奥様
  • Author:奥様
  • 硬い話も、やわらかい話もあるよ。
  • RSS
  • ☆セレブな奥様は今日もつらつら考える☆
    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
    maukie home
    CALENDAR
    06 | 2017/07 | 08
    S M T W T F S
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 31 - - - - -

    RECENT ENTRIES
  • 日本が中国になってしまう~~(07/20)
  • 海水浴(07/17)
  • 父のこと36(07/15)
  • 河添恵子さん(07/11)
  • またまた自由社新刊本(07/07)

  • RECENT COMMENTS
  • あきんど (07/26)
  • あきんど (07/26)
  • bunn (07/26)
  • 奥様 (07/26)
  • あきんど (07/26)
  • あきんど (07/26)
  • あきんど (07/26)

  • RECENT TRACKBACKS
  • ケノーベル エージェント:ケノーベルからリンクのご案内(2014/09/25 08:48)(09/25)
  • TEL QUEL JAPON:外務省はなかなか出さなかった...(07/31)
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書:八木秀次「つくる会会長、中国『反日の本丸』に乗り込む」を読んで―――育鵬社が中国に屈服する原点(07/07)
  • 自宅が教室!簡単フラワーアレンジメント講座:フラワーアレンジメントが思いのまま!(06/12)
  • まとめwoネタ速suru:まとめteみた.【孫という贅沢】(04/20)

  • ARCHIVES
  • 2017年07月 (6)
  • 2017年06月 (10)
  • 2017年05月 (12)
  • 2017年04月 (8)
  • 2017年03月 (9)
  • 2017年02月 (10)
  • 2017年01月 (10)
  • 2016年12月 (10)
  • 2016年11月 (10)
  • 2016年10月 (9)
  • 2016年09月 (12)
  • 2016年08月 (12)
  • 2016年07月 (8)
  • 2016年06月 (7)
  • 2016年05月 (10)
  • 2016年04月 (11)
  • 2016年03月 (12)
  • 2016年02月 (7)
  • 2016年01月 (13)
  • 2015年12月 (8)
  • 2015年11月 (11)
  • 2015年10月 (6)
  • 2015年09月 (16)
  • 2015年08月 (7)
  • 2015年07月 (8)
  • 2015年06月 (6)
  • 2015年05月 (9)
  • 2015年04月 (6)
  • 2015年03月 (10)
  • 2015年02月 (9)
  • 2015年01月 (14)
  • 2014年12月 (13)
  • 2014年11月 (10)
  • 2014年10月 (14)
  • 2014年09月 (14)
  • 2014年08月 (10)
  • 2014年07月 (10)
  • 2014年06月 (13)
  • 2014年05月 (12)
  • 2014年04月 (12)
  • 2014年03月 (10)
  • 2014年02月 (12)
  • 2014年01月 (9)
  • 2013年12月 (10)
  • 2013年11月 (10)
  • 2013年10月 (13)
  • 2013年09月 (31)
  • 2013年08月 (13)
  • 2013年07月 (13)
  • 2013年06月 (12)
  • 2013年05月 (13)
  • 2013年04月 (11)
  • 2013年03月 (10)
  • 2013年02月 (10)
  • 2013年01月 (12)
  • 2012年12月 (18)
  • 2012年11月 (9)
  • 2012年10月 (16)
  • 2012年09月 (11)
  • 2012年08月 (10)
  • 2012年07月 (15)
  • 2012年06月 (11)
  • 2012年05月 (13)
  • 2012年04月 (15)
  • 2012年03月 (26)
  • 2012年02月 (12)
  • 2012年01月 (12)
  • 2011年12月 (15)
  • 2011年11月 (12)
  • 2011年10月 (22)
  • 2011年09月 (18)
  • 2011年08月 (9)
  • 2011年07月 (18)
  • 2011年06月 (24)
  • 2011年05月 (12)
  • 2011年04月 (11)
  • 2011年03月 (17)
  • 2011年02月 (15)
  • 2011年01月 (19)
  • 2010年12月 (13)
  • 2010年11月 (16)
  • 2010年10月 (15)
  • 2010年09月 (12)
  • 2010年08月 (19)
  • 2010年07月 (13)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (11)
  • 2010年04月 (13)
  • 2010年03月 (14)
  • 2010年02月 (14)
  • 2010年01月 (18)
  • 2009年12月 (15)
  • 2009年11月 (11)
  • 2009年10月 (11)
  • 2009年09月 (11)
  • 2009年08月 (15)
  • 2009年07月 (13)
  • 2009年06月 (16)
  • 2009年05月 (24)
  • 2009年04月 (14)
  • 2009年03月 (12)
  • 2009年02月 (11)
  • 2009年01月 (12)
  • 2008年12月 (15)
  • 2008年11月 (13)
  • 2008年10月 (14)
  • 2008年09月 (12)
  • 2008年08月 (12)
  • 2008年07月 (14)
  • 2008年06月 (19)
  • 2008年05月 (11)
  • 2008年04月 (11)
  • 2008年03月 (11)
  • 2008年02月 (11)
  • 2008年01月 (13)
  • 2007年12月 (13)
  • 2007年11月 (11)
  • 2007年10月 (15)
  • 2007年09月 (14)
  • 2007年08月 (10)
  • 2007年07月 (21)
  • 2007年06月 (15)
  • 2007年05月 (15)
  • 2007年04月 (11)
  • 2007年03月 (12)
  • 2007年02月 (11)
  • 2007年01月 (14)
  • 2006年12月 (2)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (15)
  • 2006年06月 (16)
  • 2006年05月 (13)
  • 2006年04月 (26)
  • 2006年03月 (18)
  • 2006年02月 (16)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (22)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (25)
  • 2005年08月 (27)
  • 2005年07月 (25)
  • 2005年06月 (14)
  • 2005年05月 (1)
  • 2005年04月 (2)
  • 2005年03月 (4)
  • 2005年02月 (2)
  • 2005年01月 (4)
  • 2004年11月 (2)

  • CATEGORY
  • 昔の投稿 (17)
  • 未分類 (544)
  • お知らせ♪ (11)
  • 介護 (130)
  • 硬めな話題 (414)
  • 日常のこと (164)
  • 日々雑感 (358)
  • 日録裏話 (53)
  • 読書からの連想 (75)
  • 映画 (26)
  • 写真 (50)
  • 動画 (8)
  • 断捨離 (9)
  • 娘のこと (34)
  • 旅行 (30)
  • 単身赴任 (3)

  • LINKS
  • 西尾幹二のインターネット日録
  • 坦々塾のブログ
  • ぼやきくっくり
  • remmikkiのブログ
  • 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書
  • えんだんじの歴史街道と時事海外評論
  • へっぽこ時事放談
  • 真面目に変わっている人の考えている事
  • どっと公務なんでも掲示板
  • 現役記者による、ブログ日記
  • ぢぢさま・大日本史
  • 本からの贈り物
  • 倶楽部ジパング・日本
  • ネットで見聞広めたい
  • つき指の読書日記
  • うさねこ研究室
  • なめ猫♪
  • 橘正史の考えるヒント
  • 酔夢ing Voice

  • SEARCH

    初心に帰る
    私がインターネットを利用しようとしたきっかけは、
    とにかく教科書問題などを訴えるのに、
    既存の媒体は使えないが、
    素人でも発信できる場ができたことに気が付いたからだ。

    ブログという形式もないころ、西尾先生に掲示板という形で
    日記形式の投稿をお願いしたのが13年前のこと。
    言論人が、言論空間を使うということは当たり前のことだ。
    西尾先生には「日録」という場を、
    自分にはここを作った。

    で、その教科書問題で、
    いったい何を訴えたかったかというと、
    子どもたちの歴史教育があまりにもむごいということだった。

    それはもうずっと私の中では既定の事実だった。

    それでも、今度歴史教科書勉強会で報告することになったので、
    最初から東京書籍の教科書と自由社の教科書の読み比べを始めた。
    まるで高校生のように、
    机に教科書を広げて、メモをとり、付箋紙をはり、
    肝心なところには線をひきながら勉強?する。
    そうすると、
    階級闘争史観、
    中韓隷属史観、
    天皇無視史観?のオンパレードだということがしみじみわかる。
    で、怒りが込み上げてくる。

    巧妙にそれらが仕組まれている。
    だから「油断」だったのだ。
    「国民の油断」私が教科書問題に目覚めた一冊!

    とりあえず、具体的な例をひとつ挙げるとすれば、
    側注に天皇の系図が何か所か出てくるところがある。
    天皇の名前の上に小さく番号が振ってある。
    東京書籍のそれは、その図の中だけの天皇の順番なのだ。
    もちろん自由社のは、第何代の意味の数字が振ってあるから、
    どの系図にも同じ番号が書いてある。

    これはとても小さい数字だ。

    まことに小さい活字だけれど、そうやって
    日本の歴史の最大の柱である天皇が第何代にあたるかを隠している。
    つまり、日本書紀の否定つまり、天皇の否定である。
    一事が万事この調子で、
    天皇のことは極力無視し、きな臭いところだけは記述する。
    中心をごまかして、枝葉末節をいくら書いても、
    日本の歴史の姿は現れない。
    これが最大手の教科書のやり方だ。

    子どもたちが教科書を読んで、中心の見えない日本史をいびつに理解するしかない。
    嫌いになるわけだ。

    もう、もう、もう、私は本当に怒っている。

    スポンサーサイト

    【2015/06/05 09:20】 硬めな話題 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
    この記事に対するコメント

    >初心にもどる
    >奥様

    2002年の日韓ワールドカップの年に始発した日録。
    始発当時は私はまだその存在を知らなかった。
    私は当時まだワールドカップの熱が冷めやまぬ時を過ごしていて、一所懸命その気持ちを投稿サイトに書き込んでいた。
    もちろんパソコンの使いこなしはど素人。
    なにせお気に入りさえ知らない状態で、ある日いつも通り検索からそのサイトを引っ張ろうとしたら、なぜか昨日まであったそのURLが探せない状態に陥った。
    たしか2002年の秋頃だったと思う。

    当時の私のHNは「北海道のオジン」でした。
    書き込みサイトでは「オジン」で愛称されていた。
    管理人さんが、「かちょりき」という方で、彼は私のサッカー理論を買ってくれていた。
    その恩恵に預かって、私の投稿はけっこう受け入れてくれる方が多かったように思う。

    ところが私のパソコンスキルがそんな状況だったため、私は突然その投稿サイトから姿を消す形となった。
    私の方もいらだちと不満が募る一方で、この気持ちをどうやって解消したらいいのか、しばらく悩んでいたら、愛読していた『国民の歴史』のことを思い出し、「そうだこっちの方も一度訪ねてみようかな」と思い、おそるおそる検索してみた。
    すると「西尾幹二インターネット日録」という聞きなれないサイトを見つけた。
    「なんだろうこれ?」と思いながら、掲示板を読み始めたのを覚えている。
    誰かから紹介されたわけでもなく、自分で探してたまたま出会ったページだった。
    これはまるで、私が『国民の歴史』という本と、本屋で偶然出会った時とほぼ同じようなケースだったと言える。

    しばらくロム専していたのだが、たしか尊皇ジョーイくんの書き込みを読んだとき、なぜか自分も書き込んでみようかなという気分になった。さてHNを何にしようかな・・・?
    「北海道のオジン」で書き込むのは絶対やめよう。どうせ書くなら別の自分で書き込まないとしつれいになると思い、「北のあきんど」という名前で書き込むことにした。
    それに対して奥様がレスをくださった。当時の奥様のHNは「年上の長谷川」さんでした。

    実は当時何を書き込んだかまったく記憶に残っていない。
    でも奥様のレスが印象的だった。
    「あきんどさん、初のご投稿ありがとうございます・・・云々」から始まり、「どうやってここに来られたのか、その道のりを教えていただけたら嬉しいです」という内容だった。

    あれからもう13年が経つんですね。
    【2015/06/06 07:48】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    なつかしいですねぇ~~~~

    北の・・・がついていました。そうそう・・・・。
    【2015/06/06 22:20】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >>あきんどさん
    >なつかしいですねぇ~~~~

    いやほんと、懐かしいです、自分で書いていて・・・・(^_^;)
    たしか、日録は2002年の8月あたりに発足されたはずなんですが、違いましたっけ。
    私個人としては、当時後発なポジションで臨んでいました。
    実際私が参加した頃には、名だたる方々がいらっしゃって、そのほとんどが、保守陣営をブイブイ言わせている、血圧の高そうな人ばかりだったですからね。
    もう当時はネット保守という世界は、「戦う場所」みたいな世界じゃなかったですか。

    そんな修羅場のようなところに、呑気に私が「お待ったさんでしたァ」みたいな雰囲気で初デビューしたもんですから、私としては普通に書き込んだつもりなんですが、どうやらそれが場の流れとのギャップが 生じて、かえってそれが掲示板の中では目立ったような印象があります。
    当時の私の立場は「ど素人」というカラーがあって、おそらくそれが妙に気になったのではないかと思っています。
    それまでの日本社会というのは、なにしろ一般市民が世の中に言葉を発するということができなかった時代であり、言論人でもまだまだネットユーザーを馬鹿にしていた時代だったんじゃないかと思います。

    その点、西尾先生が先駆けとなるような決断で、ご自身の思想をネットで公開されたという現実は、実に画期的な行動だったと今も思っています。

    先生が一番最初に私のところにお電話をくださった際、私は単純に聞いたんです。
    「先生、ネットの世界はどういう印象ですか?面白いですか?」と。
    そうしたら、「じつに面白い世界です。こんなにおもしろい場はありませんね」でした。

    ちょうど日録がもめていた時の電話です。
    当時先生は、日録管理がいろいろ問題を生じて、投稿者と管理人との間で揉め事が生じ、ちょっと大変な時期だった。そんな折、先生は突然私に電話をかけてこられ、「あきんどさん、どうかあなたの投稿で日録の揉め事を沈めて欲しい」と頼まれたんです。

    私は突然の電話に驚く間もなく、頭の中はどうやって先生の期待に応えられるかしかありませんでした。そこで私は問題の発端となっている部分を単刀直入に洗い出すことを心がけました。
    それまでのいきさつを見ていると、どうやら新参者に対する対応の不手際というのが大方の問題点だった。つまり、私のような人間がこれからはおそらく大勢集まりだす時代になりそうな感じだった。そういう立場の人間に、それまでネットで頑張っていた人たちが「礼儀」を重んじることを強要しすぎていたという印象が、当時の私の中にあったことは事実です。

    おそらくそれまでのネット社会の大方の保守層というのは、「礼儀と秩序」というものを糾していこうという流れが強かったのではないかと思うんです。しかし、これからのネットユーザーというのは、もっと気ままに意見できる世界をこの世界に求め始めていた。そこえいきなり「礼儀がなっていない」と言われても、「何言ってんだァ」というふうになるのは仕方がないことで、ちょうどあの時代はネット社会の大きな分岐点だったのではないかと思います。

    その証拠に、それまでは掲示板方式だった書き込みも、その後はブログ形式に移行し、投稿者の意見が、ブログ主催者の脇役を際立たせる流れとなっていった。

    当然書き込みは極端に減るわけですが、揉め事はそれ以来極端に減った印象があります。

    そんな新システムに切り替わっても、一度だけ日録が炎上しだしたことがありましたね。例のつくる会の揉め事の時です。なにしろ一つのスレッドに寄せられるコメントのの数が、毎日100以上ある。当時私にはパソコンがなくて、毎日公民館のパソコンで日録を閲覧してたんです。
    そんな折にも先生から電話があって、「あきんどさん、あなたの論文を望む」と言われ、当時私は西尾先生の古い作品ですが『地図のない時代』という本を図書館から借りて読んでいた時で、その感想文をスレッドに関係なく書き込んでみたら、それを読んだ先生がその本を題材に、今もめている日録への意見をまとめてみて欲しいとおっしゃるんです。

    それで下書きを三回も書かされてようやくまとめあがったのが、たしか2006年の5月か6月ころに出された私の論文「迷いについて」なんです。
    最初書いた文章は問題事件の内容をまとめあげる総括的な内容だったんです。ところがそれじゃぁダメだということで、今度は個人的な意見を語ったんですが、それもダメで、この時点で私はさすがに「俺今何やってんだ?」という気分でした。
    明日も自分には仕事があるというのに、何のために今自分は机と向き合っているんだろう・・・それが率直な気分でした。
    たぶんその時点で時計の針は夜中の2時くらいだったはずです。
    こうなったら、意地でも書き上げてみるぞとおもい、必死で書いたのがあの文章でした。
    最後の文章を先生にファックスすると、「よく納得できる文章をいただけてありがたく思います」という返事が返ってきました。

    あの時ほど自分がある意味無欲だったことはないのかもしれません。
    しかし、今思うとがんばって書いて正解でした。まず、逃げなかったこと。そして自分には失うものがないが、何かを書くという場合は、無欲と失うものがないという環境があれば、最強に書き込めるものなんだということが体験できたこと。

    私はこれを書き込んで、それまで親しくしていただいたネット友人を数人失いました。
    投稿欄では私が追求した「橘さん」から、「あきんどさんここまで話し込めることができただけでも自分としてはうれしいです。こんど広島にいらっしゃったときは、もっと膝突き合わせて話し込みましょう・・・」という内容のコメントをいただけました。

    一つのブログにも、大勢の人生が漂っているということを、これからのネットユーザーは認識しなければならないのではないかと思う今日この頃・・・。

    【2015/06/07 23:59】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    すごい記憶力ですね。

    私はすぐに忘れてしまいます。

    >一つのブログにも、大勢の人生が漂っているということを、これからのネットユーザーは認識しなければならないのではないかと思う今日この頃・・・。

    よくバーチャルとか、言われますが、ネットの世界もリアルだと私は思っています。
    媒体がコンピューターというだけで・・・・。
    江戸時代の人から見たら、電話だってバーチャルですよ。
    だけど、相手が生きている人間なんだから、
    全部リアルだと思います。
    だから、大切にしなくちゃね。
    【2015/06/13 09:16】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    この記事に対するコメントの投稿













    管理者にだけ表示を許可する


    この記事に対するトラックバック
    トラックバックURL
    →http://celebokusama.blog17.fc2.com/tb.php/1790-11df5af8