奥様
  • Author:奥様
  • 硬い話も、やわらかい話もあるよ。
  • RSS
  • ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    03 | 2017/04 | 05
    S M T W T F S
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 - - - - - -

    RECENT ENTRIES
  • 北朝鮮問題(04/23)
  • バッテリー(04/19)
  • 庄原(04/16)
  • おせっかい?(04/12)
  • 斬首作戦!?(04/11)

  • RECENT COMMENTS
  • 苹@泥酔 (04/24)
  • あきんど (04/24)
  • 奥様 (04/23)
  • あきんど (04/21)
  • あきんど (04/20)
  • 苹@泥酔 (04/20)
  • あきんど (04/19)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2017年04月 (7)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (516)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (130)
  • 硬めな話題 (413)
  • 日常のこと (164)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (53)
  • 読書からの連想 (75)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    夏休みの始まり
    自分が小学生の頃、
    夏休みは本当に楽しみで楽しみで、
    あのころの気分はいつでも思い出せる。

    夏休み帳の配布、
    ラジオ体操カード、
    児童会の集まり、
    「肝油」の配布、
    学校は短縮授業になり、
    8月31日までの開放が待っていた。

    7月中に宿題を全部やり終えて、
    悠々自適で遊ぼうと思っていても、
    8月の終わりには図画が残っていたり、
    天気が空欄だったりして、
    やっぱりあわてたものだ。

    孫の場合、絵日記はたった二枚でいいんだそうだ。
    ラジオ体操も一週間行けばいいとか、
    なんだかちょっと違う。

    でもやっぱり、自分の夏休みじゃないのに、
    うきうきしてしまうのは、
    まだ心が子供だからだろうか。


    スポンサーサイト

    【2015/07/21 18:38】 日常のこと | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
    この記事に対するコメント

    ついに今年も夏休みが始まりましたね。
    観光業に関わる立場としては、毎年訪れるこの季節が山場です。

    >奥様
    お孫さんたちに、今年も浴衣を着せて夏の風情を味わってください。
    奥様には、ぜひお勧めの着物がございます。
    それは「芭蕉布」です。
    奄美大島で受け継がれてきたこの夏の着物。
    お値段もかなりの高額ですが、これ一着あれば、孫の代・・・いや、ひ孫玄孫まで受け継がれる着物の一つです。

    着物業界にとっても、贅沢品の一品です。
    それともう一つは「越後上布」。こちらは「芭蕉布」よりもさらにお値段が張ります。

    むかしこの話を日録のおちょくり塾に掲げたら、課長さんがとっても喜んでくれました。
    さすが落語が大好きな課長さんは、お着物も大好きのようで。
    芭蕉布を羽織った奥様の横には、塩沢紬を召された旦那様がお似合いかと存じます。
    芭蕉布の帯にはぜひつづれ帯を充ててください。こちらもお値段はお高めですが、おしゃれの原点と申しますか、「贅沢」を「普段着」にするこの「ゆとり」の満足感は、それを纏った方にしか得られない何かが必ずあります。

    着物は「礼服」の範疇に収められてしまいました。
    しかし、それもせんないことです。呉服屋も今となっては、日本の仏教とほぼ同等の空域なんじゃないかと思ったりします。普段は必要としないけど、無くなることは至極残念・・・みたいな世界と言いますか・・・。
    先日祖母の永代供養を行ったんですが、どうやらお坊さんの「営業」も、至極大変なようです。「坊主丸儲け」というのは「死語」だそうです。
    私の家系はどちらを向いても「あきんど」ですので、お坊さんの説教も「あきんど」的内容でした。
    その「あきんど」的自分のあり方のお説教でした。
    「南無阿弥陀仏」とは、実は何もかもを「否定」する意味合いがあるそうなんです。
    くわしく説明できませんが、ではなぜ「何もかもを否定」しなければならないのか。
    うまく説明できませんが、西尾先生的に置き換えると、予想もしていなかったご褒美を、あえて遮断する感覚・・・と申しましょうか、目の前にあるご褒美はもとより、心の中にあるなかなか剥ぎ取ることのできない人間の「いわゆる欲望」を、われわれはどうやってそれと向き合うべきなのか・・・という説教でした。

    西尾先生も「突然転がり込んだご褒美を、いかに断る感覚が備わっているか」が、人間に必要なものの一つだと語っていました。
    ずいぶん宗教的な文言だな・・・と当時は思いました。
    私は「欲望」というものを、他人から遮断されることのほうが「苦痛」そのものだと認識する立場ですが、しかし、それを理想としながらしょっちゅうその「掟」を破っているのはまさしく「自分自身」であり、おやおや自分という人間は、やはり実に扱いにくい存在だと、感じることしばしば。
    そんな己の弱さを痛感していた矢先に、お坊さんの説教が私の心を鷲掴みにし、さらにはそれを聞きながら西尾先生の「論」をめぐらしはじめたわたくしは、すでに頭の中でいっぱいいっぱいになりそうな状態に陥りそうでした・・・(ここで「ホンマかいな」という声が各方面から聞こえてくる・・・。)

    それはさておき、今回の法事の際、こちら側に不手際があり、あるべき「お花」が飾られていなかったのです。
    しかし、お寺もそれを重々感じとり、不手際・・・というか、お寺ならば「お花」などが飾られるべきものとして、確認をすべき立場であったとおっしゃっていました。

    私はここに「あきんど」的なものを感じましたね。日本には色んなお寺がありますでしょうが、なぜかお寺が同じ宗派であっても、他のお寺の「お経」や「説教」というのは、どこか違和感があるもので、この千数百年の間に日本の仏教というのは、恐ろしいほど地域密着を成し遂げてきました。特に江戸時代のお寺のあり方は、完全に生活の一部だったのだろうと想像します。
    「寺子屋」という言葉一つでそれは証明できるでしょう。

    私はけして熱心な仏教家ではありませんが、仏教に補われている日本の宗教のあり方には、このあとも日本に定着すべきことだと、強く望む立場です。

    日本の「神道」は、「目立つ」べきものではなく、常にひっそりとされている。それが「理想」ならば、篤くなる人間の心の受け皿を、今の時代はたして「神道」だけでこの日本人の心の葛藤を処理できるのだろうか、という単純な疑問が湧いてきます。
    「理想」は「理想」ですが、「理想」は「真実」ではけしてない。
    そうであるならば、日本人にはなにか心の「環礁地帯」が必要だったのだろうと、思うわけです。そこに「日本的仏教」が入り込む「余地」が近年盛んになったと想像します。

    特に江戸時代はその柱となるものが構築されたのだろうと思います。
    「神道」は「説教」の役割をを逃れた形となります。しかし、その方がより「神道」らしさが染み渡ったとも思うわけです。
    つまりは「下足番」を「仏教」が担ったと言うべきでしょうか。

    その意味から、私はこう考えています。
    「江戸時代の皇室は、おそらく想像以上にご安泰されていとのではないか」と。
    逆に後醍醐天皇時代は、想像以上に皇室不安定期だったのではないかとも想像します。
    それはつまり、一般日本人のレベルの低さにも繋がるものではなかろうか。

    皇室は実は本当に「ひっそり」であられて、平安時代から江戸時代にかけて、京都の公家たちは、けして一般人から恭しく扱われてきたわけではないという話も伝え聞いております。
    なぜなら、皇室全般が必ずしも日々の支払いが潤沢だった保証はないらしく、けっこう金銭面で苦労していた公家が多かったそうです。

    そこで公家たちは、京都の金持ちと婚姻関係を結びます。
    実は私の祖先もその話の一派で、皇室御用達だった先祖の金銭面を補助する役割を「池田家」が担いました。補助された家は「山本家」と言います。
    この両家は、奈良時代から互いに姻戚関係を保ち、加茂族の出である「池田家」は各地に田園をはじめ土地を多く所有し、蓄えがあったことで、「山本家」を支えることができたと聞きます。一方「山本家」は代々天皇陛下に従うお家柄で、その位は私たち孫には想像できないほどのお仕事があったそうです。

    おそらく当時は天皇陛下と接見できた立場だと伝え聞きます。
    しかし家計の実態は非常に大変で、「池田家」はその「山本家」を支える立場であり、しかも上賀茂神社を祖先とする立場でもあり、そういう色んなものが「お家」を支えるうえで大事な認識だったのだろうと思います。
    実は私の祖父は「山本家」から「池田家」に養子として受け入れられました。祖父3歳のときです。ところがその祖父の父親は、実は「池田家」から「山本家」に養子として受け入れられたのです。ですから、私の祖父は池田家に里帰りしたようなものなんです。

    話はそれで終わりかな・・・と思っていたら、なんと奈良時代まで遡る家系図が「山本家」には存在しているようで、そこには何度も「池田家」と養子縁組をしていることが記されていたようです。私の祖母キヨはそれを見たとき、言葉を失ったと言います。
    そしてそれを見せてくれた「山本家」の方は「これがね、この家系図がね確かにありますがね、これがあったからといってね、別に今の暮らしが楽ではないんですよ」と。
    孤立化し始めた「山本家」の「血筋」が今どうなっているのか、私にはまったくわからない。

    縁遠い話ですが、皇室に関わる話は、私にとって、じつは案外身近なものだったりします。
    私はそれを子供の時から祖母から聞かされてきました。

    つづく
    【2015/07/23 01:46】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    つづき

    NHKの連続ドラマで、今石川県が舞台となっていますが、実はここも私の祖先と縁のある場所で、輪島塗は祖母方の先祖が一時期携わっていたそうです。
    名前は「城」。読み方は「たつ」と言うそうです。
    「城が建つ」・・・という意味合いなのかなと、勝手に解釈しております。
    わけあって城家は石川県を離れる運命を強いられます。
    そこで長年仕事を共にしてきた「牛腸」(読み名はゴチョウ)さんという方が、城家が石川を離れる際「城さんのお墓は末代までお世話させていただきます」と言ってくれたんだとか。
    現在も牛腸漆器店は輪島市で健在です。

    輪島塗とか呉服業とか、一昔も二昔も前の商売ですが、その必要性がどこにあるべきなのかが最初にありますが、だからといって完全に無くなってしまうのはやはりさびしすぎます。
    良い着物も良い漆器も、使えば使うほど味わいが深まる品物で、それを所有することの心の満足感は、言葉には表しにくいものであることは間違いないでしょう。
    まず両者とも「本物」を知っている。間違いのない商品は、本物の宝物となる。
    それがけして派手に存在するのではなく、普段忘れている意識の遠いところから、ひっそりと我々を見守っている。たかがお召し物、たかが食器ではあっても、本物と触れていると手放しがたい何かを誰もが感じる。
    いざとなったらそれを利用する手段の代表格である両者。
    そういう本物と触れ合っていれさえすれば、どんなにすさんだ気持ちになろうが、正しい自分を取り戻せる確かな手応えがあると言えます。

    私のHNが「あきんど」という理由がそこにあるということを、ここにて説明させていただいた次第。

    【2015/07/23 13:20】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/1801-6fe9d7ba