• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    自由について(2)
    「あなたは自由か」の直接的な感想は書けないけれど、
    なんだかいつも「自由」について考えさせられている。

    喧嘩して、自分の言動を制限されたときに、
    「自由」を奪われたと感じたように、
    何かしら「自由」が引っかかっている。
    人間という動物が繁栄し、生きながらえていくために、
    色々な制限を乗り越え、
    できるだけ強くなっていくことが「自由」ってことなんじゃないか。
    自然淘汰?競争?の末に、
    できるだけの「自由」を確保しつつ、
    伝統とか、文化とかいう形を作って、
    その中での自由・・・・・・

    ありゃ、また考えの迷路にはまっている。

    とにかく、どんなことでも「自由」というキーワードが、
    最近の私の日常の思考に入り込んでくる。
    だって、「あなたは自由か」って聞かれているのだもの・・・・。
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    【2018/11/14 22:43】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(19)
    この記事に対するコメント

    奥様
     
    仰ること何となく分かります。
    それに私も、『あなたは自由か』を読んでから、その中に「日本人の自由は、生活にそれほど不自由はしていません程度の意味しかない」とあったように、本来「自由」とはもっと重い意味があったんだと思うと、「これも自由かな、あれも自由かな」、と考え込んでしまいます(笑)。

    例えば兄弟喧嘩にしても、同胞(はらから)なのにぶつかり合うと、互いの違いが明らかになって、「あいつと自分は違う」と思って、違う道に進んだりしますね。仲がいい場合は、兄や姉或は親と同じ道に進む事もありますが・・・
    このように兄弟姉妹との関係や自分の家庭の経済とか色んな条件を鑑みて、自分の進路を決めるのも、「制限を乗り越え」「強くなっていく」道程ですよね。

    だから子沢山の昔は、非常に制限が多かったけど、そこから這い上がろうとする意志も生まれたんじゃないでしょうか。不自由だから、そこから抜けようとする、つまりそれが自由を求める、というか自由そのものですよね。

    亡くなった私の父もそうでした。小さい時から物凄い負けず嫌いで、勉強もできた。でも長兄は中学に行かせてもらったのに、祖父は次男の父を大阪の薬問屋に丁稚に出したんです。田舎ですから、中学に入れるとすごくお金がかかることが分かって、祖父は父には行かせなかったんです。ところが、二人いる弟の中の一番下の弟は、また中学に行かせました(笑)。
    父はしばらく丁稚をやって「俺はこんな事では、うだつが上がらん」ということで、奥様のいる広島の呉の海兵団に志願したんです。
    でも兄弟は兄弟、父が兄や弟を恨むなんてことはなかったです、父親は恨んだかもしれないけど(笑)。でも終戦になると、今度は祖父は、父のことが自慢になったんです、勝手なおじいちゃんでしょう?(笑) でも父がもっと恵まれてたら、徴兵されて戦死してたかもしれません・・・

    今の時代は、学校で「君達には、色んな可能性がある」と言われて育ちますよね。でも、真面目に勉強する子は、結局進級して「普通高校」に入る。勉強は大変だけど、身体で感じて何かを決断する、というより暗記したり公式に当てはめて計算する、とかの作業だけで手一杯。成績で序列つけられて選別されるけど、自分で何かを決断するという実感に乏しい・・・
    もちろんスポーツや芸術の世界などは、少年少女の時代から、一つの道を究める、みたいな人はいるけど、普通の人の場合は、将来の就職のこともあるから、端から見るより選択肢それほど多くはない・・・

    それでも日本はまだいい方なのかもしれません。以前聞いた話ですが、ある中国からの留学生(漢民族ではない人)が、「日本はいいですね、自分のやりたい好きな道が一杯あるから。でも中国は、まだいい大学に入って出世するというのが一つの理想だ」と言ったとか。

    学生の頃、中国近代史専門の先生が、「(今の中国で)どれほど不満を持っている者がいることか・・・」と言った一言が今でも強烈に頭に残っています。その頃は文革が終わるか終わらないかの頃で、今ほど中国の情報が入って来なかった時代だったので、そんなものか、と複雑な気持ちになりました。
    それで、私は感じるんですが、中国人というのはいい大学出だと、鼻高々で、来日しても、日本人も、それだけで重宝してくれるだろうと思ってる。何でもピラミッド型だと・・・
    日本でも一流大学出だと、色々得することが多いかもしれないけど、世の中を見たら、スポーツ選手が尊敬されたり、あちこちでカリスマみたいのがいたり、中心というものが、あまりはっきりとしないですよね。ところが、彼等はそういうことが、なかなか分からないみたいです。

    『あなたは自由か』の中で、ソルジェニーツィンのように東側から西側に行った人の事が書かれていますが、私は中国人というのはロシアや東欧の人たちとはちょっと違うんじゃないかという気がします・・・
    あの膨大な人口だから、もともと競争が激しい。国内の受験戦争で勝ったら「自由」を感じるだろうし、周囲を差し置いて海外に出たら、それも「自由」を感じるでしょう。親が海外で働いているというだけで自慢になるらしいし・・・常に人に抜きんでることが、脱出、解放つまり自由になることだと思うんです。日本に来ても、心は出たかったはずの大陸にいるつもりで、今度は日本人に勝つことが目標となる・・・ その他、何をやるにも、人より一歩抜きんでることが目標になるんです。
    ですから同じ勉強、仕事をしても、恐らく発想も目的も日本人とは全然違う・・・
    逆に言えば、日本人のように、伝統工芸とか自国の歴史から何かヒントを得て、面白い物を作りだす、とかは恐らくあり得ない、つまりそういう意味で、絶対に日本人みたいにはならない人々です・・・

    それで日本人の場合は、よく坂東忠信さんが言ってるように、無駄な大学へ行くよりは、職業訓練を充実したり選択肢を増やしたり、そんな専門的な職業も尊重され給料も高くする、みたいにすれば、若者のエネルギーをもっと吸収できるんじゃないかと思います。
    ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。

    奥様は、「伝統とか、文化とかいう形を作って」と書かれましたが、そんな伝統という背景があって、その世界に入って、何百年と培われてきた技術なりを習得するために研鑽する・・・そこに自由があるんですよね。その共通基盤の中で競争するのがアゴーンですね・・・

    今のように、全員に同じ事を勉強させて、それが中学以上になっても試験の成績だけで選別する・・・これって、あまりにも貧弱でつまらないシステムですよね・・・(笑)






    【2018/11/15 22:51】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >ちょっと前、薬師寺伽藍再建をした宮大工の西岡常一さんの弟子だった小川三夫さんに弟子入りしたい工業高校の生徒たちを取材した番組を見た事があります。
    >黒ユリ様

    その番組私も見たような気がします。
    屋根の曲線を決めるのが、宮大工の腕の見せ所だ・・・みたいな番組ではなかったですか?
    それで、若い人に自分でその曲線の角度を決める決断をさせるために、色んな試練を経験させるという内容でしたよね?違いましたか?

    日本人が一番安心できるの点は、上の人の言うことをちゃんと聞く耳を持てたら、ほぼ間違いなく成長できる環境が整っていることだと思うんです。
    よっぽど騙される人は、それなりのリスクを覚悟している場面にいるためであって、普通にしていれば被害はほとんどないですよ。ただ、そうであるからこそ、現場で努力していろんなところに転がっているチャンスを自分で拾って自分で磨きなさいという社会なんだと思います。
    職人さんが一々手取り足取り教えないのは、最後は自分で決めなさいという暗示だと思うんです。そのかわり惜しみなく技は君の目の前で披露するよ・・・というのが伝統芸なんでしょうね。

    だからこそ、世にいうハウツーものは、絶対日本では違和感が生まれ馴染まないはずです。

    「こうすれば成功する」「成功への近道はこれしかない」

    そんな保証ができるのなら、他人に教えないほうが自分で独占できるはずだと思うんだけど、普通に考えるとそういう甘い言葉が案外世の中にはびこってしまうのが現状でして。

    やっぱり、「何事も戦って手に入れろ」という言葉が、一番正しい教訓だと思います。
    それこそは本当に心を正しくしてくれるますし、なにより健康的です。

    その宮大工の方も、最後は絶対自分で手を入れずに、最後まで弟子に責任を負わせていましたよね。自分で決める覚悟がなければ、責任感が生まれてこないんだという風に。

    結局やる気のある奴は「己と戦え」ということなんだと思います。
    日本人はたぶん単一民族なので、欧州のような民族のぶつかり合いが少なかった経験上、戦う相手が「己」に向いていく傾向があるんだと思います。
    それが武士道にもつながっていくんだと思います。
    それがなかったら武士の「律」は存在しませんよね。

    「天知る地知る己知る」でしたっけ。
    昔誰かがそんなこといってましたよね。
    悪いことはできないんだよ・・・みたいに。

    でもね、というか、私が社会人になりたての頃は、けっこうワルサを先輩から教わったものです。特に、心を通じ合えた先輩からは本当にいろんな遊びを教わりましたよ。
    「おまえようやく一人前の仕事ができるようになったな」と言葉で伝えるのではなく、夜の遊び方の中でそれとなしに伝えてくれるというか・・・。

    男の遊びはそれが昔は主流でした。
    営業やっていてそれと縁がないサラリーマンは、どこに行っても通用しませんでした。
    男である以上「スケベ」は健全な本能です。
    だから昔の男は逞しく見えたんですよ。
    私たちが遊んでいた頃は、絶対素人には手を出しませんでした。
    軟派とかそういう遊びはご法度でした。
    飲み屋に行っても、借金は絶対するな。どんなに苦労しても自前で金を払え。それが自分の度量になるんだ。自分の金で遊ぶことの「意味」を勉強させられたものです。

    それが最近の男はといえば、基本的に「真面目」。
    真面目だから遊ばないし、遊びを知らない。

    いや「真面目」なんではなくて、私たち世代から見れば「度胸なし」、つまり「おとなし過ぎ」、よって「つまらない男」。

    ところがそういう男が基本的に今は主流。はたしてそれは女性が求めている路線なのかどうかはわかりませんけど。

    でも、いろいろ考えてみると、こんなことが案外的を得ているんじゃないかと最近思うようになったのです。
    「昔の男は裏でやさしくする。最近の男は表でやさしくする。」

    結局は優しい日本人男子であることには間違いないけど、この対比は案外意味が重いような気がします。
    他人の金で遊ぶ手段を身に着けてしまった男は、結局つまらない男で終わるでしょう。でも、自分のお金で遊ぶ決心ができる男は魅力がありますよ。

    どの時代でも女性はその点を見抜いてほしいですし、それを守り続けてほしいです。
    だって遊びの世界で己とアゴーンしている男なんですから。


    【2018/11/16 00:25】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    続きなんですが、呉服問屋時代に、福島の白河のとある呉服屋さんにお邪魔して、そこで教わった話なんですが、そこのご主人女遊びが大好きで、全国を旅する際に寝床を寂しくして過ごした日はほとんどないという話をしていました。

    そんな話の中で印象的だったのは、昔の遊び場の女性は、どこに行っても朝私が顔を洗う時に、後ろから私の着物の袂を抱えてくれたんですが、今の時代はまずそんなことをしてくれる女性はほとんどいませんな・・・と。

    男が遊ぶというそのスタイルはもちろんですが、モラルさへも昔と今とでは段違いなんだとおっしゃっていました。
    そのご主人はこうもおっしゃっていました。

    「お金はその場で払いなさい。どんな遊びも借金だけは絶対しなさんな。価値が半減するだけだ。遊び場はお金で縁が保てているんだから、その決まりを守らない人間は信用されない」と。

    福島の原町の呉服屋さんの社長も、「どんな支払いも、現金が一番信用される」とおっしゃっていました。
    世の中にはいろんな人生といろんな社会が存在します。
    私はそのほんの一部を切りつまんで語らせていただいております。
    でも、そのほんのわずかな断片にも、素晴らしく広い世界に通じるものがあると思っています。小さな経験であっても、大きな世界を意識すれば、その小さな経験はけして小さいままで収まらないものなんじゃなか。
    つまり、経験したものがどこをどれだけ力強く見入るかということなんだと思います。

    なんだか、だんだんハウツー理論になりつつあるので、この辺でやめておきます。
    【2018/11/16 01:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    ここからは家自慢編

    昔たしか日録の蘭ちゃん管理のところで書いたはずなんですが、記憶をたどってもう一度書きますね。
    (蘭ちゃんとは、ミッドナイト蘭くんのことです)

    私の実家は呉服屋で、爺さんがその礎を築きました。
    その爺さんは京都出身で、北海道に1歳と半年で叔父の家に養子に入ります。
    叔父も元々は京都出身で、養子に迎えた赤んぼは自分にとっては血のつながった甥っ子です。
    その叔父という立場の人は私にとっては曾爺さんです。

    この曾爺さんの関係と祖父の関係が、けっこうややっこしいのです。
    一応説明しますが、まぁなんとなくで記憶してください。
    祖父は山本から池田に養子に入るんですが、祖父の父は元々池田から山本に養子に入ったようで、つまり私の祖父は先祖に戻った形になります。
    でも、そのもっと先を聞くと、池田家と山本家で、何度も養子のやりとりをしているんだそうです。
    祖父は元々は「山本」。曽祖父は「池田」
    でも祖父の実父は山本。
    その祖父が養子に入った先の曽祖父と、私の祖父の実際の曽祖父は兄弟です。

    ここまでの流れわかりますか。
    昔はもっとこの両家の間で子供のやり取りが盛んだったと聞きますが、なにせまた聞きですので信用はできません。
    ただ山本家にある家系図はうそをつきませんです。

    基本的に池田家はお金に不自由しない家系。一方山本家は位はかなりあるけどお金に不自由する家系だったそうです。
    つまり山本家は今でいえば皇室に出入りできる身分。一方池田家は荘園とか抱えることができる歴史があって、どうやらその礎を探ってみたら、上賀茂神社にたどり着く家柄だったということなんです。
    何年か前、私の叔父叔母軍団が京都に行って、池田家の本家の案内で上賀茂神社のなかをくまなく案内してもらったと、自慢げに話していた叔父の話は、一応信用しなければなりません。
    祖母は私に何度も先祖の話をしてくれました。
    「池田家は加茂族といってな、昔の天皇とご縁があって、ずっとそばを離れない家系なんだよ・・・」てな具合に。

    そんなこと、北海道に住んでいる人間にとって、ほとんど認識できないし、想像もできないわけですよ。もっと頭のいい親戚は、池田家の先祖が加茂族かどうかより、その先の先祖がどうなっているのかとか言い出す人もいましたね。
    ほっぺたがつっぺ下がりの家系は、もしかしたら朝鮮人なのかもしれないよ・・・とか、たしかに私はつっぺさがりで、その方のいう通りかもしれないですが、だからといってそのまんま受け入れることも不自然で。

    祖母はたぶん加茂族は天皇家と親戚だという感覚で私に話しかけていたんじゃないかと思います。
    でも実際は加茂族は天皇家と血筋は別だと認識します。
    本当のところをご存知の方がいれば、教えてほしいのが本音です。
    ほかの日本人はそのほとんどが天皇家の先祖と縁があります。
    でも、私の家系はそうではない。そこに少しこだわりたい気持ちがあるんです。
    縁がないのになぜにこうして皇室の気持ちを汲むこころが自然とあるのか。
    なんだか面倒なことですが、どなたかアドバイス願えるでしょうか。

    歴史のロマンというのがありますよね。誰も知りえない世界を想像して、そこに何かを学ぶというもの。
    私は祖母から池田家の話をいろいろ聞かされて育ちましたが、その一つの家の歴史を学ぶだけで、どこか勇気がわいてくるんです。
    恵まれた家の話だとか恵まれない家の話だとか、そんな基準はここには生まれないと思うんです。そんなものが何も基準ではなく、話しかけてくれている人間の心が一番私には大切だったんです。
    おそらく祖母は私に加茂族の意味を伝えたかったんでしょうが、私にはそのことは二の次な感じで聞いていました。
    私はそれより単純に祖母の話を聞いていることが楽しかった。
    ただそれだけだったのと、大学生になっても帰郷した際に祖母の部屋に訪れて枕を近くにして話を聞きたかったのは、祖母がいつまでも希望を捨てずに生き生きとしていてほしかったから。
    平成の時代になったその最初の日に、祖母と電話をする機会があったんです。
    「おばあちゃん、ついに昭和が終わったね」というと、「そうだね。さびしいね」と言ったのが、祖母のまともなときの最後の言葉でした。

    それから数日後、祖母は俗にいう「あたった」という病気。つまり「ボケ」が始まりました。しかも急速に。別に天皇家に忠実なことを心掛けていたというようなことはないとは思うんですが、でも祖母にとっては昭和天皇の死は、大きかったんでしょうね。

    こころの支えだったのかもしれません。
    「おばあちゃん天皇陛下が亡くなっちゃったね」といと、さびしそうに「そうだね亡くなっちゃったね」と返してきた祖母の言葉のあの音が、今も案外印象深く覚えています。
    それが私と祖母の最後の会話です。

    私は日録の産声が始まったころに、私個人のこの物語を関連の板で書き連ねました。
    そこには恥ずかしさはありませんでした。
    西尾先生が読んでくれることを願って書き連ねました。
    そうすることによって、今の自分の心の状況を打開できればいいんだという思いで書きました。
    今は少し冷静になれて、ここに集う方々の気持ちを優先しようという心が普通にあります。
    でも、どうなんでしょうか。どちらも自分であるのなら、昔の自分の心理が、本当は自分らしいと思うことも許されるものであり、そちらを無下に犠牲にする理由はどこにも存在しないわけですし、今が正しいという保証もないわけですから、過去の自分をもっと勇気づけることも大切なんじゃないかと思うようになっています。
    【2018/11/16 04:12】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    あきんどさんの色んな思い、興味深く拝読しました。
    宮大工の西岡棟梁の事は、昔のNHKヒット番組「プロジェクトX」で知りました。その時、小川さんはまだ20代で、今はもう70代、西岡棟梁の跡を継ぐ一人ですね。私が見た番組は、テレビ東京の「和風総本家」の特別版でした。その他にも小川さんを取材した番組は、過去いくつかあったと思います。

    あきんどさんが見た番組とは、違ったかもしれませんが、書かれたことは分かります。「プロジェクトX」では、職人の厳しさとか師弟関係のことが印象的でした。
    薬師寺伽藍再建のために、全国から応募して選ばれた大工たちと西岡棟梁のやりとりが描かれました。「何も教えてくれない」・・・自ら壁にぶつかって、それを乗り越えることでしか技術は習得できない、その通りです。でも印象的だったのは、弟子の一人が台湾から買った千年の檜を切る時、手が震えて切れない、その時西岡棟梁は「思い切ってせい、責任はわしが負うから」と言ってくれた、とか。

    その他、西岡棟梁は薬師寺の設計に関して、大学教授をも論破した、とか、過去宮大工の仕事が激減した時も、西岡棟梁は普通の大工の仕事は一切しなかった、その理由が「腕が鈍るから」といった点も、驚きでした。

    こうした人たちがちゃんと生きていける社会、これが大事です。でも現代はどうか、あきんどさんが書かれたように、現代は「女遊びは、けしからん!」が表で、特に若い人は、真面目な人ほど「表」を真に受けてる(笑)。役者なんかは、女遊びは当たり前で、芸の肥しになる、ということで、その伝統が生きてるようですが・・・
    でもそのせいか、最近のニュースにあるように、梅毒が蔓延するとか(これは外国人が持ち込んだと言われてますが)、一昔前の社会に逆戻り、なんてとんでもないことになってる。

    昔は「きれいごとじゃない世界がある」、それが分かって初めて大人と言える、というのがあったのに、政治家ても、きれいごとばっかり、つまり「言葉だけ」になってきてる・・・恐ろしいことです。政治家も国民も、子供みたいな人間ばかりになったら、おしまいです。

    呉服屋のご主人の話、「着物の袂をかかえてくれて」・・・情緒がありますね~
    今は、事が終わって、カネさえ取ったらそれでおしまい、ですか・・・(笑)
    そんなのがドライでいい、なんてのは、西洋式あるいは中国式ですかね。そういえば、職場の女性のことをBG(ビジネスガール)と言ってたのがOL(オフィスレディ)となったのは、BGというと、あの方面のプロの女性の意味なるから、だったそうです。そうか、あれもビジネスなんですね・・・(笑)

    以前新聞記事で読んだのですが、着物というのは、どうしても体の動きが制限される、それが女性の優雅さにつながっているというんです。なるほどな~、そういえば同じ女優でも現代劇より時代劇の方が女らしく見えますよね。
    それに以前TVで観た、京都の帯の老舗の山口源兵衛さんが、「皆、着物着るようになったら日本変わりまっせ」と言ってたのが印象的です。そうなったら面白いな~、洋服脱ぎすてたら、心も変わるかもしれないし・・・(笑)
    私の従弟も呉服の「鈴乃屋」に勤めて全国回り、北海道にもいたことがあります、もう定年ですけど・・・

    日本の政治家、特に女性ですが、以前いた「このハゲー」と罵倒したとか、不倫した元検事とか、「ああ、学力あっても全然ダメだな」と思います。それにそれらが発覚した後の態度がいけません。自覚があるんなら、全部背負って黙れ、と言いたい。元検事の方は、何事もなかったかのように、また当選していっぱしの事をベラベラと・・・開いた口がふさがらない、とはこの事。ペーパー秀才の成れの果てがどんなものか、のいい見本じゃないでしょうか(笑)。それで、もっと恐ろしいのが、彼女に投票する国民・・・

    あきんどさんの家系のことですが・・・
    加茂族のこととか、私は全く知らないんですが、ちょっと前日録でも書かせてもらった、田中英道さんの『日本の起源は日高見国にあった』と『天孫降臨とは何であったのか』を読むと、現実は、これまで教科書に書かれてたことは違うんじゃないか、と本当に思いました。

    例えばネットで調べると、出雲族がどうの東北の蝦夷がどうの、と書いてありますが、もともと西日本には、ほとんど人が住んでなかったんです。これまでは、日本というのは、もともといた民族と西日本の渡来系の民族の混血だとか、大陸から文明が来て、徐々に東の方に伝わった、と言われていました。

    しかし田中先生は、最新の考古学的、生物学的研究を元に、縄文と言われる壮大な文明が東から東北日本にあって、寒冷化でその文明が西日本(九州含め)に広がり(ということは、東日本の人間が西に移動したということです)、後に大陸の文化も伝わって混合した、ということなんです。だから皇室の起源も関東なんです。また皇室の第一の家来と言ってもよい藤原氏(中臣氏)も関東出身で、後から関西に移ったんです。

    出雲の大国主命の国譲りも、もし出雲族が完全に渡来人だったら、あり得ないと私は思います。大陸は、昔から敵は根絶やしにする文化ですから・・・とにかく渡来人との混血はあったかもしれないけど、もともと日本は全世界から人が集まってできた国であって、長い時間をかけて、皆「日本人になった」訳です。今みたいに、何時間か懸ければ、地球の裏側に行ける時代と違いますから(笑)

    だから詳しいことは分からないけど、おばあさまが、皇室との縁を大事にしてたとか、神社関係だったということは、渡来人の血が混じっていたとしても、基本は日本人だった可能性の方が高いのではないかと思います。

    本州の現代人のDNA
      朝鮮人に多い特徴を持つ  24%
      中国人  〃       26%
      アイヌ  〃        8%
      沖縄県人 〃       16%
      どれにも属さない     26%
     (宝来聰 『DNA人類進化学』1997)
    『日本の起源は日高見国にあった』より

    このデータだって、本州の約半数が中韓に似たDNAといっても、今の中韓の人々と同じ、と言ってるわけじゃありませんし。
    それに例の蝦夷ですが、田中先生は、要するに蝦夷というのは縄文人だという訳です。色んな部族に分かれていたとしても、今の人種差別みたいなものとは違う訳です。その縄文人が、寒冷化で東北や関東から西日本に移動したのだから、比較的新しく海外から移民が来たとしても、縄文人と混血した、と考えられると思います。付け加えると、田中先生の動画を見ると、アイヌも後に北の方から移動してきた人々だ、みたいな事を言ってましたよ。だから、アイヌは、ず~っと北海道にいた根っからの縄文人とはちょっと違うかもしれない・・・その辺のところはよく分かりませんが。

    長くなってしまいました。
    ただ先祖のことは、私の父方の先祖も、平家の落人、平家の家来だった人間だ、なんて聞いたことがあるので、「そうかな」と私なんか、楽しんでます。私も自慢じゃないけど、両親とも能登では比較的大きな家系だったので、平家と上杉謙信と関係あったんだ、と自分勝手にプライド持って、心の肥しにしてますよ(笑)。
    【2018/11/16 10:08】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >黒ユリ様

    本当に感謝します。
    こんなに詳しく調べていただいて、どうやってこのご恩をお返ししたらいいやら・・・感謝感謝。

    実は能登半島も私の祖母の実家と深い縁がある場所なんです。
    輪島塗の工芸を代々継いできた家系だったそうです。
    わけあって能登を離れることになり、北海道に渡ってきたそうです。
    能登で色々お世話になったり御世話した仲に、「牛腸」(ごちょう)さん・・・(名前がこれで正しかったかどうかが記憶不足なんですが)・・・という方がいて、今も能登ではこの方の作品が受け継がれていると聞きます。

    ちなみに祖母の実家の名前は「城」という漢字が充てられて、「たつ」と呼ぶのが正しいそうなんですが、漢字のままのイメージが最優先され「じょう」と言われた形跡もあると聞いてます。中には「しろ」と呼ばれたという話もあります。

    それにしても石川県はぜひ将来訪れてみたい場所の一つです。今の仕事を引退したら、女房と日本海側を車で旅したいねと、いつも言ってます。
    あと10年頑張ってそれを夢にして、今を頑張っております。

    【2018/11/16 11:16】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    あきんど 様

    そうですか、あきんどさんのおばあ様も能登と関係があったんですね。
    能登は漁業も盛んですから、当然東北以北とも交流がありました。それで、母の実家のある所も、青森のねぶた祭りみたいなお祭りがあったんです。
    牛腸(ごちょう)さんは、輪島市にそういう名前のお店があるようですね。「城」が「たつ」ですか。城だから、たつ(立つ 建つ)みたいな・・・
    そういえば、変わった読み方がありますね。能登(のと)も、倶利伽羅(くりから)峠も。

    石川県はいい所です。能登も加賀も・・・10年後ですか、今の景観が保たれていることを願います・・・
    そういえば、私自身は能登の珠洲市で生まれたのですが、聞くところによると、数年前、珠洲市の風光明媚な所を、ユダヤ人の金持ちが買ったとかいう話です。以後どうなったかは分かりませんが・・・
    日本中どこでも、そんなことになっていて、まるで日本全体が、金持ちのリゾート地みたいになって、腹が立ちます。
    能登の両親の実家も、従兄たちが頑張って維持してくれてますが、自分の実家も含めて、故郷を守るのが、特に地方出身の人にとっては、死活問題です。

    能登には、大伴家持が越中国に赴任した時、読まれた歌がたくさんあります。

    「もののふの 八十をとめらが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」
    万葉仮名では
    「物部乃 八十嫺嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花」

    これは、亡くなった姉が、以前連れて行ってくれた料亭のランチョンマットに印刷されていて、印象に残った歌です(この歌自体は、高岡あたりで読まれたものだそうですが)。
    沢山の乙女たちが、入り乱れて水を汲む、その寺の井戸のほとりに咲く可憐なかたくり(堅香子 かたかご)の花よ・・・という意味だそうです。

    【2018/11/16 16:48】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    >あきんどさん
    その京都の加茂属の話し、覚えていますよ。
    ここに書き込まれる池田さんにも、
    池田っていうのは・・・・とお話になったことありましたよね。

    >黒ユリさま
    そういえば、先日輪島塗のお店の人が訪問してきたので、
    汁椀を五客買いました。
    できる工程を写真で報告してくれて、
    最後は広島まで持ってきてくれました。
    塗りのお椀は、一生使えると言っていました。
    修理もできる・・・・と。
    毎日使いでいいんだそうです。

    お正月用品の塗りのものは、一年に一度使うという感じでしたが、
    毎日このつやつやした、でも柔らかい感触を味わっていいんだと思うと、
    あと残りの方が少なくなった人生で、
    楽しもうかなと思っています。
    【2018/11/16 22:04】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    奥様

    輪島塗のお灣をわざわざ広島まで届けてくれたんですか?凄いですね。

    石川県の人は、自宅の棚に、いくつか輪島塗の食器やお盆などを持っているのが普通です。贈答品とか、何かの記念とかでよく使われるからです。特に昔は、結婚式の引き出物などの品が、使われないまま、座敷の棚にしまわれている、なんてことはしょっちゅうです。
    輪島塗と言っても、価格も色々で、贈答品に使われるのは、それほど高価ではないようですが、貰うと嬉しいですね。
    最近は、お土産用に、プラスチックのお椀や工芸品も多いですが、本物はやっぱりいいですね。本当に一生ものだと思います。

    輪島の御陣乗太鼓のメンバーの方は、地元の方で、北岡周治さんという方がいるのですが、その方は輪島塗り職人なんです。以前NHKの番組に出たこともあります。今は恐らく60代の半ばくらいだろうから、現役かどうかは分かりませんが・・・
    でも大人しそうな仕事に見える職人さんなのに、いざ太鼓の前に立つと、大迫力のバチさばきで、カッコいいんです(笑)。

    私ももう一度生まれ変わって、男だったら、ああいう職人さんになりたいな~、なんて見果てぬ夢を見ています、先祖が鍛冶屋だったせいでしょうか(笑)
    【2018/11/16 23:13】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    『あなたは自由か』を、著者たる先生が人々に贈呈されました。そのために、先生はどのくゐの出費をされたのでせうか。

    私は先生のおかげで、三冊の本の著者たり得たせゐで、辛うじて知つてゐますが、出版社が著者にタダでくれるのは、せいぜい10~15部です。それ以上の数が必要な場合は、定価の七掛け程度で売つてもらうことになります。

    渡部昇一さんとの対談本の場合、タダは10冊ださうです。それを先生と渡部さんの御遺族で、折半するのですから、先生の自由になるのは5部だけです。キビシイ!

    著作者がよく「本を贈ると、受け取つた方は、モトはタダと思ふらしいが、どうして、金がかかるのだ」と愚痴をこぼしますね。

    今日は坦々塾、先生の御講話(のテーマは存じませんが)が楽しみです。
    【2018/11/17 00:20】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


     今日は坦々塾ですか…近場の人や遠距離通塾できる人が羨ましいナァ。さりとて素性がバレたら誰であれ、西尾先生から贈呈本が来ないとも限らない。新潟大を定年退職した三浦淳先生んとこには来たそうな(↓)。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1072634642.html
    【2018/11/17 14:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    池田 様

    そのお話を伺うと、以前頂いた池田様の御本、ただで頂いて申し訳ないことです。でも貰った方は、無料で頂いたのだから、必ず読んで感想を書かねば、と緊張しました。

    先生も、それだけ幾人もの方に贈呈されているんですね。確かにそれも大変ですが、先生の本なら、贈呈を予定されている方々は、自費で買うのでは、と思うのですが・・・・あきんどさんが書かれたように、何せあの内容と分厚さで、たったの千円ちょっとだし。
    そんなもんじゃないということは分かりますが・・・

    私の姉の親しい友人に、自伝を自費出版した人がいて、その事を姉から聞いていたので、姉の葬儀の時に、その本を下さいと頼んだことがあります。読んだ後は、手紙に感想文を書いて送りました。タイトルは『ころんでもただでは起きないおばば』(笑)。あきんどさんが以前書かれたように、逞しい女性は多いでです。
    でも自費出版というのは、三桁くらいのお金がかかるようで、それなりの準備がないとできないですね。

    それにしても国立国会図書館のHPを見ると、「納本制度」というのがあるんですね。冊数や色んな条件はあるようですが、国内で出版された書籍やCD,DVDなどを保存するのは、大切なことだし、自著が保存されるとなると著者も安心ですね。それが誰かによって紐解かれるかどうかは別かもしれませんが・・・

    苹@泥酔 様

    色々お話を伺うと、苹@泥酔さんは教師をなさっていたのでしょうか?高等学校でしょうか・・・

    実は私の同級生にも、大阪で高校教師(今はもう定年だと思いますが)をしていた人がいます。高校も同じで、まあまあ仲もよかったのですが、例の『国民の歴史』が出た時、電話でその話をしたら、とんでもない反応だったので、ショックを受けました。「あんな、戦争したがってる連中の本は読まない」・・・学生の時は、ノンポリでそんな表現する人じゃなかったのに。
    改めて日教組の影響の大きさを感じました。大阪という土地柄もあったでしょう。それに、素直で真面目なタイプほど、「思い込んだら一直線」のようです。
    その年、年賀状を出さなかったら、向こうも出さなくなって、何となく気まずくなって、それっきりです。今再会したら、どうか分かりませんが、苦い思い出のひとつです。
    もちろん、教師にもいろんなタイプがあるでしょうが・・・
    【2018/11/18 10:32】 URL | 黒ユリ #- [ 編集]


    奥様

    奥様は、私のあの駄本を、本欄の一回分を丸々使つて、好意的に紹介して下さいました。その御恩は忘れてゐません。

    今回の先生の出費総額を聞いて驚きましたが、私のやうな貧乏人の心配すべきことではないのかもしれません。(序でながら、渡部昇一さんとの対談本は誰にも贈呈されなかつた由。私がこの本を買はなかつた理由について「さぞ面白からうとは思ふが、先生の渡部さんに対する評価は、自分にはほぼ分つてゐるつもりなので」と釈明しておきました)

    私は元の商売柄から、本の寄贈を受けることは、普通の人より多いかもしれませんが、こちらの反応は区々です。好きな人、尊敬する人には、精魂を込めて感想を書きます。葉書一枚で済ます場合でも、気合ひの入れ方にはずゐぶん差が出ます。

    本の贈呈は、受けた側とすれば、頼んだわけではないといふのが基本でせう。ですから、誰がくれたかによつて、感激して押し頂いたり、中を見ずにごみ箱にポイなど様々に反応することになりますね。

    句集なども、そのとほりですが、句会で一緒になる人から、その人アルバイト先の社長の奥さんが出した句集といふものを、配り先がないからといふ理由で貰つたことがあります。これほど縁遠いと、さすがに紐解く気になりませんね。
    ただし、11年前に今の3DKに引越す際、溜まつてゐた句集を、古本屋が意外にいい値段で引き取つてくれました。有名俳人ならともかく、私の仲間のものなど、無料でも引き取つて貰へればいいと考へてゐただけにビックリしました。

    【2018/11/18 14:22】 URL | 池田俊二 #- [ 編集]


    >黒ユリ様
     昔は高校芸術科書道を教えて居ましたけれど、日教組など必要ないくらい「常識化」したレベルの歪曲通念となると大変で、大学教育の成果は高校へ降りた途端に粉砕されます。この話は十年以上前から散発的に書いてきたので、自分でも当該稿を探すのが億劫になる。またクラスの話だって、適正人数(規模)でなく適正環境(質)に焦点を当てるのが本筋の筈。どんな底辺校でもトップレベルの授業をして構わないのではと思っていますが教員には能力の限界があって、どう頑張っても環境には負けてしまう。ただし都会の噂話で聞くレベルの底辺校は青森に存在しないかと。或る意味これが田舎の強味ですが、裏を返せば頑迷さの根でもある。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2127.html#comment
     「2018/09/01 21:31」稿(↑)で引用した奥本大三郎先生は大阪の岸和田高校卒とやら。あの都会であのレベルかと驚きましたが、大学進学の観点とは別物なのでしょう。こちら青森では同僚から同和の話が出た時も驚いた…あれが都会的な勉強なのかしら。当時の私は同和も日教組も聞いた事がないし興味もない。それより教材研究が間に合わず焦ってばかり。他の教員は要求レベルが高過ぎると云うけれど、平仮名を読める様にしたくらいで校長室で叱られるのは納得がいかない。ならばこれも研究せねばと、怒りより興味の方が勝ってくる。私にとって冷静さや探求心とは、怒りの氷付けを意味します。となると、もはや怒りも冷静も区別がない。
    【2018/11/18 19:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >黒ユリさま
    まぁ、外商?のついでに立ち寄ったのだとは思いますが・・・・・

    輪島の有名な通りの少し裏手にある、
    由緒正しい?お店のようでした。
    知る人ぞ知るという感じ。
    日本全国を回っていると言っておられましたから。

    >池田俊二さん
    ずっと文章に関わるお仕事をされていたから、
    眼が鋭くていらっしゃると思います。

    >苹@泥酔さん
    苹@泥酔さんのような教師に、仮名の読み方を教わりたかったな。
    日本語を読めるって、普通のことなのにね。



    【2018/11/19 10:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    池田様の投稿を読んで確信したことは、著者は出版社から作品初版本をそんなに多くは貰っていないということ。やっぱりそうだったんだぁ・・・と思いました。
    そんな貴重な物を私は読ませてもらっている。

    これは絶対何かアクションを起こさないと罰があたります。
    それで今一所懸命日録に書き込んでおります。
    どこまで書けるかわかりませんが、皆さまよろしかったらご参加ください。
    【2018/11/20 14:11】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    (人材不足について)
     不況になった。すると採用が減った。中には「人余り」もあり、人材削減の障壁としての正規採用が問題となり、非正規採用への転換が模索された。すると賃金減少により不況がエスカレートした。低賃金が慢性化し財物換金が盛んになり(「金プラ買います」等々)、収入と家財のバランスが調和しつつ低回へと向かった。この段階で中流階級の崩壊/二極分化という「動き」が「状態」へと変化する。既に分化した「状態」が新たな「動き」へと転換し、経済活動の所謂「ブラック化」が活発になり、それにつれて「旺盛な人材不足」への転換も活発になる。~つまり人材不足は旺盛な経済活動の一相であって、必ずしも「不況とは関係がない」。
     これを「好景気だから人材不足」と見るのではなく、「旺盛な不況」が「好景気」に見えるとするならば、好景気になるほど低賃金化が加速しても不自然ではあるまい。この流れは単一民族だけでも充分に実現可能と思える。すなわち自民族内で奴隷化に向かうか、他民族(移民/外国人労働者)を奴隷化するかの違い。そこでは所謂「経済的奴隷」が別の歴史となるがごとくして復活する(「2014/12/09 00:59」稿↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     ドイツ人と日本人の違いが過去と未来の区別なきまま、ユダヤ人と外国人(中国・韓国・ベトナム等々)に投影されつつある気がする。ドイツには非政策的に予めユダヤ人が居た。日本は政策的に、これからそうなろうとして居る様に見える。非政策的/現状追認的な意味では戦後の「在日」(元日本人)が似ているかも知れない。しかし政策的にやるとなれば、移民だろうが外国人労働者だろうが大差なくなる。民族が国家に伝染する点ではグローバリズムの方が、ナショナリズムより過酷かつ無防備な破綻を招きやすいかも知れない。そこでは活発かつ旺盛な破綻が、経済的に景気よく蠢くだろう。

     …話は変わる。教育界に人材不足は存在しなくてもよい。存在しないのではない。しなくても構わないかの様な「お膳立て」が予め仕組まれてきた。だから人材採用してもしなくても関係がない。代わりの「人材」を捏造すればよい。その手段が非常勤講師などの非正規雇用だった。教員採用試験も不要となった。そこに輪をかけたのが教員免許更新制だった。ぼちぼち全国各地で教員不足の「実態」が露呈し始めたらしいが、昭和二十年代の弥縫策が法的かつ現実的に再来、ますます旺盛となりつつある模様。しかし実のところ、そんな「実態」はない。そもそも教員という存在は或る意味「存在しなくてもよい」のだから(都立高校の書道教員例↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
     このモデルを昨今の「人材不足」に当て嵌めてみる。以下は西尾先生の言。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2213
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 人手不足と言いますが、これは嘘です。だって若い者は大勢遊んでいるではありませんか。日本国民の力で十分労働力は確保できます。女性も中高年も老人も働きたいのです。しかし、10時間働くことは出来ない人もいます。3~4時間なら働きたいという女性や老人は沢山おります。そういうシステムをつくれば良いのです。何故それをやらないのかというと、外国人を入れた方が賃金が安くなるからです。賃金が下がればある種の企業が儲かり、株価が上がるという政策は、さ迷っています。もう成長戦略が行き詰っており、最後に何が出てくるかというと、外国人を入れるということと、女性労働力の活用くらいしかありません。しかもそれが介護と家事労働に外国人を入れる、家事労働にということは特区で女中さんを雇い、暇になった日本の主婦が社会に出て働くということですが、こんなことは日本の社会に馴染まない話です。
    --------------------------------------------------------------------------------
     教育界でも安い労働力(?)を導入したら何が起こるだろうか。大学では既に実験済みらしい。それを高校レベルまで落とせば、もはや日本文化は全国民レベルで「従来以上に」通用しなくなっていくだろう。
     ところで拙稿、前稿でリンクした所のも長くなった…続きはこっちで書こう。
    【2018/11/23 19:23】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続き)
     日本に人材不足は存在しなくてもよいが、演出は可能だろう。例えば宅配便では配達業務の二度手間が一般化しているが、それを一般郵便物でも実施すれば郵便局は忽ち人手不足に陥る。封書や葉書の代わりに不在連絡票が届けば皆が困るけれど、それだけ仕事は増える。無駄に思えるが昔と違い、盗難リスクに過敏な業者が多いらしい。~これは人手不足なのか人材不足なのか。リストラの渦中で人手が人材に化け、どっちが足りないのか分からない。大学ではむしろ教える人材を減らす。理由の一つは教わる学生の不足。なんなら消費者不足とでも言い換えるか。そこから別の姿が見えてくる。
     消費者を一種の「人材」と見れば、受給バランスの「動き」に絞った活発さ、すなわち資本主義経済の問題が人材不足の側にすり替わっても不思議ではない。不況が慢性化して「状態」になると、却って安定(保守化?)して動きは鈍くなる。すると戦後経済の呪縛だろうか、体の落ち着く暇がないほど活発でないと「むしろ心が落ち着けない」。だからブラック化/奴隷化に向かう?…としたら厄介な話になる。よかれと思った国際化/輸入経済の奥底から新たな奴隷売買が出現し、国際問題に発展するだろう。やはり中韓の訴えは正しかった、相変わらず性奴隷だけでは気の済まない民族だと誰もが思う様になる。その覚悟と対策は予めして置く方がいい。
     少子化問題が取り沙汰され、今は人材不足と紛らわしい。国内問題を国際問題に拡大しても仕方がないのに、人と商材を取り違えた言葉が「人材」となる可能性は高かろう。人手は労働者だが、人材は育成対象でもある。現に教育と労働の垣根は曖昧で、こちら青森でも2011年には擬装留学生の除籍問題が取り沙汰された。奴隷のための福祉が教育の形で「自由な奴隷」を生成し、留学義務(?)からの自由を労働に需めた結果が新たな歪みを生成する。そこには日本人学生も含まれる。就活に忙しくて勉学が不自由になる。大学側から見れば不自由だろうが、当の大学生にとっては自由かも知れない。ただし「不安」の振り子は自由と不自由の間を絶え間なく行き来する。
     外国人材と日本人材の賃金が同一になっても「不安」は共に残る。不況基調の経済が常態化した中、活発で旺盛な不況は内なる毒/劇薬でもあるだろう。景気回復と不況が同時進行し得るのは、対策としてのリストラ自体が波及機能の二面性を表徴するためで、両者の連動性を過度に信頼すべきではない。これまで予定調和の目論見は当てが外れるのが過半だった。それゆえ歴史的教訓(?)としては、「裏(の裏)を読む」姿勢が重視されてきた様でもある。これとて度を越せば疑心暗鬼と化すのかも知れないし、そうした予測を据えると博打の様に見えてくる政治もまた、傍目には不安要因となる。どうあれ不安は少なくとも二重化する。

    (雑記)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html#comment
     「2015/12/18 07:56」稿末(↑)で書いた通り、書店外商部の人が集金に毎月やって来る。今日も支払った。西尾幹二『あなたは自由か』(ちくま新書)を注文した。
    【2018/11/27 21:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続ける)
     普通に考えると、景気回復すれば不況でなくなる筈。そこを疑ったから先の記述となった。ここでは不況を「質」の問題と捉える。
     もし人材不足の高校で、或る国語の先生が管理職に「配置転換します。書道を教えて下さい」と言われたなら。人材不足は解消する一方、書道教員採用試験を実施する理由も解消される。これは都合がよい。大抵は国語と書道の免許を持っているからだ。しかし書道の先生が国語を教えたら、忽ち「質」の問題が露呈するだろう。たとい免許があるからと云って、それが直ちに質を示すとは限らない。この理屈は誰でも分かる。しかしいづれにしろ教える側は不安になる(たぶん)。ただし奥本大三郎先生が嘗て体験した様な授業例なら沢山ある。
     質の辻褄合わせが露見したからと云って、非受験科目の場合さほど困る訳ではない模様。問題になるのは手続きの方で、臨時免許の申請や確認を忘れ杜撰さが露見すると厄介だが、その代わり「質の問題も忘れられる」。そこで場合によっては量を優先する。大学では多くの単位を取り複数教科の免許を取得すると有利になるらしく、量が質のバロメータになるかの様な印象が残った。もちろん真面目に勉学した証しにはなり、実際たぶん優秀なのだろう。しかし言葉はどうにでも言い換えられる。「優秀」にも色々ありそうだ。
     いったん留まり、じっくり考えるタイプは優秀と云えるだろうか。不況と同様「停滞している」だけではないのか。旺盛には見えない。してみると元々「旺盛な不況」自体に問題があるのかも知れない。傍目の彼らは不真面目で、怠け者で、効率が悪い。考える分だけ頭の回転が遅くなる。心に問題がある場合だって考えられなくはない。そんなタイプを雇って何になるのか。~ここでも人材不足の正体が気にかかる。もしや今度は「考える力」の教育が不況の一因となるのでは。その前身が「ゆとり教育」だった。考える余裕のある怠け者が量産されたのなら、再び同じ事が起こる筈。
     そもそも「奴隷」に「考える力」は必要か。スキル向上には役立っても現場で要るのはスキル自体で、そんな力は熟練した後お払い箱になるのでは。或いは仕事が高速化・効率化するほど、人材削減の指標ともなり得る。機械的交替で人材流動性が高まるのは非正規雇用の拡大時によく聞かれた論法で、中には正規教員の給与一人分で非正規教員が三人雇えるとの話もあった。また田舎の方が都会より給与も生活費も安く済むと信じられている節もあり、どうやら旺盛な不況はそこそこ「魅力的」らしい。このところ田舎の教委が都会の教員を引き抜き始めたそうな。
     …かと云って博識でも困る(オーバードクターなど)。専門知識が偏り過ぎて居る。幅広い知識で多様な教科・科目を指導できる人材ほど「潰しの効く」ものはない。質が量の安定性を攪乱しては困るのだろう。国語では「筆文字は読めない」という常識を基準とするのに対し、「読めるのが当たり前」の書道は真っ向から衝突する。「読めない人」が圧倒的に多いという量的インパクトを「読める指導」が歪め、学校に波風が立つ。こうした事に配慮できる柔軟な人材(教員)を何人も見てきた。結果、生徒は読めないまま卒業していった(実体験としては、私の同級生の殆どを含む)。だから教員採用でも国語科と芸術科の垣根を越えて、現場では融通が利かせられるのだろう。
     それなりの経緯は踏まえて置かねばなるまい。~信廣友江『占領期小学校習字』(出版芸術社)P.198、オズボーン証言の邦訳に「1946(昭21)年、教科課程改正委員会(日米合同委員会)によって、書くことは芸術よりむしろ手段として強調されるべきと考えられたため、「書道」は現在の教科課程の副次的な位置に格下げされた」とある。ここでも日本は維新以来の近代化を背景に、質と不安と反動の振り子は敗戦を契機としつつ揺れ動いていた。内部崩壊の残滓が記憶と経験を綯い交ぜにしながら日本側では勝手に忖度、自己歪曲/変容を模索してきたらしい。

    (雑記)
     推敲中、玄関先を見たら先日注文の西尾本が届いていた。読み始める前に取り敢えず、これまで書いた分を出して置く。~以下拾遺。前稿冒頭で触れた件、5chを閲覧中こんな記事を見つけた(↓)。
    ●【企業】日本郵便、玄関先に荷物を“置きっ放し”にする実証実験開始・・・不在による再配達を減らす救世主なるか★2
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1543874096/l50
    【2018/12/04 23:33】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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