奥様
  • Author:奥様
  • 硬い話も、やわらかい話もあるよ。
  • RSS
  • ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    07 | 2017/08 | 09
    S M T W T F S
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -

    RECENT ENTRIES
  • あべのハルカス(08/14)
  • あべよはるかす(08/14)
  • 花嫁のれん列車(08/12)
  • 車で(08/12)
  • 能登半島の(08/12)

  • RECENT COMMENTS
  • あきんど (08/15)
  • 苹@泥酔 (08/15)
  • 碧野海子 (08/13)
  • あきんど (08/10)
  • あきんど (08/09)
  • 苹@泥酔 (08/09)
  • 奥様 (08/09)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2017年08月 (8)
  • 2017年07月 (8)
  • 2017年06月 (10)
  • 2017年05月 (12)
  • 2017年04月 (8)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (554)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (130)
  • 硬めな話題 (414)
  • 日常のこと (164)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (53)
  • 読書からの連想 (75)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    おせっかい?
    新幹線のC席に座っていると、
    斜め右側に外人の親子が座っていた。
    お父さんの膝の上に足を投げ出しているから、
    きっと子供だなと思っていたら、
    やっぱり10歳くらいの女の子だった。

    大勢の一行だったようで、
    京都で降りるために、
    ぞろぞろと出口に向かっていった。

    ふと、女の子が座っていた座席の前の
    網目の物入れ?に切符のようなものが見えた。
    ん?ごみ?切符?
    もし切符だったら?
    ちょっと迷ったけれど、まぁ確かめてみようと、
    自分の席を立って、確かめてみた。
    新幹線の切符で、小と印刷してあった。
    これは絶対、あの子のだと思って、
    急いで降り口に固まっている外人に向かって、
    これ、忘れてます~~と持って行った。

    すぐに女の子が私の声に気が付いて、
    渡すことができた。
    京都に到着したところだった。

    我ながら、お節介だなぁと思いながら、
    まぁ、日本人の印象が少しよくなったかなとも思う。。。
    スポンサーサイト

    【2017/04/12 22:05】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(9)
    この記事に対するコメント

    >奥様

    いえいえ、全然おせっかいではないです。
    むしろ、その外国人の方々には、「これぞ日本」という手応えで受け入れられているはずです。
    そこには賛否両論はあるでしょうが、日本人の本能が為した行為ですから、それでいいじゃないですか。これが外国でなされた行為であるなら、少し評価も違うかもしれませんが(セキュリティ的な視野から)でも問題ありませんよ。

    一々何かにおびえて行動するよりも、自分の思うがままに正しいと思うことを素直に行動に移せることの方が、最近は大切なんじゃないかと思うくらいです。

    日本人の凄さ・・・色々最近ネットでもあおる様にユーチューブなんかで紹介されていますが、まぁそれは御愛嬌として、私は最近本当に凄いなぁと思っているのは、日本のゲームで流れている音楽です。
    ゲームというのは、インターラクティブな世界、つまりゲームをしている側が支配する世界です。ところがいざそこで流れているBGMを皆さん意識したことはございますか。
    ゲームというのはあっちに行ったりこっちに行ったりしますね。その場面場面で音楽も切り替わるわけです。

    流れから行けば今まで聞いていた音楽が突然別の音楽になるわけです。
    そうした問題が一応起こりうるにもかかわらず、なぜか今までそのことにおいて違和感を話題にすることがほとんど起きていません。

    どうしてなんでしょう。なぜなんでしょう・・・?
    (どっかで聞いたフレーズですね)

    私はふと気づいたのです。
    もしかするとそういうことが土台になる音楽の基礎があるんじゃないかと。
    私のような音楽素人が断言しちゃうわけですが、たぶんそれは「オペラ」じゃないかと。
    一度も見たことがないオペラを題材に語ろうとする私の勇気を、まずご配慮いただきたいわけですが、舞台で繰り為す音楽に支配されているオペラではあっても、その成功と失敗は物凄く感覚的なものに近い世界であり、おそらく演じる側の立場であれば、インターラクティブな世界そのものなんじゃないか・・・と思ったわけです。

    臨機応変・・・という言葉があります。
    実は色々な場所でこのことが重要視されつつあるんじゃないか。最近そう思うのです。
    自分の判断で行動を決意すること。その重要性が求められ来つつある時代に来たんじゃないか。試される社会はそこからあるんじゃないかと。

    昔なら普通に身についていた感情や行動までが、今の社会マニュアル化しちゃって、困っちゃうのはそうしたことを消費者も求めている現実です。
    思い切って自分の判断で決意する・・・そこをたどっていくと、若者たちがかろうじて接してきたゲームの世界が、それを促す貴重な要素だったことを、私たちの世代から上の人間は理解してあげなければならないのかなと、たまたま休みの日に聞いていたマリアカラスの歌声にヒントを得ました。

    ゲームにこじつけるわけではありませんが、倉山満さんへの認識も私が変えなくちゃいけないのかなという思いが少し芽生えたかもしれません。
    【2017/04/13 12:39】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >インターラクティブ

    「おもうがままに・・・」
    という意味で捉えてください。
    【2017/04/13 12:43】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    日本のイメージをそのまま伝えたいという意識は誰にでもありますでしょう。
    ここにきて、築地の卸売りが、意外にも観光地化している現象があり、いわゆる「穴場」的存在なんでしょうね。

    東京オリンピックまではこの地から離れたくないという、現地の仲卸業者の根強い感情が、そこにはあるんでしょう。小池知事はそこらへんの業者の感情を都民にうまく宣伝した形でこの問題が難解な形になっていると私は感じています。

    あきんどという冠をかかげている以上、ここら辺は皆さんにわかりやすく説明しなければなりませんね。
    築地というのは間違いなく日本一の生鮮物卸場です。
    日本の産物でここに集まらないものはまずないと言い切れる場所です。
    さきほど仲卸業者・・・という言葉を言いましたが、「仲」と名がつくくらいですから、その上も存在します。卸売業者と言います。
    販売手数料が稼ぎの、地道な中間層です。
    猟師と仲買人の間に立って、相場を操る人たちです。
    仲買人は市場に出回った現物を下見して、その日の産物の出来具合をチェックします。
    実はこれが一番大事な作業です。
    仲買人は経験値を駆使して、その日の相場を予測します。瞬時に行われる最初の卸は、指と声が入り混じる専門職ならでわの場面です。一番緊張する瞬間です。仲買人は必ず帽子をかぶることが気味づけられ、帽子には番号札が付いていて、卸業者は買い付けが決まった際に、その帽子の番号をメモし卸を成立させます。

    仲買人たちは、その日に決まった卸売価格を事細かに記憶し、相場を情報として認識します。実はこの仲買人こそが、日本の食べ物をどのように操るかを任されている立場なのです。彼らには数多くのお得意さん・・・つまり料理店の店主がいて、彼らから信頼される売り子であることが義務付けされます。

    一般的な例えばお寿司屋さんが、仲買をできることはまずありえません。個人の仕入れでそれを消費させる機能がない限り、出来えない仕組みです。

    ところが最近仲卸に参加して、大量に仕入れできる回転ずしオーナーが話題になっています。他より安くたくさん食べてほしい・・・というフレーズで行っている、大手のオーナーです。
    繊維業界でいえば、ユニクロみたいな業者です。
    彼らの業態としての位置を、ここで説明しなければなりません。

    彼らの商売が成り立つためには、多店舗経営が強いられます。尋常ではないほどの仕入れや生産が行われているわけですから、それは当たり前な事です。仲卸など一々介していられないほどの販売数を目指さねばなりません。

    ユニクロの前身は「VANジャケット」であることをご存知の方は少なくないと思うのですが、我々1960年世代より少し前の殿方は、VANジャケといえば青春そのものです。
    それまでスーツの代名詞は幅広の襟と幅広のネクタイ、トランクスは裾がストレートに幅広で、絵に描いたように真面目なお父さんスタイルでした。
    VANジャケはそれをカジュアルな世界んで引き込み、デザインの革新を図る業態としてデビューしました。1970年あたりがピークでした。
    ところが、当時は問屋業という流通に乗らざるをえあなかったわけで、大量の不良在庫を抱えてしまうわけです。
    彼らはここでの教訓を糧として、今のユニクロを立ち上げました。

    実は、私の実家の池田呉服店は、VANジャケットを扱う店だったんです。
    思い出深いブランドでした。

    時代はどうして何かを左右するのだろう・・・私の疑問は常にそこにあります。
    あきんどの倅として生まれてきた自分の、正しい認識というのは何なのだろうと、いつも考えています。私は子供の時から何不自由なく育ちました。でも、何かが足りないといつも感じて生きてきました。私は、そんな思いから「自分は普通の人間になりたい」と言ったことがあります。裕福が幸せの象徴ではない。お金は必要な分だけあればいい。貧しくてもいいから、家族がみんな幸せであればいい。
    毎日のように絶えない両親の喧嘩の中で培った私の人生観がこれです。

    そうとはいえ、そんな私もそうとうに甘い部分があることを、いろんな場所で教わり、そうしたことが本当に私の財産なんだと思っています。

    自分が一番過去の経験で、自分で勝ち得たものは何かと問われたら、たまたま訪れた本屋で出会った「国民の歴史」との」出会いです。
    それまでの自分は、何かのレールに乗っかった人生でした。どんなに何かを訴えても、そこにはそれまでの温床があります。
    今まで自分の病気を題材にこの話題をなんどもいたしましたg、おそらく本当は病気がきっかけではなく、それまでの自分に疑問を持ってきた本当の自分が、この本を選んでくれたのではないかと、いま思うのです。


    【2017/04/13 14:18】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    味わい深い人生ですよねぇ。あきんどさんは。

    病気の時に、「国民の歴史」に出逢われて、
    良かったですね。出逢うべきして出逢っていたのです。

    ただ生きているだけではなく、西尾本を読むことで、
    哲学的に?人生を生きることができるようになりますよね。

    ゲームミュージックって、ぜんぜんわかりません。
    【2017/04/13 21:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >ゲームミュージックって、ぜんぜんわかりません。
    >奥様

    私も語るほどの知識はありませんが、ゲームには音楽が付き物です。
    そしてそのゲームというのは、突然あっちに行ったりこっちに行ったりしますよね。
    その場面場面でBGMはすべて違うわけですが、いきなり元の場面に戻っても違和感がないような雰囲気を、音楽が支配していると思うんです。
    その、ユーザーの心理を見抜いて出来上がっているゲーム音楽というのは、ちょっと信じられないような仕組みなんじゃないかって思うんです。
    ゲームの大半は失敗の連続です。
    何度も何度も挑戦して成長していく仕組みです。
    そしてその都度音楽も変化し、どんな場面に変化しようとも、違和感がない設定になっているわけです。

    ここに私は注目したんです。これはすごいことなんじゃないかと。
    たぶんゲーム音楽は若者たちならみんな認識しているのでしょうが、下手なその辺の音楽よりも緻密な構成になっていると思うのです。

    その原点は何か・・・が、ふと頭に浮かんだのは、オペラ歌手の歌声を聞いている時だったんです。うまく説明できませんが、オペラ歌手が決まりきった旋律を歌っていたら何も感動しないのかな・・・というのが最初の疑問で、歌手が違うと同じ旋律でも全然違うことに気付いて、その時「はっ」としたんです。
    これって様々な音楽に絶対影響しているのだろうと。

    つづきはまた後日・・・。
    【2017/04/16 00:06】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    あきんどさんがおっしゃることは、
    ゲームをしながら体験しないと、
    理解できないかもしれませんね。

    下手なその辺の音楽って、いっぱいありますよねぇ~~~

    【2017/04/17 22:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    続きです・・・。

    昔無声映画というのがありました。
    あまり見た経験はありませんが、存在は知っています。
    語り手の方が、映像を見ながら内容を説明したり、俳優に成り代わって言葉を発するわけですが、これはもう語り手の能力にすべてが委ねられていることは間違いないです。

    そうした文化の原点は何かというと、やっぱりオペラなんじゃないかと思うんです。
    オペラの場合は演じる方が歌いますが、基本、無声映画はこの手法の延長線上に誕生した文化ではないかと、勝手に想像しているわけです。
    そしてここから飛躍して、ゲームもまた無声映画のごとき条件の範疇にあって、画面の中で展開する映像を操る側に、演出の出来不出来が委ねられているその条件が、どこかオペラに通じる要素があるんじゃないか・・・と、ふと思ったんです。

    なんでこんなことをくだくだ語っているかというと、私たち現代人は世の中に操られて生きているようなことを、案外安直に言う方がいたりして、私はそれって決めつけじゃないのという感じで、違和感があるんです。
    たしかに現代人は色んな便利なものに乗っかって生きていますが、本当の根っこの部分では、けして自分を全て時代に預けて生きているのではなく、やっぱり自分という主体をどこかで主張したいのだろうし、時代の評価がよく語るような、「個性」の喪失とかで本当に失われつつあるのかどうか、疑ってもいい部分があるんじゃないかと思うのです。

    誰だって自分の人生は自分にしか演じることができないんだって、内心は確信して生きているはず。その自分自身の個性がうまく出せるか否かは存在しても、個性が存在するか否かの問いは、基本的に間違っていると思う。
    誰もがオペラ歌手のように、個性を上手に表現できればいいのかもしれませんが、そんなことは無理なことで、でもその願望だけは実は誰の中にも絶対あって、本当はそれを世に発したい本能を人間は生まれながらにして、この世に生きる条件としてそれを手渡されるのではないか・・・などと考えちゃうのです。

    今のところ若者たちのその本能を代弁できるツールが、パソコンだったりスマホだったりで、確かに便利な世の中なんですが、その一方でゲームは、そうしたツールよりももっと主体的で、インターラクティブ・・・つまり操ることが可能なツールでありしかも映像というものに傾注するその心理から、パソコンやスマホよりも、一歩文化的な視野の要素があるかもしれない・・・などと考えるのです。

    つまり・・・オペラに近いという理由からです。
    【2017/04/18 23:20】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    これで最後にします。

    ゲームユーザーがどれだけ音楽を意識しているか・・・この疑問は確かにありますが、かなり音楽に無関心なユーザーでも、音楽が存在しないゲームは違和感があるはずです。
    つまり自然と音楽の優れた武器に心を打ちぬかれているはずです。
    ちなみに音量をゼロにして行うのと、ご希望の音量でやるのとでは、かなりの違いがあるでしょう。
    たぶん奥様はすでに気づいておられると思うのですが、私は決して「ゲーム万歳」を言いたくてこれを語っているのではありません。それよりもここまでゲームという完璧な文化が、幼い子供から扱えるその事実に、実は大人の方が安直にイメージしている、ゲームという世界の大人と子供の接点のズレがあると考えます。
    ゲーム=ダメ・・・この判断は間違いなく正しいのですが、ただ、どうしてそんなに人間はゲームに没頭できたのかを分析しなければならないと考えるのです。
    多くの若者が必ず大好きになるゲームの、どこに魅力の原点があるのか。
    ゲームショップを経営していた私の根本的な疑問がそこにあります。

    その疑問が「オペラ」をきっかけに、ぼんやりとですが見えてきたのです。

    そこで思うことは次のようなものです。
    ゲームはあまりにも完璧すぎるおもちゃであり、かえってそのことが弊害を生んでしまっているという事実。
    もっと不完全なものなら、子供にも飽きられて早くに衰退したかもしれないのに、あまりにも完璧すぎるためにメーカーもユーザーも追求しすぎたと思います。
    幼稚園の子でも一人前に難解なゲームを操る子がいましたからね。

    ゲームはおもちゃの範疇に収まっていれば、こんなに弊害は生まれなかったかもしれません。安直にオペラの魅力を操る事の弊害が、この社会を乱してしまった理由の一つ・・・どころか二つも三つもあるはずです。

    私は今、社会のある種実態の底辺を述べています。
    面倒くさい話です。

    でも、私がこの分野にかかわっていた以上は「おせっかい」であっても、何か書くべきだと思い長々と綴りました。

    PS:ようやくこのスレッドの題名「おせっかい」に着陸できました・・・。

    【2017/04/19 22:51】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    ここに書き込んだ私の論文は、「ドラゴンクエスト」をイメージしていることは、ゲーマーの方々なら多分すでにお気づきでしょう。

    その「ドラゴン・・・」こそは、実は「日本」そのものなのです。
    それを証明する次の映像をご覧ください。

    https://www.youtube.com/watch?v=84I5vvJ8YN0

    いかがですか、日本の姿を見て、どんな感想を抱かれましたか?
    【2017/04/20 22:02】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/2020-03a6cac4