奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    ジム通い
    自分だけのために、ジムに通うっていうことは、
    それだけ安定して、幸せってことだと思う。

    心配事があったり、
    誰かの手伝いをしていたりすると、
    自分だけのためにジムに通う時間さえなくなる。

    ジムに通って、
    エアロビクスをやったり、
    プールで泳いだりできるのは、
    幸せの真っただ中にいるってことだ。

    バタフライがようやく、20メートルくらい泳げるようになった。

    息子の心配が先延ばしにされて、
    少し日常が戻ってきた。
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    【2015/12/06 22:55】 日常のこと | TRACKBACK(0) | COMMENT(11)
    この記事に対するコメント

    >奥様

    まぁなんと申しましょうか、奥様のこの懐の広さには、本当に頭が下がります。
    以前、セローさんが言ってました。
    「年上の長谷川さん・・・日録での奥様のHN・・・は、半端なく器が大きい」と。

    そういう方と、ネット上とはいえ、お知り合いになれたことは、私の宝です。
    【2015/12/07 00:13】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]

    私も
    奥様
    ジムに戻った時同じことを思いました
    母の見舞いがなくなったから。

    どんなにいい息子に育てても子供の一生は
    相手次第、私達だって親元にいた時とは?
    私も息子三人のこと、あれこれ心配の種だらけ。でも、私は、老い先短いから自分のことだけ
    考えて、と。
    だから、奥様も先ずご自分を思い、御子息のことは、その次、
    私達は、若くはないから身体にきますよね
    【2015/12/07 01:27】 URL | bunn #- [ 編集]


    >あきんどさん
    宝と言ってくださりありがとうございます。
    でも、懐が広いというか、まぁ、超楽天家といったところでしょうか・・・・・。

    >bunnさま
    本当にそうですよね。
    bunnさまの息子さんでも、心配事がおありなんて、
    信じられません。

    人には見せないものって誰にでもあるでしょうが・・・・・。
    【2015/12/09 20:37】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    伊東温泉に昨日から、
    奥様
    三男が今日から一泊、二人で日本酒のんで、海を眺めながらのんびり会食、一休みしてカラオケ室に
    昨夜は、カラオケ室に招いていただき、思いきり楽しんで、
    奥様とちがって、自由気儘だから、好き勝手してるから、生きるのが楽
    親がこうだから、子供がしっかりするのかも
    『何かあったら、僕が嫁に話してね〜』
    私以上に、息子達の方が私を心配して居る感じ
    騙されやしないか、詐欺に遭うのではないか?
    はっはは、貴方達のお父さんに騙されと、
    みんな笑いばなしにしちゃう、
    私の心配なんて誰もとりあってくれない、
    まぁいいか、それの繰り返し、
    【2015/12/09 21:29】 URL | bunn #- [ 編集]


    >奥様

    たまにはマジ顔で言わせていただきますけど、もうかれこれ奥様とお知り合いになれてから、13年経つんですが、もしも・・・もしも私が奥様とお知り合いになれなかったら・・・ということを想像したとします。

    おそらく、さびしい13年間だったに違いありません。

    ここからは想像なんですが、その前に・・・私は奥様を母親のように慕っている現実があります。自分がどんなに乱文を書こうが、多分奥様なら受け入れてくれるだろうという安心感ですね。それがあります。
    そうした、対奥様を母親目線でご子息の内情を私なりに感じ取りますと、「とにかくどんなことも許してくれる存在」というのがあります。母親ですから、それは当然と言えば当然なんですが、いわゆるその「当然の母親」というものにではなく、ご子息の心のどこかに母親を滅茶苦茶尊敬している部分があると思うんです。その一端が、こんなに忙しい毎日を送っている母親が、ちゃんと自分の時間を作っている、どうしてそんなことができるんだろう。いや、でもまてよ、自分はそのすごい母親の倅なんだから、自分にだってその才能はあるのかもしれない。俺にはまだ可能性は十分残されているに違いない・・・。

    ご子息は今かなりつらい立場なのかもしれませんが、辛いなりにそれを唯一支えているのは、お父さんとお母さんの子供だと言う現実だと感じます。言葉には出さないでしょう。でもそれは認識があるから逆に出さないのだと思います。
    どんなに優秀な倅だって、母親の前ではただの倅ですよ。
    「母さんいつも苦労かけてるな、すまん」なんて言い出す倅には、ぎゃくに裏心があると思った方がいいでしょう。
    何も言わないと言うことが、とてつもなく母親を愛している証拠です。

    先日、頭をよぎった話・・・。
    毎年母親が作ってくれる「ニシン漬け」を今年はつくらないと聞いたとき、母親の年齢が一気に5歳くらい年老いたように感じた次第。
    倅のそのさびしい思いは、もちろん口に出せないのが現状。
    【2015/12/10 15:20】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    「倅が母親を語ってみる」・・・と題して。

    世の中の大概の倅と称す者は、いつまでたっても「子供」だと思う。
    立派に成長した男性でも、いや、立派に成長した男性こそ、「子供」の心を失っていない。
    そしてそれを本人は十分認めているから不思議だ。

    15歳くらいの男の子は、やたらと親に反抗する。本当は父親に対してそれを見せたいのだが、それがなかなかできないため、少し弱い母親に反抗する。本当は大好きな母親なのに、倅は母親に反抗するのだ。
    俗に言う反抗期である。
    昔は反抗期というのは男の子に特有の症状として認識されていた。
    同時期の女の子は、男の子より少し性的な進歩があるせいか、あまり親に対して反抗すると言う事例がなかったように感じる。
    たぶん今もその傾向はあるんだろうと、あまり調べもせずに断言するが、そうあって願うばかりだ。
    男がなぜ反抗期という門をくぐらなければならないのか、それには色んな理由があるだろう。肉体的・精神的・・・その他細かいものを挙げていたらきりがないくらいある。
    自分の場合どうだったのかというと、やっぱりあったと思う。
    いつからいつまでということはよくわからないが、自分なりに認識していることを語らせていただくと、ちょうど中学生になった頃、普通に意見しているつもりなのに、親や他人から「あんたずいぶん理屈っぽくなったね」と言われ始めた。最初はなんおことやらわからなかったのだが、どうやら私のイメージが他人から見ると、以前と違い始めた時期だったようだ。
    どうしてなのか考えてみると、ちょうどその時期から部活動を始めた。毎日7時ころまで部活があって、家に帰ってくるとバタンキューの毎日だった。
    疲れ果てて帰ってくると、腹ペコだったりして、ろくにおかずが揃っていないと、文句も出たのかもしれない。中学三年間で20センチ以上身長が伸びた私は、とにかく毎日腹ペコだった。寝床から起きるたびに立ちくらみがあり、トイレでしゃがんでいると、かならずそのあと立ちくらみがあるので、トイレが少し苦手になっていた記憶がある。
    もっとひどいときは、風呂場で立ちくらんだ時だった。
    完全に意識を失って、頭を壁に強打した記憶が二・三度ある。死ぬかと思った瞬間である。
    それを誰にいったらいいのか、その時ふと考えてしまった。
    今までだったら、何があっても母親に伝えていた自分が、何事もなかったように過ごそうとしている。別に悪いことをしているわけでもないし、隠そうとしているわけでもない。ただ単に自分の中に収めておこうというだけの判断なのだ。

    私の場合、母親は毎日店に出て働いていたので、それが良かったのではないかと、今は思う。母親がいわゆる一般的な主婦だったとしたら、息苦しかったのかもしれない。
    運よく私の場合は、家と店がつながっていたので、母親の立ち位置もその意味では理想的なところだったのかもしれない。
    しかし当時は母親がもっと家の方に立ち位置を置いてほしいと言う要望が、子供心にはあったような記憶もある。
    そんな状況の中で、3年間部活で忙しい毎日を過ごし、私は反抗期と言う時期が自分の場合どういうものだったのか、はっきりは覚えていないのだが、時々の会話の中で先ほどのように、「理屈っぽくなった」という反応は多々あった。
    今思うと、それは私の巣立ちの第一歩だったのだろう。
    運よくあまり会話が無かったせいか、衝突はそれほどなかった。
    ただ、こんな記憶だけはある。
    今まで親の行動に対して、気にすることは無かったのに、そのころから親の理不尽さに不満を覚えるようになった。いわゆる大人の狡さが見え始めたのだ。
    部活でいろいろ先生からおしかりをうけている自分に比べ、両親がいかにずるいかが目につき、大人のいやらしい部分が納得できない時期だった。

    そんな中学時代も終わり、高校進学となって、今度は自分が色気づいてきた。
    クラスメートの女の子がとにかく気になり、何度も失恋しそれが嫌になって上京という手段をどうしても手に入れたくなった。
    親には「進学」という公言で条件を付けてそれを為し得た。
    大学生活という一つの夢を実現するには、反抗ばかりしているわけにはいかない。
    もともとそれほどがちに反抗していたわけではないので、家庭的な問題があっての判断ではなく、単に個人的な不満が原点で、自分を変化させたい一心で東京に移り住むことを親に要求した。それが為せたのも親のおかげだが、親も私には高校卒業と同時に上京することを願っていたようだった。長男なら田舎にいるよりも大都会の中でもまれた方がいいだろうという判断だったらしい。
    なんとも恵まれた私であった。その夢がかなうと言う段になると、すでに反抗期なんかとっくになくなり、すでに親と私の立場は運命共同体だったという感じである。

    私の場合あまりにもことがスムーズに進んでしまったので、今の世の中と比べることがむつかしいわけだが、しかしどうあれ子供が親元を離れると言うのは、親も子も望むところの時代背景がしっかりしていたのだろう。
    戦後生まれの世代がつかんだ最大の恩恵は、そのような現実なのかもしれないと思う。
    今の子供たちに比べれば、とんでもなく裕福な時代だというのは間違いないところだろう。

    私に限って言えば、反抗期らしきものがあった中学時代は部活に没頭でき、高校時代は恋愛に没頭でき、気づいてみたらあっという間に東京に住んでいたという流れである。
    つまりやりたいことがすべて実現できた青春時代なのだ。
    それに比べて、今はどんなじだいなんだろうと、少々申し訳なく思いながら、今の若者たちの生き様が気になることは確かだ。

    そんな私だから、他人にえらそうに説教などできる立場ではない。
    ただできることは、自分の経験を語って、人間がいかに「時代」の中で生かされているかを語るほかない。
    【2015/12/13 05:02】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    そうですねぇ。
    現実の世界では決してすれ違うことさえなかった人どうしが、
    こうやってネットではつながることができる。

    これをバーチャルだという人もいますが、
    ちゃんとパソコンの向こうに、
    リアルな人間がいるのですよね。
    そして、お互い影響を受けあいながら対話をしているなんて、素敵ですよね。
    【2015/12/14 22:54】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >bunnさま
    いいなぁ~~~~

    私も早く、そういう親子になりたいです。

    【2015/12/14 22:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様

    >ちゃんとパソコンの向こうに、
    リアルな人間がいるのですよね。
    そして、お互い影響を受けあいながら対話をしているなんて、素敵ですよね。 <

    奥様と私が初めて出会った寝るケーのさん宅で、奥様が私の顔を少し凝視しながら「あきんどさんですか」と尋ねられた瞬間を今も忘れていません。
    奥様は小柄な方だと言うことを聞いていた私は、確かに小柄なのにどうしてこんなにその小ささを感じさせない方なんだろう、という印象がありました。
    私は出会うまで勝手に奥様のことを想像していたんです。たぶんこんな方なんじゃないか・・・みたいなものを。
    そうしたら全然想像していたものとは違う方でした。
    表現が乏しいかもしれませんが、本当に普通の奥様でした。
    あまりにもごくごく普通の女性だったため、逆にそれが私にはオーラとなっています。

    当たり前というものが今の時代よくわからなくなってきている時代、本当の普通がかえって希少価値を生む時代なのかもしれません。
    そしてあとからふと思ったんですが、人間性が似ているとか、女性としての表現の仕方が似ているとかは関係なく、私は奥様の姿から自分の父方の祖母を思い出したんです。
    ここに集う方々には私の祖母のことはほとんどご存知ないわけですが、奥様は多分覚えてくださっていると思います。
    以前日録で書いた私の祖母のことを。

    祖母はとにかく祖父を愛していました。祖父も祖母をなにより信頼していました。祖母は祖父の大きな器の中で愛されていました。いとこ同士の結婚でありながら、こんなに愛し合った夫婦も珍しいのではないかと言うくらい、仲のいい夫婦でした。
    私は祖父の記憶は全くありませんが、祖母が語る言葉の中からそれをイメージしていました。祖母があまりにも祖父を敬うので、時には斜めになって聞いていたことも有りましたが、しかし、こころのどこかでこんなに女房に愛される男になってみたいもんだという感情はありました。

    奥様と出会ってその時の自分の感情が少し思い出せました。
    それは奥様が帰り支度の時、寝るケーのさんから「急がないとだめなんじゃないか・・・」と促された瞬間でした。
    お忙しいなか、足を運んでいただいた奥様には、ご家庭のいろんなご事情があって、そういうなかでもわざわざ足を運んでくださり、こうやっていま私たちと一緒にいてくださっている、そういった奥様の義理堅い行動力は勿論のことなんですが、ごく普通の主婦が限られた時間の中で精いっぱい行動されている現実に、私は当時深く感銘したんです。

    私の祖母が色んなことを語ったその現実と、奥様の行動力がオーバーラップして、北海道に戻ってからふと感じたことは、何か懐かしいものに出会えた思いだったんです。


    もう一回続きます。
    【2015/12/16 12:55】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    「人間の感情」

    少し話題から外れるのですが、皆さんは「難平買い」という言葉ご存知ですか。
    これ「なんぴんがい」と読みます。株の世界で使われている言葉で、一般的にごく普通の物販仕入でも使われているんです。
    本来の意味は、例えば100円で買った株が80円に下落した際、それを同株買って90円にします。それが91円になれば即売りするという手法を難平買いと言います。

    商品でもプロパーで売られているもの(仕入れの段階での話)を平たくまず買うんです。必要な量だけ。そうすれば仕入れ先にはとりあえずの利益が生まれます。しかしそんな仕入ではいざシーズンも終わると言う時期になると、完全に赤字になります。それを補うために、プロパーばかりではなく、必ず処分品があるかどうかを見極めるんです。そのかわりそうした商品を仕入れる場合は、値段交渉以外は一切ご法度で、商品に対する難癖はダメです。
    ではどうやってそうした商品を掘り出すかですが、とにかく仕入れ先に何度も足を運んで、動いていない商品を自分の眼力でチェックしておくんです。そしてそれを相手が売りたい時期をにらんで買い付けるわけです。
    例えば少量で買うなら参考上代の50%が仕入れ価格だけど、大量にもしくは全部買い付けると20%未満で仕入れることもできます。
    ちなみにプロパー仕入れ価格は、大手ですと65%です。レナウンとかはそんな価格なんですよ。仮に1000円上代の者は650円が原価です。それを2割引きで売ると利益は150円ですね。では利益率は・・・?15%と応えた方・・・ブーッです。答えは18.75%です。
    650÷800=0.8125ですね。つまり仕入れ価格が81.25%ですから、引き算して利益率は18.75%になるわけです。
    それはさておき、難平買いでしたね。
    これができるようになれば、小売業としては一人前です。
    仮にプロパーを3割仕入れ、7割を難平買いしたといます。
    1000上代のものを3割で、同じく1000円上代だったやや古い商品を20%で7割買い付けたとします。これらすべてを半額の500円で売りさばいたとしたら、利益はいくらになりますか?

    答えはあえて出しません。宿題とします。といってもわざわざ答えを出すかどうかわかりませんが。

    商人と言うのは毎日こんなことをやっているんです。「利は元にあり」ですね。

    中学1年生で習う一次方程式さえちゃんと理解していれば、商人としての計算間違いはしません。問題は、難平買いがどれだけできるかに関わっているんです。
    「えっ、いまどき難平買いですか?」とか言い出す方もいらっしゃるでしょう。

    難平買いという手法は、たしかに仕入れ先が潤沢な在庫を並べている間は為せる仕入れ手法です。しかし、いざ仕入れ先がものが無くなりだすと、いっさいできません。
    つまり、あらゆる産業が潤沢に流通しはじめるその原動力は、在庫の量が重要なのです。
    コンセプトがどうのこうのではないのです。多くの産業がリスクを持っても、在庫を抱えることが可能な社会こそ、産業が潤っているという段階なのです。

    コンビニを見てください。売れている店はものすごく弁当の数が多いですね。これはコンビニのバロメーターなんです。ただ、誤解しないでください。売れているから美味しいとは限りませんので・・・コンビニの場合。

    さて、何が言いたかったかと申しますと、私の祖父はこの難平買いの名手でした。
    昭和20年代の仕入れですから、物のない時代ですよ。しかしそれは同時にものさえあれば売れる時代でもありました。
    祖父は仕入れ先に戦後の商売の流れを与した仕入れを心がけたそうです。
    それは、「仕入れ先を損させるな」だったそうです。仕入れ先に在庫を潤沢にさせるには、とにかく小売り屋がどんなことをしても「売ること」に徹底せよ・・・だったとか。
    しかも顧客はお金がない。このハンデキャップ。そんな社会状況で編み出した祖父の商法は、どんなものでもいつも割り引くという商法。新鮮な状態でものが安く買えることが、商売の信頼を売ることができる。これに徹底したそうです。
    「池田呉服店に行けば、どんな良品も安く買える。」これを定着させる商売を心がけたそうです。そしてもう一つは、「京都出身のご主人なら、間違いのないものを提供してくれるだろう」という信用性ですね。

    そんなあきないの空間の中で、祖母は店一番の売り子に徹した。16人の子供を生みながら。主人の買い付けたものなら安心して売ることができる、そう信じていたそうです。

    祖母は幸せでした。彼女の言葉からそれを聞きました。子供は何人産んでも構わないと思っていたそうです。
    私は人生の一つの理想形を教わりました。
    私の宝はこれなんだと思います。

    それを思い出してくれるような奥様の存在も、やっぱり私には「宝」なんですよ。
    【2015/12/16 14:22】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん

    いやぁ~~~~てれますねぇ~~~

    いい話です。
    私には商売のことは全くわかりませんが・・・・・。
    仕入れ先に損をさせるな・・・・すごい方でしたね。
    いいご先祖様を持たれ、あきんどさんは幸せですね。
    【2015/12/17 10:15】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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