利で面白かった。しかしどちらも有料なら、もはや紙とネットを区別する必要がない。
    【2018/12/19 07:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (年末進行~雑感)
     思えば不作の年だったかも知れない。去年は珍しく豊作気味(?)で、楷行草をめぐる草略認知システムを同一線上の微分化と分化に垣間見たり、日本人が「文盲の悦楽」に向かう「進歩的」な起源/動機を幻想のキルヒャーとライプニッツから得られたりした。ところが今年のを一通り読み返すと、どれも学問的には例年同様ピンとこない。目新しい事が書けない。NHK番組で流行りのチコちゃんから「ボーッと見てんじゃねーよ!」と叱られそうではあるが、こちらは相変わらず硯をボーッと見つめて居る。…そう云えば先日(2018.10.5 20:51)こんなのを当該サイト宛に送信した(↓)。
    http://www4.nhk.or.jp/chikochan/
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    >冠省。「なぜ字は読めるのか」を徹底調査願わしう存候。「読めない」方なら脳損傷や失読症の研究あれども「読める」方は皆目不明、就中「漢字と仮名の区別」所謂「くずし字」判読は脳機能研究上如何。三浦謹之助(1900年)は既に活字時代、後の神経文字学も参考にならず困窮三十年と相成候。嘗て師匠に「年なんぼ?」と問われ「三歳」と応えてから二歳を過ぎ今や五歳。糖尿病ゆえ八歳までは生きられぬものと存居候。頓首。
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     「おたより募集」欄の要項に「決まりは、たとえ何才であっても、必ず「5才」と書くことだけです」とあるのに面食らい、訳の分からぬ時制で書いちまった(汗)。それでも何か参考になりそうな知識や契機が得られるなら幸甚なれど…。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2201.html#comment
     同一マテリアル上の微分化と分化が同一性を保ったまま自存するのは、面妖そうで存外そうでもない。その辺が念頭にあったのだろう、「2018/12/23 18:03」稿(↑)では二つの見方が思い浮かんだ。一つは鳩山発言で有名な「日本列島は日本人だけのものではない」。一つは延長上の「沖縄は琉球人だけのものではない」。それぞれ含意する地域の属性を拡張(?)する見方…ではあるにしても意識の方向は違う。前者を論外とするのは民族性に於て納得できるものの、後者を微分的に扱うと却って「向き」が分からなくなってくる。
    【2018/12/26 22:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (年末年始の備忘録)
    ●【明治150年】第5部 地方(2)捕鯨文化守る太地 移民先の迫害が生んだ「寛容」
    https://www.sankei.com/life/news/181228/lif1812280006-n1.html

     …例の大震災があった。すると地震学者が昔の地震記録=古文書に注目した。読めなければ話にならない。~その前の世紀末、あたしゃ取り敢えず生徒全員が昔の平仮名を読める様にした。西尾幹二『教育と自由』(新潮選書)を読む前からだった。読後は著者名が記憶に残らなかったし(内容優先)、その後「つくる会」が生まれたのも知らなかった。暫くすると学校を馘になり、やがて今世紀になった。
     初めて「つくる会」を知ったのはネット参入直後で初の教科書採択時。掲示板を覗くとすぐに政治臭が極端そうに見えてきた。ただし同時に覚えた好感とは別の話。自前の書道ネタで文化面から掘り下げようとしたのは田中英道会長(芸術畑)の頃で、地道に研究考察していれば何か役立つ事もあるだろうと書き続けてきた。それから二、三年ほどしてからだろうか、此処を居場所とするのを容認して下さったセレブ奥様には感謝して居る(もちろん蘭様にも→天バカ板)。
     政治面や歴史面であれ文化面であれ、包括的に支える支柱が件の著者だったのは興味深い。実際それだけの説得力や予見性が感じられた。当初の「日録」は北欧旅行の話から始まり、やがて美術のも出てきた(書道は一度も出てこないw)。

    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2382
     先般「結婚はリスク」と書いて直感的に躊躇した(「2018/12/15 23:56」稿末)。年末なのに物騒な発想が浮かぶのは苹の悪い癖らしい。…「人材」が人間という商材ならば課税対象でもおかしくない。所謂「人頭税」の復活で、住民税の類を包括的な「生存税」概念へと組み換えれば新生児にも課税され「出産はリスク」=負債と化す。これなら少なくとも外国人の人口増加は抑制できそうだ。しかも日本人と平等に。
     念のためwikiを見ると「他の税制と比べて市場の機能を歪めることが最も少なく、その点においては理想的」「義務的な社会保険などは実質的な人頭税ではないかとの議論がある」と書いてあるのが面白い。また「特定の民族を排斥する意図で導入されることもあり、19世紀後半のカナダでは増加した中国系の排斥を目的に人頭税を課した事例がある」「国民年金の保険料が実質的に人頭税になっているという批判がある」とも。

    https://www.youtube.com/watch?v=TUatfMtpuiQ&list=PLmCLUrrx_kSf3RsufFBc_L1f0I9kkqlCu
     年末年始はバッハのトリオソナタにて(低音重視ならヘッドホン推奨↑)。演奏はアラン二度目の全集。国内盤(R30E-501~17)解説書P.197に使用オルガン「SCHWENKEDEL 1971(35 jeux)」とある。以下はP.47の記述。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 青年期の作品とヴァイマール初期のものには、北ドイツの巨匠の精神をもって、フランスのオルガン製作家シュヴェンケーデルによって作られたサン・ドナ(ドローム、フランス)のオルガンを用いた。音響構成は、ミュールハウゼンの楽器から着想をえ、ミクスチュアはカペルのオルガンのミクスチュアのコピーである。このオルガンは、ヴェルクマイスターⅢに調律されている。私は又、マルクッセン(O.ウーソレン)によって修復され、タルティーニによる調律法で調律されているアウグステンボルク(デンマーク)の古いオルガンも、この時期の作品のために用いた。
    --------------------------------------------------------------------------------
     年が明けたら謹賀新年。
    【2018/12/31 18:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    ここがすこしでも苹@泥酔さんの備忘録となって
    お役にたてると嬉しいです。

    身体を大切にして、もっと先まで長生きしてくださいね。
    【2019/01/03 20:59】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (新年回想)
     取り敢えず、こちら(↓)での話題を種に別の角度から。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2206.html
    >ろくに働いていない若者
     本人が「懸命に働いているつもり」でも他人には「働いている様に見えない」場合、ちと面倒な事になったりして。例えば相手/上司は効率的な「手抜き」(?)を覚えて欲しいのに、真面目に仕事をすると結局「つもり」にしかならない。或いは相手がそれを仕事と認識しない。「西尾幹二という男は文章ばかり書いて仕事をしない」等々、互いの判断や目安が完全に食い違う。対象が若者なら尚更そうなりがちで、年長者や有力者の方が一般には正しく見える。何が正しいか「考える力」自体に年功序列システムが機能してしまい、それが理屈を並べただけの口答えと映る。
     これが学校の場合だと、露骨に云えば英語の年長教員が自分の非専門的印象に依拠して書道の若手教員を「客観的に」(一見グローバルに?)評価したりする。すると専門知識の勉強が総て裏目に出る。そうでなくとも本人は教材研究で手一杯、相手の暗示的要求を忖度する余裕がない。ここでも重ねて「考える力」のマイナス効果が際立ち、「ゆとり世代はこれだから」云々との否定的評価が紛れ込んだりする。営業職が研究職を評価するのと大差なく、しかも双方に畑違いの知識と経験があるから判断理由は一筋縄でいかない。
     これを一般化しようとすると、今度は社会の常識や趨勢が無視できなくなってくる。高学歴は時に研究者の卵を意味する。その経験が社会には邪魔となったりする。ならば初めから中卒や高卒を採用し、自前の仕方で若いうちから育てればよい。ところが学校に丸投げすると、「大学は役立つ事を教えない」と言わんばかりに教育のなすり合いが起こる。大学側では何を教えたらよいのか分からなくなる。バブル崩壊後は大学院重点化で、ますます高学歴の無職が増えた。受け皿となる就職口がなかった。
     そうこうするうち大学のレジャーランド化は騒がれ続け、やがてオウムなどの犯罪を経て、高学歴を胡散臭く思う心証が増していった気がする。理系は危険で文系は無駄、学歴ブランドが今や無意味(?)な世間体を彩る一方、中身の重要性はどうでもよいかの様な。そこを平成中期以降の「ゆとり」ショックが襲い、テレビでは予備校CMの「今でしょ」先生がブームになった。氏の様な豊富な知識を蓄えるには努力や資金/学費が要る。前者は個人/生徒の側でどうにかなりそうだが、後者となると限界がある。バブル時代は多くの書物が景気よく出回り有難かった。
     環境や時代が人生を左右するにしろ、私の場合は好環境に便乗できた点で幸運だった。尤も仕事のレベルに達しているかは別問題で、そちらはどうだか分からない。しかし幸運と不運に区別の基準はないのかも。もしクオリティを高める事でリアリティとの「競争」を完遂できるなら、それ自体「犬も食わない」他者の判断がどうあろうと幸運と不運の認識自体を超越し、片や満足と不満は恣意的な偏りがリアリティへと過剰に反映されがちとなるだろう。両者の関連は無視できまい。
     幸運でも不満足。不運でも満足。それらを経済的に診断すれば通常では考えにくい状態と映るかも知れない。中でも不運かつ不満足なケースは両極端。不運にもかかわらず満足な状態を突き抜けた結果、不満足の境地に至るという意欲的満足があり得る。高学歴にありがちな精神病理か、食事にも事欠く始末なのに頭の中は数学で一杯となっている様な。すると困った事になる。本人は仕事のつもりでも経済的な見返りはなく、それが専ら経済的指標により審判される。
     怠け者の印象に引きずられ、無職の知識人にも就職=転職への社会的圧力が加わる。若手のみならず定年学者の人材流動性が問われたら、彼らは学者以外の何に「転職=再就職すればよい」のやら。…本を書かない西尾幹二が想像できない。そうでなくても大学(本来の仕事?)の定年退官後ずっと「無職」なのに、その前から仕事をほっぽり出して本を書く怠け者だった(様に見えたかも?)。…こちら田舎の学校社会では兼業禁止ゆえ、こうした手合いは給料泥棒と呼ばれ犯罪者同然の印象となったりした。
    (註釈…書道教員の場合は昔から家業として書塾を営む人が少なくなかった。それが高学歴化して教員免許を取るのだが、近所との因縁で家業をやめる訳にはいかない。そこで(なのか?)教員採用試験を事実上廃止、民間の塾の先生を臨時採用する形が望ましくなる。教員免許があれば好都合。しかも正規採用する必要がない。)
    【2019/01/09 06:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    書道教室だけじゃぁ食べていけませんよね。

    うまく言えないけれど、
    書道の「上手さ?」は客観的なものなのでしょう?

    【2019/01/10 21:24】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >書道の「上手さ?」は客観的なものなのでしょう?
     抑も私は客観という言葉と、その意味とを両方とも疑っています。客観的となるためには先ず歴史的な環境条件を踏まえる必要があり、そうでない客観はただの流行でしかなくなる。幕末明治以前の「上手さ」は「読みやすさ」と同義でした。それが後に「達筆で読めない」となった。ならば客観は歴史性/現代性とどう関わった挙句「変質した」のか。客観そのものに恒常性や普遍性は認められない。だから客観は自ずと歴史や文化を排斥できる様になる。客観は民主的であるがゆえに、法律をも凌駕できるのかも知れない。その結果、客観は主体性を法律の側に丸投げ/委譲する~それが「法律の奴隷」となった主体性、すなわち客観という事になる。
     昔の漢学塾は今の「学校」に相当し、それと並行する書塾~「書道教室」は進学塾/学習塾と概ね同義でした。つまり総じて劇的にレベル低下した訳で、その主因が百五十年前の洋学導入。今の中学でやる古文・漢文は「客観的に見れば」昔の幼少教育レベルで、明治初期は小学二年くらいの学齢で教わった教材例がこんな具合(↓)でした。
    https://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_718.html
     今の習字レベルで昔の書塾をイメージする人はどれくらい居るのやら。習字は国語と同一でした。両者が分離/崩壊し始めたのは開国前後からで、教育システム上で確定したのは1900年以降。それでも「上手さ」の基準は国定教科書時代それなりに維持され、レベル低下やイメージ(客観)の変質は緩慢でした。客観性を維持するのは緩慢な歴史性で、それが短縮されるほど「客観」という言葉自体も時代に合わせて消尽/変質していく。

    >書道教室だけじゃぁ食べていけませんよね。
     …ふと思い出した。昔の同僚教員に何人か住職の系譜が居ました。宗教方面も今は難しくなりつつある模様。書道方面で有名なのは幾つかあって、柳田家なら正齋(1797~1888)泰麓(1862~1932)泰雲(1902~1990)泰山(1950~)。さすがに四代続く例は珍しいけれど、しかし二代目なら今でも山ほど居る。昭和五十年代までは何処の田舎でも充分に食べていけた。書道教員については文検や代用教員の頃まで遡ると相応の制度的耐久性(?)はギリギリ持続していたから、「最も文化的な」東京都の戦後一貫した教員採用試験不実施方針(記事画像後半参照↓)が却って文化的土壌への信頼と甘えを同時に表徴し続けているかの様にも思えてくる。
    https://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
    【2019/01/11 20:52】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (壮絶な色気…)
     あっしの色彩感覚はどうも作品向きではないらしい。なるべく普通に配色のメリハリを試すと却ってドギツイ感じになってしまう。…あれは昭和末期の東京・鳩居堂だったか、青森の鎌田雨溪(読売評議員)個展での話。褒め言葉のつもりで素直に「エグイですねぇ」と言ったら、本人なにやらムッとしていた様に見えた。先生のは色の抉り具合が美しいが、苹の場合は普通のメリハリ自体が苦手なのかも。より自然に落ち着ける配色だと、今度は表装に作品が埋もれ溶け込む。もし苹に女性の着物でも選ばせようものなら、多分どちらに転ぼうと悲惨な結果になるだろう。
     嘗てVHSビデオ「かなのレッスン」(二玄社)を買えば抽選で村上翠亭(筑波大教授)の色紙が当たるとの事で応募した。届いたのが勿体なくて長らく秘蔵していたところ、死亡記事(2018.9.1)を見て初めて飾る気になり色紙掛の軸を買った。店の人が出してきた柄はメリハリがあり作品が映える。しかし苹にはきつく見える。選んだのは結局、作品が壁の中に埋もれる配色となった。人に見せるならメリハリは大事なのだろうが、掛けて見るのは私だから仕方がない。こんな感覚だと書家には到底なれそうもない。
     教職時代、既に薄々そう感じていた。読売展で秀逸を貰った時も正直さほど嬉しくなかった(何故あんな気に食わない出来映えのが?)。それより教材研究にますます没頭しつつあり、遂には社中展にも出さなくなった。その少し前は学校に教職員の書展(心聲會書作展)出品案内が来て、「書家でないから作品は書かない」と返事を出した事がある。何でも書ける様になろうとする努力は何も書けなくなる恐怖と裏腹で、多様な書風展開が古典に集約されると自分を保つのは難しい。自分の書が自分の書風と云えるのか分からなくなるからだ。授業での示範は教師自身にとって毒となり得る。
     或いは器質的な疑い/影響もあるだろう。初め若くピチピチしていたのが、だんだん加齢でくたびれてくる。耳が遠く…とまでは行かずとも、早晩モスキート音が聞こえなくなるとやら。また高校時代「黄山松煙」(唐墨)で色紙に淡墨で書いた時は青みが目に痛く顔料混入を疑ったのに、なぜか数十年後は自然な色に見えた。紙が黄ばんだ様には見えない(暗所に保存)。たぶん目の方が黄ばんで「自然に見えた」のだろう。こうした事は未成年の頃から意識して置かないと、時間感覚が緩慢に麻痺して分からなくなる。その上ますます自分の眼力を信じて頑固になる(苦笑)。
     若さには壮絶な色気が隠れている。それを失うプロセスが緩慢なまま時間の跳躍(逆行)を急ぎ過ぎると、古典の途轍もない色気の方が本筋と思えてくる。色気は今ありのまま生きて居るのに、いつしか時代性に隠れた「死人の色気」とは別物である事を忘れ、やがて同化を欲望する様になる模様。むしろ死人と比較するから、加齢に伴い過去となりゆく「今」の痕跡が徐々に壮絶と「なる」のかも知れない。真面目に勉強すれば自然そうなる筈とは思って居るが実際どうだろうか。死人も昔は若かった。ただ時代が違った。そこに若さの色気がそれぞれ宿り、片や時代は同化を拒む。
    https://www.youtube.com/watch?v=32sEP0LPVj0
    【2019/01/21 21:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿追記~硯の色)
     昨年来ボーッと硯を見つめて居るが、名品の写真が載っている『墨』シリーズ(芸術新聞社)など硯の本も読み返すと持ち主の顔ぶれが面白い。政治家では綿貫民輔(元国土庁長官)の北斗七星硯が凄い。端渓の殆どは紫色だが、中には写真の色合いが茶色のもある。大岡信が加藤楸邨から貰ったのとか、稲生平八(森永製菓相談役)のとか。紀暁嵐の銘がある細川護貞(永青文庫顧問)のも紫よりは茶色に近く見える。~以上は1987年の『別冊墨7号 文房四宝』に掲載してある。綿貫氏の場合、まさか「神社だけでは食べていけない」から政治家になった訳ではあるまい。
     青森に帰る前の話。いつもの様に大学近辺の店に寄ると、業者(?)が店の人に硯を売り付けていた。ちらりと覗いたら一目で「格が違う」と分かる。案の定、古硯だった。それまで見てきた品は硯面にベタッと蝋印が捺してあるのばかりだし(磨る時アレどうやって剥がすんだろう?)、値も張ったから眼中になかった。しかし今度のは硯面でなく硯匣~蓋に蝋印がある。ムラムラと欲しくなってきた。横から失礼、売ってくれ。すると業者は「六十万だけど、四十万にしてあげる」と言った。無謀な大学生は即決し、分不相応な借金を抱えた。…そして後になって気付いた。よく考えると、どこの硯石か分からない。
    ●「中国文物局の蝋印入り骨董品」と「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」について~第一弾!
    https://www.kumaneko-antique.com/10877/
     まだ店が値札を付ける前だった。あの値段なら端渓だろうが、紫でなく茶色なのは反則(?)だ。茶色の端渓なんてあるのだろうか。しかし目の前にあるのだから仕方がない。本を見て勉強したくなる。1992年の『墨スペシャル11 文房四宝のすべて』にある端渓水巌紫瓊巌硯の写真も茶色に見えた。また同P.105にはこう書いてある(山南啓二)。
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    >さらに一歩進んで安価なものの中から水巌を見つけ出すこつとして、第一に蠅頭斑とでもいうのでしょうか、ちょうど茶色のクレヨンが埋めこまれた様になっているものが硯面に出ているものを見つけ出すこと。これは石に混り気があると嫌われがちなため安い値段がついているものです。そして水巌の分類に入っていない場合が多いのです。
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     クレヨンのイメージは稲生蔵硯に近い。しかし苹のはそれと似た明るめの茶色が斑状でなく線状で、かつ金線の細いイメージとも異なる。取り敢えず宋坑を疑ってみるも鋒鋩は桁違いに稠密で、後に生徒の観賞用に買った新老坑(使ってみた方)よりは上かと思われる。サイズは214×144、厚さは…と測ろうとしたら昨秋に出した時と違い硯匣が縮んでいた。このまま取り出せなくなったらどうしよう(泣)。門字硯で硯背は覆手。無銘。
    【2019/01/24 06:48】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (短く余談)
     それなりに勉強してきたつもりだが、そこに欠陥があるのだろう。思い当たる節がある。例えばモーツァルトの全集(ベームとかホグウッドとか)。どの曲が何番か、耳に覚えはあっても言葉にならない。言葉とは分類である。飲み会で交響詩《前奏曲》が話題になった時は困った。教頭はあの曲が好きらしい。しかし私はリストと云えばピアノ中心、超絶技巧のマゼッパから管弦楽へと記憶を辿るのが困難だった。俄には思い出せない。ふと口ずさんだのはハンガリー幻想曲。ここで教頭が不機嫌になった。なんだ、前奏曲も知らないのかといった風情。あっちが先に口ずさんでくれたら助かったのになあ。(全集は13曲+αでCD四枚組)
     記憶は頼りにならない。学校基準では正確さが決め手となるから曖昧では駄目。しかし正確な専門/書道ネタでも駄目で、どうやら半可通の扱いとなるらしい。これには参った。話が通じない。勉強不足なのは認めるが、中学時代から本格的に蓄積してきたつもりの知識/経験/技術で足りないのなら、それは教員失格という事になるだろう。ならば馘になるのも当然で、そこは納得して居る。今は糖尿病で体ボロボロだし、もう二度と教職に就く事はないと観念して居る。先日の通院では、婆様より早く死ぬかもと医者から嚇された。

    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2382
     年末に予告(↑)されていた西尾先生の文春オンライン記事が、あきんど様らしき人の話題から始まった(↓)。記事三回分が一挙公開してある。
    http://bunshun.jp/articles/-/10473
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    >西尾 「国民国家」としての日本をもう一度見直そうという気運が高まっていた時期だった、ということが大きいと思います。自分で言うのも変ですが、あまりにも教科書的な歴史書、「日本は諸外国を後追いする国だった」「古代中国と近代西洋をモデルに仰いだ二義的周辺文明だった」とする日本通史しかなかったことに、人々が飽き飽きしていたこともあるでしょう。『国民の歴史』が一つの社会現象となっていることを実感したのは、それまで歴史に対して関心を持ってこなかった人から私に手紙が届いたときでしょうか。
    >――どんなお手紙だったのでしょう。
    >西尾 その方は病床でこの本を手に取ったそうですが、「全身を揺さぶられるような感動で、これは一体なんだと思い、読み出したらやめられなくなった。自分の人生が問われているように思った。術後に体力を回復した暁には、もう一回この本を読み直して、きちんと理解するんだ」とありました。こんな風に歴史書というより、喝を入れてくれる宗教書のように読む人が多数おられたように思います。その方とは今でも交流を続けています。
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    【2019/01/28 09:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    本当はすごい書を書く、えらい人なんだろうなぁと思っています。
    硯のことでも、ぜんぜんわからない話しだけど、・・・・・

    本当だ、あきんどさんのことが語られていますね。
    【2019/01/28 21:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >本当はすごい書を書く、えらい人なんだろうなぁ
     苹はえらく迷惑なタイプですが、鎌田先生なら若い頃から凄かった様ですよ。でも宮川翠雨の歿後に雨声会の会長を引き受けた遠藤雨山は生前、書風の変化が少ない事に懸念を示して居ました(雨声会の三鼎は遠藤・鎌田・菊池先生)。その遠藤先生は苹が書展や会から全面撤退する時「ケツをまくるのか」と不満気な様子でした。私は会の運営に携わる器でないし、その頃は既に県教委/教育界と文章で対決する覚悟を決めて居ました。しかし三鼎は高校の書道教員、苹が居ると迷惑がかかるに違いない。別れるのにはそれなりの理由がありました。
     だから西尾先生が「つくる会」名誉会長を返上(?)した時も私事の既視感があるせいか、「若い人と話が通じなくなった」との言葉には一種の対決を感得し、また当時新刊の『江戸のダイナミズム』が色眼鏡で見られるのは堪らないとの心情にも素直な共感ができる。これは支持すなわち態度の話でなく、納得すなわち解釈の問題です。そこにはクオリティの自由とリアリティの束縛がある。この相互干渉が自由と不自由を組み換える。しかも束縛は束縛でないくらい自発的=自由で、そこに自由と不自由との「平等」があって境界はない。
     一方、森友騒動の直前はセレブ奥様の稿で初めて塚本幼稚園を知り、苹は或る期待を抱きました。理解以前の話ですが漢字教育の文脈で、千字文の暗記など幕末教育の再評価を夢見たからです。ところが直後ああなってガッカリした…てな具合に進めれば文春オンライン記事の感想めいてくるのかな。インタビュー中にドゥルーズの名前が出て、ともすれば所謂「ニューアカ」と混同した読み方となりそうになるけれど、先にドゥルーズ自身の著作から入れば別の印象となる。左翼的紹介者の出る幕はなく、流行った時も今も浅田本は読んだ事がない。
     あっしの硯ネタは拙速な例かも知れませんが、速やかな決断もしくは覚悟が必要な場合もあるのでしょう。あの機会を逃せば古硯に手を出す事はなかったし、硯坑爆破閉鎖に文物保護法改定、中国人による買い戻しブームなど状況が悪化し続ける今となっては購入不可能。硯や金貨などの値上がりには少なからず中国人が関与して居る(たぶん暴落局面でも似たり寄ったりとなる筈)。相場と実物は連動しているが質は違う。その勉強をしたのが世紀末まで。今世紀は専ら遺言みたいな解釈の日々~とどのつまりは「ゾンビ投稿」状態なのでやんす。
    【2019/01/31 20:20】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    金と硯というお宝・・・・・上手にゲットしましたね。

    中国人が買い戻しているんですか?

    身体を大切に、長生きしてくださいね。
    西尾先生も・・・・・
    【2019/02/01 22:22】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >中国人が買い戻しているんですか?
     取り敢えず、ネットで見つけた記事二題。
    ●なぜメイドインジャパン好きの中国人がメイドインチャイナの骨董を高値で買うのか?
    https://inbound.exblog.jp/19743450/
    ●日本の中国古美術、買い戻し「バブル」
    https://ameblo.jp/norino33/entry-10778061708.html
     所謂「爆買い」の一環か、骨董市場は中国人バイヤーで大賑わいの模様。あちらにしてみれば清末以降の「流出」文物を自国に環流させている上、自分の物にするのでなく転売して資金を稼いでは、また何度も日本に来て次々と買い漁る。それを日本人はリピーターと言い換え無邪気に喜ぶ。いったん国外に出れば転売過程で文物保護法改定以前の輸入品が「持ち出し禁止」の対象となり、二度と日本に来ないのではと心配になる。古書店については早くから西尾先生が指摘して居ました(古地図など)。金の密輸犯罪も目立ち、日本で売れば消費税分が丸儲けとやら。
     田中貴金属は2011年、地金の売買手数料を最大約三倍に引き上げました(ただし500グラム以上にはかからない)。今度はコインの売買システムが変わるとの事。表向きは別の理由ですけれど、消費増税のタイミングでござんす(抄録↓)。
    ●メイプルリーフ金貨、ウィーン金貨ハーモニーの価格改定について(2019年10月実施)
    https://gold.tanaka.co.jp/info/coin/
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    >販売:買取品の再販売を廃止し、造幣局から直接輸入した金貨のみを販売します。販売価格(※2)に上乗せするプレミアムを引き下げます。
    >買取:「プレミアムあり」「プレミアムなし」の2つの価格を廃止して価格を一本化し、金貨の表面状態(キズなど)に関わらず現在の「プレミアムなし」価格に若干上乗せした価格で買取ります(※2)。
    >※2販売及び買取価格には別途消費税が上乗せされます。
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     高値で売れるに越した事はないが、高騰し過ぎて譲渡所得税など色々かかる。
    【2019/02/03 01:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (世紀末の話)
     前々稿で「県教委/教育界と文章で対決」云々と書いた。学校を馘になった1999年はそのまま勤務が続いていた場合、夏の高教研書道部会で研究発表する事になっていた。前年夏の内定直後から構想を練り始め、年明けには大まかな方向が固まりつつあった。さて書くぞ。すると三月末の人事異動で御破算になった。そこで仕方を取り敢えず切り替えた。雑駁な予定では「学校で学校を研究する」方向を内包していた。退職後は学校「で」研究するのでなく、学校「を」研究する方向だけ残る形となった。それが年末ギリギリ脱稿の県教委宛直訴書簡と翌年の註釈作成に繋がった。本文は短いが、A4サイズにびっしり詰め込みレイアウトしたら91頁になった(註の数は362)。
     その翌年(2001)にプロバイダ契約してネット参入したところ、のっけから大失敗した。上記のをメール送信したら量が多過ぎた模様(もう少し圧縮して70頁くらいにしたのかな?…うろ覚え)。兵庫教育大学の書道研究室サイトが壊れたらしい。当時の教授は「書道美術新聞」に連載していたので、そこで名前を知った。謝罪メールを送信したけど「ネットから出て行け」とまで言われたらカチンとくる。あの大学サイトには二度と近付くまいと決め、以後それっきり。

     あれから二十年。研究発表の草稿は1999.2.15時点の記録だと以下の通り。
    --------------------------------------------------------------------------------
    仮名読解指導におけるシステム化の試み

    0 導言
     歴史的書記様式としての仮名文化は、書字機能の多くを毛筆の性能に依存している。そこには太細の変化や墨量の影響が先ず前提となると同時に、これらとの相互依存関係により、点画の痕跡が保存される。また、和歌における掛詞の様な意味内容の重複に至っては、表意文字体系としての漢字を表音文字体系に翻訳したところから生ずる錯誤環境の再利用が見られ、逆転の発想を展開した文学上の技巧が確立されている。
     ところが現在は、成熟した書記文化としての仮名文を恣意的に客体化する傾向が顕著であり、大抵の日本人にとって、旧来の書記様式は「読めない」日本語と認識されている。その要因には、凡そ以下の諸要素が挙げられよう。
     ・硬筆書記の日常化による副次的情報量の激減
     ・文字造形自体が抱える歴史的実用的背景の知的喪失
     ・楷書と活字体の混同と、筆順の崩壊
     ・毛筆書の芸術化、ならびに芸術の社会的隔離
     ・日本語書記における意識・位置関係の変化(文章の偏重、→文字の相対的疎外等)
     これらの要素は複合的に作用し、幼時教育段階から社会生活の節々に至るまで、環境の日常性を形成している。と同時に、所与の環境は常識感覚の具現化でもあるのだから、我々の帰属する思考様式自体が、実は同時因果の構造に律せられていることになる。
     一般に、過去的属性の否定は文化の発展に比例する。しかし属性の一部は、新たな拡張的属性と過去的属性とを結ぶ架橋の役割を担うことになるため、単に継承されるだけでは済まない。従って、継承される過去的属性の実質は、通時的属性=歴史的基軸システムとしての位相をも含むことになる。また、この通時的性格は現実の機能に及ぶ共時的性格を裏付けており、ソシュールの言語学と共通のシステムに包含されてくる。
     本稿で掲げる主題は、仮名の認知システムを現代の視点から客体化することにより、「既に日本語としての実用性を喪失した」文化としての属性を、比較文化的属性として再構築することを目的とする。

    1 点画投影理論①~シネクドキ概念を基軸とした誘導について
     現在、日本語書記に使用されている書体は、楷書・平仮名・片仮名ならびにアルファベットの活字体を基礎とする。また副次的に、実用書体として行書が用いられることもあるが、これは正式書体ではない。また、一部の特殊な人々の間で草書が使われることもあるが、私的な関係に限られるため、殆ど社会的機能を果たさない。商業美術的な扱いとしては、隷書が用いられることもある。
     中でも楷書活字体は、漢字書記の規範として最も重要であり、「しんにょう」等を例外として、多くは常用漢字表にある新字体を用いる。ここでは伝統的な書写体を捨象して考えるべきであり、教科書体活字の規範に従属しない漢字については、専ら明朝体が正式な造形概念となる。また活字においては、漢字と平仮名の差異が造形面でも線質面でも顕著なため、恰も本質的な差異であるかの様に見えてくる。
    【例】
     HG正楷書体   MSゴシック   MS明朝
    天地玄黄いろはイロハ   天地玄黄いろはイロハ   天地玄黄いろはイロハ
     以上の様に、ゴシックを除いた活字体は、概ね漢字と平仮名とで線質を変えている。

    2 点画投影理論②~省略法則の暫定的策定
    3 点画投影理論③~書記様式上の特殊性について
    4 文字造形の恣意的変容について
    5 連綿分解法
    6 読解指導の実践
    7 拾遺
    --------------------------------------------------------------------------------

    (以下2019.2.8追記)
     …年々レベルが落ち続けたのではと、むしろ気分の方が落ち続ける。しかし泥酔すると存外そうでもなく、或いは昔の文体の方が糞真面目に過ぎたかとも。何を研究発表するつもりだったかスッカリ忘れていたのを二十年ぶりに読み返すと、計画通りに書き終えられたか怪しく感じられてくる。しかしどれもネット上では一通り出した/新たに書き下ろしたので未練はない。纏まりはなくとも、どうにかなるのを発見できてよかった。なにしろ締切がない。仕事でないから仕事になる(?)が、もちろん内容は伴わなければならない。尤も最後まで残るのは、内容に対する自己検証/懐疑/嫌悪の誘惑…ではある。
     論文調の文体でないと苦手で、普通の日常会話が成り立たない。いっそ分かりやすく「徹底して無意味な事しか喋らない」方針にすれば専門的な話題とならずに済む。授業/研究しか興味がないため人間関係は構築しなかった。時には意地悪に、或る女学生が親しげにするので「俺とお前の仲じゃないか」と言った事もある。明らかに誤解されそうな言い回しだが、「教師と生徒の立場」は冷厳でありたい。生徒は黙って距離を置いた。また別の生徒は授業中なのに職員室に行き、或る女性教員に「苹が好き」との内容を喋り尽くした。言いたいだけ言ったら疲れて教室に戻って行った。この生徒には困った。苹の前で目をつむり唇を向けてきた。
     若いだけで人気の出る事がある(特に教育実習生は)。優秀な男子学生は質問をぶつけてきたりする。生徒が教師に口頭試問する類は「わたしの昭和史」の西尾少年にも心当たりがあるらしい。~或る音楽か美術の選択生は書道室の前を通り教室に戻る時、漫画「ギャラリーフェイク」の話を向けてきた。そこで「単行本13巻の「メトロポリタンの一夜」はいい話だな」と返したら意外そうな顔をしていた。音・美・書は同時授業で、音楽の自習監督を任されたりする。自習課題に偶々ベートーヴェン《運命》が出てきた時「交響曲第5番ハ短調作品67だな」と云ったら、或る生徒は即座に教科書を開き確認していた。
     語ろうと思えば幾らでも語れる筈だが、質を度外視すれば多過ぎて却って語れなくなる。先ず話の質を吟味してからでないと支離滅裂になる。だから酔っ払うと黙るし、抑も喋り疲れるのは嫌だ。そうこうするうち表情の変化も面倒臭くなった。今世紀に入って暫くすると、少し笑っただけで顎や頬が攣って痛い。そうした意味では能面に親近感を持つが、今や体も動きにくくなるにつれ演者(シテとかワキとか)のスタミナには驚かされる。所作に苦労するのは歌舞伎ばかりでない。因みに鈴木翠軒は歌舞伎が好きで、「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」(国立劇場蔵)を書いた。中林梧竹は能が好きだった模様。
    【2019/02/06 20:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前補記~ネット廃人の自己疑惑)
     二十年前「継承される過去的属性の実質は、通時的属性=歴史的基軸システムとしての位相をも含む」「通時的性格は現実の機能に及ぶ共時的性格を裏付け」云々と書いた。今は文春オンラインのを見ると、西尾先生は「「過去」と「歴史」を一緒に考えるのは根本的な間違い」「客観と客観を並べるだけではやはりダメ」と述べる。同じ二十年前の時点で何か似通った所がありそうな。西尾先生に惹かれたのは必然だったのかも。私は専ら書道の側から考えた。出所の違いが面白い。哲学方面でもニーチェには興味がなく、ドゥルーズ『差異と反復』という書名に何かヒントがありそうと思ったが手に負えなかった。『千のプラトー』辺りから少し落ち着き始めた。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7812046
     様々な書物にヒントを探した。それらが直訴書簡の註に盛り込んである。具体例は天バカ板「【再掲】「恥を忍んで」04」稿中の「7623 恥を忍んで(其二) 苹@泥酔 2009/08/23 04:16」稿などに抄録(↑)。読み返すと異様な執念のこもった註ばかり、私は多分どうかしていた。なにせ書簡本文からして狂っているのだから仕方なく、執拗な記述が延々と続く。頭のおかしい人が「手紙」を書くと「ああなる」。今も当時と似たり寄ったりかも知れない。相変わらず書道に呪縛されて居る様に、一生の間に出来る事は限られているらしい。ここに書いている事とて十年前の上掲稿群を焼き直した感なきにしもあらず。現場のリアリティは二十年後ともなれば忘却の彼方となる。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8167284
     ところで…前稿で確認した91頁のファイル(2001.7.23保存)では註が362あったのに、同じ天バカ板の「壬辰師走だ、備忘録。(其三)」稿(↑)で転載した支援板の「明晩削除稿(其一)」(07/6/11(月) 23:29)には316とある。どの段階のを見たか、今となってはよく分からない。当時のパソコンでは過去のメール送信記録を閲覧していた。そちらがソースだったかも知れない。だとしたら、後で更に註を追加した事になる。
     以下蛇足。当該箇所の本文と註。
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    > 冒頭で同一の事象に対する正反対の解釈を挙げたのは、あらかじめ倫理的判断の持つ恣意性の影響を免れて置きたかったからです。また恣意性と倫理的判断との共有点は、学校の隠蔽体質や「いじめ」不感症、同一性信仰といった特徴に見られる通り、沈黙の中に整序された透明な自明性を前提するからです。ここでは総てが無垢であり、論理的思考を必要としません。馴致された思考は、もはや論理自体を必要としないからです。~九九の暗記により、足し算や掛け算の論理は自明性の領分に凍結【※362】します。他方、解凍されないまま駆使される論理の殆どは、暗記されたものの遙か先にあります。すると、二つの論理に挟まれたものはやがて潜勢する様になり、時には暗記の底に暗記された過去のものが、一種のプライミング効果と連繋する様になって参ります。サブリミナル効果と連繋した記憶が全く別の機会に引き出され、提示された途端に所与の過程を踏み直す訓練となって自動的に反復されます。
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    >【※362】足し算の省略表記であるかの様に掛け算の書式―数式が学ばれるとき、掛け算は足し算の形に表記し直すことができる。~最初の論理的思考。この順序で一々組み直せば、わざわざ暗記しなくとも生徒は九九を自ら算出できる。にもかかわらず、生徒は九九を暗記する。暗記する理由は計算の効率において自明だが、しかしながらこの効率において省略されるものは、足し算と掛け算との交換法則において成立していた筈の自明性でもある。つまり、ここでの自明性は既に層化している。最初に学んだ足し算から掛け算への思考の流れは効率的自明性に取り込まれる事によって潜勢し、所与の(自明な)思考過程自体は暗記されたものの中に(別の自明性を巻き込みながら)凍結する。2×3=6が直ちに「にさんがろく」となり、「2たす2たす2、と三回繰り返し足して6」の思考を実務において必要としないまま自ら凍結する様に。そして~例えば黒崎政男が『カント『純粋理性批判』入門』(講談社選書メチエ)のプロローグで述べた1+1=2の背後にあるものが、普通は何ら顧慮されないまま見過ごされてしまう様に。従ってこうした事は、いったん暗記されてしまえば充分にそれぞれ最初の凍結を完了したことになる。九九はもはや足し算ではないし、足し算の形で思い出される事もない。必要とされない自明性は思考の必要のない別の自明性となり、それと同じアルゴリズムが次々と新たな自明性を生産し始める。
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    【2019/02/13 20:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (場所の記憶)
     「ナントカ通り」と云えば普通どの場所か分かるらしいが、苹は昔から苦手で地図に頼らざるを得ない。そこでは名/言葉が孤立するため、地図を参照して初めて意味を獲得できる~つまり場所と接続できる様になる。また場所や意味はイメージできるのに言葉が出てこない場合も沢山ある。こうした関係に躓いてばかり居ると「読めるのに書けない」と「書けるのに読めない」が書字の場で生々しく立ち上がり、「読めないのに書ける」と「書けないのに読める」が前後しつつ因果関係は交錯する。
     ふと二十年前の草稿に書いた「同時因果」が気になって調べたら、仏教には因果同時(因果倶時)と因果異時があるとの事。当時は知らなかったのに言葉が先に出た。造語したつもりはないし、自分の言葉に不安を感じるまでは気付かない/調べない。ただイメージが適当な表現を探すうち、着想は知識と別の言葉となって現れる。偶々調べたら既にある語彙だった場合、そこに意味の錯誤への不安が生まれる。自分で考えた後に先人のを知った時、剽窃を疑われるのではと恐怖する。そうして何度も推敲を繰り返す。これが私の差異と反復、ただしドゥルーズの本とは関係がない(実際すぐに投げ出した)。
     不動の場所ならまだしも、場所が動くとなれば事は厄介になる。例えば本。自分で動かすと「動いた」記憶に基づき場所の記憶を更新できるが、他人が動かすと記憶が断絶する。つまり動きと場所は連動する。だから場所の記憶には過敏とならざるを得ない。一方、元の場所に戻すと傍目「どんなに乱雑でも」記憶に影響はないし、動かした時は動かす理由も記憶される。こうした事を繰り返すと部屋がますます乱雑になったりするが、しかしそれが私にとっては整理となる。…或る日「アフォーダンス」という概念に出逢った。予め考えてからでないと、見過ごしてしまって気付かない。
     佐々木正人『アフォーダンス入門』(講談社学術文庫)P.72には、こう書いてある。
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    > 英語の動詞アフォード(afford)は「与える、提供する」などを意味する。ギブソンの造語アフォーダンス(affordance)は、「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」であり、それはぼくらを取り囲んでいるところに潜んでいる意味である。ぼくら動物の行為の「リソース(資源)」になることである。動物の行為はアフォーダンスを利用することで可能になり、アフォーダンスを利用することで進化してきた。
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     こうして造語には意味が付与され、やがて知識として記憶される。それらは変形し別のものに結び付く/生成するが、同じ意味で使われるとは限らない。時に知識は思考の邪魔となる。思考が知識から自由となるには「知らない」か「忘れる」のどちらかが有用だったりする。先に自由と不自由は平等と書いたが、西尾先生の場合は別の表現をする。反復でないがゆえの差異「となる」ものが、差異「として」反復し変奏になる。ドゥルーズなら或いは「リトルネロ」の語を使うかも知れない。
     これらの事が絡み合って、「場所の記憶」と変奏が結び付く。例えば漢字の場合、偏旁の位置関係を左右反対に書くと異体字の扱いとなり同字とは見なされにくい。部首などを本来あるべき場所/位置として「固定的に」記憶するからではないかと疑って居る。ところが歴史的には柔軟で、変奏形態としての草略書体では読みやすい/書きやすい字形が優先する。敢えて場所を組み換える例が少なくない。従って書道では点画群の場所が規範であると同時に指標であり、そこから草略された点画痕跡を導く事になるだろう。しかも楷書が一般的でなく草書変体仮名交じりが普通だった江戸時代は先に草略があって、後から細部の点画を認知した可能性が高かったりする。
     書道中心に何十年も考え続けてきた。哲学でも何にでもヒントは転がっている。もしかしたら学問に境界はなく、境界という「認知の錯誤」があるだけなのかも知れない。

    (余談)
     この記事(↓)を見て、ふと思い出した。後半抄録。
    ●【正木利和の審美眼を磨く】「中国のセザンヌ」は日本で名を上げた
    https://www.sankei.com/life/news/190214/lif1902140023-n1.html
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    > 極めて個人的なことながら、白石の絵を見ると、ほんとうはため息をつきたくなってくるのである。
    > もう20年ほど前に、京都の古美術商で呉昌碩の絵と並んだ白石の絵を見たことがあった。
    > 呉昌碩の絵はシャクナゲで、色彩も豊か、200万円近くした。一方、白石の絵は厨房(ちゅうぼう)にカモがつり下げられた絵で、75万円ほどだった。
    > 「白石なら手に入る」
    > と、思ったが、絵のテーマがいまひとつだったこともあって結局、あきらめたのである。
    > しかし、かの国の経済発展にともない、近ごろではぐんぐんと値上がりしたというではないか。
    > 「その当時とはケタが2つ違いますからねえ」と同館学芸部列品管理室の呉孟晋(くれもとゆき)主任学芸員。
    > 確かに、文化大革命という政治の暴挙によってさまざまな文化財を失ったひとびとが豊かさを手に入れたとき求めるのは自己を確認するための文化財に違いない。
    > ああ、のがしたあのカモはとてつもなく大きかったのだ。
    > もちろん、この日、「あとの祭り」をとぼとぼとした足取りで見て回ったのは、いうまでもない。
    > 斉白石展は、3月17日まで( https://www.kyohaku.go.jp/ )。
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     東京の書道専門店「榮豐齋」(北京の榮寶齋ではない)から昔カタログが送られてきて勉強になった。そこに載っているのと比較すると、正木記者が見たのはかなり買い得な方だったかと思われる。~以下はサイズと画題と参考価格。1989.4出品の呉昌碩は69×35の花卉が138万、166×34.6の山水が165万、174.8×30.4の花卉が180万、斉白石は71.7×31.9の蝦が135万、88×34の花卉が220万した。1992.1出品の呉昌碩は23.5×24.0の茘枝団扇が65万、斉白石は97.6×33.7の葡萄が320万(謝稚柳 跋)、18.5×51.3の花卉扇面が110万。1992.12出品の呉昌碩は133.5×41.0の花卉が280万。

    (2019.2.21追記)
    ●「文化財海外持ち出し審査基準」に関する通知(仮訳) 文物博発(2007)30号
    https://www.cn.emb-japan.go.jp/consular_j/joho070625-3_j.htm
     おまけ動画~「2019/02/06 20:44」稿の《運命》絡み、31:32に皇太子殿下?
    https://www.youtube.com/watch?v=Mua_84uAOG8
    【2019/02/16 05:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (給与と褒美)
     以下は愚痴。~ただ、今回の切り口が何かのヒントにならないかとは思って居る。
     …巷間、いつ頃から給与が出る様になったのだろう。給料、給金、賞与、バイト料、等々。褒美は金銭イメージが希薄で、殿と家臣の関係を連想する。ご褒美は子供っぽく褒賞は名誉のみ。現物支給は倒産後の会社整理を連想するせいか印象は怪しい。ボランティアには給与も褒美もない奴隷労働の現代版を疑う。~そもそも仕事とは何なのか。対価のない仕事はどうなるのか。こちらは仕事のつもりでも、書道を持ち出すと「それは趣味でしょ」と仕事扱いして貰えない。そんな時は「仕事のレベルに達していないのだ」と思う事にして居る。文筆も雇い主の飼うポチ扱いか、「いくら貰ってるの」となるのかも。
     そう考えると変な気分がしてくる。弟子(家臣/領民?)からカネを吸い上げるのが師匠(殿?)の仕事に見えてきたり、文筆業が「書かせて貰っている」のも疑わしくなったり。新聞記者が斉白石の画なら買えそうだと思う…その資金は一体どこから出るのか。愚問は承知、しかし「働かせてやるからカネ払え」(謝礼)とならないのが不思議に思えてくるのもまた不思議ではある。それでも彼らは自分を保ち、書きたいものを書くのだろう。するとポチやイエスマンなら理解できるのに、雇われているのに雇い主に逆らうか怠ける反逆分子/給料泥棒は理解しにくくなるから却って困る。

     世間から働きたい人が消えても方策はあろう。例えば強制労働(搾取)。それを嘗て日本がやったと隣国人は思うらしい。教師/学校が教えて生徒から対価を「搾取」する様に、企業が教えて/働かせて従業員から対価を搾取して何が悪いのか。こう考え始めると素朴に頭がおかしくなるが、ともかく自発的に文を書いたところで対価はない。書展も個展でない場合は作品を売る目的ではないから抵抗も感じない。それどころか題材次第では著作権料を払わねばならなくなる。書家が何百年も前の漢詩や和歌しか書かないのには理由がある。近代詩文/調和体には落とし穴がある。
     昔デパートの中国物産展では日本人店員が印材を売り、支那人がカネを取って刻っていた。一つ頼んでみた。不意に「老師」(ラオシ)と呼びかけたら通じたらしい。「シ」の発音は津軽弁で慣れている。その刻者は宿でじっくり吟味すると印材を持ち帰り、翌日に仕上げてきた。~教員時代に連行された酒場では、支那人女性店員に「画的不好」(うまくかけません)を試した。種は今井凌雪『書を志す人へⅡ』(二玄社)。「関西に書道代表団を迎えて」に「特に潘先生はホワがなまってワーとなり、「ワーダプーハオ、ワーダプーハオ」と言われるのが印象的であった」(P.144)と書いてあった。こちらは通じたかどうか分からない。

     書道で紛らわしいのは、教える側と教わる側の境界が曖昧な点にある。先生が先生から教わると学ぶ側になるけれど、学ぶのは当たり前だから「教える/教わる」意識より「共に学ぶ/游ぶ」意識の方が強かったりする。それが幕末文人の書画会における一般的な景色だが、今ぐんとレベルを下げて「習い事」の範疇で捉えると忽ち「趣味でしょ」となる。片や師匠は高齢イメージが強いのか、定年退職前の教師も論外となりやすい模様。ならば何が仕事となるのやら。書展なら「褒美」が貰えるが、給与は理不尽に見えるかも知れない。むしろ謝礼/月謝の方が相応しい。
     褒美/名誉/受賞歴はクオリティを示し、書展の権威と直結する。日展は入選自体が難しく、複数回の特選を貰えば会友となる。読売展は地方書壇のトップレベルに評議員クラスが異常なほど多く、高齢化も進んで居る。理事から上になると持ち回りで審査員など煩わしい上京仕事があるばかりか出品料は高騰、出費が嵩むものの賞金は出ない。頼みの綱は教員給与か年金か…と書けば傍目にゃ食い扶持が心配になるだろう(苦笑)。仕事とボランティアの境界がない。ただ純粋に学びたい、質を高めたい、教えたい意欲だけが仕事意識を支える。そこで冒頭の発想…となるが、老人の仕事にブラック環境は無理。

     それでも「仕事でなく趣味でしょ」となると流石に辛いものがある。仕事レベルに達するべく朝から晩まで書くのも考えるのもそう見えるなら、大学教官の仕事も趣味と云えるのではないか…カント達が云う方の意味ならともかく。一方、仕事と商売を同一視する向きにも違和感は残る。ただし趣味と仕事が変化して商売が残ったのなら理解できなくもない。他方、遊び/趣味の様に仕事をして商売の収入を貰うタイプを給料泥棒と云うなら、互いの損害が顕在化する前でも根の深さに変わりはあるまい。褒美の感覚が衰退してからそうなってきた気もする。金銭と褒美が結び付かない。褒美にリアリティがない。
     本音と建前の場合どちらかを隠す。正直な本音(?)が露悪的な反省に見えると、若き日の西尾先生は嫌がったとか。時に本音は冗談の様に語られ建前は綺麗事と映る。仕事も本気の方がピュアに過ぎると嘘っぽく始末が悪い。さりとて環境の変化に追い詰められると、やむなく世間のニーズに合わせて歪曲する様になったりもする。昭和の頃は「歌って踊れる書道家」が冗談で済んだが今はそうでなくなった。尤も美術教育は当時から「自由に描け」だった。音楽教員からは教員時代、「専門家にする訳じゃないのだから」と諭された。こうして教員は、教養教育と受験教育の乖離や混同に右往左往する。
    【2019/02/27 21:10】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    書道はやっぱり中国なんですねぇ。

    いっそ中国に行ったらすっごく評価されるのではありませんか?
    【2019/02/28 22:25】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >いっそ中国に行ったらすっごく評価
     ないないw…肌合いが違って戸惑う。こちらは日本化の歴史を踏まえているから感覚の差異があるし、あちらには仮名が游絲連綿の亜流に見えるかも知れない。抑も苹には支那の方が日本より何十倍も保守的に見えます。~それより関心があるのは石高基準の幕末期以降。年二回の御礼が明治になって月謝化した件は高田竹山ネタ(「2015/01/04 02:44」稿↓)で引用しましたが、給与化はそれよりずっと後かと。ならば褒美はどうなったのか。どれも日本の話で、支那とは関係ない筈です。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment

    (以下、承前追記)
     前稿で「仕事のレベルに達していない」と書いた。退職後の今は質的方面ばかり注力して居るが、量的基準では「仕事が遅い」を含意する。これが在職時からの懸案で、質を脅かす要因にもなってきた。チームワークの観点では足並みを揃えた「現場の常識」が仕事のレベルを審判する。多様性は無理解の坩堝で、そこに準拠しないと仕事扱いにならない。こちらの場合は最初の釦の掛け違いか、「考える書道」(書道哲学)を目指したら従来の「書かせる書道」と水面下で衝突したらしい。教職に就いた当初から覚悟の上なので悔いはなかった。教員採用試験実施の見込みがないのなら、せめて在職中は思う存分やりたい…で、その通り実行した。
     それを退職後も引き続き練り上げようとすれば、もう実作(作品制作)の余裕はない。存命中に何処まで行けるか分からぬが、「やはり間に合わなかった」となる可能性は極めて高い。仕事で収入が得られるなら少しは延命できるかも知れない。しかしどのみち末期患者の医療措置と大差ない気もする。この観点は二年半前の入院まで気付かなかった。仕事が速いか遅いかは時間感覚の設定次第なのだろう。短くなり過ぎても困るが、仕事は短時間で片付ける方が望ましいらしい。人と同じく仕事もやがて終わりの時を迎える。なぜ先人は短命の時代でも仕事を遺せたのか謎だ。ただ、こうした営為には壮絶な色気がある。
     …西尾先生に話を振ってみよう。見た目は今や老人なのに、精神には相変わらず色気を感じる。それが仕事となり書物に顕現し、しかも多くの買い手/読者が居る。今の時代は収入があるのかないのかブロガーと呼ばれる人々がネットに棲息し、匿名がペンネーム同然だったりする(名刺のない社会)。結局は中身次第なのだろうけれど、それが仕事レベルと云えるかは不明で時代に軋みを感じる。大学教官の仕事は実のところ雑務を指し、研究や教育など二の次ではと頻りに思う。そうでないなら学校で雑務の増え続けた/多忙化した因果関係が説明できない。経験がなくても表向き部活動を指導せねばならぬ様に。
     思えばテレビの時代、様々なドラマが作られた。授業シーンが希薄で人間模様が中心の学校描写。徹底してドジなスチュワーデスやナース。警察に協力し事件を解決する天才教授。組織から煙たがられる刑事やフリーランスの女医。どれも設定のズレが見所となっている。アニメもドラマもバラエティも観察すると興味深く、まるでマスコミが世間を牽引してきたかの様な。大河ドラマでは北条時宗が小泉純一郎と重なって見えた(刷り込まれた?)。日米関係が膠着語の様になってからは、憲法改正が文法改正と同じくらい理不尽な気がして困る。今の国語は教育上1900年以降がベース。古文では別の文法を学ぶ。
     憲法改正のイメージは明治憲法復活に近かったり、ピンポイントの現代化/最適化だったりする。前者は時代錯誤で後者と正反対だが、それにしては本が昨今そこそこ売れている模様。明治以前の古文とは別物、幕末まで遡っても仕方がない。となると起点は明治維新以降~褒美の廃れた時代になるのだろう。古文は活字に変換され、書字(草略ベース)の出る幕はない。これらの背景を考える。昔の人はどう書いたか、読める立場から捉え直す。そうした視点自体が元々、仕事レベルでないのかも。遅々として進まない上チームワークは論外で、経済に必要な仕事の要素とは恐らく完全にズレて居る。
     学問や教育を経済的基準で判断すると、現実と未来に対する貪欲さを盥回しする事になろう。一種のチームワーク(新時代のグローバル全体主義?)で皆が一丸となり、専門・非専門を問わず合理的に綜合=取捨選択する。そうした中に「共有されなくなった」専門性が埋もれ、真偽を問わぬまま消えていく。歴史や伝統も商材となってニーズに巻き込まれる。その点、仕事に役立たなく「された」漢字が韓国で淘汰されたケースは実に興味深い。日本なら役立たなく「なる/なった」ものが淘汰されていくのだろう。大震災の前は書字/古文書がそれに近かった。
    https://www.fujitv.co.jp/unb/contents/180705_1.html
     青森時間の2019.3.3昼、TBS系ATVにフジ系の「アンビリバボー」が流れていた(↑)。題材は高齢者看護の爪剥ぎ冤罪事件。爪ケアを虐待とする「常識側」すなわち検察側の解釈が気になった。書道と似通った面を感じたからである。常識と無理解には親和性がある。爪のは無知、書道は忘却が原因なのだろう。私は退職後の約二十年、ずっとネットで書道専門「思い出せ」と言い続けてきた気がする。気がして気になり気が散って、挙句の果てがこれだ。
    【2019/03/03 15:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (これは余談か戯れ言か~短く承前追憶)
     ふと、wikiに船橋市西図書館蔵書破棄事件とある裁判沙汰を思い出す。2003年の「日録」には西尾先生の陳述書や判決文などが載っているけれど、ジオシティーズのサービス終了に伴い引っ越し予定の筈なのでリンクはしない。…この年末はヤフーのブログも終了との事、あちこち忙しくなりそうだ。(これは見なくていい↓…CMキャラに採用すればインパクト抜群?)
    https://www.youtube.com/watch?v=zAk6T3zAJgc
     …話が逸れた。↑に関するwikiの記述には苹との共通点が執拗に感じられ、報道当時を思い出すと我が事の様に(?)複雑な気分となる。~「被告の主婦は「(被害者の)女性が何でもわたしのせいにした」などとという便箋70枚にもわたる意見陳述書を読み上げようとしたところ、裁判長に途中で止められた。」(これも見なくていい↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=0vcyIgLvPAo
     あの頃、私は裁判を起こしてみたくなった。もし全国規模で書道教員採用試験の不履行を問うたなら、「つくる会」界隈は新参者の苹を支援してくれるだろうか。当時それなりに若かった。きたる老後の貧困化に備えた貯金をはたいてでも…との衝動に襲われた。しかし弁護士会の無料相談に電話した直後すぐに切って踏み留まった。私に足りないのは言葉だ。司法も言葉の世界だ。ならば先ず、私自身が言葉を鍛えねばなるまい。西尾先生の陳述書を読んだ時そう思った。この事は今まで黙っていたが、あれから十五年後の言葉は傍目どう変わって/見えて居るだろうか。昔ほど執拗な書き方ではない筈だが不安は残る。
     何処で聞いたか、神輿は軽い方がよいとやら。硯は分厚く重い方がよい。保守という態度も硯の様であれば宜しかろうと思う。硯は専ら墨を溌する。そこに筆が潤渇を交える。書けば言葉になっていく。真白き紙は神に奉じられた。~そう云えば1981.7刊の榊莫山『文房四宝 紙の話』(角川書店)は冒頭、「神を招く紙」の話から始まっていた。どう見ても伝統書らしからぬヘンな字ばかりなのに、根底にあるもの(空気?)は日本的で匂いが違う。あの不思議な感覚を思い出すと、日本的なものと保守的なものをいったん分けて考えないと双方が自家中毒を起こす気がしてならない。
    【2019/03/07 05:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録)
     以下は「2019/02/16 05:49」稿で引用した記事の続きだろうか。
    https://www.sankei.com/west/news/190325/wst1903250019-n1.html
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    >【正木利和の審美眼を磨く】中国マネー、文人画の巨匠・鉄斎もターゲットに
    >2019.3.25 15:38|産経WEST
    > 富岡鉄斎(1836~1924年)の絵を、本人の言に従って見るとすれば、当世の人々は苦労をするに違いない。
    > 「わたしの絵を見る前に、まず賛を読んでほしい」
    > それが文人画の巨匠の願いだった。
    > 「賛」というのは文人画の画中に書き入れる詩歌や文章を指す。ところが、鉄斎の書は達筆すぎて、何という字なのかわからないことが往々にしてある。
    > 仮に文字の解読ができたからといって、そこで喜んでいてはいけない。その意味を辿(たど)るのに、また一苦労を要するのである。
    > たとえば、縁あってやってきたこの絵。「乗瓢浮海図」という画題で、孫の益太郎の箱がつく。
    > その賛の「大丈夫之胸中洒々落々」までは読めたのだが、左上の最初の文字は何なのか…。
    > スマートフォンを操りながら、検索をしてみるとどうやら「何有一毫動心哉」のようである。
    > その瞬間、ピンとくるものがあった。
    > かつて求めた「寒山拾得」というふたりの風狂僧を描いた絵の賛に少し似ている。月をあおぐふたりの僧に添えられた賛は、「大丈夫之胸中灑々落々宛如光風霽月何有一毫之動心哉」(立派な男の胸中は、日中の風、雨上がりの月光のようにわだかまりがない。どうして動揺する心を持ち合わせようか)。西郷南洲(隆盛、1828~77年)の遺訓に引かれた、明の王耐軒筆疇の文である。
    > 結局、その中の文を省略して書いたものだとわかった。
    > いやはや、解読には手間がかかる。
    > しかし、こうやって正解にたどりついたとき、その絵はより親しく、味わいのあるものに見えてくるから、不思議なものだ。
    >□    □
    > もう一枚と同じ賛であるということは、絵が呼び合ったのだろうか。いずれにせよ、縁があったということにちがいない。
    > それにしても、こうしたおおらかな絵を見ていると、なんと自分の器のちっぽけなことよ、と気づかされ、つまらないことにこだわらずに生きたいものだ、と思う。もちろん、そんなことはまったくもって無理な話なのだが。
    > まあ、そうした思いを抱かせてくれるだけで、たとえそのとき財布がぺちゃんこになろうとも、絵をもった意味はあると思う。
    > それが鉄斎の絵である。
    > 鉄斎の絵については、評論家、小林秀雄(1902~83年)にまかせるしかあるまい。なんせ、4日間、宝塚の寺にこもってそれを見続けた人である。
    > 《ワカガキだけでも、よく覚えぬが、殆(ほとん)ど二百点近くあったろう。早朝から坐(すわ)り通し、夜はヘトヘトになり、酒を食らって熟睡した。何一つ考えず、四日間ただ見て見て、茫然(ぼうぜん)としていた》(「鉄斎II」より)
    > よくもまあ、飽きずに見たものだと思うが、その集中力が小林らしい。その小林が書く鉄斎絵画の神髄は、以下の通りだ。
    > 《鉄斎のワカガキを沢山(たくさん)見ていると、実のところ、何が何やら解(わか)らなくなる。いろいろな流儀を試みているのだが、企図された筋道という様(よう)なものはてんで辿れない。(中略)気紛(きまぐ)れで、のん気でいて、性根を失わずと言った風なもので、要するに、この将来の大画家は、大器晩成という朦朧(もうろう)たる概念を実演している様なもので、当人も志は画にはないと言っているのだから致し方がない。ところが、画は年とともに立派になって行く。鉄斎という人間が何処からともなく現われて来る》(同)
    > 《そして勝利は八十台になってきた》(「鉄斎I」より)
    > 衰えることなく、年を重ねるごとに冴(さ)える仕事。その意味で、鉄斎は葛飾北斎と並ぶ日本画壇の巨人といってもいい。
    >□    □
    > 「その鉄斎の絵が、近ごろ中国の人に人気が高いようです。先日もいくつか買わはった人がおられました」という話を京都の古美術商から聞いた。
    > いよいよ、きたか。
    > 中国マネーが鉄斎を狙ってくるのは、ある程度、予想できることではあった。
    > かつて、日本では呉昌碩(1844~1927年)や斉白石(1864~1957年)といった清朝末の文人画が中国画の通人たちにもてはやされた。
    > 呉は中国近代を代表する芸術家で、彼の絵、書、篆刻は、いずれも超のつく一級品ばかり。斉もまた同様である。
    > なかでも清代最後の文人といわれる呉は、同じ文人ということもあり鉄斎とは国を越えた友誼で結ばれ、自ら刻んだ印を贈ったりもしている。
    > それゆえ、文化大革命で失われた自分たちのアイデンティティーを求め、市場に出回る文人画を買いあさる中国の人々が、日本の文人画の巨匠である鉄斎に目をつけ、そしてそれをほしがるのも当然といえば当然のことであろう。
    > 呉や斉が日本に買われたきたように、鉄斎が中国に買われてゆく。
    > それはそれで、日中の文化交流の一側面であるに違いない。
    >□    □
    > もちろん、中国・宋代の政治家であり文人でもあった蘇軾(東坡=1031~1137年)に憧れ「東坡同日生」といった印まで作った鉄斎のことだから、仮に生きていたところで自分の作品が中国の人々に買われていくことなどまったく意に介することなどないだろう。
    > しかし、いま日本の市場では文人画が比較的低い相場で取引されている。
    > そこに巨大な中国マネーが入ってくると、グンと値上がりしてしまい、鉄斎もわれわれの手の届かないところに行ってしまうのではないか。
    > それが何より気になっている。
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     中国では戦後、日本輸出用に「鐵齋翁書畫寶墨」(↓)が作られ続けてきた。それだけ鉄斎はあちらでも戦前から有名だった。文革の頃から品質劣化が甚だしくなってきたらしい。新獲の硯(と云っても90年前後か)で磨った事がないためかも知れないが、唐墨はなかなか濃くならないので困った。
    http://chouzan.blog.fc2.com/blog-entry-24.html
     ところで…どこまで踏み込んでよいか不安は残るが、古い話をあらためて蒸し返す。~校長室に呼び出された時の指導。「お前読めるか、読めないだろ。読めないものは教えちゃいけない。」
     またか、とウンザリされても困る。書道の手本レベルなら或る程度は読める。しかしそこから外れると読めなくなる。なにしろ私は大学で古文書学をやった事がないのだから、基礎授業がどんな具合か知らない。もちろん本は幾つか読んだが、私の思い浮かべる書字/読字の基礎については最初に軽く流す程度の記述しか見当たらなかった。書道側からすればピントがずれる。おまけに私は古文書レベルの高校授業をした事がない。仮に校長が書道と古文書学を包括的に捉えていたなら、してもいない授業を難じられる筋合いはない。となると「基礎指導するな」の意味だろうか。休み休み二十年かけて考え続けた。他に正解があるのでは、とは思うが未だ見当が付かない。いい加減に痺れを切らした。
     或いは、言った本人が自分の言葉の意味を分かっていないのかも知れない。そう解釈すると気楽だが、これでは校長を過度に疑う形となるのかも。何かが奥深くに隠れている筈で、やっと一昨年に辿り着いたのが「読めない西洋人への準拠」だった。すぐに直観できそうな馬鹿々々しい話でも、裏付けを探すとなると容易でない。畑違いの人間が他の分野に独学で手を出すとそうなる。却って授業が分からなくなる場合もあるだろう。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2221.html#comment
     今月は別の所で頻繁に書いた。書道ネタに少し触れたのは、こちら(↑)。
    【2019/03/26 22:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     青森の教育現場は県内御三家(青森・弘前・八戸高校)出身者が少なくない。私を捨てた恋人のテロ子も今は高校で教えている筈で、青森高校卒である事は「2018/05/28 05:54」稿で既に書いた(イーッ!)。~捨てられた後、今世紀に入ると米国で大事件が起きた。彼女の誕生日も偶々9.11だった。
    https://www.town.oirase.aomori.jp/site/shougi/oirasesyougirekisi.html
     青森は将棋が盛んで、八戸方面の百石には大山康晴十五世名人の将棋記念館がある(↑)。教員にも将棋を囓ったのが結構いる様で、苹も駒の動かし方くらいなら子供の頃に教わったが定石は知らない。抑も勝負に全く興味がない。それより「何故この駒はこう動くのか」が不思議だった。駒の動きにどの様な効果があり、盤の全体がどう変化するのか…たぶん根っからの基礎指向なのだろう。テロ子と将棋の話をした事はないが、彼女は高校時代にゃ既に麻雀をやっていたとの事で驚いた。苹は麻雀も囲碁もトランプも、凡そ対戦ゲームに類するものとは無縁である。だから「受験に勝ち抜く」という発想もないし、その意味では教育に向いていないのかも知れない。

    (宿題について)
     私は宿題が嫌いだ。だから生徒には夏休みの宿題を出した。私の場合、嫌いな理由は結果を提出しなければならないからだった。あれは単なる「機会」に過ぎない。やってもいいし、やらなくてもいい。やらなければ生徒自身が機会を逃すだけとなる。中には「休みが明けてからレポート課題が出るのでは」と怯える生徒が居たかも知れない…ただの読書課題だったのにねぇ(書道でなく美学の)。銘々が勝手に勉強し、後は自分で考えればよい。そこに期限は要らない。そんなものは興味があれば自分で定めればよい。必要なら何十年かかってもよい。休み中どれだけ読み込んだか、その方がずっと重要で価値がある。
     将棋と絡めてみよう。駒にはそれぞれ定められた動きがあり、動き方は無数にある。動かすと場所が変わる。その効果は他の駒と相互に影響し合い、全体から成る網の目は相手の駒と対応する。それらの記録が棋譜で、音楽で云えば楽譜、書道なら作品。記録/記憶されたリアルな動きは譜や作品に潜勢する。これらを読む事は、動きを想像して初めて再現へと向かう。音符それぞれの対応や、書かれた文字同士の位置関係が全体を構成する。~古代支那では琴棊書画が取り沙汰されてきた。琴は音楽、棊は数理、書は文学、画は絵画。そうした相互関係にわざわざ勝負を持ち込む必要が苹には感じられなかった。
     今は将棋と云えば勝負事のイメージばかりで、どれだけ先を読むかAIとの競争が取り沙汰されている。それ以前の基礎は「専門的に過ぎる」のかも知れない。競技かるた(百人一首)も似たり寄ったり、あれを昔の毛筆~草書変体仮名交じり札でやったら競技自体が恐慌状態に陥るだろう。視点は様々あるのだから、どこから着手しても構わない筈だ。にもかかわらず「基礎指導するな」…よく分からない壁が現実にある。或る意味そこが興味深い。学校を研究したくなる所以の一つである。

    (気が向いたからBGM)
     フランクの交響曲。循環形式の名作。
    https://www.youtube.com/watch?v=-MeQiYLHGWo
    【2019/03/29 05:52】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (しつこく回想)
     考え過ぎると碌な事にならない…という、所謂クドい話が得意(慣れっこ?)なので余計たちが悪い。校長の叱責も宿題も後々ネチネチ考える。考え過ぎるとテスト問題だってヘンになる。傍目にはかなり難しく見えるらしい。確かに苦労して作った。最も大変だったのは易しい問題を難しそうに見せる事で、文章では最も嫌われる手口だそうな。わざと問題の各所に答えやヒントを埋め込み、それを見つければ簡単に解ける。ところが普通のテストでは記憶力が試されるから、その観点では出題ミスだらけに見える。…私にとって、テストとはパズルだ。今ならリテラシーと云う様だが、当時そんな言葉は普及して居なかった。
     約二十年ぶりに書道教員採用試験が実施された2002年、初めて見る問題はどんな具合だろうとノコノコ偵察に出掛けた。苹の出題とよく似ていた(高校に残してきたのを見たかは知らぬ)。ただし出題者が真面目な人らしく、出題ミスのない完璧な仕事だった。つまり何も分かっていない。あの宿題に通ずる肝腎の期待がない。私が目指したのは「考える書道」(書道哲学)で、「読める書を書かせるのではなく、読める人を育てる」だった。あれから十六年を経た去年の偵察は断念したが、今度のはどんな出題だったろうか。もう病人の出る幕ではないし、若い人に任せた方が宜しかろう。こちらは考え事で忙しい。
     あれは「つくる会」山形板だったか、あたしゃ全国規模で教員採用試験の内容調査を提案した。そこに投稿常連の「少欲」様が乗った。すると西尾先生が応援板(?)などで苦言を漏らした。もうじき当時の「日録」が閲覧/確認できる様になるだろう。…大学入試の過去問なら所謂「赤本」があるのになあ。たぶん教員志望者向けのを出しても売れないんだろうナ、とは思ってきた。抑も書道では試験自体が滅多に実施されないし(東京都なんか戦後一貫してるw)、むしろ歴史絡みでない方に問題が山ほどある筈。そこを暴露されると困るのかも、と私は神妙に忖度した。
     教員採用試験は毎年あって当然、と思い込んでいる人が教員にも多いらしい(特に主要教科)。私も「なぜ受験しないのか」と言われてきた。実施されないものを受験するにはどうしたらよいか困った。…考え過ぎると碌な事にならない循環形式。国語科で採用されたら芸術科書道が担当できるのに、そこを深く掘り下げぬうちは納得できそうにない。国語科に書写書道の実技試験がないのは一種の抜け道、そこに有力社中が裏から手を回す余地もあるのでは、等々。幕末以降の書教育史/国語成立史を中学生の頃から研究してきた身には、却って余計な知識が邪魔になる。授業はそこそこ頑張ったつもりなんだけどねぇ。

     関連稿は、例えば天バカ板「【再掲】「俺妹」受難曲12」所収の「7908 俺の妹が書家になりたいわけがない(第7話) 苹@泥酔 2011/01/23 15:28」を参照されたし。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7361138
     最終稿「第10話」は、東日本大震災の前夜(2011/03/10 20:23)に書いた。
    【2019/04/07 08:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    日録過去録よみがえりましたよ。

    長い付き合いですよね~~

    17年前から日録をしているなんて、
    我ながら、感心します。
    【2019/04/07 20:12】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >日録過去録よみがえりましたよ。
     アレ書き始めたのは「令和」絡み、「大きな半紙」という表現が未だに残ってるのを見たのが発端です。それについて書こうとしたら忽ち脱線、ああなった。そろそろかな~と思いながら書いてました。本来こっちのネタ(↓)にするつもりだったのになあ。
    http://www.ytv.co.jp/michiura/time/2009/12/post-84.html
     またぞろ色々と考えた。大きな1kg…重いのと軽いのと…金貨ならオンス…トロイオンスとの違いか?…重い半紙は厚い半紙…と際限なく続いていく。「嗚呼、考え過ぎだ。」~そこからいつもの脱線(?)が始まり、旧稿を再読したら前稿の流れと相成った。…脱線と本線復帰の違いを考えるのは、この際やめとこう…。
     ぐだぐだ書いてるうち、少欲様の件を思い出した。そろそろ読み返したいナァ、と思った。なにしろ感想板が応援板になった時期も忘れちまってたし。そこで早速、復活したゾンビ稿(?)を読み返したら当時こうだった(冒頭抄録↓)のを確認。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > H16/01/26 19:51 No:650 
    >少欲さんへ          西尾幹二
    > 教育的に刷りこまれた自虐の歪みを脱洗脳させるために、主要な大学でつくる会主催の公開講座をできれば無料で開いたらどうか、と少欲さんは仰言います。放送大学でも、NHKの市民講座でもいい。つくる会のシンポジウムよりよほど効果的であろう、とも仰言るのです。
    > また、つくる会主導で教員採用試験の精査を実行すべきである、ともいいます。あぁ、やれればどんなにいいでしょう。
    --------------------------------------------------------------------------------
     ここが記憶に残っていた。提案した事に責任を感じたし、歴史教科書問題を真っ正面から捉えていたのでもない。その背後にある、もっと大きなものを相手取った突破口が欲しかった。でも不純な動機だった気はさらさらない。「つくる会」の限定的な問題意識に共感したからこそ無縁な畑から興味を持ったのであって、その奥底に拡がる闇の土壌まで掘り下げられるのではないかと期待した。現に福田逸理事が国語教科書への参入に言及した時(ボイスリレー)は期待が大きく膨らんだ。…どうあれ苹は苹なりの姿勢を貫くより他はない。その場所とする事を容認してくれたセレブ奥様には、重ねて感謝を申し上げる。
    【2019/04/08 06:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (雑感)
     夢の中で考え事をする。考え事をする夢を見る。この水曜は「思い出せない夢」を見ている最中「なぜ思い出せないのか」を考える夢だった(ややこしい?)。…般若心経、例によって「觀自在」と始めるけれど後が続かない。思い出せない事に夢の中で驚き、こんなにも記憶が衰えてしまったのかと落胆する。気を取り直し、夢の中では長期記憶と思考が繋がりにくくなるのだろうかと考える。ゆっくり目が覚めるにつれ円滑となり、やっと全部が思い出せてホッとしながらゾンビの様にムクリと起きる。(再掲↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=HJnDoKOjKLE
     夢の中では勘違いも起きる。出てこないので焦ったら「天地玄黄…アレッ?」、千字文と間違えた。自分のクセは心経だと「蜜多故」の後「心無」を飛ばして「得阿耨多羅」に短絡しがちなのが分かって居るから、そこ以外で初めて躓いたのには狼狽した。起きている時は調べたりCDをかけるのが面倒で、大抵は記憶の反芻で済ませる。一々調べると考え事に追い着かなくなるからだ。それが傍目にはボケーッと見える。これでかなり損をした。観察者の認識/想像力を疑いたくなる。最晩年のニーチェはどうだったろう。
     日がな一日ボケーッとした結果が拙稿の山で、十五年や四十年くらいは遡ってから考え直す。そうした記憶には百年以上前のも埋もれている。二百年前の事を書いたつもりが、実は三十年前に学んだ事だった。記憶の歴史は不可逆でないどころか、捩れたり書き換えられたりする。そうして長い時間をかけて考え続けると、また別の/自分の歴史が生まれてくる。この一点だけで西尾先生の率直な表現に合点がいく。自分の歴史を照射しない文章が分かりにくいのであって、必ずしも難しい文章を意味しない。
     だから難解なものに抵抗はないし、それより分かる事への覚悟や恐怖が要る。むしろ分かったつもりとの区別が難しい。そう考えると認識や判断が恐ろしくなる。記憶の方は仕方なかろう。しかし間違った記憶や忘却には有難い面もある。場所の記憶などを更新する機会に気付けた時が嬉しい。ここはどんどん忘れ、考え、せっせと思い出す方がよいのかも知れない。ともかく忘れる悦び(マゾヒスティックな意味ではない)も空しさも、勉強とは別方向から感受するに越した事はなさそうな気はする。(再掲↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=KB_O_GrVVIM

    (余談)
     このところ認識が変化し始めたらしい。実態調査で「40〜64歳までのひきこもり当事者の推計人数が約61万人と、40歳未満の約54万人を上回った」とか。これから「おしん型」の大逆転が始まるかも知れない。「子供は勉強するより働け」と「老人は勉強しながら働け」とが入れ替わり、「働かざるもの食うべからず」の圧力が強まると中高年の大量死/孤独死が始まるだろう。高齢化防止で医療福祉現場は「今のを乗り切った後が楽になる」(不況到来)。そこに前述の「旺盛な不況」観を絡めると何か見えてくるかしら。
    【2019/04/12 21:45】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前)
     抑も引き籠もりとは何だろうか。そう認識(自覚?)していない場合が結構あり得るのではないか。相手が勝手に思い込みレッテルを貼る。下記の事例だって、教授が部屋に「引き籠もっている」と云えなくもない。しかしそこに今の「引き籠もり」イメージはない。ところが「無理解の普遍性」に言葉を引き寄せると、大変な意味になってくる。
    ●[特集]武田鉄矢さん「名誉漢字教育士」授与記念特別対談
    http://www.ritsumei.ac.jp/rs/category/tokushu/130628/
    --------------------------------------------------------------------------------
    >武田 偶然でした。昔、はしだのりひこが言った、押しかけた学生に対して一歩も退かなかった人と、何十年もコツコツ、文字の源を求めて遡り続けたその人が同一人物だと知ったときは本当にうれしかったですね。
    >加地 その立命館での話はいくつかあるんです。当時、学生運動では団体交渉といって教授達と学生達がやりあうことがありましてね。何時間も費やして、終わる頃には皆ヘトヘトになって散会するんですけども、散会した後の夜10時、11時、真っ暗な校舎にぽつんと白川教授の部屋だけ、灯りが点いていた。それを見ていた学生達の話を高橋和巳という小説家が書いています。
    >武田 いやあ、いい話です。目に浮かびますよね。ちょっと俗っぽい言い方ですが、先生が勉強しているというのがね。
    >加地 それが学生達への無言の教育だったと思います。何も騒いでいることがすべてじゃないと。ただ、白川先生ご自身は実はものすごく優しかったです。どの人に対しても、とてもあたたかくて優しい方でした。
    --------------------------------------------------------------------------------
     この教授は学生とコミュニケーションを取らず部屋から追い出した。まさに「引き籠もり」そのものではないか。そこに「定義」を結わえ付ける。「半年以上、家族以外とほとんど交流せず、自宅にいる人」と。少なからぬ教授とて、退職したら自宅の部屋で「引き籠もり」の研究生活を始め/続けたりするだろう。そうした層を除外するため64歳で年齢制限したのなら、研究生活そのものが年齢で分割/区別できる形となる。しかも低年齢層(中高年)の研究者は「引き籠もり」だから「仕事をしていない」~つまり在野のボランティア研究者は無職に分類される。
     ならば一体どうするつもりか。大学などから職場を奪い続けて何を今更。考えられるのは転職斡旋サービスだろうか。それも若者と平等に未経験の、蓄積したスキルを全く活用できない業種へと。例えば学者がコンビニで「いらっしゃいませ」と頭を下げる。当然そこに学問は要らない。~何十年か前、お隣でも似た事が国家規模で行われたと記憶する。これから日本でも事実上の「下放」を始めるため「引き籠もり」の活用に踏み切るとしたら、いかがわしい事この上ない。因みにwikiを見ると、こんな記述がある(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >この政策によって、中華人民共和国では大学が1972年ごろまで閉鎖され、多くの青年層が教育の機会を失った。また、大学再開後も入学試験は行われず、青年層は農村に下放されたため専門知識を持つ人材の育成は大きく遅れた。このために、中国の教育システムならびに学術研究分野は後継者を育てることができず崩壊し、下放を受けた世代は無学歴・低学歴という状況が顕在化した。また、この政策によって中国の経済発展がいちじるしく停滞したといわれている。
    --------------------------------------------------------------------------------
     そこに教育無償化というブラックジョーク(?)が重なる。無償化と無力化には共通点がありそうな気もする。学生の学力はともかく、学問そのものが社会的に無力化する文脈で。学問と受験を取り違えると、事が成就したら学問はお払い箱になる。そこからが本当の学問の始まりだと教えても、子供の頃から根深く受験ムードに洗脳されているのでは初手から話が通じにくい。本気で勉強すれば変人の扱い、しかも学校では満遍なく(非受験科目を除く)優秀でないと受験に対応できない。得意教科と不得意教科では極端な落差くらいあって当然なのに、受験基準で隠蔽/歪曲しにかかる向きとて珍しくはない。どうしてこうなった?
    https://img.yaplog.jp/img/11/pc/u/n/k/unko-mogumogu/0/369_large.jpg
     もっと深刻な問題がある。相手に合わせる能力がなければ仕事にならない。政府としてはコミュニケーションの訓練支援に乗り出すつもりなのだろうが、そこには予め何らかの相手/モデルが必要となる。…もし教授レベルが僻地に移住したらどうなるか。学問の話が通じる相手は皆無、却って引き籠もりの余生を送らざるを得なくなるかも知れない。楽しい学問の話ができるとしたら、今の時代はあらかたネット経由になるだろう。それこそ前々から、引き籠もりとネットとの相関が取り沙汰されてきた様に。

    (追記~備忘録)
    ●「役に立たない学問」を学んでしまった人文系“ワープア博士”を救うには……?
    https://bunshun.jp/articles/-/11484
    ●「漢文は社会で役に立たない」と切り捨てる“意識高い系”の勝ち組へ
    https://bunshun.jp/articles/-/6375
    【2019/04/15 00:47】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (改元間際のインテルメッツォ)
     昔は誰もが若かった。~死んだ爺様(大正世代)は心臓肥大で徴兵検査不合格、当時は飛行機(の部品?)を作っていたそうな。戦前、農業高校には行った模様(wikiを見ると「前身の畜産学校時代には、日本で本校と東京帝国大学の2校のみが獣医師の養成を行っていた」とある)。戦後は昔取った杵柄か、公務員官舎の男連中で鶏を解体して食べたけれど、爺様は喉を通らなかったとか。片や婆様は鶏とよく睨めっこ(?)をした。ポトンと落とすとサッと取る。しまいにゃ鶏が怒り出し、卵を取られまいと婆様を追い回した。ちょっと目を離すと横からサッと襲ってくる。朝けたたましくコケコッコー、それが昭和三十年前後の青森にあった都市風景(?)でござる。
     津軽方面は林檎農家が多い。農業高校なら芸術科目が無意味に思えてもおかしくない。我々進学校志望の中学生には農業や工業や私立が格下に見えた。あれから幾年月。もし私が当事者となって赴任したなら、果たして農業に役立つ書道教育を「考えられた」だろうか。きっと頭を抱え込んだに違いない。工業ならデザインの切り口、商業なら複式簿記との比較(「2015/01/26 22:15」稿)から入れたかも知れないが、これは退職後の考だから既に手遅れだった。まさか農業で「本草学の文献読解に役立つ」と強弁する訳にも行くまいし、抑も林檎は開国後に入ってきた農産物だから時代がズレて役立ちそうにない(↓)。
    ●青森りんごの歴史
    https://www.pref.aomori.lg.jp/sangyo/agri/ringo-rekisi.html

     …それはそうと、なぜ女の体型は神秘的なのだろう。うちの婆様は体重が軽いのに、昔から鏡餅体型だった(八戸方面では「イサバのカッチャ」が典型的↓)。平生そんなもんだと思い込んでいた。だから昔は恋人を「よっしゃ、改造してみせるぞ」と躍起になる深層心理が働いたのかも知れない。しかし食べさせてはみたけれど…目方だけは増えるのに体型の方は一向に改善(?)されない。やがて彼女に捨てられ、暫くしてからハタと気付いた。彼女は鏡餅に成らない体質だったのだ。芋虫体型だったのだと!
    https://4travel.jp/travelogue/10333087
     鏡餅なら頭が蜜柑、乳房が一段目、腹が二段目となって安定する。ところが芋虫だと体が満遍なく肥えてしまうためか、着衣の下が所謂ボンレスハム状態(三段腹)となって見える。~昔、テレビの相撲を見ると北の湖が出てきた。あれこそ婆様そっくり体型、いつも見ると安心したものだ。腹に頭を乗っけると、ポヤーンと恍惚状態になる。…断言しよう。結局いつまで経っても、苹は婆様が大好きなのだ。母でも婆でも他人でも、棟方志功の板画に見られる原初的熱情と同じくらいには、どんな子供でも最初から心得ている。
     爺様が死んだ頃、婆様は忽ち腹が凹んでスリムになった。今は寝たきり状態に近く、一日の大半が睡眠状態。カネにならぬ考え事/書き物の合間、階下に降りて「ママかねがあ、便所いかねがあ」(食事しないか、トイレに行かないか)と声をかける。「ワの肩サつかまりひぇ」(僕の肩に掴まって)と促すと婆様はむっくり起きる。足腰は弱いが今のところ、独りで歩いたり食事したりできている。西尾先生より年上の昭和四年生まれ。

    (追記~改元後の雑感)
     ところで、なぜ国体は神秘的なのだろう。神聖でなく神秘の方なら、わざわざ信仰/尊崇を交えずとも構うまい。要は存在自体の前で佇み、その形/記憶に父母の様なものが見え隠れする。昨日そんな事にでも触れたかったのだろうか、自身よく分からない。ただ解釈不能な感覚をそのまま言葉にすると、鏡餅や相撲の前/背後にさえ「どんな子供でも最初から心得ている」かの様な錯覚が浮かびはする。また何を考えたかではなく何を感じたか、わざわざ言葉にする必要のなさそうな気もする。
    【2019/04/30 07:03】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    今日のブログの内容を読んでいただくとわかりますが、
    そういうわけで、
    苹@泥酔さんちの上をひとっとびして、北海道に行く予定だったのですが、
    行けませんでした。

    苹@泥酔さんの青森弁のやさしさがにじみ出ていますね。
    【2019/05/02 21:10】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >苹@泥酔さんちの上をひとっとびして、北海道
    https://www.youtube.com/watch?v=trI_umWr5PA
     旅客機が飛ぶ前は連絡船…凍えそうな鴎なんか見つめても泣く事はない冬景色でした。野郎は洟を啜って「しょっぺえ」と呟くのが関の山、ただし波止場の女なら目くらいは潤んだかも。今は青函トンネルの暴走特急も開通したけれど、地元の利便性では高速道に及ぶまい(その代わり冬場は不測の出来事も)。抑も大半はカネがないから滅多に遠出が出来ないし、元々その気もない。「ああ堂々の輸送船、さらば祖国よ栄えあれ」くらいの大袈裟な気分になれる人は例外かと。(遙かに拝む宮城の、空に誓ったこの決意?)
    https://www.youtube.com/watch?v=7WOVJbs4pOM

     婆様が寝込む前(一昨年)、懸念だった数十坪の更地を売りたいと言い出した。苹の将来が心配との事で、爺様の時と違い今回はどうにか売れた。苹が書塾を開く場合を考えて買った土地らしいが、どうも感覚がズレている。あっしの方が先を予見し過ぎていたのか、昭和の頃から書塾に将来なく少子化も進むのは既に織り込み済みだったので小中学生の習字は初めから眼中にない。それより早急に書道哲学を構築しない限り、理論的にも実践的にも一挙に斯界全体が崩壊するだろうと感じ始めていた。当時はパソコンもワープロ専用機もなく、和文タイプライターや謄写版が細々と使われていた末期だった。
     何故ああ感じたのか不思議ではある。子供の直観は馬鹿にならない。根源的な疑問は理屈抜きで魂の熾火となる。だから学習意欲も湧く。百人一首や般若心経の丸暗記から始める程度なら自然な成り行きと云えよう。西洋でも古典を暗誦できる人が少なくなかったらしいが、何もアチラを特別視したり自分を卑下したりする必要はない。かぶれた都会人より、伝承にまみれた田舎者の方が有利となる環境もあり得る。そうした精神的遺産を根こそぎ破壊する危険について、移民政策や国際化教育を推進する人々はどれだけ考えているのだろうか。
     一つの事を突き詰めるうち、ともすれば浮気者はあれこれ目移りし始める。相手が(女でなく)他分野の学問なら西尾先生の様な変態の先達(?)も実際に居る訳だが、そこが面白い点でもあって「文芸評論とも、哲学論とも、歴史書とも言いかねるような」のを企てるくらいだから堂に入っている(↓)。…一体どんな本になるのだろう。いつの間に書いたのか「すでに約700枚の原稿は出そろっている」と云うから、そんな老人の隠し子(?)は将来どう育っていくのやら。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2435
    【2019/05/11 09:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (今朝は短く無駄話)
     大した事のない話でも、推敲しないと気が済まないから結局あざとくなる(前稿冒頭)。連絡船と輸送船に、旅客機と空。その前後を動画で挟む構造にユーモアを組み込もうとしたけれど、まだまだ勉強も機知も足りない。よく政治家の「失言」が話題になるのだって、忙しくて勉強する暇がないからではなかろうか。と云っても別段、好意的な見方をしているつもりはない。機知には危険な側面がある。
     セレブ奥様か西尾先生に宛てて、書を謹呈したくなった事がある。ただし一応「作品」ではないのが問題だ。こんなのを郵送すれば物騒な話となりかねない(おちょくり塾「新年、阿修羅のごとく - 苹@泥酔 2012/01/01(Sun) 23:42 No.9024」稿より↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > すると今度はしつこくなった。おちょくってる様に見えなくもない。結局十時に元へと戻した。それが苹の元旦の朝。続く新年試筆は泥酔に乗じて脅迫状。「娘は預かった 返して欲しくば千両用意しろ お上に訴えたら直ちに殺・す 苹」と書いてみた。実は漢文か古文でやりたかったけど、あたしゃ書き方を知らないのよね。まさか「一筆啓上、千両所望」って訳にもいくまいし。なんぼなんでもキルドンム様とて、見たり書いたりした事はあるまい(あったら大変だw)。日本語の実用書式でも、本には脅迫状の書き方など載っていない。
    --------------------------------------------------------------------------------
     まだ調べていないけれど面白半分、送ってみたいなあ。でもセレブ奥様に宛てたつもりが別の病院に届いたなら、すぐさま警察に通報されちまうんだろうな。西尾先生の場合は読者からの手紙があるそうだけど、ソレどこに宛てて郵送しているのだろうか。先生は住所を公開していない筈である。さりとて出版社に「脅迫状」を出すのは気が引ける。
    (不正な投稿と判断されたので、途中に「・」を入れる。)

    (翌朝追記~脅迫状、その後)
     無駄話には違いないが、事はこれで終わらない。一年後には下記の通りと相成った。おちょくり塾「お帰りなさいまし♪ - 苹@泥酔 2012/12/26(Wed) 02:39 No.9482」稿より。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 来年も皆様、宜敷お願いします…って、今から新年挨拶の前倒しカキコするのもアレだなあ。~今度のは何にしようかしら。昨春の書き初めは、取り敢えず脅迫状にしてみてたんだっけ(No.9024)。
    > あれから半年、講談社の『本』2012.6号を見たら高島俊男の連載「漢字雑談」27回に「脅迫状三通」ってのが載ってて勉強になりますた。でも所詮は日本人の書いた脅迫状、支那人の仕方ではない。今をときめく反日ブームで、キルドンム様んとこに何か来てたら参考になるのになあ。…まあ、碌でもないのは扨て置いて、それなりに文格あるものとなると却って難しくなるのかな。とどのつまりは未練たらたら、秀逸な脅迫状を書いてみたい儘の苹でありんした。
    --------------------------------------------------------------------------------
     そんな訳で新年試筆、だんだん捨てるのが躊躇われてきた。いつもなら読み流す所なれど、少しでも「体験」(?)があるとアンテナの感度が上がるのか、やがてネタが引っ掛かる。コリャほんとに脅迫状が書きたくなってきた…てぇのは嘘だが、前に書いた方は捨てるのが勿体ないから、いっそ誰かに盥回ししたくなる(苦笑)。その相手が事もあろうに大御所、他に相手が見当たらず困った。冗談に苦悩する姿は自分でも滑稽に思える。
     そうこうするうち2013.3.20、同名のが講談社現代新書で単行本化されると無関係な新年試筆までもが惜しまれ、巧拙どうあれ愛着が湧いてくる。そんな書の姿があってもいい。もしかしたら今の芸術書道より、こちらの方が本筋なのかも知れない。書かれた内容でなく、そこから派生した契機やら何やら。ワープロで綴る様に筆を執るのと芸術書道とでは、たぶん根本的なものが違う。誰もが気付いている筈なのに、書家の多くがそこから目を背けてきた様でもある。
     脅迫状は客観的に先ず内容が重要で、美的愛着(?)は犯罪動機の様なものになってしまう。そこが主観的に顛倒するのだから二重の意味で滑稽だ。にもかかわらず書家は書かずに居られない。書法の概念と人間の分裂である。
    【2019/05/17 06:41】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    どんな脅迫状の書になっているのか、
    見てみたいですねぇ。

    売ったりしていますか?
    【2019/05/20 20:26】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >売ったりしていますか?
     とんでもない。売った事があるのは三回だけ。一度目は大学時代。行きつけの喫茶店が小品ギャラリーを兼ねていたので、面白半分に額装を出したら提示額の千円で売れちまった。誰が買ったか分からないので焦った。もう取り戻せない。その時、品質の不良を反省しました(額縁代が千円で、本紙は実質無料)。
     二度目は友人のカメラマンに誘われた時でした。或る窯元が五万円で買ってくれたけど、魔が差したと反省してすぐに買い戻しました。カメラマンは「二度と連れてくるな」と言い渡されたとか。書展に出した雁塔聖教序の全臨、紺紙金泥の対聯形式。金泥には呉竹「純金ねり墨セット」を用いました(「2016/01/24 05:44」稿で既述)。
     三度目は勤務校の文化祭、書道部展示の賛助出品「未満」。幾つか半截一枚マクリ百円で出してみたところ、一枚が売れたのは意外でした。色々な書風のうち、売れたのは木村知石系でやった行草の一行物。…あんなの買っても仕方なかろうに。もし表装して掛軸にすれば、それだけで結構な散財となる筈です。
     売るのでなく無料のなら、上記カメラマンの友人だった医者が佐賀に転勤する時(1990年代前半)、日下部鳴鶴系の書風でやった隷書対聯を表装して贈った事があります。多分これが唯一の自認「作品」となるでしょう。ただし今となっては行方不明だけど(笑)。
     この人は精神科医らしく、カメラマンの斡旋で一度だけドライブした事があります。牧場までの大自然が続く中、カーステレオで機嫌良くショスタコーヴィチsym.11第二楽章ハイティンク盤をかけてたら氏の顔が苦痛に歪んだ気がしたので中止しました。下記動画では22:22~25:46の箇所まで。
    https://www.youtube.com/watch?v=wW5USVKVAx4

    (愛着について)
     愛着…愛と執着…と切り出せば、中には虫酸が走る人も居るだろう。昔から性犯罪に実例が多い様だが、平成に入るとストーカーの概念も定着した。昭和の頃は確か情熱の表現だった。ロッシーニの歌劇《セビリアの理髪師》では冒頭、医者の娘ロジーナに恋をしたアルマヴィーヴァ伯爵が彼女の家に押しかけ徘徊、深夜に恋心を伴奏付きで歌いあげる。相手が嫌えば「呪うストーカー」になってしまうから男女の仲は難しい。物への愛着まで含めるとフェティシズムの話になる。
     大切な物は秘蔵/私蔵したい。しかし~前にも書いた事がある。保有するのが恐ろしい。稚拙な保管で痛んでしまう。だから苹は本物でなく複製を買い、卒論にも転用した。本物は「持つに相応しい人」へと任せたい。組織はウッカリ廃棄処分するケースがあるため「中の人」が重要になる。それにしては分不相応な文房四宝を揃え過ぎた。使い切れないのは分かって居るのに、いつか使いたい。すると手放せなくなり頭を抱える。こうしたのが書き物に役立ったりするから別の意味で困る。
     相手/対象との接触が困難で、他ので代用する類と近かったりする。やがて余計な研究へと踏み込む(こちらの方が主)。相手が既に居ない/時代違いなら尚更で、自分の妄想に相手を甦らせるがごとく肉薄を試み/憧れると感想のままでは済ませられない。これが性格の話なら変人だろうが、性癖の方なら差し詰め変態に近いかも。どうも苹は他人に理解されにくい面が結構あるらしい。変人は自分をまともと思い、他は意に介さない…と聞く。私は他者の見方が気になり「聞く耳を持つ」。
     事ある毎に考える。原因は何かと。その一端が先の「引き籠もり」をめぐる学者/学問観だったりする。~爺様が入院した頃(2013.3)、八戸から親戚が来て開口一番「仕事しろ」と始まった。意味の見当は付くが、私には内容の伴わない仕事と報酬/収入とが結び付かない。どうにかして内容/質を仕事レベルまで高めぬうちは、急かされても対処できない。仕事への愛や執着は中学時代から今に至るまで変わらず昂進し続けているのだから、後は成果が「間に合うかどうか」の問題となろう。
     間に合って初めて仕事に「なる」。後は評価が伴うか否か。受け容れられないと仕事に「ならず」、そこが私には難しい。~求めるのと求め「られる」のとでは、どちらが仕事に値するだろうか。被雇用者にとっては後者だろう事なら理解できる。どんな汚職も大抵そうだったと推測できる。自己犠牲とは違う気もするが、ここでは個人的欲望からでなく集団的必要から個人は自己を集団の奴隷とする。それが集団に対する個人の欲望に変換/還元されると、忖度の円環と調和が完成するだろう。
    【2019/05/23 22:16】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    そうなんだ・・・・・売らないんだ~~~

    ネットで売れば、絶対売れるとおもうけれど、
    そういう中途半端はいやなんですね。

    もったいないなぁ~~~
    すんごくへたっぴな字でも、
    堂々と?額に入っていたりしますが・・・・。
    【2019/05/25 21:58】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (ネットの話~世界の接続と隔絶について)
     偶々NHK番組(↓)を見たら現代的かつ独特な用語が出てきた。携帯端末(スマホなど)の絡みなら苹とは無縁だナと思ってきたが、その世界では影響力があるらしい。こちらは携帯どころかブログも出来ず、専ら他者のコメント欄や掲示板に寄生しては拙稿を連ねて居る。サナダムシみたいな羅列の読者は想定しにくいから好き勝手に書くけれど、十五年以上も続けば愛着どころか呪詛もどき。それにしては初代板の壊滅後(2011~)も、二代目「天才バカ掲示板」のカウンターは今なお細々と回り続けている。
    ●クローズアップ現代+選「追跡!ネット広告の闇 水増しインフルエンサー」
    https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4283/index.html
     見ると「インフルエンサーの価値基準であるフォロワー数が、水増しされているケースが少なくない」とある。価値基準とは面妖な。しかし苹もカウンター数をほぼ毎日メモしているのだから、そこは大差がないのかも。~二代目板は2011.7.29の23:23が441、7.30の23:34が460てな具合に始まった。やがて日に50件のペースが続いた後、「2013/02/28 22:16」稿(↓)で書いた変事が起こる(2.26の20:11が20496、2.27の21:26が20692、2.28の21:05が21404)。それからすぐ元の50件ペースへと戻った。次は2017.7.22の20:30に151015、7.23の22:07に151168となった辺りから、日に150件前後が常態化した。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1446.html#comment
     そこそこ素直に数値を見つめてきた。小規模な板に水増しがあるとは思えない。昨年度末頃は50件規模まで戻った後、新年度が始まると再び130件前後となった。増減のタイミングを見る限り、大学界隈などが閲覧しているなら納得できるが証拠はない。もしアチラに役立つ事が書けているなら本望だが、所謂「フォロワー」らしき痕跡は見当たらない。教員は多忙で碌に研究する暇がない所を埋めたくて、取り敢えず「思い付くまま」程度には書き散らしてきた(その代わり、稿群全体の纏まりは弱くなる…汗)。
     片やセレブ奥様ブログの方は、管理側で閲覧動向を把握できるのだろうか。コメント欄は歴代「日録」掲示板の避難所(?)同然だったりした。西尾先生の代理役を務めてきたのが大きく、今では穴場か巣窟か。議論が白熱する事はないけれど、じっくり時間をかけて思索したり情報を積み重ねるには都合がよい。第一そう簡単に書けてたまるか。自分の言葉を孤独に練り上げ、インフルエンサーやフォロワーから隔絶された世界に至るのも悪くはない。西尾先生の刺戟になれるなら更に嬉しい。安易に教えて貰うのではなく、共に/別個に考えて初めて寄り添う事が可能となる気がする。

    (備忘録)
    https://www.sankei.com/life/news/190525/lif1905250025-n1.html
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    >古文書・浮世絵の崩し字をAIが解読
    >2019.5.25 13:20|ライフ|本
    > 古文書や浮世絵などに書かれた「崩し字」を、人工知能(AI)が画像から解読するシステムを立命館大文学部の赤間亮教授らのチームが、凸版印刷(東京)と共同開発したと13日、発表した。
    > チームによると、同様の解読アプリなどは他にもあるが、AIを導入し、高精度のシステムを構築したのは全国初という。史料を読むのが容易になり、日本文化研究の加速や教育支援が期待されるとしている。
    > システムは、立命館大が所蔵する古文書や浮世絵など約76万件のデータベースと、凸版印刷が保有する崩し字の約100万件のデータをもとに開発。パソコンの画面に映した文書で読めない文字を1文字選択すると、崩し字データの中から形が似ているものをAIが抽出し、崩していない文字に変換する。複数の候補があれば、合致する可能性が高い順に表示する。
    > 現在は、1文字ずつしか調べられないほか、立命館大が所蔵する古文書や浮世絵を対象にした解読しかできないため、学内での教育に限った利用だ。読み解けなかった文字は入力してシステムに学習させており、今後さらに精度を上げ、学外を含むさまざまな教育現場での活用を目指す。
    > 赤間教授は「崩し字が使われた文化史料を、誰もが楽しんで読めるようにしたい」と話した。
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    【2019/05/28 05:17】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    私は閲覧数は全く把握していません。

    昔は日録の閲覧を気にしていましたが・・・・。

    苹@泥酔さんの記録の蓄積に使っていただけて、
    それだけでもここをやっている価値があると思っていますから、
    がんがん書いてくださいね。
    【2019/05/29 23:10】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >がんがん書いてくださいね。
     前々稿で親戚の台詞に触れた。やがて簡潔な返事が思い付いた…「忙しくて仕事する暇がない」と。すると多分こう続く。「何に忙しいの?」「仕事が忙しい」「仕事してないじゃないか」「仕事が忙しくて仕事(転職)する暇がない」…ここで相手は話が通じないと匙を投げるだろう。こちらにしてみれば何十年も続けてきた天職を捨てる理由がないし、副業を持つ余裕もない。互いに前提が違うのは分かるけれど、仕事の概念が根本的に異なっている/相手が仕事と収入を同一視しているなら、おいそれとは踏み込みにくい話となってくる。
     仕事のつもりでエッセイ仕立てのを書いて居るが、そう見えないのなら「仕事らしさ」の体裁(学術論文形式?)に戻す必要があるかも。しかしそれとて「学者にだけ許された仕事」と論駁されたら身も蓋もない。かてて加えて退職が引退を意味するなら、自発的に仕事を続けても「仕事していない事になる」。学者とてボランティアは排除されかねない。現に手弁当は仕事にならなかった/断られたらしい(天バカ板「それから(其七) ( 苹@泥酔 ) 2012/10/26 (Fri) 23:29:22」稿に出した中野三敏・九州大学名誉教授2012.8.20動画1:33:57~1:35:07参照↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=iinaQ1fOLRE
     嘗て高教研書道部会の招聘講師から「学会に入れば?」と勧められた。…皆が研究発表できるとは限らない。部会運営の都合上、研究テーマにも制限が加わるだろう。そんな窮屈な社交場(?)に魅力は感じられなかったし、紀要を読む人は殆ど居ないとも聞いた。その点、自由に書けるネットの場に出逢えたのは人生の転換点と云える。尤も~同じ事を二度書かない様に心懸けても切り口を変えるのが精々だったりする。片や授業の場合、同じ内容を担当クラスの数だけ繰り返さないと定期考査や成績評価で困った事になる。

     書道と云えば、どうしたって「書く」イメージが先立つ。先立つ不孝をお許し下さい…と「読む行為」への遺書を認めるがごとく書きまくる狂気が芸術イメージを唆し、また西洋芸術に唆されつつ「芸術は爆発だ」型のイメージを掻き立てる。はて面妖な。日常筆記が毛筆オンリーの幕末人は、武士も庶民も狂人だらけだったのかいな。そんな訳がないからこそ、却って書字と読字は引き裂かれる。多くの人は開国後から現代に向かって極端な芸術イメージ/妄想ばかり膨らませ続けてきた。
     中には書家の様に書く文筆家も居るだろうが、理路整然とした推敲を重ねた文章でないと読む方が辛い筈(?)。見るところ多くの書家は、もはや読まれる事など期待していない。国語教育で読めない人だらけとなった結果、たまらず諦め引き籠もり、挙句の果ては開き直っちまった。…今や読まれなくても仕方がなくなった時代である。勝手に内輪の稽古を死ぬまで続け、この際いっそ書展でも開いたろかとなる。…分かるかナァ、分かんねぇだろうナァ。(←そう云や昔こんなのがあったっけ↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=-N4KPXYioIU
     しかしそれだけでは言葉の稽古にならない。書道でも出稽古が必要だと長らく思ってきたが社中は閉鎖的で、下手をすると「裏切り者」呼ばわりされかねない。戦前の実例証言は「2015/02/24 06:07」稿の、尾上流をめぐる翠軒・翠雨ネタで出した(↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     あっしの場合は差し当たり2ch/5chを出稽古の場とし、そこで短文の遣り取りを練習した。ネットには「荒らし」と呼ばれる人々が棲息するから、出来るだけ簡潔に黙らせる工夫も試みた。…最近のでは成功した方かナ、と思った流れを紹介してみる(空行削除)。
    ●【国宝・重文】古碑法帖を語る・学ぶ
    https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/gallery/1529140133/
    --------------------------------------------------------------------------------
    133わたしはダリ?名無しさん?2018/07/06(金) 20:11:46.34>>138
    >>131
    論文の書き方と、本や雑誌の文の書き方と、ネットの文の書き方は全然違うんだよな。
    この長文さんは、たぶん雑誌の書き方でココに書いちゃってるから下手に見えるわけ。長文さんご本人は、自分を下手とは思って無いはずだけど、載せる媒体を間違えるからこういう風に長たらしくて、読みづらい文章になるわけよ。
    たぶんPC用にへんな改行もしてるから、スマホで見ると地獄の読みづらさを誇る…w
    ネットリテラシーが低いという結論かなw
    138わたしはダリ?名無しさん?2018/07/07(土) 06:07:15.13>>140
    >>133
    なるほど。スマホはネットも読めるのか。論文執筆する人も居るのかしら。謎の小箱だ。
    PDF文書の拡大・縮小はどうしてるのか。2ch投稿は一行何字詰くらいが見やすいのか。
    世代差で思い出した。パンティーを知らない老教授に、女子学生達が苦心して説明した。
    やっと理解した教授が最後に一言。「なんぢゃ、ズロースか」。学生一同、ズッコケた。
    https://www.oricon.co.jp/special/51220/
    「世の中の文字は小さすぎて、読めないっ!」
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2019/06/04 21:07】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    社中・・・・・閉鎖的ですよね、どこも。

    勝手に個展とか、開けないのですか。
    【2019/06/05 21:57】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >勝手に個展とか、開けないのですか。
     開くのは勝手ですけど、社中展でのイメージと重複するのが殆どだから、全く違う書風でやる人は見た事がありません。でも一つだけ「抜け穴の自由」を感じた事ならあります。書展でなく「授業での示範」。擬似的/強制的「観客」が教室にズラリと居並ぶ中、ありとあらゆる技巧を駆使し様々な書風で書き分けた臨書例を見せびらかす。一つの古典でも全くの別物に見える模倣世界がある事を教えるには、むしろ「作品」でない方が都合がよい。尤も何故そうなるのかを緻密に分析できていたなら、当時もっと徹底した(めんどくさい?)授業が展開できた筈。そこが返す返すも残念です。
     これが音楽方面なら、ただの演奏会でないレクチャー物が世界中で行われています。テレビ番組では白黒時代のバーンスタインが有名だし、日本でも民放の山本直純あればNHKの坂本龍一あり。世紀末にショルティのを見た時はビックリしました(抜粋はLDでも発売された)。あれらの懇切丁寧な楽曲解析は書道側でも見習いたい。けれど映像資料が著しく不足しているし、それも故人の記録/紹介映像ばかりが目立つ。レクチャー物は初歩的に過ぎ、今井凌雪と松岡正剛のコラボ番組(?)を上回るレベルは見た記憶がない。バーンスタインのハーバード講義ビデオに匹敵するのがない。
     目下「自由について(2)」のコメント欄に書き込んでいる手前、「抜け穴の自由」などに話を拡げても構わないだろうとは思う。また「自由を束縛する自分」に由来する制限/忖度の影響は今も昔もそれなりにあるけれど、仕方次第では打破できそうにも見える。しかし踏み切るための準備が欠けている事に気付くと忽ち気弱になったりもする。…してみると、自分と主体との乖離には「自由という能力」が鍵となるらしい。自由と能力との関わりは自由を実体/現勢(アクチュアル)へと引き寄せる。潜勢(ヴァーチャル)の反対側に向けて、理想と現実の双方を誑かす。
     たぶん書風の自己制限は、書家としての自覚によるものなのでしょう。それに比べれば授業の方がどんなに自由であるか分かりそうなもの。しかし書家にしてみれば、自由の方が却って不自由であり得るという逆説が待ち構えて居る。書けないのではなく、書かない。ところが授業では、ついつい書いてしまいたくなったりする。あの抜け穴は余りにも自由の度が過ぎたのかも知れない。そう考えれば、正規の書道教員より書家の方が書教育に相応しいかの様に思えてくる素朴な心情も分からぬではない。個展は書家個人の展覧会。そこに所謂アイデンティティーが宿るのでしょう。

    (追記)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2182.html#comment
     どうやら「2018/09/22 02:55」稿(↑)で書いた件が実行されたらしい。本日2019.6.10に見ようとしたところ、約十年前から「つくる会」東京支部掲示板に掲出してきた画像投稿が閲覧不能になっていた。あそこは方法/手順を桜子様から教えて貰ったので投稿できた唯一の場所である。余所は仕方が分からず当方からは画像を出せないため、その気があれば東京支部側で善処していただきたかった。まだ暫くは様子を見るつもりだが、中でも巻菱湖を中心とする画像群は大学などでも使い道があったのではと思って居る。教員採用試験に関する新聞記事画像は約二十年前に遡る。
     東京支部の方々には、これまで掲示板を維持/保守管理してくれた事に感謝する。また閲覧者各位には、保存しているなら拙稿中の画像や記事を自由に使い回していただけると有難い。
    【2019/06/09 17:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (「作品」という魔物)
     展覧会には作品が付き物で、その展示/演奏の場に観客/聴衆を呼び込もうと宣伝する。クラシック音楽で作曲者や研究者が作品/整理番号を付けるのと同様、博物館や図書館の所蔵品にも番号は振られるが必ずしも「作品」ではない。なのに大昔の文物が展示された途端「作品」と呼ばれるケースが結構ある。作品として書かれたのではないにもかかわらず、そう呼称するのが慣例となっているかの様な。予め翻訳概念として割り切る向きもあろうが、制作の当事者となると実感はどうだか。(…面倒臭くなるから美学や書誌学などは持ち出さずに置く。)
     展示物と展示行為の双方が「作品」たり得るものの、展示されなくても作品と呼べるかは価値判断/見方次第でどうにでも変わるだろう。所謂「駄作」や贋作も含め、それなりの値が付く事もある(当初「売れなかった」ゴッホなどは極端な例)。また古書店の陳列物などを「作品」と呼ぶのは躊躇われるが、敬語の扱いと見なす事ならあるだろう。分からなくて構わない。処世術/世辞の領分に組み込まれた水準で、日本語として独自の意味を形成する面はある…中には軽蔑や冷笑を伴う場合だってありそうだ。そこを金銭的価値が補って初めて、世間的には真っ当な(?)「作品」らしくなってきたりもする。
     分からないのは教養がないからだ…との言い回しは、もしかしたら思った以上に親切な表現かも知れない。感性がないから、とまでは言いにくい。あるかないか分からぬものは判断できず、分かる手懸かりすら掴めない。そこを補うのが教養、とは云えそうでもあるが修業や修養とは何かが違う。或いは手応えの質かも知れない。後者は余りに生々しく、苦味が感性を蝕む事さえある。デリケートな作家だと潰れてしまいかねない反動か、鈍感で傍若無人な狂気を胎んで初めて身を保てるケースも少なくなさそうだ。~そう云えば久しぶりに、昨日は「書く夢」で魘された。
     草書の「無」は横ちょんちょん、ぐるりと回ってガクガクとくる。この形の翠軒流が苦手なのは昔からだが、途中から続けて「舞」と書く夢だった。書翰サイズなら自然に書けるのに、尺八屏二行や半截一行サイズではいつも墨量が続かない。たぶん他の書風をやり過ぎて、線(実画)の太さを維持しようとする癖が付いているからだろう。しかも大きさに怯んで全体が見えなくなる。なのに分不相応な読売の秀逸を貰ったから後がいけない。表面のサラリとした印象だけで済ませれば気楽かつ純真無垢/平淡天真に取り組める。ところが底に闇の様なものが見えてしまうと困る。
     すると数ヵ月前の夢を思い出した。こちらは木村知石系の錬成会。いくら練習しても上手くなるばかりで質は上がらず、他の人達から置いてきぼりになるのを「自覚する」夢だった。作品を書こうとすると大抵そうなる。非日常と日常が交錯する、あの「作品という在り方」自体が苦手になる。洗練し続けると面白味は出しやすくなり手も存分「以上」動くのに、意識が自由の邪魔をする。他人の作品を見る方がよほど自由なのは、そこに自己との接点が「ない」からだ。~夢の中にも思考や体験はある/生まれる。記憶の変奏が時には創造となり、時には夢魔となって現れる。
     手が動き過ぎると線が軽くなる。そこが悩みの種だった。「軽み」と軽薄は別物で、苹は後者の方だった。解決の仕方が分からない。~ふと気付いたのは「考えながら書く」事。どう書くかでなく、何を書くかを考える。そこに自分の言葉/詩藻/思想の強味が顕現するのでは。他人の言葉を自分の言葉の様に書こうとするから表現が裏目に出る。そう感じてから次第に苹は、実作/作品から遠離り始めて居た。で…久々に筆を持ったら新年試筆の「脅迫状」ときた(苦笑)。これが作品なら泣けてくる。ただの草稿や手紙が作品として扱われる様になった王羲之や顔真卿達は、生きていたら何を思うだろうか。

    (続報)
     念のため東京支部板を確認したら、また閲覧できる様になっていた。暫定的措置かしら。~セレブ奥様の小学校授業画像(↓)は、大きな液晶パネル(?)にパソコン画面が映っている。大学でネット資源を活用していてもおかしくないと思った。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2250.html
    【2019/06/15 20:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (雑感~言語表現の方法について)
     頭の回転が遅いと言葉が円滑に出てこない。先日のも「忙しくて仕事する暇がない」では適切な表現にならない筈。…ならば裁判の「職業は?」「無職です」てな遣り取りを援用すればどうなるか。例えば「仕事が忙しくて職業に構う暇がない」といった表現。これなら仕事と職業は別物と分かるし、納得できないなら家庭の主婦でも例示すればよいだろう。無職だからと云って仕事していない訳ではない。毎日が忙しい。それが家事や育児でなく、普通の仕事に置き換わる。仕事の中でも収入を伴うものだけが職業と呼ばれるなら、職業でない仕事が職業より高度であっても不思議はない。
     ともかく年がら年中、書道ネタの仕事は続けて居る。高校レベルの事は高校や塾で学べばよいから、そこから少し(ずっと?)上の話を持ち出そうと頭を掻き毟る。禿げても幸いネタは尽きない。まだまだ高校と大学の隙間もしくは奥底を覗き見る様なのを書けそうではある。しかしそこが難しい。どの本にも書いてない事は自前で考えねばならぬ。なるべく言葉を慎重に紡ぎ、何度も推敲を繰り返す。普通の書道は視覚表現を磨き上げるが、鈴木翠軒に云わせると「書き過ぎるのはよくない」そうだ。過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし(及ばざるは過ぎたるよりまされり?)。
     実感がこもるのは、ネットの書き込みは本と違い完結した形を取りにくい点。反面そこが利点でもある。十年前こう書いた…その続きを思い付いて、十年後に書く様な。そうした稿が山ほどあり、総てが歴史の様に連続して居る。根気強く思い出しては新たに考え、しかも昔の文章が今でも通用するか吟味しながら書き足していく。たとい素人でも(だからこそ)それくらいはプロ並みの気構えが要る。自由に書けるという別の重み/自己責任がのしかかる。この事を昔、西尾先生はコメント書き込み者に向けて窘めた(ハンドルネーム批判)。先日も文春オンライン記事で触れていた。
     最近なかなか「日録」新稿が出てこない。こんな時は本の執筆で多忙らしい。脱稿の日が迫り、手塚漫画みたいな「締切病の発作」が起きているのかも。文学畑には遅筆で有名な作家が居るそうだが、名のある人だと「仕事レベルに達していない」とは言われないのかしら。片や私は無名の素人(しかも匿名)、周囲から「仕事していない」と思われて居るのが辛い。お金になる文章を書いた事がない身には、注文を受けて書く人の心地がサッパリ分からない。なのに「言語表現の方法」とは烏滸がましい。他方、文章表現の方法ならプロに聞けばいい。
     言語表現には書表現も含まれ、文章表現の「書風/書きぶり」とは別物になる。肉筆原稿なら一致する場合もあろう。言文一致ならぬ書文一致…印刷時代以前はそれが普通だった。あっしは曲がりなりにも書道のプロ(のつもり)だが、専門家ではない。そうした立場から言語表現を見据えようとし続けてきた。書字は文字表現に含まれるものの、幅を言語表現まで拡げるのは難しい。それだけ文は書から遠くなり、書表現の方法を持ち出すと罠に填る。先ず「読む事」から始めなければ解決できまい。この視点/姿勢は遅くとも中高生時代から今に至るまで一貫して居る。

    (近況)
     …そろそろ苹にも生活の破綻が近付きつつある。仕事をそのまま職業に切り替えられないものかと思う度、どうにかこうにか分不相応と諦めてきた。生活の殆どを仕事の犠牲にしてきたから事実上の生活無能力者、お金より先に来るダメージが忽ち仕事を圧迫するに違いない。箪笥の何処に何が入っているか分からない等々、「嫁が欲しい」と婆様がこぼすのも無理からぬ話だ。今夜も山形の地震後、婆様の尻に処方薬を塗りたくった。ヘルパーさんは褥瘡と判断したが医者の見立ては違う様子。ただし薬はどちらにも効くプロスタンディン軟膏とラミシールクリームだった。
    【2019/06/19 00:54】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (独白)
     この稿(↓)を、同日朝五時頃に削除した。
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     本日より暫くの間、介護批判を展開する…事になるかも知れない。
     先ず前提として、介護には相応のカネが要る。そして老人が施設に入れば、共同体としての家族(大家族も核家族も)が分断/細分化される事になる。見方次第では高齢者を標的にした公的「ぼったくり」疑惑が芽生えてもおかしくない。するとそこそこ所謂「8050問題」とも相俟って、家計の分断が顕在化する訳だ。ここに個人主義を基調とする家族破壊の余地がある。それは介護「商売」の沃野でもある。ケアマネージャーであれヘルパーであれ、大方そこに参画する仕事をする形となる。この点を掘り下げてみたくなった。
     今なら老人には相応の年金が支払われる。それを介護組織が回収しようとする。年金だけでは済まなくなる場合、そこを子孫が自前の収入で補填する形になるだろう。つまり「介護経済」が子孫を巻き込みながら旺盛となっていく。すると経済面で家族間の共食いが始まる。昔は共同体家族の初期形成期(←新婚さん)、「独りでは食えないが二人なら食える」という様相/動機があったと聞く。…実際どうだったろう。大家族と核家族の違いは、抑も核家族に高齢者が予め「存在しなかった」点にあるのではなかったか。そこが崩れ皆が高齢化し、やがて遠からず死の影に直面する。
     医療と同様、介護もまた商売の一環にあるだろう。対象者からは収入を得ねばなるまい。そのため対象者の資産から周囲の余計な家族を分離し、純然たる高齢者「個人の」年金を介護組織の側で確保する必要がある。分断された家族はそれぞれ自分で生活すればよくなる。「8050問題」とて例外ではなかろう。大抵は80歳の高齢者から50歳のを切り捨て、高齢者「個人」の残り少ない生存を搾り出す形になる。そうして介護は生き長らえる。数十年後にやってくる「切り捨てられた側」の皺寄せは当面どうでもよい。むしろ早く(どちらも?)死んでくれた方が好都合かも知れない。
     その方が人材流動性は高まる。人材は消費財。「消費としての死」が次なる受け入れ先を準備する結果、新たな人材が順繰りにやってくる。向こう側は延命目的の善意で仕事をするが、どう施しても死ぬ人は死ぬものだ。中には「家族から切断された延命の幸福」を享受する老人も居るだろうが、さほど多くはなかろうと思う。しかしながら察するところ、お手々を家族が握り一緒に寝るよりは、公的な万全の介護サービスの方が清潔で好ましいらしい。拙宅にも2019.6.17、説得するためケアマネージャーさん達が来た。次は6.19に来るそうな。どんな結果になるのやら。
     取り敢えず初稿として、以上を書き留めて置く。
    【2019/06/18 01:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]
    --------------------------------------------------------------------------------
     予告されていた期日2019.6.19の14:00頃に十人ほど来て、16:00頃に婆様を入院させた。爺様の時と同様、今後帰宅する事はないかも知れない。以後は苹の独り住まい、後は孤独死まっしぐら。それまでの間どれだけの事が書けるだろうか。満足できそうなレベルの遺言とするためには更なる集中力が要る。そろそろ天バカ板への再掲ペースも急がねば?…現時点では約一年半分のストックがあり、あちらへの転載は以下のを続ける予定。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2127.html#comment
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2195.html#comment
     連絡したら婆様の弟が保証人になってくれたが85歳で杖か車椅子が要る。それでも昨日は娘の車で見舞いに行ってくれた模様。有難かった。
    https://www.youtube.com/watch?v=zBcRZnAgc7o
    (朝っぱらから、こんな投稿でゴメン。)
    【2019/06/22 06:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    あ~~~介護の問題ですね。

    とうとう、入院?入所?されたのですね。
    で、一人ぼっちになっちゃったんですね。

    東京支部が閲覧できるようになっていて、よかったですね。
    ネットは西尾先生のところも、
    あわや消失か?ということになったりしましたから、
    危ういです。

    孫の学校の大画面の液晶パネル!
    おお~~~こんな時代なんだ~~と思いました。
    誰かが苹@泥酔 のを発掘して、利用してくれたらいいですね。
    【2019/06/22 22:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (続報)
     週末に見舞った親戚夫婦によると、婆様はかなり衰弱しているらしい(苹は体調不良で同行断念)。四年前の熱中症では入院当夜「家に帰りたい」と騒ぐほど元気だったが、今回どうなるか不明。入院直前は概ね一日一食で何を出しても食欲がない上、昔から筋金入りの偏食だった(肉食等々一切拒絶)。…或る意味だんだん苹と似てきた(?)気がする。
     あっしの場合は給食が夕方までかかった。三食に堪えられず洟紙が欠かせず、高校入試ではボックスティッシュとゴミ袋を持参。意を決して昼食を廃絶したら鼻炎がピタリと止み、大学以後は一日一食が基本となった。今も一食に数時間かけビールで流し込んでいる。食事は苦行に近い。それに比べると昔の恋人は「食べる珍獣」同然だった(失礼…汗)。
     ふらふら週明けの6.24昼に見舞い、あれこれ書類に記入してきた。すぐ死にそうなほど悪くはないらしい。目下リハビリ目的の入院計画が二週間との事。三年前の苹と同様、点滴と小便袋(ただしボックス形)を繋いでいた。やがて病院食が運ばれてきた。ベッドはリクライニング式だった。婆様が食べ始める直前、相談員さんの案内で帰路についた。

    (備忘録)
     前稿ああ書いたからだろうか。これが気にかかる(↓)。
    https://www.sankei.com/column/news/190624/clm1906240007-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >【古典個展】誤った個人主義の弊害 大阪大名誉教授・加地伸行
    >2019.6.24 10:10|コラム|その他
    > 最近の、幼児らに対する虐待や引きこもりをめぐる諸事件は、心を締めつけてやまない。どうしてこのような無残な社会となったのであろうか。
    > 遠い昔、人類は必死で生きていた。そのとき、己の身を守ることが第一であったことは言うまでもない。人類は、まず生物であり、利己主義であった。これは生物の基本である。
    > しかし、集団生活の人類としては、一般生活においてこの利己主義を抑える必要があった。その形は二大別できる。
    > 一つは狩猟民族系。彼らは獲物の獲得経験から個人能力を重視してきたので、自然とリーダーは、能力第一となる。その集団の安定には、利己主義は許されず、自律が求められ、そこから、後に自立する個人主義が生まれ、一般化されてゆく。
    > いま一つは農耕民族系。農業は集団作業であり、血縁で結ばれた共同体生活となり、リーダーは血縁者の本家となる。もちろん利己主義は許されず、本家を中心とする親族会議が事(こと)を決してゆく。すなわち一族主義(家族主義)であり、儒教はその典型である。
    > 時を経て近代に入ると、個人主義が産業革命と連動し、多くの自動機械を作ってゆく。
    > そうした新奇な機械を眼(ま)の当たりにしたのが、幕末・明治初期の人であった。そして大いなる誤解をする。こうした機械文明を生み出した欧米文化に関心と敬意を抱き、その背後にある個人主義さらには民主主義を日本に導入すべきだと思った。当時の欧米派知識人がその典型。
    > それから150年。その間、個人主義を広め、家族主義を遠ざけてきたのであった。
    > しかし、欧米と異なった歴史と環境との中では、自律・自立・自己責任の個人主義は育たず、個人主義とは似て非なる利己主義を蔓延(まんえん)させてきた。のみならず、核家族を一般化し、伝統的家族主義を破壊し尽くしてきたのが、今日の日本国である。
    > その中で育つ子供は、いったい何に依(よ)るべきなのか、分からなくなっているのではなかろうか。もちろん戦後に成長した大人たちも同様であろう。
    > 自己責任の個人主義に徹するのならばそれはいい。伝統的家族主義に従うのも見識である。いずれにしても、それは利己主義の否定だからである。
    > けれども現状は野放しの利己主義のカオスすなわち混沌(こんとん)となってしまっている。
    > では、どうすればよいのか。
    > 老生はこう思う。法的には個人主義を変更することはほとんど不可能。とすれば、それはそのままとして、一方、倫理的には、学校教育を中心にして長い歴史のある家族主義を導入すべきではなかろうか。
    > 幼児を虐待する者は、儒教が説く生命の連続を知らない。引きこもる者は、儒教の根本の無私の一族愛を知らない。
    > こうした危機にある今こそ、日本人が理解できる儒教を媒介にしての日本再生を図るべし。
    > 桓寛(かんかん)『塩鉄論』論●(ろんし)に曰(いわ)く、法令は悪を治むるの〔道〕具なり。而(しか)れども至治(最善政)の風(ふう)(姿)にあらざるなり、と。 (かじ のぶゆき)
    >●=くさかんむりに災の火が田
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    【2019/06/25 05:48】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (脱線~食事ネタ)
     一日一食では体が保たない、と大抵の人は思うらしい。実体験からすれば回数でなく量の問題で、一食分を食べ終わるまで二日かかる事も少なくない(途中で寝るの)。かと云って慢性的ではなく、食欲に襲われ二食分を平らげたりもする。そんな時は体調がよいのだろう。ひっひっひ…体は正直だぜ。(なんのこっちゃ)
     婆様は「漬物があればいい」が口癖だったが苹は苦手である。ご飯をモリモリ頬張れるオカズは少ない。その一つが郷土料理(?)の「卵味噌」で、鍋でなく帆立の大きな貝殻で煮る方が美味しい。比較的「貝焼き味噌」は有名らしく、苹家では具材のないのを卵味噌と呼んだ。具のある動画は大体こんな具合かしら(↓)。
    https://www.youtube.com/watch?v=y5BBEu6LqlY
     苹家では鰹節も砂糖も酒も味醂も入れず、味噌だけはタップリ。卵かけご飯(「2018/03/21 22:28」稿)と同じくらい濃い味で、丼一杯分は軽く平らげられた。ご飯なしでも味噌の減量で充分いける。拘るのは貝殻のみ。あきんど様は本場/産地の北海道在住ゆえ御承知の筈だが、径15cm以上のサイズとなると今は少なかろう。
     それを子供の頃から食っていた。卵は半熟の方が、お茶漬けみたいにスルリと喉を通った。流し込む様に食べるのが苹には向いて居るらしい。少し前までは麺類も好きだったのに、近年は一食分の量を食べられなくなってきた。寿司も刺身も少しずつ苦手になり、だんだん婆様の好みと似てきた模様。どうした事だろうか。
     世紀末は旺盛で、ほっかほっか亭のステーキ弁当が大好物だった。また振る舞う相手の爺様が入院して以来、あたしゃ肉を焼いた事がない。概ね諦めている。食事は生命維持のため仕方なくするもので、積極的に楽しむほどの余力/気力はない。大学時代からそうなりかけていた。食い物を流し込むにはビールが欠かせない。

     …と書いたら久しぶりに卵味噌を食べてみたくなったが、そう思うだけで満足してしまう。昔あれは美味しかった…そんな記憶だけで充分に満足できて居る。~ふと見たら産経に記事が載っていた(↓)。この通りに作れば、余人なら或いは美味しく楽しめるのかも知れない。ただし鍋だと金属の味がする。貝殻の魅力は格別。
    https://www.sankei.com/life/news/190626/lif1906260002-n1.html
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    >【料理と酒】ホタテの味噌貝焼き 津軽の郷土料理
    >2019.6.26 10:00|ライフ|くらし
    > ホタテの浜焼きというと貝殻ごと網に乗せて焼き、醤油と酒をたらしていただくというイメージです。全国第2位の産地青森には、ホタテ貝の貝殻の上で貝柱とヒモを味噌と水のだしで焼いて、そこに溶いた卵を入れ、卵とじのように仕上げた味噌貝焼きという郷土料理があります。現地では貝焼きがなまってカヤキとも呼ばれるそうですが、お酒のつまみにも、またご飯に乗せて丼のようにしても食されます。
    > 青森出身の作家、太宰治は小説「津軽」の中で、牛や鳥も「肉を煮るのに帆立貝の大きい貝殻を使っていた」、「貝殻から幾分ダシがでると妄信していた」と記し、「卵味噌のカヤキ」について紹介しています。味噌味ですが薄味で、最後に卵で包むこともあって甘い仕上がりとなります。地酒造りが盛んな青森の純米酒とともに、いかがでしょうか。(速水裕樹)
    >【材料】
    >ホタテ貝……4個
    >ネギ…………1/4本
    >白味噌………大さじ2
    >水……………大さじ2
    >酒……………大さじ1
    >みりん………大さじ1
    >卵……………2個
    >【作り方】
    >1.ホタテ貝は、貝を開いて、貝柱とヒモを取り出す。貝柱は4等分に、ヒモは3センチほどにカットする
    >2.ボウルに白味噌を入れ、水を加えてのばす。そこに酒、みりんを入れてよく混ぜ、貝柱とヒモを入れる
    >3.ホタテの貝殻に(2)の具材とだしを乗せ、魚焼きグリルに入れて火を付ける
    >4.ボウルに卵を溶いて、斜め切りにしたネギを加え、(3)の貝殻に加える。卵が固まりかけて周辺に焦げ目が付いてきたら出来上がり
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    【2019/06/27 00:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    食べるのが苦行みたいですね。
    私の父は98歳で、
    上下総入れ歯なのに、
    おせんべいもポリポリ、
    果物もパクパク、
    なんでも美味しそうに食べるので、
    きっと、もっともっと、長生きすると思います。

    上のレシピ、やってみようかな・・・と思いますが、
    「貝殻」がない!
    土鍋ではどうでしょう?
    【2019/06/28 22:41】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >「貝殻」がない!
    https://item.rakuten.co.jp/okhotsk-kaze/3363016/
     通販でも扱ってる様ですが、なにしろ小さくて(例↑)。青森でも巨大なのは見かけません。水を入れ点火し「ほんだし」少々(昔は煮干し)、大量の味噌が湯に馴染んだら溶き卵を二個…という簡単な流れですが、小さな貝殻だと具材を加えたら溢れる筈(入れた事ないけど)。純粋に卵と味噌だけ味わうなら貝殻でないと。焦げかかり始めた味噌と固まる直前の卵との混ぜ具合が絶妙なれど、食事中こそげ取り過ぎると貝殻が少し剥がれ却って興が削がれます。その点、土鍋なら安心かも(使った事ないけど)。
     京都老舗の「まる鍋」は古い土鍋に食材(スッポン)の味が染み込むと聞きます。貝殻は元々その状態に近かろう「天然の味」が出ます。五十年物ともなれば流石に大きい。使い古され汚く焦げてもまだ使える。器になった後の生命力(?)を感じます。セレブ奥様んとこの百年物(爺様)に白粥を取り合わせたら、一体どんな反応をするかしら。市販の卵粥(レトルト)も悪くなかったけれど、地域それぞれ味噌を好み次第で工夫選択すれば結構お口に合いそうな。でも青森と同程度の塩気だと健康に悪いかも?

    (余談~書道畑によくある話)
     何か書いてくれと頼まれた時、報酬を要求すれば相手は「えっ、お金とるの?」と驚き「じゃあ要らない」となりがちだそうな。肉筆は所詮サイン程度だからタダが当たり前と考える人は「こいつ守銭奴だ」と思うだろう。そうした隠れたイメージも相俟って、中国人の貪欲さは本場の筋金入りと映ってもおかしくない。~抑もサインしてカネを取る人なんざ見た事がない。演奏会終了後の列に並んだ時、ロビーの片隅で業者がCDを売っていた。それに演奏家がサインする訳だが、私はチケットの半券に所望した。音盤は真っ新なまま架蔵したかったからである。
     書店のサイン会では表紙の裏などに書く。その際、自著を買ったと分かる。ところが書だと事情が違ってくる。世間の書道は「教えてなんぼ」の世界で、謝金価値は「書かれたもの」にゃ発生しにくい模様。すると自然、稽古事と作品との乖離が気になってくる。書道教育が戦後「創作」概念を取り入れてから「自運」概念は廃れてしまった(両者ほぼ同義)。前者では独創的イメージが独り歩きし、後者は伝統継承イメージが古臭く見える気がする。その全体が東洋文化蔑視の意識と結合すると、「所詮サイン程度」てな価値判断へと収斂するのかも知れない。
     そう云えば音楽方面で嘘か真か、どことなく通じそうではありながらも少々ズレた話を読んだ事がある。以下は三浦靱郎『音楽の冗談』(音楽之友社)P.67~68。誤植あり。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >ブム、ブム、ブム
    > ある日、フレデリック・ショパンは金持の家に招待された。その金持はもとは靴屋で、商才と幸運に恵まれて、財産をきずいた人だった。財産がころがりこむのがすこし早すぎたので、彼はまだ、靴皮や靴底ほどには社交上の礼儀作法を心得ていなかった。
    > 食事が下げられると、彼はすぐさまショパンのところに行き、なれなれしく手を肩において言った。
    >「さあ、ちょっとばかりピアノを弾いて、われわれを喜ばせてくれませんか。なに、大したことは要りませんよ。ただ、どんなふうにやるものかわかるように、ラララと……」
    > ショパンは大いに腹を立てたが、少なくともこの席で騒ぎを起こすのはうまくないと思い、いつか日を改めて仕返しをすることにした。
    > それから二、三週間たったある日、ショパンはかつての靴屋氏を自宅に招いた。彼は威儀を正し、得意顔で現れた。食後、デザート代わりに金槌と釘と底皮と長靴が出てくると、彼は顔色を変えた。ショパンはそれを見たがら、にこやかに言った。
    >「底皮はどうやって打ちつけるものか、見せていただけませんか。釘を二、三本打つだけでいいんです。どんなふうにやるものかわかるように、ただブム、ブム、ブムと……」
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    【2019/06/30 03:02】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (補記~備忘録)
     ふと思う所あって再掲する。「2017/01/30 05:49」稿では下記へのリンクだけ載せたが、今回は全文転載。~翌月、これに関する対談記事を立ち読みした記憶がある。『Hanada』2017.4号の金美齢×渡辺利夫「長寿社会は「長呪」社会」で渡辺先生、老人が「だんだん食べられなくなる」事に触れて居た様な。
    http://www.sankei.com/column/news/170111/clm1701110004-n1.html
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    >2017.1.11 14:00更新
    >【正論】
    >年頭にあたり 家族や国家巻き込む「長呪」の危険性 超高齢化社会をどう生きるか 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫
    >(1/4ページ) .
    > 端から不吉なことをいうようだが、日本人の自殺率は先進国の中では最高である。高齢者のそれは一段と高い。犯罪率を年齢層別にみると60歳を超えるあたりから急上昇しており、日本は高齢者の犯罪率においても世界に顔向けできる国ではない。
    > 他方、日本人の平均寿命は2015年において過去最高、世界でも最高位に近い。日本人の平均寿命が最高水準に達する一方、高齢者の自殺率や犯罪率は世界的にみて高率なのである。
    >
    >≪長命を追い求め過ぎた帰結≫
    > 「健康寿命」という概念がある。“健康上の理由によって日常生活が制限されることなく維持できる生存期間”である。平均寿命と健康寿命との差が“日常生活に制限のある健康ではない生存期間”となる。この差は男性9・1年、女性12・7年だと厚生労働省の統計が証している。
    > 健康寿命を延長させなければ、高齢者のQOL(生活の質)の低下が避けられず、医療費や介護給付費が増大して社会保障システムが毀損(きそん)されかねない、とも厚労省はいう。健康寿命の延長が可能であればそれに越したことはない。
    > 新聞やテレビのコマーシャルは高齢者の健康増進のための器具やサプリメントのオンパレードである。健康寿命の延長に多少の効用はあるのかもしれないが、あくまで「多少」であろう。
    > すべての人々が倦(う)むことなく追求して達成された長命が、実は「長寿」ではなく、逆に加齢とともに重篤の度を増し、次第に家族はもとより自治体や国家を巻き込んで進行する「長呪」ともいうべき状態となる危険性がある。
    > 現に、私の身内にもコミュニケーションがまったくとれないままに介護施設で便々の日常を過ごしている者が何人もいる。見舞うたびにこれでいいのかと暗澹(あんたん)たる気分になる。率直にいってこのような現実は、現代の日本人が自然生命体としての人間に賦された則を超えて長命を追い求め過ぎたことの帰結なのであろう。老人の自殺率や犯罪率が高いのもそれゆえではないのか。
    >
    > ≪三大老人病に勝ち目はない≫
    > 死の観念はこれを希釈しようとはからえば、はからうほど、この観念を鮮やかなものとして浮かび上がらせてしまう。
    > 医療人類学の分野で活躍する女性研究者のエッセーを読んで、改めて人間というものの不可思議なありようを思い知らされたことがある。彼女のフィールドの一つが、雪が降れば外界との交流が完全に断たれてしまう豪雪の山村である。この村では雪の季節の前にやってくる富山の薬売りの商人からいろんな種類の薬を購入して病に備える。しかし、薬などでは治すことのできない致命率の高い病に冒された場合には、村人はこれは運命だと瞑目(めいもく)して死を待つ。
    > ところがある時、公立総合病院をもつ町とこの村とを結ぶ立派な道路が開かれ、雪の季節でも車で病人を運ぶことができるようになった。それと同時に村の病人数が一挙に増加してしまったという。ここに至って、村人は病は堪え忍ぶべき運命ではなく、積極的に治療を施すべきものとして新たに認識されるようになったのである。
    > 従来、癌(がん)、心疾患、脳血管疾患が三大老人病である。これらに医療が対抗可能か。私は素人ながらまず勝ち目はなかろうとみる。病といえばある異常なものが自分の体の一部に取り憑(つ)いたものであり、これを排除すれば再び健康体に戻れるかのように考えがちだ。
    >
    >≪「あるがまま」に受け取る≫
    > これは感染症などの急性疾患の話であって、老化にともなう慢性疾患にこういう思想で対抗するわけにはいかない。感染症とは「自己」への「他者」の侵入であり、対照的に、老人病とは自己の変化そのものである。自己変化をもたらすものは老化にともなって必然的に生じる遺伝子構造の変化である。変化した遺伝子構造を元に戻すことが不可能である以上、癌などの三大疾患は避けられない。
    > 老いれば老いるほど生への執着が強まるという心理を私が知らないのではない。しかし、老いとともに深まる生への執着が癌恐怖となり、これが現代の医療と結びついたときには、人生の最期が過酷なものたらざるをえないという予覚だけは失うまいと私は構える。
    > 精神医師の森田正馬(まさたけ)は「不安常住」といい、森田の高弟の高良(こうら)武久は「人間は不安の器だ」という。神経症者とは、不安や恐怖を誰にもありうる当然の心理として「あるがまま」に受け取ることができず、不安と恐怖を「異物化」し、排除しようと努め、はからう。そのためにますます強く不安と恐怖に囚(とら)われ、抑鬱と煩悶(はんもん)に貶(おとし)められた人々のことである。
    > 「死の恐怖」とは「生の欲望」の反面であることをありありと認め、死への不安・恐怖と共存しながら、自己の目的に沿うて生を織り紡いでいかなければならない。私は森田のこの思想に準じて残りの生を送っていきたいと考える。(拓殖大学学事顧問・渡辺利夫 わたなべとしお)
    --------------------------------------------------------------------------------
     …そう云えば当時、こんな番組もあった(↓)。
    ●ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」
    https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259557/index.html
    https://www.youtube.com/watch?v=WHKKzJaQmIE
     そのNHK番組では早川一光医師が、これまで模索してきた在宅医療が果たして正しかったのか自問していた。また少し違う切り口が件の産経稿と云えるかも知れない。いづれも高齢化/終末期へと向かう視点で、限界を強烈に意識する内容だった。病院、施設、在宅と形は色々あれど、在宅で亡くなる人は放送時点で全国の一割程度らしい(30:48~)。政治的動向との絡みでは以下の記事を見つけた。
    ●在宅医療最前線1/30号 在宅医療の歴史
    https://www.premium-dr.jp/topics/home-doctor/5c496be00ede1.html
    【2019/07/07 05:25】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (歴史について)
     様々な事物に歴史がある。一般的には政治史のイメージが大きそうだが、こちらにしてみれば書道史や音楽史などの比重が上回る。ひっくるめれば文化史/芸術史の領分で、更に細分化すれば他と密接に繋がる具体的事例が見えてくる上、そこから別の見方/見え方も派生する。ただし専門的に過ぎると云われたら身も蓋もない。
     昔、音楽の自習課題にベートーヴェンの《運命》が出てきた(既述)。或る生徒と授業後の会話中に偶々リストの交響詩《前奏曲》を持ち出したら、教科書には《レ・プレリュード》とあるそうな。後になって思った。あの時バッハまで話を拡げたらよかったと。フーガを偏愛(?)するピアニストのグールドは、モンサンジョン監督に「プレリュードは要らない」とまで言い放った(再掲↓…日本語字幕付きLDの記憶では多分25:49~)。
    https://www.youtube.com/watch?v=exD8bhJP1eo
     音楽史と音楽観は、拡げれば歴史と歴史観。音楽自体が生々しく「そこにある/再現される」事に解釈が伴う点では、自ずと西尾先生の論/見方とも関連してくる筈。ドイツとイタリアの他、フランス音楽を巻き込んで立場/見方が異なってくる。日本では当初からドイツ中心の教育/見方が主流(だった?)と聞く。ヘンデルはドイツからイギリスへ行き、ワーグナーはパリを回った。
     書道でも中国と日本とでは見方に微妙な差異が見られるものの、日本側の感覚上さほど大きくはないらしい。むしろ中国側に準拠しようとしてきた。そこだけ見れば結構「国際的」で、予め日本式の受容が前提にあったとは云え歴史観の差異は感じられない。あるとすれば二臣をめぐる政治的/道徳的倫理だろうか。中国では二つの王朝に仕えた事を非難する向きがあったのに、日本では趙子昂も王鐸も構わず持て囃されている。
     嘗て書道Ⅱの授業で書道史を扱い、日本史や世界史ほど詳しくはない程度の資料集を印刷・配布した(図版てんこ盛り)。勿論「これを覚えろ」という事ではない。どうせパズルみたいなものだ。なんなら資料集を定期考査の場に持ち込んでも構わなかったが、他の科目に迷惑をかけるのではと踏み留まった。…なぜ歴史科目は暗記物となったのだろう。テストの都合なら、そちらを変える方がよかろうに。

    (近況)
     数日前に婆様の退院許可は出ていたらしい。7.4は施設に入る選択肢も提示されたが7.17の帰宅予定となった。打ち合わせを7.11にしたら、今後は毎日何度も人が来るそうな。数日前の電話では7.16の退院が目処だったが、縁起の良い日とは思えず「1989.7.16は指揮者のカラヤンが死んだ日」と言ってみた。その場に集まった面々で帰り際に見舞ったら、私には開口一番「会いたかったじゃあ~」と言っていた。これからかなりお金がかかる。
    https://www.youtube.com/watch?v=uvpXqAjnBFI
     苹の名義の預金通帳がある。しかしそれは私が作ったのではなく、知らぬ間に爺婆が貯めた。実質的には万が一の事があった場合、税や電気代などの自動引き落とし先を別の名義へと円滑に移行できる様にするのが目的と理解している。総ての通帳は個人でなく苹家の共有財産で、ATMの使えない機械音痴の婆様を私が代行しているだけ。ゆえに婆様のが残高不足になりかけた場合、私の名義から補填する形となるだろう。分散した名義は家族全体のセーフティネット、個人で勝手に使えるとは思っていない。
    【2019/07/14 09:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前~書道史余話)
     書道系の学科を除き大学入試に書道は出ず、試験水準は各教員の判断と周囲の空気が優先するため統一基準はない。定期考査のある方が珍しかろう。文科省後援の書写技能検定は或る程度の目安となり得るが入試とは無関係で、増加単位の認定なら可能らしい。苹の場合は前任者が実施していたのを引き継いだ。出題には書道史も少し出てくるが、それより授業で印刷・配布した資料集の方がずっと内容は濃い。どの蔵書から纏めたか見つからない。赤井清美『中国書道史』(東京堂出版)の筈だが…その手の大きく高価なのばかり爺様が書棚から勝手に持ち出し、額縁の箱などと一緒にしてしまった。
     安価な小型本のは図版が小さく、教科書のは大きいが少な過ぎる(臨書学習目的)。そこで分厚い専門書が役立つ上、研究書ほど詳しくないのが高校レベルには好都合。~授業では日本書道史に殆ど触れなかった。そちらのは2005年に大型で格安の『書―戦後六十年の軌跡』(美術年鑑社)が出て驚いたが、それでも3300円(小型本より少し高い程度)するし網羅的に過ぎる。頭が痛いのは各時代の評価で、平安の次は明治に飛びがちだから間の扱いに困る。ともすれば国文学/古文書側の歴史観(?)と軋轢が生じかねない。どの高校も書道では平安限定が多かろう。
     これが日本史や世界史なら、教科書は圧倒的に分厚く説明量が多い。その点を考慮すれば、書道史では図版が命と云っても過言ではなかろう。ただし単なる知識の羅列でも困る。それぞれを繋ぐ見所の歴史的継承に説明を向けないと丸暗記に傾く。しかし肝腎の本を碌に見た事がない。書道史の本に組み込むと却って混乱する虞があるからかも知れない。むしろ入門書か評論(書論)の方が読み書きしやすかろう。これなら十冊以上の心当たりがある。となると三系統の融合/総合バランスが課題となってくる。もちろん二単位か一単位の短時間でやるのは難しい。
     教員の視点は授業の密度とバランスに集約される。生徒側にすれば休んだり私語を交わす余裕などなくなるのが当然。高校に入っても小学生気分が抜けない様では困る。かてて加えて私の頃/以前は(今はどうかい?)、中学書写の形骸化や授業不実施が公然と行われていた。つまり小学校レベルが高校に直結する形となる上、定期考査もない。これでは成績の上げようがない。2006年に未履修問題が発覚した背後には、戦後数十年もしくは大正以来百年規模の黙殺を経た根深い蓄積がある。これまた歴史~近現代教育史に垣間見える偏りの一幕と云える。

    (備忘録)
    https://www.sankei.com/life/news/190721/lif1907210023-n1.html
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    >【書評】『世界の一流が必ず身につけている西洋美術の見方』宮下規久朗著
    >2019.7.21 13:30|ライフ|本
    > アートにクラシック音楽、ワイン…。「ディナーの席で会話がもたない」などと悩まないよう、ビジネスパーソン向けの教養本が続々刊行されている。「世界の一流」が何を指すのかはさておき、西洋美術史も必須科目らしい。
    > 美術史家の著者は、欧米と日本の教育の違いを指摘。義務教育で何度も美術館を訪れ、「美術史」の科目もある欧米では、社交の場で展覧会や好きな画家について話すのはごく一般的という。
    > 本書は古代から20世紀まで、ダビンチやピカソらによる美術の傑作を、「歴史」と「技法」の両面から読み解く趣向になっている。(宝島社・1650円+税)
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    【2019/07/21 23:02】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    退院無事されましたか?
    介護には本当にお金がかかりますね。

    書道の歴史・・・・
    時間が流れても、だから前進ってわけでもなく、
    時代時代のはやりだけが価値基準でしょうか。

    なんだかわかりませんが・・・・・。

    結局大勢の人が好いと思ったものが、良いのでしょうか。
    有名であれば良いのでしょうか。

    【2019/07/22 20:30】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >時代時代のはやりだけが価値基準でしょうか。
    >結局大勢の人が好いと思ったものが、良いのでしょうか。
     その「大勢」の場は所謂「通の世界」や宮廷など、近現代の様な民主的な場ではなく文人世界の「雅」に属する(ハイカルチャー)。流行(はやり)の方は「俗」の文化(サブカルチャー)と云えるでしょう。これは中野三敏(文化勲章受章者)など多くの専門家が共通理解とする所。ただ支那では「雅」だけが残りがちなのに対し、日本では大量の「俗」が民間に埋もれています。そこに「読める力」が関与する。字ばかりでなく「背景/時代性の行間を読む」。そんな「通」指向の人々が幕末期の日本には「大勢」居たから「質」そのものが民主的規模まで達し、文明開化の基盤を準備した。
     出来すぎた話に見えてもおかしくないほど識字率や文化度は高く、当時来日した欧米人の多くが驚いたとか。私から見れば「民主」とは文化的規模の問題が先で、元々は政治など後回しの話ではなかったかと。実際その方がピンとくる。近代語としての意味が輸入される以前に、予め受容条件となる文化的土台があった。そこから過去の文化が抜け落ちて、今はポピュリズムだの何だのが取り沙汰される…どうも本末転倒に思えて仕方がない。議会は動物園ではない筈だ。西尾先生は安倍首相の教養を疑って見せるが、その根底には「大勢=民主」の崩壊があるのではなかろうか。
     書道と云えば書道の話に「なる」=限定される。そこが気に食わない。元々は「書画」の一部だった。それら諸文化の総体が互いに影響し合いつつ時代性を形成する。こればかりは後になってからでないと分からない。そうした意味で時代の流行だけが価値基準となるかの様に「見える」のはやむを得ないし、顧みれば時代毎の比較も可能になる。そこに「大勢の人が好いと思ったもの」という「限定的」特徴が関与するものの、良し悪しの問題ではなさそうな気も一方ではする。必ずしも審美的な面ばかりでないのは認めるが、しかし或る種の政治的側面が関与するとも限らない。
     むしろ政治的側面は「俗」側に近いのではなかろうか。「雅」が歴史的前提に裏付けられるのに対し、サブカルチャーとしての政治は見苦しいくらい露骨に活きている。政治と美を結び付ける例は昔からあった。西洋で有名な例は差し詰めナチス時代の音楽か。イスラエルでワーグナーを演奏すると事件になった。ナチ疑惑のカラヤンが渡米したら反発が起きた。素材はハイカルチャーでも、受容環境がサブカルチャー側になる場合はありそうだ。逆に素材がサブカルチャーで環境がハイカルチャー化…日本の浮世絵やアニメなんざ、正直どっちだか分からない。

    (見よ、老婆は帰る)
    https://www.youtube.com/watch?v=8p1BedwyFKY
     婆様は予定通り7.17昼二時に退院した。入院費は予想外で27万円と高額だった(私の時は10万円)。婆様本人が親戚(婆様の弟)に帰宅の電話を入れた際に私も出て、その話をしたら向こうでも意外そうだった。高額医療費がどうのこうの、たぶん戻ってくる筈と言っていた。その辺は暫く様子を見てみる。…それにしても入院期間は二人とも約一ヶ月なのに、どうしてこんなに金額が違うのだろう。謎だ。
    https://nambyokango.jp/nambyokangoshi/
    https://nurseful.jp/article/magazine/%E9%9B%A3%E7%97%85%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB%E3%81%A8%E3%81%AF/
     退院後は毎日ヘルパーさんが三度くる。今朝は初めて「難病看護師」の肩書きを持つ人が来た。そんなのがあるとは知らなかった。調べてみると(↑)、普通の看護師とは違う希少種(?)らしい。サイト内の「難病看護師一覧」に名前が載っていた。しかしながら、うちの婆様は難病でなく多分ただの老衰である。もしや青森には難病患者が少ないのかしら。…で、他の介護業務に回されてきた?
    【2019/07/24 22:41】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    そうそう、あとで返ってきますよ。

    同じ一か月でも、治療が違ったのでしょうか。

    そうか、書道の良さを判断できる人が、今の時代減少しているのですか。
    【2019/07/27 21:41】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (前稿補記~備忘録)
     前稿で「サブカルチャーとしての政治」という視点を提示し、音楽との関係を例に出した。それと絡みそうな面白い記事が産経にあったので、以下に記録を留めて置く。
     …あれから四半世紀以上が経つだろうか、敗戦後ソ連に接収されたテープを原盤とするフルトヴェングラーの演奏がDG(ドイツ・グラモフォン)からCD化された。私も当時、国内盤を何枚か購入した。また既にEMIからCD化されていたシベリウスのvn協奏曲(クーレンカンプ独奏1943)も、あらためてメロディア(ロシア連邦)からCD化された。
    https://www.sankei.com/life/news/190728/lif1907280013-n1.html
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    >【書評】『権力と音楽 アメリカ占領軍政府とドイツ音楽の「復興」』 数奇な歴史に衝撃の連続
    >2019.7.28 11:30|ライフ|本
    > 「ドイツ的でなくして音楽家でありえようか」とはトーマス・マンの言葉だ。ドイツ音楽に対する国民の誇りを端的に表現している。このドイツ音楽を政治の道具に利用したのがナチスだった。党大会やヒトラーの誕生日、そして占領地域において、高名なベルリンフィルハーモニーの演奏を行い、ナチスの威信を高めたのである。
    > ナチスドイツの敗北後、ドイツ音楽がたどった数奇としか評しようがない歴史を膨大な史料を基に描き出したのが本書だ。衝撃の連続とでもいうべき内容だった。
    > 戦後、ドイツ音楽はナチズムに汚染されているとの前提で、米国の占領軍によって徹底的な非ナチ化が図られた。演奏者は占領軍政府に登録せねばならなかったし、演奏会場や劇場が全て認可制になった。コンサートで演奏される作品も、占領政策をつかさどる情報統制局に検閲された。ナチスが政治利用してきたリヒャルト・シュトラウス《英雄の生涯》やベートーベン交響曲第三番などが「特定の演奏文脈に照らして、一定期間演奏を禁止されるべき」とされる一方、ナチスが排除してきたメンデルスゾーンをはじめユダヤ人作曲家、ドイツ人以外の作曲家の音楽、そしてアメリカ音楽の演奏が推奨された。
    > だが、ドイツ音楽の非ナチ化の方針は政治的情勢によって変更される。米国と対峙(たいじ)したソ連がドイツ音楽の非ナチ化を図ることよりも、偉大なる芸術の支援者として振る舞っていたからだ。冷戦の最前線であるドイツにおける政治的目標が非ナチ化よりも反共化に置かれると、米国はドイツ音楽の擁護者として自らを任ずることになる。
    > 米ソ両国の思惑と文化政策の中、廃墟(はいきょ)の中からドイツにおける「瓦礫(がれき)音楽」が立ち上がる。戦後、ドイツで古典音楽が生き残ったのは、米ソの文化政策があってのことだった。彼らはよき理解者としてドイツ音楽を扱おうと試みた。仮に彼らが徹底的にドイツ音楽を排撃していれば、ドイツ音楽が生き残ることはできなかったはずだ。
    > 権力と音楽とは不思議な共存関係を示す。本書を読み、善きにせよあしきにせよ「政治的でなくして音楽家でありえようか」と思わずにはいられなかった。(芝崎祐典著/吉田書店・2800円+税)
    > 評・岩田温(大和大学専任講師)
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     三浦淳ブログより、またまた追記~備忘録。
    ●読書/ 斉藤利彦『試験と競争の学校史』(平凡社、1995年)
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1075221406.html
    【2019/07/28 22:14】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (所謂「汚い字」について)
     先頃こんなのを5chに書いた。改行省略。
    ●【話題】「どうせ将来はパソコンで書くから字は下手でいい」に賛否★5
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1564408799/l50
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    657名無しさん@1周年2019/08/01(木) 20:32:33.42ID:2G71BVHN0
    漢字教育が楷書に固定され、変体仮名が廃止に向かったのは「国語」が生まれた1900年。その後も半世紀以上、実用・社会生活では伝統的な行草変体仮名交じりが通用してきた。ただし戦後の学校教育は急進的・形骸的で、教えなくなってから急速に読めなくなった。そうした意味で「くずし字が読めない」のは当然だ。読めないものは書けるわけがない。本来は高校芸術科書道の仮名単元で、最初に平仮名・変体仮名の単体が読める様になる。読める理由・草略原理が分かれば草書も読める。あれは数学の応用問題みたいなものだ。草略変形にはトポロジーの見方が感覚的に応用できるはず。現に昔は小学生でも読めた。
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     これを種に少し補足してみる。~よく「汚い字」と呼ばれる書きぶりの中に、実は伝統的な草略による「綺麗な字」も含まれているのではと疑わしくなる事が結構ある。くずしてあるから読めない。読めないほど汚く見える。だから汚い字に含まれる…そんな感覚では伝統的な書字システム自体が根本的に成り立たず、無意識/無自覚な伝統破壊へと繋がるのでは。優秀な生徒ほど自発的閉鎖性を徹底して頑迷になる。実際5chを観察すると、「綺麗な字」を教科書体活字基準の楷書「イメージ」に限定する気配が濃厚に感じられた。
     抑も過去の価値観を非歴史化し、「綺麗な字」のイメージ自体を破壊しようとする動きがある。どうやら根拠は「字の綺麗な人は頭が悪い」「字の汚い人は頭がよい」との見方にあるらしい。字の綺麗な人は楷書で丁寧に書くため遅く、頭の回転が速い人は構わず書き殴ると。一部には草略と密接に関わる筆順の必要を感じない向きもある。また基準が同じ楷書でも、戦後の学校教育では高校受験を気にする余り極端に「厳密」な漢字指導(再掲↓)が通行してきた。
    ●文化庁指針(漢字のとめ・はねなど)への誤解と早とちり①
    http://shokaki.hatenablog.jp/entry/2016/02/28/194645
     こうした人々は言葉の意味、例えば「綺麗」「汚い」という概念の範囲が極端に狭くなる。時には顛倒した意味が大規模に普及し、辞書の記述が書き換えられる。行草が速記に適した書体として千数百年通用してきたとは夢にも思わない。~先日は書道史の話を持ち出した。これはそこに絡む話でもある。

    (自遠方来、不亦樂乎)
     婆様の近況を心配した弟(横浜のおっちゃん75歳)が2019.7.30、はるばる藤沢から見舞に来てくれた。あちらでは子供に重点を置き、老人介護はさほどでもないとの話しぶりだった(細部を比較すれば違いは少ないのかも?)。翌朝は難病看護師さんが来たので、念のため先の書き込みを監修して貰った。青森に難病者が少ない訳ではないらしいが内容は大過なさそう。その後おっちゃん夫婦が再訪、婆様の顔を見て帰って行った。
     確認したところ、鎌倉宮碑の話(「2018/03/17 19:30」稿)は苹が小学生の頃だそうな。卵味噌の件(「2019/06/27 00:56」稿)では、長年使用中の貝殻を実測したら径17.5cmあった。十数年前に駅前開発商業ビル「アウガ」地下市場で買ったのが未開封のまま見つかり、土産に持たせたら「あちらには無いんだよ」と喜んでくれた。神奈川の様な大都市圏でも入手機会は少ない模様。…先年「アウガ」は破綻した。今は建て替え中の青森市役所が移転している。
    【2019/08/05 02:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    どこかで読んだ文章だなぁと思ったら、岩田君のものでしたね。

    汚い字、きれいな字・・・・・奥が深いですねぇ~~~

    私はやはり履歴書の汚い字の人は、
    頭が悪いんじゃないか・・・と思います。
    綺麗な字の人が好きです。

    産経新聞社主催だったか、書道の大会だったか・・・・があって、
    発表されているものの「良さ」「より良いもの」?が
    ぜんぜん理解できませんでした。
    玄人?専門家?にしかわからない順位なのでしょう。
    【2019/08/05 22:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >どこかで読んだ文章だなぁと思ったら、岩田君のものでしたね。
    https://bunshun.jp/articles/-/10475?page=4
    --------------------------------------------------------------------------------
    >――『男子、一生の問題』(2004年)では、若手論者に対するメッセージをお書きになっています。「とにかく型にはまってしまってはいけない」。つまり、「このテーマならこの人だ」とならないでいられるかどうかが、伸びる人と伸びない人の違いだと。
    >西尾 ええ、これからの論者は意外な面を見せなきゃダメですよ。意外性というのは何かを恐れていては出てこないものです。率直であって、言うべきことを言い、作為はなく自然体で生きている結果として発露するものが意外性だと思います。逆に、論者の名前を見たら「この人ならこういうことを言うだろう」と分かってしまうような人はつまんないね。
    (中略)
    >――今、期待している論者はどんな人ですか。
    >西尾 政治学者の岩田温、青山学院の国際マネジメント研究科にいる福井義高、カナダ在住の渡辺惣樹。それから江崎道朗、潮匡人、藤井厳喜、加藤康男。女性では宮脇淳子、福島香織、河添恵子、川口マーン恵美。最後の川口さんは思想があるかどうかわからないけども文章がいい。常識を心得ていて、人間をよく知った良識がなせる業の文章を書く。
    --------------------------------------------------------------------------------
     書評から意外な接点が得られるとは思いも寄らなかった。…ところで、あれは何日くらいかけて脱稿したのかしら。もちろん読書時間も含めての話で、あっしの場合こうした仕事は脳味噌の都合/効率上たぶん無理だろう。見えない所に蓄積したものが自己の歴史となっていく点では万人が平等で、後は自由を阻むものが自由の中身を組み換える。時間もまた自由を阻む事に変わりはなかろう。締切(?)に追い立てられる不自由は、やがてじわじわと精神を蝕んでいく気がして恐ろしい。

    (孤猿坐啼墳上月、且須一盡杯中酒)
     青森ねぶた最終日は海上運行だの花火大会だのがある。ドンと響きパッと開いて散る瞬間、すぐさま音と光の調和が共に消えていく。見たくないから何十年も避けてきたが、どうも気になって仕方がない。…原因の一つは分かっている。まだ社中展に出していた頃、ふと会場で感じた根本的な違和感がそれだった。この感覚を四半世紀後の今もずっと引きずって居る。あの時「展示の持続」自体に疑問を持った。時には相容れない煌めきが要るのかも知れない。
     当時は「実験室」の企画があった。その時のテーマは「光と影」だったかしら、照明の工夫を活かす作品が多かった。しかしそこは苹の事、いつも通り頭がどうかしている。どう見ても効果の薄い失敗作となった。伝統的な対聯形式、日下部鳴鶴系の隷書で七言二句。ただしベニヤ板をペンキで真っ黒に塗りたくり、夜光塗料で揮毫した。…あれを真の意味で観賞できるのは一人しか居ない。展示期間中、最後に会場を閉める係が消灯すると一つの作品から不気味な燐光が浮かび上がる。そんな花火の様な一瞬だけが観賞に値する。
     題材は李白「悲歌行」から採った(こちら参照↓~ただし原詩はもっと長い)。
    https://www.kanzaki.com/music/ecrit/mahler-erde-trans.html
     蛇足。ストラヴィンスキー《花火》、モシュコフスキ《火花》てな曲もある(↓)。
    https://www.youtube.com/watch?v=C6KvUon3x1g
    https://www.youtube.com/watch?v=X27N_svVPok
    【2019/08/10 21:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (花火の様に?~或いは「不自由」の回想)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2262.html
     見せる相手が特定であれ不特定であれ無価値ではあるまい。ただし公的機関を巻き込むなら、事は却ってややこしくなるだろう。そんな展覧会は隙あらば必ず何かが変質する。もはや芸術云々が正面からは通用しなくなり、政治利用の道具と化した例は昔から沢山あった。「あいちトリエンナーレ」(↓)の場合は「不自由」の発現としてなら充分な成果があったと私は捉える。なにしろ三日で中止という「実績」が得られたのだから。~以下、読売記事抄録。
    https://www.yomiuri.co.jp/national/20190814-OYT1T50129/
    https://news.livedoor.com/article/detail/16925145/
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 大村知事や実行委事務局によると、大村知事が6月に「表現の不自由展・その後」の説明を受けた際、芸術祭の企画責任者である津田大介芸術監督に対し、少女像について、「本当にやるのか。展示はやめてもらえないか」「実物ではなく、パネルにしてはどうか」などと伝えたという。
    > 企画展の運営メンバーからは「それなら、この企画展を全てやめる」などの話もあり、最終的に、来場者に写真撮影やSNS投稿を控えてもらうことで、展示することになったという。
    > 大村知事は「強い要望・希望は申し上げたが、それを超えると憲法21条(表現の自由の保障)の話になる」と説明。「相当様々な意見が来るとは思った」としながらも、「警備の増強など、行政としてできる限りの対応はした。テロ予告や脅迫などは予想しなかった」と述べた。
    --------------------------------------------------------------------------------
     展示のテーマが何であれ、場違い/筋違いという事はあろう。~これで思い出したのが第41回アングレーム国際漫画祭(↓)の時。最初から展示を拒否するか、展示して中止に追い込まれるかの対比が面白い。いづれも「不自由」を表徴する結果となっている。つまりテーマが「自由」でなく「不自由」だったからこそ、保守側の展示があっても/なくても不自然ではなかった(?)筈。…そこのバランスは今回どうだったのだろう?
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html
     花火は外から照らされるのではなく、内側から燦然と輝く。私の場合は名残の様な燐光に記憶の痕跡を感じた。而るに花火の名残とて、闇となった後の記憶は頭の中で輝くのが普通だろう。実態や事実ではなく記憶が持続するだけだから、そこが厄介なほど美しい…。

    (翌々朝追記)
     話を「光と影」に戻す。~光を発するのが内外どちらかで影の在り方は変わる。普通は照らされた中に対象物の影が可視化され、我々は「影と呼ばれる光」を見る事になる。ところが闇の中で「光あれ」だと、闇と影の関係はどうなるのだろう(あたしゃ理系や宗教は苦手なの…)。見えないものの可視化/理念化が「成果」ならば、丸裸にされた影は本当に影と云えるのか。影は動態をも反映するとあらば、夏の木漏れ日に揺れる階調は光と影の対比でしかあるまい。
     私は花火の影を見た事がないし、光源自体は影でない。でも…あの光に浮かぶ彼女の浴衣姿はさぞ美しかろう(あっしとは無縁だけどネ!)。そんな場面では花火自体も展示作品と同様、もはや問題ではないだろう。しかしながら恋は不自由、花火も天候に左右される。「台風のバカヤロウ!」と叫ぶくらい自由を夢見るなら次の開催を待てばよい。不自由の中に自由が浮かぶから面白い。自由は影の様に得体が知れない。
    【2019/08/15 05:54】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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