• ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    10 | 2018/11 | 12
    S M T W T F S
    - - - - 1 2 3
    4 5 6 7 8 9 10
    11 12 13 14 15 16 17
    18 19 20 21 22 23 24
    25 26 27 28 29 30 -

    RECENT ENTRIES
  • 自由について(11/09)
  • 杉田水脈さんを応援する(11/02)
  • コメントへの感想?(10/24)
  • 母の七回忌(10/14)
  • とりあえず帰宅(10/12)

  • RECENT COMMENTS
  • あきんど (11/13)
  • 黒ユリ (11/13)
  • 苹@泥酔 (11/13)
  • 池田俊二 (11/12)
  • 黒ユリ (11/12)
  • あきんど (11/12)
  • 池田俊二 (11/12)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2018年11月 (2)
  • 2018年10月 (7)
  • 2018年09月 (6)
  • 2018年08月 (14)
  • 2018年07月 (8)
  • 2018年06月 (6)
  • 2018年05月 (8)
  • 2018年04月 (5)
  • 2018年03月 (7)
  • 2018年02月 (7)
  • 2018年01月 (11)
  • 2017年12月 (11)
  • 2017年11月 (7)
  • 2017年10月 (11)
  • 2017年09月 (7)
  • 2017年08月 (13)
  • 2017年07月 (8)
  • 2017年06月 (10)
  • 2017年05月 (12)
  • 2017年04月 (8)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (669)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (131)
  • 硬めな話題 (414)
  • 日常のこと (165)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (55)
  • 読書からの連想 (78)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    結婚の前に



    作ったスーツ、
    もちろん、ウェストが入らない。
    そこで、スカートのサイドベルトを切り落とし、
    ファスナーも切り、
    五センチくらい内側に折り曲げてミシンで縫い、
    見事、着られるように再生できました~~~~

    40年以上前のものでありますぞ。
    合わせて作った、トルコブルーのブラウスは、
    もうずっとまえに処分。

    同じ時期に作った洋服といえば、
    オレンジ色チェックの、オーバーがあるだけ。

    写真の上着、ちょっとシミがついていて、取れないけれど、
    気にしない気にしない。
    また着れるようになって、すごく嬉しくて、
    中に合わせるブルーのブラウスを買いに行ったけど、
    いいのが全然なかった。

    スポンサーサイト

    【2018/02/28 15:26】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(63)
    この記事に対するコメント
    凄いなぁ〜
    奥さま
    なんでもお出来になられて
    私の七五三の着物を孫が着た時は
    嬉しいかったけど、母が大事に保管して
    いたからで、成人式の着物を袖を短めにしてと思ったけど、孫に着せたいとそのままに
    洋裁はやってないなぁ〜
    母のミシン田舎にあるけれど、我が家には、ない。和裁も若い頃習ったけど、矢張り時代の移り変わりは、女性から針をとりあげた⁉️かも
    【2018/02/28 23:52】 URL | bunn #- [ 編集]


    いやぁー、本当に凄いですね。
    何が凄いって、色々あるんですが、40年前のファッションをつなげることができる、40年前の奥様の眼力というか、それを持続できる現在の奥様のファッションセンスそのものが本当に素晴らしいです。感服しました。
    以前個人的にですが「この毛皮って何という毛皮なの?」とメールでご質問いただきましたが、どんな着物も、大切にされている方なんだなと言う印象がありました。

    着物を商売としてきた私には、「タンスの肥やし」というお客様からの小さな批判は常なることで、その気持ちは充分承知の上で着物を販売してきたのは事実です。
    でも、タンスの中に一生留めておきたい着物が、他の文化にありますでしょうか。洋服なら数年でおさらばするのが常で、それに比べれば着物は本当に長持ちする宝物です。

    そうした観念からいえば、奥様のお洋服のリフォームと言うのは、ものもしっかりしているという条件はあるんでしょうが、着るものを選ぶ際のセンスと、それを身にまとう方のセンスというか人間性ですね。これがマッチしていることが本当に素晴らしいです。

    同じ着物でも着こなす方と着こなせない方がいます。体型ではありません。その方の品位だと私は思います。
    どんな会社に勤めてもその会社のユニフォームを着こなす方と言うのがある様に、どの時代にあっても一つの着物をどの時代でも着こなせる方と言うのがあると思うんです。

    これこそが本当の「着こなし」だと思います。
    そのためには、大事な着物をタンスから取り出して、「私が今あなたに光に宛ててあげるからね」とつぶやいてほしいのです。
    たったその思いだけで着物は光輝くのです。

    自分が以前着た振袖を、娘が袖を通したときに感じるあの瞬間です。
    母親なら絶対感じる言葉にならないその瞬間は、娘を育ててきた自分の本当の価値をそこに描けるのではないかと私は思います。

    嫁に行く娘に、自分が愛用した紬を譲るときにも、それは絶対あると思います。
    「お母さんが若いころに着ていた柄だから・・・」

    たったそれだけで、何もかもが語れる瞬間ではないでしょうか。
    【2018/03/03 06:13】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    つづき

    娘が子供を宿したと知って、父親として初めて娘の身体のことを心配しました。
    父親だからでしょう。
    母親なら、また違った角度から心配しているんだと思います。
    娘夫婦二人で報告に来た時、心の底から婿に対し『娘をよろしくな』と心で思いました。

    たぶん生まれるまでは娘を心配し、生まれてからは孫を心配する自分が、今年の11月ごろにいるんだろうなと想像します。
    人間の感情の変化の勝手さには、人間は自分でも本当にあきれるばかりなんでしょうが、それこそが生きていることの証(ちょっと大げさですが)です。

    そういえば昔問屋時代、久慈に出張に行ったとき(苹@泥酔 さんお住いの近く)、仕入先の方が飲み屋のカラオケで「孫」を歌ったんです。

    ♪なんで~~~こんな~~に、かわいいのか~~よ~~~~♪

    当時の我々の年齢は20代半ば後半。
    それなのにしみじみ聞いてしまった自分。
    その時の仕入先の方の歌声が、今耳鳴りのように毎日響いているこの頃です。

    これも一種昔を持続する人間の心の表れなんでしょうか・・・。
    【2018/03/03 08:05】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    若い娘さん方が、最近浴衣を着るブームがあるようです。
    あまりにも着物がこの世から見捨てられた結果の現象なのかもしれません。

    60歳になってはじめて訪問着を着ました・・・という女性が多発。
    訪問着と付け下げの違いを、今の若者に聞くのはタブー。知るわけがない。
    「黒留め袖」を「江戸褄」と言うことすら昔言葉。
    ちなみに着物の反物にぶら下げる値札を「越後札」と呼ぶんですが、どうしてこの名前が付いたかと言うと、昔の呉服屋は反物に値札などつけないで販売していたのですが、それを江戸時代に越後屋(三越)は、すべての商品に値札をつけて売り出しました。
    それ以来呉服業界では、この値札を「越後札」と呼ぶようになりました。

    そんな風に知ったかぶっている親父に、末娘が噛みついてきた。
    なんと、末娘は「刀フェチ」であった。
    昨夜の親子の会話は「刀」と「水戸博物館」の話題で花が咲いた。
    なんで刀に取りつかれたの・・・?と聞くと、とあるゲームでそこにはまったと云うんです。

    関東大震災だか空襲だか・・・(この辺が詳しくわからない)で水戸市にあった刀が焼け、ぼろぼろのまま残っていて、その刀が奈良時代だか平安時代だか、鎌倉時代だか、よくわからないけど古い刀で、その刀を再現する展示会が来月四月に水戸で展示されるんだそうです。

    それを是非見に行きたいんだと突然言い出す娘。
    ボロボロに焼けた刀と、それを復元した刀が両方展示される催しがあり、娘はわざわざそれを見に行きたいんだそうです。

    「子供ができたよ」という長女のコメントと同等の驚きが、末娘から聞かされた昨夜の出来事でした。

    こんなんですから、我が人生老いぼれている暇がございません・・・。
    【2018/03/03 08:43】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >bunnさま
    和裁はしませんでした・・・・・

    ミシンはロックミシンもあります。
    娘たちがバレエの発表会で着るチュチュも、
    縫っていました。


    >あきんどさん
    私は小柄なので、娘時代、既製品が合わず、
    母の手作りか、余所行きは全部オーダーメイドの洋服でした。
    で、結婚する時に、
    いろいろ支度してくれた中に、
    このスーツがあったのです。
    布地が好きで、何故か処分できずにいて、
    この前思い切ってリフォームしてみたのです。

    棄てても仕方ないつもりで、えいっと、ハサミを入れました。

    着物・・・・・お姑さんのも、まだタンスの中にあります。
    もちろん、私の母のものも・・・・。
    売ったら、二束三文の値を付けられると思い、
    なぜかまだ手放せません。

    映画で、白人が、長じゅばんをガウンのように着ているのをみると、
    ちょっと違うなぁとも思いますが、
    着物の良さは、案外外人の方がよくわかるのかもしれませんね。

    最近、京都や金沢や、あちこちの街で、
    着物をレンタルで着せてくれて、
    着物姿で観光というのがありますね。
    あれ、男の子も着ていて、素敵だと思います。

    【2018/03/03 21:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (横から豆知識)
    >昔問屋時代、久慈に出張に行ったとき(苹@泥酔 さんお住いの近く)
     久慈市は青森側の八戸市より少し南の岩手側で、どちらも津波が押し寄せました。八戸の内陸側には新郷村の「キリストの墓」、北側の百石(「ももいし」と読む…現おいらせ町)には「自由の女神」があります。(↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=PX5QnemHIRI
    http://www.aptinet.jp/Detail_display_00003181.html
     こんなの見ると「青森県民、頭おかしいんじゃないか?」と思われそうですが、私も含め多分その通りです。地域は津軽(弘前側)と南部(八戸側)と下北(むつ側)に大別され、維新後の下北には会津(福島)の人々が入りました。昔から津軽と南部の諍いはそこそこ有名らしく、下北には佐井村の伝統行事「お籠もり」があります。(「肉はない!!」↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=fOs4o9jumOg

     以下はいつもの情報源、「書道美術新聞」の一面コラム欄。
    http://kayahara.com/modules/column/index.php?page=article&storyid=243
    --------------------------------------------------------------------------------
    >風信帖(1115)
    >投稿日時: 18年02月01日
    > 「大山鳴動、ネズミ1匹」とは、このことか。31日未明、配達されたばかりの読売朝刊の1面トップに、「新指導要領概要・高校…」「主権者教育を充実」という大見出しを見て目をむいた
    >▼高校用の新指導要領の原案が1月中に公表されるとは、思ってもいなかったからである。しかも記事は、「高校の新指導要領の概要が30日、判明した」という書き出しである。もしそうなら、当然本紙もこの2月1日付で大特集を組まねばならず、「1日しかないーどうする?!」と、血圧が上がった?わけである
    >▼ところが、一緒に届いた朝日にも毎日にも、同類の記事は影も形もないではないか。だが、読売の1面にはご丁寧に「新指導要領の要旨4面」とある。早速、四面を見るが、そこには政治絡みの記事があるばかり。よくよく目を凝らしたら、あった。紙面の隅に手の平より小さい囲み記事があり、「高校新指導要領の要旨」と小さな見出しが付いている。しかし、全く無内容な記事だ
    >▼で、読売の記事を改めてよくみると、末尾に「政治部・某」とある。ここで漸く気づいた。「そうか、政治部氏は〝主権者教育…〟を書こうと、指導要領を持ち出したのか!」。ことほど左様に、今は本紙も臨戦態勢で待ち構えている。
    >(書道美術新聞 第1115号1面 2017年2月1日付)
    --------------------------------------------------------------------------------
     こちらは現在、いつもの場所に続稿を書くため「書道美術新聞」1116号(2018.2.15付)の一面記事「高校国語「書写」必修に」が萱原書房サイトにアップされるのを待っているところです。(だって自前の打鍵、めんどくさいんだもん。)
    【2018/03/04 06:29】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >奥様
    なるほど、小柄だったことが最大の原因ですか。
    ということは、振袖も大きすぎて四つ身(七五三の晴れ着)で間に合ったとか・・・ですかね(;^_^A

    > 苹@泥酔さん
    実は私の母方の祖母は五戸の出身なんです。
    昔はよく、南部せんべいや南蛮みそ(ご飯に乗せて食べると絶品)を、現地から送ってくれました。
    酒のお供として南部せんべいは私にとって、理想的な食べ物です。
    南蛮みそは伝承する方が極端に減ってしまったようで、昔と今の味は少し違うという話を聞きました。

    久慈市は漁師町で、そのほとんどが当時は遠洋でした。ですから町にいる女性の方々が若い男性を見ると、目の色変えてダンスに誘うそうです。
    当時私は25、6歳だったはず。実際取引先の女店員さんにダンスホールに連れていかれ、そこではじめて社交ダンスを経験しました。
    こっちは何も踊れないわけですから、ただ黙ってそれを眺めているだけ。かなり高齢な方からダンスのお誘いを受けましたが、「すみません私踊れませんので・・・」と言って断りました。
    そうそう、このダンスホールは久慈市ではなく八戸でした。
    そして名物のうに丼をごちそうになってさよならした後、会社仲間と三人でスナックに行き、カラオケで仲間が「孫」を歌った・・・というのが下りです。

    その時は爬虫類のハンドバッグの訪問販売のお手伝いでした。
    行くとこ行くとこ本当にどの御家庭も旦那さんが遠洋漁業で留守していて、旦那さんが帰ってくるとお土産にいろんなものを買ってくるそうです。
    その中には爬虫類のバッグもかなりあって、お勧めしている最中にタンスや押し入れの中から、大量のそれらを持ち出してきた奥様もいました。
    そしてこれは何の皮なのか教えてほしいと聞かれたりして、けっこう大変でした。
    そうした会話の中にも男として感じるのは、奥様方が久々に若い男性と接することができた少しの喜びみたいなものを、当時の私は感じましたね。
    ちょっといやらしく聞こえるかもしれませんが、そうしたことにもちゃんと気持ちを整えて接していかなければならないのが現実で、なかなか気の使う場面だったわけです。

    しかし本当に久慈市は遠かった。
    多分当時は・・・今もそうかな・・・東京から一番遠い場所の一部かもしれません。
    あぁ、でも今は新幹線があるから・・・少し近くなったのかな。
    当時は遠かったですよ。そして、JRの連絡がめちゃくちゃ悪くて、たしか当時は朝一番の新幹線に乗って、盛岡から在来線に乗り継ぎ、久慈市についたのはけっこう遅い時間でした。
    まさに陸の孤島でした。

    しかし、私も本当に若いころは色んなところに行ってますね(*^-^*)
    【2018/03/05 23:18】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >陸の孤島と言えば・・

    案外東京から近い場所にもそれがありましたよ。
    山梨県の富士吉田。
    ここから見る富士山は本当に「富士山」でした。

    なにしろ稜線が左右好対照で、しかも山がど~~~~んと目の前にあって、「これが富士山やぁ~~~」みたいな感じでした。

    ところがこの町もいざ電車で行こうとすると本当に不便なところだそうです。
    私は当時車でしか行きませんでしたが、いざ電車となると、とても東京の隣の県とは思えないような環境なんだとか。
    あるんですねぇこんなところが色んな所に。
    ただし、この情報は今から30年前の話ですので、今の環境が違っていたらご容赦ください。

    こんな話をしていると思い出しますね、昨年11月に女房と一緒に上京した時のことを。
    一番びっくりしたのは、山手線を筆頭に、ホームに転倒防止策のガードが設けられていたこと。これには驚きました。そしてやっぱり東京の街並みは全てが小さく見えたこと。
    これは小学6年生の時初めて東京に行った時と同じ感覚でした。
    最後に上京してからたった15年間の見慣れない風景に、人間は違和感を感じることを再確認しました。

    >苹@泥酔さん
    おいらせ町の女神様は、まだましですよ。
    北海道の芦別には、観音様がどか~~~んと建ってます。
    https://www.bing.com/images/search?q=%e8%8a%a6%e5%88%a5%e8%a6%b3%e9%9f%b3%e5%83%8f&qpvt=%e8%8a%a6%e5%88%a5%e8%a6%b3%e9%9f%b3%e5%83%8f&FORM=IGRE
    【2018/03/06 09:08】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >しかし本当に久慈市は遠かった
     岩手沿岸部全般は路線から外れて遠く、仙台以北で海沿いに新幹線が近付くのは八戸。在職時の夏ふと気が向いて盛岡から田老町に行った時、海側に向かう横道が青森の幹線道路より狭かったのには驚きました(岩手は青森より開けてる方だと思ってた)。どんどん内陸から離れていく。大震災での自衛隊対応も難しくなる訳だわ。ならば陸路より海路が手っ取り早い筈なれど、岸壁が壊滅状態ではこれまた難しく。

    >おいらせ町の女神様は、まだまし
    >北海道の芦別には、観音様がどか~~~んと建って
    http://showa-daibutu.com/
     そっち方面は負けず劣らず、青森市にも青龍寺の昭和大仏があります(↑)。どうも田舎は大きいものや奇抜なのが好き(?)らしく、津軽方面では縄文時代の遮光器土偶をあしらった木造駅があったり、五所川原の選挙マニアに至っては国会議事堂やミサイル基地のレプリカまでやっちまいました(↓)。
    http://www.aptinet.jp/Detail_display_00002676.html
    https://www.youtube.com/watch?v=a2bsdjugU5I
     この動画…初めて見たけど、だんだん気が滅入ってきて仕方がない…。なんだか地元愛が揺らぎそう…短いレスしか書けなくなってしまい申し訳ない…。

    (附録~深夜追記)
     この際、気分転換にヴァルヒャの演奏らしきバッハの未完フーガでも。
    https://www.youtube.com/watch?v=hbSS2CCSLxE
    【2018/03/07 22:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >あきんどさん
    本当に色々なところに行っていますねぇ~~~

    爬虫類?わに革?オーストリッチ?
    今でもわに革って、人気があるのでしょうか?

    >苹@泥酔さん
    縄文時代の土偶・・・・・・大きすぎます!
    なんか、恥ずかしくなります。
    【2018/03/08 20:43】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    それにしても、人間と言うのはどうしてお金が入るとこうも「物」に代えたがるんでしょう。
    この温泉社長に限らず、誰だって同じ次元で物事を考えてしまうわけで、なんなんでしょうねこの人間の習性は。不思議です。

    >奥様
    はい、日本全国色んな所に行ってます。
    が、まだまだ行ってない場所はたくさんあります。
    今私が一番行きたいところは、日本海側に集中しています。
    特に、昨日なんですが、初めて知った場所があります。
    休みだった昨日は、この町に見入ってしまい、半日を費やしました。
    その町はここです。
    https://www.bing.com/images/search?q=%e4%bc%8a%e6%a0%b9%e8%a1%97&qpvt=%e4%bc%8a%e6%a0%b9%e8%a1%97&FORM=IGRE
    京都府与謝郡伊根町です。
    丹後半島の先っちょにある、漁民の町です。
    3000人弱の町に30万人の観光客が押し寄せている、観光スポットだそうです。
    写真で分かる通り、海に隣接した家々が、全て一階部分は磯船が収まる構造になっていて、いわば海の上の家です。
    こんな生活を今も守り続けている漁村があるなんて驚きです。

    本当の旅と言うのは、そこに住んでいる方々の息吹が聞こえてこないと、手ごたえがありません。ここはそれを絶対教えてくれる場所だと確信しました。
    時間とお金があったら是非行ってみたい場所です。

    爬虫類ハンドバッグには色んなそざいがありますが、私が一番大好きな皮はスティングレイ・・・つまり「エイ」ですね。
    魚のエイです。見た目も面白いし、男性でも持てる素材なんで、個人的には大好きです。財布として若者が利用する銀素材のアクセサリー売り場では、当たり前のように存在しているようです。
    時計の皮ベルトなら、穿山甲(せんざんこう)がお勧めです。
    汗にも強い皮で、しかもマット調なので、肌触りもいいですよ。
    穿山甲とは・・・実はアリクイと同じ仲間の「アルマジロ」のことです。
    マット調といえば、最近はダイヤモンドパイソン(ニシキヘビ)のそれが、案外良いですよ。蛇が嫌いな方でもマット調の鞣しはあまりギトギトしていなくて、おしゃれです。
    鰐皮も最近マット調の鞣しが多くなってきて、いかにもお金持ちのイメージがなくて、質素でおしゃれです。
    http://www.ikeda-croco.jp/fs/ikedakohgei/377-S2472-3

    ご参考までに。
    【2018/03/09 00:04】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >どうしてお金が入るとこうも「物」に代えたがる
     商売では物/商品がカネ/利益を生む様で、消費や蕩尽とは別の未練めいた感覚が所謂「金は天下の回りもの」へと繋がっていく…との捉え方では安直に過ぎるかしら。無常の顔は二つありそうで、ポジティヴにすり替わる生々流転と、ネガティヴに後ろ髪を引く儚さと。本来は後者の筈なのに、それを生活が前者へと引き戻す。巷間「顔で笑って心で泣いて」と云うが、「物」に「顔」の振る舞いを重ねるかの様に自己防衛する心境もまたありそうな。その辺は人生経験不足でよく分からないけれど、かと云って経験ばかり重視しても際限がなく、そこに欲望が絡むと尚更ややこしくなってくる。
     土地建物を転がしたり違法民泊に活用、或いはオークションで文物を買い漁る(買い戻す?)中国人の旺盛な生活力には唖然とする。バブル期は日本でもゴッホの絵を副葬してくれと言って叩かれたのが居た。あの時は支那人の真似かと思った(唐の太宗と王羲之の蘭亭叙をめぐる教養!)。それで思い出したんだっけ、たぶん欧陽詢の書碑。拓本を高値で売るため原碑を毀損したのが居たそうな。無分別に支那人を真似ると大変な事になる。時には教養までもが人を壊したりする。
     してみると拝金主義ばかりでなく物神化に魅入られるのも、それを目の敵にするタリバンのバーミヤン破壊なども、宗教的信念(?)が絡みそうな中東や韓国のも、それぞれ風土ならではの「教養」ゆえに(?)どうなる事やら。

    >縄文時代の土偶・・・・・・大きすぎます!
     ここからは教職時代の話。…部活が済んで日が暮れて、帰ろうとしたら吹奏楽部の面々と出くわした。そこで彼らを一度だけ土偶駅舎まで送った事がある。ところが苹の車は他人無用の設計(?)だから、四人を詰め込むには助手席の山積みカセットテープ数箱を生徒の膝上に分担させる必要がある。出勤時に聴いてたのは偶々バッハのマタイ(リヒター指揮58年盤)で、続きを流したら第一部終曲冒頭の合唱開始直前からだった(こっちは71年の映像↓)。到着寸前に第二部が始まったら、中には降りたがらなさそうなのも居た。その時あらためて、あの曲は美しいと思った。以来マタイの記憶は「土偶さんと一緒」。
    https://www.youtube.com/watch?v=PXIukWpjsbU
    【2018/03/10 05:39】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん

    私は思うんです。
    お金があるならどうして自分を研こうとしないのか。
    金を全て物に代えるのは容易いことです。
    でも、それを自分に向けたいのなら、自分で自分を研くことこそが、本当の快楽ではないかと。
    でも、実際はお金があると人間は没落し、お金がない人の方が自分を切磋琢磨しようと努力する。日本人は特にその傾向があるという事実。
    景気が良くなることを望む経済人ですが、だったら自分から持っているお金を他人に分けてあげることが最善で、つまりはお金があって裁量があるなら、社会にそれを奉仕すればいいわけで、それによって雇用数も増えて、最高の景気回復になるのが、理論上一番の近道です。
    お金をやたらと物に代えて、自分の満足感ばかりを得ようとする人間の集団だとしたら、それは不幸な社会になるのは当たり前です。
    そういう単純な仕組みが、案外世の中理解されていない。
    お金を得たならそれは世界から預かったお金なんだという意識がない。
    自分の懐に入れるお金の勘定ばかりしているようでは、それは社会性を生むスタッツ(素材)にはならない。

    男社会が長く続いた背景には、そうした社会性が存立しているからだと考えます。
    男は見栄を張る。女は実をとる。
    この方程式は決して間違った判断ではないはず。

    >奥様
    いろいろご子息の件で立ち入ったことを語ったことに、総合的にお詫びします。
    自分としては、なんとかご子息が一人前の社会人になってほしいと思う気持ちがあり、近しい仲に甘えて、けっこう立ち入った意見をさせていただきました。
    うちの娘と少しダブる感じがそれを促してしまったということなのか、それとは別に私が過去の書き込みで意見した場面が、奥様にはかえって苦痛だたんじゃないかと思います。
    それに引き換え、奥様はやっぱりいつまでも常識派で、勉強すること多々ありです。
    【2018/03/11 01:58】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >男が男に惚れる
    というときがあります。
    単純です、その時は。

    かっこいいです。
    すっごくかっこいい瞬間です。
    私はギターリストが、昔はその対象でした。
    エリックプラクトンを筆頭に、ジミーペイジ、ブライアンメイなど、名だたるギターリストがあこがれの対象でした。
    そんな若いころからおさらばできた瞬間が、西尾幹二先生を知った瞬間だと言えます。

    男はかなわない力量の人間に出会うと、信じるしかない習性があると思っています。
    しかしそれは同時に、自分が否定される瞬間でもあり、男はその悔しさを心のどこかに隠しています。
    かなわない力量にいつか報いたいその心は、恐ろしいほどの持続性があって、それを誰もが共有するためなのか、戦国時代は父親と一緒にその息子も道連れにした例は、男として理解できる心理です。

    私は今、また男の心理を描いています。
    先の投稿であれだけ謝っていながら、また同じ過ちを犯そうとしています。
    男はやっぱり、執念深いということなんでしょう。
    その点、女性の方が実にさっぱりしているのかも。
    よく言われている女性の執念とか耳にしますが、本当は男の方がそれが根強いのではないか。男は歴史の中で生きている・・・いつもそう、私は思っています。

    男は時代の中で自由で、つまり時間感覚が自分勝手で、それを盾に時代の中の自由な自分を大切にします。男の個人の価値観はたぶんそこから生まれてきて、過去も未来も含め自分がどの位置に生きているのか、試されながら生きている。

    それが男の生きざまではないかと。

    女の人には理解できない唯一の人間感覚がそこにはあると感じます。
    もしもそこを感じる女性が目の前に現れたとしたら、たぶん男は…世の男ならば誰しも・・・その女性はまるで女神として映るでしょう。
    【2018/03/11 06:31】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    ほとんどの女性は、今を生きている。
    そう断言したらたぶん多くの批判を受けるでしょう。

    でも、それと同時に多くの男性がその女性たちをうっとうしく感じます。
    それが男の本性だと思います。

    これをいうとかなりの弊害がありますが、あえて言います。
    私は女姉妹に囲まれて育ち、しかも池田家は何故か女性が多く、どこを見渡しても女だらけでした。そんな環境から感じることは、女性の一般的な特徴は、過去を捨てることにおいては天才的だということ。
    常に目線は前向きで、過去の過ちなどに躓いていられるか・・・というのが、本当のところの女性の強さだと思います。

    もしも過去にこだわる女性がいたとしても、それはずっと一緒の連れ添いの場合であって、普通ならば過去の男のことなどは、二度と思い出したくない対象となるようです。
    もちろん誰もがそうだと断言はできませんが、心理面でそれを理解できるかどうかという問題ですね。

    こうした男の内面を、普通はおそらく多くの女性が理解してくれません。
    付き合っていられないからなのか、それともそのスイッチが元々女性にはないからなのか、よくわかりません。

    男はよく昔を振り返ります。本当に恐ろしいほどよくあります。
    それは時代を越えて生きている男の本性であることを、ぜひ多くの女性陣に理解していただきたいです。
    【2018/03/11 07:10】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    よく、町内会に参加しない男性が多いという話を聞きます。
    働き過ぎて、自分を取り戻す時間が欲しいからとか言いますが、たぶんそれだけではないように思います。
    多くの男性は、たぶん時代をさまよっていて、的確に今を掴まえられない生き方しかできないからでしょう。おそらく私もいずれそうなるでしょう。
    男性の多くが最初に思い出すのは、自分の幼い時に出会った大好きだった女性です。
    それが友達なのか、おばさんなのか、母親なのかは人それぞれです。
    でも間違いなくその症状ははっきりあって、ほとんどの男性が、昔大好きだった女性のことを懐かしく思います。それを確信させたことが、同窓会などで繰り広げられているのが、世間一般ではよく見る光景ではないでしょうか。

    昔の自分を知っている女性に出会うと「女神」だと錯覚する瞬間です。
    【2018/03/11 07:27】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    はたしてその「ある種正しい男の本性」が、この時代も受け継がれているのか、実に怪しい環境です。
    男と女の境界線がはっきりしない「性」の在り方が、そこらへんで酔いつぶれているおっさんでも感じるようになってしまったこの時代、正しく生きようとしている人間にとって、その弊害はいかなるものなのか。
    問題ばかりを提起していても埒があきませんからここいらで意見します。

    まずは世の中の男たちよ、「今を生きれ」
    世の中の女たちよ「過去も視野に・・・」

    そう言うしかないのかも・・・。
    でも多分・・・無理でしょう。

    おわり
    【2018/03/11 07:47】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


     物々交換の時代から貨幣時代に遷り、お金と物/商品との差異が拡大した。やがて紙幣が生まれ、貨幣の方では交換レートが揺らぐ(変動相場)。国際的な固定相場ルールが出来たら金本位制自体が停止を繰り返し、ニクソンショックで変動相場に出戻り金は商品相場に組み込まれた。…お金と商品の区別が苹には正直よく分からない。
     一緒くたにして資産と見れば、知識も品格も歴史遺産も総て含まれそうだ。資産は権利を意味するかも知れない。個人所有も国家所有もある。神でさえも所有できる/させられたりする(人が?/神が?)。全体としては分有(分裂症化?)する形でも、調和の観点では統一/統合的にも見えるからややこしい。
     脳味噌にも景気(?)の良し悪しがあるらしい。不景気だと貧乏性だったり悲観的だったりする様だが、貧乏でもオツムの景気だけは良かったりする。幸福感と言い換えてもよさそうだが自信はない。

    (屈託~前稿後半の一部表現について)
     「中には降りたがらなさそうなのも居た。」~この表記、「さ」で迷ったが入れる事にした。「降りたがらなそう」や「降りたくなさそう」では違和感があった。生徒は駅前で降りねばならぬ/降りたい筈。だから降りたがらないのでも降りたくないのでもない。そこで「降りたがらなさ」を本人に近寄せるのではなく、もっと観察者側に引き寄せるべく「降りたがらない様に見える」事の分割的短縮表現と捉えてみた。文法上は「さ」抜きで構わない/の方が正しい(?)らしい。してみると、或いは「さ」が強調表現を含意した結果になるのかも。文法上と表現上とでは、ニュアンスの影響範囲が異なる様に思える。

    (萱原サイト拾遺)
     以下はいつもの情報源、「書道美術新聞」の一面コラム欄。
    http://kayahara.com/modules/column/index.php?page=article&storyid=245
    --------------------------------------------------------------------------------
    >風信帖(1116)
    >投稿日時: 18年02月15日
    > アポロ11号のアームストロング船長流に言えば、「この四行はうっかりすると見落としそうに小さいが、日本の文字文化にとっては偉大な一歩である」と言っておきたい
    >▼「書くことに関する指導については、中学校国語科の書写との関連を図り、効果的に文字を書く機会を設けること」と、高校の新しい指導要領で国語の必修科目として示された指導内容。これが現実にどのような授業として実現するかは、まずは文科省による『解説書』において、次は各出版社による教科書編集の場で、そしてさらには各地の教育研究会における現場の先生方の授業研究などによって模索が続けられることになるわけだが、長い険しい道のりとなろう
    >▼特に重要なのは、これは中学と高校の先生方の緊密な連携が不可欠と思われることで、この「未知との遭遇」には準備期間が四年あっても、間に合うだろうかと思う。だが、こうして次代を担う日本の子供たちに、「打つ」「押す」一辺倒から「書く」への回帰を義務付けた新指導要領、オーバーでなく「世界に冠たる教育行政」と言えよう。各国から「日本モデル」として注目を浴びるものになりそうな気がする
    >▼今後の教育界関係各位の、このモデルに「魂を入れる」努力にエールを贈りたい。
    >(書道美術新聞 第1116号1面 2017年2月15日付)
    --------------------------------------------------------------------------------
     どうも歯切れが悪い。希望的観測よりは「長い険しい道のり」への危機感が漂う。あれから何があったのか。~トップページを見たところ、コラムは載っているのに肝腎の一面記事本文が抜けている。ただし上記ページ下欄に、下記へのリンクならある。
    http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1491
    --------------------------------------------------------------------------------
    >本号の主な記事(1116)
    >掲載日: 18年02月15日
    >1・3面 高校国語「書写」必修に/高校用「書道」新学習指導要領(案)
    >2面 文科省、高校・指導要領に“意見公募”/青柳貴史氏インタビュー
    >4面 ’18大学卒論修論一覧(2)/’18大学卒展情報(2)
    >5面 半島書芸史研究講座(119)
    >6面 新刊案内
    >7-9面 高校用「国語」新学習指導要領(案)
    >10-12面 全国書展短信
    >13-15面 全国展覧会情報
    >(書道美術新聞 1116号1面  2018年2月15日付)
    --------------------------------------------------------------------------------
     もし今後も本文がアップされない儘なら、「必修に」とまでは言い切れない暗中模索の状況になっているのかも知れない。その懸念は前々から抱いてきた。「国語研究者への恐怖」(2016/07/01 20:04)などの稿で示して置いたが、書道側から国語側への懐疑心や反発、抵抗があるだろう事もまた容易に予想できた(「2016/08/17 01:33」稿末など↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1850.html
     その交点にコラムの~昔から破壊され続けてきた「中学と高校の先生方の緊密な連携」があると見るなら、戦後的「伝統」の後遺症がいかに根深いか納得できる。同じ高校の土俵で国語側がどう出るか。「古文書の基礎に踏み込め」から「読めない書道教育に圧力をかけろ」まで、何が起きても不思議ではない。

    (備忘録)
    ●【赤字のお仕事】取材後記(4)明治人の格闘~日本語の大規模な更新
    http://www.sankei.com/premium/news/180311/prm1803110015-n1.html
    【2018/03/13 03:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >あきんどさん
    私は繊細ではないので、あきんどさんの言葉を重く思ったり、
    傷ついたりはしないから、大丈夫です。

    世の中男女共同参画と言いますが、
    男女の差は、古今東西と問わず、歴然としてあります。
    この脳の違い?肉体の違いから、
    物事の捉え方が違ってきますよね。

    そう、私・・・・・今しか生きていないかもしれない。
    過去は過去!
    そして、今。

    息子には父親からしか、響かない言葉があるようです。
    だからこそ、今父親と相対することができることが嬉しいようです。
    「父親の助けになりたい」と、教授にいつも言っていたそうです。

    え?私は?なんて・・・・・
    【2018/03/14 09:47】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    ご子息に伝わるかどうかわかりませんが、私は色んな雑多な毎日の中で、唯一自分らしく、しかも自分らしくばかばかしく、自分らしくまじめになれる場所が、セレブな奥様のこのブログだけなんです。

    西尾幹二先生を知り得たことによって、奥様こそ年上の長谷川さんとお知り合いになり、これまでどれだけ私は励まされてきたことか・・・。

    私も実はこの春から、かなり大事な仕事を任されます。
    どれだけ会社に貢献できるかわかりませんが、やるしかないです。
    これもすべて家族と、そして奥様やここに集う方々の、色んな支えがあったからこそ、そういう勇気が湧いてくるのです。
    特に、特に奥様の常日頃の頑張りを見習いたいという気持ちが、一番の励みなんです。
    これ、本当なんですよ。

    たぶんご子息はそれをよくご理解されていると思います。
    言葉には出さなくても、奥様のような将来の自分の奥様探しの旅を、これから始めるのだろうと思います。そのためには、どんな男でいるべきか、それを見習うためにも父親の在り方を必死になって探そうとしているんだと思います。
    その気持ち・・・わかってやってください。


    【2018/03/15 07:57】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん

    て、てれるなぁ~~~

    私も日本チャチャチャクラブで、
    機械計算課長さんや、平蔵さん、それにももさんなどに知りあえて、
    実社会では接することの決してない日本人に、
    期待が持てることを感じました。
    あきんどさんもその一人。

    あきんどさんが途中休憩?していた時も、
    いつもどうしてるかなぁって、思っていました。

    皆、こんなブログでも、
    良き日本人に巡り合うことができて、
    自分の立ち位置に自信を与えてくれるんですよね。
    【2018/03/17 09:54】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     …予定が狂った。気分転換後あちら(↓)に戻るつもりだったけれど、件の一面記事「高校国語「書写」必修に」は萱原サイトに載りそうもない。また幾度も読み返すと、あちらはアレで一応完結しているかの様にも思えてくる。…もう充分(に長くなった)だろう。こちらで続きを書き連ねる事とする。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment

    (余談~肉食の思い出)
     うちの婆様は下北の下風呂だか大畑だかで育ち、戦時中は大湊の海軍病院で勤務した。当時から肉食は嫌いだったそうな。田舎の先生はバレーボールを見た事がないまま教えたらしく、弟の一人は戦後の青森に進学して初めて本物(?)を知った模様。高校卒業後は所謂「金の卵」で横浜に定着、数十年後の単身赴任先では阪神大震災の始末に追われた。あの時は青森でもたいそう心配した。次の大震災ではこっちが心配される側となった。
     婆様と違って、苹と爺様は肉を食べる。すきやきは見様見真似らしいが美味しかった…特に生卵が。具材は牛肉と玉葱と白滝があれば充分で、他に色々入れられても却って困るから外食した事はない。焼肉はロースとカルビだけ試した事があるけれど、カリカリに黒ずむまで待たないと生焼けの様な気がしてならない。ステーキでも何でも肉はしっかり火を通す。ジューシーなんて感覚は当時なかったし、今でもレアは怖くて食べられない。
     その昔、苹家は揃って生涯に一度だけ遠方旅行した事がある。横浜の、おっちゃん一家が車で案内してくれた。中華街や鎌倉に行った。あたしゃ大仏には興味がなかったけれど、その代わり目に留まったのは鎌倉宮碑。立派な楷書で、夢中になって写真を撮った。現像後のを見たら松方正義の揮毫だった。~鎌倉から横浜への帰路、窓外に或る看板が見えた。これが「ステーキ宮」との出逢いだった。その時は食べなかった。
    https://www.youtube.com/watch?v=Bl8ANZbyO20
     店で出すステーキとは、一体どんなものかしら。~やがて十数年に一度は食べたくなり、教職時代以後は八戸や青森の店に行った。行く度にポイントカードの絵柄が変わった。今の財布に二つ入っているうち、古い方は押印期限19.5.31で新しいのは27.12末日。後の方では肉の選び方を間違えたのか、これがえらく不味かった。さらば憧れのステーキ宮…と思ったが、それではあんまりだろう。もし行くとしたら、次は何年後になるだろうか。
     爺様が入院してから自家流すきやきは食べていない。もう二度と食べる事はない。ステーキはどうだか分からぬが、焼肉店での食事は今後一生あるまい。
    【2018/03/17 19:30】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    すきやきに長ネギを入れるとおいしいですよ。
    あと、焼き豆腐、しいたけ、春菊・・・・・

    私も肉は赤いのは、ダメです。

    鎌倉宮碑って、どこにありました?
    【2018/03/17 21:28】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (余談~生卵の思い出)
    >すきやきに長ネギ
    >焼き豆腐、しいたけ、春菊・・・・・
     そうそう、それらが余計なの…と云うより、苹家のは別物(牛鍋?)にあたるのかも。昔、漫画の『美味しんぼ』を見て頭が混乱した。どんなのが巷間一般「すきやき」と呼ばれるのかよく分からない。各地域で中身や調理法が違うとも聞く。苹の場合は煮込んだ牛肉と白滝を、たっぷりの生卵(おかわり二個か三個分)に游がせた。それが加齢に伴い食べられなくなってきた。食が細る/遅くなると、健啖な老人が薄気味悪く感じられてくる。
     もしかしたら肉は、生卵を味わうための「薬味」(?)だったのかも。余りゴチャゴチャ入れるのは好かない(薬味らしくない…それではまるで「おかず」ではないか!)。~因みに「卵かけご飯」の薬味/味付けは醤油オンリー、消費量は常に危険な水準(?)となるらしい。生卵の色が程良く黒ずむまでドボドボかけて掻き回し、そこに適量の飯を入れる。この方が味/醤油量をコントロールしやすい…卵を飯にかけるのではなく。
     ステーキや焼肉との違いは卵を使う所にある。どう見ても視点は無茶だが、ここでは肉料理が卵料理に入れ替わる。「どれだけ」ではなく「どんなふうに」食べるかの話に置き換わる。量と質がお互い騙し合うかの様に振る舞うと、騙し合いの交点/帰結点で食べる我々は結局、その美味しさに騙されたまま何も考えられなくなる。~私には肉より白滝の方がスルリと魅力的だった。あれがないと肉が肉料理の側となる。白滝は卵の側から肉を啜る触媒みたいなものだった。
    (ここで、ふと思い出す。)
    https://www.youtube.com/watch?v=t_ayq7GvZtI
    ●映画「犬神家の一族」の台詞(1:08:42~)
    女中「全部私が拵えたのよ。何が一番おいしかった?」
    金田一耕助「生卵。」

    >鎌倉宮碑って、どこにありました?
    http://www.kamakuraguu.jp/institution.html
     鎌倉宮サイト参照(境内図↑)。~今のところ、字がよく見えるネット画像は見当たらない。こっちの写真でも末行「正二位大勲位侯爵松方」(隣行は「少内史正六位巖谷」)の下は写っていないのが残念。それでも謹厳な楷書にはあの場で感銘を受けたし、その後「松方って誰だろう?」てな疑問から調べた時は、あれだけの長文を首相クラスが書いたと知り驚いた。写真が不完全だったからこそ名前に興味が持てた。芸術新聞社の季刊誌『墨』54号(1985.5)P.50には、こんな記述がある(↓)。
    http://www.shodo.co.jp/tenrai/tenrai/tenrai_d.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >桑原 私のうかがった話では、こういう用筆法があるに違いないということで、いわゆる俯仰法を発見されたわけでしょう。
    > 松方正義という公爵の方が大師流の伝授を受けていらっしゃって、心安くなっておられた。そこでこういう方法が大師流にありませんか、と聞いたら、本来ならば秘伝を口外すべきではないんだが、貴方だからあえて申し上げるけれども、確かにそういう方法が大師流の中にある、ということを聞いて天来先生は自信を得たと言いますね。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2018/03/21 22:28】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (国語科書写の高校延伸を問う前に)
     所によってはパロディ臭くなるかも知れないけれど…苹が観察した書道家の見方/考え方について。心当たりのある方々は、どうか怒らないでいただきたい。
     大学書道科や中文・国文系の学歴から遠い、書塾での叩き上げタイプは総じて専門知識が乏しいか、もしくは知識が根幹から歪んでいたりする。例えば「書家」という概念。便利なので無意識に遣いがちだが、それを古典に適用すると屡々、恐るべき勘違いが起こる。正しくは/雑駁には文人であって書家でない。広義では書家とも云えるが、現代のイメージから懸け離れた在り方のまま書家と呼ばれる事には別の問題が派生する。
     蘇東坡は書家…などと漢文畑に言ったら嗤われるだろうに、書家は本気でそう思う。歴史畑から見て王羲之や顔真卿はどうなのか。或る歴史が別の歴史から独立し、隔絶された別世界を構成する。そうした意味でも高校芸術科書道は、初手から古典を学ぶがゆえに歴史意識と切り離せない筈だった。ところがそれを薄める手札が双方にある。政治偏向の歴史学側にしてみれば文化史上の僻地的存在は相対的に軽やかとなり、書道史より実技に偏向しがちな書教育側では「手習いの亡霊」が西洋かぶれの偏見と握手する。

     するとここに重要な横槍(?)が絡んでくる。大抵の西洋文化人は漢字や仮名が読めない。それを承けたか誰が言ったか、「書は読めなくてもよい」と。これについては何度も書いてみたけれど、まだ煮え切らないし割り切れない。言葉を言葉で強引に説明しようとする所為もあろうが、「書は本当に言葉/文字なのか」といった幼稚な疑問が未だ燻っているためかも知れない。うまく言えないし正確な理解もしていないが、この辺は数をめぐる蟠りと似て居そうな気もする。昔それを書とは別の切り口から持ち出したりした(天バカ板には「2009/08/21 01:26」稿のを再掲済み)。~以下、長い引用になる。小泉義之『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)P.39~43。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >無限級数
    > 次のいささか奇怪な等式を例にとろう。
    > 0.999...=1
    > 留保抜きで断じておく。この等式は無意味である。0.999に続けて記号「…」を書き加えても、1に等しくなるはずがない。そもそも0.999と1は等しくないし、記号「…」には何の意味も与えられていないから、そんな無意味な記号を挿入したところで、等式が成立するはずがない。念を押すが、こんな等式は絶対に成立しない。
    > それでも私たちは、この等式が成り立つと考えることがある。高校では問題なく成り立つかのように教えられて、私たちもそれを鵜呑みにする。ここで問われるべきは、そのとき何を鵜呑みにしているかということである。こう思っているはずだ。0.999に続けて9を書き加えると、それだけ1に近付く。0.999と1の間には差異(1-0.999=0.001)があり、0.9999と1の間には、別の差異(1-0.9999=0.0001)がある。0.9999に続けて9を限りなく書き加えると、限りなく1に近付く。限りなく1との差異を小さくとれるから等式は成り立つ。つまり記号「…」は、限りがないということ(可能的無限、無際限)を表すから、等式は成り立つ。
    > この思い込みは間違えている。第一に、限りがないということは、終わりがないということだから、いかに多くの9を書き連ねても、さらに続けて9を書き加えられるということである。したがって、いかに小さくとも差異は消えないし、いかにしても等式は成り立たない。第二に、「近付く」という運動論的な概念が曖昧である。それを明確に定義するためには、距離(位相)を明確に定めなければならない。そのためには極限や微分や連続体を明確に定めなければならない。そのためには無限級数の意味を明確に定めなければならない。振り出しに戻るのだ。だから、この段階で運動論的な概念で納得しても、何も分かったことにはならない。結局のところ、9を限りなく書き連ねれば1に近付くと思うときには、密かに数直線を想像して、等号「=」を矢印「→」に置き換えて分かったつもりになっているだけである。9をいくら書いても1にはならないという直観を手放してはならない。
    >
    >極限と微分
    > 先の等式が成り立つようにするには、聞こえは悪いが、デッチ上げが必要である。無意味な式に意味を賦与しようとするのだから、とてつもなく無意味な捏造が、デッチ上げの嫌疑を捻り切る捏造が必要である。
    > 捏造の方法は簡明である。1が予め存在するからこそ、9を限りなく連ねても、差異は残ると考えるのだ。実際、1が予め存在しないとすると、当て所なく9を書き連ねることになる。どこに向かうのか分からぬまま書き連ねることになる。差異が限りなく小さくなるということも、距離が限りなく小さくなるということも分からなくなる。だから、1が予め存在するからこそ、限りないということに意味が賦与されると考えてしまうのである。もう一工夫必要である。当て所なく9を書き連ねているとき、限りない級数のその先に1が存在すると明確に分かるわけではない。しかし同時に、限りなく9を書き連ねられると思うとき、限りない級数のその先には、決して到達できない何ものかが存在すると、おぼろげに思うはずである。
    > こんな思いを数学的に仕上げればよいのである。具体的には、無限級数に対して、当て所ない何ものかが存在するという証明を構成すればよい。無限級数を限りなく続けても絶対に到達できないもの、しかしそれが予め存在するからこそ限りなく無限級数を続けられるものを、極限と呼ぶ。いまの場合、無限級数0.999...は、極限値1に収束すると考えたい。
    > では、0.999...=1が等式として成り立つと考えるとき、何を要請していることになるか。無限集合が存在すると要請して、記号「…」が無限集合を表すと要請している。無限集合とは、限りなく続くもの全体の集合である。限りがなく終わりがないにもかかわらず、その限りない進行が終わったかのように、限りなく続くものたちを統合する集合である。こんな途轍もない集合が存在すると要請しているのである。この要請を飲み込んでしまえば、後は簡単である。記号「∞」が無限集合を一意的に指示する名前であるとして、0.999...を0.999(∞)と考える。それから、無限集合を二つ持ち出して、両者の間で数が一つだけ定まると論証する。二つの無限集合による切断、すなわち、「∞|∞」における「|」が、一意的に数1を指定すると論証するのである。かくて、0.999(∞)=(∞|∞)=1となる。
    > 次に微分は、極限によって定義される。正確には、無限級数の各項の差異の極限として、また、差異と差異の関係の極限として定義される。
    > したがって微分は、差異と差異の関係を限りなく生産する場を表現することになる。だからこそ、放物線の微分方程式を解くことによって、相互に異なる無数の放物線を描き出すことができるのである。
    > さて、ここで解釈が必要になる。極限の存在は、要請されているだけである。微分は、存在が要請された極限によって定義されているだけだから、微分の存在も要請されているだけである。さらに付け加えれば、数学的な連続体は、極限と微分によって定義されるから、連続体の存在も要請されているだけである。だから、極限、微分、連続体の存在の仕方は、理念的で潜在的である。現実的でも顕在的でもないから、理念的で潜在的でしかないのだ。となると、極限、微分、連続体については、たんなる捏造にすぎぬという嫌疑を晴らし難いことにもなる。そこで、それらのリアリティについて解釈する必要があるのだ。もちろんここで、捏造にすぎないと割り切っても構わない。しかしドゥルーズは、微分的なものは、たんに想像されたイマジナリーなものではなくて、要請されたものであるにしてもリアルなものであると解釈したいのである。それは、自然と生命を肯定的に認識するためにきわめて重要なポイントになるからである。
    --------------------------------------------------------------------------------

     或いはそれが、「2017/06/16 22:40」稿(抄録↓)の発想にも絡んでいたのだろう。1や2や3といった整数に、楷書や行書や草書の固定的イメージを重ねつつ。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 「殆ど」変わらないと書いたのは、例えば草書を楷書に書き換える場合、殆どの点画が複雑化して同一文字内に細部の差異を発生させるからである。楷書の輪郭は細部に宿る一方、草書の輪郭は骨格へと沈潜したまま再び表層の形に近接する。邉も邊も草書の形は同じ構造下で草略変化(行書水準を含む)の幅を持ち、草略の度が進むほど同一の形となる様に。つまり草書における細部の省略は、楷書における骨格の細密化/分化と相補的に機能する(ドゥルーズの表現を借りると、省略は文字認識の差異化=微分化(différentiation)、細密化は差異化=分化(différenciation)に相当する?)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2018/03/31 23:38】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    難しいですね。
    【2018/04/01 21:48】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (承前)
     1を3で割り、掛け算して元に戻すのは不思議でないかも知れない。循環小数でなく分数で表記すればよい。この手の話は義務教育レベルだから幼稚な筈なのに、実用的な三つの書体(楷行草)が同じ文字として読める事に驚く感覚は多分「読めない現代人」にとって親しい。苹のオツムもまた幼稚になってしまったのに、それを小難しそうにしか説明できないのは自身の言葉に於て不本意である。果たして私に足りないのは、言葉なのかオツムなのか。(或いは…中学の頃からボケ始めてたのかナァ?)
     苹の場合、ドゥルーズへの興味は専ら書道側からの発想に限定された。…思えば昔、こんなのも書いていた(↓)。1999年末ギリギリ脱稿の県教育庁宛直訴書簡に加えた翌年の註釈で、その中に前掲小泉本への言及が出てくる。この頃まで遡らないと、自分の思考構造は意識の俎上に載せられまい。天バカ板では「【再掲】「恥を忍んで」07」稿に既出だが、取り敢えず当該箇所を再掲してみる。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7812046
    --------------------------------------------------------------------------------
    >【※116】師授伝承の方式が表現過程を統括する様な線形的書風展開は普通「流派」とか「書流」と呼ばれ、師匠と似た作品を書けるかどうかによって優劣が定まる。そのため寛容な人々はこれを模倣芸術と見なし、一般の人々は単なる「稽古事」~すなわち芸術ではないものと見なす。ところがこれまで現代書道の専門家は線形性をとことん拡張し、小泉義之が『ドゥルーズの哲学』(講談社現代新書)第四章「ツリーとリゾーム」で述べた様なプラトニズムの転倒を経験的に実現してきた。例えば鈴木翠軒の書は丹羽海鶴の模倣ではないし、手島右卿のは比田井天来や川谷尚亭の模倣ではない。ここではミメーシスとコピーとの差異も転倒するが、こうした事は否定作用を動機とするものではなく、また脱構築的な転倒作用とも関係がない。つまり表現されたものと表現されるまでの過程との切断を鑑賞の場に持ち込む方式が優先されるから、鑑賞されたものは孤立した差異そのものにおいてしか判断されなくなる。従って書の鑑賞に共通の認知システムは必要なくなり、可読性も鑑賞の前提ではなくなる。だから展覧会では「似た様な作品が並んでいる」とする認識と「よく見ると違う」とする認識とが相殺し合うのみならず、一切が「書」と呼ばれる壮大な架空の物語に収束する様になる。~富士山とエベレストは同じ「山」であると同時に「山」の差異である。しかし単に「山」として見るのと「富士山」として見るのとでは、見方の成り立ち方が異なる。「富士山」には日本の象徴などの様々な記憶が選択的に結び付くが、包括的な「山」は「山」それ自体において無垢である。従って「山」の無垢たる所以をおびやかす現実は必要ない。ゆえにここでの「富士山」は物語化された「山」となり、現実の包括的な「山」とも現実の「富士山」とも異なる水準に転位する(試しに絵本か何かを読んでみるとよい。絵本の絵それ自体は読めないから、「見る」事を「読む」事と混同して言い換えただけの読み方となる。だから読めないものは、読めると同時に読めないにもかかわらず正しく理解される)。
    --------------------------------------------------------------------------------
     その絡みで小泉本を読み返すと、こんな事が書いてあった(P.92↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > ここでプラトンの分割法を徹底するとどうなるか。現実の政治家たちには、飼育者の系統だけではなく、殺人者の系統も内在することになる。人間の飼育者の系統には、ほかにも衣服の飼育者の系統や貨幣の飼育者の系統などが内在することになる。こうして系統は一挙に錯綜する。もはやツリーではなく、リゾーム(複雑に入り組んだ根茎)になる。プラトン主義を徹底すれば、プラトン主義は転倒する。ここにこそ、分割法の最も有意義で最もスリリングな点がある。当初は、オリジナルを模範として、コピーたちを類似度の多寡によって順序付けた。ところが系統は錯綜して、コピーと、コピーのコピーの区別が曖昧になり、コピーと贋物の区別が曖昧になる。真と偽の区別、本物と贋物の区別は消失するのだ。
    --------------------------------------------------------------------------------
     書道の場合、たぶん真と偽の問題ではない。美と醜もしくは凡俗の営みを敢えて区別する事により、むしろ美の方が歴史から抽出され孤立していく。ところが美とそれ以外を与る書字文化そのものが活字文化に撃退されると、今度は活字の方が教育上の美的基準を随えて「国語科書写」に潜入する。書教育とは別の美的基準が国語教育にもある事に、書教育側(書道/書写)はあくまで鈍感に振る舞い続ける。~苹は「2016/08/17 01:33」稿で、この現象心理を擬えてみた(抄録↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 書道を滅ぼすのは書家である。「心を打たれない、頭の下がらない」書字/文献を根こそぎ淘汰する「書美の死神」(大審問官?)が書家である。「書道以前の文化的土壌がなくとも、書道は独立した芸術として充分に成り立つ」…とまでは思って居ないだろうが、事実上そう振る舞っていれば結局は同じ事になる。つまり美的とは認められない古文書の殆どを、美的精神の視野から排除/焚書するかの様な姿勢に通じてくる。彼らは土壌に種を蒔くどころか、芸術意識の日陰で芽吹いた習字の種/土壌/幕末的役割を度外視してきた。書の断種にせっせと勤しむ公募展蝟集者/優生学信者の群れへと成り下がったのだ。
    --------------------------------------------------------------------------------

    (余談~青森の2018.3.23教員人事異動について)
     一月の「日録」に、全集18巻の宮崎正弘書評が載った(抄録↓)。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2276
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 戦後日本の論壇が左翼の偽知識人にすっかり乗っ取られてきたように、歴史学界もまた、左巻きのボスが牛耳っていた。政治学を丸山某が、経済論壇を大内某が、おおきな顔で威張っていた。それらの歴史解釈はマルクス主義にもとづく階級史観、共産主義の進歩が歴史だという不思議な思い込みがあり、かれらが勝手に作った「原則」から外れると「業界」から干されるという掟が、目に見えなくても存在していた。
    >  縄文文明を軽視し、稲作は華南から朝鮮半島を経てやってきた、漢字を日本は中国から学び、したがって日本文明はシナの亜流だと、いまから見れば信じられないような虚偽を教えてきた。
    >  『国民の歴史』は、そうした迷妄への挑戦であった。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …ところで書道は「シナの亜流」とされる事が少なくない。漢字に限れば分からぬでもないが、学校では仮名もやる。つまり日本文明の領分たる仮名も支那文化に包摂される訳だ。そのために「書字を読めなくする」教育政策が必要だったと見れば合点がいく。漢字と仮名を区別できないレベルが大半で、その中には十把一絡げの「くずし字」という総称も含まれる。たとい教員側が読める人だとしても、教育上は読めなくなる様に仕向けるのが正しいらしい。
     嘗て、その路線にありそうな同僚が居た。保守的な気質の人らしく、書写検定の二級だか一級だかを取ったと言った。どちらも読めなければ取得できない級である。書が字であるならば本質は先ず「読める事」だろうに、「書の本質を教えなければ」と言ったら激怒し食いかかってきた。本質と奥義を勘違いしていないのであれば確信犯と云ってよかろう。彼は二年前の人事異動で尾上総合高校定時制教頭となり(「2016/03/24 00:34」稿)、今年は中里高校長に昇進した。国語科書写の高校延伸が取り沙汰されている昨今、この人事は文科省方針への対抗措置~県教委からの刺客にでも相当するのだろうか。疑惑はますます深まるばかり。
    【2018/04/05 00:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前)
     …思えば前稿末の件は、誰が勘違いしても無理はない。苹も昔は「本質なんて、そう簡単に分かるものではなかろう」と、根拠なき思い込みに囚われた事がある。しかし、よくよく考えると変な話だ。そんなに分かりにくい(?)なら、何を教わったところで大方は本質と無縁な儘とならないか。奥義(或いは秘伝、口伝)だって「選ばれた少数の者だけに伝承される」イメージは学校教育と相容れまい。また或る生徒が「才能」を云々した時の印象は二重底、どうやら科目自体を「学問ではない」と認識しているらしかった。才能という翻訳語を持ち込めばあらゆる教科/学問が振り回され、神の恩寵なき言葉が日本独自の意味と化して本質が追い出され、後は専ら「実用的な」受験技術に特化していく。
     基礎と応用の関わりを考え咀嚼して初めて本質に近付ける…とは想像できるけれど、それらを暗記の領分に括ろうとする人が少なくないらしい。数学の公式は本質に見えないが、公式を導く理解の過程に本質が見え隠れしそうな気はする。ところが書教育は基礎ばかりで、或る意味「応用がない」(分裂している)。芸術教育上の応用は戦後「自運」が「創作」にすり替えられたし、自運の実用性を遡ると見えてくる古文書のイメージまでもが今の書教育と混同されると困った事になる。彼我の古典から我邦の古文書まで幅を拡げると、イメージ上の「本質」は木が森に埋もれるがごとく「見えてこなくなる」。
     手本に似せる(極限値に収束させる?)タイプは一般に学習(稽古)か複製(コピー)を目的とするが、そこに創作/制作の概念を持ち込むと目的の系統が一挙に錯綜する。にもかかわらず学習指導要領に準拠し過ぎると、それが過剰に重視/解釈されて現場/学校を教育から遠ざけてしまう場合がある。ビジネススクールが顛倒して生徒(顧客?)が食い物となる例はともかく、生徒の「作品/制作」が展覧会の場で学習/稽古から切断されて見えるのは日常茶飯事と云ってよい。教える側と教わる側それぞれが個人的だったり集団的だったり、誰にとって何が成果となるか分からなくなる。おまけに大昔の古典は近現代の実用から最も遠い。それよりは国定教科書時代の民間手本類の方が遙かに実用と近い。
     この手の話は開国前後の切断状況とも共振する。実用三体が頻用されるのみならず篆隷にも触れていた幕末明治人にしてみれば、活字はただの効率的印刷手段でしかなかった筈。それがやがて膾炙レベルでは御家流や唐様の形質を凌駕するほどになり、書字上の多様性を統べる本質が埋もれて見えなく/読めなくなる時代がやってくると誰が想像できただろう。…今更、書と古文書との融合は可能だろうか。そこでは現在と過去との切断が予め前提としてある事に、また別の注意が払われねばなるまい。過去が亡霊となるのではなく、現在が亡霊となって過去との対話を妨げる。
     本質は識字上の目標、或いは極限値に似ているかも知れない。それが見えなくなると、当て所なく連なる無限級数の様な努力が続く羽目になる。そして努力を修行に見立てる場合、ともすれば修行自体が自己目的化する事になる。最初に本質/極限値を与えて/見立てて何が悪い。なぜ彼は激怒したのか、今も効率的に理解できず困って居る。

    (近況)
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2287
     「日録」(↑)を読んで、どれどれと全集10巻を引っ張り出し「パリ円卓会議」の章を捲ってみた。するとP.231に、こう書いてあった。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > イギリス人のパビット氏が、西尾の述べた日本の発展史に関しては同感で、古文書の中にも日本人の造船や科学の知識の確かさを伝える文字があり、歴史事実は仰る通りと思うと発言してくれたのは有難かったが、その直後に何とも驚くべきことが起こったのだった。すなわち二人の日本人が私に猛然と反撥して来たのである。これは思い掛けないことであった。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …その場ですぐに応答できる人が羨ましい。
    【2018/04/16 06:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (スランプ到来~以下愚痴)
     書道の場合、下手な生徒は時折「才能がないから」と言い訳をする。しかし国語では同じ台詞を聞いた事がない。例えば漢字を覚える才能。所謂「文才」ならともかく、才能以前に覚え方を教えて貰った事がないだけではないのか。よくやる「漢字の書き取り」でも私自身、教わった記憶がない。「仮名の書き取り」に至っては論外だろう…小学校低学年ならともかく。活字基準の話ではない。多分これまで誰も調査した事がなかったのだろうが、大学生を調査すれば必ずや「平仮名が読めません」「才能がないから」の類がウジャウジャ出てくる筈。勿論「それは平仮名ではない」との認識も含めて。
     予て燻り続けてきた疑問が昨年来「なぜ字は読めるのか」の形をとって蘇り、ここ数日ふと思い出した御領謙『読むということ』(東京大学出版会、認知科学選書5)を読み返している。しかし抑も漢字と仮名が判別できる前提で書かれてあるし、ざっと見たところ「才能」の話は見当たらない。教育/学習方面の本はどうだか知らないが、書字基準のが公教育から省かれてきた現状では余り期待できそうにない。やはり従来通り自前で考えるしかないのだろうか。俗説で片付けるには惜しいほど、才能という言葉には心理的に重いもの(闇?)が感じられる。
     他分野で才能が云々される例は音楽や美術や体育系が目立つけれど、国語の一環をなす基礎としての書道はどこか違う気がする。そのずっと先の芸術的領分に、高校では確かに片足くらいは突っ込む。しかし初歩中の初歩段階で才能の話を持ち出されても困る。もし「碌に教わらなくとも自分で学ぶ才能」という意味なら、生徒側のみならず教員側の怠慢をも蔽い隠してしまう事になるだろう。

    (余談/脱線)
     検索中、非常に癒される(?)有益な記事と出逢った。紹介する。
    ●「数学者は変人ばかり」って本当? 天才数学者・千葉逸人先生に聞いてきた
    https://persol-tech-s.co.jp/i-engineer/interesting/mathematician
     …当方そこまでは遠く及ばない。尤も多分、パンツや靴下の話なら互角(以上?)なんだろうけど。共感できる話が多くて読み進めるうち頭が麻痺でもするのか、思ったほど変人らしくない気がしてくる。(~なんとなく、元気が出るなあ。)
     そう云えば在職中の或る春先、いつも通り官舎で瞑想的な授業準備作業か何かをしていると扉を叩く音がする。近所の公園で先生方数人が花見をするとの事(夜桜)。断りたいが付き合いって事で、取り敢えず覗いてみた。あの時は酔った数学の先生が「才能」云々をボヤいていた。~この先生は某校に赴任してすぐ、ボコボコの顔を生徒の前に披露したらしい。前日に喧嘩したそうな。生徒に舐められない授業を準備する上では好都合だったのかも知れないが、臆病な苹は「痛くしないで…」の口だから、やさしく苛烈な授業を工夫していると…数学畑とは別の変態性が醸し出されてくるかの様でもある。
     いづれにしろ花見は懲り懲りで性に合わない。その場には舞の海の師匠で相撲の顧問、岩城徹先生も居たと記憶する。~別の飲み会では「覚悟」がお好きらしい岩城先生と話が合わず難儀した。こちらは書道担当なのに理詰めが基本。頑として「科学に絶対はない」の立場だから仕方がなかった。書道に覚悟を持ち込めば学問が曖昧となり隘路に填る。
    【2018/04/22 18:09】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (補記)
     或いは、こうも考えてみた。~例えば多くの天才が居る/才能があるとする。もし彼らの優劣をランク付けるとしたら、そこでの基準は何になるだろうか。もしや「効率」ではなかろうか。質より量とまでは云わぬ。天才の業績なら質が高いのは当たり前だから、そこで初めて質的前提を度外視した上で量を問題に「出来る」訳だ。生涯に遺した成果を数量的に比較すると、ほんの僅かな論文しか「質的に評価」されなかった天才は当然、百本作者よりも劣位に置かれる筈。それを生涯でなく一定の単位時間~例えば有期雇用の年限内で競争条件とする。三十年かかった論文よりも、一年で仕上げた論文の方が評価は相対的に高くなる。つまり効率的な才能こそが優位に置かれる。
     もう少し見方を捻ってみると~「仕事する」とは、極端な場合「仕事自体を妨害する」組織に所属する方法もて所得し、そのための服従自体を指すケースもあるのではないか。ここでは服従と仕事それぞれの中身が切断される。服従の報酬に割り当てられた仕事が強いられる結果、「仕事とは何か」自体が分からなくなってくる。そこから服従への最適化作用が機能し始めるのだろう。…今は「忖度」とでも形容するのかしら。言葉にとっては迷惑な話となる。自律的だった筈の忖度が、他律的な忖度との綯い交ぜ状態へと裏返る。

    (ヒマネタ)
     検索中、こんなのを見つけた(↓)。
    ●あなたの隠れた才能がわかる「世界一美しいテスト」
    https://tabi-labo.com/281904/themostbeautifultest
     気分転換にやってみた。そのうち何のテストか分からなくなり、だんだん頭が混乱してきた。ともかく最後まで続けてみると、なぜか日本語でなく英文が出てきた(↓)。一瞬、呪文かと思った。…これって何を、どんなふうに分析した事になるんだろう?
    --------------------------------------------------------------------------------
    >Your dominant intelligence is logical-mathematical!
    >You're logical, intelligent, reliable and have naturally strong analytical abilities! This type of intelligence enables people to thrive in logic, abstract thinking, reasoning, numbers and critical thinking. You thrive in math and you're a natural philosopher at heart. You understand the world and a series of systems with clear rules and laws. You easily identify patterns and you're a remarkable problem solver. Of all of the intelligence types, this enables you to be the most successful!
    --------------------------------------------------------------------------------
     あたしゃ数学は英語と同じくらい大の苦手で、そんな筈はないと思った。たぶん占いみたいなものだろう、二度目はどう出るかと数日後に試してみたら同じ文言が出てガックリきた。こんな事は珍しい。言葉と色とでは勝手が違うらしい。
     今朝方の三度目で、やっと別のが出た。(追記…今夜の四度目は↑の方だった…)
    --------------------------------------------------------------------------------
    >Not to be confused with interpersonal intelligence, interpersonal intelligence is being aware of the people around you. This means you have the capacity to detect and respond appropriately to the moods, motivations, and desires of others. You know what to do in situations involving the people around you. Though not all with dominant interpersonal types are, you tend to be an extrovert and enjoy social events. You are a team-player and are very empathetic.
    --------------------------------------------------------------------------------
     誰か翻訳してくれ…(ボソッ)

    (近況)
     検索中に見つけた。カルプ『ダーク・ドゥルーズ』(河出書房新社)なんて本が出てたんだなあ。触れる気はなかったが、下記梗概サイト末尾の記述(小泉義之)を見たら「脱領土化」への言及があったので気が変わった。
    http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20170214
    --------------------------------------------------------------------------------
    > カルプが『ダーク・ドゥルーズ』で指し示す方向の一つは、ドゥルーズのいう「堪え難いもの」に対して、憎悪を募らせることである。繋がりをめぐる凡庸な物言いの数々、例えば、SNSは孤を保ちながら繋がることであるとか、グローバルな繋がりが何か新たなものを生み出すとか、専門職間の繋がりが孤独を癒してあげられるとか、繋がりの蓄積は資産であるとか、その類の物言いの退屈さを拒絶するだけでなく、繋がりそのものを増むことである。いまや社会関係やら共同主観性やらは憎むべきものなのである。そのようにして、神の死、人間の死に引き続く第三の死、すなわち世界の死を招来すること、それこそが、ドゥルーズの言い方では、「ユートピア」へ向かう「脱領土化」であり、カルプがしばしば援用するフーコーの言い方では、「陰気で暗い言説」であるものの「最も気違いじみた希望の言説」なのである。
    --------------------------------------------------------------------------------
     西尾先生の「脱領土」発言を顧みたくなる(「2017/07/22 18:29」稿より↓)。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=2205
    http://www.youtube.com/watch?v=K8CJ-Nx3Cjk
    【2018/04/29 07:09】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (採用効率の話)
     天才にも才能にも期待しない(芸術科書道の場合)。しかし形だけは授業した事にして置きたい。実は誰もが「そんな授業は要らない」と思って居る。そうした民主主義の結果、学校(管理職/教員)からの要望がない教科/科目の教員採用試験は全国どこでも実施しなくてよい事になっているらしい。…実施されないなら余所で受験すればよい、と普通なら思うだろう。地元密着の視点でなく、これまで皆が都会に流出した様に。ところがどっこい東京都では、教員採用試験も指導主事も存在しないとの事。それが戦後の常識なのか単に知られて居ないだけなのか、取り敢えず問題はない模様。これについては前々から書いてきた。
     何が言いたいか。下のピーク時は47都道府県中4県だけが実施した。学習指導要領がどう変わろうと、教員採用試験が実施される訳ではない。既存の教員に適応を促し負担を増やすから、現場はますます忙しくなる。教えた事のないものを教える/監督する極端なケースは部活動に多いが、授業も大して変わりないくらい、教員には「変化が求められている」。因みに教職員定数は学校規模で決まるから(↓)、学習指導要領で科目数や中身がどう変わろうと関係がない模様。
    http://kyouikunohouritu.com/category3/entry89.html
     その結果「定数内では全教科の免許を持った教員を配置できない」(「2018/02/24 20:06」稿には全文転載↓)状態が続き、また「ある教科の教授を担任すべき教員」の居ない状況がマッチポンプ方式で「永続的に」つくられる事になる。
    http://www.sankei.com/life/news/180223/lif1802230031-n1.html
    ●資料4 免許外教科担任制度に関する法令
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/136/attach/1400601.htm
    --------------------------------------------------------------------------------
    >〇教育職員免許法(昭和24年法律第147号)
    > 附則
    >2 授与権者は、当分の間、中学校、義務教育学校の後期課程、高等学校、中等教育学校の前期課程若しくは後期課程又は特別支援学校の中学部若しくは高等部において、ある教科の教授を担任すべき教員を採用することができないと認めるときは、当該学校の校長及び主幹教諭、指導教諭又は教諭(以下この項において「主幹教諭等」という。)の申請により、一年以内の期間を限り、当該教科についての免許状を有しない主幹教諭等が当該教科の教授を担任することを許可することができる。この場合においては、許可を得た主幹教諭等は、第三条第一項及び第二項の規定にかかわらず、当該学校、当該前期課程若しくは後期課程又は当該中学部若しくは高等部において、その許可に係る教科の教授を担任することができる。
    >※昭和28年の免許法改正により追加
    --------------------------------------------------------------------------------
     書道をやると、その気はなくとも肩から力が抜けて余裕(?)が出て、ふざけている様にでも見えるのかしら。くずして書いて「ふざけるな」、候文で書いて「ふざけるな」と、なんだか叱られてばっか(苦笑)。…仕事してる様に見えない。芸術はお気楽な上に役立たないと、内心では先生方の誰もが思っている様な気が…こちら側でも内心していたのだが(汗)。もっと真面目な「役立つ」先生、すなわち主要教科の先生の、受験に裨益する授業が必要だと。ならば学校が学校であり続ける必要などない。実質的には受験予備校で、それが学校を擬装する形でよいではないか。論より証拠、2007年には全国各地で未履修問題が暴露された。あれが現場の実情を物語って居る。

     こんな稿を準備した事があった(↓)。当時そのまま読み上げたかったが、苹は気が弱いチキン…でなくハシビロコウ(?)だから未遂となった。天バカ板では後日、「「批評と臨床」再掲」稿(2011/07/19 (Tue) 05:05:04)で少し解説を加えた。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >7081 発表されなかった予定稿 苹@泥酔 2008/04/23 02:16
    >
    >  年末十四日のグランドデザイン会議説明会に集まった総勢十六名の一人で御座います。その際の発言が取り留めのないものでしたので、本日はざっと纏めたものを朗読します。名前は年末に申し上げた通りです。HNは草冠に平らと書く「苹」と申します。「西尾幹二のインターネット日録」などの保守系サイトに出入りして居ります。
    >
    > では本題に入ります。
    > 昨日の「東奥日報」を見ました。予想通りの展開で、県教委の皆様方はさぞ御負担を感じて居られるだろう事、お察し申し上げます。正直、あれでは効果が薄いと思います。大雑把に云って、学校側の潜在願望に応えていない。昔増やした高校を振り出しに戻すだけでは将来性が感じられない。かと云ってそのまま残せば少人数教育への移行が避けられず、その分だけ県財政が悪化する。逆に云えば、財政負担がどうにかなれば少人数教育でも構わないと見る事は可能な筈です。今日はそうした視点から二つ提案します。
    > 今「学校側の潜在願望に応えていない」と申し上げました。細かい具体例はネット上で書きましたから省略しますが、兎に角どこの進学校も、受験に役立たない事は教えたくない。にもかかわらず高校である以上は、せめて教えたふりくらいはしなければならない。ならばいっそ、高校でなくなればよいではないか。正々堂々と予備校もしくは専門学校に改組すればよいではないか。高校のままだから角が立つ。名目は高校のままでも中身を変えれば不具合はないと考えた学校が未履修に踏み切る。それが私の見た高校側の意思、潜在願望であります。
    > 高校の体裁を残すにしろ、可能であれば県立予備校への改組を検討するにしろ、そこには将来性が必要です。ならば最も有望なのはどこか。私は差し当たり、生徒のほぼ全員が大学進学を目的とする三つの高校を民間資本に委ねるか、もしくは県立予備校に改組して、高等学校卒業程度認定試験を経由する方式にしてはいかがかと考えます。教育の多様性は部活動に任せる。どうせ必要なのは最終学歴ですから、結果的には大学を取り巻く方々が出身校の質をランク付けしてくれるでしょう。受験に必要ない科目の人件費、教材費、設備費も丸ごと削減できます。どうしても本来の高卒でありたい人は別の高校に入りますから、それはそれで二番手校の学力底上げが期待できます。また仮に高校のまま民営化するなら、例えば山田高校の様な東京資本の傘下にある私立高校との経営統合を打診したり、或いは有名予備校が高校を抱える形での資本協力や人材交流が期待できるのではないかとも思って居ります。
    > これが第一点。「高校教育の分離分割」「高校教育からの撤退」です。
    >
    > 次に、「教員採用試験の廃止」を提案します。
    > そのための実験が既に済んでいる事は皆様御承知かと思います。わざわざ採用試験を実施する必要がない訳ですね。因みに、青森県教育庁県立学校課課長の肩書きで頂戴した2001年10月26日付の電子メールにはこう書いてありました。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >>書道専門の教諭がいない場合でも、他の書道免許所持者が担当しており、学校として不具合がないことから、書道専門の教員を採用して欲しいとの要望はほとんどありません。そのようなことから、書道の試験についても昭和55年度以降実施していないものです。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    > そんな訳で、或る先生から伺ったところによると、具体的には県教委の方がベテランの先生に「誰か紹介してちょ」と電話する仕組みになっているそうです。そこで紹介して貰った人が次の先生になる。この仕組みが実に面白い。
    > 何年か前、下北の或る高校で書道担当の先生が死にました。そこで人材を補充した。無免許の人を補充したそうです。この点は臨時免許を出せば済む話ですからどうでもいい。「東奥日報」2000年11月10日付に「県教委はここ数年、公立小中高校合わせて一年当たり約百人に交付している」との記事が出た通りであります。一つ興味深いのは、確かその高校では岩手大学書道科を出た先生が国語を担当して居た筈なんですね。学校では国語担当でも、高教研では毎年書道部会に出ていた人です。その先生でなく無免許の民間人に担当させた点が面白い。そこには地域の事情が絡んでいたのかも知れません。大抵の人は書道と云えば流派を思い浮かべるでしょうから、地域に密着した流派の方が、大学で専門の勉強をした人の学習指導要領準拠指導より信頼できるという事なのかも知れません。
    > これと同じ理屈が受験教育にも通用します。大都市の場合、学校より塾や予備校の方が信頼できるのは、書道教員より書道家の方が信頼できるのと同じ構図です。因みに東京都の書道教員は「既に20年以上採用がなく、都立、国立に各1名のみ専任教員がいるだけで、110名以上が非常勤講師」だそうですが、最近では他の教科も含めて興味深い動きが見られます。
    > 「毎日新聞」2007年2月17日付によると、愛知県の場合「90年度には4000人前後だった臨時教職員が、06年度には約1万人と倍増」したそうです。就中興味深いのは、非常勤教員なら「1人の正規教員の人件費で3人は雇える」点であります。「全国約110万人の公立小中高校の教師のうち、少なくとも13・8%にあたる約15万人が教員免許を持ちながら、正規採用されていない臨時教員」となっているそうです。
    > また「東京新聞」2007年8月24日付には、こんな事が書いてありました。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >> 大手学習塾などを運営する栄光グループの「エデュケーショナルネットワーク」(東京都中央区)には約一万六千人が登録。首都圏の私立高校を中心に約四百四十校が会員となっている。「必要に応じて、派遣を受けることで人件費を流動化させるとともに、大量退職時代に入り、幅広いルートで優秀な人材を確保したいという事情が学校側にはある」と担当者は説明する。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    > かてて加えて教育再生会議第三次報告を見ると、こんな記述が目に留まります。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >> ・教育委員会や学校は、教育内容の充実に向け、現役、OBを含む社会人等の外部人材に協力を求める事項を明確にし、一定の費用負担を含め、こうした人材を積極的に受け入れる仕組みを構築する。企業もこれに積極的に協力する。
    > ・体育、芸術など人材を得にくい地域においては、これらの教員を教育委員会に配置し、複数の学校に派遣する。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    > 「企業もこれに積極的に協力する」と書いてあります。「複数の学校に派遣する」とも書いてあります。こうした流れを読むと、自治体がわざわざ自前で教員採用しなくともよい筈です。人材派遣会社か予備校に「紹介してちょ」と電話すればいい。
    >
    > 本県では2002年に面白い動きがありました。二十三年ぶりに教員採用試験が実施された話です。これのどこが面白いかと云うと、現職の先生方は受験していないんですね。今更試験を実施してどうするつもりでしょうか。誰が新任の先生を指導するのでしょうか。それまで試験自体が実施されなかった訳ですから、現職の先生方は専門のペーパーテストも実技も完全免除です。他の科目で受験し採用された先生が、本来の採用科目とは無関係な科目を担当する形になっている。しかも少なからぬ先生がどこかの社中に属している。喩えるなら、学校の先生が予備校で研鑽を積む様なものです。形式的には学校の先生でも、専門の立場は民間側、すなわち塾や予備校の類の先生です。
    > そうした古株の先生方が、専門の試験で採用された初任者を指導する形になる。採用履歴を重視するなら、例えば国語の先生が芸術の先生を指導しても構わない。専門性を重視するなら、民間の先生が学校の先生を指導しても構わない。平たく云えば味噌も糞も一緒で、教員採用試験と教員免許が共食いしている訳ですから、今更専門の採用試験を実施しても手遅れです。
    > そこにはもう一つの効果がありました。どうでもいい科目の受験機会を剥奪すれば、そのまま教科差別慣行を維持できる。仮に従来の教科差別をやめるつもりなら先ず、定年間際であろうが委細構わず、古株の先生方に専門の採用試験を受験して貰ってからにしてはどうですか。出来る筈がないでしょう。実質的には予備校や専門学校が高校教育を偽装している形ですから、どうしたって無理が生じます。早急に高校教育から進学専門教育を掬い上げ独立させないと、高校進学率ほぼ100%という異常事態は余計な歪みを抱えたまま、競争効率面でも経済効率面でも十把一絡げに疲弊し続ける事になります。
    > 後は本格的に人材派遣システムを導入するしかない筈です。管理職は正規雇用、一般教員は非正規雇用という構図を確立し、自ら壊した教員採用システムの後始末をするしかないでしょう。
    > 因みにドイツの場合は、アビトゥーアという高校卒業試験がそのまま大学入学資格試験となり、これに失敗すると無資格になるそうです。そして大学では博士号を取らない限り、高校のアビトゥーアの資格で終わる。つまり「大学を出た」という印がない。あちらは十歳の段階で高等学校、実業学校、基幹学校の三つに分かれるそうですが、これを本県に当て嵌めるなら、所謂御三家が高等学校、工業高校や商業高校などが実業学校、大学進学者の殆ど居ない普通高校が基幹学校に相当するかと思われます。本県が国際化を目指す場合、こうした事が参考になるなら幸甚と存じます。
    > 以上、宜敷ご検討下さい。
    --------------------------------------------------------------------------------

     五月になった。もうじき今年(来年度)の教員採用試験実施要項が発表される。
     教員免許更新制の導入以降、新たな「終戦直後」が再来した気がせぬでもない。少子化を超える勢いで教職ストック(リタイア組)が掃討され、後になって人材を捜しても「免許無効だからダメ」と相成った。そこで臨時免許や免許外教科担任の出番がまたぞろ回ってくる。免許更新に時間や費用がかかるのは当初から予測できた事だったし、その辺については神奈川「つくる会」支援板にあれこれ書いた。(天バカ板には幾つか転載済み。)
    【2018/05/04 12:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (余談~5ch逍遙)
     こんな記事があった。
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1525665838/l50
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180506-00000001-it_nlab-sci
    --------------------------------------------------------------------------------
    >「所有できない電子書籍」問題 サービス閉鎖後、購入者はどうなる?
    >5/6(日) 11:00配信
    > 先日、電子書籍サービス「Digital e-hon」の終了が発表され、ネット上には「購入したコンテンツが閲覧できなくなる」と問題視する声が続出しました。購入金額相当のポイント提供などの対応が取られていますが、手に入れたつもりだったものが消えてしまうことへの不満が強いようです。
    >【表で見る:ここ5年以内に消えた、主要な電子書籍サービス一覧】
    >・関連記事:電子書籍サービス「Digital e-hon」が終了へ 7月末を最後に購入済みコンテンツもほぼ閲覧不能に
    > iPadが登場した2010年は「電子書籍元年」と呼ばれ、国内ではいくつものサービスが誕生。そして、その数多くが消えていきました。電子書籍市場は年々拡大を続けていますが、裏側にはサービス撤退の歴史があるのです。もしも利用中の電子書籍ストアが終了したらどうなるのか、これまでの事例から考えてみましょう。
    >
    >●対応事例:購入金額に相当するポイントを返す
    > 「電子書籍ストアが閉鎖すると、そこで購入した本が読めなくなる」という問題は、以前から知られています。この原因は、同サービスの多くがユーザーにコンテンツを所有させるのではなく、利用権を提供する形式をとっていること。購入後、本屋がつぶれても手元に残る紙の本とは大きく異なるところです。
    >  消えていったサービスを振り返ると、この問題に「ポイント提供」「他サービスへの引き継ぎ」で対応した事例があります。例えば、ローソンの「エルパカBOOKS」は2011年に誕生し、2014年に電子書籍サービスを終了。その際、コンテンツの閲覧はできなくなるものの、その購入金額相当をPontaポイントで返金する方針が明らかにされました。
    >
    >●対応事例:他サービスで引き続き読めるように
    > 同時期に発足、撤退した「TSUTAYA.com eBOOKs」(2011年~2014年/T-MEDIAホールディングス)では、購入した電子書籍を他社が運営する「BookLive!」で閲覧できるようにするとの発表が。なお、一部引き継げないものに関しては、購入金額分をTポイントで返還するとしていました。
    >  また、「ポンパレeブックストア」(2013年~2018年/リクルートライフスタイル、メディアドゥ)の場合は、「スマートブックストア」で購入コンテンツの利用が継続できる形になりました。
    >  スマートブックストアは2012年にソフトバンクモバイルが立ち上げたサービスで、2015年に運営元がメディアドゥに移行しています。ポンパレeブックストアのケースは単なるサービス終了というより、「同社による電子書店の統合」に近いかもしれません。
    > 対応事例:アプリが生きている間は読めるように
    > 終了後も他サービスでコンテンツが利用できるように。利用できなくなるなら購入金額に相当するポイントを返す―― これ以外の場合では、「サービス終了後もしばらく閲覧できる状態にする」という対応が取られることも。
    >  「本よみうり堂デジタル」(2012年~2017年/読売新聞)、「BookGate」(2010年~2015年/廣済堂)は、サービス終了後も専用アプリをインストールしていれば、ダウンロード済みのコンテンツは閲覧可能と発表しました。
    >  ただし、OSアップデートでアプリが起動しなくなる、端末の故障、買い替えなどにより読めなくなる恐れがあり、言ってみれば「すぐに読めなくなるわけではないから、その間に楽しんでほしい」という対応の仕方です。
    >  特に厳しそうなのは、電子書籍が読める状況を維持するためには、OSアップデートを回避しなければならない点。更新が続く他のアプリが利用できなくなるなどのトラブルが考えられます。
    >  ユーザー側は「いつか消えるコンテンツと割り切り、読めるうちに読んでおく」、あるいは「長期間コンテンツを保持するために、スマホやタブレットを“高価な電子書籍用端末”にする」という選択を迫られる形になりそうです。
    >
    >●購入した電子書籍が本当に消えそうになったら、どうなる?
    >  これらの対応を取らなかったことで、炎上騒動に発展したのは「ヤマダイーブック」(2012年~2014年/ヤマダ電機)。新サービス立ち上げに伴うサイト閉鎖で、以下のような告知を行いました。
    >・購入コンテンツは新サービスに引き継がれない
    > ・クレジットカード決済などで購入するサービス内の独自ポイントについては、返金などを行わない
    > これに対してSNSだけでなく、一部メディアからも批判的なコメントが飛び出し、ヤマダ電機は同日中に謝罪。「新サービスでも閲覧できるように調整」「独自ポイントには返金など対応」と、当初の告知とは180度異なる方針を取るとしました。
    >  なお、この騒動があった2014年、出版社・ディスカヴァー・トゥエンティワンは「外部の電子書籍ストアが停止した際に、同社のコンテンツを無償提供する」というサービスを打ち出しています。
    >  「電子書籍サービス終了→コンテンツ消失」という問題が起こると、「該当のサービスだけでなく、電子書籍一般に対する不信感が高まる」という声が現れることがありますが、当時は電子書籍ストアの閉鎖が相次いでおり、不安を抱くユーザーが多かったそうです。
    >  サービス終了に伴うこういったトラブルを回避する方法の1つとして、DRMフリーの電子書籍を利用することが挙げられます。DRMとはデジタルコンテンツの違法コピーを防ぐ技術のことで、これを採用していないストアで購入した電子書籍は、撤退後も利用し続けることができます。
    >  ただし、DRMフリーで提供しているストアは、コンピュータ関連書籍などを扱うカタいところが多いのが難点。「漫画村」を巡る騒動などを考えると、娯楽色が強いコンテンツで同じことをすると、違法コピーが横行してしまうかもしれません。
    >  現時点では、やはり「長期間持っておきたい本は紙で、そうでなければ電子書籍」のように使い分けるのが確実そうです。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …こんな動画を思い出した。
    ●西尾幹二の世界 第一回 /西村幸祐放送局
    https://www.youtube.com/watch?v=bIaXST3vZn4
     この中で西尾先生は言った。「私の今までの経験では、電子での記録は消えますね。これは永遠に残らないですね。だけど紙は残るんですよ」と(5:17~)。動画アップの日付は2012/08/10。これぞまさしく、先見の明。

    (以下2018.5.9追記)
     ここ数年で学校教材のIT化が推進され、じき本格活用の時代に入るらしい。やがて電子での記録は消えるかも知れないが、在学中/留年中(?)くらいは保つだろう。こちら進学後は用済みで、中高生時代の書写/書道教科書以外は…理由不明ながら(予感?)高校日本史のが残してあるだけの筈。紙でもそうだったのだから、電子なら痛痒を感じる契機すら滅多にあるまい。すると或いは記録重視から応用重視への転換を踏まえ、記憶/意識の深層にも何らかの変質が起こり得るのではないか。
     他教科はともかく、最も紙との親和性が高そうな書道の場合はどうか。
     世紀末、あれは中教出版だと思うが書道の指導書にCD-ROM教材を添付する動きがあった。そこからヒントを得て、商業科の先生に探りを入れてみた事がある。他教科でもコンピュータ授業のできる教室を借りる事は可能かと…ものの見事に数秒で断られた。今でもさほど変わりはないだろう。書道の場合は厄介な事情、すなわち実技とのハイブリッド授業が必須となる筈だから、教室単位でなく端末単位のモバイル性が実現しないと無理がある。しかも一々画面を切り替える手間はむしろ不便だから、きっと紙の教科書と併用になる。臨書時に細部が見えなくて端末で拡大画像を表示するなら、大画面かつ防水でないと役に立たない。どのみち高価で無理筋となり、校内IT格差が生じるに違いない。

    (書道教員採用試験に大異変?)
     ここから先は、なるべく大急ぎで。
    https://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/education/31kyousai-jissigaiyou.html
     連休が明けて本日九日検索してみたら、青森の要項が2018.4.16に載っていた。開けてビックリ、なんと高校でも特別支援でも芸術科目が三つとも勢揃いしているではないか。…これはチャンスだ、若い人。その気があれば受験してみたらよい。こうなると「書道美術新聞」の次号以降が楽しみである。苹は今や大袈裟に云えば「寝たきり」状態に近いので、今年の受験=偵察は断念する。若い人は培ってきた見識を、思う存分ぶちまけてやればよい。ただし拙稿の悪影響を受けた場合は…どうなるか分からない。前回(2002)どんな試験問題になるかと偵察した時は、集団討論で「読める事」に触れた苹を鼻で笑った感じの受験者が居た。たぶん芸術畑なのだろう。十六年後の今も、どちらか一方が裏目に出る可能性は低くない筈と疑って居る。
     …それにしても、受験年齢制限の引き上げ状況には驚いた。青森のは「ただのポーズ」に過ぎないだろうが、これも一種のシンギュラリティ(年齢的特異点)と云えるのかしら。奉職可能年齢を受験可能年齢が既に上回ったと見てよい筈。その中には介護などによる早期離職も含まれ、直面すれば受験どころでなくなる。まして当人が病身とあらば尚更の事。たぶん今後十年以内には全国各地で顕在化するだろうから、そろそろ「病人労働者」のカテゴライズに取り掛かった方がよい。労働者介護の可能性まで覚悟し模索しないと、教員の過酷な労働環境を踏まえれば「社畜」型の論理自体が通用しなくなる。
    【2018/05/07 20:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    寝たきりですか?

    今、日本は人間不足ですね。
    年齢関係なく、必要なところに、必要な技術を持った人がいけばいいですね。

    海外の人員を入れればいいってもんじゃない。
    【2018/05/15 13:28】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >寝たきりですか?
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2144.html
     まさか西尾先生の闘病報告(↑)が重なるとは思いも寄らなんだ。そこに「寝たきり」ときたのでは、大袈裟の度が過ぎて洒落にならんなあ(汗)。
     もう在職当時の様には授業できず/体が動かず、時間/仕事の要請に付いていけそうにない。頭の回転は遅くなるばかりで(元からだけど)、溜まる一方の記憶/知識も取捨選択が昔以上に困難となってきた。~二十数年前に社中での競書審査に加わった時ですら、こめかみをトントン叩き順繰りに千字文の想起を急いでも相応の時間はかかった。逆向きに思い出せない。言葉の流れは大体そうなる。論理の流れならどうにかなるが、今度は掘り下げ具合が問題となる。そうした考え事は或る意味「時間の浪費」に近い。これが周囲(特に管理職)には、怠けている様に映るらしい。
     ライフスタイルも変わった。書道準備室で煙草を吹かし、次の授業のイメージトレーニングをすると傍目にゃ「ただの休憩中」となるらしい。今は煙草自体ご禁制みたいネ。些細な生活習慣が良くも悪くも精神の健康やリズムに影響する。他方、身体の健康は物理的に過ぎる。死体の健康は考えにくいが、生きて居たって「健康な死」の様なものはあるかも知れない。…あたしゃ退院後こう書いた(「2016/12/11 00:24」稿↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 死に場所を求めるのと、死に時を求めるのとは似て居る。どちらも幸福な死への憧れが詰まっており、それが一度にやってくる。遅い方が幸福ならそれに越した事はないが、そうでない場合が難しい。幸福を基準に時間が伸び縮みすると、傍目には生き急ぐ/死に急ぐ様に見えたりするだろう。どちらが贅沢か分からない。選択するなと怒る人も居るだろう。その両方の意味で、もしかしたらナチスは「人道的に」幸福で健康な死/生の模範を提供したつもりだったのかも知れない。
    --------------------------------------------------------------------------------
     ここではナチスの「人道的」(動機)な「つもり」(意志)がミソ。双方向に揺れる健康と幸福は紙一重で、時には一体とも云えよう。それらが死の近接から見放される(?)のは、たぶん珍しくも喜ばしい…。程々に生きて程々に死ぬ。その「程々」が問題で、そこをナチス/ヒトラーは審美的に能動化し過ぎたのかも知れない。
     ~ここらで休憩、BGMにブラームスsym.3辺りでも(演奏14:43~↓)。
    https://www.youtube.com/watch?v=TLlRlGo4xwg

    (不調報告)
     いつも通り「西尾幹二」で検索して「日録」をクリックすると前口上が出るけれど、そこから先に進めない。閲覧できない状態が丸一日は続いている。何が原因だろうか。こちら奥様ブログから拙稿中のリンクを経由すると個別の記事は出る様だが、右欄の他記事を試みると駄目。他の方々はどうなのかなあ?
    【2018/05/18 02:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (Q&Aの試み)
     もし「なぜ書は読めなくてもよいのですか?」と問われたら、普通どう答えるだろうか。それも真っ正面から大真面目に。~以下の試みは、どの本にも載っていない見方を多分に含む筈。しかし少々(?)、歴史記述の分量は多過ぎるかも知れない。
    --------------------------------------------------------------------------------
     乱暴に云えば「読めなくなった」から「読めないのが当たり前」で、結果「読めなくてもよい」事になる。そうなり始めたのは明治時代からで、実は国語も日本語でなくてよい。今に繋がる形の「国語」が学校の科目になったのは明治33年(1900)。その前には森有礼の英語国語化論があった。ペリー来航後の英語ショックがオランダ語を駆逐した面もあるが、知識人にはドイツ語やフランス語などを学ぶ向きもあった。戦前から外国語が英語一辺倒となった経緯は複雑らしい。また国語(日本語/標準語)の形成と普及には帝国主義や植民地主義、言語学の影響もある。
     当時は既に活字の時代だった(読み言葉)。手書き(書字/書き言葉)の方は毛筆の読み書きが出来て当たり前だが、硬筆が普及するにつれ活字の視覚的影響を受け混淆していく。大正時代には毛筆廃止論が取り沙汰される一方、展覧会書道が始まり芸術的趣味/教養の側面がいっそう際立ってくる。この前後に読み言葉と書き言葉の分裂が顕在化し始めたと見てよかろう。中でも西洋文化の影響下にある教養主義的知識人は、漢学由来の伝統的な日本書字文化を顧みなくなりつつあった。
     人間五十年が長生きすれば八十代、敗戦時点でも皆が明治生まれとはなっていない。幕末期の「読める」青年は大正期の老人だった。そうした隠居組が次世代にも「読める」教育を施すと、さすがに草書や変体仮名は読みづらいにしても、大戦の生き残りによる影響の引き継ぎは昭和五十年頃まで続く。以後約十年を経て、それから急速に「読めないのが当たり前」となっていく。してみると今の「読めない歴史」は、社会的視点では継承者四十年/非継承者七十年、公教育的視点では百二十年ほどが経過するらしい。
     各々の戦後的選択により、「読める/読めない」の分岐はいっそう促進されていく。読めない人はそれっきり。読める筈の人は書道側に牽引され、教育書道と実用書道は衰退する一方、やがて芸術書道を隠れ蓑に「読めなくてもよい」とする風潮が一般化してきた。それは当初「気軽にどうぞ」とのプロポーズだったかも知れない。しかし学習意欲を喚起する筈が、却って居直りを喚起した。書家が「読めなくてもよい」と明言して居るのだから、多分それが正しいのだろう。芸術書道は特殊で、教育や実用とは別物であると。
     こうして昭和中期以降、書家は自ら国語的視点を見放した。低年齢層(小三~)相手の教育書道は更なる低年齢化(幼稚園~)を目指し、実用書道は世情に即して草書や変体仮名を諦めた。包括的役割を担ってもよかった筈の芸術書道は芸術に特化/高踏化し、教育や実用とは表向き袂を分かつ形になった。つまり書道/書教育界は一丸となって「読める事」を放棄…とまでは云えぬにしても白眼視してきた事になる。~子供に草書や変体仮名を教える書塾や学校はあるだろうか。明治初期までは皆やっていた。(高斎単山の塾については「2015/01/04 02:44」稿を参照↓)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     もう一つ裏側には17世紀の西洋事情があり、マテオ・リッチなどイエズス会の支那進出まで遡る。そこからの情報を元に、キルヒャーやライプニッツがエジプト幻想と漢字を「完全言語/普遍言語」構想に取り混ぜた。やがて言語学が発展し、明治期の日本にはサトウ(英外交官)やハーン(小泉八雲)が来る。しかし殆どの西洋人は日本の文字が読めない。仮名がアルファベット的に機能する事は理解できても、漢字と仮名の深層にある相互干渉原理までは及ばないケースが多いためか、予め機能優先で漢字と仮名を別物と考える。その上で「どちらも読めない」となると、17世紀の「理解=無理解」とさほど事情は変わらない。
     無理解の領分を研究した結果の西洋的「理解」は先ず「読めない事」から出発し、それが学問をオーソドックスに牽引する。必ずしも「読める側」からの視点ではない。理解の中に潜む無理解(主観的)ではなく、外への無理解(客観的)を「理解=解剖」しようとする。~この視点を獲得するには、日本人自身「読めなくなる」のが手っ取り早い。ここでは最悪の舶来崇拝が学問のグローバリズムと結託する。なぜなら学問は、外国人にも理解されねばならないのだから。…そうなる様に記述するのが難しい。しかし我々は「なぜ書は読めるのか」を説明する前に、今や大方「読めなくなった」。
     誰もが読めないなら、読めなくてもよいのは当たり前。無理解には普遍性がある。そこから神秘主義めいた「文盲である事の悦楽」が生まれ、「読める事」とは別の知的世界が創発する。~ここまで来て、やっと日本人は17世紀ヨーロッパと肩を並べられた。後は明治以来の伝統的思考様式「追い着き、追い越せ」へと舞い戻り、どう見ても「無駄足」ではあるにせよ「忘却の歴史」を取り戻せば/繰り返せばよくなるらしい。(田中純の論考については「2017/07/30 09:17」稿を参照↓)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1993.html#comment

    (拾遺)
     前稿末の件、闘病ネタ目当てのアクセスでも殺到してるのかしら。暫く待ってたら「日録」が閲覧できたけど、以来かなり時間がかかる様になった。…それにしても、あたしゃ今では完全に時代遅れなのだろう。携帯電話の使い方は知らないし、電子メールも止めてから十五年くらい経つ。ネット通販は一切利用した事がない。それ故あの有名なアマゾンも、先立つ「新しい印象」は相変わらず昔のまま(↓)。
    https://www.youtube.com/watch?v=DqSJyCIMt4k
    【2018/05/23 05:47】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     「書道美術新聞」1122号(2018.5.15付)4面によると、今年の高校書道教員採用試験は「“過去最高”に並ぶ勢い」で、「「東北で4県」が話題」だそうな。全国で4県のみ実施した2004年とは大違い(この時の記事詳細は「2017/03/09 19:22」稿を参照)。各地で何があったのか分からない。しかし実際に行われるとなると、苹は大袈裟に云えば「採試廃止論者」だから、少しくらい臍を曲げてみたくなる。どうせ出題するのなら…例えば意地悪かも知れないが論述形態で、国語や書道なら「なぜ字は読めるのか」でも構わない筈だし、数学なら「楷書と行書と草書で書かれた同一の文字が同一「である/に読める」事を数式で証明せよ」でもいい。やってみたら面白い。謂わば応用、教科横断である。
     しかし思い起こすと、今や学校には先生の居場所がないらしい。高校の先生が大学で教える類ならドゥルーズや夏目漱石が居たし、逆に小学校の先生をやった例ならヴィトゲンシュタインがあった。学校で学問ができるのは幸せだ。あっしも書道の考え事で頭が一杯の儘ふらふら職員室前の廊下を歩いていると、前からやってくる先生に胡散臭そうな目で見られたりしたが全く気にならない。教材研究と学問の境界は曖昧で、そこが楽しかったりする。なのに今では、学校で学問する時間が先生からどんどん奪われているらしい。学校に学問は要らなくなったかの様に見える。(←気付くのが遅過ぎた?)

    (余談)
     …前稿末尾動画で思い出した。昔の彼女が青森高校出身で、その話によると生徒の間には謎の組織(?)ショッカーがあったそうな。昼休みになると嘘か真か、どこからともなく野郎どもが出没して「イーッ!」と叫んだとか。そこは弘前高校や八戸高校と並ぶ県内有数の進学校で、当時は修学旅行がなく校内土足だった。(こっちは新作のアマゾン?↓)
    https://www.youtube.com/watch?v=-PYvpRULss0
     因みに青森の小学校では昔、放送終了から何年も経つのに…運動会で流れる定番音楽はコレだった…(↓)。結構のんびりして流行もへったくれもない。高校などでも事務室が元締(?)となり先生方が相撲賭博…でなく星取をしてたから、皆できるだけテレビ放送の終了間際までに校内業務を済ませて帰宅、自分の子供と一緒に相撲を見たものだ。やがてそれが問題視され、「東奥日報」一面記事に載った頃どの学校も一斉に自粛と相成る。
    https://www.youtube.com/watch?v=vAML9Mvu5QM
     それから数年後だったと記憶する。教員の多忙化はエスカレートし始める。

    (おまけ動画~チャイコフスキー《1812年》後半)
     自衛隊。吹奏楽で鐘はチューブラーベルだが、大砲は本物ドカン!w
    https://www.youtube.com/watch?v=0F5k70xwGSk
    【2018/05/28 05:54】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    今日、紀伊国屋に行ったら、
    読めない古い日本語?を読めるようになる・・・・
    とかなんとかの、本が出ていました。
    思わず買おうかと思いましたが、
    此処には苹@泥酔さんがいるから、
    買いませんでした。

    パソコンは日々進化しているけれど、
    なんだか分からない不調もよくありますね。
    【2018/05/29 20:52】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >古い日本語?を読めるようになる
    >とかなんとかの、本
     物にもよるけど、あると役立ちますからねぇ…。でも古文書系や歴史系の本は大抵、基礎以前の基礎を全部すっ飛ばして「読む事」だけ目的とする所が欠点。その辺は天バカ板の「【再掲】投稿日時判明稿(其一)」稿(2012/03/25 (Sun) 20:51:11)に纏めたりしました。その中の「7327 以下蛇足 苹 2009/03/18 07:36」稿では、小美濃清明『坂本龍馬と竹島開拓』(新人物往来社)を話の種としました。こうした手習い経験(↓)が基礎となり、「読む様に書く」エンコード性と「書く様に読む」デコード性を繋ぎます。そしてそこから、エンコードとデコードの間に生ずる錯誤/誤読の余地を自ら修復するための免疫的感覚が育ってくる。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 当時の教育ネタに目が向くのは苹のいつものお約束。『高知藩教育沿革取調』によると、例えば島崎七内塾の学習年限は「大略ハ、九歳ヨリ十四、五歳ニ至ル」だそうな(P.128)。また七内塾における教育内容は『日本教育史資料』に「習字、平仮名、君臣歌を了ヘ、数字ヨリ書簡、短文、草書ヲ以八字若干ヲ授。一枚二字、一日十五冊。一冊四回清書。六日目ヲ期トス」とあり、「二年目ニ至リ唐詩五絶十字草書ヲ以授」云々、「三年以上ニ至リ唐詩五七絶行草ヲ以一首ヅツ、一枚六字十冊」「且生徒ノ力ニ応シ楷篆隷など交換ヲ以何ヲ行云々分チカタシ、又俗文ニ及一枚三行十五字」云々と続くそうな(P.135~136)。常用文の草書は誰でもそこそこ読み書きできた。この点では明らかに現代人の分が悪い。識字能力を活字と書字に分けて捉えるなら、後者の視点では現代日本人の多くが事実上の文盲となるからである。
    --------------------------------------------------------------------------------
     かと云って、今更ながらの手習いでは学習効率が悪過ぎる。これは低年齢の学童に向いた学び方で、高校生以上が相手なら書の専門家を養成するのでない限り、別の仕方で或る程度までは補える筈。しかも国語科書写レベルは「基礎以前の基礎」にすら達していないため、学習内容と学習年齢が完全にズレて居る。そこで苹は、昔の学童が学んだ事を今の大学生が学ぶギャップを事前に引き受ける所に「国語科書写の高校延伸」の意義を期待する次第。それを芸術科書道は怠ってきた~と云うより「芸術」のイメージに惑わされ国語的視点を度外視してきたから、学んだ筈なのに変体仮名が読めない。

     ところが実は、もっと困った事がある。
    「おまえ読めるか、読めないだろ、読めないものは教えちゃいけない。」
     あっしが二十年ほど前、横山泰久校長(英語畑)から受けた指導/言葉である。基礎なしに読み書きできる訳がないのは誰でも分かるから、或いは西洋的理解(「文盲である事の悦楽」)の意味かと察せられぬでもない。しかしそうでない可能性もある。そこが別の意味で恐ろしい。もしもあれが、「応用でなく基礎をやれ」との意味だったとしたら。
     当時やった仮名授業は先ず仮名字源/連綿分解/読解で、次に教科書所収の蓬莱切や高野切など実技へと入る。しかしこれは書道畑の基礎で、一般の基礎ではないかも知れない。もし校長が予め国語畑にヒアリングしていたとしたら、たぶん古文書の基礎をイメージするだろう。立場によって基礎の意味が違う上、書道の基礎は余りにも基礎性が過ぎて、古文書読解の役に立たない。数学基礎論(林晋、「幸運をもたらしたもの」以降参照↓)に踏み込んでも受験数学には役立たない(?)様に、古文書畑の実践的基礎に仮名字源は要らないという事である。すると字源は応用の領分となるのかも。現に国語でやらない。入試で見た事がない。平仮名を見て字源を思い浮かべる一般人は殆ど居ないだろう。
    http://www.shayashi.jp/IAmHistorian.html
     字源に遡って考えれば大抵の草略は読むための手懸かりが得られるし、なにより或る程度までは「昔の人の様に書ける」という強味がある(自運)。にもかかわらず古文書では「自分で書く必要がない」。作文しない「読むだけの国語」で充分。それどころか、書けば古文書の捏造になってしまう虞あり(苦笑)。これを学問に託けたモラルと見なせば、書教育の不要性を導き論難する事も可能だろう。だから「困った事になる」。書くための基礎条件が、読むための基礎から省かれる。自ら読み方の根拠を分析考証するのではなく、古文書字典で調べて照合すればよいのだから。
     基礎が要らないのではなく、基礎以前の基礎が要らないとしたら。~この点を深刻に捉えて置かないと、青森県の教員採用試験で墓穴を掘る可能性が否定できない。
    【2018/06/03 00:16】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    古文、漢文って授業は今はないのでしょうか?

    古文で、旧仮名とか、習ったような記憶が・・・・・
    それにしても、祖父の葉書が読めないって、すごく残念。
    【2018/06/03 20:16】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >古文、漢文って授業は今はないのでしょうか?
    >古文で、旧仮名とか、習ったような記憶が
     ずっとあって入試にも出ますが科目名は変わります。次の指導要領では「古典探究」になるのかしら。全部活字表記で、旧仮名遣いはあっても変体仮名はやらない筈。
     あっしの場合は世紀末、国語の先生から教科書を借りて生体実験(?)した事があります。そこに載ってる漢文(「守株」など)を書写体/館閣体で書いて参考に供したり、古文も「奥の細道」掲載部分を自筆本で読ませたり。アレやっとくと多分、国文や漢文系の大学に進む生徒には役立つだろうと思って。(校長室に呼び出された前稿の件では、そっちの方が問題になってたのかも?)

     ところで~前稿前半を書いてる時は、後半の発想など全く思い付きませんでした。そして愕然とした。私は実のところ、人の言葉が理解できないのかも(何が正しい理解かは別の話)。あれから二十年になるけど、根気よく考えてみるものだなあ。どういう意味か尋ねればよかったのだろうが、その場では気が回らなかった(訊けば訊いたで、今度は十中八九しつこくなって逆効果?w)。…こりゃビジネスマンに向いてない訳だわ…何を注文されたか二十年も考えてたら商売にならん(自嘲)。
     前稿のリンクで、林先生は末尾にこう書く(改行省略↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >また、ある売れっ子の大学教授の方が、私は絶対、原稿の締切は守る、それが学者の基本だと書かれていたことがある。これは私には論外に思える。私が3年という約束(ただし口約束で契約ではない。私の経験では海外でも原稿が完成するまでは、学術書の契約を行うことないようだ)を守っていたら、つまらない解説しかかけなかったはずである。私は学者ならば、出版日が決まっている雑誌の原稿は別として、原稿の締切を内容より優先すべきでないと思う。それでは、わざわざ印税や原稿料をもらわないでも生きていけるだけの、学者としての給料をもらっている我々の存在意義がなくなる。
    --------------------------------------------------------------------------------
     以下は少し前の箇所。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >それと同じことを、筆一本で生計を立てているサイエンスライターたちに要求したらどうなるだろうか?きっと、そういう風にして研究をしたいと思っているライターの人もかなり多いとは思う。しかし、それは経済的に無理なのだ。私は気の毒で、そういう人たちに私と同じことをしろとはいえない。その人たちの本を、たとえば、今回の私の本と比較しようとは思わない。(ただし、私の他の本には比較しても良い本が何冊かある。)そんなことをしていたら、サイエンスライターの人は、現代のような出版事情の中では生きて行けないのであるから。
    --------------------------------------------------------------------------------
     苹に林先生の様な厳密な仕事は出来ないし、抑も調べ物が並外れて下手かつ苦手である。しかしそれでも素っ頓狂な視点くらいは提示できるかも知れない。それだけで十五年以上は一応ネット上の間を保たせてきたつもりだが、苹の名前で検索すると斯界の役には立っていないらしい。大学界隈で論外、高校でもダメならクビになるのは仕方がない。今回受験したって同じ事どころか、体が既にポンコツとあれば尚更。そこで今度は「給料を貰わない在野の存在意義」が確認できるかどうか、たぶん死ぬまで延々と試し続ける事になる。せめて若い教員の「忙しくて考える暇がない」状態を緩和する手助け程度には書ければよいのだけれど、むしろ混乱させる事になるかも知れない。
     NHKスペシャル「ミッシングワーカー 働くことをあきらめて・・・」(2018.6.2/再放送6日深夜)を途中から見た。この対象には定年退職後など無職の研究者達も含まれる筈だが、そこ(=高学歴化した過去)を敢えて無視/分けて考えるかの様な取材の神経には疑問が残る。昔風に云えば「ただの隠居」だろう。小木新造『東亰時代』(講談社学術文庫)P.124には、「例えば四十五歳を過ぎると、そろそろ隠居のことを考え、五十歳代で次の世代に所帯を任せることは、そう珍しいことではなかった」と書いてある。それが今後は晩婚化と高齢出産の皺寄せと重なり、高齢化に伴う介護離職の波を増幅しつつ日本を直撃する。

    (深夜追記)
     前記再放送を見た。高学歴者は出てくるが、どこにも学問や研究のニオイは感じられない。…ぼちぼち経済的観点を、「研究者の余生」にも絡めてくれないかなあ。退職教授やポストドクターなど、取材対象ワンサカ揃ってるやんけ?
     …ここから先は要らんと思うが、青森高校ネタ発見。前々稿に書いた謎の組織ショッカーって、正しくは「仮面ライダー同好会」だったんだなあ(こんな感じw↓)。
    https://www.youtube.com/watch?v=PaV21XORMx8
    【2018/06/06 00:45】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (雑感/補足)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2151.html
     闘病ネタといい「日録」閉鎖願望(↑)といい、刺激的な奥様爆弾(?)投下後は暫く「日録」閲覧に時間がかかる模様(やはりアクセス殺到が原因?)。~まだ本決まりでない事には踏み込まないが、ボヤキの理由らしき「感想について」の話なら以下、もう少し余談含みにて。(なお「日録」は当初から主宰と管理人が別々ゆえ、最終的メリットは「死んでから閉じても遅くない」点にある筈。)
     以下本題。
     …思えば昔から感想文が苦手だった。とにかく書けない。高校生になっても授業時間内では全く駄目で、チャイム前に一行やっと書き始められる程度。あれは感想というより構想、沈思黙考の時間だった。しかし不思議なもので、大学のレポートは時間制限(提出期限/締切)ゆえか決まって「つまらない」ものばかりなのに、卒論を書き始めたら楽しくて仕方がない。書きながら考える。どんどん積み重ねるうち言葉の後先が有機的に結合し、無意識の締切など「どうでもよくなる」。そうした卒論に締切は要らない(提出予定二年先)。もはや卒論ですらない(提出断念後)。それ自体が巨大な目的に変容し、理屈の枠組みを踏み外した所から新たな理詰めの思考が始まる。
     道を踏み外すと道が見えてくるのは奇妙な感覚で、その一環に歴史だの哲学だのがある。それだけを見れば一筋の道に見えるのだろうが所詮、形ばかりの事でしかない。なぜ畑違いのドゥルーズが書道の話に出てくるのか、傍目には不可解な仕儀でしかあるまい。例えば挙句の果てがこれだ(↓)。天バカ板「【再掲】「俺妹」受難曲15」(2011/08/16 (Tue) 23:47:35)稿にある大震災前夜稿で出した、ガタリ『分裂分析的地図作成法』(紀伊国屋書店)P.67~68の記述。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > しかし彼らは、実際どこから、社会的個人を言語という事象に還元できるという考えや、さらに言語という事象を二項化可能すなわち《デジタル化可能》なシニフィアンの連鎖に還元できるという考えを引き出すのだろうか。この点に関して、ポストモダニストは何も新しいものをもたらさなかった。彼らは構造主義のきわめてモダニズム的な伝統の中心に位置しており、その構造主義の人文科学に対する影響力は、アングロサクソンのシステム論に最悪の状態で受け継がれていかざるをえなかったように思われる。これらのすべての理論のあいだの隠れたつながりは、それらの理論が――還元主義的な概念によって特徴づけられ、情報理論とサイバネティックスの初期の研究によって戦後すぐにもたらされたものとして――潜在していたことの結果であるように見える。それらの理論がコミュニケーションと情報の新しいテクノロジーから引き出し続けてきたさまざまな準拠は、あまりに未熟で使いものにならなかったので、それらに先行していた現象学的研究よりもはるか以前にまで、われわれを引き戻してしまった。
    --------------------------------------------------------------------------------
     後日よく読むと、そこかしこにグローバリズムやネット世界の予兆が隠れている。そこでこちらは先ず西尾先生のを読む一方、それを契機に先生の読んだらしきものを想像し、周辺にありそう/なさそうなものを結構デタラメ(?)に連想する所から別の切り口を見出す(着想)。そこから始まる感想の準備に時間が要る。予め連想材料があれば半月か半年くらいで目途が付く場合もあろうが、材料探しを始めた頃から数えると話は別。
    https://www.youtube.com/watch?v=YnfhInZLmUQ
     所謂ミッシングワーカーなら、代わりに或いは短期間で済むのかも。(…どうだい…余計な仕事やめたくならないかい…と、もしや悪魔が西尾先生に「も」囁く?)
    【2018/06/15 19:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (せまる~♪書家~♪)
     のっけからベタな仮面ライダー替え歌で申し訳ない(汗)。~後に今別や鰺ヶ沢で高校長を歴任した先生は在職当時の教務主任で、先に書いた通り苹は国語教科書を借りてみた。多分この先生が競技かるた部を創設したのだろう。…あの頃は仮名の授業中、素っ頓狂な声で和歌を読み上げた。その時の自作教材がコレ(↓)。実技に入る前段階である。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_topic_pr_333.html
     いつだったか、書道をやりたいと言い出した事がある。その時これ幸いと舌舐りした。よし、この先生で生体実験してやろうと。それなりに構想はあった。もし書道で分裂分析的な授業を開発したらどうなるか。早速そこそこ手荒い書きぶりの千字文を半紙に十数枚、取り敢えず様子を見るため手渡してみた。…その後は音沙汰がなかった。おしまい。
     苹が構想していたのは、相手の書き癖に対応した書風分裂の目論見。そもそも芸術科書道では様々な古典を学ぶため、そうならざるを得ない側面がある。様々な表現力を養うには、国語科書写のごとき画一的規範性だと授業で対応できなくなるからだ。しかし一つの書風を徹底すれば自ずと画一的になる筈だし、その事は苹自身が高校在学中の部活(翠軒流)で体験済みである。ならばいっそ、それを多重人格状に変容させてみたらどうか。しかしアブナイ手口になるかも知れないので、いきなりの生徒相手では試しにくい。そこに登場したのがお誂え向きの獲物(?)だったのに、あれは残念だった。
     その後が続いていたら、どうなったか。相手に合わせてガラリと書風を変えてみる。様々な手練手管で、相手が戸惑う様な書風展開を試みる。しかし要点は書風よりむしろ書写体や草略原理の側にあるから、或る意味「書道の稽古らしくなくなる」。上手下手とは関係なく、可読性と多様性の歴史的理解をどうしたら陶冶できるか実験したかった。その感想と批判から学び工夫を凝らすには、手っ取り早い同僚の国語教育経験に必ずや有益なヒントが潜んでいる筈。しかも念のため検索したら、同姓同名のが國學院大學院友会の青森支部長だとか…もしや同一人物だろうか。あそこの書道には北川博邦(ご老公?)などの先生方が居た。

     先に分裂分析的な授業と書いた。普通なら楷書単元で唐四大家のを順繰りに全部やる筈だが、仮名授業の皺寄せで苹は予め端折った。端正なのは欧陽詢と虞世南の選択制。そうでもしないと時間が不足する。しかしそこから構想が膨らんだ。全部やって虻蜂取らずになるよりはよかろうと、最初に要点だけやってから選択集中練習に切り替えた。生徒側にしてみれば教材画一化の方向を自己選択する形だが、それでも端正なのと弾力的なのをそれぞれ一つに絞り北魏のを加えれば楷書は三系統となる。尤も普通の授業では入学早々、楷書だけで五人分も六人分もの書風を書き分ける。その方が苹には分裂的に見える。
     高校美術「授業」の場合、名画鑑賞で模写まではしないだろう。しかし書道では練習/模写ばかりで、実は鑑賞の仕方が未だよく分からない。分かれば練習も容易になる筈だが苹の場合は昔から偏っていて、技術/技法の分類的把握を歴史知識と絡めて理解する傾向があった。だから大学書道科の受験なら、例えば六朝風は廻腕法、雁塔聖教序は俯仰法といった具合に書き分けて遊ぶ事になるため見方次第では専門的に過ぎる。また実際、書くより読む方が手っ取り早い。字ばかりでなく書風や深層構造を読み、そこに通底する論理的整合性を歴史的に照合する手もある。書道の実技と理科の実験は大差ない。
     こんな夢も見た。同じ古典を複数の書風で書き分ける。たぶん生徒達は混乱するだろう。しかし国語の先生が相手ならどうか。そのレベルを念頭に置いた。複数の社中に所属する様なもので、どれくらい虻蜂取らずになるかも興味があった。失敗したところで成績を付ける訳ではないし、技巧を追い込むつもりもない。書道側と国語側とでは、理解の仕方にも差異があるに違いない。

     …ともかく、無理には迫らなかった(イーッ!)。なにしろ相手は忙しい。どんな技倆水準か先ず見てみたかったが、楷書に敢えて行意を潜ませ手荒く書いたのが拙かったかも。あれは手本ではない。模倣技倆や理解程度を知るための試験紙である。そのレスポンス次第で次の対応が決まる。授業と違って、教科書の制約なしに実験できる。だから相互の教材研究から始める心づもりもあった。あのまま進めたら相手の書道イメージが崩壊したかも知れない。実技の比重は低く、書いてきたら「何故こう書いたのか」根掘り葉掘り質問攻めにしながら、その後の進め方を相談する予定だった。もちろん総て理詰めで、あわよくば突っ込んだ議論を交えて。
     個人的な書きぶりだけの問題なら適当な古典や臨書集や社中を紹介し、相手に好きな書風を選んで貰えば済む。しかしそんなレベルは求めていない。この点は社中の欠陥である様にも思う。稽古の形骸を引きずり過ぎて居る。中には研究会を名乗る所もあるが、どんなものか分からない。皆で古典/文物を見て云々したり、稽古を研究と言い換えただけなら用はない。ならば所謂「教育研究会」はどうか。~世紀末の高教研書道部会で招聘講師の大学教授から「学会に入れば」と言われた事はあるけれど、その気になれなかった。今や重鎮級となった高木聖雨先生からは当時「東京に出れば」と言われたりもしたが、このまま青森で独りコツコツやる方が気楽ではある。
     ただし長生きは出来ない筈。苹の予測では今後、今の老人を基準とした少子高齢化の流れが転換する。バブル崩壊後世代(50代突入)の老人予備軍は非富裕層ほど少子短命化に向かい、人口減少が加速する。~一部の銀行はCM宣伝し始めた。土地屋敷を担保に老後資金を提供するらしい。将来の無人社会から土地を回収し再開発/転売する動きに見える。中国人達は買ってくれるだろうか。
    【2018/06/24 00:26】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前補記)
     保守にも色々あるだろうが、大抵は大きな変化を望まない。見方や考え方も概ね硬直的で、歴史の軛の中で結局は堂々巡りになる事が多い。前稿を読み返せば苹とて同類、分裂分析的と云ってみても教科書には昔から雛型が載っている。要は指導法の問題で、教材のそれとは言い難い。後者を工夫/エンコードするのは教科書会社。前者を工夫/デコードするのは教員。両者の間には潜在的な断絶があり、教科書通りにやればよいと単純化すれば却って齟齬や誤謬をねじ曲げる事になるか、或いは形骸化に繋がりかねない。ゆとり教育も詰め込み教育も失敗したかの様に見えるのは、多分その辺に一因があるのだろう。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2084.html#comment
     師匠優位型の授業/稽古は先ず師の手本のみで学ぶため分裂的にはならないが、そこに古典が入り込むと事情が変わってくる(「2017/10/30 00:05」稿参照↑)。芸術科書道では手本段階(中高間の接続因子/基礎)をすっ飛ばし、いきなり古典から「分裂的に」始める点で無謀と云える筈。そうした古典学習者/分裂者を更に「分析」するには比較の規範が必要で、その役割を師匠が担ってきた。だから大抵どんな古典も師匠/会派の色に染まった書風で臨書され、「臨書を見ても師系が分かる」のは今もごく普通である。…ならば延長上、教員が多くの名家の臨書集をそれぞれの書風で書き分ける/指導する事は可能だろうか。もちろん練度は低かろう。書家と教員とでは役割が違う。
     苹の場合は高校在学中、後年書風の差異が大きい国定手本三期乙種系と四期甲種系を比較する様になった。それ以上やる余裕はなく、先ず二つの差異を解釈/咀嚼する所から始めた。これは書風の問題であって、古典のではない。古典とて当時にしてみれば書風と云えるのは当然ながらも、ここでは意味が異なってくる。どの時代も古典(公的素材)は書風(私的行為)に内含され、そこから伝統文化の継承と変容が「同時に」始まる。従って「模倣はコピーではない」という、むしろ変奏というべき要素が模倣に内含される事により展開と遡行が同時進行する。そこに歴史の前後はなく、常に「今」の幻像へと歴史/素材の方が取り込まれていく。~実際、教科書の扱いもそうだった。授業では大抵、初唐の後に北魏の臨書がやってくる。

    (インテルメッツォ)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1465.html#comment
     こちら(↑)所収の「2013/04/21 00:49」稿で、「朱墨の件でも面白い動画を発見」と書いた。その動画が見られなくなり残念に思っていたら発見。ここにあったのネ(↓)。
    ●「技の彩」~伝統工芸に息づく色~5)朱色・朱墨(奈良)
    https://sciencechannel.jst.go.jp/D070619/detail/D070619005.html
    【2018/07/03 00:41】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (拾遺~雑感)
     …あれは部活だったろうか、やってみたい古典を聞いた事がある。まだ碌に基礎を知らない段階で、或る生徒が懐素の自叙帖を指したのには驚いた。直観の見当は付かぬでもないが、それ以上に別の危険な兆候を感じた。普通の草書ではなく狂草で、張顛素狂と併称される張旭のと同様「レベルが違う」。指導する側の負担も真面目にやれば大変な事になる。基本的な草書の形(規範イメージ)から始めて「何故ここまで崩せるのか/表現の幅が出るのか」を説明するのに細心の注意が要る。ほんの僅かな違いが点画の決定的な違いになるほどの「微分的」な認識から訓練しないと、忽ち文字らしさが失われてしまう。
    http://www.geocities.jp/qsshc/cpoem/huaisu.html
     こちら全文(↑)。識字性を基準とすれば、祝允明や黄庭堅の方が字それ自体はまだ読みやすい。が、高校レベルの授業ではどれもやらない。ただし部活なら何でも出来る。苹は前々から「部活より授業の充実を」と思ってきたけれど、それでは管理職はじめ周囲が納得しないらしい(?)。授業というカリキュラムの枠組が実質的もしくは理念的(?)に崩壊し、多くの人が部活や進学塾/予備校に期待し始めてから半世紀くらい経つ。そこには師匠/コーチ/講師が存在するから…だとするならば、学校の授業では誰が何をして居る事になるのだろうか。当たり前の様だが、当たり前とはどういう事かを分かっている自信が苹にはない。
     …と書いている最中、こんなのを見つけた(↓)。
    ●学校運動部活動の戦後史 - 一橋大学機関リポジトリ 中澤篤史 著 - ‎2011 -
    https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/19250/3/shakaikg0030300010.pdf

    (備忘録)
    https://www.sankei.com/west/news/180720/wst1807200001-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2018.7.13 09:00更新
    >【世界を読む】
    >英語に席巻される大学 オランダで「言語自殺」論争 日本語の未来は
    >(1/4ページ) .
    > 幕末、緒方洪庵が大阪に開いた適塾に蘭和辞書は1冊しかなかった。福沢諭吉ら塾生が奪い合うように使う「辞書部屋」は、明かりが消えることがなかったという。日本の開国と近代化はオランダ語で始まった。時代が移ったいま、英語が席巻するオランダの大学で自国語軽視との批判が高まっている。「言語自殺だ」との厳しい声も。英語という黒船を前に「言語開国」はいかにあるべきか-。(坂本英彰)
    > 「言語としてのオランダ語の質を守り維持することに失敗し、英語の重要性を過剰に評価している」
    > オランダ王立芸術科学アカデミーは、2月に出した報告書で同国の言語政策を手厳しく批判した。AFP通信(電子版)が伝えた。同国教育省の報道官よると、オランダ語で行われる講義は学士課程で65%、修士課程ではわずか15%だという。
    > 学術レベルがあがるほど自国語の扱いが悪くなる状況は、アカデミーとして看過できないようだ。
    >
    >「オランダ語はキャンパスから消えつつある」
    > 背景にあるのは留学生の獲得という世界的な大学間競争だ。世界大学ランキングの普及などで「国際化」は数値ではかられる。英語の導入率も重要な指標だ。
    > 留学生は大学財政を潤し、有能な学生が集まれば評価も高まる。英語教育に力を入れてきたことや言語的な近接性から、非英語圏ながらオランダは国民の9割が英語を話すといわれ、もともと英語への抵抗は少なかった。しかし近年は過度な英語への傾斜は弊害も大きいとして批判も強い。
    >  アムステルダム大の創立386年式典で1月、カレン・マークス教授は「学生の80%がドイツ人や中国人という教室を想像してほしい。それは私たちが思い描く未来ではない」と述べ、過度な国際化に警鐘を鳴らした(ティルブルフ大独立ニュースサイト)。アムステルダム大の留学生は過去10年で4倍となり、全体では15%だが初年度生では25%になるという。同国の教育団体によると、オランダ全体の留学生は約12万人で学生の12%を占め、ドイツがトップで次いで中国からの留学生が多い。
    > アムステルダム大の哲学教授、アド・フェルブルッヘ氏はAFPに「大学は留学生獲得競争に生き残るため英語での授業提供を強いられている。オランダ語は徐々にキャンパスから消えつつある」と指摘した。
    >
    >失われる繊細さやユーモア
    > フェルブルッヘ氏が率いる同国最大の教職員組合BONはこうした状況を変えるため法廷闘争に踏み出した。国際ビジネスなど英語に直結する科目以外はオランダ語を使うとの法律に違反しているとして、心理学の修士課程を英語でのみ提供している2大学は違法だとして訴えた。
    > フェルブルッヘ氏は裁判の行方はわからないとしつつも「少なくとも議論を引き起こすことはできる」と言う。同氏は「わたしたちは言語の自殺を見ているのだ」と危機感を訴えた。
    >  学生たちにも不満が高まっている。ダッチ・ニュース(電子版)は地元テレグラフ紙などを引用し、増大する留学生のためオランダの学生は学ぶ機会を逸していると伝えた。とくに定員のあるコースでは深刻という。また学生団体LSVBによる2015年末のアンケートで、英語が下手な教師の講義が理解できず苦労しているとの回答は60%にのぼった。ある学生は「英語での講義はいいとしても、教師の英語レベルをあげるべきだ」と述べた。
    > ラテン語担当の教授は、自身も英語で講義を行う場合は細部やユーモアが失われていると認め、「大学は英語に主要な地位を与えて学術的な繊細さや情熱を失った。恥ずべきことだ」と言う。
    > 一方、教育行政をつかさどる側は英語の導入に積極的だ。イングリット・エンゲルスホーフェン教育相は6月、「国際化に圧倒されるという否定的な言い方で恐れをなすのは間違いだ」として、内向き志向に警鐘を鳴らした。
    > 国会の委員会にも呼ばれたマーストリヒト大のマーティン・ポール学長は英教育誌への寄稿で、英語はキャリアチャンスを高めると訴え、こう主張した。
    > 「英語の広範な使用でオランダ語が亡びるなどと恐れる必要はない。イスラエルの大学では英語で教育が行われてきたが、ヘブライ語が消滅するなどと誰も言わない」
    >
    >「日本語が亡びるとき」
    > オランダの言語論争は、日本にとっても全くの他人事とはいえない。理系を中心に論文発表は英語使用が標準化しつつあり、英語だけで学位取得できる修士課程を持つことは一流大学の必須要件ともいえる。
    > 慶応大は経済学部など学部レベルでも英語だけで学位を取得できるコースがあり、全学的には語学以外に800以上の英語による講義を設けている。
    > 2008年に話題となった「日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で」で作者の水村美苗氏はインターネットで英語の地位は不動のものになったと指摘し、学問などで使える書き言葉としての日本語の未来に悲観的な展望を示した。
    > 明治の知識人が西洋の学術用語を大量に日本語に置き換えたため、日本人は自国語での学問が可能になった。英語による論文執筆や授業はこうした作業を不要とし、日本語を日常会話の言葉におとしめかねないというのが水村氏の主張だ。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2018/07/14 02:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    先日、フランス人のフランス語に対する意見を聞く機会がありました。

    英語は百年戦ってきた敵の国の言葉だから、
    フランス人は英語を理解できても、
    理解できないふりをするのだということでした。

    日本人には英語に対するあこがれしかありませんよね~~
    日本語が滅びるか、
    日本語の中に英語が共存するか・・・・


    【2018/07/19 09:47】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >日本人には英語に対するあこがれしかありませんよね~~
     この「憧れ」が盲目的で、何故そうなったのか謎でした。黒船ショックだけでは説明できない闇がありそうな。~そう云えば『諸君!』誌の最終号で、西尾先生が「闇の宗教」を持ち出してました(2009.6号P.236)。その印象がずっと尾を引いていたのかも。八年後にキルヒャーとライプニッツを見つけ、「これだ!」と直観しました。それが延いては、あの座談会記事への感想に通じます。「文盲である事の悦楽」が日本人を、歴史の遠い裏側から「近代的に」支配した。もはや言語の問題では済まない。アメリカの向こう側にヨーロッパがある。つまり日本人は明治の開国で、西洋文化全体と対峙してきた事になる。アメリカも英語も氷山の一角に過ぎない。もっと巨大なものが背後に控えて居る。

    >英語は百年戦ってきた敵の国の言葉だから、
    >フランス人は英語を理解できても、
    >理解できないふりをするのだということでした。
    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1407074.htm
     次の高校学習指導要領解説(↑)がPDFで公表され、国語と書道のを何百頁か一気に読んだら眩暈で頭くらくら難儀した。国語では書写への言及が何度か出てくる。選択の「古典探究」かと思ったら必修「言語文化」の方だった。未履修問題(2006以降)で形骸化が露見した中学書写は国語の枠内で丼勘定だったから、同様の事態が起こっても高校書写の補講には至らないのだろう。決定打は大学入試での出題だが、変体仮名や草書の出てくる原文読解がないと余り期待できそうにない。読めないふりをするのではなく、本当に読めなくなってから久しい。そこがフランス人と大きく違うのかも?
    【2018/07/23 20:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    どんどん日本語(昔の)が読めなくなっていくのですね。

    なんだか悲しいです。

    私など、祖父の手紙さえ読めない。
    国語がガラッと変わったからですよね。

    中国も漢字が簡略化されていて、
    古い漢字が読めないとか・・・・。
    【2018/07/23 22:14】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >中国も漢字が簡略化されていて、
    >古い漢字が読めないとか・・・・。
     活字基準の繁体字(台)と簡体字(中)と新字体(日)は、どことなく切断されて見えるかも知れません。しかし書字基準の多様性には昔から培われてきた面/歴史があり、それを活字化する際に書字の痕跡が識字の意識/イメージから失われていった。中でも簡体字は「草書の楷書化」を基幹とするケースが日本より多く、また繁体/旧字の方も唐代には「篆書の楷書化」による書字規範/書写体からの乖離モデルが構築されつつあった。それらを書字側に引き戻す機能が予め草略書体には内蔵されていたと思ってます。活字体の差異は畢竟どっちもどっちで、一概に旧字の方が正しいとは云えない筈。

    (近況)
     ここ一月ほど右耳手前の筋肉(咬筋?)が腫れ、7.17頃からは碌に食事を摂れなくなった。レトルトのお粥は二日に分けるのが精々で、二日目にスプーン三杯ほど食べたら頭よろめき、額からは汗が噴き出した。布団で安静にしても落ち着かない。未経験の低血糖かと疑い、取り敢えずジュースを飲んだら暫くして元に戻った。やっと腫れが収まりかけたら転んでテレビに肩を打った。翌日また転んだ。今度は左耳下の付け根が裂けたので病院で縫った(7.25)。右の次は左の耳。なんてこった。
    http://tsvocalschool.com/classic/mi-chiamano/
     病院探しでは婆様が電話をかけた。最初の所は(耳なのに)「頭を打った」と説明し始め「脳神経科に行け」と断られた。何事も婆様は肝腎の話になるまでが長く、昔から簡潔な説明が出来ない。…戦前の田舎では優秀な子供だったそうな。もしや国語でそうなったのでは。事実を物語の様に脚色するのが上手で評価されたのなら合点がいく。(或いは吉田清治の場合も?)
    【2018/07/27 23:20】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (試験雑感)
     このところ東京医大の入試に纏わる点数調整の話が取り沙汰されているが、苹のだって見方次第ではどう映るか分からない。あちらが男と女の差別なら、こちらは技能と知識の差別(?)。~在職当時、パソコンの表計算ソフト(ロータス123)で生点に係数をかけ、実技とペーパーテストの割合を全員分「極めて恣意的に」一律調整した。基本は取り敢えず半々だが、一方に偏る事はある。いくら実技で模倣が上手くても、学力も識字力も伴わない儘では話にならない。でも世間が「読めなくてよい」とするなら、そんな教育もまた望まれたりはするのだろう。実技だけで成績評価する高校が殆どの様な気もするし…今はどうだか知らないが。
     学期毎の成績評価が著しく(?)変動する事に、校長が疑念を持った。大抵の教科はそうならない。原因は明白。あたしゃ授業内でペーパーテストを実施し続けてきたからだ。実技だけなら上手下手がスッパリ分かれ、座学同様の純粋性ゆえに成績分布は「安定/固定する」だろう。…その後、音楽教諭が「定期考査をやらないか」と誘ってきたので即座に乗った。以後は芸術科目でも定期考査が実施された。しかし実技でも臨書と篆刻は「絵画と彫刻」くらい懸隔があるのだし、成績が連動=固定したら却って不自然となる面がある。そこに知識を問う出題が加わる。片や主要教科側では受験/偏差値属性が普及した所為か、鈍感で慣例的な学力把握の恒常性に依存するのが普通らしい。そんなパターンから外れると奇異に見える。
     …受験の呪縛か限界か。芸術科目は差し当たり存在自体が規格外の反則(?)に見えるとしても、受験医学と実践医療の混同めいた要素が絡む場合、芸術と似通った構造下にありながらも質的には孤高の場に於てのみ語られてくるかの様に思えてしまう。そんな世間を観察すると自然、苹には奇矯な妄想が湧いてくる。(←いつもの事だ…)
     いっそ医学部入試で科目内の実技的領域「も」試験すればどうか。…たぶん出来ない。従来型の受験対応で双方とも忙しく、高卒の段階では無理かも知れない。だからこそ入試に半年か一年か二年くらい時間をかけて、一次試験と二次試験の間をたっぷり空ける。丁稚みたいに仮入学の扱いとする場合は取り敢えず教えてみて、適性などをじっくり見極めた頃に本番の二次試験がやってくる(進路変更する学生、どれくらい居るかな?)。
     素人頭では精々ここまで。後はセレブ奥様など、関係者界隈からの知見が要る。(偶々こんなのを見た…「院長推薦夜話」所収、「医学部二年生ギリギリ悪戦苦闘記」↓)
    http://kuramochi-lc.com/
     その他、こんな論説も見た(↓)。
    ●【東京医大問題】本質は医師のブラック労働環境 医師の視点 中山祐次郎 | 一介の外科医 8/3(金) 10:53
    https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20180803-00091762/
     性差別と適性差別を同じ「差別」(区別?)の枠組に括り、言葉を「男女差別」に還元すると差別らしく見えてくる。それと似た出来事が昔あった気がするなぁ…。
    【2018/08/07 02:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    アメリカの大学では黒人などを優遇するそうですよね。

    それって逆差別。

    うちの旦那様は、女医が増えると困ると言います。
    東京女子医大は最初から男子を差別しています。
    東京男子医大にすればいいのかも・・・・・。
    【2018/08/08 21:25】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (不正と差別)
     機会の平等、結果の平等。どちらか踏み外すと差別に直面しがちだが、平等(不平等)や差別の機会と結果それぞれ因果関係は要るのだろうか。不平等もしくは不公平だからと云って差別の枠組に持ち込みたがるのは些か性急な気がするものの、さりとて差別を解消すれば現実の不平等/不公平がなくなるとは限らない。不均衡/非効率を解消しようとしたら不平等/不公平が生まれ、焙り出せば差別がつくられたりする。
     規則で差別が定められている場合、差別しないと不正になる。前稿冒頭では点数調整と書いたが、センター試験には得点調整がある。差別的入試が不正か否かはともかく、成績下位者が切り捨てられる事(足切り?)はあっても上位者の排除は考えにくく、差別の影響を被るのは成績下位者となる。また真の無差別は全入制で、入試/競争の意味がない。ならば評価と競争は?…評価「される」のと競争「する」のと。大学ばかりでなく高校にも通用する話だが、なぜか高校では生徒全員の卒業が殆ど。評価する立場の先生が怠けているのか。暗黙の諒解/空気で怠慢が要請される場合、怠慢でないと「不正になる」?
     差し当たっては文科省の「不正」が医学部入試の「差別」を焙り出した形に見えるとして、恰も入口と出口の様な関係性の前後/順列は結構いかがわしい。何かを糺せば何かが改善されるかの様な「閉じた系」の出来事は、系の外に「はみ出た」際にも通用する因果たり得るだろうか。外的要因は予め「系を開く」。そこから系が揺さぶられ、破綻し、補修される。野生の現実は免疫的模索を要請するが、時に免疫は手段を問わない様に見える。中には自分を自分が攻撃する場合だってあるらしい。上位者と下位者の間に潜在する競争への欲望が、却って自分(女同士?男女間?)の未来/現実を滅ぼす可能性はないか。
     取り敢えず、今夜はここまで。

    >うちの旦那様は、女医が増えると困ると言います。
     二年生手記の次に、四年生から現場までの話を持ち出しました。前稿末のリンク、旦那様にも御覧いただけましたかねぇ(前者のリンクでは、他にも「院長夜話」所収「その5 – 安産日記24時」後半とか)。こうした現場の声を読まず、素人の印象だけで「差別よくない」へと短絡したり否定したりする気には到底なれませんでした。~留年を怠惰と短絡するのは偏見で、むしろ思索や研究の方が相性はよい事なども含めて。
     「東京男子医大にすればいいのかも」で思い浮かべるのは戦前でござんす。先日ショッカーのネタで出した青森高校は旧制の青森中学校と青森高等女学校が前身で、戦後いったん青森高等学校と青森女子高等学校となった後、すぐ統合されて今の共学校となった。ここの場合はwikiを見ると下記の通り。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >1996年(平成8年)- 青森県教育委員会による入学試験での男女枠撤廃に伴い、青森高校も入試での男女枠撤廃。(撤廃以前は学年における男女比がおよそ3:1であった。)
    --------------------------------------------------------------------------------
     この「男女枠」という言葉が、どうも気になってくる。
    【2018/08/11 20:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    よく、女医さんの三割は結婚できず、
    三割は離婚し、
    まとも?なのは残りっていいますよね。

    【2018/08/14 20:41】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (転んだ耳裂け男~その後)
    「私って、綺麗?」(←こっちは昔懐かし口裂け女)
     …社中に入試はない。男女枠もない。その数は定かならず、レベルはピンからキリまである。影響範囲は幼稚園から大学修士課程まで幅広く、公的組織の裏方に徹しつつ人材を送り込む。門人は女性が多いらしく、その活躍は目覚ましい。しかし偶々こんな写真(↓)を見た時は…繊細な男心に深く鈍い衝撃を受けた。群がる和装老女達の「うさみみ」姿に、ひどく怯えてしまったのである。
    https://ameblo.jp/toyogaku/entry-10908555229.html
     あっしの耳は先月水曜以降、くっつかない所があるってんで月曜一針追加。前に縫った所は水曜抜糸したらしい(耳元チョキチョキ、音がした)。金曜は掛かり付け医に「糖尿はくっつきにくいかも」と言われ、土曜そう報告したら耳鼻科医も「それは感じてた」そうで、次の金曜には全部縫い直す羽目に。お盆が過ぎて金曜抜糸、「あと一回、月曜に来て下さい」だそうな(つまり明日)。
     ところで~セレブ奥様の旦那様が「段差を降りていて、転んだ」のは昨年で、西尾先生が「路上で二度ころんだ」のは十一年前との事(↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2068.html
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=681
     七月分の「日録」によると西尾先生、牛久の大仏を見に行ったとか。写真のは「転ばぬ先の杖」(?)らしく、うちの爺様用に買った百円均一そっくりの形。あれが水戸黄門みたいなのだったら…で思い出したのは北川博邦センセの写真。白い髭のジジイと並んで歩くは、髪のない(以下略↓)…世の中には、あんな杖の似合う人が居るものなんだなあ。
    http://www.shodo.co.jp/blog/hidai2018/2018/04/10/post-310/
     そこの冒頭リンクを覗くと昔、西川寧と巻菱湖の争奪戦(?)をしたとやら。~あっしの場合は某競書誌学童版の渋谷有康「近世習字教育のあゆみ」長期連載が菱湖ネタの出所で、子供心に「将来これは役立つ」と直観した。社中(と云うより通信教育団体か)有難や…例えば中学生向けの一文(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > この碑の最後の行に「天保七年(一八三六)三月」とあります。天保の大飢饉がまだ続いていた年ですが、この年は秋巌が数え年の三十四歳に当たり、市河米庵がまとめた「墨林奇標」という本の版下を書きあげた年でもあります。まだ秋巌が江戸の浅草開運不動地内に住んでいたころのことですが、秋巌の師の巻 菱湖が、今も埼玉県入間市の出雲祝神社の社殿うらに立っている「重闢茶場碑(重ねて茶場を闢くの碑)」を揮毫したのもこの年のことです。推測の域を出ませんが、この「西新井総持寺碑記」も、当時第一級の書者たる菱湖に先ず白羽の矢が立ったが、菱湖の都合が付かず、その推薦によって弟子の秋巌が筆をとることになったのではないかと思われないでもありません。菱湖の弟子には、当時数え年三十八歳の生方鼎斎や三十六歳の大竹蔣塘がおり、それぞれが菱湖の推薦で石碑の揮毫を任されるということがあったと思われますから、三十四歳の秋巌も、そのような兄弟弟子に負けぬよう真剣な態度でこの碑文の揮毫に当たったものと思います。
    --------------------------------------------------------------------------------
     こんな調子で、話は埼玉県川越の川越不動境内「威稜徳潤碑」や東京台東区の谷中霊園「北林先生墓表」といった秋巌書碑へと繋がっていく。鎌倉宮碑を見た数年後に読んだ筈。中卒後も「読みたい」との要望に応えてくれた書塾の師匠には、あらためて感謝(合掌)。
    【2018/08/19 08:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    耳、痛そうですね。
    はやくくっつくといいですね。

    うさ耳、女って、馬鹿ですよね。
    でもわたし、父がライオンズクラブに入っていて、
    そこに連れていかれた時に、
    いい大人が「うぉ~」とライオンの声をだしているのに、
    ばかみたいと思ったものです。

    最近西尾先生、スクワットをし始めて、
    杖なしでも歩けるようになったらしいですよ。
    【2018/08/24 23:48】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (承前~備忘録)
     北川先生絡みの検索中に見つけた、天来書院「酔中夢書」ブログ記事(↓)。
    http://www.shodo.co.jp/blog/hidai2018/2018/06/13/post-509/
    --------------------------------------------------------------------------------
    >臨書
    >2018年6月13日
    >現代日本の書道界では、書の学び方の基本は「臨書」です。
    >ウェブの辞書では、「臨書」は「書道で、手本を見ながら字を書くこと。また、そのようにして書いた書」とあります。でも、先生のお手本を見ながら学ぶことを「臨書」とは言いません。手本はあくまでも「古典」です。つまり「臨書」とは、中国や日本の書の古典を手本として学ぶことなのです。
    >まずは、「古典の臨書」がいつ頃から書道教育の場で行われてきたのか、歴史をさかのぼってみましょう。
    >時は大正5年、中学校の書道の先生になるための資格試験が行われています。受験生は、成績がよく、字が上手い学生たちですが、「古典の臨書」まで勉強する必要はないと教えられてきました。ところが、実際に受験してみると、口頭試験に古碑帖(古い碑や法帖)の鑑識が加わっていたのです。
    >話が違う! 受験生はパニックです。
    >試験の内容を決めたのは比田井天来。天来は、大正4年に東京高等師範学校に習字科が創設されてその初代講師となり、翌5年に内閣教員検定委員となりました。それまでの検定委員はドイツ文学の菅虎雄や国文学の岡田正之など、学識経験者がつとめていたので、書の専門家が任命されたのは初めてです。
    >大正5年の文検について、野本白雲はこう書いています。
    > 翁が、文部省の検定委員になられると、口頭試験に突如としての鑑定をなさしめたのである。それまでの文検はただ小器用に文字を書けば能事おわれりとしていたのであった。中等学校の習字科の教員がかくの如きことではどうにもならんというわけで、古法帖の臨書も課し、これの鑑定までもなさしめるようにしたのである。このことが今日の書道向上にどれほど効果があったか、いわずして知りうるであろう。(中略)
    >そこで面白いことがあった。その頃文検受験生を養成していた某氏が、ある書道雑誌の記者の需めに応じて、(中略) 文検には古法帖まで手を延す必要はないと、断言したのである。その記事の出た翌日に文検があり、しかも天来翁の改革意見によって突然古法帖の臨書が試験されたのであった。実に気の毒でもあり、一面愉快でもあった。(『書道』)
    >この証言によって、それまで重視されていなかった古典臨書が、天来によって初めて表舞台に立ったことがわかります。ではなぜ、古碑帖の鑑識が重要なのでしょう。
    >「いやしくも趣味としまた芸術として書を学ぶ者は、先生につくのもよいが、先生の流儀に固着してしまってはよくない。先生についても、その将来の手本とするものは古法帖および古碑版でなければ大成することはできない。」(比田井天来)
    >先生の手本を学ぶことの弊害はほかにもあります。
    >弟子が先生のまねをすると、必ず先生以下の実力しか持つことができない。さらにその弟子の実力はそれ以下になるから、日本の書のレベルはどんどん下がってしまう。これをくいとめ、書が優れた芸術になるためには、古典の臨書しかない。
    >大正8年、天来は書の総合的研究機関の構想である「書学院建設趣旨書」を発表しました。原文は文語体なので、要点を現代語訳してみましょう。
    > 書は昔から東洋で尊重されている。優れた書は、作者の心が芸術的に美化されて点画の中で活躍し、見る人の心と共鳴して高遠な妙境に導き、俗世間から超越できる。さらにこれを学べば、心は霊妙な暗示を得、いかに偉大な感化を受けることであろう。
    > 一時期書道が衰退した理由は二つある。一つは人間がこざかしく誠意に欠けたこと。もう一つは細かい流派に分かれ、書の大海を忘れてしまったことだ。書の大海とは歴代の古典名品である。ああ、流派はなんと我が文芸に害毒を与えてきたことだろう。今こそ従来の弊害を打破し、書道研究の一大革新をはかる時だ。誰でも歴代大家の劇蹟を閲覧でき、自由に古典を選んで学べる研究所として書学院建設の急務を絶叫するものである。(天来)
    >天来の考えた古典の臨書。それは当時の書家だけでなく、日本の伝統を大切にする政治家や文化人にも支持されました。
    >では、天来が考えていたのは「古典の臨書」とはどのようなものだったのでしょう。次回は臨書の意味と方法について書きたいと思います。
    --------------------------------------------------------------------------------

     大正五年(1916)以降の書教育周辺事情がよく読み取れる(↑)。しかし見方次第では、そこに問題があるとも云える。古典中心の学び方や教え方が相変わらず続く百年の、ごく初期段階から急速に師匠の役割が古典と実用との間で揺らぎ始めた。のみならず古典への傾注姿勢が戦前からエスカレートし、戦後になると実用性軽視(←国語との共犯)の流れに基づく「浮いた領分」を古典臨書が独占する様になった。つまり実用の近代史を無視した結果、古代史に偏向した実技教育が半世紀に亘り行われた形になる。それがやがて平成に入ると、今度は予め近代と現代の分断を前提した「漢字仮名交じり書」が古典(漢字・仮名)との二本立て(三本立て)形式で重視されてくる。
     書道側から見れば文字には機能的固定性と形態的流動性が認められるが、それを形態的固定性と機能的流動性に置き換え考えてきた節が西洋的な言語研究には疑われる。具体例を挙げると、例えば漢字と仮名は機能的固定性により識別されるが、その形態は仮名の場合、楷書に近いものから草書以上に草略したものまで幅広く且つ流動的である(漢字の場合は更に前史がある)。他方、具体的な史料は「動かない歴史」としての固定性を体現するが、その連続は一般に「言葉は時代によって変化する」ものと捉えられよう。また思考は言葉を生成する一方、言葉は思考を紡ぎ出した後に固定する。となると言葉はどのみち文字の固定性に依存するが、それが機能的か形態的かは別の話で、グーテンベルク以降の識字における質的変化を巻き込まざるを得なくなる筈。
     元が同じ字源である以上、漢字と仮名は見分けが付かなくて当然とも云える。それを機能変化(質的変化)で克服/見分けてきたのが日本語書記史の実相ではあったが、活字時代に入ると事情が一変、書字の来歴を必要とせぬまま視覚的にも機能的にも印字されたものを画一的に読字する仕方が主流となってくる。古典と活字の挟み撃ちで実用書字が「伝統生活の死」へと追い込まれ、概ね読めない国民ばかりとなった後に書道側が提示したのは、草略も連綿もしない/してはいけない「漢字仮名交じり書」教育であった。
     勿論「誤解してはいけない」。古典臨書に弊害があるのではなく、実用書教育(基礎以前の基礎)が欠如した所に弊害の根因が生ずる。むろん実用書/師匠の字だけ学んでも構わないし、今なお無害かつ有益である(今や実用には向かないが)。文検を受けて教員になるなら「それだけではいけない」とする意味だったのが学校教育では早々に破綻、代わりに古典教育を担ったのは民間書塾の方だった。~以下は実例証言。1992.4発行の墨スペシャル11『文房四宝のすべて』(芸術新聞社)P.106、奥本大三郎「蒐集の捷径」より。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 私は昭和十九年の生まれで、書道に関しては、学校ではちゃんとした教育は受けていない。お習字の時間はあったけれど、恩知らずを承知で言ってしまえば、私たちにお習字を教えてくれた先生方自身が、あんまり字が上手でなかった。お手本の文句も、つまらない言葉ばかり、手を墨で汚して叱られながら、「世界の平和」とか「自由、平等、博愛」などと書いていてもちっとも楽しくなかった。
    > 高等学校では、漢文の先生が居ないというので習字をやらされた。その時のお手本が欧陽詢の九成宮醴泉銘で、いつまで見ていても飽きない、いい字だと思った。それで、一生懸命になってそのまねをして書くと、先生に直される。しかしその先生の字そのものは欧陽詢とは似ても似つかぬ普通の日本人の書く字なのである。そうして、「打ち込みが」、とか、「ハネが」とか、そんなことばかりを注意する。そのとき先生が私に言った、「なんや、文人の字みたいやな、ハハハ」という言葉が、私の中で今だに引っかかっている。
    --------------------------------------------------------------------------------
     似たり寄ったりの記録は終戦直後ばかりでなく、それ以前からのを見た覚えがある。翠軒教科書時代、既にそうなりかけていた。
    【2018/09/01 21:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (承前~補遺)
     …それにしても前稿末尾の証言例、欧陽詢という文人の書を学ばせて「なんや、文人の字みたいやな、ハハハ」とは…(絶句)。ここまでくると打ち込みやハネへの回帰、言い換えるなら「古典からの離脱」が古典教育の目的だった様にさえ思えてくる。
     天来の時代は硬筆の普及が進み、学校教育での毛筆廃止論が取り沙汰されつつあった。そんな最中に古典の重要性を唱導する意義は、足腰の弱り始めた実用書字(御家流や唐様に由来)を鍛え直す上でも役立つ筈だったろう。天来は先ず師匠/教員の質を高めようとした。「趣味としまた芸術として書を学ぶ者」が「先生につくのもよい」。ただ「先生の流儀に固着してしまってはよくない」だけで、実用(俗)の基礎を維持しつつ古典(雅)を上乗せすれば問題はない。実用書字なら誰でも読み書き出来るのが当たり前の場合、もちろん上手に越した事はない。そこに古典的風格が加わればなお宜しい。
     あくまで前提あっての話としては、こちら古典を書の本質と捉える人も居る。他方、苹の様な「基礎以前の基礎」を想定する向きは「本質以前の本質」にも遡るが、そこまでレベルを落とせば書道でなく書字の領分になる(読字を含む)。筆脈も書風も書字原理も総て読解/理解の対象となれば、今の書道~すなわち所謂「芸術」の立場がなくなるかも知れない。だから古典の優位性が手放せない?…となるなら、或る意味これは本末転倒となりかねない。読めない古典は前衛芸術と変わらない。古典芸術の概念自体が崩壊する。

    (余談~記憶発掘)
     以下は「2017/07/20 21:00」稿末。
    --------------------------------------------------------------------------------
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-2046.html#comment
    > 英語と云えば、先日こんなのも書いた(↑)。外人相手に(「私が」ではなく)「煙草が私を吸う」と言いたくなった元ネタ/記憶が、今夜の検索で判明した。昔どこかで読んだコレだった(↓)。まさか動画が残ってるとは思わなんだ。カラヤンがドイツ語で喋ってる。字幕は英語。
    http://wjf-project.info/blog-entry-493.html
    --------------------------------------------------------------------------------
     これがどうやら記憶違いに近かったらしい。更に遡ると、それよりずっと古く根深いのがあった。~前々から何度も読み飛ばしてきた蘇軾「次韻して舒教授余の蔵する所の墨を観るに答う」詩に、「人、墨を磨るに非ず、墨、人を磨る」とある。子供の頃から見慣れてきたので、いつしか気にも留めなくなっていた。墨運堂の墨「玄元靈氣」の裏側に「非人磨墨々磨人」とある。元ネタはコレかァと思ったきり忘れていた。中学時代、初めて買った墨だった。書塾の師匠は「墨精」を使っていたが、ちと高いので少し安い方にした。
     生活の中には色々な言葉が潜んで居る。これもその一つで、「墨が人を磨る」なんて普通は考えない筈。しかし見慣れると自然「煙草が私を吸う」と表現しても違和感がなくなるし、先にカラヤンを思い出すと古い方の言葉は記憶の奥深くに埋もれる。…巷のオッサンには飲むと愚痴々々こぼすタイプが居る模様。昔の事をいつまでもネチネチ根に持たれたら、周囲はさぞかしウンザリするだろう。しかし苹の場合は単に黙って身体硬直するだけだから、たぶん気味悪がられる程度で済む…(ボソッ)。
    http://boku-undo.co.jp/story/st5.html
     「2018/07/03 00:41」稿末では朱墨動画に触れた。~ふと世紀末の篆刻授業(印稿)を思い出す。家では二挺掛け回転式の墨磨機を二十四時間稼働、生徒全員に濃厚なのをスプーン一杯ずつ振る舞ったけれど、それでも足りなくて職員室で鬼の様に磨墨した。こうなると硯との相性が重要になってくる。困っていると恰好の新端渓麻子坑が見つかった。石は実測147長、97幅と小振りながらも40mm極厚の重量級で、安定感も使い心地も抜群。あれで木下照僊堂の本朱「照龍」を幾つ使い切った事か。生徒に本物の体験は必要な筈だが、或いは贅沢の度が過ぎる授業だったかも知れない。因みに硯匣は硯側が丸出しで、時には硯にセクシーなビキニ姿を妄想した事も(おっと…以下略)
    http://www.kinoshitashousendou.co.jp/
    【2018/09/09 23:16】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録)
    http://www.sankei.com/sports/news/180920/spo1809200009-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2018.9.20 10:41更新
    >【舞の海の相撲俵論】
    >指導とは何か 
    >(1/2ページ) .
    > 「熱があるから休ませてください」「熱があるのは生きている証拠だよ」と言いくるめられた。「首が痛いので休ませてください」「もげてないから大丈夫だよ」と一蹴された。稽古で耳が裂けて縫っても、ラグビー部からヘッドギアを借りてこさせ、「これをかぶって稽古しろ」。
    > 不思議なことに、稽古をやらされるとできてしまう。青森県立木造高校相撲部顧問の岩城徹先生は、苦しいことから逃げたい、少しでも楽をしたいという私の甘えを見透かしていた。
    > 先生との出会いは中学2年のスキー場。「うちで相撲をやらないか」と声をかけられた。私が相撲をとっていることを知っていて、軽い気持ちで言ったのだろう、と本気では受け取らなかった。
    > 中学3年になると、周りの仲間から、あちこちの強豪校にスカウトされているという話を聞かされた。当時私は体重60キロ前後。身体の小さい自分にはどうせ誘いはない、とは思っていたが心は傷ついた。
    > 虫の声が聞こえ始めた秋の夜。一升瓶を片手に両親を訪ねてきた人がいた。岩城先生だった。二階に上がろうと階段に足をかけたとき、障子の向こうから声が漏れてきた。「秀平君をうちの高校に欲しい」。こんな小さな自分に目をかけてくれていたのか。心が震えた。
    > 短髪に鋭い目つきで、がっちりした体格。厳しい指導で「鬼の岩城」と恐れられていた。その情熱は、高校最後の全国大会で団体3位、私を個人準優勝に導き、苦しみに耐え、勝つことの喜びを教えてくれた。名将と呼ばれるゆえんは、それだけではなかった。
    > 高校3年の夏休み。先生から聞かれた。「お前の兄貴は大学を卒業できるのか」。4歳離れた兄は留年することが決まっていた。「何やってんだ。だらしねえな」。その言葉の真意が分かったのは数カ月後だった。
    > 日大への進学が決まった直後、一通の書面を渡された。奨学金をもらえる手はずを整えてくれていたのだった。あのとき兄のことを聞いたのはそういうことだったのか。同時に3きょうだいが東京で大学生活を送ることになるわが家。そんな事情まで案じてくれた温かい“おせっかい”に胸が熱くなった。
    > 岩城先生は今年で74歳になる。毎年正月には教え子たちが先生の家に集う。酒を酌み交わし、盛り上がる思い出話は、先生にしごかれ、鍛えてもらった青春の日々。今になって思う。先生は相撲を通して強く生きる力を教えようとしたのではないか。30年経っても感謝の気持ちは深まるばかりだ。(元小結 舞の海秀平)
    --------------------------------------------------------------------------------

     「2018/04/22 18:09」稿末で触れた岩城先生の実名が出て驚いたが、また嬉しくもあった。二十年前の風貌を思い出し「さもありなん」と…だからこそ勝負の真剣味を踏まえた覚悟の話には在職当時、あたしゃ真っ正面から戸惑ったりもした。しかし少々まともに受け取り過ぎた(警戒し過ぎた?)かも知れない。青森県での常識を観察すると書道は学問扱いでなく、むしろ「相撲に近い」(?)精神文化/鍛錬の印象が垣間見られるからだ。そこが江戸時代と根本的に異なる。私が飲み会で涙ながらに応対したのは、後にも先にも岩城先生ただ一人だった。書道を学問の端くれとする見方は今も昔も変わらない。
     人が技を磨くのではなく、技が人を磨いたのかもな…と舞の海関を見て思う事がある。蓄えられた諸々の技は教養と似て、背後に研究が要る。実験に相当するかに見えるのは稽古で、多くの失敗や試行錯誤から成果が生まれる事もあるだろう。たとい何十年かかろうとも諦めさえしなければ。
    【2018/09/23 07:43】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録)
     十年前のグランドデザイン会議(高校統廃合の話)については「2018/05/04 12:37」稿で再録した通り。その後の成り行きも、そこそこ気になっては居る。

    https://www.sankei.com/life/news/181006/lif1810060037-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2018.10.6 20:14更新
    >進まぬ学校の統廃合 欠ける子供ファースト
    >(1/2ページ) .
    > 学校の統廃合が進まない背景には、地方では学校が防災や地域の交流拠点となっているほか、母校を失うことへの強い抵抗感などがある。ただ、子供たちの教育という観点からはデメリットも多く、“子供ファースト”の観点で議論を進めることが求められている。
    > 学校の統廃合が進んでいないことについて文教大の葉養(はよう)正明教授(教育行政学)は「地方では学校の存廃は選挙の公約になるほど重要な問題で、簡単ではない」と話す。特に人口が少ない市町村では、課外活動の中で子供たちが地元のお年寄りと交流することも多く、都市部に比べて地域社会とのつながりも深い。地域で学校の存廃が議論となっても「存続」を求める声が多数を占めるため、首長や地元議員も後ろ向きになりがちだ。
    > ただ、教育的な観点からはデメリットも多い。1学年に1学級しかなければ、クラス替えはなく、卒業まで同じメンバーで過ごすことになる。新たな人間関係を形成する機会が乏しいほか、いじめなどが発生しても、クラスを引き離すなどの対処ができなくなる。クラブ活動や部活動の種類も制限され、配置される教員数も少なく、中学では専門外の教科を教えることも起こりうる。
    > 財政面でも非効率だ。本来は地域で1校が適正なのに、複数あれば、それぞれに教員を配置する必要があるほか、施設の維持費なども余分にかかる。SMBC日興証券の末沢豪謙(ひでのり)金融財政アナリストは「完全にコスト倒れを起こしている学校がいくつもある。財政負担が上がり、教育の質は下がるという最悪の状況で、子供ファーストに全然なっていない」と指摘する。
    > 統廃合をした際に懸念されるのは、通学の距離や時間が伸びる点だ。国も適切な通学時間を「おおむね1時間以内」としている。ただ財務省が昨年、全国の小規模学校(児童・生徒数が30人以下)を対象に調査したところ、最も近い学校と統廃合すると仮定した場合の想定通学時間は、8割以上の学校が1時間未満だった。1時間を超える場合でも、スクールバスの導入などで問題の解消は可能だという。(蕎麦谷里志)
    --------------------------------------------------------------------------------

    https://www.sankei.com/politics/news/181006/plt1810060021-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2018.10.6 22:59更新
    >「適正規模」満たない公立中5割超 進まぬ統廃合、小学校も4割超
    > 少子化が進む一方、学校の統廃合が不十分で、文部科学省が適正規模とする水準(12~18学級)に満たない公立中学校が5割を超えていることが6日、分かった。平成の約30年間で1割も増加しており、公立小学校も4割を超える高水準で高止まりしている。学級数が少ないと集団生活を身につけるための機会が減るなど教育の質の面で課題があるほか、財政面でも非効率となる。
    > 適正規模は子供たちが多様な考えに触れ、協調性を育める環境を整える観点から決められており、文科省は小中学校とも全学年で計12~18学級としている。
    > しかし、文科省の学校基本調査によると、平成29年、全国に1万9538校(休校を除く)ある公立小学校の44%に当たる8606校が、9394校(同)ある公立中学校の51・1%に当たる4806校が、適正規模の下限である12学級に満たない学級数だった。このうち小学校では1905校が、中学校では188校が、複数の学年の児童・生徒が一緒に学ぶ複式学級になっている。
    > 平成に入ってからの経過をみると、小学校はおおむね同水準で推移しているが、中学は元年の41・8%から10ポイント増加していた。中学の方が分散して立地しており、統廃合が進みにくい実情があるとみられる。一方、昭和50年代は2700万人いた14歳までの年少人口は、平成27年には1500万人台に減少。さらに30年後は1千万人を割り込むと推計されている。
    > 小中学校で統廃合が進まないのは地元の反対が大きいことが主な理由だ。国も自治体などに統廃合や、近隣の学校と連携することなどを求めているが、学校の設置や運営は地方自治体に権限が与えられており、思うように進まない現状があるという。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2018/10/08 01:09】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (硯の話)
     まだ入学ガイダンス/オリエンテーションも始まっていない引っ越し早々、真っ先に調べたのが大学近辺の書道専門店だった。適当に行ってみたら大当たりで、卒業後の教員時代も色々お世話になった。時には興味深い硯が並んでいて、授業か文化祭で実物を見せるのに丁度良さそうな二面を衝動買いした事もある。値札には老坑硯とあった。
     その後の或る日、弘前の店を探して入ったら硯があった。尋ねてみたら「へえ、端渓持ってるのw」と小馬鹿にしたふうで埒があかない。田中文具(書道専門店)のあった頃が懐かしい。五所川原では驚きの巨大羊毫を見つけたし、木造では呉竹精昇堂の千寿墨などを買ったから、弘前にも何かあるだろうと期待したが幻滅した。近年は東京でも廃業が進んでいるらしい。神田の清雅堂が消えたのには愕然とした。
     このところ、硯をボーッと見ながら過ごす事が多くなってきた。桶谷秀昭先生ではないけれど、それなりに愛玩するのである。先生の「硯の自然な楽しみ方」稿は芸術新聞社1995.1『墨』112号P.40に載っている(以下稿末部分)。西尾先生の「江戸のダイナミズム」出版記念会記事(↓)にも名前が出ていたけれど、ふとした事から読み返すまで愛硯家とは気付かなんだ。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=554
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 硯といふものは使つてみて、或る年月がたつてそのよさがわかるといふ性質があるらしい。硯について西も東もわからない頃買つた端溪(と思ふ)の長方硯で、幾度も砥石をかけて酷使してやがて放つてあつたのが、ふと取り出してみると、いい紫色の石肌が沈着な風貌を帯びてゐるのを発見して、にはかに愛着の湧く経験をしたことがある。人は何といはうと、かういふ硯は大切にするべきだ。
    --------------------------------------------------------------------------------

     ところで中には、変態医者(?)としか思えないタイプの人も居る様だ。…こんな夫を持つ妻は、一体どんな心地なのかしら(稿末↓)。
    http://mayuzumi.com/suzuri5.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 硯癖とは云っても、私が硯集めをしたのは硯の石質に興味を覚えたからに他ならない。
    > 何事にも凝れば金がかかるのは世の常である。この硯癖を黙って許していた妻の協力がなければ成しえなかったことである。しかし硯を集めても一向に字がうまくならない自分に最近嫌気をさしている。集めた硯が今後いかなるところに流れていくかは、全く考えていない、私が生きている内は私のものである。硯は自ずから良人を選ぶという。字はうまくなれなかったが、これだけ大事に扱っているので、今は硯もこの私を許してくれていると思う。
    --------------------------------------------------------------------------------
     私にとって硯とは、恋人の亡骸(?)みたいなものである。当初の体重50kg。あんまり美味しそうに食べるので、調子こいてフランス料理や寿司など奮発したら二年後76kgになった。或る日「腰が抜けた」との事。えっちらおっちら近所の病院に運搬し(体力ないのでタクシー利用)、診察を終えて帰宅すると玄関先でへたり込み、開口一番「太り過ぎって言われた~」と泣きベソをかいていた。捨てられたのは翌年だったかな。在職時は女性の好みを聞かれたら「スリムな76キロ」と答えてきた。あれから何十年になるだろう、記憶には亡骸がある。硯は分厚く重い方がよい。(なんのこっちゃ)

     県費では無理だから校長の許可を得て私費徴収、世紀末さんざっぱら贅沢な教材を使っていたら、或る先生から貧困家庭の話をされた。見方は人それぞれなのだろう。例えば近所の売店、小筆は最低ランク500円で使いたくない代物。ところが250円の写巻系は苹自身が嬉々として使っている。古巣の店で現物吟味、百本単位で買い付け生徒にも売り捌いた。ただし任意。買わんでもよい。こちらとしては般若心経の課題で最善を尽くしたつもりだった。しかし使い古しの筆で充分とする見方もあるのだろう。
     学校の購買部から個人購入していたのを、集めた私費で一括購入する方式に切り替えた。紙も墨も三割以上の割引価格になる。すると別の先生から「自分の物は自分で」云々との意見が出た。小売は高くつくのにねぇ。また丼勘定では貧乏人や努力家が得をして、怠け者が損をする形となりがちだ。こんな不平等ってあるかい(苦笑)。もしかしたら貧乏人は分相応であらねばならぬのかも知れないし、また学校の購買部は個人購入で上乗せした利益を従来通り学校/後援会に上納すべきなのかも知れない。その辺についての私的見解は差し控える。学校側にも色々と事情あっての事なのだろうから。
    【2018/10/15 20:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔>さん
    硯といえば、先日ぼんやりテレビを見ていたら、
    紫式部が使ったという硯の写真があって、
    二か所擦れるようになっていて、
    先の方に、擦った墨を入れるくぼみがありました。

    濃い色と薄い色に分けていたとか・・・・・。
    【2018/10/16 14:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (近況)
     …なかなか筆(打鍵)が進まず困っている。西尾先生の『あなたは自由か』も未入手、専らネットで宣伝や評判を見るばかり。自由や平等の話が出てくるとの事、ふと前稿末で「こんな不平等ってあるかい(苦笑)」と書いたのを思い出す。どちらも「不」字を付け加えると同質になる気がして「自由と不自由が平等に見えてくる」。~この話を展開する前に読んどかニャアとは思うものの、嘗て通った大規模書店が今では遠く感じられる。
     一昨年の入院中はトイレが遠かった。院内がやけに広く感じられた。少し元気になったら元の感覚に戻ったけれど、幼少時の距離感を追体験したかの様で不思議だった。そう云えば十年くらい前に婆様と買い出しに行った時、もうオッサンなのに「子ガモは親ガモの後ろを付いて歩くもんだ」と言ったら店の人が変な顔をしてたっけ。幾つになっても昔の感覚は甦るものらしい。自由/不自由は時空含みの距離感と関わりがあるのかも知れない。
     …相変わらず、硯を見つめながらボーッとして居る。wikiで確認すると、あの稿を書いた頃の桶谷先生は奥様と死別してたとか。硯は美しく、永遠のごときフィギュールでもある。水を垂らして撫で過ぎると手沢が付き、やがて硯までもが水を弾く様になる。…流水能清物外心。
    https://1000ya.isis.ne.jp/1302.html

    (憂さ晴らしのヒーリングBGM)
     早朝のBSで長々と「癒しのクラシック」CMが流れると、陳腐な曲ばかりで却ってイライラする。あたしゃヤッパリ偏屈なのだろうか。あの手の音楽なら時折こんなのとか(シノーポリ指揮マーラーsym.6、第四楽章は58:48以降↓)が好適な場合もあるだろうに?
    https://www.youtube.com/watch?v=RShCogAUuqI
    【2018/10/29 07:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (産経新聞との訣別?)
     会員登録とやらの手続きが面妖な新聞社の記事は総て見なくなって久しい。朝日も読売も毎日も、地元紙の東奥日報も全部そうなった(無料でも)。そこに産経が仲間入りする模様。西尾先生の「正論」稿も未登録では読めなくなる気配だが、それならただの「新聞離れ」でなく、ネットも含めた「新聞社離れ」になるだけだ。先生のは多分「日録」に出た時だけ読む事になる。そもそも会員登録とは何なのか分からない。だから私は拒絶する。後は5chでも見る事になるのだろう。尤も新聞の方が良質なのは分かって居るから、全文閲覧可能な記事にのみ期待する事となる(つまり「正論」欄などが読まれなくなるだけ)。

    (硯~挿話)
     検索中、偶々こんなのを見つけた(↓)。どうやら日本から流出した井上桂園(習字国定第五期/戦後の検定教科書を担った筆者)の旧蔵硯らしい?…焼失した筈なのに…ほんまかいな?
    http://www.sohu.com/a/141467138_725783
    【2018/11/05 12:43】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続~硯の話)
     西尾先生の蔵書が豊富な様に、仕事では相応の蓄積がないと対応できない。大学と高校の違いこそあれ…いや、学問水準としては格下の高校だからこそ、教員は背伸びしたくなるのが自然だろう。他校の或る書道教員は比田井天来の書(?)を蒐集・整理していた様だが、こちらは本物が怖くて複製しか手を出せなかった。それでも少しくらいは生徒に本物を体験させたい。自分が本物になれたら手っ取り早いのだろうが、こればかりは大学レベルでも難しいらしい。せめて生徒が数十年後に大成してくれたらとは思うものの、親から子への期待となると如何ばかりか。親心がどれだけ分かるかも分からない。余計な教育は却って有難迷惑かも知れない。
     親は教師に何を期待「できる」だろうか。それは正しい期待と云えるだろうか。教師のそれは専門的に「偏っている」のが常で、そこを長く遡って初めて、教育した時の自分が何をした/しなかった/出来た/出来なかったのか分かってくる事もある。しかし親とは本来無関係。あくまで教師と生徒のそれが基軸であり、基軸の根幹には教師ですら持て余すほどの遠くに学問が仄見える筈だ。もしPTAが関与するなら、ここ数十年は親も高学歴化したから教師の肩代わりをしてもよい筈だが、お互い仕事が忙しくて互助教育どころではない。高学歴老人も長生きが心配(?)で、それどころではなくなりつつある模様。
     或いは教員側が傍から忖度したりする。多くは書が読めない。それで構わないと皆が思う。読める様にしたところで喜ばれる訳ではない。しかし部活で上位入賞すればどうだか。素人校長が「うちでも書道パフォーマンスをやれ」と迫った気配のある高校を見ると、田舎の宣伝に担ぎ出されたりしている模様。書道のイメージが今そうなった。青森のテレビCMでは林檎のキャラクターが巨大筆を可愛く振り回す。私が昔アニメに着目したのは、偶々「少年アシベ」に同様のが出てきてからだった(1991.10.12放送「ゴマちゃんの書道教室」)。現物がないと洗硯会もないし、教室に書画骨董は並ばない。古典的な書道が淘汰される予兆は当時からあった。

     その昔、あたしゃ子供用の硯で墨を磨った事はない。~中学時代、ねだったらデパートの中国物産展で新端渓宋坑を買ってくれた。ところが例の墨運堂製「玄元靈氣」などを磨ったところ、本で読み夢想した「熱釜塗蝋」の感覚とは程遠い。磨り心地は高校末期以降ずっと愛用してきた麻子坑(262×170×25)の方がよく、教職時代は朱墨専用の極厚と共に重宝してきた。やがてクビになり引っ越したら、愛用硯に罅が入ったらしい。そこで生徒の観賞用に買った老坑一面(255×157×28)を初めて試した。最初はともかく、泥砥石をかけたら忽ち人相(硯相?)が凶悪化。余計な事をしたと後悔する一方、金線氷紋や五彩釘(←どちらも硯紋)には猜疑心が生じた。
    http://www.minase.co.jp/syouhin/suzuri/tankei/mikiri/main_roukou_seihin.htm
    http://diary.sousokou.jp/?eid=665
     最近ボーッと見つめているのは未使用の方(215×141×24)で、同じ老坑でも大字には向かない硯板。美しさに自ずと頭が惚けてくる気がする。~原産地では今世紀に入った頃、硯材の採掘自体が禁止されたとか。坑口を爆破し観光地化したとの話に驚き、あちこち検索すると新老坑の在庫は小硯が大半の様子。また習近平が主席に就任した頃から輸入品が軒並み高騰し始めたとも聞く。こちらの蔵硯サイズだと三倍以上は値上がりしたらしい(?)が、それにしては質がよく分からない。また日本では書道人口の動向がおかしく、中国人に高く売れると嬉しがる人(相続人?)が少なくない模様。もう昔ながらの文物が有難がられる時代ではないのかも知れない。
     そう思うと四半世紀前の財布には無駄遣いだったとしても、生徒に見せられそうな硯を入手した事に後悔はない。どのみち実物がなければ見せられなかった。当時なりに出来るだけの事はした。ただし外部評価とは関係がない。今はひたすら文章の工夫に専念しているが、それだけに百聞不如一見の限界、本物とは異なるヴァーチャル・リアリティの正体をいっそう本能的に感得できる。
    【2018/11/13 05:39】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/2127-ef0026eb