奥様
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    春休み
    息子にとっては、長い長い春休みが終了した。
    つまり、扶養家族から外れて、働き始める四月が到来した。

    三歳の孫にとっては、
    明日から幼稚園。
    私は基本的にはゼロ歳児や、三歳に満たない乳幼児を、
    親から離して保育することには反対なので、
    娘たちも敢えて仕事をせず、育児に専念した。
    で、
    やんちゃざかりの三歳児の孫が
    ようやく社会生活?に突入する。

    春休みは終わった!

    幸い、娘は二人とも近隣に家を建てたので、
    孫たちには二日を空けずに会える。
    甘い、甘い、ばぁばの家にやってきたがる。
    お泊りの時には、しりとりをして、
    少し長めの本を読んでやる。

    職場、小学校、幼稚園が始まると、
    人生のリズムがまたコトコトと規則正しく打ち始める。

    春休みが終わった。
    スポンサーサイト

    【2018/04/10 11:43】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(8)
    この記事に対するコメント

    春休み・・・少しもうけた感じのお休み機関。小学生にはたまらなくうれしいお休み。だって宿題もないし、工作課題もない。
    子供たちにとっては・・・
    「何もしなくていいから充分遊んでいいんだよ・・・」と天からお告げがあるような期間。

    そんな春休みもしっかり練習しなきゃならない運命が、私の場合中学の時に訪れた。
    ミュンヘンバレー男子金メダルに憧れて入った私は、一年間のうち練習が休めるのはせいぜい10日もなかった。ほぼ毎日が練習で、休みは一か月に一回あったかなかったかという記憶がある。
    中学と言う時期だからできた当時の思い出。
    私の両親は共に背が低く、私はというと176センチの身長。バレーボールのおかげだと思っている。

    当時のバレーボールは女子も男子も華やかで、世界の日本バレーを君臨していた。
    宿敵はソ連。今のロシアです。元々ビーチバレーが発展してできたこの競技。つまりアメリカがこの競技の生みの親。ところが何故か進化するとソ連がこの競技を斡旋した。
    当初は9人制で、ネットを触ることはもちろん、ブロックもネットを越えて手を出すことは反則だった。9人で相手の攻撃を阻止するには、レシーブが重要な役目だった。攻撃も今の守備体系とは異なり、2段目の左サイドと右サイドがアタッカーだった。前衛はブロックに集中し、残りの6人でレシーブするという流れ。
    これがいきなり6人制に代わった。

    実は私が中学時代に教えてくれていた監督も、9人制でプレーしていた方。
    そういう経験の世代が、当時の中学生の監督になる時代だったことは、何か世代を感じてしまう。9人制から6人制に代わる過渡期を過ごしてきた監督の、先見の銘が当時の我々の勝敗を左右していたと言えるのかもしれない。

    時代は進化し、今となってはバレーボールは日本のお家芸ではなくなってしまった。
    6人制になったとき、ポジション変換と言うルールが実行された。
    固定されていた9人制ルールから、かなり進化するルールとなる。
    この対応の差が、実際オリンピックでもかなり影響したらしい。
    背が低い人間でも参加できたバレーボールが、それを許さない方向に走りだした時期だった。2メートル近い人間が集団で襲い掛かるソ連チーム。
    一方、日本には180センチクラスの人間ばかり。
    高さが勝利する方程式がそこに生まれてしまった。

    そこで編み出されたのがクイック攻撃だった。
    セッターが上げる前から助走に入り、鋭角度に叩き込むアタック。
    これを応用したのが日本だった。
    Aクイックも実際は日本が発祥の地ですが、Bクイックはこれこそはバレーボールにとっては本当に画期的な攻撃でした。普通のクイックは、セッターとアタッカーが近い距離で行うプレーですが、Bクイックはかなり離れたところでAクイック並のトスで攻撃する技です。
    フルネームは忘れましたが、その名手は木村選手です。
    セッター猫田から放たれたトスが、遠く離れた木村選手の攻撃パターンに鋭くネット上すれすれに放り出され、それを単純に打ちのめすという攻撃。

    これが完璧になった時点で「時間差攻撃」というものが発明されたわけです。
    Aクイックで打つと思わせて、Bクイックで処理する。
    このころから、セッターがチームの要だと囁かれ、実際それは今も変わりません。

    つづく
    【2018/04/11 02:45】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    おそらく、今の若者には知り得ていない名前でしょうが、セッター猫田は世界一のバレーボーラーです。時代を越えてこの選手以上のバレーボーラーがいないと、私は断言します。
    専売広島で活躍していた猫田。
    奥様にもその名前だけは轟いているはずです。

    セッター・・・唯一バレーボールと言う競技の中で、当時背が低くても参加できたポジション。
    この、セッターに憧れる代表格が、猫田氏だった。
    今も忘れることができない思い出のシーンがある。
    森田という大砲がいて彼の破壊力に頼るセットアップが続いた時期があった。
    しかし、それでは戦えないことを直談判したのも森田だった。
    森田はその後時間差攻撃を一人で演出する技を発明した。
    「一人時間差攻撃」だ。
    つづく
    【2018/04/11 03:40】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    森田は日本の最高の「バランサー」だった。
    ブロックの名手と当時は言われたが、それはほかの選手に気遣って付けた名前であって、実際は彼は世界が誇るオールランドプレイヤーだ。
    森田がいたから日本は攻撃が保てた。
    これは間違いない。
    当時の記憶をここでどれだけ共有できるかわからないが、日本が窮地に落とされたブルガリア戦。セットカウント2-2で迎えたエンドの準決勝。そうです、ミュンヘンオリンピックのあの場面です。突然古豪南選手が怒涛のエースアタックを打ち始めます。
    どうしてそれがなし得たかというと、森田のインサイドワークがはっきりとあるからです。
    南という古豪を使うことをセンターの森田がおとりになって演出しているんです。森田と南は表と裏、つまり森田が前衛なら南は後衛になる位置。
    そこで森田が勤めた役は、早く南が前衛に上がる様にわざとラリーを続け、調子のいい南のテンポを考えた行動をとる。
    森田はチーム内でも一番のプライドの高い選手。
    世界で俺に勝る選手はいないと自負していた、生意気な選手。
    ところがその森田が、ブルガリア戦で見た南の活躍を、真っ向から認識したという。
    「こんな南さんのプレーは今まで見たことがない」と。
    森田が言った。
    「すべてのボールを南さんに上げろ」と。

    初めて自分以上の人間の存在を認識した森田。
    <<ここで注釈。森田は「森田」ではなく、本当は「盛田」です>>

    森田は「神を見た」と言った。
    理屈と技術は今は通用しない。

    ‘‘THIS IS THE BALLEY BOWL‘‘

    本当のバレーボールはこれなんだ・・・!と森田は叫んだ。
    相手のブロックがどんなに強敵でも、南のスパイクは止められない。
    「技」は一度崩れると二度と通用しない。
    しかし、南の攻撃はバレーボールが求める、永遠のスパイクだと森田は言った。

    日本が誇る本当のバレーボールは、専売広島に所属していた南しか体得できなかった。
    今も南を超える選手はいない。そう言い切れる。
    人間コンピューター猫田でさえ、南の神懸かり的プレーには驚いたという。
    とにかく南さんに上げれば絶対決まる。

    つづく


    【2018/04/11 08:57】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    南は当時唯一東京オリンピックを経験した選手の一人だった。

    その南はプライドの高いことで有名で、当時誰もがなし得たフライングレシーブを、南だけが拒んでいた。エースアタッカーというプライドがその壁を心に生んでいた。
    そんな南に容赦なく池田コーチが怒涛のスパイクを打ち続ける。
    脚も腕もまるでミイラのような包帯でぐるぐる巻きに巻かれ、南の身体はすでに人間の身体の限界を超えていた。

    プライドも身体もズタズタにされた南。

    ミュンヘンオリンピックの準決勝。
    日本はブルガリアと対戦した。
    当時ノーマークに近い対戦相手だった。
    誰もが日本の圧勝を信じていた。
    ところがふたを開けてみると、セットカウントを0-2で追い込まれてしまう。

    日本のコンビネーションバレーが全く機能しない。
    大古、森田、横田の25歳トリオのスパイクが噛み合わない。
    一方ブルガリアの攻撃は特段「技」というものはなく、単純なオープントスから撃ち抜かれる、オーソドックスな攻撃。しかしこれがかえって日本のリズムを狂わしていた。

    これまで日本が金メダルを取れた最大の武器は、世界に誇る「時間差攻撃」だという認識が大方だ。
    しかし、それは上辺しか見ない論理で、本当の強さはそれだけで成り立ったものではない。
    0-2のセットカウントになった時点で、松平監督は南を起用した。
    おんぼろ選手の起用に誰もが落胆した瞬間でもあった。

    しかし・・・・南は誰もがなし得ない魂のレシーブをこなす。
    池田コーチと怒涛のレシーブ練習に明け暮れた南の身体が、瀬戸際の日本を救った。
    誰もがあきらめ始めたその瞬間、南の長い腕がコートすれすれのボールに届き、次の瞬間日本はギリギリのところで攻撃を奪い取った。

    「まだあきらめるのは早い」

    観る者とプレーする者の気持ちが重なった瞬間だった。
    それを芽生えさせたのは、南の怒涛のレシーブだった。
    日本には南という最後の切り札が存在していた。
    エースのプライドをファンからも潰され、誰もが南の存在をお荷物扱いしていた当時の空気。

    そんな浮ついた日本の精神を打ち砕いたのが南だった。
    森田は言った。
    「南さんは、当時日本代表の中で、唯一無言で抵抗していた方だった。自分はと言うと、松平監督の方針に納得できず、合宿中も飲みに行ったり、不満があったら声に出して抵抗していましたよ。でも南さんだけはそれをしなかった。ところがいざ練習になるとものすごいわけですよ。一番たたかれたのも南さんだし、一番練習したのも南さんで、無言で戦っていましたね。最後は直立不動で泣いてレシーブするんです。ボールに対する恐れを越えた姿でしたよ」

    ここで閲覧者の方々に想像してほしい。
    たった3メートルしか離れていない場所で、しかも245センチもあるネットの上から、ほぼ直角に撃ち抜かれるスパイクをレシーブする練習を。
    南選手が受けた球の数がいったいどのくらいになるのか、想像に絶するが、その練習からうまれた魂のレシーブが土壇場の日本を救ったのだ。
    その映像がこちら。
    https://www.youtube.com/watch?v=NtvoVrvmu4U

    (すこし前振りが長いですが、懐かしいのでつい見てしまう映像です。肝心な場面は中盤にありますので、早送りしてご覧いただきたい)

    日本には南がいた。
    だから勝てた。
    そう言い切れる。
    ブルガリアにはそれがなかった。だから負けた。

    新しい技におぼれた攻撃しか頼ることができなかった当時の日本男子バレー。
    その歯車が崩れだすと、無残な姿になることを体得した若い選手たち。
    鼻っ面ばかり立派だが、いざ窮地に追い込まれるといかに脆いか。
    その場面を救った南のレシーブは、永遠に語り継がれるべき、時代を越えた魂のレシーブなのだ。

    つづく

    【2018/04/11 10:00】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    日録が久々に更新されて読んだ。
    西部氏との思い出を語る文章だった。

    こじつけるわけではないが、西部氏の存在は少し南と似ている。
    そして西尾先生も南に似ている。
    両者の精神には「南」が存在している。そこがお二人の共通点なのではないかと思う。

    話題を野球に振ってみよう。
    誰もが認める大谷選手が今注目の的である。
    二刀流という、誰もがなし得ない方法で、彼は大リーグに挑戦している。
    しかし、はるか昔にベーブルースと言う選手が存在し、彼も二刀流だった。

    いったい野球というものが、いつのころからピッチャーとバッターという区分けをしだしたのか。元々優れた野球選手は四番でピッチャーを担う。高校野球まではそのシーンが今でも存在する。この単純な図式をプロの世界は打ち砕き、役割を分担する仕組みを常識化した。

    今は亡き徳島の池田高校蔦監督は、ある番組でこう語った。
    「私は選手に注目する際、ピッチャー出身の子に目を向けます。ピッチャーを経験している子は元々万能なんです」と。

    裏っ返して考えると、その認識はとても率直で単純だ。しかし、その基準をプロの世界はいとも簡単に壊してしまってきた。
    なぜこんな伝統が長く常識化してしまったのだろうか。
    本来野球はピッチャーであっても強打者である器がゴロゴロしている。
    ところがそれをみすみすいる見逃してしまっている。
    せっかくベーブルースがその見本を築き上げたのだが、誰もそれを真似してこなかった。

    大谷選手は頑なにその真似を追い続けただけの話なのかもしれない。
    ある意味他の視点が過保護すぎることが原因なのかもしれない。
    それは結局、野球と言うゲームを、一種面白くないものにしてしまった原因の一つだったのかもしれない。
    どっちが常識なのかを問うているのではない。
    本来あってもいいものを潰す原因が、どこにあるのかを問うているのだ。

    西部氏と西尾先生が共によに訴えてきたものが、大谷選手の姿を例に出すとわかりやすいかと思う。
    南というスパイカーとしてのプライドを自ら剥ぎ取り、本当のバレーボーラーとしての戦い方を、チームメイトやファンに体現したことや、大谷選手という、非常識が実は本来の野球の神髄であることを、我々は考え直して熟考しなければならないのではないかと考える。

    もしかすると西部氏と西尾先生が感じたものは、そんなところにあるのではないか。

    終わり。
    【2018/04/11 10:54】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    すごい!

    あきんどさんの記憶力と筆力!

    よくここまで覚えていて、感じていて、考えていて、
    書くなぁ。
    ブログのコメント欄じゃ、本当にもったいないですね。

    その比喩が的外れかどうかは問題じゃない。
    その比喩で、あきんどさんが感じていることが大切。
    自分の土俵にまで持ってくるところ・・・・。
    あれ、草冠の誰かと似てる。
    【2018/04/13 09:17】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >その比喩が的外れかどうかは問題じゃない。
    >その比喩で、あきんどさんが感じていることが大切。

    >奥様
    そのように読んでいただけたことが一番うれしいです。

    南選手と西部氏や西尾先生が似ている・・・というのは、私の中でしか理解できないものかもしれません。
    ブルガリア戦で好レシーブを見せた、南のあの魂のプレーは、外国においても本当に日本のことを語れる両氏と、どこか通じるものがあると感じたからです。
    別の言い方をすれば「外国を恐れない気持ち」です。
    それに比べ、舛添氏の論は、当時の男子バレーが得意とした速攻や時間差攻撃とダブって見え、そんなものだけでバレーは通用するものじゃないってことを言いたかったのです。

    あの試合でブルガリアは南のプレーに負けたのです。

    一方現代においては、大谷選手の器が、大リーガーの度肝を抜き、驚嘆している。
    泥臭い南選手と、磨き抜かれ恵まれた才能の大谷選手を比較するのには、少し無理がありますが、いずれにせよ外国人を驚かせている現実には、変わりありません。
    おそらく大谷選手は、今後他球団のピッチャーにもバッターにも、手ごわい相手となる存在として活躍するに違いありません。

    「こんな論戦をできる思想家が、日本にもいたのか・・・」と、当時の外国人は驚嘆したわけで、両氏は本物だという証です。

    それを言いたかった。
    【2018/04/15 11:20】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    そしてもう一つ・・・

    近い将来、こんなアナウンスが球場内に響くときがくるかもしれない。

    「四番、ピッチャー大谷、背番号17」

    実は昨年の最終登板でこのアナウンスが札幌ドームで流れた。
    10三振の完封勝利だった。

    もしも、もしも彼がこれを大リーグで実現した時には、こんなことが起こる可能性もある。
    「全打席ホームラン。そして投げては完全試合。」

    夢のようなドラマの完成です。
    大リーグはリーグを跨いで試合が多く行われる。
    日本のように集中して1か月間とかではなく、スケジュールに合わせて突然行われる。
    ご存知のように、ナショナルリーグのホームグランドでの対戦では、ピッチャーも打席に立つ。
    つまり、そういうことが起こりうる状況だということ。

    そして、それをなし得る選手は、世界でただ一人、大谷選手だけなのだ。

    これを見て「彼は神様から選ばれた人間」と誰もが思うだろう。
    もしかすると、キリストと言うのはそういう存在だたのかもしれない。
    【2018/04/17 03:54】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


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