奥様
  • Author:奥様
  • 硬い話も、やわらかい話もあるよ。
  • RSS
  • ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    10 | 2017/11 | 12
    S M T W T F S
    - - - 1 2 3 4
    5 6 7 8 9 10 11
    12 13 14 15 16 17 18
    19 20 21 22 23 24 25
    26 27 28 29 30 - -

    RECENT ENTRIES
  • ダイアモンドゲーム(11/22)
  • ドナーの会(11/20)
  • 今日このごろ(11/08)
  • 大銀杏(11/05)
  • 劇「めぐみへの誓い―奪還―」(10/31)

  • RECENT COMMENTS
  • 奥様 (11/22)
  • 苹@泥酔 (11/18)
  • あきんど (11/16)
  • あきんど (11/16)
  • あきんど (11/16)
  • 奥様 (11/15)
  • あきんど (11/15)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2017年11月 (4)
  • 2017年10月 (11)
  • 2017年09月 (7)
  • 2017年08月 (13)
  • 2017年07月 (8)
  • 2017年06月 (10)
  • 2017年05月 (12)
  • 2017年04月 (8)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (579)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (130)
  • 硬めな話題 (414)
  • 日常のこと (165)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (53)
  • 読書からの連想 (76)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    道徳の教科化
    昨日、NPO法人「新現役ネット」の「教育を考える会」が主催した
    勉強会に出席してきた。

    「道徳科設置の意義と今後の課題」という題目で、
    貝塚茂樹講師の話だった。

    まず日本の現状から入った。
    以前はいじめが原因で子供が自殺したら、
    新聞に大きく報道されていたが、
    最近ではニュースの価値もない!?くらい常態化してしまっていること。
    本の万引きの多さがものすごくて、
    本屋がどんどんつぶれていっていること。
    人間関係やコミュニケーションが
    ここ2年くらいの間に急速に変化し、
    それらが家庭の「しつけ」を超えてしまっていること。
    学校現場ではモンスターペアレンツが増えて、
    教師はそういったクレームに対応するために、
    クレーム保険に強制的に加入しなくてはならず、
    精神的に病む教師が増えていっていること等。

    つまり、日本社会全体で規範意識、道徳意識が薄れているということなのだ。

    自分という個人だけが大切という世の中になって、
    共同体が壊されてきた。

    これらの原因がやはり敗戦後の「終身科」や教育勅語の廃止にあるのではないか。
    歴史、地理、公民が「社会」という一教科にまとめられたことによって、
    「終身科」は復活しなかった。

    そして、終身=道徳は戦後日教組によって、教育論ではなく、
    政治論として悪いものとして扱われ、
    文科省と日教組の戦いのなかで
    70年間文科省の負け続けであった。

    1960年生まれ以降の人間と、
    それ以前に生まれた人間が二分化されるという説があるそうで、
    そのあたりで共同体などに対する価値観が一変している。

    たとえば葬送儀礼の簡略化。
    共同体からの別れなど必要ない・・・・という発想なのかもしれない。
    また、幼稚園や保育園の建設の反対。
    子供たちの声がうるさいとか、
    送迎で道が混雑するとかいう理由。

    本来人間は一人では生きていけない動物だからこそ、
    共同体の中の一員として生きる術をまなばなくてはならない。

    その道しるべが道徳である。

    諸外国で、道徳教育そのものの必要性を否定する国はないのに、
    日本ではその教育が戦後70年間おろそかにされてきたということだ。

    sinngenn.jpg

    このたび法律ができて、
    平成30年と、31年から道徳が教科化され実行される。
    30年は小学校、31年は中学校。
    教科化とは、三つ条件がある。
    ◎教科書があること
    ◎免許があること
    ◎評価があること
    とりあえず、免許に関しては教師の育成が追い付いていないので、
    担任の先生が教えることとなるようだ。
    評価も点数ではなく、個々人の実態に合わせたものとなる。
    (諸外国では数値化されているという)

    今までも一週間に一時間、道徳の時間があったのだが、
    それらは運動会の練習だとか、席替えだとかに使われ、
    文科省の質問に90%以上道徳授業を実施しているという返事にもかかわらず、
    ほとんど機能していなかった。
    教科化により、その抜け道はなくなった。
    最初は失敗もあるだろうが、
    教科書ができることにより、一歩一歩、
    壊された道徳意識を取り戻していくしかない。

    今回一番驚いたことは、
    道徳教育について議論する中で、
    いまだに「先祖」や「家族」という言葉を拒否する人々が大勢いるということだ。
    縦軸の長い歴史の中と、
    今生きる横の世界の中の交差した一点に自分はいるというのに・・・・・・

    新現役ネットはこちら
    スポンサーサイト

    【2016/10/22 08:46】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(6)
    この記事に対するコメント

    スレッドを替えてここで清盛の話の続きをしますね。

    その前に「道徳」の話題に絡むとします。
    「道徳」という授業、私たちの時代には週一でありました。
    今でも忘れない道徳の授業があります。
    小学校二年生の時のこと。
    ある週のこの授業に、当時の教頭先生が教室にやってきて、私たちに道徳の授業をされました。
    教頭先生は、とにかく話が上手で、たかだか8歳だった我々の心をつかみとりました。そして我々は教頭先生に心をつかみとられました。
    たしか40分くらいのお話だったと思います。
    でもあっという間の40分でした。
    とにかく話が上手で、何を話されたか全く記憶がないのですが、とにかく話が面白かった記憶だけはしっかりあります。
    授業が終わるチャイムが鳴ると、教頭先生は「おっと、授業が終わってしまったね。じゃあお話はここまでとするか」という言葉に、クラス中の生徒が声をそろえて「なんだぁ~~~」と残念がるのです。すると教頭先生は「なんだとはなんだぁ」と相槌を打つのです。
    私たち生徒はその瞬間声をそろえて「どっ」と沸くのです。

    想像できますか。この場面。
    生徒と教師が一体になった本当の授業です。
    40分という時間が、あんなに短く感じたことは、多分それ以降私には経験していないということなんでしょう。

    私は後にも先にもこの授業以上に感動した授業は体験していません。

    本当に面白い授業と言うのは、ノートも鉛筆も必要ないんですね。先生のお話だけで十分なんです。
    今考えてみても幸せな40分でした。

    その素晴らしい先生が、その6か月後盲腸で亡くなりました。
    8歳の我々が人生で初めて感じた苦しさでした。

    あくまでも「我々」という表現をさせていただくのは、「私だけ」ではないからです。
    個人的に好きな先生だというものではなかったからです。
    ここがこの先生のもっとも素晴らしいところだと私は思います。

    二年生の終業式の日、移動される先生のご挨拶で、ある先生がこの教頭先生の死を悼み壇上で涙ぐむ姿がありました。
    私もその時心の中で泣きました。

    その教頭先生には息子さんがいらっしゃり、息子さんは私より6歳年上でした。
    私にも6歳年上の従兄弟がおり、この二人は高校でクラスメートでした。
    いつだったか私の思い出を従兄弟に伝えたことがあります。
    すると従兄弟は「先生の息子もそんな奴だよ」と言ってました。

    私は1960年生まれ。つまりモラルが変化する最初の年に生まれたということになります。
    そのニュアンスが、抵抗なく感じることができるというところに、私なりの理解が定まるという感じです。

    清盛の話はまたこの次に。
    【2016/10/23 00:15】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    平清盛・・・誰もがご存知の人物ですが、本当に皆さんこの人物の真実をご存知なのでしょうか。
    変な話、私はあまり詳しく知りません。知っているような気分もどこかにあるんですが、実はよくわかっていない・・・そんな人物です。
    こんなに有名なのに、なぜか詳細が掴めない人も珍しいように感じます。
    死ぬときは燃えるような熱にうなされて死んだとか言われてますが、そうやって一部は詳しく伝えられていながら、肝心なところがあまり詳しく残っていないように感じます。

    あきんどはこの点で何かがある・・・と思っちゃうんです。
    つまり、清盛を本当に嫌っていた人物がそれをまんまと現代まで引き継がせて、彼のイメージを潰すことに成功したのではないか。

    さぁ、こんな憶測は西尾先生が一番嫌うパターンの歴史解釈かもしれませんが、でもいざ商売が絡む方向からそれを探求すると、西尾先生も私の理論を少しは読み込んでいただけるのではないかと思っています。

    誰もがご存知の「兵庫の津」ですね。大和田の泊という風にも呼ばれています。
    ここは六甲山から続く傾斜が海の中まで続いている地形のため、船が着岸し易い場所として、天然の絶好の港です。
    実は室蘭港も同じ仕組みで、大型船舶が着岸できる、数少ない港なんです。
    もしも歴史の中で北海道がもっと本州と関係が深い間柄だったら、室蘭港にも中国との貿易が過去にあって、その意味で北海道が貿易の重要拠点となっていて、いわゆる北海道に対する意識が変わって、先の大戦で北方領土が奪われるという始末も防げていたのかもしれないという考えが少しあります。

    私はそれが清盛だったら実現したんじゃないかと思っているんです。

    東アジアの商業貿易で、日本の港の価値観は、現代人が考えているものより、はるかにレベルが違う位置で存在していたのではないかと考えるんです。
    それが神戸に集中し過ぎたことによる弊害は、絶対あっただろうと思うんです。
    もっと全国に散らばる貿易が実現できていたら、日本は違った運命だったのかもしれません。
    それをすぐ隣で横っ腹にちくちくとげを刺すように存在したのが、藤原氏なんですよ。
    清盛が勢力を揚げた時期に神戸だけは渡しましたが、他の港には寄せ付けなかったんじゃないかと考えますね。これは推測ですから、お間違えの無いように。

    しかし、結局清盛はというか平家は短命内閣でした。
    藤原家してりやったりです。
    この朝鮮半島出身者藤原家が残した日本の歴史は少し考えた方がいいのではないかと私は思っています。彼らが確かに残したものが、すべて悪いとは言い切れません。が、結局は彼らは朝鮮人です。
    西陣織という有名な帯の名所も、実は朝鮮人の方々の出身者が多いというのが、呉服業界の常識です。
    これらを支えてきたのは、間違いなく藤原家でしょう。
    ちなみに私の祖先は上賀茂神社で、曾祖父の時代に北海道に渡ってきて、その倅(養子)が代を継ぎ(彼も京都出身)、北海道で呉服業を営みました。
    賀茂族は、ご存知の通り、八咫烏が祖先です。
    神武天皇の道先案内人として存在した「烏」です。

    烏はその体格に比べくちばしが大きすぎる動物なので、昔から自分で獲物を捕ることができず、誰かが仕留めた獲物のおこぼれを頂戴する習性があるんだそうです。
    それで賢さが増して、自分の代わりに獲物を仕留めてくれるものに、獲物の存在を知らせる習性が長けていったそうで、自分の利益につながることには邁進したそうです。
    そのような烏の本来の習性から、神武天皇が紀伊半島に上陸した際、道先案内人となって「神武様あっちだよ」の方向指示器を出すための「三本目の足」が必要だった・・・というのが伝説だそうです。
    それで八咫烏には三本の足があったという話です。

    どうしてこんな話のネタが、今の侍ジャパンのエンブレムに収まっているのか、詳しくはわかっていませんが、そうした皇室との長い歴史を辿った加茂族は、今も京都の祭りの代表として存在しています。
    ですから、賀茂族にとっては藤原家は新しい皇族関係者という存在なんです。
    しかも彼らはおいしいところを全部持っていきました。
    その原因を作ったのが天智天皇です。
    彼は血筋から言えば正しい日本の天皇ですが、やることなすこと、無謀です。
    ましてや鎌足と組んで曽我氏を討った事件は、朝鮮半島人との凶暴になります。

    単純な歴史の裏っかえしでいうとこうなるんです。

    私はこれは推測ですが、天智天皇はおそらく天武天皇をかなり警戒していたと予測するんです。天武天皇つまり大海王子は本来の嫡子ではない可能性が高いと思っています。
    彼が本当は天智天皇より年上で、しかも父親が皇室外の人間で、藤原家と何か縁のある人間なのではないか。
    そう推測すると物事がわかりやすく整理されることが多いのです。

    ですから聖武天皇という存在がターニングポイントになってくるわけです。
    藤原家がとにかくこの時代から平安時代までの長期にわたり、政治の表舞台に立つわけです。その一番の君臨者は藤原不比等です。
    実は日本書紀は彼が作成に重要な立場として関わっていたことが段々わかってきました。

    そして彼の愛人が持統天皇だった可能性もささやかれています。

    かなり説明を省いて書いてしまっているので、誤解もおおいかもしれませんが、とにかくこうした歴史の流れを一番近くで見てきたのが賀茂族なんです。

    そしてこうした藤原家の長年の栄華にくぎを刺したのが一般的日本人としては最初なのが清盛なんです。そのきっかけを先んじたのが菅原道真で、平安時代はつまり二度にわたって貿易の見直しが藤原家撲滅のために行われたという図式になるのです。

    これがあきんど的平安時代の認識です。

    【2016/10/24 01:01】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]

    私も、田町駅前の、、
    奥様
    私も息子達の家に泊まって、懇親会に参加したり、ただ、参加する会が別ですが、
    【2016/10/24 18:23】 URL | bunn #- [ 編集]


    >あきんどさん
    あきんど流平安時代認識・・・・・
    すごっ!

    >bunnさま
    ありゃりゃ、あの場所へ?
    いろいろな会があるようですね。
    【2016/10/24 21:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    西尾先生の仲良しも
    奥様

    西尾さんの大学の頃からの仲良しのKさん
    私の参加する会に二回程講師でいらっいましたよ。とても評判が良かったですよ〜
    【2016/10/24 23:20】 URL | bunn #- [ 編集]


    >bunnさま
    そうなんですか・・・・
    いやはや東京って、いっぱい勉強する場があって、
    迷うくらいですねぇ。

    ちょっとでも多く、参加して吸収したいと思っています。
    【2016/10/26 10:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/1958-30ae1b23