• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    雨の宮島



    総勢十人で行きました。
    一名、仕事の都合で欠席でしたが・・・・

    晴れて家族に戻った息子とともに。
    近くなのに泊まりました。

    合格発表のあった翌日の20日は火曜日。
    夫の仕事、孫のヤマハや宿題を終え、
    宮島口の桟橋に到着したのは、
    6時半でした。

    その日は日本列島が春の嵐に見舞われ、
    冬逆戻りの寒い氷雨。
    港はより一層寒く、
    船があと五分で着くから待合室で待ったら・・・と言われ、
    全員で狭い待合室に入りました。

    次女一家も合流したころ、
    ジリリリ~~~ンとベル。
    なんと、待っていたフェリーが今出たというのです。
    私、激怒!
    え~~~どうして知らせてくれなかったのですか?
    待合室で待てと言われたから、中で待っていたんですよ!
    係員はヘラヘラと笑って、車の誘導をしていたから・・・とかなんとか弁解。

    この旅行?の企画者の私は、
    どうにも我慢ができなくて、クレイマー状態でしたが、
    息子に静止されちゃいました。
    息子はこんなオバタリアンの私を嫌悪していた・・・・・。
    娘も、声を荒げようとする私に目配せ、
    もう言うな・・・・・と。

    あ~~~~これが日本人!

    フランスのTGVで、自分たちの席にフランス人が座っているとき、
    猛然と抗議し、車掌さんを呼んで、
    最終的に全員を退かせたのは、このオバタリアンの私でした。

    その時は、感謝してくれたのに、
    日本では「もう言うな」とばかり・・・・。

    DNAに組み込まれているのですねぇ~~~~





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    【2018/03/21 21:36】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
    この記事に対するコメント

    宮島ですか…懐かしいですねぇ。
    角田さんのところにお世話になって、その次の日宮島に行きましたよ。

    私にとって瀬戸内の海は、大きな川のような風景でしたね。海と言うより大河と言う感じでした。
    特に宮島は歴史と隣接している場所なので、海を渡るというより、何か歴史の世界へ連れてってくれる渡し船に乗るような感じでした。
    そうそう、以前角田さんがこんなことを語っていましたね。
    宮島をもっと客寄せするなら、思い切って島の南側をリゾート地にして、観光地と遊びの世界を一体化したら良いのではないかと。
    私たちよそ者から見ると、イメージ的には宮島は「歴史」そのものなんですが、地元の人たちにとっては、それがあまりにも一般化しすぎていて、かえって魅力を感じにくい要因に見えてしまうのかなぁと感じました。

    私は人が大勢集まるところがあまり好きではないので、個人的には、ひっそりと存在している歴史的場所こそ、本当の観光地なのではないかと思います。
    なにかそこに行くと学びたくなるようなそんな場所こそ本当の魅力を持ち合わせているんじゃないかなぁと・・・。

    最近はインスタグラムなどが流行って、そんな個人的な感情を他人に伝えることの価値観を見出すようになってきています。
    インスタグラムというのは時には周りから誤解を受けることもあるだろうとは思います。
    これ、実際にあった話ですが、私が勤めているホテルのレストランで、おそらく30歳前後だろう男性が、紙袋の中に大量のフィギャーを忍ばせて、それをテーブルの上に料理と一緒に並べて写真を撮りだし始めたんです。何度も何度も同じことを繰り返しては、ニヤニヤしながら写真を撮るその姿は、誰が見ても異常でした。
    おそらくお気に入りな一枚を撮るために、一所懸命だったんでしょうが、どうみてもその姿は尋常ではありませんでした。
    個人的な満足感も、いくら他人に迷惑をかけていないとはいえ、度が過ぎるとそれは「裸の王様」同然だということなんでしょうね。

    おそらくこんな光景が、日本の随所で起きているのではないかと思う今日この頃です・・・。
    【2018/03/27 04:45】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    私が今も忘れられない本当に感動した場面は、オーストラリアの旅でのこと。
    シドニーからブリスベン行きの夜行列車で、車中トイレに行きたくなり、用を済まして何気なく眺めた時の夜空です。当時の列車はとても古くて、扉は動いているときでも開けることができて、たまたま私が通りかかったその扉は開けっ放しでした。
    「おいおい危ないじゃないか・・・」と思いながらドアの近くに行くと、なぜか周りが異様に明るく、「?」と思って身を乗り出すと、広大な大地を覆うように満天の星々が出迎えてくれました。
    その光景に驚いた私は、しばらくの間、扉の所で夜空を眺めていました。
    「たぶんこんな夜空を拝めるのは、この時が最後だろうな」とその時思いました。
    24歳の時です。
    それ以来あの夜空を超えるものに出会っていません。
    天井の星々はもちろんのこと、地上すれすれのところまで星が満遍なく輝いていたあの日の風景。(体言止めは心を揺さぶり余韻を残す・・・)

    確かに学校で習った通り、その風景は私の心を揺さぶり続けました。

    宇宙と言う空間に、地球以外の物体がこれほどまで存在するんだぁ・・・と、生で見た私はしばらくのその風景に圧倒されていました。
    夜空に敷き詰められた数え切れないほどの星の姿が、今も私の目に焼き付いています。

    それから20年後、西尾先生の作品の中にこんな一説がありました。
    「おそらく縄文時代の日本人は、『夜』の過ごし方を大切にしていたんじゃないか。現代人がイメージする『夜』と、縄文人が過ごした『夜』はあきらかに違う。もしかすると当時は夜に活動が激しかった可能性もある。なぜなら獲物は夜行性の種が多く、しかも空は明るい・・・」

    確かに満天の夜空なら狩も可能。夜こそ人間が働くチャンスが多かった時代かもしれない。
    私はオーストラリアでの満天の星を見た経験があったので、西尾先生の想像がそのまま理解できた。
    ギリシャ神話などはその象徴的なものだし、とにかく夜は昔輝いていたことは間違いないでしょう。

    あぁ、もしかすると私はあの時、縄文時代の夜景を見たのかもしれない。
    【2018/03/27 06:50】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    縄文時代といえば、それに並行してアイヌ人の文化も北海道では多く残っています。
    一説によると、北海道の場合は縄文人はアイヌ人によって土地を奪われたとも聞きますが、本当のところはよくわかりません。
    ただ、遺跡の発掘によれば、骨格は確かに縄文人の骨格が多いと聞きます。
    伊達市の北小金貝塚にもそのサンプルは展示されています。

    しかし、北海道は間違いなくアイヌ人が文化を広げた地域で、今も多くのアイヌ人が住んでいる地域です。詳しくは知りませんが、北海道の地名はそのほとんどがアイヌの地名が由来です。
    札幌は「乾いた場所」を意味したり、知床は「最果ての地」を意味するそうです。
    かなりコアな話ですが、蘭間さんが住んでいる虎杖浜(こじょうはま)は「葦が多い浜」と言う意味で、語源は「クッタラ」というアイヌ語が元々あり、今に至るというややっこしい場所です。
    ちなみにクッタラはそのまま近くの湖の名前になっています。

    この北海道の地名で多く見られるのが「別」「内」といった川を意味する地名です。登別・稚内などなど・・・。
    多分私のイメージでは「別」は水の豊かな川で、「内」は流れが遅く時には乾いてしまいそうな川を意味するのではないかと考えます。
    ということはつまり歩いて渡れる川となかなか渡るのが困難な川を分けて呼んだのではないか。
    その他には移住者の名前がそのまま地名になった場所もあります。その代表例が「伊達市」です。北広島市や札幌の白石など、移住者の出身地をそのまま使っている場所もたくさんあります。八雲町などは徳川家に由来する方が歌で詠んだ中の地名を利用しているんだとか。まぁ色々ありますが、とにかく北海道はアイヌの名前がそのまま地名になっていることは間違いありません。
    アイヌ人の決定的な弱さは文字を持たなかったことだと言います。
    全ては伝承文化です。
    しかもアイヌ語にも色々な方言があって、とてもそれらを全て教科書にまとめ上げることができないものなんだそうです。

    西尾先生がおっしゃるには、文化が整う場所には「パピルス」つまり「ペーパー」(紙)が必要で、そうした技術が根底にある文化とない文化の差が確定できるとおっしゃっていた記憶があります。昔日本人が文字を持たない民族ではあっても、すぐに文字を取得できたのは、「紙」の存在が大きかったのではないかということです。
    仮に「紙」ではなくても、繊維を織る技術があったかどうかということですね。

    アイヌ人は間違いなく当時はそれが無かったと思います。北国出身者にとって一番の致命傷は「織物文化」の有る無しですね。現代のイヌイット族も、その文化は皆無でしょう。時代が下ってアイヌ人が織物文化をどうやって手に入れたのかはわかりませんが、けしてその歴史は長くはないはずです。
    総体的に文化が発展する場所には織物が根底にあります。織物が発達すっるところでは、当然数学が同時に発展するはずです。なにしろ一本一本織っていくわけですから、数字は間違いなく伴います。世界的にみても織物が盛んな地域は「頭が平均して賢い」と私は思っています。例えばインド。綿織物が盛んなこの地域は、同時に数学も高騰レベルです。

    しかしそのかわりといいますか、動物的な感覚も研ぎ澄ましていけば、それはそれで間違いなく才能豊かなものになっていきます。アイヌ人もその枠に入るかもしれません。
    彼らのDNAはそのまま受け継がれ、私の住んでいる地域では、漁師さんにアイヌ人が多くいます。
    魚は何をどの時期に捕るべきか・・・だとか、山の幸はどこにどれだけあって、それをどう採取するべきか・・・だとか、こうしたものは、数字だけが支配するものではありません。
    いや、もしかすると、数字を支配する人種が、今の時代では間違った方向にそうした自然支配を営んでしまったきらいもあります。

    織物の盛んな地域は当然雨の多い地域です。乾いた土地で織物は栄えません。
    イランのエスファーハン(イスファハン)は世界的に有名なイラン絨毯の産地。
    乾燥地帯の中では比較的降水量が冬場に集中する地域です。奴隷的に雇われている少女たちが、この絨毯を織り続けているとして有名です。
    彼女たちが織り成す絨毯は、くぎも刺さらないと言います。
    そんなイスファハンはイランの交通の拠点となりました。
    http://www.esfahan-carpet.co.jp/

    それに比べて北海道はアイヌ人が支配した時間が長いため、「文化」が育たなかったのかもしれません。
    わたしはそう考えています。
    【2018/03/27 10:15】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    春休みで、ゆっくりレス返せません・・・・・

    たは
    【2018/03/29 09:43】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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