奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    河添恵子さん
    つくる会女子部と、美し国の共催で、
    河添さんの講演会があった。
    急きょ?呼ばれて上京して出席した。

    いやぁ~~~度胸のある女性だ~~~~

    zukan.jpg

    随分まえから、世界中を回り、
    世界中の国々の子供たちの状況を調べ、
    学研から図鑑を出しておられる。
    ものすごいハードスケジュールで、
    しかもまだメール環境があまり整わないなかで、
    相手国の学校や、政府や、
    いろいろと取材の交渉をして、
    一カ国のために三カ月準備がかかったそうだ。

    そういう海外経験が基本になっている。
    そして中国通~~~
    中国は共産党の一党支配と言われているけれど、
    内部では権力闘争が激しく、
    負けると刑務所か、不審死だそうで、
    習近平もすべての権力を握っているわけではない・・・と。

    女性なのに、辺野古を視察に行ったときは、
    左翼の人たちの方にずんずん分け入っていかれたとか。

    とにかく度胸がある。
    しかも、笑ったらすっごくチャーミング。

    kawasoe.jpg
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    【2017/07/11 22:14】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(18)
    この記事に対するコメント

    >奥様

    閑話休題・・・と言いますか、「東京電車物語」のスレッドが長くなったので、こちらに引越しします。
    ただしいきなり始めちゃうと、あまりにも「わがままあきんど」をふりまいちゃうので、川添さん話題から始めます。

    前にも川添さん話題がありましたが、私は色んな意味で川添さんのファンです。
    チャンネル桜でも華奢な身体で、並み居る大物パネラーに負けない持論を展開する様は、まるで普通の主婦が誰にも左右されずに、普通の感覚で意見する姿となって私に響いてきます。
    こうした感性が私は元々大好きで、なにかと頭の良さそうな女性群は、その精神性も実に逞しいいケースが多い中、川添さんはとてもそれには当てはまらず、こんな女性がどんどんこれから出てきてくれたらなぁと思います。

    そして、詳しくは存じていませんが、世界中の学校問題を徹底調査してますよね。
    こういった研究取り組みをされている方は、本当に少ないと思うんです。
    なにかの団体に頼って、慈善事業を前面に出した活動は多いと思いますが、本気でその調査に取り組む行動は稀有じゃないかと。

    私はこんなことをいつも思っています。
    子供の教育というのは、その国の経済レベルに並行して、適度な教育が為されることが理想ではないかと。
    何を言いたいかというと、経済格差というものがあることが人間の常識であるならば、教育だって格差が生じるのは避けられないわけで、そのバランスがかけ離れているとしたら、それは何かがおかしいと思うべきなのではないかと。

    ですから、例にして考えると、日本は間違いなく世界でも安定した経済国家ですから、それに見合った教育がなされていなければならない。
    イコール教育の無償化が云々ではなく、教育の質の問題です。果たして全科目がバランスよく為されているんだろうか、何かが極端に突出して熱心で、何かがあまりにも疎かになってはいないか、という観点です。
    もう何が言いたいかお分かりだと思います。
    つまり日本は極端に歴史認識が「幼稚」です。あるべき日本レベルに達していない。

    こんな尺度が川添さんなら簡単に比較可能だと思います。
    この武器はすごいですよ。誰もこれには追随できないでしょう。

    あんな華奢な身体にこんなすごいことが備わっている。
    そんなところに、実は私は奥様と川添さんが、少しダブって見える瞬間があるんです。

    次回「東京電車物語」、気分転換も含めてこのスレッドで書かせていただきます。
    【2017/07/11 23:46】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    訂正

    >川添さん
    河添さん
    【2017/07/11 23:47】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    「東京電車物語」を続けます。

    田舎から出てきた人間が、どのくらい経ったら東京人になるんだろう・・・そんなことを考えたことがある。
    東京にいるときの自分は田舎者で、田舎に時折帰ると自分は東京人だと感じてしまう。
    この複雑な心境はたぶん誰もが経験し感じていることに違いない。

    自分の移動手段が電車や地下鉄によって完全に保護されている町から、いきなり田舎に帰ると、あまりにもその手段が不便なことに改めて気づかされる。
    はたして東京の便利さが普通なのか、それとも田舎の不便さが普通なのか。

    しかし東京にも不便なところが何か所かある。
    私が向ヶ丘遊園地駅に住んでいるとき、そこと隣接していた登戸駅と交差する南武線は、都会とは思えないほど電車の本数が少なかった。当時はまだ国鉄と呼ばれていたこの路線。
    多摩川をなめるように走っている。

    でもこの路線、ある意味貴重な路線で、私鉄だったら絶対計画しないところを走っている。
    ほとんどの私鉄が都心に真っ直ぐ向かっているが、南武線は地方から地方を繋ぐ路線だ。
    都会という雑踏の中にポツンとそんざいするこの路線は、まるで田舎者が都心で道に迷い右往左往しているときに、そっと小声で「大丈夫だよ安心しな・・・慌てないでほら・・・」と、やさしく肩をたたいてくれるような路線だ。

    こんな路線を都会の田舎電車と決めつけて片付けてしまうか、それとも本当は自分は南武線みたいな存在なんだから、こういう路線が存在する意味は深いんだと認識するか、個人の視点によって、認識はいくらでも変わってくることを、当時の私は登戸の駅を通過するたびに感じていた。

    私は東京在住時間が長引くにつれて、かえって精神は田舎者である自分を意識するようになった。都会という空間が生む精神と、本来の田舎根性が交錯し始めたのだ。
    【2017/07/13 21:37】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    南武線・・・・溝の口で田園都市線と交差しております~~~

    そう、都会をわき目に、横?に走っていますよね。
    普通なら、一旦都心に出て、乗り換えてまた中心から外?へ行くところを、
    この南武線なら、上手に行けること、
    私も知っておりますぞ~~~

    河添さんと私は似ているところは背格好くらいです。
    すっごいパワーがある人ですよ。
    【2017/07/15 11:11】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    レスありがとうございます。

    奥様が感じるほどのパワーって、いったいどれくらいすごいの・・・と想像しちゃいました。
    南武線もそうなんですが、武蔵野線も埼玉千葉東京を結ぶ都会の田舎電車です。
    この二つの路線は東京という大都会を北と南で挟んで、まるでおむすびのように包み込んでいます。
    だからなのか、この二つの電車に乗ると、どこか心が温まるのかな。

    ヨーロッパのある時代、すべての道はローマに通じる・・・という有名な言葉があります。
    都市へと通じる道はこうあるべきだ・・・という概念がここから始まったということなんだろうか。
    本来どんな通路も整然と縦横がきれいに並んで結ばれていれば、とても便利だと思うのだが、どういうわけかほとんどの道は何かに吸い込まれるように一極に集中して配備される。
    日本人の気質から行けば、横と横の連携がもっとあってもおかしくないのでは・・・と思うのだが、東京やほかの大都市は、すべての道を吸い込むように引き寄せている。
    なにかの権力に吸い寄せられてしまうかのようなこの実態は何なのだろう。

    そんなことを考えている自分は、どこか普通ではないのだろうか。
    多摩川の橋を小田急線が通り過ぎるその電車の中で、私は都会に住んでいることの意義を考え始めていた。
    【2017/07/16 05:23】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    小田急線から市川まで通うのは、さすがにしんどいので、二年生の時に市川に移った。
    向ヶ丘に比べ市川は大きな街で、歴史のある街だ。
    考えてみると、自分はまだ東京に住んでいなかった。
    向ヶ丘は神奈川で市川は千葉である。
    どちらも川を挟んで東京に隣接する街だが、厳密には東京ではない。
    東京にももちろん住める場所はあるんだが、どういうわけか隣接する他県の方が若干住みよい感じがした。
    アパートの価格も若干違うイメージがあって、東京近郊の方が、暮らしが楽な感があった。

    実際東京都圏内のアパートの価格は、不思議なくらい高い。
    しかも中央線沿線は、どんなに西に行っても価格は高かった。
    しかも中央線は恐ろしいほど電車が混む路線で、とても田舎人には付いていけない路線だと思った。
    市川の暮らしは本当に良かった。
    街並みも良いしどこか田舎っぽい雰囲気もあって、私みたいないなかっぺには最適な街だった。

    アパートに隣接する駐車場は格好のキャッチボール広場で、大学の仲間とよくそれをやった。当時は子供の頃に戻ったような気分になれた。おそらく東京にはそんな空間がなかっただろうと思う。

    そうした環境から、就職に伴い初めて東京に住むことになる。
    会社の寮が東京一の田舎路線である、京成電鉄立石駅にあった。
    市川から立石はそう遠くはないが、この街はこんなに環境が変わるのか・・・と思うほどの、完全な下町だった。
    ところがこの街にはすごい魅力が満載だった。

    つづきはまた後ほど・・・。
    【2017/07/18 03:11】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    立石は完全な東京の下町だった。
    駅周辺にはやたらともつ煮込みの看板を掲げる一杯飲み屋が立ち並び、後で知ったのだが、立石はそうした店の聖地なんだそうだ。
    初めて入った店では、「オックステイル」というものがあった。牛のしっぽのズイを煮込んだものだった。とにかく「精肉」よりも「臓物」が豊富に存在する。
    ある店では牛のもろ生を出す店もある。
    それを食べるために並ぶ客もいるという。
    一日10人しか食せない、貴重な食材なんだそうだ。

    下町は不思議な空間があった。その昔は本当に重要な場所だったんだろうが、その当時はどちらかというと危ない場所のイメージがはっきりあった。
    もう今から30数年前の話だ。
    あぁ、自分はそんなに年を取ったんだなと、今振り返ると改めて思う。

    女房とはこの会社で出会い、寮も同じ建物で、しかも職場の部署も一緒だった。
    毎日一緒に働いているうちに、気持ちが通じるようになった。
    その女房は今、私がせこせこPCに書き込んでいる横で、すやすや寝ている。

    【2017/07/18 03:53】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    「初めて語る、女房に関して」

    私の嫁は今53歳です。
    初めてであったときは、二十歳の幼い少女でした。
    なにせいなかっぺなもんで。

    初めて逢ったときは正直何も感じなかったのですが、一緒に働いていると、情が移ったという、実に古典的な恋愛なんです。
    ところがその女房を恋する輩が社内で多いということに出っくわし、当時はなかなかその収集で苦労しました。
    いや、別に女房が飛び切り美人なわけではなく、たまたまそういうことがあったという話です。

    ここから本題に入ります。
    女房とは立石の寮に住んでいるときに自分の思いを告白しました。
    一番初めの彼女の反応はというと「えぇ、同じ職場で恋愛するってこと?」でした。
    どうやら、当時の彼女の理想は、他の職場にいる男性との恋愛が理想だったようです。

    最近その話を女房に確認したら、全くその時代の記憶がありませんでした。
    聞くだけ無駄でした。

    社会人二年目から、女房と一緒に、4.5畳のアパートに住むことになりました。
    場所は千石町。皆さんご存知ですか、この街。
    東京都のど真ん中に位置する、ど田舎です。
    巣鴨駅から徒歩7分の場所です。

    このアパートには色んな思い出があります。



    【2017/07/19 04:11】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    当時の千石は信じられないほどのど田舎で、スーパーすら存在しません。
    買い物は近くの小売店から買い付けるほかありません。
    そんな千石時代をこれから語ります。

    国道17号線を今の東京ドーム・・・当時は後楽園でしたが・・・から北上すると、千石という街に入る。
    そんな町の一角の古アパートを女房は借りることにした。
    その手伝いを私もして、二人で住み始めた。
    近くにお風呂屋さんがあって、そこが自分たちのくつろぎの場所だった。
    部屋は4.5畳、風呂屋に通う毎日、まるで「神田川」そのものだった。
    実際の神田川も、近くはないがそう遠くわないわけで、今考えると千石時代は一番私が幸せだった時代なのかもしれない。

    なるべく時代で自分を区切らないようにしようとは心がけているが、なにしろ女房と付き合い始めたばかりで、しかも同じ屋根の下で暮らし始めた時代なので、思い出は深い。

    池田の習わし・・・というわけではないが、私より数年上の従兄弟従姉妹連中は、その多くが大学時代から同棲して結婚するケースが多い。
    真剣に付き合っている仲なら、それを拒む理由はないという感覚が多かった。

    逆に付き合っている相手を変えることの方が許されない感覚で、一度決めたのならそれを貫き通せ・・・という暗黙の了解が池田家にはあった。

    その代わりというわけではないが、恋愛に関しては男性も女性も許されていた。
    その証拠にお見合い結婚というのが無縁な家系だった。
    勿論数件は存在するが、珍しい方なのだ。

    そんな例に習って私も今の女房と24歳から同棲をした。
    この件に関して両親は一度も咎めたことはない。
    それが私の結婚観の原点である。
    【2017/07/21 23:37】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    千石は本当に何もない街だった。
    都会のど真ん中なのに、なぜこのような街が必要だったのか、逆にそれが知りたいぐらいだった。

    でもそのおかげで私たちは安アパートで暮らすことができた。
    私には理想だったアパートだが、女房には辛いアパートだったそうだ。
    隣に住むおばさんが、夜中に帰るとドアの開け閉めでうるさく文句を言ってくるという。

    私も一度だけ経験した。ドアを開けて中に入ろうとすると、突然窓を開けて「今何時だと思っているの、いい加減にしなさいよ」と怒鳴られたことがある。
    喧嘩するわけにはいかないので、その場は静かに部屋に入った。
    よくよく聞くと、そんなトラブルで前にいた人もたまらず出ていったらしい。

    そんなこともあって、せっかくなじんだ千石を離れ、南行徳に引っ越すことにした。
    同棲して2年目のことだった。
    【2017/07/22 00:06】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    そう、初めてでありますねぇ~~~

    結婚前後の奥様との話・・・・。
    わくわく
    【2017/07/22 20:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    不思議なことに、親戚連中で浮気の話を聞いたことがあまりない。
    離婚はあるが、浮気で悩む親せきは1件だけだ。
    従兄弟従姉妹合わせて40人もいる親せきでこの現実は稀だと思う。

    そんな家系にいたせいなのか、私は結婚して今まで女房以外の女性を恋したことがない。
    それは当たり前の事なのか、珍しいことなのか、私にはよくわからない。
    そしてそういう人間性が、はたして素晴らしいのか、逆に変わっているのかの判断も付かない。

    今自分たちの夫婦生活を振り返ったとき、いつも千石時代の恋愛がベースになっていると感じる。夫婦の間に何かトラブルが生じたとき、あの時の気持ちになって自分を振り返ることにしている。
    育児から手が離れたころから、その時代の私たちの感情がよみがえってきたように感じている。毎月一回はドライブであちこち出かけて、それが月一の楽しみになっている。
    そういう夫婦の共通の趣味を持つことは、この上ない幸せだと感じている。
    だから仕事も頑張れる。まだまだ払い終わらない借金も、二人で頑張って払っていける。

    ごく普通のことが一番幸せなことだと思う。
    【2017/07/26 06:00】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    3年前からドライブ旅行を始めた。
    行先は稚内だった。
    日本の北の果てを旅した時、これ以上日本を北上することは不可能であるその地でこう思った。「これからは人生の折り返し地点だ。二人でもう一度人生を振り返りながら旅をしよう」と。

    車中でその思いを女房に語った。
    女房も頷いていた。
    宗谷岬の岸壁を望む際、私は女房の手を握った。
    久々に女房の手の平を握ったとき、女房の老いを感じた。

    それは多分女房も感じていたに違いない。
    いつも一緒にいたのに、お互いその現実を感じないままこの歳を迎えていたことに、感じるものがあった。
    いままで徐々によそよそしくなっていた私たちが、もう一度互いを思いやる気持ちになった瞬間だった。
    【2017/07/26 06:16】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    南行徳は埋め立て地さながらのフラットな場所で、家屋がこれ以上整理できないと思えるほど整然と並んでいる。
    その一軒一軒にはいろいろな人生があり、そとから眺めている印象と、その内部の実態はだいぶかけ離れているのだろう。電車の車窓から眺めていると、ふとそんなことを感じた。

    千石のアパートに比べここはスペースもあり、ちょっとした新婚気分だった。
    今考えるとこの頃は完全に夫婦生活だった。
    そんな生活を2年半ほど続けた時期に、女房の母親が病で倒れた。
    どうやらアルツハイマー型認知症になったらしい。
    当時は寝込んで起き上がれない日々が続き、いわゆるぼけ老人となってしまった。
    母親と同居する姉から電話が入り、実情を知った。
    女房はその電話を受けてから、数か月で田舎に帰ることとなった。

    突然訪れた出来事だった。
    【2017/07/26 07:31】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    女房は13歳で父親を亡くしている。
    付き合った頃は知らなかったが、ある日突然それを知った。
    付き合って3か月頃の話だ。
    あまりお互いに家族の話をしない付き合いをしていたからかもしれない。

    はじめて女房の家に行ったのは、付き合い初めて1年後の初夏だった。
    出迎えてくれた母親と私は、その夜朝方まで話し込んだ。
    実年齢よりも年を感じさせる母親の姿から発せられる声質が、女房と全く同じなのが印象的だった。
    女房は田舎に帰ると完璧な福島弁を操った。
    ぎゃくにそれはとても新鮮で、今でも母親と電話で交わす際は、福島弁丸出しなのだ。

    夜が過ぎて短い睡眠時間だったが、なぜか朝方7時には顔を洗いたくなり、早起きした。
    実質3時間くらいしか寝ていない。
    当時女房の実家は風呂や洗面所が家屋の別棟にあって、洗面所で歯を磨いていたら、母親がもうすでに起きていて朝の挨拶となった。
    その時母親から「うちの娘・・・よろしく頼むね」と言われた。
    私は歯ブラシを口に入れたままだったので、頷くことしかできなかった。

    女房は母親を「おかちゃん」と呼ぶ。
    私はその日から母親を「おかちゃん」と呼ぶことにした。

    【2017/07/26 07:52】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    初めて逢ったおかちゃんと、私は女房を絶対幸せにする決心で別れた。
    千石・南行徳での二人の生活が幸せだったのは、おかちゃんの一言があったからだと信じている。
    女手一つで二人の娘を育て、こんなに苦労してきたというのに、初めて逢う人間にこれまでやさしく対応できる姿に、私は今も感動している。

    尊敬すべきおかちゃん。

    この教えはいつか自分の大きな決断の時に役立てようと、いつも思っていた。
    【2017/07/26 08:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    女房が実家に帰って3年後に私たちは結婚を決意した。
    それと同時に私は東京を離れ、実家に戻ることとなる。

    結婚して一年後に長女が生まれる。
    お産は福島で行った。
    約2か月間女房は実家にいた。
    その間娘が生まれた。
    おかちゃんにとって最初の孫。
    かわいい孫と一緒に暮らした1か月間が、おかちゃんにとっては最高の日々だったに違いない。老いていく自分の身体に今まで出会えなかった新しい幸せがその間あったに違いない。

    私はそのかわいい孫をおかちゃんから奪い去る役目を担わなければならなかった。
    駅のホームまで見送る姿を今も忘れられない。
    できればもう少し一緒にいさせてあげればよかったと、今更後悔している自分がいる。
    【2017/07/26 08:13】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    「東京電車物語」最終章

    長々と書き連ねてきたこの物語も、ここで終わりたいと思います。
    福島を含め、私にとっては東京はあこがれの地であり、異文化の土地であり、何もかもが私にとっては脱北海道でした。
    そこで出会った女房と今暮らしているという現実。
    そこに行かなければ出会えなかった現実。
    人生何が待ち構えているか、何を切り開いていくのか、自分次第なのは間違いないことです。

    私はあえて今回はポジティブにもネガティブにも表現しませんでした。
    これが一貫した物語の骨子です。
    私が感じたまま思ったままを受け止めてほしい・・・その願いからです。
    実は私は東京に骨を埋める覚悟で北海道を離れました。
    それが実現できなかったのが、良かったのか悪かったのか、今もわかりません。

    ただ変わらないのは、今も私の東京時代をよく知る女房と暮らせているということ。
    そのことが、唯一私が私らしくいられる支えの一つです。

    どんな方々にも色んな出会いがあって、そんな人生の中で、最良とは何かを考えたことがある方は大勢いらっしゃると思います。
    全ては偶然の出会いであり、時間が経てばその偶然が必然だったと考えるようになるのは、人間の心理の普通の流れだと思います。
    誰もが実に個人的な生き方しかできないか。いくら社会性を求められても、なかなかそれが現実的には困難なことで、実は案外毎日そのことで苦労しているという現実があり、でもそんな中で自分は大切なものがある。必ずある。実はそのことを本当は思い切って前面に出して生きた方が人間本来の姿だと私は思う。
    そこを何か自分でもう一つ本当の自分の宝物としてとらえ、現実の社会性とその宝物の存在位置をしっかり区分けできることができれば、もう一つの目線で自分を観測できる人間に成れるんじゃないかと思います。

    むつかしい世界の問題です。

    >奥様

    実はこの物語、今ここで初めて明かしますが、奥様はもちろんのこと、ご子息にも読んでもらいたくて書きました。
    【2017/07/26 12:56】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


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