奥様
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    神戸



    毎年一回、秋に夫の大学の時の同窓会が行われる。
    今回は41回目。

    同窓会といっても、要するに仲良しグループ。
    正式に何人いるのかは知らないが、
    大体7家族くらいが集まる。

    全国からの出身者がいるので、
    開催も全国あちこちということになる。
    皆開業医だから、一泊二日が精いっぱい。
    去年は有馬温泉ということになっていたが、
    台風が二つ来たので中止になった。

    神戸には誰も居ないのだが、
    沼津の人が幹事になって、
    新神戸駅そばのANAクラウンプラザホテルでやった。
    ホテル横に六甲山に上るロープ―ウェイがあった。

    神戸には震災の傷跡はまったく見当たらなかった。
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    【2015/11/23 20:53】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(9)
    この記事に対するコメント
    有馬温泉
    何年か前に有馬温泉に行って、神戸のイルミネーションを見て、やっと念願叶って、と
    ところが、母の看病でしばらく実家に居まして、足利のイルミネーションが日本一なーんて
    全く知らないで、灯台もと暗し
    草津温泉、伊香保温泉、名湯もあるのに
    でも、有馬温泉、神戸のイルミネーションまた行きたいなぁ〜
    【2015/11/25 03:31】 URL | bunn #- [ 編集]


    >buun様
    神戸は残念ながらまだ一度も訪れたことがありません。
    一度は行ってみたい場所の一つですが・・・。
    でも足利は東京時代は何度も仕事で行きましたよ。
    群馬は勿論、栃木・茨城・千葉・埼玉・山梨・静岡・・・そして神奈川など、東京近辺は毎日のように出張していました。ただし、お取引先のないところは行きませんでしたが。
    今でもたぶん変わらない状況だと思うんですが、出張員にとっては、関東近辺の出張というのは楽なようでいて、けして楽ではありません。
    なぜならほとんどの場合日帰りとなるからです。
    たとえば足利に行くにしても、体概は日帰りです。日光でも日帰りなんですよ。それなのに仙台は間違いなく一泊します。新幹線があるのにです。
    さすがに最近は違うのかもしれませんがね。
    伊香保・草津かぁ・・・いいなぁ。
    【2015/11/26 00:14】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]

    憂国忌
    西尾先生の講演しているところを
    写真を撮ったので送りたいのに出来ない
    西尾先生には送っておきますと言いましたのに
    ごめんなさい
    【2015/11/26 00:45】 URL | bunn #- [ 編集]

    感違い
    あきんどさま
    お仕事で足利にいらした?
    すっかり奥様の返信とばかりおもって
    へぇ奥様、お若い頃頑張られのね〜と
    今朝再度読み直して、あれっ
    あきんどさま
    館林は来られ無かったのですか?
    【2015/11/26 07:39】 URL | bunn #- [ 編集]


    >bunn様

    関東を出張したのは、私が東京に住んでいた時代の話です。
    昔(今から30年前)堀留の呉服問屋で働いていたんです。その時の話です。
    当時日本の流通経路は東と西ではっきり区分けされていましたから、私たちが出張に行ったのは、静岡から東側です。
    勿論北海道も東京の問屋区域ですが、北海道には関西からも売りに来ます。
    いわば北海道は東京と大阪が融合する地域なんです。

    >館林は来られ無かったのですか?

    はい館林も1.2度行かせていただきました。
    群馬は東部と西部で区分けされる関係で、東側は栃木を担当する営業マンが回っていました。逆に西側は埼玉の担当者が回っていました。
    ちなみに山梨は東京西部の者が担当し、静岡は神奈川の担当者が回っていました。
    長野は新潟を兼任し、東北6県は太平洋側と日本海側で区分けされていました。
    館林を担当する営業マンは日光まで出張に行きますので、夜中の遅くまで仕事を強いられていました。夜9時・10時の帰りは当たり前で、12時を過ぎたころに会社の出荷場で作業しているところを何度も見ました。
    と言うことは私も夜遅くまで働いていたということなんですが。
    それが、白河の関をいったん超えると泊りがけで仕事が許されるわけです。
    ですから、東北地域を回っている者よりも、関東を回っている者の方が、仕事が厳しいです。
    そして細かい取引先が多いですから、とにかく面倒です。
    何か出荷の際忘れ物があると、「今から持って来い」と言われること度々です。
    普通の日ならいいのですが、例えば明日から夏休みになるとか、そういう時に限ってミスは起こりやすく、実際私もそういう経験がありました。

    館林は取引先の御嬢さんがたまたま会社に入社され、同じ部署で働いたことがあります。
    その御嬢さんはとても献身的に働く女性で、男兄弟がいなかったため、店を継ぐ意図で問屋に修行のため入社しました。
    今、はたしてその店がどういう状態なのかわかりませんが、もしもまだ営業されているとしたら、おそらくその時の御嬢さんが継いでおられでしょうね。

    御嬢さんと言えば、呉服業界で一番有名な方は荒井由美さんでしょう。
    八王子の荒井呉服店と言えば、知らない人はいませんね。
    ちなみにこの会社、私が呉服問屋にいたころは、お母様の手腕で会社が運営されていたと言って間違いありません。その実力は計り知れないものがあり、息子(ユーミンの兄)の専務さんは、完全にお母様の掌の中だったようです。
    人呼んでこのお母様の愛称は「ユーミンママ」です。
    実はユーミンにはご姉妹がいらっしゃり、姉だったか妹だったか忘れましたが、銚子の市毛呉服店さんに嫁がれています。
    ですからユーミンの存在は、荒井家では異色中の異色。
    荒井呉服店を担当していた営業マンいわく、「娘(ユーミン)の話は一度もしたことがない」そうです。それよりふがいない息子の話の方が頻繁に出るんだとか。

    ユーミンママ・・・当時は間違いなく呉服業界のカリスマ的存在です。

    【2015/11/26 14:13】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]

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    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    【2015/11/26 15:57】 | # [ 編集]


    >銚子の市毛呉服店さんに・・・

    銚子の石毛呉服店さん・・・だったかも・・・。
    すみません、記憶が曖昧で。
    【2015/11/27 06:21】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    すみません
    全然関係ない話題をしてもよろしいでしょうか。

    先日北の湖理事長が亡くなられましたね。62歳だったそうです。
    彼の故郷壮瞥町は私の住む伊達市の隣町です。
    私と7歳しか違わなかったと言うのには少し驚きました。

    昔の記憶を今ここで書かせていただきますね。

    うちの親父はとにかく大の相撲ファンで、晩年はBSで昼の2時ころから、格下の相撲を見ていたくらいに、本当に相撲が大好きでした。
    そんな親父に連れられて、子供のころ北海道巡業で大相撲が室蘭に来たときに、はじめて相撲というものを見ました。
    当時の横綱は、大鵬・玉の海・北の富士でした。玉の海はたしか故障で来ていなかったはず。私はあこがれの大鵬に合えることがなによりの楽しみでした。

    親父は「いいか、相撲と言うのはな、巡業の試合は本気じゃないんだ。でもなその前にやるけいこは本気だから、それをじっくり見るんだぞ」と言うんです。
    子供心にその「けいこ」を熱心に見た記憶があります。
    ただ、それよりも気になったのが、会場の至る所に貼られている「北の湖関、平幕昇進おめでとう」の垂れ幕でした。
    私は「北の湖?」みたいな感覚でその垂れ幕を眺めていました。
    当時はまだ彼の存在を知らなかったんです。おそらく親父も知らなかったと思います。
    今みたいにBSがありませんから、十両の取り組みはテレビに映りません。
    「北の湖」の名前は親父は知っていたのかもしれませんが、親父から私には当時彼の存在を意識させる言葉は特になかったです。
    私が初めて見た相撲の世界の中で、「北の湖」と言う名前がインプットされた瞬間でもあるわけです。
    この時はただそういう力士がいるんだ・・・という印象だけでした。なにせ、当時は北海道出身力士がたくさんいましたから、地元出身・・・というものが、あまりインパクトがなかったんです。
    ですから、彼が平幕の時の相撲は、まったく記憶がないのです。というのも、そのあとすぐに小結・関脇・・・となりましたから、ある意味北の湖の平幕の試合は貴重ですよ。
    彼の名前がとどろき始めたころ、正直地元でもあまり人気がなかったのです。
    彼が小学校の時の通信簿がオール1だったとか、相撲が無かったら人生破滅な人間だとか、いろいろ言う人間が多いわけです。
    ましてや、上に上がってもどこか取り口が気に入らないという文句があり、とにかくなんでこんなに嫌われる立場なのかという思いがありました。
    そうしたらなんと「強すぎて嫌いだ」という・・・。これにはもう何も抵抗できないわけですね。

    私が記憶の中で一番印象深い彼のコメントは、輪島に初勝利したときのインタビューで、まだ彼が自分のことで精いっぱいな時代の、素直なコメントです。
    「北の湖さん、おめでとうございます」
    「ありがとうございます」
    「輪島関の左の下手は強烈だったんじゃないですか。」
    「はい、でも私は右上手さえ取れれば勝てる自信があります」

    もうこんな素直なコメントは勿論のこと、その後訪れる相撲界のしきたりを意識した彼の心の配慮や、誰にも弱音を吐かなかったのだろう最後の姿・・・。
    もっともっと、彼のことを多く報じてほしいというのが、今の私の素直な気持ちです。

    おやじいわく・・・北の湖は伊達神社(当時鹿島神社)の境内の土俵で、子供相撲に参加していたところをスカウトされたんだぞ・・・と、平気で私に自慢していたんですが、この件に関してはまったく証拠がつかめていません。
    おそらく間違いでしょう。

    いずれにしても彼より強い力士は他にありません。そう信じています。

    いつだったか、優勝した場所のとき、当時解説者だった玉の海親方が、こういっていたんです。
    「とにかくですね、こんな強い横綱はなかなか出てきませんよ。そしてなによりも立派なのが、彼の身体のどこにもサポーターというものが貼られていませんよね。実に立派なことです」

    本当は貼りたい場所はたくさんあったはずでしょう。なにせ彼は横綱になって間もなく痛風になっていますから。しかしそのコメントを聞いてから、私は北の湖が少しづつ身体のあちこちに絆創膏を巻くのを見出した。勝ち負けも気になるが、彼の絆創膏も気になるポイントだった。
    私が彼の強さを象徴する一番は何かと問われると、間違いなく荒勢戦だと答えます。
    残念ながらそのビデオないのです。
    とにかく左腕・・・だったと思うんですが、最後に荒勢の喉わに彼の左手がかかったと思ったら、ひと踏ん張りで荒勢が土俵から押し出されたんです。
    この瞬間解説者が「強い!」と叫びましたから。しかもお腹の底から。
    荒勢といえばとにかくがむしゃらにがっぷり押し寄せてくる力士。その力士を、木っ端みじんに押し倒す横綱。
    多分ほかの力士たちもその時の横綱の相撲は迫力と言う点では最高のインパクトがあったでしょう。
    押して良し、組んで良し、こんな力士、確かに他にはいなかったのかもしれません。

    ただただご冥福をお祈りするだけです。
    ありがとうございました・・・「北の湖」さん。

    北の湖記念館というのが地元にあります。




    【2015/11/30 00:33】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    あきんどさんの雑学?には参ります。
    関係ない話、がんがんしてください。

    北の湖さんの冥福を私もお祈りします。
    【2015/11/30 17:44】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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