• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    水商売
    宮尾登美子の「櫂」を読んだ。
    明治生まれの主人公の女性の半生の物語。
    夫が女衒として成功していく中、
    当時合法だった売春を前提とした身売りを手伝う紹介業。
    そういう夫の仕事に、抵抗しながら生きていく不器用な女性。

    今では売春は非合法になったけれど、
    やはり夜の繁華街はにぎわっている。

    「同伴」という言葉が何を意味するか、
    ご存知の方も多いだろうが、
    昨晩、実感したのでそのことを書いてみたい。

    クラブやスタンドが
    お客を確実に入店させるために、
    特定のホステスと一緒に夕飯をとる。
    そして、8時からの営業時間には、
    お客はホステスとともに店に行かなければならない。
    遅れるとホステスは罰金を取られるそうだ。

    だから、食事は8時ちょっと前に終える必要がある。
    食事を出すお店の方もそこはわきまえている。
    というか、昨晩夫と訪れた食事をする店も、
    クラブも同系列の経営。
    うまいことやっている。

    ピタッと身体に張り付いたボディコンのワンピース。
    肩が大きく開いたドレス。
    極端なミニスカート。
    おお~~~
    一緒にいる男性は、女性たちよりもちろんかなり年上。

    そんな席に夫と一緒にいるちょっとした居心地の悪さ。
    一人おばさんが・・・・・・・。

    あきらかに普通のカップルとは違う人たち。
    そういう店のシステムに鼻の下を長くしている男性たち。
    もちろん夫もそのうちの一人。


    時代は変わっても、古今東西変わらない引力がある。


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    【2018/06/01 08:24】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(7)
    この記事に対するコメント

    この方の記念の館が、実は我が町伊達市にあるんですよ。
    http://www.city.date.hokkaido.jp/hotnews/detail/00001558.html

    こんな感じなんですよ。
    【2018/06/02 05:06】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    水商売・・・私が勤めている会社もその部類に入ります。

    泥水稼業と言う呼び名もあるそうですが・・・。

    水菓子を売っていた茶屋を指す言葉・・・と言う説もあるんだとか。

    物事はすべて表と裏がると割り切れば、別に仕事の区別などどうでもいいのではないかと思う部分もあると思う。
    最近あまり話題にならないヤクザという稼業も存在する。
    彼らの世界は、我々素人が考えている以上に「礼儀」を重んじるそうだし、表社会と裏社会のどっちが礼儀正しいのか、考えれば考えるほど頭が混乱する。

    例えばテレビとネットの区別。
    これもどっちが正しくてどっちが間違っているのか、正しくは判断しにくい。
    第一子供にどちらを薦めてみるべきかを判断することすら、最近は悩んでしまう。

    人間は年を重ねると同時に、段々人間の「悪」を経験することになる。
    そして同時にそれが身についていく。
    純粋なままで生きていくことなど絶対難しいとされる。
    社会もそれを認識しているから、ある程度の「悪」を経験することを望んでいるかのようだ。

    もしかすると現代に起きている社会悪というのは、そうした現状がうまく機能していないことを示唆しているということなのかもしれない。

    純粋に生きることは不可能な事なんだと、社会は言いたいかのように、子供たちを導いているということなのかもしれない。
    これは完全にキリスト教の教えそのものじゃないだろうか。
    究極的なことを言うと、「平等社会」というのは、善も悪も同居しなければなりたたないことを、どうやって認識できるかを鍛錬する社会なんだと宣言しているようなものなのかもしれない。
    ということは、その原理がもしも受け入れられない人間にとっては、最悪の社会になってしまう。最初から勝ち負けというものは存在するものなんだと教えてくれているのならまだしも、勝ち負けはないが負け組にはなるな・・・みたいな教えはどう考えてもおかしい話だ。

    最近の子供たちは親の教えがなくてもこんなことに着目しているような気がする。
    どっちが正しいことを言っているのかをはっきりさせたい年齢の人間にとって、この問題は非常に大きい問題なんじゃないかと思う。

    アゴーンという哲学用語がある。
    社会は競争原理の元成り立っているという。
    アレキサンドリアの都市が栄えていた時代の話だという。

    あらゆる矛盾を再勉強するなら、ここに原点を置いて、我々は人間形成を再構築すべきなんじゃないかと思ったりする。
    人間の本当の戦いと言うのは「議論の中に存在している」という原理を・・・。
    【2018/06/09 06:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    普段私はあまり映画を見ないのだが、大好きな映画が一つだけある。
    『スティング』と言う映画。

    1973年のアカデミー作品賞を受賞した作品。

    簡単に言えばこの作品は「人間の騙し合い」がテーマだ。
    最後は映画を鑑賞している観客までが騙される内容になっている。
    昔この映画を我が町にたった一つしかない映画館で観た。
    友人に誘われて観に行った。
    途中から物語の道筋がわけわからない状態になり、おいおいどうなっているんだ・・・と思いきや、最後にどんでん返しがあるという内容。
    完全に騙されてしまった自分が嬉しかった。

    痛快な人間の心のユーモアがそこにはあった。
    騙す方も騙される方も、人間的でその描写がよかった。
    一々人間の奥深いところをえぐらなくても、その心の奥深いところで人間はちゃんと心を揺らしているんだということを気づかせてくれる作品だった。
    全てが表面的に演出されていて、小難しい話にはいっさい行かない。
    そこが気に入っている。
    まるで今すぐ横でこの場面が行われているかのような錯覚を覚える、そんな作品だった。

    多分アレキサンドリアが栄えていたころも、そんな人間描写の深い議論が活発だったから、本当の自由を感じたんじゃないかと思う。哲学と言うのは多分難しい分野ではなく、ごくごく身近なところの議論なんじゃないかと思う。のめりこんでしまう最大の理由はそこにあるんじゃないかと・・・。
    【2018/06/09 06:36】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    私が全てを認識しているわけではないが、「GHQ焚書図書」で西尾先生が取り上げている話の内容の多くは、ヒューマニックなものが多いと感じる。
    人間の素直な感情が描写されているものが、焚書の対象になったんじゃないかと思えるほどだ。つまりそういうものこそが本物の証で、それをアメリカは塞ぎたかったと思えば理解できるのかもしれない。
    つまり戦後の日本がどの部分で不幸になってしまったかと言うと、ヒューマニズムが正しく教えられずに今日に至ったと判断できるんじゃないだろうか。
    表面的でわかりやすいものがそっくり失われてしまい、余計なところで足踏みしてどんどん迷宮化していく話に拘ってしまったということなのではないか。
    赤子でも解決できる善悪の問題を、大の大人がまじめに思い悩んでしまっている状態。
    これが日本の戦後の実態だろうと思う。
    その意味で、現代人は物事の問題の本質をはき違えてしまっている。

    現代の日本の議論の実態は、かえって無礼に他人の心に突き刺さる意見が横行していると言えないだろうか。そこの部分で陳腐さを感じている方が結構多いのではないかと感じる。
    【2018/06/09 06:57】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    あきんどさんに教えられた宮尾登美子の情報から、
    平家物語に行き着き、
    今それを読んでいるところです。

    それから「スティング」借りて見ることにしたので、
    詳細のコメントはあえて飛ばして読んでいません・・・・・。
    【2018/06/10 08:59】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >それから「スティング」借りて見ることにしたので、
    詳細のコメントはあえて飛ばして読んでいません・・・・・。

    はい、ぜひおすすめです。
    ポールニューマンの憎たらしい中にもユーモアたっぷりな演技をする、ニヒルな男に笑ってやってください。

    ところでヒューマニズムですが、どうやら日本ではこれを「人情物語」とはき違えている傾向があるように思います。
    確かに人情物語の部分もありますが、それだけでこの言葉を理解するのはナンセンスで、泥臭くてどうしようもない部分と、人間がいかに潔癖を理想としているか、その狭間の中で起こる人間関係の実態というのが、ヒューマニズムの正しい理解なんじゃないかなと思うんです。決して人間は一面的な生き方をしているわけではないのに、他人はとかく自分を一面的に捉えようとする。そのギャップが現実に何度も人生の中にはあって、その連続の中で人間はどんな行動をとっているのか。そこを掘り下げるか、それとも掘り下げずに事実を羅列するだけに留まるか、一本の映画にする場合の人間的センスの差がそこの部分でわかれるんじゃないかと思っています。

    わかりやすくいうと、北野武監督の作品は、掘り下げないタイプのものが多いと感じます。
    ただ、このようなタイプの作品を作るとなると、誤解されやすいと思うんです。というのは、日常の出来事をただ映像に納めるだけの作品と言う具合に。
    それをどうやって評価される作品にもっていけるかが問題で、時には役者の個人技に頼るケースもあるんだと思います。でもこのパターンは其の役者だけが目立ってしまって、かえってヒューマニズムが目指す本質が失われてしまいがちだと感じます。それと、ヒューマニズムの特徴はどこか暗いイメージがあり、当たり前な世界を映し出し過ぎて、かえって観客にマイナスな思考を生ませるものがあるんじゃないかと感じます。

    それをどうやって払拭できるかが最大の課題で、スティングはそれを見事にクリアしています。つまり、安心して観ることができるヒューマニック映画なんです。
    おそらくポールニューマンはそれを軸に色んな作品にチャレンジしてきたんじゃないかと思います。その意味ではこの作品は彼の演技力が極めているという意味にはなるんですが、どう見てもそれを感じさせないものがあって、そこらへんに私は感じるものがあって気に入っているんです。
    【2018/06/11 01:20】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    時に人間は語ることの怖さを感じたりする。
    一言言葉を発するだけで、それが自分のイメージだと判断され、それに対しての違和感が生まれるという仕組み。そうなると語らない方がよっぽどいいと思ってしまう時がある。
    私自身そういう時が普段の生活で実際何度もある。

    最近そんな光景が色んな所で「不必要」に多発しているような感じがする。

    昨年久しぶりに行った東京の電車の中で感じたものがある。
    みんなスマホに夢中で、車内は恐ろしいほどに静かだった。
    電車の車輪の音だけが響き渡っていて、大勢の人間がそこにいるとは思えない光景だった。
    小声で女房と二人で会話している言葉の音量が、あまりにも目立ちすぎることへの不満が募ってしまうくらい、周りが静かすぎた。昔だったら学生たちが大きな声で周りを気にせず会話している光景があったはずなのだが、それが全くと言っていいほどなかった。しかもマスクをしている乗客が多く、何やらその光景は病院の待合室にいるような気分だった。

    こんな画一的な光景が至る所に存在すると、現代はヒューマニズムそのものがそんざいしていない世界なのかと錯覚してしまう。ある意味不健康で、ある意味恐怖すら感じる。
    昔はもっともっと電車の中がうるさくて、会話も多かった。
    言葉を交わすことが自然だった。
    はたして現代はこれを受け入れてくれる社会なのだろうかとさえ思った。
    当たり前が間違っていると思われてしまう怖い現実に、正しく生きている人間は何を思えばいいのだろうか。

    前にも書いたが、くつろぐために来たはずの温泉のレストランで、恋人同士が会話も交わさずお互いにスマホとにらめっこしている光景が珍しくない時代になってしまった。
    もう後戻りできない社会現象の一つなんだろう。
    でも多分本人たちはそう思われていることに気付いていない。
    せめて電車の中だけでやることには一々文句を言うつもりはないが、自分以外の人間がいる瞬間の時ぐらいは、スマホとにらめっこするのはどうかと思う。
    以前私は会社の同僚にそのことを言い出した時があり、聞いてくれた相手は当然スマホを持っていて、私の考え方や感情をどう受け止めてくれるのか、少々ドキドキしながら聞いてみると、案外おなじ感情があることを確認できた。少しほっとした瞬間だった。

    「他人に迷惑をかけていないんだから何が悪いんですか」・・・と、女子学生が堂々と語る姿が、一時期話題になった。
    「羞恥心」というものが、おそらく正しくない方向に進んでいる証ではないかと、「人生の深淵について」で西尾先生は語っていた。
    このことは何を意味するのか・・・。

    その意味で、昔は水商売というものがどういう扱い方をされていたかということを意識することになると思う。

    おわり。
    【2018/06/11 08:57】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


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