奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    娘の命日
    長女の命日が過ぎた。

    もう四年目に突入・・・・・。

    命日にお墓参りをした。
    お墓には相変わらず!?お酒がたくさん置いてあって、
    お花も入りきらないくらいいっぱい入っていた。
    家には高校生の頃の友人からお供えが届き、
    やはりもう一人の高校生のころからの友人が来てくれた。
    あっちゃんも久しぶりに来てくれた。

    長女のことを書かなくちゃと思いながら日にちを過ごしていたら、
    不思議なことに、
    私のスマホの画面が突然長女の電話登録の画面になっていた。
    ・・・・・ん?と一昨日は思ったけど、
    まぁ誤作動というか、
    どこかで手が触れたのだろうと思った。

    今日も、なぜか長女の電話登録の画面が現れた。

    そして、
    履歴を削除したわけではないのに、
    またいつの間にか消えていた。

    ごめんごめん・・・・。
    あなたのこと、忘れてないから。
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    【2015/12/14 23:07】 娘のこと | TRACKBACK(0) | COMMENT(46)
    この記事に対するコメント
    泣けちゃう
    奥様
    泣けちゃうよ
    bunnちゃん、旅行行こう、
    横浜にいらしゃるとき
    会いたくなったら連絡してね
    【2015/12/14 23:23】 URL | bunn #- [ 編集]


    >bunnさま
    一緒に泣いて下さり、ありがとうございます。

    【2015/12/17 10:16】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    奥様はか弱いから
    奥様
    いつの時代でも、女は耐えて、偲んで、
    ですよね〜
    二人でしか話せない話しもありますよ
    母親って、父親より精神的に一家にあっては
    中心にならないといけない時もあるから
    全てを放り出して伊東、箱根に行って、温泉て
    こんなにも、身体を癒してくれるものなのかぁとしり、奥様にも、是非と、
    【2015/12/17 13:36】 URL | bunn #- [ 編集]


    >bunnさま
    すべてほおり出したいですぅ~~~

    今はできないけれど・・・・。

    温泉大好きです。
    【2015/12/17 22:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    ノーベル賞を
    奥様
    母が全快しました。
    長男が、『おばあちゃん凄いね〜、人間って凄いね〜』
    母は確かに凄い人だと思いました

    奥様、母の苦労話ししたら、まだまだ、と
    思われるわよ。私も人様には言えない苦労
    長男に相談して生きてきたの
    三男も、色々、嫌な思いを乗り越えながら、
    私は、ある方が自分以外誰も信じない。
    そんな人生寂しすぎるとずーっと思いましたが
    誰かれなく優しくなすって、私の尊敬する著名人が、その方を徳を積んでおられる。あんな立派な人は、今の日本には居ないと。私も同感して、この方は、沢山のご苦労をなすったから誰に対してもお優しい、ご自分は骨身を削っているのに、ある時、この方が、誰も信じていなくて良かったと思いましたよ、逆にそれが幸いすると思えました。

    三島さんは、ああなるまでに、誰も信じられなくなりましたが、
    奥様、
    私達二人とも、日本を良くしたい、その為に頑張る言論人を支援して。今日まで。
    それが出来たのは、経済的、家庭的に恵まれていたからこそ、ありがたいことですよね〜
    十分過ぎる程自分の時間を使ったのです、
    私達
    だから、今は、それらから少し距離を置いて
    家庭に戻りましょうよ
    温泉旅行も四泊して、身体も心も疲れがとれました。
    先に書いたように全てを投げ出しても、自分のことは投げ出せない
    はてさて、私の老後は?
    私達は、若くはないから、先ず、自分を大切に。それには、心をゆったりとたもたないことには、
    伊東温泉、行きましょう、いい宿取りますから
    【2015/12/18 03:50】 URL | bunn #- [ 編集]

    追伸
    奥様
    ノーベル賞を受賞なすった方のアメリカの大学で後輩になられる方から群馬から帰りましらあ便りが来ていました
    エリートコースを歩いてこられた方が、中学のころ自殺を考えた事が書かれありました、
    名だたる進学校に入学して、一番だった成績が50番位になったショックからだそうです、
    それを書こうと
    全く違うこと書いて、私馬鹿よね〜
    【2015/12/18 04:05】 URL | bunn #- [ 編集]


    (妄言)
    >お墓には相変わらず!?お酒がたくさん置いてあって
     ビールは「飲むパン」…ではあるにしても…嗚呼、税金!(orz)
     こちらのイメージは通常500か350mlの缶。でもミュンヘン留学経験者がイメージするとしたら?…もしや西尾先生が書いてたアノ話って(「2014/12/02 06:40」稿↓)、或いは本場がぶ飲み基準のリットル単位だったのかなあ。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1721.html#comment
     それはそうと…出始めるまで暫くかかる。チョロチョロ出てる時間が長い。まだ出し足りない気がする。でも…いい加減、コメント欄の拙稿が長くなり過ぎた。そろそろ書く場所を変えねば。言葉の未練(?)は残尿感と相似たり。現に先日「よろよろ徘徊」からの連想は、その後デモ行進の「集団徘徊」視へと繋がった(前稿↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1776.html#comment
     ふと気になってwikiの「前立腺肥大症」を見ると、こう書いてある(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >年齢とともに生殖能力が必要でなくなるために、前立腺は萎縮するか肥大するかの二者択一の道を選ぶ。昭和30年代(1955年代)ごろまでは、日本人男性のほとんどが前立腺は萎縮の経過をたどっていた。ところが、食生活の向上・欧米化により、現在では80歳までに日本人男性の80%が前立腺肥大症になるといわれている。
    --------------------------------------------------------------------------------
     欧米人の場合どうなのかしら…てな話とは別に、妄想の方は専ら肥大するばかり。例えば「昭和30年代」が気に懸かる。当時の書壇は毎日展を含め、規模肥大/拡散へと向かう戦後的下準備の真っ最中だった。雑誌方面では森田子龍(↓)が手掛けた『墨美』の時代を迎え、1976年には芸術新聞社が『墨』を創刊するが、どれも傍目には言語芸術から視覚芸術に脱却した後の昭和メルクマールと云えよう。今にしてみれば国語/古文書側からのアプローチと無縁もしくは絶縁状態となすべく仕向けられた呪符的副作用に、過去の一切合切が理念もろとも蔽われていたかの様でもある。
    http://www.all-japan-arts.com/rekishi/1003rekishi.html
     書道の環境と前立腺肥大。全く関係ないけれど、無理矢理こじつけてみれば存外アッサリ気が触れぬでもなさそう(←ドゥルーズ的?)。萎縮の明治、肥大の昭和…。

    (近況)
     どうした訳か、注文してない西尾全集12巻が届いてた(2015.12.11)。そのうち買うつもりだったから手間が省けた面もある…一応ここは払っとかにゃなるまい。爺婆現役の頃から半世紀は取引があるし(外商)、今も毎回『墨』と『レコード芸術』を届けて貰って居る。全集の方は去年か今年の配達時だか集金時、一度だけ注文した事があった。その時「そろそろ続刊も出る筈」と言ったから、新しいのが届いてもおかしくない。
     そこは支店の多い老舗だが近年は不景気らしく、その日の朝刊地元面には一店舗の閉鎖が大きく出ていた。本店は基幹的商業地域の所謂シャッター街に位置し、駐車環境が不便かつ有料なので足は遠退きがち(汗)。このまま黙って定期購読の自然成立とした方が宜しかろう。…そう云えば十数年前、こちらは匿名(住所・氏名・電話番号etc)なのに話の成り行きで贔屓の書店名に触れたところ、相手の天来書院ラスボス(?)から贈呈本の『信濃川治水紀功碑』が正確に届いて吃驚した事がある。嬉しいのに罪悪感みたいなものが残った。貰い物に慣れない。精神衛生上よくない…。
    【2015/12/18 07:56】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    四年目ですか…
    震災の翌年でしたね…

    我が国の人々は…震災を転機として
    「絆」の尊さを再認識していたときでしたね…

    その時に…
    大切な大切な
    それこそ身体の一部とも言えるお嬢様を失われ…
    その悲しみは
    決して癒えることがないのでしょう…

    癒えることがないとわかっていても…
    この言葉を贈ります。
    宮沢賢治『銀河鉄道の夜』で…灯台守が語った言葉です…
    「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
    【2015/12/18 23:39】 URL | 山古志 #- [ 編集]


    (脱線ネタ~津軽弁でニーチェ)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1834.html
     奥様の旧稿(↑)を読み返したら魔が差したらしく、趣旨は違うけれど不図やってみたくなった。…すぐに途中でやめちまった。だんだん調子がおかしくなる。言葉が見つからず、内容もどんどん離れていく気がする(←事実そうなってるw)。到底、西尾先生の様には翻訳でけしまへん。お手上げですぅ。降参。
     日本語は…たぶん共通語を律する翻訳可能性に軸足を置く事で、過去を分別/萎縮させて~すなわち東西観における自己を進歩させ/排泄してきたのだろうなあ…。よく「神とゴッドは違う」と言われるけれど、津軽弁で云う「神様」はイタコの様な霊媒師タイプを包含するくらい意味の幅が広い。下記半端稿に失笑してくださる方々は、真面目に読むと土着性/母語基準の「壁」がどんな誤解/無理解を惹き起こしかねないか気付く筈。それと似た壁をそれ以上に感じながら、西尾先生達プロの翻訳家は外国語相手に格闘してきたんでしょうナァ…。
     参照した底本は『ニーチェを知る事典』(ちくま学芸文庫)P.334以降。

    ほんず――おめだぢ、アノほんず知らねがぁ? 昼間に明かりッコつけで市場サ行っで、のべつまくなし“わ、神様探してらんず”ってへってらったオド様の事だネ。ちょんど市場サ神様信じネじっこばばばりウジャウジャって居でな、ほんず馬鹿にされてらったのし。神様いねぐなったってがぁ? ってへったり、神様わらしだけんた迷子サなったってがぁ? ってへったり、神様隠れたべが、わんどバおっかながってらべが? 神様船でどっかサ行ったべが? 神様引っ越したべが? すったら事しゃべって笑ってらんず。したら、ほんず出てきて睨みつけで、こうへったネ。“神様どさってがぁ? へば、おへでやら。わんどが神様ころしたんだネ――おめだとわんどがし! おらんど皆で神様ころしたんだネ! だばって、なしてわんど、すったら事したんだべな? なしてわんど、海ば呑めだんだべ? 向こうば皆さらげでまるぐれの吸い取り、誰けたんだべの? 土地ば日ッコがらハゴにしてまった時、わんど何したったべが? いま土地、どっちゃ向いて動いてらべが? わんど、どっちゃ行ってらべが? どったら日ッコがらも離れでまって、どさ行くべ? わんどァ、いっつも落ちでらんでねが? したばってそれ、後ろか横か前か、あっちゃこっちゃサだべが? そもそも上だの下だの、まだあるんだべが? わんどァめくらめっぽう、わがんねで彷徨ってらんでねが? やませ吹ぐんでねがぁ? しばれるんでねがぁ? いっつも夜ばり、どんどど夜ばり来るんでねが? 昼間にも明かりつけねばなんねんでねが? 神様埋めるおどなりッコ、まだ聞けんでねべが? 神様腐るカマリさねが?――神様だって腐るのし! 神様死ぬのし! 神様死んでらのし! しかもわんど神様ころしたのし! 皆ほんつけなしのほんじなしだネ、かんにかんに、のぉ? 大千世界に南無南無てナ、わんどサかかって死んだのし――わんどサ飛んだ血ッコ、だい拭いてけるべ? どった水だら風呂サ入れるべ? 禊ぎだの祭りだのやんねばまねべが? わんど何したって、もうマイネんでねが? 南無南無ってへば、わんど神様仏様サなるんでねべが? こったら祭りだっきゃねがんべけども――孫子の代まで祀ってまいへェ、天子様だけんたふうに千代に八千代に!”――そう喋ったっきゃ、ほんず黙って周りばジロッと見でらった。じっこばばも黙ってまって、ほんず見てきさわりがるばりで。したらほんず明かりば投げで、火ッコァねぐしてまった。

    (附録)
     高木恭造の詩作例、発音資料と共通語訳。
    http://www.youtube.com/watch?v=5fIchDApizc
    http://takagikyozo.blogspot.jp/2008/03/blog-post_23.html
    【2015/12/22 01:17】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >bunnさま
    伊東温泉ですか・・・・・
    まだ一度も行ったことありません。
    行ってみたいと思いますが、なかなか・・・・・・。

    >山古志さま
    コメントありがとうございます。
    いい言葉ですね。

    >草かんむりに平さん
    言葉って不思議ですねぇ。
    英語だって、いっぱいなまりがあるっていいますよね。

    文字で見るぶんにはかなりわかりますが、
    きっと音声だけだと半分以上わからないと思います。
    【2015/12/23 20:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    ちと早いけど、謹賀新年。

    >きっと音声だけだと半分以上わからない
     実は奥様に広島弁のを所望したかったんだけど…やめときました。こちらではニーチェより言葉自体の臭味(かまり)が勝って/併呑してしまう。風土の前では無力な意思/言葉など誰が望むものか。それだけ方言が標準語の脅威となり得ていたのでは。見方次第では文明開化の「内なる敵」と云えるかも知れない。この意味では「美しい/正しい国語」に新参の胡散臭さが感じられなくもないし、翻訳不能なルサンチマン(?)が方言に根付いていく契機も相対的には窺えたりする。

     文語表記と口語方言とが分かたれたまま共存していた時代、口語が文語に浸蝕されていく蠢きは先ず、音声と文字の同一性を指向する場に持ち込まれた。標準語に対する方言と、活字表記に対する書字表記と、過去的位相にある双方が平等に萎縮を余儀なくされていった。そこから生まれ/整理された言葉(国語/古文/漢文)が歴史上の裏付けを僭称し、活字と書字の差異を教育上ひた隠しにすると、今度は方言の側が「文字とは無縁な過去」と嫌でも対峙せざるを得なくなってくる。無文字社会は必ずしも無文字環境ではなく、文字文化と無文字文化が「共に文化的なまま」保存されてきただけなのに、ともすれば文字社会は無文字社会との対立構造を差別的(?)に仕立てたりする。
     そう捉える場合、方言とは一体なんなのか。ひとまず家庭があり、地域があり、社会がある。しかしより包括的で大仰な「民族意識」(非自己的)からは程遠く、逆に排他的(自己的)な方が望ましい。そんな地域保存の力が音声言語そのままに宿り、しかも棲み分け加減の智慧を文字に委ねてきたと見るならば、外交的/翻訳的素地はむしろ〈内〉の側にあった筈。〈外〉は度外視/隔絶して構わない。しかし〈内〉となると絶対に避けては通れない。〈外〉のままで構わなかった文字が、〈内〉なる音声との同一化を指向したところに、所謂「言文一致」の猛毒性が立ち現れた~すなわち〈内〉の変容=標準化がなされたのではなかったか。
     文字言語の側から見れば、石川九楊『二重言語国家・日本』(NHKブックス)の様な遡り方が真っ当と映らなくもない。しかし国家語としての日本語/国語(標準語)が成立してからは百年少々しか経っておらず、千年規模の前史を踏まえれば帯の文句「日本語は中国語の植民地語である」はさぞ誤解されやすかろう。漢語は日本語の「植民地的」記録媒体、とでも云った方がまだ分かる。この手の相互補完的構造は漢字伝来後の書字/識字史に限らない。漢語が文字性を捨てて方言の音声に溶け込んだ際も、無文字文化としての方言は別の意味での二重言語性を宿し続けた筈。また日本語が漢語を植民地化するのと同様、隣国も日本語を植民地化したのだから要は「おあいこ」(外来語の一般化)、取り立てて云々する話でもあるまい。
    http://www.kkjin.co.jp/boso010_130818.htm

     漢字/漢語は前立腺の様に萎縮したり肥大したりする。で…感じたまま書いたら「萎縮の明治、肥大の昭和」と相成った(前々稿)。そうなった理由を年末ダラダラ考え続けて居る。~萎縮したら楷書しか読めなくなった。読めないまま肥大したら「表現が豊かになった」。萎縮と肥大は共立可能で、どちらも或る意味「気持ちいい」。読めない外国人の「国際的な感覚」にも似た誇らしさ。同じ国際感覚の場で視覚表現を肥大/拡張/洗練する誇らしさ。どちらも病的倒錯のプロセスなのに、歴史/起源の話を無理矢理ねじ込んでも仕方あるまい。にもかかわらず、ダイナミズムの邪魔となる事に気付かないか、もしくは自分で自分を騙す(ふりをする?)かで保守的態度が賄える場合、学問は方言の様な非国際的/退嬰的(?)残像から遠退いたりする。
     そんな「生涯教育」を開国後/戦後一貫して続けたら皆、おかしくならない訳がない。~話は変わるが憲法九条だってそうだろう。あれを最初に裏切ったのは「生みの親」たるアメリカ自身だった(朝鮮戦争勃発以後)。すると教祖入滅後の宗教よろしく、やがて信者達は自発的解釈それぞれに憲法墨守を唱え始めた。親米もとより反米姿勢とも両立可能、日本は忽ちフレキシブルで好都合な憲法教の巣窟となった(キリスト教そっちのけ)。国産左翼や憲法カルトに中身を奪われた以上、オツムてんてん「もはやアメリカ製ではない」と思うのが普通では。日本化=変質プロセス七十年を検証したところで、沖縄等々に通じるとは考えにくい。あそこは日本以上に日本的(戦後的かつ非現代的)な、中国と台湾に見られる「支那性の同時並行」とは異なる形のパラレルワールドなのかも知れない。
     この手の雛型が方言世界=「地方」には沢山ある。今はわざわざ札幌から沖縄に飛んでくる運動家も居るそうだが、なにやらISとの共通/共感要素が垣間見えなくもない点、少しく儚げにオソロシイ。~テロリズムは恐怖の背後に戦争と反戦の両方を抱え、前者は暴力テロ、後者は非暴力テロの形で差異化される模様。なぜガンジーやマンデラは当初テロリスト呼ばわりされたのか。その後なぜテロリスト呼ばわり「されなくなったのか」。片や日本史を逆算すれば、武家テロリズム(?)の非テロ化(「悪党」路線?)が予め「天下」への収斂プロセスを担っていたかの様に思えなくもない(非ナチ化の場合はどうだった?)。皇室の担った歴史的意義には、もしかしたら途轍もなく重要なヒントが隠されているのかも。
    【2015/12/31 23:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草かんむりに平さん
    今年もよろしくお願いいたします。

    東京で大学生活を送っていたころ、
    方言をなるべく出さないように頑張ったものです。
    なにしろ、方言は田舎者・・・・という感じで、恥ずかしかったからです。

    今は、全然恥ずかしくありません。

    言葉、方言、文字・・・・・・・・・国語は文化そのものですね。
    【2016/01/01 22:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (新年遺事)
     クレンペラー最晩年のベートーヴェンsym.7動画(↓)を見つけた数日後。
    http://www.youtube.com/watch?v=fiIh80jYeGE
     スローテンポの反動…ではないけれど。年末年始の録画を倍速再生すると、当然ながら映画「のだめカンタービレ」(大晦日放送)では音楽が台無しに、ローカル番組「津軽弁の日」(2015.12.27放送)では独特の雰囲気(かまり?)が台無しとなった。~その中で伊奈かっぺい氏が、「どさ行くべ」が津軽弁では「ねーんでねが」(言わないのではないか)とコメント。一瞬「そは津軽弁に非ざるなり」の意味かと焦ったが、発言時の「川柳の部」参考作品は「どさいくべ/嬶(かが)の化粧が/やたら白(しれ)」で、「どさ行く気?」とした方が津軽弁話者にはよく伝わるとの趣旨だった。…実は苹ちゃん、地元民なのに津軽弁にゃトンと自信がないのよね…(orz)。
     標準語後遺症~てな切り口なら、方言不具の弁解にはなるだろう。実際、そうした教育しか受けてこなかった。コミュニケーションに障碍のある人を方言の流暢さで弁別できそうな気がせぬでもないが、そんな手口は勿論「都会にゃ通じない」んだろうなあ(西尾先生の疎開当時は、どうだったのかしら?)。…それと同じ事が、古語や書字言語の「時代錯誤性」一般にも云える筈。言葉の規範がコミュニケーション自体を排泄すると世代間の断絶が「自然に」促進され、それがやがて文化間の断絶へとすり替えられ、世代との関わりは間接的/婉曲的なまま歴史感覚の鈍磨に揉まれつつ消滅/変質/再生に向かう(文化はコミュニケーションを双方向に捕食する?)。
     …「捕食」の一語が視野に入るまで半月かかった。取り敢えず、メモして置く。

    (「日録」を読んで)
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1610
     ↑を読んだ後、経済ネタ含みの映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(2016.1.12放送)を見た。今度は倍速再生でなく、たまには普通の速さで…すると何故か時間を損した気分になった。慣れというものは恐ろしい。変動相場制の場合もそうだろう…と、視聴翌日に出た「日録」(↓)を見て思う。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1611
     この映画は2007年の不況時代(日本経済崩壊前夜との設定)から1990年のバブル崩壊前夜に総量規制阻止エージェントが送り込まれる筋書きで、当時の苹は脳味噌の組み換え実験を始めた(変動相場制→金本位制)。消費税導入/物品税廃止の後、湾岸戦争前後の金はグラム二千円まで上昇したものの、すぐ元の下落基調に戻ったと記憶。値動きの幅は年二百円くらいだったかな。それから延々と下がり続け、十年後には遂にグラム千円を突破(大底)。この期間に苹は「変動相場制を疑う」感覚を身に付けた。~五百年史どころではない、半世紀に満たない為替システムの話が何故こうも世界を揺るがすのか。ここ暫くの中国は、世界有数の金産出国であり続けて居るのに?
     印象としては中国の産金報道が下火になった(?)頃から、AIIBやSDRの話が本格化し始めたかの様な。あそこの金備蓄戦略は当初からSDRと絡み、リーマンショック後は特にEUの金需要が急増、アメリカでは金本位制復帰へのシナリオが陰で取り沙汰された。更に云えば金は無国籍通貨。日本の金備蓄は大半がアメリカの連銀地下金庫にあるそうだし、ドゴールみたいに軍艦で現物をフランスに持ち帰るのは例外的らしい。
     詳しい引用ネタは壊滅前の天バカ板から転載した事があるけど、奥様側では今も閲覧できるのかしら?…「2008/03/19 21:29」と「2008/03/24 03:01」の非表示稿(「西尾論考を三倍おいしく読もう」↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-524.html#comment
    【2016/01/15 05:38】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    (短いけれど…補記)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1370.html#comment
     その後ちょいと調べたら中国は世界最大の産金国になってたし、産金量増加ペースに言及した旧稿も思い出した(「2012/09/29 19:48」稿↑)。またドゴール時代のフランスばかりでなく、今はドイツも国外金準備(「2008/12/18 21:27」稿↓)の自国移送に乗り出したとやら。そのきっかけは米国発、ロン・ポール下院議員やGATAの提起した疑惑が口実となった模様。在米金準備は各国の人質みたいなもので、いくつかのAIIB構成国にはドイツ同様の動きが見られるとの噂もあるそうな。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-651.html#comment
     「日録」の続きに期待が膨らむ。~前稿を出した後「リアルインサイト」へのリンクに気付き、講演全体の要点(と見ていいのかな?)を一通り読んだ。
    【2016/01/17 00:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    私もビフォアアフターを倍速で見ます。

    私も広島弁、半分以上しゃべりませんよ。
    【2016/01/17 22:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (80歳でも×××/死ぬまで×××/死ぬほど×××)
    http://www.youtube.com/watch?v=YT9ata0sIdQ
     地元紙夕刊の映画館上映欄に成人向けの「金粉ショウ」があった頃、テレビでは横溝正史の『三つ首塔』が流れていた(1977年版↑)。また時代劇の場合、「おぬしもワルよのう」「お代官様こそ」の菓子折は中身が小判だった。~十年後のバブル時代、再び興味を持った。所謂「永遠の輝き」と云えば金。もちろん偽物でなく本物がよい。今度こそ実物が見たい、手懸けてみたい。でも扱い方が分からない。困っていると丁度お誂え向きの本に出逢った。そこから総てが動き始めた…目当ては小判でなく金粉!
     本格的なのは鹿膠を煮て溶かすそうな。本物の金粉と混ぜ合わせて金泥をつくる。…要は紺紙金泥の尺八屏対聯形式に雁塔聖教序を全臨した時の書道ネタ。出逢った本は宇塚澄風『甦る金字経』(木耳社)で、監修は小松茂美。これがトンデモナイ代物だった。燦然たる実物標本(!)が、なんと手作業で貼付してある。その一々が印刷でなく肉筆だと、初版品切の後は重版不能とならざるを得ない筈(事実上の限定出版)。本文の内容も頭抜けており、苹ごときが無駄にアレコレ書き散らすよりは、こちら(↓)を一読して貰う方が遙かに有益と心得る。
    http://www.portwave.gr.jp/kindei/fukusima/eisyou.html
     死ぬまで金字経。死ぬほど金字経。そんな技師が天平時代には沢山いた。もうじき上梓から三十年になる今も貼付標本は鮮烈で、苹の試し書きなど足下にも及ばない(あの時は呉竹精昇堂の「純金ねり墨セット」を三つか四つ使った)。湿度や温度に気を配って書き、猪牙で磨かなければ真の輝きは出ないらしい。実物を見た人ならば、この書物の途方もない価値に必ずや瞠目するだろう。古書店での入手機会を逃してはいけない。絶対、買って損はない。

     ところで、なぜ金粉は金色でなく茶色なのか。なぜ値段が高いのか。呉竹の「純金ねり墨」は1.3瓦(グラム)入り9300円、セットで9800円した。次はもっと安い費用で本格的にやりたいと思ったが、金粉は加工賃の分だけ金地金より割増の筈。ならば地金をゴリゴリやったら…と考えるのが素人でござんす(検索してみたところ、多分この辺を使うのが無難なのだろう…↓)。
    http://www.horikin.co.jp/products/category/powder/mud/
     1991.8.29初版の長谷川慶太郎『金の時代 金の世界―日本の金ブームの将来を読む―』(ダイヤモンド社)は勉強になった。田中や徳力の系列時計店では様々なパンフレット類が入手できた。…日本の金を起点として、世界の金に視野を拡張する。ただし基本は書道ネタ。こちとら天平・平安のテクニックを踏まえる姿勢に変わりはないし、ジパング伝説以前の奥州砂金インパクトを考察する上でも金字経をめぐる傍証的視点は欠かせまい。
     前稿では中国の産金量増加ネタを蒸し返した。開発過程で環境破壊がどれくらいの規模に達しているか懸念される。以下は室町時代。長谷川本P.172~173より(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 一方、中国では、国内に大規模な金山を持たず、また「砂金」を産出する河川もなく、満州、すなわち現在の東北地方が中国の領土に含まれていなかったこともあって、ほとんど国内での「金」の生産はなかった。
    > したがって、中国では、「金」は「大量に生産される銅」にくらべて、希少性が高く、その分だけ「金」と「銅貨」の交換比率がいちじるしく「金」に有利であった。すなわち、少量の「金」を輸出して大量の「銅貨」を輸入しうる立場に、その当時の日本がおかれていたから、中国にとっては、ほとんど唯一の「金」供給国としての日本の存在が大きくクローズアップされ、そのことが「黄金の国」伝説を根拠あらしめたと見てよいだろう。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2016/01/24 05:44】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     前稿を出してから半月が経つ。…そろそろ何か書いとかないと?

    (余談Ⅰ)
     うちの婆様は下北半島の下風呂(しもふろ)や大畑(おおはた)の近辺で育ち、戦時中は大湊(おおみなと)の海軍病院に勤務した。敗戦直前は拠点を北海道のアイヌ部落に移す噂もあったとか。子供の頃(戦前)はウニやアワビが身近な環境だったが、タコに足を取られて海に引き込まれそうになったり、かき氷の食べ過ぎでひっくり返った事もあるとやら。今でもアイスは大好きで、毎日の様に「ガリガリ君」を食っておる(因みにアイス「クリーム」は殆ど食べない)。
    http://www.foodartisan.jp/products/okoppe/
     本州最北端に秘境のイモがある(↑)。親戚から送られてくるのは奥戸(おこっぺ)の産で、数十年来「粉ふき具合が好き」との事。調べてみたら「三円薯」って品種だそうで、原名の「バーモント・ゴールド・コイン」にビックリ(←苹の金選好とは関係ない)。…でもナァ。「苹」って漢字は「芋」と間違われがちだし(うさねこ様も最初そうだった↓)、してみると因縁めいた面が感じられなくもない。むしろ「芋」呼ばわりに親近感さえ覚えたりもする…。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-710.html#comment

    (余談Ⅱ)
     昔ながらの印象だと、関東以北の国立書道系は新潟大が最高学府…他には岩手大と北教大(分校)か。少し南下すれば筑波が北限で、東北出身者には東京以西だと経済的にゃキツイ。所詮ワンルームは寝床だし、都会で他に六畳以上の書道部屋を確保したら大変な出費になる。そうした意味でも所謂「駅弁大学」は環境面が貴重で、独習の水準次第では教授陣や研究資料の不足を或る程度までなら補える(かもよ?)。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1050669349.html
     三浦淳ブログの新潟ネタ(↑)を見た。…いかに入試倍率が高くとも、結局は出口のニーズに振り回される。東京都では例外二名を除く書道教員全員(約130名)が非正規雇用の非常勤講師。つまり都教委は戦後一貫、率先垂範して採用ニーズを入口段階から潰し続けてきた事になる。全国では採試を実施したのが少ない年で4県のみ。文科省が是正指導できないのなら、都道府県教委に敗北したのも同然だろう。その皺寄せが大学に行く。
     文科省に各地の教委や学校を統率できるとは限らない。それより上位だった組織の亡霊に、今なお誰もが呪縛され続けているのではないか。GHQ(CIE)の亡霊が地方/民間を、地方の戦後的迷信が文科省を、文科省の被虐的防衛本能が大学を苛め抜く所まできた。そう捉えれば「負の連鎖」が回り回って、歪んだ平和主義に抑圧された自衛本能が「いじめ文化」を生み出したかの様に見えてもおかしくあるまい。
     …そう云えば、新潟を本拠とする書道用品専門店に「東方交易」がある。青森に出店したのは世紀末頃だったかな、行ったら戸惑った(狭いエレベータで上がるのは後ろ暗いイメージ?)。嘗ては田中文具も大坂紙店も表通り一階にあった。やがて東方交易も移転して脇道一階の店構えとなったが、十数年後ふと気付いたら、月に一度の出張営業方式となっていた。…そのうち撤退するに違いない。青森の教育界は書道を必要としない。頑張ってるのは社中だけ。なれど大抵は少子高齢化で息絶え絶え。片や社中/流派イメージが強まるほど、高校の芸術科目としては前近代的で異色と映る(それが何を意味するか?)。
     余所では売れているのかしら。大学書道科が消えたら新潟では東方交易、岩手では「きづや西林堂」などが傾くだろう。文科省の姿勢には、そうした地域経済縮小効果も織り込まれているのかしら。…でも仕方がない。朝ドラ「あまちゃん」に出てきた台詞「駅長!大変です!GHQが来てます!」(第145回↓)は存外、それとなく田舎の現実感覚に近いのだろうから…たぶん。
    http://juntoai.blogspot.jp/2013/09/145915.html
    【2016/02/08 21:16】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (余談の続き)
     先月、河合雅司『日本の少子化 百年の迷走 人口をめぐる「静かなる戦争」』(新潮選書)が上梓された模様。その梗概だろうか、三分載の産経記事を見た(↓)。
    http://www.sankei.com/premium/news/160206/prm1602060029-n1.html
    http://www.sankei.com/premium/news/160208/prm1602080016-n1.html
    http://www.sankei.com/premium/news/160209/prm1602090007-n1.html
     「結局はGHQ(CIE)への責任転嫁かよ」と腐す向きがありそうな筋立てではあるが、後先の関係を書道方面と比較すれば「日本側の自爆水準」はかなり低く、少子化方面での説得力は相対的に高いと思った。それだけ書教育における日本人関係者の罪科は重く、明治/文明開化まで遡る自虐水準は近来の朝日新聞レベルを超えて「年季が入っている」。明治中盤以降の国民ほぼ全員が歴史的文盲になるのを阻止できないどころか、「読めなくていい」とまで開き直り出したのが昭和中盤以降の書道界だった。河合氏の指摘通りなら当時、既に少子化効果は潜在していたのだろう。それが書塾全盛期の昭和五十年代を経た後、ゆるゆる露骨に顕在化していく(少子化二世代目?)。
     当時はクリスマスケーキの比喩(女25歳を過ぎたら投げ売り/婚期を逃す)が通用したものの、今にして思えば少子化が晩婚化へと「進化する」前夜だった様な。晩婚だから少子化したのではなく少子化が晩婚化への導因となり、そこから連鎖が始まる。原因と結果の前後関係が無効化する所に円環が生まれる。西尾先生は移民/難民を「存在するものではなく発生するもの」と書いたが、少子化社会では或る意味「水子」の群衆が生まれる(虚数のごとき「虚民」)。…沈黙の虚民と棄民にどれほどの差があろうか。虚民には教育費も生活費もかからないが、棄民は生活費が要るのに沈黙を続けるから粛清できない(虚民が「黄泉返り」したら忽ち棄民に「なる」?)。
     生きて居るのに死んでいる。死んでいるのに生きて居る。そんな隣接性が双方の距離を狭めるかの様に妄想できた(上掲三記事の読後感)。高齢者の生活費は年金で、他のは生活保護かしら。自殺者が「遅れてきた水子」の様に振る舞うかも知れないオカルト妄想は「先達の水子」達と融合するが、それなら歴史のifとして回顧される程度には「死に甲斐」くらいありそうなものだろう。しかし水子各々に歴史はないのだから、互いが融合するほど結局は「話にならなくなる」。そこに少子化と歴史喪失との交点があるのかも。忘却以前の忘却。喪失以前の喪失。

    (更に余談)
     今夜偶々、こんな論考を見た…(↓)。
    http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45954
    >世界史が教える日本の大学の構造的欠陥
    >このままでは日本から大学が消えていく [伊東 乾] 2016.2.8
    【2016/02/15 03:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (戦後書教育に呪縛された構造的欠陥?)
     文字言語、書物、そして「読む事」とは何だろうか。~あたしゃ飽きもせず同じ繰り言ばかりしている気がせぬでもないが、チンタラゆっくり考えるうち、時には見過ごしてきた盲点を影の様に踏みつけてきた事に気付いたりもする。こんなのを踏襲と云うのだろう。咀嚼とは違う。しかし存外そうでもなさそうな気がしてきたりする。影を噛むなんて出来っこないのに、実は咀嚼自体が丸ごと影の領分にあるかと思うと「踏むのも噛むのも大差ない」(「あなたの噛んだ小指が痛い」→「進撃の巨人」!)。
     巷の話題に、「亞書」とか呼ばれる書物の形態(芸術作品?)があるらしい。誰も読めないそうで、文字言語としては全く機能しない。それが国会図書館に納品されて問題となったとやら。…どこからが問題か。どこまでが問題か。差し当たっては「問題でない」中空の領域があるとして、そこに向かえば「どこまでが」の問題、そこから離れれば「どこからが」の問題となるのだろう。この場合、多分「問題でない/正常な」実質の方が異質/異常な状態にある筈。なにせ「言語は差異」である。
     馬鹿々々しいと一蹴するのは簡単だが、結構そうでもない筈だ。教職時代の苹は芸術科書道の授業で、生徒全員が平仮名を読める様にした。すると校長室に呼び出された。校長と教頭と事務長だったか、ともかく三人が居並ぶ中で英語科出身の校長曰く、「おまえ読めるか、読めないだろ、読めないものは教えちゃいけない」。どうやら「読める様にしてはいけない」(「読めなくていい」のではなく?)と言いたいらしいが、苹には理解できなかったのでそのまま教え続け、そこで教職を終えた。~この出来事と「亞書」ネタが遠目に重なる。噛めなくなった歯茎から血…もしくは同じニオイが漂ってくる様な。
    http://www.all-japan-arts.com/rekishi/0710rekishi.html
     そもそも「読めなくていい」文字言語(?)自体、芸術作品に「なる」ものだろうか。そう考えているのは戦後日本の書家「だけ」ではないのか。沢山の本で見かけたのは確かだが(その殆どは手島右卿の「崩壊」ネタ由来?↑)、よくよく考えると美術/芸術畑の海外言説には全く心当たりがない。それどころかデュフレンヌ『眼と耳―見えるものと聞こえるものの現象学』(みすず書房)P.214を見ると、まるで反対の事が書いてあるかの様にも読み取れる(↓)。
    「あくまでも詩であろうとする詩が私に期待するのは、まず読むことである。そして逆に、私が中国の水墨画を味わうように、日本の歌絵を味わうことができるのは、単に私がそれを読むことができないからであり、また作品を意識的に歪曲することができないからである。言葉が言葉として機能するかぎり、読むことのできる者にとって、詩的なものは元来絵画ではないのだから、そこにおいて見えるものが読みとれるものよりも優位に立つことはなく、それが読みとれるものを解体するように見えても、それは依然として読みとれるものを理解するように促すのである。」
    http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/02/asho_n_9137714.html
     にもかかわらず「亞書」出版当事者は、「芸術作品」の名目と法的義務の隙間を楯に開き直ったりした模様(↑)。…心当たりがあるとすれば、学校書教育の杜撰な実態が詐欺的行為を唆すに至った典型的事例ではないかと。そんな気がしてならない。差し当たっては様子見に、芸術界隈の歯周病とでも見越してみるのが穏当かとも…。
    【2016/02/23 02:27】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    よくわかりません。

    でも、学校で生徒に読めるようにしたのに、
    叱られるってのは、おかしいとおもいます。
    【2016/02/24 22:02】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (文字を噛む)
     おくちアングリ闇の中、生きたまま噛まれたら大抵は即死だナ(躍り食い↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=NCzDhxldefc
     …頭の中で反芻し、噛んで含める様に読む。すると文字や言葉のバラバラ死体が、やがて腑に落ち意味をなす。時には「食べちゃイケマセン、ぺっ、しなさい」と叱られる事もあるだろうが、これはこれで口腔と胃袋、どう考えても中身の状態が違う。反吐は明らかに後者なれど、前者は普通どう呼ぶのか思い出せない。その上どちらも咀嚼が伴うから、ともすれば踏襲との垣根がますます失せていく様なのが輪を掛けて厄介だ…(←ここで胃液や胆汁もどきが俄にクローズアップされてくる?)。
     「自制できない」嘔吐反射が開国前の日本語書記文化をハードに滅ぼすよりは、自覚的に「ぺっ」する方がソフトな分だけマシなのかも知れない。そこまで熟慮したかは定かでないが、管理職側にも職務上、相応の事情がある筈。なにしろ占領期の「公職追放」以来、「生きて居るのに死んでいる」と「死んでいるのに生きて居る」の岐路に立たされ続ける身でござんす。「臭いニオイは元から絶たなきゃダメ」との判断も相変わらず継承されているらしい(例…「学校の統廃合や教職員の人事などについては教育委員会が決定するが、教員採用試験の実施概要は県教育長に委ねられている」↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_494.html
     未開人のジャップが文盲なのは、漢字仮名交じり文化の複雑さに原因がある。そう思ったGHQ(CIE)が調査させたら豈図らんや、世界最高水準の識字率だった。それを不都合と思ったのはガイジンばかりでない。西洋かぶれの日本人も「戦前から」日本語を改造もしくは滅ぼしたがってきた。日本語は改造されて生き延びたが(活字化と言文一致)、開国前の書記様式は滅びていった。そして概ね誰も読めなくなった…。
    「――先生だって腐るのし! 先生死ぬのし! 先生死んでらのし! しかもわんど先生ころしたのし!」…かんにかんに、のぉ。(←「堪忍してつかあさい」の意)
     …すると芋蔓式に病んでいく。常態は死に続け、病み続け、腐り続ける。しかも延々と繰り返す存在/行為/変化それぞれの鎖列は、まこと効果的に先生を神のごとく脈動させてしまう。…腐っても神。明治の高田竹山は「書は神術なり」と謂い、帝展(日展の前身)絡みの文脈で美術/芸術の範疇に置くのを躊躇したらしい。しかしながら「牙のない」神は非力、当時どのみち西洋規範には歯が立たなかった。この手の神は歯茎から腐る。世が世なら「噛めなくなった者」は、痩せ衰えて死んでいくのが普通だった。
     「生かされている事に感謝を」…よくある日本的美徳の表現だが、教育界を生かしてくれる「ご主人様」は戦後一貫GHQの儘だった様に思える。明治と戦後それぞれ亡霊が握手、今の斯界を設えてきた。とっくの昔にGHQ(CIE)は引退しているのに、それを憲法みたいに後生大事と崇め奉るからには、たぶん彼らの遣り残した仕事を代行しているのだろう。…文科省は表向き出来ない筈。ならば地方が「幻影上の直轄基盤」てぇ事になるのかいな(都道府県/市区町村教委と小中高)。ボトムアップ型の民主主義が文科省を隷属させ、大学の奴隷化を画策し、その成果を各地の初等中等教育が享受する。そこに独特の柵(しがらみ)があるのでは。如何せん、「公職追放」後遺症が組織的に維持されてきた事だけは否めまい。

    (ついに来たか、「日録」移転!)
     …新たなアドレスへの案内が出てる。今後こちらで「日録」ネタに言及する際、リンクの仕方を変えなきゃなあ(さっき旧稿のを試したら直リン出来なかった…)。
    【2016/02/29 23:52】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (臍を噬む)
     お膳立て(?)のキーワードは概ね揃った頃かと…そろそろ予定のを。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1776.html#comment
     書こうとした途端に脱線し始めるのは、とっくの昔に誰かが書いている筈だから。本で読めば分かる事を、わざわざ繰り返す必要がない。たまにはウッカリ書いちまったかと心配になり、旧稿を読み返すと大抵は安堵するが、時には「書かなかった事」への物足りなさが残る事もなくはない。例えば文化庁の手書きネタの場合(「2015/11/02 02:53」稿以降↑)、ひねくれてない真っ当な説明ならコチラ(↓)を参照するのが手っ取り早い。中でも「いつから細部にこだわりだしたのか」の段が苹には興味深い。他の記述は殆どが書教育畑の常識(断じて国語教育畑のではなく?)にあたる。
    http://shokaki.hatenablog.jp/entry/2016/02/28/194645
     「昭和34,5年(1959,1960)から厳しくなったようです」とある。…さもありなん。ざっと観察したところ本末転倒の「愛国的」反応が2ch等々に満載で、GHQ代行教育成果(?)の国賊級パンデミックに戦慄を覚えた。これが典型的な「嘔吐反射」レベルなのだろう。懐疑する必要がない。現場の常識を踏襲するだけでよい。教える側も教わる側も長年そう飼育されてきた。巷間では通常「詰め込み教育」と呼ぶらしいが、そうは見えない低レベル教育でも質的には同工だったりするからややこしい。
     現場の都合で採点基準が極端に厳しくなった。歴史的/社会的に正しい字の殆どが教育上では誤字とされ、小中高みな一丸となって文部省の通達を頭から無視してきた。そんな姿勢が成績優秀な生徒達に三世代ほどかけて承け継がれた結果、今では国民の大多数が「文科省のは余計なお世話」と思い込む様になった…気がする。そこに「昔よりは今の見方が正しい」との近代的/進歩的/理性的(?)判断が絡むだろう。「当時の感覚に即した見方が歴史に近い」とは考えたがらない。~この手の事象は所謂「教科書問題」で既に確認できた筈。書道/書字方面でも大いに参考となった。
     手書き漢字の基準が概ね一つに定まって居ないと生徒が混乱する…と苹は嘗て大学で教わった。どうやら実務上の全体主義教育は、一望監視方式の効率性ゆえに正しいらしい(…とまでは教わらなかったが)。また民主主義が全体主義の硬直性を緩和する場合、ポピュリズムは学問自体と学問教育との架け橋を無謀/非学問的な「上から目線で」司るだろう。そこに罠がある。教育現場と文科省とが全体主義的優位性を奪い合うと、一方が他方の全体主義的属性を却って内々に隠蔽し始める(学級経営を普通、学級政治/学級支配とは呼ばない様なものか)。それが傍目には、どちらに転んだところで結局は「満たされない結果」と映るだろう。
    (いったん中断)
     …ここ数日、何も書けなくなった。誤認も含め、情報は結果を効率的に自動化する。それと同じプロセスが、多分あらゆる場所に潜んで居る。常識が常識を縛ると思考や懐疑が不要になり、皆がシステムの胎内で夢を見る。年々蓄積されるビッグデータは(中高の場合)三年毎に更新されつつ類型を印象付けるものの、データの蓄積システムは元データの解釈/変容を促し、むしろ元データからは遠退くだろう。そこまでなら分かる。しかし元データではなくなったものを、元データの儘であるかの様に扱う作法についてはどうだか。
     取り敢えず、本稿ここまで。

    (備忘録)
    http://www.sankei.com/premium/news/160313/prm1603130015-n1.html
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    >2016.3.13 09:00更新
    >【赤字のお仕事】
    >漢字ヲ廃シ洋字ヲ以テ国語ヲ書スル~国語改良・改革運動の高まり
    >(1/4ページ) .
    > 前回、明治初期に発行された日本語の日刊紙を取り上げた。この連載で足跡を追う市川清流が同じ時期、新たに創刊された新聞に参加したことにも触れた。
    > 「まいにち ひらかな しんぶんし(志んぶん志)」は、発行所と数字以外全文ひらがな書きが特徴だ。清流はこの新聞の創刊初期に加わった。明治6(1873)年2月に発行を開始し、翌年5月、330番台(号)まで紙齢を重ねた。発行所は「啓蒙(けいもう)社(舎)」。各資料には紙面の文字に扁平(へんぺい)形の活字を使って印刷したとの記述が散見される。
    > 啓蒙社のあった神田淡路町2丁目は江戸期まで大名屋敷が軒を連ねていたが、明治期には同社の他に共立学校(現開成中学・高校)が創設されるなど学問や文化の発信地となった。現在は平成25(2013)年の再開発でオフィスや店舗、住居、コミュニティーの複合施設「ワテラス」が建ち、地域の新たな中心地となっている。
    > 「ひらかな しんぶんし」の編集・発行人は近代郵便制度の“父”として知られる前島密(ひそか、1835~1919年)だ。越後高田藩(現新潟県上越市)出身で、31歳の慶応2(1866)年11月に幕臣前島家の養子となり家督を継いで「来輔(らいすけ)」を名乗った。清流と不思議に縁深く、旧主の岩瀬忠震から英語の学習を諭され、岩瀬の実家である設楽弾正の家臣に数学を学んだ。清流とは10歳以上も年が離れているが、開成所筆記方では同僚だった。
    > 前島は幕臣となった年の暮れ、15代将軍に「漢字御廃止之儀」を建議している。国家の大本(おおもと=基本)は国民の教育であり、これを皆に行き渡らせるには簡易な文字や文章を使うべきだ-とし、難解な漢字が国語に及ぼす影響や廃止したときの利益などを論じた。建議は幕府の瓦解(がかい)で取り上げられることはなかったが、前島は執拗(しつよう)に同意の建議を2度(明治3、6年)新政府にも提出している。
    > 明治初期、急激な西洋化に伴う外国語の大量流入で「日本語は外国語に見劣りしているのではないか」との機運が高まった。漢字を廃しローマ字やひらがなを国字に採用すべしとの論文が数多く雑誌に掲載された。他方では江戸期まで特権階級だった寺院や僧侶らに“鉄槌(てっつい)”を下した「廃仏毀釈(きしゃく)」が全国的に激しくなるなど、旧套(きゅうとう)墨守が除かれ進取の気性が尊ばれた時期でもあった。
    > 「まいにち ひらかな しんぶんし」の創刊について、前島はインタビュー記事で「是(これ)は、仮名字のみにて、何事をも支障なく記し得べきを、世人に明示し、併せて漢字を学ばぬ下層の人も読得て、智識を弘むる利益ありと、市川清流、平野栄、山田敬三等を記者とし、明治六年春発行したる新聞紙と其(その)看板(研云、ビラ)なり」とした。清流は経験を買われ、版下製作のための筆記と校正を担ったのではあるまいか。
    > だが、この新聞は結果的には失敗に終わった。前島は理由として、庶民に新聞を読む習慣が広がっていない▽紙面が仮名ばかりで読みにくい-などで購読者がほとんどなかったことを自伝で明かしている。
    > こうした動きに対し、前島ら“漢字憎し”の急先鋒(せんぽう)たちとは一線を画す「現実派」も現れた。清流との関わりで代表的なのは、国語改良に尽力した教育者・啓蒙家の西村茂樹(1828~1902年)だろう。
    > 西村は下総佐倉藩(現千葉県佐倉市など)の藩校で儒学を学び、幕末期は幕府の外国事務取扱に就いた藩主に従い貿易取調御用掛として外交文書の翻訳や調査、作成などを担当した。維新後は著述に専念すべく佐倉に戻ったが、明治6年に新政府入りし文部省編書課長となった。
    > 同課の前身は清流の在籍した編輯(へんしゅう)寮であり、課長時代、近代国語辞書の先駆け「言海」編纂(へんさん)のきっかけとなる国語辞書の製作を大槻文彦に命じた。自身では清流が校正に関わった世界地誌「輿地(よち)誌略」を編者の内田正雄が死去した後、残された草稿を基に執筆・編集して完結させた。
    > 西村や福沢諭吉、箕作麟祥ら洋学者たちが中心となり明治7年4月に創刊した「明六雑誌」の第1号に、西村の国字改良論が掲載されている。
    > 「方今我国ニ於テ文字ヲ改メントセバ其手ヲ下スノ順序イカン、曰ク方今ノ急務ハ国学漢学洋学ノ差別ナク、唯国民ヲシテ一人モ多ク学問ニ志サシムルニ在リ」(原文は旧漢字、句読点は筆者)
    > 当時盛んだった、漢字を廃して「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」に対した持論で、(1)例えば山、川と書くと字画は簡易で意味も明白だ。Yama、Kawaでは字画が多く意味も分かりにくい(2)川、革、側は一見して意味を知ることができるが、Kafa、Kafa、Kafaでは三語別の意味を区別することはすこぶる難しい(3)漢字が伝わり千年余を経て、文字の用法は便利になった。漢字や仮名を併せて捨て、第一に洋字を用いるのは極めて困難である(4)断固として和漢の文字を廃して洋字のみを用いるならば、今日より以前の載籍(書物に載った意味や解説など)は全く読むことができず、二千余年の和漢の記述は曖昧なものとなってしまう-という。
    > 国民皆学を進め漢字や仮名に皆が明るくなると、(洋字と比べ)改良しようという意識が芽生えてくる。「是ニ於イテ和漢ノ文字ヲ廃シ洋字ヲ用フルノ説ヲ発セバ(中略)力ヲ労セズシテ其功ヲ奏スルコトヲ得ベシ」(原文は旧漢字、かっこ内は筆者)と現実的な方法で国字改良を論じた。
    > 明治初年に洋学者たちが中核を占めた「国字改良・改革運動」は、その後も継続し西村は次々と論文を発表している。政府は35(1902)年に官製の「国語調査委員会」を発足させ、前島は委員の一人に任じられた。漢字の使用制限や字体の整理、仮名遣い、ローマ字のつづり方などを調査し成果を発表した。この流れはのちの国語審議会を経て、現在の文化審議会国語分科会に引き継がれている。(稚)
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    【2016/03/13 23:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    お久しぶりですね。

    大衆というものは、どこの国でも同じなのかもしれませんが、
    突出した理解力、観察力を持った人が、
    ほんの少数いて、
    そういう人が、物事を突然変異させる力をもっているのでしょう。

    平さんは、その中の一員だと思います。
    【2016/03/15 08:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (補遺)
     開国後の教育界は洋学の「伝統」(←何処の?)に根差し、学校制度を司り、愛国的に現象する。その意味では国旗・国歌・日本語・日本文化、果ては国家の否定や冒涜さえも見方次第では「愛国」たり得る筈。朝鮮の愛国者が後の日韓併合で「生き延びようとした」(親日愛国)のとは違う形ながら、日本もまた西洋の脅威を感じ取ってきた。~よく誤解されがちだが、明治初期はまだ「国語」が存在しなかった。洋学の影響下で改造された日本語が明治33年(1900)生まれの「国語」となり、そこに籠められた教育概念の敷衍プロセスは政治的側面(欧化政策)と前後しつつ、やがて革新的な反日愛国の傾向をいっそう内包/対策する様になる。
     「国語」は生まれながらにして西洋からの影響を免れず、時には英語国語化論/英語第二国語化論などに振り回される。今も昔も「脱‐日本語」の文脈(目的?)に呪縛され続ける継起性に囚われているせいか、国語が嘗ての日本語を排斥するのには教育上の必然性があるらしい。逼迫した書教育(ごまかせなくなるレベル=高校書道)は国語教育から芸術教育に逃亡(亡命?)し、置き去り(?)の国語科書写も形骸化/硬直化せずに居られなくなった。にもかかわらず書字の領分を国語教育界が丸ごと引き受け続けた背景には、雁字搦めの監視義務(強迫観念?)に駆られた面とて「なくはない」だろう。
     そうとでも考えないと、昭和三十年代以降の漢字管理(厳密化/平準化指導)が苹には説明できない。いかなる字形であれ書字のアフォーダンスは先ず「読む事」を要請するが、読み方が元々ぶっ壊れた状態だと「読むに読めない」のは当たり前。そこで専門外の体育教師が「木偏はハネちゃイケマセン」と教えたりするなど「国民も教育界も」一丸となって、いつの間にか歪んだ規範/常識を無意識に瀰漫させるのが慣例となっていく。見かねた文科省/文化庁が今更どうにかしようとしたって、そう簡単には逆戻り出来まい。迷信と化したものを学問の手口で矯正するのは相当に難しかろう。もはや学校は学問教育の場ではなく、それより常識教育=迷信教育の方が「いかがわしくも民主的に」期待されているかの様に見える。

    (脱線話)
     先夜偶々、こんな一節が目に留まった(論壇時評、抄録↓)。
    http://www.sankei.com/life/news/160320/lif1603200028-n1.html
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    > 解説によると、ブレークスルーはディープラーニング(深層学習)という新技術によってもたらされたらしい。システム自らが大量データを学習して、そこになんらかの特徴を見いだし、新しい事象の発見や分類を行う。従来は特徴の定義だけは外部から与えられねばならなかったが、コンピューターが定義までを自分で発見する。さしずめ囲碁ソフトだと、過去の棋譜データから勝ちパターン(大局観)を割り出し、そのパターンにのっとった一手を選ぶというわけだ(むろん精度の向上は必要)。
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     なぬっ?…「深層」学習だと?
     ウッカリ忘れかけていた。あたしゃ日本語書記における表層構造の「字形」が深層構造の文字同一性/意識に収斂するメカニズム/アルゴリズムを仮想して、先行研究とは無縁のまま素朴に云々してたんだっけ(1990年代以降)。それが古文書学の初歩/基礎にもなる筈と、先ずは書道の授業で平仮名読解に踏み込んだら校長に叱られた次第(同席者の一人は事務長でなく教務主任だったかも?)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     …因みに今日は人事異動の発表日。「2015/01/26 22:15」(↑)など旧稿多数で触れた商業科の先生は県教育庁生涯学習課、知事部局、総合社会教育センターを経て、前々からの予想通り管理職ポストで現場に戻ってくるそうな(今度は高校定時制の教頭…念のため「【再掲】「俺妹」受難曲12」を確認したところ、予想したのは五年前だった↓)。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7361138
     それはともかく、取り敢えずwikiを見ると…(↓)
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    >今日のディープラーニングにつながる世界的に最も先駆的研究として、日本の福島邦彦(NHK放送技術研究所、その後大阪大学基礎工学部生物工学科)によって1979年に発表されたネオコグニトロン[27]が挙げられる[28][29]。ネオコグニトロンには自己組織化機能があり、自ら学習することによってパターン認識能力を獲得(概念の形成)していく。応用例として、福島らは手書き文字データベース(ビッグデータ)から自己学習によって手書き文字認識能力(各文字の概念)が獲得されることを実証した。しかし、当時は「手書き文字認識方式の一つ」と誤解され、その重要性についての認識が世間に広がらなかった。
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     感動した。細かい事は知らないが、苹の構想に近いかも。~文字認識のパターンを表層から深層に向けて分解(エンコード/概念化)し、それを様々な書体に再構成(デコード/変奏)する方法が「三体千字文」等々で学習できた。この実体験=歴史的教材モデルを、書字時代の教育様式から活字時代の教育様式へと最適化できないものだろうか。(教員側の)教育様式が時代遅れのポンコツになり(生徒側の)学習様式が破綻したから皆、昔の字が読めなくなっちまったのではなかろうか。差し当たり苹は部首構造を「場所の論理」としてモデル化し、それぞれ定められた場所での内的変容(草略)、もしくは場所自体の移動限度が草略に及ぼす影響について考え続けた。
    http://personalpage.flsi.or.jp/fukushima/
     福島邦彦なんて初めて知った。西尾先生と同じ電気通信大でも教授してたんだなあ(時期はズレる様だけど)。~片や苹の在職当時、高教研書道部会では確か「自己学習力」が数年かけての共通テーマだった筈だけど、工学的な話題が出た記憶は全くない…(汗)。
    【2016/03/24 00:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    インターネットって、本当にすごいですね。
    いろいろ見つけられて良かったですね。

    【2016/03/30 22:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (四方山話)
     先の所謂「広島中三自殺」発覚時と同様、またぞろ「数日、何も書けなくなった」。前稿を出した翌日ビックリ、今度はMSのAI少女「Tay」ちゃんがネトウヨ化(?)したそうな。あたしゃ「I hate the jews」を見て、昨夏のコレ(再掲↓)思い出しちまったわい。
    http://www.youtube.com/watch?v=gmekN39mnFY
     前回のは誤記データがそのまま通常の指導システムに乗った形で、データのみならず指導システムにも疑いの目が向いた。後者は推薦基準の更なる平準化/客観化が「改良目標」なのだろう。その変更/通知プロセスに欠陥が「見つかった」らしいが、指導システム自体を疑い出せばバグ同然に際限がなくなる。前者はデータ管理システムの欠陥で、後者にとっては元々「疑う余地がない」状況の前提だった筈。書字と違って活字は簡単に印刷し直せないのと同様、「変わりやすい」証言より「変わらない」データを信頼する人は多かろう。しかも変えようとすれば、変えまいとする防御意識が双方向に機能する筈(たとい、それが誤記であっても)。~これでハッキングが絡んだら、まんま学校テロやんけ。
    http://blog.kaspersky.co.jp/top-10-movie-hacks/1467/
     で、今回のは…なんだかなあ。よってたかって変なの教えたら馬鹿正直に学んじゃった「だけ」とも云える。価値判断も道徳バイアスもない純粋状態でダイレクトに作動したら、メタファーやメトニミーそっちのけの「目玉焼き」ホラーが出来上がる様なものかしら。認識と解釈のプロセス(エンコード/デコードなど)が翻訳的な迂回を伴うのは、異言語ばかりでなく同言語内でも日常茶飯事。そんな環境に支配されてる人間の方が、逆に機械を誤解(?)しがちとなる面もあるんじゃなかろーか。その辺の事はディープな理系人間なら承知の上だろうけれども、ユーザーの反応(ファンタジー?)となれば話は別で、機械と人間のどちらが正確さや不正確さを模倣しがちなのか、ややこしくてしょーがない。
     先生が機械的な正確さを模倣すれば、人間の不正確さをも遠回しに模倣する結果となるだろう(機械の宿命は「人影を隠蔽する」触媒作用?)。そこに巻き込まれた生徒が自殺「できる」のならば、機械の自殺的前提(バグなど)は「不完全性に依拠した完全性」の要請となって共々、いっそう「誰に」転嫁されがちとなっていくのだろうか。…それらを考え始めると結局数日、何も書けなくなる。
     …書けなくなる前に書いたのを、取り敢えず二つ出して置こうか…(↓)。

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    (愚痴)
     例えば、仕事を問われて囲碁だの将棋だのと答える。すると「それは趣味でしょ」「あなた棋士なの?」と怪訝な顔をされ、そこにチェスまで含めると輪をかけて胡散臭く見え、果ては誰からも相手にされなくなる(…てな事例はあったのかしら?)。~こちらの場合、当時の仕事は書道なのに書家ではない。普通の教員ならまだしも、採用試験自体が戦後「実施されない事になっている」科目の先生が教員とは傍目にゃさぞ片腹痛かろうし、現に一般的イメージの授業レベルは低い上に実技偏重で到底「学問とは思えない」。書道にも「人工知能」クラスの便利な言葉があればいいのになあ。どんな言葉を並べ立てても結局は違和感が残り、今の常識が新たな/嘗ての概念を排除/淘汰する。
     人間相手なら手っ取り早い筈の深層学習は、機械でやるから新しく見える「だけ」だとしたら。技術的には工夫研鑽のドラマが多々あるに違いないが、それにしても福島邦彦(西尾先生と同じ1958大卒)世代には心当たりがありそうな発想/記憶を本格的に応用する段となると、後の世代に昔の基礎根性がどれだけ伝わっているか疑わしくなってくる。昔の日本人に出来た/読めた手口は、今なら未来が過去に追い着き「有利となる」面もあったろうに、欧化教育で百年アッサリ切り捨ててきた。「日本の進歩」を擬装して「列強との協調」(角逐?)ばかり追い求めると、果ては国益を捨ててまで平等に縛られるのが百年の習い性となってくる。そのツケがこれから廻ってくるかも知れない。
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    (余談)
     前稿で商業科畑の新任教頭に言及した手前、念のため書いて置く方がよいかも知れない。苹とは在職中まともな会話をした記憶がないし、授業の準備と処理で当時それどころではなかった。或る時は担任生徒の推薦書類で点数が少し足りなかったらしく、評価の見直しを求めてきた。これについては「【再掲】「骸の微笑」他(15)」中の「骸の微笑(其十一)」稿などで記憶を辿ってある(↓)。そうした仕事以外では会話の必要を感じなかった。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8167284
     或る日、教職員の飲み会があった。すると翌朝なにやら苹の飲酒運転を疑ってきたが、こちらは黙って聞き流した。最近の広島事例なら差し詰め「自分の思いが言えない生徒がいるとは」の類か(↓)。相手をするのが面倒、という事はある。仕事とは関係がない。
    http://www.sankei.com/west/news/160314/wst1603140015-n1.html
     しかし心当たりがなくはない。二十年前の遠出は車中泊が普通で、宿泊施設を予約した事は一度もない。リクライニングの寝心地は悪くなく、当時よく出掛けた盛岡の夏は朝が癖になる。どうやら周囲とは生活スタイルが違っている様だ。食事すると体調が悪くなるとか、温泉場に行っても入浴しないとか。またビールしか飲めない苹には、彼ら日本酒「のんべえ」達が理解できない。酔ったふりは出来るものの(古人曰く…「飲んで議論しないのは、ただの酔っぱらいだ」)、ああした飲み会ほどツマラナイものはない。家でビール片手に読書したり教材研究したり論文の構想を練る方が楽しい。
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     …てな具合に纏めた後、読み返したら「一度だけの過ち」を思い出した。~心地よい夜風に吹かれ、ついウッカリとバス停のベンチで居眠りした事がある。かなり気を付けていたつもりだったけど、気の緩みがあったんだなあ。鞄の給料袋をやられた(苹ちゃん大ショックw)。…爾後、徹底した。飲んだ後は漫ろ歩きせず「寄らば斬るぞ」(常在戦場?)とばかり車に直行、しかと施錠してからすぐに寝るっ!(もしかしたら件の先生には、そうした暗夜行路を目撃されたのかも?)
    【2016/04/07 21:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (暗夜行路→志賀直哉→いつものネタ)
     書いては引っ込め書き直すうち、どうでもよいネタの最後に金魚のフンがくっついてくる。暗夜行路…と書いたところ後味が悪く、何が引っ掛かったのか調べたら正体は志賀直哉。そこで初めて気がついた。国語をフランス語にしろと言い出した人じゃないか。
    http://1000ya.isis.ne.jp/1236.html
    http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20101129/1291017366
     自身の青春には間に合わなかった教育上の「国語」を後続他者の体験として読む立場からすれば、森有礼の英語国語化論は開国期の「過ぎ去ったフロンティア」だったろう。それと似通った好機(敗戦)が「老いらくの恋」にも似た回春願望(?)を喚び起こしたなら、それはそれとして忖度できぬでもない。たぶん維新と敗戦は、概ね同義と云えるほどの開国性に溢れていただろう。しかも自身は開国前書記様式/歴史記憶の追体験可能性を、際どき青春期から一方的/不可逆的/社会的に削がれてきた世代だろう。そこが森有礼の場合と決定的に違う。開拓者(旧文化破壊)と体験者(旧文化喪失)の狭間にある人は、両極に可能な諦念を徹底できないまま「中間者ならでは」の母型を託つ。そこに所謂「私小説」の歴史/生成構造が絡むとしたらどうなるか。
     苹は文学が苦手で、志賀直哉にも興味はない。だから文学抜きで作家の純然たる抜け殻を忖度しても躊躇はない。すると生身の人格を淘汰した結果の歴史的/伝説的影響だけが残り、どんな作品を書いたか知らないが、それとは別の所謂「国語問題」稿(1946)にだけは取り敢えず当たってみたくなる(↓)。
    http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/rekishi/ShigaNaoya.html
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    >私は六十年前、森有禮が英語を國語に採用しようとした事を此戰爭中、度々想起した。若しそれが實現してゐたら、どうであつたらうと考へた。日本の文化が今よりも遙かに進んでゐたであらう事は想像出來る。そして、恐らく今度のやうな戰爭は起つてゐなかつたらうと思つた。吾々の學業も、もつと樂に進んでゐたらうし、學校生活も樂しいものに憶ひ返す事が出來たらうと、そんな事まで思つた。吾々は尺貫法を知らない子供のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう。英語辭書にない日本獨特の言葉も澤山出來てゐたらうし、萬葉集も源氏物語もその言葉によつて今よりは遙か多くの人々に讀まれてゐたらうといふやうな事までが考へられる。
    >若し六十年前、國語に英語を採用してゐたとして、その利益を考へると無數にある。私の年になつて今までの國語と別れるのは感情的には堪へられない淋しい事であるが、六十年前にそれが切換へられてゐた場合を想像すると、その方が遙かによかつたと思はないではゐられない。
    >國語を改革する必要は皆認めてゐるところで、最近その研究會が出來、私は發起人になつたが、今までの國語を殘し、それを作り變へて完全なものにするといふ事には私は悲觀的である。自分にいい案がないからさう思ふのかも知れないが、兔に角この事には甚だ悲觀的である。不徹底なものしか出來ないと思ふ。名案があるのだらうか。よく知らずに云ふのは無責任のやうだが、私はそれに餘り期待を持つ事は出來ない。
    >そこで私は此際、日本は思ひ切つて世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとつて、その儘、國語に採用してはどうかと考へてゐる。それにはフランス語が最もいいのではないかと思ふ。六十年前に森有禮が考へた事を今こそ實現してはどんなものであらう。不徹底な改革よりもこれは間違ひのない事である。森有禮の時代には實現は困難であつたらうが、今ならば、實現出來ない事ではない。反對の意見も色々あると思ふ。今の國語を完全なものに造りかへる事が出來ればそれに越した事はないが、それが出來ないとすれば、過去に執着せず、現在の我々の感情を捨てて、百年に百年後の子孫の爲めに、思ひ切つた事をする時だと思ふ。
    >外國語に不案内な私はフランス語採用を自信を以つていふ程、具體的に分つてゐるわけではないが、フランス語を想つたのは、フランスは文化の進んだ國であり、小説を讀んで見ても何か日本人と通ずるものがあると思はれるし、フランスの詩には和歌俳句等の境地と共通するものがあると云はれてゐるし、文人逹によつて或る時、整理された言葉だともいふし、さういふ意味で、フランス語が一番よささうな氣がするのである。私は森有禮の英語採用説から、この事を想ひ、中途半端な改革で、何年何十年の間、片輪な國語で間誤つくよりはこの方が確實であり、徹底的であり、賢明であると思ふのである。
    >国語の切換へに就いて、技術的な面の事は私にはよく分らないが、それ程困難はないと思つてゐる。教員の養成が出來た時に小學一年から、それに切換へればいいと思ふ。朝鮮語を日本語に切換へた時はどうしたのだらう。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …開国前日本語文化の喪失が意識されて居るとは思えない。進歩しか眼中になく、それ以前(以後も?)についても「吾々は尺貫法を知らない子供のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう」とある通り。「意識なし」すなわち「当たり前の環境充足」感覚(願望?)に歴史意識は見当たらず、それどころか「間違えた現代史」環境に生まれた後悔までもが漂ってくる(「若し六十年前」云々)。にもかかわらず「私の年になつて今までの國語と別れるのは感情的には堪へられない淋しい事」と言ってのけるからには、国語そのものを根無し草と見るペーソス(?)くらいはあるのだろう。それが英語やフランス語の採用~「片輪な國語で間誤つくよりはこの方が確實であり、徹底的であり、賢明であると思ふのである」の骨子であるかの様にも見える。
     原稿を検索すると変体仮名が多用されており、毛筆葉書の草書は普通にウマイ。にもかかわらず上梓された活字の本は普通以上に普通の非原稿的体裁で、「普通=当たり前」の感覚分裂が常態化していた環境は「言文一致」ならぬ「文文分裂」(手書きと印刷との技術的/精神的な乖離反映)たる感覚麻痺をも常態化していた。それを百年の常識と了見した世代感覚が、歿後十数年後に新たな破壊が始まるまでは。…この辺、「旧世代の手書きが読めない」世代にとってはまた別の感があろう(←ないかも?~所謂「新人類」世代以降の場合)。
     こうした時代感覚の差異も見方次第では、或いは~前立腺のごとき肥大や萎縮の相補的/懐古的適応の実態(リアリズム)へと擬せられるのかも知れない。
    【2016/04/11 00:48】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (維新と敗戦)
     …前稿で、「開国前日本語文化の喪失が意識されて居るとは思えない」と書いた。読み返したら言い過ぎだったかも知れない。少なくとも無意識には確実に内在する、まさにそれこそが沈黙めいた表現~「とぼけ方」の理由だったかの様な。或いは充分に意識していたからこそ、後から思えば国語/現代文への加担と幻滅を褶曲し続けるほかなく、果てはそうした芸術的自身の内省双方から挟み撃ちに遭った(とどめを刺された?)かの様な。
     敗戦後、朝日新聞の表記には辟易したそうな…(抄録↓)。
    http://maxowl.blogspot.jp/2015/10/blog-post_26.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >もう一つエピソードとして阿川氏が公にしなかったことが「志賀直哉」に述べられていた。
    「新しい仮名遣ひと漢字制限に、直哉は嫌悪感を示した。その最大原因は、新聞に寄稿すると内閣告示に従うという新聞社の社是の方が優先し、往々文章の風格を滅茶滅茶にされてしまうから」であり、特に昭和25年正月の朝日新聞の扱いに問題があった。問題になった点を抜書きする。
    >>寅年の寅とトラ、虎もトラ、生まれ年のとしもその人の歳も年、書き癖の「矢張り」は「やっぱり」になおされてしまう。
    >>「探幽の『水飲みの虎』といふのは剥落で眼つかちになってゐるが」は「探幽の『水飲みのトラ』というのははげて眼つかちになっているが」と改められ、「だうもう」と読んでもらうつもりで「獰猛な虎」と書いたのは「ねいもうなトラ」に、橋本雅邦の「龍虎図」をとりあげた「龍に怯えた牝虎の姿」は「リュウコ図」の、「リュウにおびえたオスのトラの姿」と牝牡まちがへてカタカナだらけにされた。紙幅の枠に収まらなくなって終わりの方63字削除されたので、「虎を踏まへて砂糖ない」という駄洒落の部分が何のことかわからなくなった。
    > こういうことで、原文のまま載せてくれない新聞社には寄稿しないことに決めた。全集編纂の阿川氏も直哉の著作物としてみなさないことに決めて全集には収録しなかったという。
    >最後のくだりの「虎を踏まへて砂糖ない」というのは「虎を踏まへて和藤内」の国性爺合戦の主人公の名をもじったものであるのは言うまでもない。この事件で朝日新聞はしばらくお呼びでない状況になったが、時日がたって和解したそうである。
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     この手の国語改革は戦争勃発前から相当な下準備がなされてきたので、国語国字問題に言及するほどの文士なら誰でも大抵は予測済みだった筈。「国語問題」稿で予言(?)した通りの「不徹底」が、四年後そのまま現実のメタモルフォーゼンとなった形かしら。或いは非現実的な「外国語化」案との対照的アイロニーが、いっそう夢見心地に現実化したとも云えそうな。朝鮮語については同胞意識と植民地意識のどちらに傾くか分からぬが、ともかく日本は被占領国とあらば、そこそこ参考になりそうではある…。
     こうしてみると存外、奥は深そうな気がしてくる。志賀直哉の国語的前立腺は文学上の過去(創造性?)から置いてきぼりにされつつあったにもかかわらず、否応なく現代文の形が整ってみると、自身それに乗っかった事に嫌でも気付かざるを得なくなる。マイルドな戦前が西洋指向の仮面(前島密、森有礼…)を剥がされた時、維新と敗戦が交わした奇妙な握手に戸惑うかも知れない。しかも高齢になってからでなければ気付かない人生と歴史との接点に血迷うと、書いた一文が却って後続を惑わす契機になったりもする。後続とは多かれ少なかれ喪失者/体験者の群れ、或いは必ずしも交わる事なく重なり合う「時代そのもの」なのだから、結局どちらが置いてきぼりなのか分からない。…そうした中に右や左があるだろう。右は明治を保守し、左は明治を捨てたがる。
     前稿掲出分では、こう書いてあった。「今の國語を完全なものに造りかへる事が出來ればそれに越した事はないが」と。絶望もしくは断念のニオイが後続との隔たりに老身を委ねそうで、それほど戦後の空気は殺伐として居たのかと思うと「国語問題」稿の解釈もまた相応に歪んでくる。敗戦直後の空気に呪縛された「除け者」(「小説の神様」たる古典的お払い箱)にしてみれば、朝日が燦々と降り注ぐ新時代の「来たるべき呪縛」に対して、飛んで火に入る夏の虫とならざるを得なかったかの様な。~そこが結構、無念に思えてくる。進退窮まった諦念の果てに、徒なる記憶から甦る外国語への憧憬。

    (余談)
     遂に中国、本格的に人民元と金相場をリンクし始めたか?(↓)
    http://melma.com/backnumber_45206_6354458/
     こちら(↓)によると「つくる会」東京支部講演、ここ数ヵ月の「悩める西尾先生」が満を持して(?)新しい鎖国ネタ披露に踏み切るらしい(演題は「西欧の地球侵略史と日本の鎖国」とな)。…てぇ事は、『正論』連載の続きも目出度く脱稿したって事かしら?
    http://melma.com/backnumber_45206_6355344/
     片や苹は「維新と敗戦」、振り返れば或る種の開国ネタになっちまってたみたい(国語という名の開国)。そうした視点で西尾先生の鎖国ネタと対比すれば、今度はどんな新たな視点が導かれるだろうかと、今から楽しみにして居るのでやんす。(実は連載のない何ヶ月か、ずっと『正論』買ってないの…汗)
    【2016/04/18 03:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録)
     小学校では「正しい鉛筆の持ち方」を習う。何を根拠に「正しい」と規定するのか。舶来の欧文用ではないのか。胡散臭い西洋かぶれがイタイケな子供つかまえ盲信させて居るだけではないのか。…そんなふうに問われたら、さぞ先生は困るだろうナ。(←いじわる?)
     苹は子供の頃から毛筆中毒。いくつになっても「箸や硬筆の持ち方がヘン」と言われたりする。…或る日の食事で開き直ってみた。箸の構えは臂を真横に突き出す懸腕/廻腕法、手首は鵞頭法でクイッと持ち上げ、懸ける指は双鉤法…文句あるかw(←ひねくれてる?)
     それはそうと、文筆家が愛用する筆記具と云えば…(↓)。
    http://www.sankei.com/life/news/160418/lif1604180015-n1.html
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    >2016.4.18 11:45更新
    >歴博で「万年筆の生活誌 筆記の近代」展 伝統の職人技、国産化後押し
    >(1/3ページ) .
    > 「筆記具の王様」の異名を持ちながら、近年は影が薄い万年筆。だが、この筆記具は日本人の「書く」という行為を大きく変化させた。近代日本と万年筆の関係を約230件の展示品でたどる企画展「万年筆の生活誌 筆記の近代」が、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で開かれている。
    > 「文明開化」の明治時代とはいえ、字を書く行為自体はそれほど急には変わらなかった。明治9(1876)年には太政官達で「洋製ノ墨汁(インク)」を公文書に用いることを禁止。毛筆優位の状況は明治に入ってからも長く続いたが、文書量が増大して細かい字を素早く大量に書くことを要求される近代社会に毛筆がそぐわないのは明らかで、実用の場では鉛筆などの洋式筆記具が受け入れられ始めていた。
    > そこに現れたのが、インクを内蔵し金属製のペン先で毛細管現象を利用して文字を書き記す万年筆。1880年代には欧米で現行品と基本的に同じ形のものが発明され、日本にも明治20年代ごろに入ってきた。輸入元の丸善の宣伝もあって文筆業を中心に普及は進み、41年には公文書へのインク使用禁止も解かれる。万年筆は正統的筆記具の地位を得ることになった。
    > 明治末には国産品の製造も始まり、大正にかけて現在も続くセーラー、パイロット、プラチナの国産三大メーカーが相次ぎ創業。万年筆産業は急速に発展し、海外にも大量に輸出されるようになった。展示の中心は明治から戦後に至る時期に製造された国産万年筆で、今では忘れられた中小メーカーの製品も多い。
    > 企画展を担当した同館の小池淳一教授は「日本の万年筆は少人数の職人が手作業で作る小さな工場から次々と生み出されており、日本近代化のある種の姿を示している」と解説する。
    > 興味深いのは、在来のろくろ技術をペン軸の削り出しに用いるなど、伝統的職人技と万年筆産業がうまく結びついて発展したこと。特に蒔絵(まきえ)万年筆は日本独特の進化の極致で、欧米にも輸出されて好評を博した。企画展では昭和5年のロンドン海軍軍縮条約調印に使われた蒔絵万年筆も展示されている。
    > 旧来の毛筆と比べ、日常のわずかな時間で手軽に文字を書き付ける行為を可能にし、近代ならではの膨大な文字記録を生み出してきた万年筆。自身も100本を超える万年筆のコレクターである小池教授は企画意図について「近年はボールペンの進化で革新性が忘れられているが、書くという行為に革命を起こしたのは万年筆。筆記の歴史を考える上で、その存在に光を当てるのは重要なこと」と話している。(磨井慎吾)
    >◇
    > 5月8日まで。月曜休。一般830円。問い合わせはハローダイヤル(電)03・5777・8600。
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    (あらあらかしこ)
     …硬筆はともかく、毛筆を含む義務教育の国語科「書写」が必修化されたのは昭和四十六年(告示四十三年)。つまり1951年の選択教育解禁から1971年の必修化まで占領終了後の二十年間、占領中を含めれば四半世紀の空白期間があった事になる。その間、毛筆教育は相変わらずの禁止状態だったろう(ドンピシャ世代の実体験どうよ?)。硬筆とて実際どうだか、選択と必修とでは大違いの筈。そもそも選択時代の開講数いかばかりか。
     支援板の「地域格差~100.0%から31.6%まで」稿(07/3/7(水) 2:31)では、『書道美術新聞』第864号から数字を借りた事がある。ちょうど未履修問題の真っ最中だった。以下は第三面の一覧表「【公立中学校・中等教育学校における「書写」・毛筆授業の実施状況】(18年度)」から抜き書きしたもの。
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    >>・中学校の「書写」実施率89.9%(上位は富山・福井・長野・滋賀・山口・長崎・千葉市・川崎市・横浜市・名古屋市・神戸市・北九州市・堺市の100.0%、下位は沖縄55.5%、大阪57.2%、三重65.9%、大阪市65.9%)。同実施予定率10.1%。
    >>・中学校の「毛筆」実施率74.6%(上位は福井・千葉市・川崎市・横浜市・堺市の100.0%、下位は沖縄31.6%、大阪32.1%、札幌市40.0%、三重41.8%、福岡42.6%、大阪市44.2%、鳥取44.3%、山形48.4%、奈良51.4%、北海道54.5%、岡山56.1%、福岡市58.8%)。同実施予定率25.4%。
    --------------------------------------------------------------------------------
     必修化後三十数年にしてコレだから、硬筆頭と毛筆頭の思考回路(?)は解離状態にあって当然なのだろう。~そんな過去を踏まえた上での、嫌味な手懸かり志賀直哉。一先ず前稿、心よろめいてみた(?)のでありますた…。
    【2016/04/23 02:57】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    文字、言語は文化の基本中の基本ですね。

    それが、自然にではなく、
    意図的に変化させられたことによる、
    文化の劣化が内部に組み込まれたのですね。
    GHQが最初にやったとしても、
    それに従い続けたのが日本人なんですね。



    【2016/04/24 09:31】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (「とど姉ちゃん」←誤読でござる)
     溜まった朝ドラ録画を纏めて見た。オープニングは万年筆の絵柄、2016.4.7放送の第四回には百人一首が出てくる(ここだけ倍速でなく、スロー再生と静止画でガン見)。黒岩涙香が競技カルタのを活字化したのは明治37年(1904)だから、昭和6年正月の時点で筆文字規範の札を未だ使ってるとは、なんとまあ物持ちがよい事かと。
     草書変体仮名交じりなのに、母(君子)は何故あれほど素早く取れた/見分けられたのか。子供の頃からずっと同じ札を使ってきたとしか思えない。番組ではスラスラ読める競技レベル(!)の描写だが、検索中に見つけた媼ブログ?(2010.01.02稿↓)の様な実例もあったりするから、さして驚くにはあたらないのかも…。
    http://thoughts.asablo.jp/blog/2010/01/
     ヒロイン(常子)のモデルは大橋鎭子(ちん…こ?)。咄嗟にゃ読めず、見慣れた元末四大家の呉鎭→呉鎮を経由したらすぐに鎮子(しづこ)と読めた。書道では大昔から鎭(活字体)でなく鎮(書写体)と書く上、小さい字は槇子や愼子と間違えやすい。~またモデルの母(久子)は1982年が享年82だそうで、小学校令(1900)後に生まれた変体仮名廃止世代の初号機(…エヴァ?)って事になる。
     西尾先生の近辺では昔どうだったのかしら。全集ぼちぼち取り掛かるのは『少年記』とか。更なる増補追想があれば有難いが、足尾銅山ならぬ西尾脳山の記憶掘削は際限なかろうし、ともすれば自由に書け過ぎて(?)執筆の調子が狂うかも。…根掘り葉掘り余計な要望はすまい…せびれば射貫かれ討死必定、結構ジジイは激怒伝説こわい(↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=t132rQ6i_zU
     …閑話休題。

    (気になった産経記事)
    ●標準語普及に奔走 「漱石の生みの親」 山口謡司さん「日本語を作った男 上田万年とその時代」
    http://www.sankei.com/life/news/160425/lif1604250022-n1.html
    ●【正論】紫式部を日英両語で読ませよ 「脳内白人化」がグローバル人材養成の落とし穴 東京大学名誉教授・平川祐弘
    http://www.sankei.com/column/news/160427/clm1604270007-n1.html
     …私見雑感、志賀直哉ネタに絡めて読んだ。言及したい事は色々あるが、書き始めると「ならば苹は国語/現代文をどう評価するのか」との問いが本題に先立ち中毒してしまう。…書いた分は、たったこれだけ(連休前↓)。そこに輪郭の一端があるのだろう。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 今回は一々転載しない。~明治初期、「現代文」の要請は確かにあった。その要件はとどのつまり、新時代の国際語/翻訳語を円滑に包含できる事。かてて加えて国内共通の標準化。それを文語のまま遂行するには日本語/方言諸語の前史自体が重過ぎた。
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     うちの婆様、このところ歯科に通院ちゅう。付き添いがてら、読みかけのを何冊か片付けて居ると、じき読み終える長谷川三千子『日本語の哲学へ』(ちくま新書)がキツイ。
     上記産経のは二つとも「国語という名の開国」を動機付けたり前提した上で外国語と向き合うが、その隙間にあるものを長谷川本は、和辻哲郎を辿りながら根気よく炙り出す。もちろん歴史/文語の古層に関与する手続きとしては現代文を用いるのが便利だし、方法自体が翻訳的両義性に向けて予め「開かれている」。…古語の裸体が現代文、とでも形容したらどう見えるだろうか。嘗て現代文だった頃は古語も裸形だったに違いないのに、それが今では正装に見える。老人の裸など見たくもない…と云えば「しっくりくる」だろうか。時代(今)に埋もれた我々の側に、雅と俗の別がない。
     同じ事が書字/書道にも云える。機能と表現の別がなく、総てが毛筆や草略といった表層の衣に隠されてしまう。同じ衣でも硬筆と毛筆とでは棲む世界が違い、前者が国際的なのに比べ後者は東アジア限定、中でも戦後日本のは「文字の衣」ですらなくなって居る(言語機能から美術表現に亡命)。「雅な美術」を気取った書道が「俗な言語」を度外視すると、「言語ならざる言語」と化した聖典/古典(「墨場必携」レベルを含む)は特権的に自ずと「読めなくなっていく」。お経が意味不明な呪文となった以上の仕方で、文字言語との絆を絶たれつつ文字表現に「しがみついていく」。とどのつまりは当事者(書家)扨て置き、傍から見れば書道は肝腎の言語性を放棄したカルト同然と相成った。
     言語としての純粋性…と云うものがあるとすれば、これまで歴史に培われてきた衣の様なものを脱ぎ捨てる事でそれを擬態する必要に迫られたりもするだろう。しかし所詮は付け焼き刃、歴史を丸ごと引き受ける事でしか我々は歴史の一部になれない筈(歴史が我々を引き受ければ「忘却の自然墓」に身を任せる事となる)。~現代文は歴史と言語機能を、多分どうにかこうにか引き受けられたのだろう。そうした意味で、志賀直哉の時代は「終わった」のかも知れない。表現の中身が歴史に持ち去られて居ないか疑念は残るものの、中身に裸形のリアリティを見失わずに済むなら書字/書道にも、互いを取り結ぶ程度には衣の在り方が思い出せそうな気がする。
    【2016/05/07 19:41】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (四方山話)
     思い起こせば子供の頃、初めて聴いたヘンデル《メサイア》はビギナー向けの「ハレルヤ」一曲だった。今でも朧に覚えているのは、エテルナ原盤(後のシャルプラッテン)らしきドイツ臭さと豪壮な印象だけ。レーベルは違うけど、大体こんな感じかしら(↓)。~もしかしたら苹の英語嫌いには、そうした初期体験が影響しているのかも知れない。形容するなら映画「オーメン」シリーズで、ダミアンが頭の痣(悪魔の紋章「666」)を自覚する様な気分?
    http://www.youtube.com/watch?v=VEpLGDV9Z4Q
     あれから数十年後、マクリーシュ盤で聴いたハイドン《天地創造》は英語歌唱だった。免疫でも出来ていたのか作曲者の配剤か、さほどショックは受けなかった。なにしろそのずっと前、偶々耳にしたFM放送の「第九」(たぶん小澤指揮)で気が狂いそうになったのだから。何度も聴いて耳慣れたドイツ語が、たいそう変わり果てた姿になっていた…(ディープに真っ赤っかの中国語歌唱!)。
     それを思えば文字言語に変換済みの「津軽弁でニーチェ」くらい、どうって事はないだろう。勿論いきなり音声言語でやられたら驚くだろうが、なに喋ってるのか分からないなら予め頭の中に防波堤があるってこった。そこを津波の様に襲うのが教育と学習…とも云えそうな。或る意味、自己学習力の陶冶ほど無惨で苛烈なものはないのかも。
     伊語が多いオペラでは、英独仏の翻訳上演がよくある模様。グッドール指揮の英訳ワーグナーとか、作曲者ヴェルディ直々の仏版《ドン・カルロ》とか(…プッチーニの《トゥーランドット》は中文上演した例あるのかしら?)。日本語上演では浅草オペラ系の伝説/偏見が強過ぎて抵抗あるけど、演奏水準が上がった頃はとっくに原語上演が普通となっていたから、もう聴く機会はないんだろうなあ…寅さん映画で見た芝居小屋レベルから浅利慶太演出レベルまでを含む《蝶々夫人》以外は?
     国際的「である」側の連立方程式(複数国の)を追いかけるがごとく国際的に「なろうとする」側にしてみれば、「日本の孤独」(語族の孤独)の印象いかばかりか。…なぜか芥川の「蜘蛛の糸」が思い浮かぶ。元々お釈迦様は外人だった筈なのに、いつの間にか日本人と見分けが付かなくなっていたのでは。昔の生首そっくりそのまま構造移植、西洋人のに挿げ替えたら維新後レジームが出来上がった(戦後レジームの御先祖様)。糸に縋り付くは相変わらずの日本人。相手の見た目は変わっても、相対的位置関係はさほど変わらないらしい。

     …と、先日そんな事を考えてたら婆様の通院日が来て、帰りに小規模書店へ寄ってみた。ただの衝動でも業務テロでもなさそうな「WiLL」編集部襲撃事件(…どうしてこうなった?)と絡むらしき山積みの二誌は両方買う余裕がない。そこで取り敢えず西尾先生のだけ立ち読みして済ませ、一冊だけ残ってた『正論』2016.6号を買ってきた。…暫く見ないうち、古田博司センセの連載「近代以後」は…独特の叙述/雰囲気/退廃美(?)に抜群の磨きが…かかり始めてた…みたい?(P.57稿末↓)
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    > 中西輝政氏がおっしゃるように、私は元来冷酷な人間で、息子よりは少しましな「開かれたアスペルガー」かもしれない。中西氏はうまいことを言うと、讃嘆を禁じ得ないのだが、そんなわけで氏にあやかり、私も少しく文章に情念らしきものを混ぜることにした。
    > 文章がうますぎるので、情念らしきものを入れると詩になってしまうのだが、それはそれで、まぁ時代の趨勢と思っていただき、この古臭く、鯱ばった『正論』誌の連載を続けることにしたい。
    --------------------------------------------------------------------------------
     ___
    / || ̄ ̄|| ∧_∧
    |.....||__|| (     )  どうしてこうなった・・・
    | ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
    |    | ( ./     /
     西尾全集の月報ネタ(↓)。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1057367734.html
    http://melma.com/backnumber_45206_6366906/
     ロシアの金備蓄ネタ(↓)。
    http://melma.com/backnumber_45206_6368722/
    【2016/05/23 21:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    そうそう、最近みかけないなぁ。
    コメント書いてくれないなぁと思っていた矢先でした。

    古田さんのその個所、私も気になりました。
    【2016/05/24 21:31】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     「日本語上演」云々補記。~こんなのを見つけた(↓)。
    http://www.tamakimasayuki.com/musica/bn_160.html
     承前。先を急ぐ。
     日本が国際的な列強「語族」の仲間入りを果たすには、可能な限り翻訳的迂回を排除した上で言語理解したくなるのが普通だろう。するとどうしたって、日本語が最大の障壁となる。単語/語源も語順/文法も全く違う「孤独な言語」が邪魔/仲間外れなのは致し方なく、あちらのバイリンガル(方言家族の仲間内)とは訳が違う。~片や苹は環境どっぷり、ごく自然に「(外国語と比べて)日本語=母語は易しい」と感じるほど「比較の前提を欠いて居る」。平假名くらゐ讀み書き出来て當たり前と思つてゐる。ところが徒然そうこう書くうち、もしかしたら…と引っ掛かっていた記憶がヒョッコリと。(以下…脱線?)

     高校勤務の世紀末、「言ってる事とやってる事が違う」と言われた事がある。何を咎められているのか分からなかった。もしやあれは、「分かりやすい授業」についての文脈だったのかも。~当時の苹は書道担当、終始一貫「先ず読める様にする」のが出発点と思って居た。なぜか当世「誰もやらない」授業で、見聞きする範囲では大抵いきなり実技から始めるのが普通だった。読めないまま書かせるのは難しい/分かりにくい筈なのに、「書き」より「読み」優先の国語科でも…やらない(明治33年以降「やってはいけない」?)。
     読めない人が「漢字や仮名は、書けまぁす」と訴えたところで、傍目には「STAP細胞は、ありまぁす」の印象と大差なかろう。読めないまま手続きの瑕疵を責め立てる姿は、どことなく書道実技の採点に似て居る。それもその筈、実験は実技と隣る。そこでの結果を手続き正しく纏める作法が求められる。…結果発表を読む人は、果たして本当に「読めて居る」だろうか。「手続きを読む」作法に限れば分からぬでもないが、内容に関する基本的な所は「読む」うちに入らなくなる場合もあり得るのではなかろうか。(因みにSTAPの場合、その領分は最近ハーバード大が幅広く特許申請したそうな?↓)
    http://biz-journal.jp/2016/05/post_15184.html
     尤も~手続きが読めるのは専門家で、内容は雑駁に掴めても手続きは読めないケースが世間一般には多かろう(どの言語も「理屈抜き」で飛び交うのが普通)。書道の場合も手続き(作品レベル)は洗練されているのに内容の間違っている事例(「誤字ありまぁす」)があって、それを目敏い審査員が読んで見つけて即、落選とした事が昔あったそうな。~而るに昨今どうだか。審査側はともかく、鑑賞側で「内容が読めないから」見た目の手続きにばかり執心されてもネェ…。読めない新しい内容を「さも読めるかの様に」(?)振る舞う類は前衛的領分に多いけれど、「嘗て読めた字」とて采配次第では「読めない前衛書道」と大差なくなってくる。そこに後から手続きが、駄目押しするかの様に割り込んでくると厄介だ。
     こうした書道側の揺れ動きを学問世界に見立てれば、学者の方々は貶された気分になるだろうか(「一緒にするな!」等々)。どうやら日本のグローバリズムは自国の内的阻害要因を敵視する慣行になっている様で、嘗て学問だったものを「数え、測り、分ける」がごとく西洋的に再構成すると安心できるらしい。嘗ての言語は機能してもしなくても、機能の解釈を左右する/測る側に委ねられるだろう。解釈が言語を分かつ。分かたれ数えられた構成要素が言語を再構成/デコードする。

     と…ここまで書いて十日ほど経つ。続く切り口がうまい具合に定まらない(何を書くかでなく、どう書くか)。まだまだテーマは維新と敗戦をめぐる。…次稿では、ネットで見つけた面妖な国語研究者にでも言及しようか…(こわいから未定)。
     ところで切り口、AI絡みのネオコグニトロンではどうか。幕末レベルの省略/類推/連想をどの程度まで処理できるだろうか。プロセスを効率化するのではなくマテリアルの象徴性だけ残し、変わり果てた痕跡から古層/深層の文字意識を「似ても似つかぬかの様な」表層レベルまで引き上げ復元する様な。草略原理の演繹(楷書化/増画化)に見えるものも実際は古層の曖昧さ/可塑性/自己組織性へと立ち戻った名残に過ぎず、それら書かれた表層マテリアル全体(書体や書風など)は裏を返せば「文字認識の影」が一見「実体らしく映るだけ」…ではないのか。
     そうした領分の認識能力が衰えた現代人は、過去と比べてより多くの~謂わば「二重の孤独」を背負った事にならないか。「方言家族の仲間内」にも似た内なるものを今、我々は心の底から「身内の言語」と思えるだろうか。明治維新以降、国内の国境は先ず形式的な所から形骸化/消滅していった。するとなにやら国境に隔てられた家族的過去をも、方言よりはむしろ標準語の背後で喪った気がして来ないか。(続く)

    (余録)
     検索中に偶然、こんなのを発見した(↓)。~2015.10.6掲載、「書風を記述することは可能か?―公開討論会「朝鮮時代公文書における草書:東アジア書字文化比較研究の試み」司会者のつぶやき―」(U-PARL特任研究員 成田健太郎)。
    http://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/archives/japanese/blog25
    【2016/06/08 06:41】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹さん
    時間が流れると、文字も変わっていくしかないのですね。

    昔の文字が読めないのは残念です。
    【2016/06/16 17:20】 URL | ひっそりさん #- [ 編集]


    このひっそりさんは私でした!たは
    【2016/06/18 09:41】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >時間が流れると、文字も変わっていくしかないのですね
     文字は変わらぬまま時間だけが流れると、やがて文字と音声はズレていく(『江戸のダイナミズム』にある通り)。~日本の文字は初めから多様だった。完成された文字体系(篆隷楷行草、他)が丸ごと大陸/半島から同時流入した時点で、予め正式書体と補助/草略書体に分かたれていた(規範は王羲之)。だから結構よりどりみどり、日本人は自前の都合に合わせて捏ねくり回せばよく、わざわざ文字を新造する必要がなかった。平仮名は草書の更なる草略で、片仮名は楷書部首/部分の転用。どちらも字源が分かりやすい上に漢字との併用が常だったから、少々の変化は「変化の内に入らない」まま千三百年以上が経過した。文字は変わらず、音声の方が変わっていった。
     ところが明治維新後の活字化時代に入ると、文字そのものは変わらないのに文字意識の方が変わっていった(草略意識/規範の教育的絶滅)。そこが至極深刻で、西尾先生の新著『日本、この決然たる孤独』所収「文学部をこそ重視せよ」が産経「正論」欄の「言語を磨く文学部を重視せよ」(2015.9.10付)と同一なら、あの冒頭で少し触れてあった話の通り(↓)。~ここでは「文字も変わっていくしかないのですね」型の感覚自体が歴史上、覿面に脱線/顛倒して居る。
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    > 自国の歴史を漢字漢文で綴(つづ)っていた朝鮮半島の人々が戦後、漢字を捨て、学校教育の現場からも漢字を追放したと聞く。住人は自国の歴史が漢字の原文で読めないわけだ。私はそのことが文化的に致命傷だと憂慮しているが、それなら今の日本人は自国の歴史の原文を簡単に読めるだろうか。漢文も古文も十分に教育されていない今の日本人も、同様に歴史から見放されていないか。
    --------------------------------------------------------------------------------
     半島はマテリアル(漢字)を撲滅した。日本はリテラシー(識字)を撲滅した。片や中国は今、せっせと伝統復活の国家総動員を目論んで居るらしい(↓)。これで日本の書道界は仮想本国(?)の中共からも見放され、戦後の梯子を外された形になるだろう。ここまで来れば洋系学者や国民からの背後攻撃があろうとなかろうと、もし和漢専科の学問的助力なかりせば、いづれ書教育は古文書教育からも見放されるに違いない。
    http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1412
     ちと連想。~以下はwikiより。
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    >ダニエル書第5章[編集]
    >カルデアの王ベルシャザルが1000人の貴族や後宮の女達とともに宴会を開きワインを飲んでいた最中、突然人間の手の指が現れて壁に字を書いた。ベルシャザルは恐れ慄いてその字を読める者を探した。しかし誰も読める物は見つからず途方にくれていると、王母が進言した。「父王ネブカドネザルの時代に神々の如き知恵を持ったダニエルと言う神官長がいました、父王はベルテシャザルと読んでいました。彼ならばこの字を読めるでしょう。」と。
    >ベルシャザルがダニエルを呼び、字を解釈させた。ダニエルの解読によれば「神は父王ネブカドネザルに権勢と栄光を与えた。しかし、彼は尊大、横暴に振る舞い思うがままに人を殺したので王位を追われ栄光は失われた。父王は野獣の如き有様となり雨に身を濡らし、ようやくこの世を統べるのは神である事を知った。ベルシャザル王、あなたはこれを知りながらなお神に従おうとしなかった。祭具で酒を飲み、石や木で作られた神々を讃えた。だから神はあの手を遣わして文字を書かせたのである。文字は「メネ・メネ・テケル・ウ・パルシン」である。メネは数えるの意、あなたの治世を数えたてそれを終えた。テケルは測るの意、あなたは秤にかけられ不足であると判定された。パルシンは分けるの意、あなたの王国がメディアとペルシアに分けられる事を意味する。」と言う事であった。
    >そしてその日の夜、ベルシャザル王は殺された。
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     それはそうと予定の続稿、あれこれ他のを読んでると未だ手付かずのまま…(orz)。
     前稿では、専ら嗅覚を頼りに「方言家族の仲間内」云々と書いた。暫くしたら産経に、こんな読書記事が載った(↓)。これが滅法、面白かった。西尾先生の「五百年史」連載と読み比べたくなる向きが少なからず出てもおかしくなかろう。
    ●『新ヨーロッパ大全』 4つの家族型が生み出した近代
    http://www.sankei.com/life/news/160615/lif1606150029-n1.html
     書道ネタでは、他のが二本(↓)。
    ●刀剣女子、歴女…「くずし字」学習アプリと解読システム、開発者も仰天の意外な需要
    http://www.sankei.com/west/news/160606/wst1606060004-n1.html
    ●署名もタブレットに書くデジタル時代 「書は人なり」は健在か 論説委員・清湖口敏
    http://www.sankei.com/column/news/160612/clm1606120008-n1.html
    【2016/06/19 10:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続き)
    http://news.livedoor.com/article/detail/11663872/
     先日、こんな記事を見た(↑)。~「文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違い」との徳川宮司発言には納得できるのに、どこが靖国絡みで引っ掛かったのかピンと来ない。西尾先生の場合「長州テロリスト」といった別人の煽り文句には否定的だが(「日録」2016.5参照)、絡めてみれば巷間そうとも取れるのだろう。個々の断片は解釈や組み合わせ方/編集次第で別物となりがちで、ともすれば余計なバイアスが掛かりっぱなしとなってしまう。
     「批判がある場合は両論併記しないと公平/公正な立場は保てない」とする教科書的(?)立場も、一面ではそこそこ怪しい。マスコミの文脈を見ると、事実報道と解釈的矜持とをすり替える(すり抜ける?)作法が一般的に思えてくる。「事実だけ書け」とは言うまい。事実ほど煩雑なものはない。かと云って、事実を省略して解釈のみ両論併記しても結局は堂々巡り、却って底が知れてくる。いくら時間を費やしても「朝生」辺り、大抵そうなる傾向にあった。ことほど然様に、輪を掛けて「事実(の扱い)は難しい」。

     書道ネタを執拗に追う身には、「事実の解剖」が面白い。
     明治維新後の近代学校教育が「文明開化」(西洋化)一辺倒とは思いたくないのに、支那文化の開国流入も、実のところは文明開化の一翼を担っていた(←支那化なのに!…でも当時としては…)。つまり東西双方に開国したから、日本文化が鎖国した(←ひきこもり♪)。これで何度目の鎖国レジームになるのやら…しかも鎖国と開国は繰り返すのみならず両立もする(2016.4.24の西尾講演動画は面白かった)。またドゥルーズの云う「包含的離接」を経由すれば、「同時に両者なのではない」両立状況/解釈可能性が別方向から垣間見えてきたり。…と書いたら思い出した。「2008.06.02 (21:54)」非表示稿に、書道ネタのを少し書いた事があったっけ(抄録↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-556.html#comment
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 支那は漢字オンリーのまま隣接地域の音声変換ツールを制圧し続けたけど、日本は仮名仕立てに拡張した結果「文字草略形質と活用形質との包含的離接を早くから成し遂げた」。離接的=選言的には漢字と仮名が別物でありながら、包含的には漢字をくずせば仮名にもなる。差詰め宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ)P.149のニジンスキー手記をパロディにすれば、「漢字は仮名である、漢字は仮名でなかった、漢字は仮名の道化役者である」との見方も成り立つ。この程度の事なら広島の暴走族だって知ってるだろがぁ。とどのつまりは「夜露死苦」ってね(爆)。
    > だから私は素人考えながら「日本語が文字と膠着する」と書いた。音声言語の優位性は文字言語の優位性と相容れぬまま両立する。それを更に言霊含みで表現すれば、自ずと西田幾多郎の云う「絶対矛盾的自己同一」へと通じてくる筈。こんな暴走族にも分かる簡単な事を複雑に言い換えたのが西田語法の罪なら、それを噛み砕かない国語教育は反日の罪。積み重なる国語の歴史を支えたのが天皇ひいては「みことのり」の業なら、そうしたシステム伝承を下で支えるのが教育の業。
    --------------------------------------------------------------------------------

     今の学校は文明開化の洗脳システムをも「伝統的に」背負ってきた。その結果は既に出た(例えば…読めなくなった)。これを今更、そう易々と変える訳にはいくまい。戦前も戦後も近代的反日性は維持され、それが百年かけて反日愛国の可塑性/伝統性を培ってきた。かの石原都知事時代も戦後常識(教育界のGHQ後継体制)には抗えなかったのか、都教委に書道担当の指導主事は居なかったそうな(記事画像「風信帖」欄参照↓)。最近の例なら舛添都知事。第三者(←ここ重要)の弁護人が「(シルクの中国服を)書道の際に着用すると筆をスムーズに滑らせることができるということでした。実際に行為で示していただいたところ、説得力のある説明でした」と言い放てるほど、書教育形骸化の成果は大いに(=颯爽と…軽やかに?)信頼されていたらしい。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_418.html
     近代教育組織に改組された学校は、西洋的来歴ゆえに非西洋/幕末水準への遡行が出来ない。そこを穿り返したら国語も含めた自己否定の亀裂が走り、戦前戦後の維新後体制を丸ごと巻き込んでしまう。文明開化は過剰に近代/西洋を巻き込んだ。そこに支那をも巻き込んだから尚更ややこしくなった~文明の近代性のみに焦点を絞れなくなった。支那のそれは、近代どころか古代のソレである。明治の開国では、古代支那と近代西洋との両立が日本の教育に実現する面妖さと共にあった(日本文化は挟み撃ち)。古代以来の輸入本能がゾンビのごとく「近現代に再帰した」と云えるかも知れない。そこから支那を排除しようとしたのが戦後の西洋/アメリカ一辺倒教育で、千年単位の輸入本能は今なお伝統的なまま「保守を惑わしてきた」かの様に思えなくもない(伝統と保守との潜在的背反?)。
    (続く)
    【2016/06/25 17:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    全部まとめて、
    少し読みやすく省略したりして、
    順序良く並べて、
    本を出したらいいと思います。

    【2016/06/28 23:12】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (国語研究者への恐怖)
     国語を熱心に学ぶほど、日本文化が遠退いていくとしたら。現場/実態は国史破壊の工作員(?)だらけ、誰もが「国語のアヘン」なしには生きられなくなっていた…。脳の中枢が冒され「昔とは別人」なのに、巷間それが「普通」だと却って気付かれにくくなる。だってそもそも、別人だもの。(…相田みつを?)
     現代人と幕末人では識字感覚が全く違う。科学的な証拠はないが、皮膚感覚(筆触?)でそう読める。なのに国語(since 1900)の影響は意識されにくい。変な言い回しになるが~同じ別人でも別人としての質が違うのに、同じ日本人というだけで別人らしさも時代の違いも民族的オブラートで包み隠されてしまう。遠離る心の声は「読めないのは…ただの勉強不足だ」とでもなるのかしら。いくら国語を学んでも、読める様になる訳がない。国語を疑え。国語教員/研究者を疑え。国語で思考する自分を疑え…。
     あれこれネット上に書き連ねてきたけれど、論拠省略型の随想では終わらせたくなくて、傍証を幕末まで遡る作業が相変わらず続いて居る。でも苹は研究者レベルに達してないから、そこは本物の研究者/著作が頼みの綱。これでは自前の本など出せる訳がない。口惜しいが仕方ない。「ただならぬ勉強不足だ」。

     国文学畑の「和本リテラシー」有志は、こう語る(↓)。
    http://www.kinseibungakukai.com/doc/wabon001.html
    http://bokyakusanjin.seesaa.net/article/422343844.html
     また国語/言語学畑らしき一人は、こう語る…(↓)。
    http://morumo.sblo.jp/
     …ネット参入(プロバイダ契約2001.7)の直後早々、兵庫教育大教授の小竹光夫/書道研究室サイトに迷惑を掛けた事がある。あれから十年以上が経過した頃、ふと思い出して検索したら上記サイト(「どせいだにのうちがわで」)の教授関連「左手」云々記事が見つかった。~初めてトップページ(「2016.2.14」付迄)を見たのはつい先日でござんす。学会脱退の理由に驚く余り、「ネットで見つけた面妖な国語研究者」と書いた次第。
     専門家/研究者を侮ってはいけない。彼らの背後には津々浦々の国語左翼が控え、かつ教え、教わっている。それこそ福田恆存達が反旗を翻す前から、別の意味で明治の国語は進歩的/反歴史的だった。識字率ほぼ100%は活字基準の話で、幕末/書字基準なら日本人ほぼ全員が文盲となってから久しい。ならば国語左翼に共感する人が国民の大多数を占めてもおかしくなかろう。

     さて、どうするか。どう書くか。書道畑らしからぬ視点をふんだんに盛り込まないと説得力は得られまい。国語畑の本丸とは相容れないし、国文学/古文書畑は「読んだ内容」ばかり重んじる。「読む過程」に言及した例は珍しい。…彼ら「和本リテラシー」派ならきっと書ける。馬の骨(苹)の腐れっぷりを真面目に踏み越えて行ける。そしてもちろん西尾先生のオツムには、彼らを遙かに上回る規模の洞察が眠っている筈。世界史的、或いは哲学的な領野を彷徨っているかも知れない。~そんな事を想像しながら、自前であれこれ書き続けるのは楽しい。
     必ずしも論争は望まないとしても、特定の学者/研究者を相手取って書く形には、それ相応の覚悟が要るだろう。書けるだろうか。無反応には慣れて居るが、万が一という事もある。準備不足を論難され、返り討ちに遭うのではなかろうか。…てな訳で今夜の気分はサイト紹介に留める。先ずは虚心坦懐に、皆様には無批判のままサイト熟読を冀う。国語に纏わる反/脱/メタ歴史化(?)作用は恐ろしい。中には「国語と日本語は違う」とする向きもある様だが、苹はどっちに傾いたらいいのやら。1980年代末から戸惑って居る(当時、国語を日本語に改称する動きがあると聞いた…)。
     続きの稿は、五里霧中。
    【2016/07/01 20:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (国語の恐怖)
     「俺達を誰だと思ってるんだ。進歩的日本人だぞ。開国前の野蛮人と一緒にするな!」…そう無意識に植え付けられて居るのが国民ほぼ全部ではないかと思う事がある。子供の頃から洗脳を徹底する使命。歪んだ見方、狭い捉え方しか出来なくなるほどの強烈な思考停止/自負/確信へと誘導し、個人も社会も丸ごと雁字搦めにしてしまう使命。それらを成就する上で、国語を中心とする教育システムが果たしてきた役割は大きい。

     いったん、話を書道ネタに戻す。…そのイメージは概ね硬直的で、筆で字を書く事。小学生レベルのお習字。役に立たない芸事。一々並べ立てたらきりがないほど、どれも幕末とは大違いの偏見に満ちて居る。
     字を書く道具は毛筆が当たり前。読むのも書くのも国語全部が書道を含む(書道が国語全部を含む)とあらば、それらを分けて考えるのが~たとい便宜的ではあるにしろ、おかしい。第一、国語全部がお習字レベルで済む訳がない。役に立たないどころか文化的には必須のツールで、今の大学院レベルの教材・史料を寺子屋段階から見慣れてきたりもした。また別の言い方をすると、そうした学習に支障が出るほど歪んだ字になるのを阻止するために習字(書道)の必要があった。従って書道の字は読みやすいのが当たり前。そこに自ずと教養が絡む。読み書きできる歴史的な幅が拡がり、教養の低い人には読めない字も…てぇのは今昔どうあれ同じ事。
     幕末に戻って考えよう。国語が否定した領分を見据えない限り、否定前の歴史や文化は忘却以前の根本段階に於て「見えなくなってしまう」(見方の忘却、方法論の自己破壊)。否定後の歴史と文化ばかり盲信すると反歴史的になるか歴史歪曲主義(?)を受け容れざるを得ず、そこから釦の掛け違いがエスカレートしていく。「歴史から見放された」のではなく、「歴史を見放した」側としての進歩的感覚に酔わないと生きていけなくなる。少なくとも書字に関する限り、社会は既にそうなって居る。(大学レベルは「平仮名の読めない」新入生が相手…)
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1754
     国語は社会を支配する。教育システムでは明治以来、国語の成立と英語の導入がほぼ同時並行して進められた。それを思うと別筋ながら、西尾先生が発した「明治以来日本の上に覆いかぶさっていた暗雲」(2016.6.26坦々塾夏季研修会↑)との表現は書道畑にも興味深い/感慨深いものがある。(なにやら英語がEUから追い出されそう…だとか?↓)
    http://jp.reuters.com/article/uk-eu-english-idJPKCN0ZF09A
    (…と書いたら無駄に思い出した…英国代表Mr.ビーン…wikiのラテン語ネタ↓)
    --------------------------------------------------------------------------------
    >オープニングの映像に乗せて流れるテーマ曲は以下のような歌詞である。
    >“ Ecce homo qui est faba.(ビーンという男に目を向けよ) ”
    (中略)
    >エンディングの映像に乗せて流れるテーマ曲は以下のような歌詞である。
    >“ Vale homo qui est faba.(ビーンという男にさよならを告げよ) ”
    --------------------------------------------------------------------------------
     こちらは産経(↓)。
    ●【書評】東京大学教授・斎藤兆史が読む『英語という選択 アイルランドの今』(嶋田珠巳著) 母語の喪失が意味するもの
    http://www.sankei.com/life/news/160710/lif1607100018-n1.html

     閑話休題。国語ネタに戻る。(書道というネタにさよならを告げよ?)
     世界どこでも国語/母国語は国民の実用ツールで、学者の占有領域と化すのは死語や古典語になった場合…くらいだろうか。国語の変化/変質に国民が一旦「そう」納得し始めたら、歴史感覚を道連れに一切合切「そうなる」可能性が高くなる。学問的啓発の余地は既成事実の強度に応じて無効化へと向かい、「常識」が国語の過去を「現実とは無関係な」純然たる学問対象へと隔離/保護/葬送する。つまり学者が国民を啓蒙する(大学の第一次危機)のではなく、国民が学者を淘汰する(第二次危機)。その狭間にあったのが所謂「大学紛争」形式と見るなら、わざわざ教授を吊し上げずとも済んでいる今の方が或る意味(?)効率的なのかも知れない。
     半世紀前の「大学の危機」は暴力絡みで、その後は学力低下問題やグローバル化の文脈で捉える傾向が目立つ。前後を通じて学問の中身に踏み込む訳ではなく、啓蒙/淘汰をめぐる波及的危機は放置された模様。~いったん消えゆく流れに乗った文化がそう易々と復権できるとは考えにくい。例えば書道の実例「百五十年史」を持ち込まれても、却って国語学/国文学/古文書学の方が困るだろう。教育現場はもっと困る。他科教員の国語能力が国語教員より下とは限らず、それどころか優秀な国語教員ほど「現実離れ」していたりする。…普通の人は古文も漢文も読み慣れない。読める方が「普通でない」。すると普通の人が倒錯教育による学力低下を要請する。
     国語国文が西洋言語学の影響を受けて明治に生まれると、古文書/訓詁的対象も「それと同時に生まれた」気がしてくる(新たに幕末以前との断絶を予定/設計)。~この場合、「古文書」は西洋的概念/翻訳語に相当するのかも知れない。活字漢語は在来語であれ新造語であれ、語義の拡張/淘汰ばかりでなく語が属する歴史の混淆/歪曲契機を齎した。古典(古文・漢文)と云えば誰もが活字の教科書をイメージする。教科書の書き手/学者/研究者にその気はなくとも、読み手/教師/生徒は勝手に思い込む。巷間「古文書なんか知らないヨ」は序の口で、「古典と古文書は棲む世界が異なる」(=国語に非ず)と感じる向きが多いのではなかろうか。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1580.html#comment
     その手懸かりを漢字と仮名の区別から読み解こうとしてきた(例↑)。「2014/01/14 22:37」稿では学生を煽動する書き方になったが、機能による区別が崩壊して字形依存体質が先鋭化したのには、今なお国語を統制し続ける草の根「活字全体主義」が絡んでいるとしか思えない。文化庁が民間の暴走状態に歯止めをかけようとしても(「2016/03/13 23:49」稿)、「常態化した暴走」は普通状態への「進化」を遂げており既に手遅れ。これを先例と見れば差し詰め、従軍慰安婦と性奴隷の語義統合みたいなものに類するのかしら(苦笑)。歴史的経緯はどうでもよく、言葉が国際的に生まれ変わって「新たな機能を発揮し始める」。

     ただし、昔どうだったかと云えば心許ない面もある。~一昨年の前掲稿で一通り煽った後、あたしゃ内心モジモジしながら「三保忠夫『古文書の国語学的研究』(吉川弘文館)P.102辺り」に言及した。そこには後段、こう書いてあった…(返り点や振り仮名は省略↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 『令義解』の「学令15」には、また、「凡書学生。以写書上中以上者聴貢。〈謂。定書品第。待式処分。其書生。唯以筆迹巧秀為宗。不以習解字様為業。与唐法異也。〉(後略)」と見える。書の学生の成績判定に関する規定であり、その技量が上の中以上なら、「書生」に薦挙することを許すという。書生とは、中央・地方の省庁で文書事務に従事する下級官吏である。その細字注の部分に、書道の学生は「筆迹巧秀」だけが求められ、「字様」を学ぶ必要はない、この点、「唐法」(唐令)と異なるとある。『令集解』には、「私案。但書写者。自然勘知字様耳。」ともある。字様とは、文字の書き方のことで、字形や書法を糺すための規範書などを意味する場合もある。唐初には、数世紀来の事情を反映して種々の字形・字体が氾濫しており、そのため顔師古の『顔氏字様』以下、顔元孫の『干禄字書』・張参の『五経文字』・唐玄度の『九経字様』などの書法・範式が作られ、科挙の参考書ともされた。
    > 日本の書道の学生は、この習解を学業としないというのであるから、彼らは、在来の字形・字体を学び、異体字を避けることもなく、ただ筆の上手に努めればよかったのであろうか。書道の学生がこうであれば、明経道・算道など、他の学生も推して知られようが、しかし、彼らは、次代の行政官吏の卵である。これで、果たして、「真書」を以て公文書を作成できるような官吏が養成できたのであろうか。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …今の書教育形骸化を嘆いているかの様にも読める。当時からそうだったのだろうか。維新後と敗戦後の「伝統」に根差した偏見はなさそうだが、これはこれで見過ごせない。
    【2016/07/23 19:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿補記)
     日本の漢字は大元の発展/遷移段階を経由せず、出来合いの完成形態/各書体を横並び状態で輸入した。そのせいか後の書道畑は支那「数世紀来の事情」に無頓着で、歴史的「正しさ」の強制すなわち「字様の呪縛」を適度に斥けてきた。支那では古典/篆隷優位の権威主義が楷書の異体字を圧迫し続けてきたのに対し、日本には輸入文字(漢字や梵字)の多様性をありのまま見据える共時的リアリズムがあったのだろう。なんでもかんでも支那に準拠すればよいとする奴隷根性の持ち主ばかりではなかったらしい。~前掲三保本の記述を日本側から見れば、そんなふうに読めなくもない。
     しかし「訓詁の学」は本場物、権威たっぷりで邪険にできない。そうした遠慮(?)が「多様性の学」を阻む一因になったのかも知れない。~幕末までは民間人も学者も高貴な方々も皆、平気で多様な異体字を読み書きしていた。ところが明治以降は学者の支那贔屓が極端になり、書道側が伝統的/古典的な異体字を常用すれば、今でも国語側からまるで異端者の様な扱いを受ける。欧米の光と支那の影は共々「開国による鎖国」の示導動機となり、百五十年にわたり日本文化を東西から挟撃した。漢字文化を支那文化と同一視する人達は事実上、「日本の漢字文化」を傍系に封じ込めてきた。

     …そう云えば「日本の漢字文化」について、こんなのを引用した事がある。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7438296
     天バカ板「【再掲】国語問題07」(2011/10/09 (Sun) 20:03:28)稿(↑)で再掲した7671「【余談】書道愛好家の常識と盲点(補記)」(2009/11/08 15:02)稿より、以下は沖森卓也『日本古代の文字と表記』(吉川弘文館)P.178~179。
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    > 万葉仮名という用法は日本で創始されたものではなく、もともと漢文の内部に存在しているものである。それは許慎が『説文解字』で述べた六書(漢字の六つの構成法)のうちの「仮借」に相当する。「仮借」とは、ある語を表す漢字がなかった場合、その語とは意味が異なるが、同音である漢字を借りて表す方法をいう。たとえば、限定の意を表わす〈のみ〉(「神のみぞ知る」の類)の語はもともとそれを表す漢字がなかったため、意味は異なるが、同音である「耳」(これは身体の〈みみ〉(ear)の象形文字)を借りて表した。つまり、同音の漢字を借りるということは、漢字本来の用法に見られるものであったのである。もちろん、日本語を漢文で表す場合に万葉仮名を用いるのは、それと少し性質が異なるようにも見える。日本語においては、漢文で非漢文的な(日本固有語の)語句を表現する場合の問題となるのではあるが、結局は中国語から見て、旧来の漢字では書き表しがたい(中国語以外の)語句を、それと同音の漢字で表すことと基本的に同質である。
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     また「2010/11/20 22:21」稿(↓)では、前掲三保本P.25の記述を紹介した事もあった。ただしボウ(片旁)は第4水準の漢字ゆえ、ネット上では念のため避けた。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-997.html#comment
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    > 古代から中世、あるいは、近世までの間には多様な文書・帳簿類があり、中には正格漢文体(純漢文)と大差ないものもあれば、仮名書き(真仮名・片仮名・平仮名)を交えたものや宣命書きのものなどもある。だが、個別的な事例はともかく、また、語弊を懼れず繰り返せば、この種の文書類、および、帳簿類は、変体漢文を基調とするというべきであろう。一般的に、外見上は漢字・漢文体のようであるが、その内実は、日本人が日本語の文章(字音語を含む)を綴ったものが多く、これは当初から日本語として読むことが期待されているのである。それ故、「和化漢文体は、日本語を表現の基盤としていることから、和文体の下位に分類するのが実情に適っていよう」と述べられる先学もある。よく理解できる趣旨である。しかし、そうはいっても、これはこれで躊躇される。変体漢文は、日本語の音声的側面を顧慮しないが、一方の和文体は、基本的には線状的な音声言語をそのままに表記する。変体漢文は、原則として活用語の語形や付属語などの表記を意図しない。これらには、表現主体の意志・感情が集約的にこめられ、和文体は、ここをもっとも大切にする。変体漢文体は、そうした和文体の特長とする繊細な表現方法を犠牲にして漢文体にならったのであり、志向するところは別にあったと推測される。古代における文字、すなわち、漢字のあり方については、刀剣銘や刻銘土器・墨書土器、呪符木簡などによって解明されつつある。七、八世紀においても日本人の漢字・漢文に対する想いは格別であり、内実はともかく、結局は漢字・漢文という外形、すなわち、形式を尊ぶことになったのであろう。加えて、古文書の場合、これは「公式令」によって明瞭に規定されている。「公式令66」には、およそ公文はことごとく「真書」(楷書)に作れ、およそ簿帳・科罪……・抄ボウ(片旁)の類の数あらんものは「大字」に作れとある。この条は、「唐令」を踏まえるようだが、こうして国際法にも等しい隋・唐の「律令」に倣い、また、漢字文化圏に位置すること自体が、当時の日本における至上課題の一つであったのだろう。
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     こうして見ていくと、所謂「字様」が重視されるのは外交面を顧慮した場合くらいで、日本人/日本語のための実用書記様式とは「別物」(←括弧付き)である事が分かる。字様学を踏まえた真書/楷書が国際的には正式/重要だとしても、日本的実用書体の身近な発展形式/多様性が傍系に置かれたままであってよい訳がない。
     平仮名「あいうえお」を「安以宇衣於」と表記すれば漢字と見分けが付かなくなるのと、漢字を草書で表記すれば幕末期の仮名(上代仮名より草書寄り)に字形が近接するのとでは、抑も判別のコントラストを司る機能の優先度が異なる。~支那への開国で活字の脅威に曝される前後、(後から思えば)日本語書記様式を貫く「多様性の学」に予め踏み込んで置けばよかったのに…と文句を付けたくなる。ところが洋学派は漢字廃止だの何だのと言い募るし、支那学派は和漢混淆史特有の国内事情を無視するかのごとく、本場基準への単線化/軌道修正に熱心だった様な。これでは日本文化本来の多様性が萎縮する。舶来礼賛も度を越せば忽ち其身の毒となり、萎縮のオバケがそのまま肥大へと向かってしまう。
     昭和書道界(戦前・戦後)が膨張する前に先ず、教養没落の下準備たる「国民の懐柔策」が書道とは対比的に組み立てられてきた。そうした文字/識字水準での抱き合わせ(?)がよほど効果的だったのか、まだ書道は国語に滅ぼされていない(蛇の生殺しw)。まだまだ先の没落があるだろう。そこが今後も恐ろしい。活字全体主義を貫き続けた果ての精神的膨張が恐ろしい。政治的全体主義の廃屋/影/裏側では、文化的全体主義(グローバリズム由来の変形動機)が今も脱皮を繰り返して居る。それを教育システム全体が自然体のまま容認/支援/正当化すると、「形骸化すべき文化」(書字言語/書道など)と「グローバル化すべき文化」(日本語など)のそれぞれに、変化/変質の正当性が自ずと担保されてくるだろう(2006年の未履修問題とて、動機自体は正当化できる筈)。
     華夷秩序グローバリズムの復興を目指す中国は今後、日本国民自身が半世紀以上かけて衰退させた日本書道を「本土側から」指導する立場に回る筈。日本の大学で留学(偵察?)もしくは教鞭を執った中国人が本土に戻った後、斯界を管轄する中共下部組織の要職に就いた例も現にある。~日本の旧字体派と新字体派が国語国字問題で内輪喧嘩すると、外野(民間)は多分ウンザリして興味を失っただろう。おまけに律儀な日本人ほど勝手にトメハネまで一々活字準拠し始める反面、書道畑からの介入余地は概ね塞がれていた(←これは自業自得かも)。そこに「多様性の学」はない。顧みれば旧字体派と新字体派の双方(どちらも活字派)が日本独自の国字/書字文化史を萎えさせ、戦後の展開を妨げた…と云えなくもない(今の隣国から見れば、敵同士を戦わせる類?)。

    (以下、読み物。)
    沖森卓也「漢字を手放さなかった日本語」
    http://www.chokanji.com/magazine/interview/16/
    http://www.chokanji.com/magazine/interview/17/
    【2016/08/11 00:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    久しぶりですね。そちらも暑い毎日でしょうか?

    小学五年生から英語の学習が始まるそうですね。
    それを習字に置き換えることは、
    もう文科省のだれも考えないでしょう。
    何が削られるのかはわかりませんが・・・・。


    【2016/08/11 22:03】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >そちらも暑い毎日でしょうか?
     去年は婆様が初めて熱中症になったので、今年は初めて夜もクーラーつけっぱなしにしてます。昔は祭が終わると涼しくなったのに、近年は盆が過ぎてもまだ猛暑(汗)。…尤も、東京みたいな熱帯地方(?)から見れば大した事はないのだろうけど。

    >小学五年生から英語の学習が始まるそうですね。
    >それを習字に置き換えることは、
    >もう文科省のだれも考えないでしょう。
     学校の習字(国語科書写)については戦後の形骸化状態を正常化するだけでよく(それが今では難しい…)、英語との両立も明治時代なら一部の層では可能だった様なれど、失敗事例多数とも聞く。いづれにせよ、言葉の意味/印象が昔とは少しばかり違うらしい…。

     以下は1987年刊の菅原教夫『現代の書流』(読売新聞社)P.25~27。
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    > 西川寧を語る場合、この状況に対する“抵抗”の精神はキーワードになると思われる。それは作品についてばかりでなく、戦後の書家という存在への苦言ともなってあらわれる。一体に書家という職業が繁盛しだすのは東京オリンピックのころからで、このころ二足のワラジを脱いで筆一本の生活に入った人がかなりある。彼らのうるおいだす経済に対して、西川さんはかつてこう語った。
    >「そういう人たちは、お習字の先生なのであって、もしそれを書家と呼ぶのなら私は書家ではない」「文人とはその生活にいちまつの侘しさがあるものです」
    > この発言で注目されるのは「お習字の先生」と「文人」とが対立的な概念で語られていることだ。
    > 西川寧はそもそも書というものには次の三種類があるという。
    > 習字……文字通り手習いで、小学校や中学校でやるものもこれに含まれる。
    > 書道……一種の遊芸。その指導者が書家で、塾で書道を教える。
    > 書………心をうたれる、頭がさがる芸術。
    > 一口に「書」といっても、その取り組み方と作られたものとの程度によってこのように分類されることが、また書家におけるさまざまなタイプを生みだす。作家、事業家、教育者、政治家……。それほどいい字を書くとは思われないのに多数の弟子を抱え暮らしぶりも驚くほどいい、そんな書家なら商才がありそうなので、事業家タイプと言っていいだろう。
    > どのタイプになるかはその人の書に対する考え方にかかってくる。
    > もちろん西川寧が目指すのはこのうちの「書」なのだが、その「書」は中国でも日本でも主に文人たちによって、彼らの芸域の一つとして作られた。文人たるもの、詩、書、画、それに篆刻と幅広く手がけ、書は彼等の豊かな教養、深い人間性の凝縮なのであった。呉昌碩は四絶、つまりそれらのいずれにも優れたし、池大雅や富岡鉄斎の書は、絵や詩と渾然とした世界の中に育まれている。
    > しかし、明治以降、日本の社会が西洋化されていくうちに、閑雅な文人精神は次第に解体され、私たちは詩、書、画、篆刻、それぞれの分野にエキスパートを持つようになった。
    > 文人精神の解体が急速に進んだ一つの時期は大正末期であろう。大正十三年、豊道春海が日本書道作振会を創設し、翌年第一回の展覧会が上野で開かれた。この出来事は、それまで文人の余技のような形であった書が、専業書家による作品発表というスタイルで書を問う近代的な形態へと脱皮する第一歩だったと言っていい。
    > 現代の書家は、作家という一面と、師匠というもう一つの面の二重性の中に生きている。文人タイプと言われる西川さんにすれば、師匠という性格により大きなウエートがかかる書家と、自らとを同一視はできない。「私は書家ではない」の発言は以上のような文脈で理解すべきものなのである。
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     …この手の本はもう、書道中毒患者(初心者の高校生からベテラン老人まで)にしか通用しなくなって居るのではないか。書の前提をなす「暗黙の諒解」には一々触れられていない。「昭和の本だから仕方ない、戦前世代なら読める筈」では済まない。基礎以前の基礎が常識だった時代はとっくに過ぎた。…明治から昭和三十年代までを背景とした記述が今でも通用するか疑わしい。「文人」は死語同然だし、書塾を知らない/通った経験のない人だって少なくなかろう。ならば「習字の消えた/蒸発した時代」との切り口で捉えたらどうなるか。(←責任転嫁モード↓)

     書道を滅ぼすのは書家である。「心を打たれない、頭の下がらない」書字/文献を根こそぎ淘汰する「書美の死神」(大審問官?)が書家である。「書道以前の文化的土壌がなくとも、書道は独立した芸術として充分に成り立つ」…とまでは思って居ないだろうが、事実上そう振る舞っていれば結局は同じ事になる。つまり美的とは認められない古文書の殆どを、美的精神の視野から排除/焚書するかの様な姿勢に通じてくる。彼らは土壌に種を蒔くどころか、芸術意識の日陰で芽吹いた習字の種/土壌/幕末的役割を度外視してきた。書の断種にせっせと勤しむ公募展蝟集者/優生学信者の群れへと成り下がったのだ。
    【2016/08/17 01:33】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    オリンピックで、ふるさとが燃えていますか?

    日本中にオリンピック選手がいるんだなぁ~~~

    広島県にもいましたよ。
    【2016/08/18 20:44】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (近況)
     「2015/12/18 07:56」稿の後、暫く老舗外商の様子を見る事にした。どうやら重複せずに済みそうなので、それまで買ってた別の書店(ポイント割引あり)にボチボチ、待望の全集『少年記』巻を注文する予定。
    https://ssl.nishiokanji.jp/blog/?p=1820
     福田恆存の少年期(大正末)は書道展の黎明期で、御尊父様(福田秋湖)は昭和五年の退職後に習字の私塾を営んだ。比べてみれば西尾先生とは、凡そ四半世紀のズレがある。…著者は当初「文学の積り」(↑)だったそうだが、史書が「ある」のではなく史書に「なる」か史書に「する」(読者が?歴史が?吉村昭が?)。そこに文学が内蔵されちまったら、これは想定外に難物なのかも。…あたし文学って嫌い…読みたくない…読みたい…読みたくない…読みたい…(←花占い?)
    http://pic.prepics-cdn.com/akujyo0319/54632559_209x291.jpeg

     あの稿を出して以来、「萎縮の明治、肥大の昭和…」が今も尾を引いている。
     まだまだ書き足りない事がある。書道畑に限らず国民全体の文字文化意識を、いったん明治以前まで引き戻してみたい底意がある。その手懸かりに昭和三十年代があり、多くは書かなかった筈の国語(現代文/標準語)や方言のネタが脳内そこそこ埋もれて居たのだろう。時間をかけて書き連ねるうち、段々それらしく整いつつあるかの様な気がせぬでもない。が、何か足りない気がして纏めきれない。今月のを出した後も、メモ程度の断片なら二つばかり消さずに取ってある(↓)。お蔵入りになるかも知れないので一応、なーんにも考えずに出して置く…。

    (断片Ⅰ)
     「多様性の学」から支那漢字の歴史的成立過程を払拭すると、日本語に従属する日本漢字としての機能が字形より優位となり、字形の同一性は多様性の襞に褶曲される筈。つまり「同一性の中に差異があり、差異の中に同一性がある」タイプの多様体として漢字概念を捉える必要がある。また変奏形式としての各書体を貫く痕跡によってしか異体字は活きてこないし、仮名の成立も説明が付かなくなる。他方、この大前提を含まないのが字様学/文字学の系統で、篆書・隷書・楷書を貫く流れに草略原理の影響は配慮されない…との印象が苹には残る。

    (断片Ⅱ)
     ふと考えた。もし英語国語化論が通ったなら、明治以後の日本語はどうなったか。やはり欧米人とはすんなり話が通じない儘ではなかったか。和化漢文ならぬ「和化英文」が誕生し、或いは漢語と和語が入り交じり、日本漢文を現代文に翻訳するのと大差ない「教養」がもう一つ必要になるだけではなかったか。それなら今とさほど違わない。日本人だらけなら自然、そうなる。ならば新たな在日を増やせばよいのか?(移民一千万人計画)…どっこい、来るのは誰あろう。「英語話者を待っていたのに中国人に出くわした、ということ以上に悪いことが何かあるだろうか」(←このパロディ、ネタ元はこちら↓~「2012/01/17 07:06」稿中引用)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1228.html#comment
    【2016/08/28 10:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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