奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    父のこと25
    genchan.jpg

    父の手術から一か月。
    体の方はずいぶんよくなっているはずなのに、
    気持ちがうつうつとしているようだ。

    8か月のひ孫は、ひいじいちゃんを珍しそうに眺める。
    ちょっと怖いみたい。

    父は一人でご飯も食べられるし、
    トレーニングパンツ?を履いているとはいえ、
    トイレにも行くので、
    ろくな介護の支援が受けられない。
    だから、24時間住み込みのヘルパーさんに来てもらっている。

    この先、どうなるのかは未定。
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    【2015/04/17 16:56】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(49)
    この記事に対するコメント
    勝利も敗北も
    ないまま孤独なレースは続いていく

    ミスチルことMr.Childrenの大ヒットナンバー「Tomorrow never knows」の歌詞の一節です。

    リーダーの桜井さんは、人生の答えは「いつかぽっかりと出るだろう」と言っています。

    全てのことには、必ず意味があるはずです。
    【2015/04/18 20:57】 URL | 侍政の尊野ジョーイ #r8.gCnUU [ 編集]


    復帰できました・・・が。

    >皆さん

    ご心配をおかけしました。
    先達てお話した経緯、我が家が季節はずれの台風で、屋根が吹っ飛んでしまった関係で、パソコンの使用が不可能になりそうな状況だったんですが、どうやらこうやらそれが免れそうなことに事が進み、この段階ではネットに参加できる状況になりました。

    とにかく電気の使用範囲を極力抑えなければならないというアドバイスがありまして、生活するための最低限の電力を維持する環境に強いられました。

    しかし、電気おんちな私が、電気屋さんに少しだけクエスチョンを入れた関係で、その問題は解決されました。
    こんな私でも役に立つことがあるんだなぁと、しみじみ思った次第です。

    やっぱりなんでも言ってみるものなんですね。
    言わないとわからないことがこんなところにもあるんだなと、
    【2015/04/20 08:03】 URL | あきんど #- [ 編集]


    >尊野ジョーイさん
    そうですねぇ。
    答えを得られないと思ったまま、
    人生を終えることもあるでしょうが、
    ひとりひとりが生きていくことで、先の未来につながっていくのですから、
    欠けていいピース(断片)はないってことでしょうか・・・・・

    >あきんどさん
    よかったよかった。
    早い復帰本当にうれしいです。
    もっと難解な!?理由かと思っていましたから、
    物理的なもので、解決できてよかったです。
    【2015/04/23 09:05】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >もっと難解な!?理由かと思っていましたから

    なるほど、たしかにそう取られても仕方がないような去り方だったかもしれません。
    何分電気関係には疏いというのが私のモチーフですが、今回業者の説明をいろいろ聞いていると、「節電」というのが重要なポインットだったんです。
    現在二階は全く住める状態ではなく、一階の居間と台所しか電気が通っていません。

    そんな中でパソコンを動かす環境さえままならなくなり、必要最低限の電力で生活しなければならない状況に追いやられました。
    そうした中で、ふと気づいた点があり、それを電気屋さんに尋ねたところ、それは解決策につながるかもしれないという運びになり、今に至ります。
    北国特有のストーブの使用料を減らすことでなんとか解決できるのではないかという提案をしたわけです。
    今年は運良く温暖な天気に恵まれていまして、居間のストーブは消したままです。
    たまたま、現在母親が妹の嫁ぎ先にご厄介になっている関係で、母親が常用している居間のストーブが活用不必要な状態なのです。
    そこに私は目を付け、どうにか電力は分用できるんではないかと提案したところ、それが名案だったという結果を生んだわけです。

    しかし、何より強敵なのは、電子レンジ・トースター・湯沸かし器・炊飯器・・・などの、消費電力です。ホットプレートもなかなかの強敵です。
    この機種を同時に併用することは絶対できません。ですから、一つ一つの電化製品の使い分けをしなければならない状況です。

    こんな環境にいますと、「電気のありがたさ」がしみじみ理解できます。
    しかし同時に、現代人のいかに贅沢な生活環境が多様されているかといこともわかる気がします。
    現在私たち家族は自宅で難民生活をしているようなものです。
    その環境も一ヶ月をゆうに過ぎました。
    そこで感じるのは、人間というのはそうした環境に段々慣れていくという事実。

    あきらめがあるからかもしれません。それと今回の我が家の被災は、保険が可能だという安心感があるからかもしれません。
    お先真っ暗な被災者と比べると、雲泥の差がそこにはあります。
    そうした全てが現実ではあるのですが、私が今回の被災で感じたのは、お先真っ暗かそうでないかは別として、被災している現実の生活の中で、家族の連結感が無条件で存在していることに大きなインパクトを感じているんです。

    「当たり前の生活」「当たり前の家族」「当たり前の生き方」「当たり前の人生」・・・昔よくこういう言葉を聞きましたよね。そうした「当たり前」の生活環境を国家に要望した戦後のわれわれの歴史。何が良いとか悪いとかが問題ではなく、私が問いただしたいのは、当たり前の生活が本当に幸せなんですか・・・という疑問です。
    立派な家に住んで、家族が一人一人部屋を構えて、和気藹々に暮らすという理想が、本当に可能なのかどうか。

    少なくとも今の私の家では、そうしたひとりひとりのわがままが許されない環境にあります。
    なにしろ居間で家族全員が寝起きしているんですから。
    そんな環境に慣れてきますと、お互いの「遠慮」というのが生まれるんですね。
    この「遠慮」というのがここ最近見かけられなくなった日本人の本質の一部だと見るわけです。
    ここで誤解されて欲しくないのは、「遠慮」というものが「弱さ」に通じることを強調していただきたくないということ。
    お互いに礼儀をわきまえるという点を享受する意味での取り方でご理解いただきたいのです。

    最近こうした環境が普通の生活から離れようとされているせいか、自己主張が必要以上に鼓舞されていることに気づかされます。
    たしかに日本はいま、色んなことを自己主張しなければならない時代にありますが、その「本質」が間違って解釈されていないだろうかとふと思うわけです。

    1941年の12月8日に決断決行した背景には、いま私の家族が置かれている環境と近い生活環境の中で決断されたものであり、「家族」という単位が当時と今ではかなり格差があるのではないかと感じるところがあります。

    簡単に言えば、いま我が家では家族の中でも公共的心理が養われています。不思議なくらいそれがあります。おそらく1941年にはそれが当たり前な心理だったと思います。

    そうした観点から考えると、現代人が「国家感」というものを意識するのに、今の生活環境があまりにも恵まれすぎていて、かえって危険な思想が偶発しかねないと感じたりします。
    極端なことを言えば、若者が仕事のもつけずにネットカフェで連宿し、そこで知り得た「国家感」というのが本物になれるでしょうか。しかしこうした日本人の多発が普通の環境にさえ、つまりそれと似通ったものは特別な環境でなくても多発しているのではないでしょうか。

    家の中で閉ざされた生活空間がまず有り、そこで行われている「個人主義」が多発し、そこから生まれる連帯感など、嘘っぽいものであることは明確です。
    実態が存在しない生活空間から何がはぐくまれるでしょうか。
    私はその実態にまず違和感を覚えます。そして「ネットウヨ」という言葉が生まれましたが、これこそ時代の象徴だろうと思います。

    実態が全て「無意識」のなかで飽和状態になっている。そんなイメージが私にはあります。
    現実的に何の不便さを感じない生活環境が導く落とし穴と言いましょうか、つまり繰り返しますが「遠慮」が欠けているんです。

    遠慮がある生活環境では、「決断」が求められていくと思います。「あーだこーだ」と理屈をいう環境が許されなくなるんです。「何が望みなのか」「何が理想なのか」そうした決断力が不便な生活環境の中こそ高まりやすい。
    そんなことをいま私は自分の実体験をもとに語らせていただきました。

    おそらくこの話題は続くと思います。
    今回はこれまで・・・。
    【2015/04/25 00:24】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    転んでもただでは起きませんねぇ~~~

    すごくいいことを学んだというか、得たというか・・・・・

    足りないことのない生活からは、工夫も知恵も、そして思いやりも生まれないのかもしれませんね。

    戦後すぐの日本とも比べるなんて、すごい!!!
    【2015/05/01 19:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >転んでもただでは起きませんねぇ~~~

    奥様の最初に出てくるレスが、毎回そうなんですが本当に的を得たレスだなぁと、いつも感心しております。
    それから・・・
    >苹@泥酔さん。
    心温まるレス、ありがとうございます。
    それにしても苹さんは本当にいろんなことをよく覚えていらっしゃいます。
    おそらく相当のPCスキルを体得されていらっしゃるのでしょう。

    それに比べたら、私の場合はいつも私の頼りない記憶力に委ねるしかなく、なにしろデータ保存というものすらしたことがありません。
    こういうことを書きますとわざわざ教えてくれようとする方が大勢書き込んでくださったりするんですが、私は今までもそうなんですが、ほとんど活用した試しがありません。
    私がこんなタイプの人間になってしまった理由の最たるものは、おそらく社会人になりたての頃の上司の影響だと思います。
    上司はよく「いいか、仕事はな、作業ではないんだ。本当の仕事というのは、『仕事をする』ということなんだ。自分にできない作業は他人にさせればいい。それをあとでチェックして自分の理想通りにこなされているかどうかを確認することで、済ませばいいんだ。つまり本当の仕事というのは、どれだけ多くの人間を操ることが出来るかということなんだ」と語っていました。
    たしかに真面目人間は自分のこなす仕事を「作業的」に行う傾向があるかもしれません。
    そしてそれに没頭することで満足してしまいがちです。
    でも、それでは全体を把握できないケースが多々起こりがちです。
    仕事ができる人は、関係する人たちのスキルを見定め、それを役割分担し、効率性を求める方向に意識を高めるのが傾向のようです。

    私はその上司の言葉が最初理解できませんでした。与えられる任務を全て自分でこなさなければならないことしかできず、よく悩みました。他人の仕事ぶりが不安で仕方がなくなるんですね。今もその傾向があります。
    そのくせ自分のスキルを高める努力をしているかと問われると、まったくできえていないのが現状で、この歳になっても本当に中途半端なことしかできない私であります。

    知識の中では解釈していても、本当の意味でそれを実行できていない。そんな自分にどれだけ腹を立てたことか。そんな私が36歳で会社を任されるわけです。
    まるで「太平洋一人ぼっち」のような状態でした。
    自分の足りなさをどこかで認識しながらの船出です。
    案の定荒波はすぐに訪れました。病気との戦いが始まったのです。
    36歳から45歳あたりまで、私は5~6種類の大きな病にかかっています。
    その期間はつまり会社を経営していた期間とピッタリ一致します。
    特に一番ひどかった病気で入院中は、医者の許しをもらって、日中は店に出ていたくらいです。夜は病院のベッド、日中は店で働くという日々が続きました。

    そんな私を支えてくれたものが「国民の歴史」だったんです。
    西尾先生からは「この本のどこにそんな要素があるのか、私には掴めない部分があるんですが、よろしければその辺をお聞かせ願いたい」と尋ねられたことがあるんですが、私の返答は「実は自分でもよくわからないのです。とにかく読んでいて面白くて仕方が無かった。その印象だけなんです。読んでいるうちに自分の中の不安が解消されていくのが実感できたんです」と。

    日本の歴史の真実を知って、今までつながっていなかった歴史の点と点が、この本によってようやく繋がった気分になったことだけは、明らかな事実です。
    それが当時の自分のおかれた状況となにか化学反応して、「光」となって届いたんでしょうね。

    仕事をすることの本当の意味合いが、そこで私に届いたといえばわかりやすいでしょうか。
    そこから始まる西尾幹二という人物の生き様との出会いが、今の私には本当に大きいわけですが、いろいろと知る上で感じることは、西尾先生もどちらかといえば私と同じように「不器用」な印象が私にはあって、先生は自分の仕事をこなす上で、様々な他人の知識を仕事の中で活かそうとされている部分があって、そんな西尾先生の仕事ぶりから感じたのは、「そうかやっぱり自分の才能には限界というものがあって、それを克服するには他人の能力を引き出し、そしてそれを有効活用することが大切なんだな」と学ぶようになったんです。
    つまり昔の上司が言いたかったのはこのことなんだなと気づいたわけです。

    もちろん自分というものの中にも知識と経験がしっかりなければならないことは認識しておりますが、問題はそのことに溺れないこと。どうやって他人の能力を自分の力に導くことが出来るか、この大きな難問が「度量」ということなのではないか。
    そしてもう一つは、そんな人間社会の仕組みではあっても、個人の努力は惜しまないこと。自分の成長がなければ、ほかの力は利用できないという人間社会の暗黙の仕組みを、わきまえなければならないのだろうと認識します。

    やっぱり人間は何歳になっても「挑戦」しなければならないということなのでしょうかね。
    【2015/05/02 02:08】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    すみません、ここまで書いたらつづきで色々書いちゃいます。

    実は先日会社の役員さんから職場の移動を告げられたんです。
    私は現在訳あってパート社員という立場にあるんですが、その理由は転勤が免れるという理由からその立場を維持しています。
    しかし、新店舗の人員に私がなぜか選ばれ、役員自ら私に報告に来ました。

    事情のわからない方には栄転としかとれない話に聞こえるでしょうが、実は周りの人間のほとんどがそこへの移動を牽制していて、私も心境は周りとまったく一緒で、役員には丁重にお断りしました。
    役員は「どうしてなんだ」と言ってました。理由は簡単で、あまりにも計画性のない人事に、おそらく開店当初は相当関わる人間が苦労することが予想されるからです。
    しかしまさかそんなことをあからさまには言えませんので、役員には「以前から移動を告げられた場合には会社を辞する覚悟でおりました。今の職場に残りたいとダダをこねるのはおこがましいと思いますし、もしもそのようなことがあった際は会社を辞める覚悟でいままで来ました」と述べたんです。

    36歳のとき以前の職場で会社を任され、しかも会社の借金を背負わされ、さんざん苦労を重ねてきた経験から、「NO」と言える自分を築くことが、私の人生観の大切な柱になっています。何でもかんでも上司の言いなりになってしまいそうな自分の性格上、「NO」と言える勇気は本当に大変で、今回はかなり葛藤したのは事実です。

    結果的には私の主張が受け入れられ、今の職場に残れるようになったのですが、ここまで来る間様々な心の不安や不満、疑念も生まれました。

    本当は隠しておこうと思ったんですが、今さらけ出しますと、ネットを離れようとした理由の主体はこれだったんです。しばらく自分と本当の意味で向き合うべき時なんじゃないかと思ったんです。職を失うことを覚悟で決断しなければならない以上、さまざまな今の環境を変えていかなければならないのではないかと思ったんです。
    台風による被害で、電力がままならないことも事実なんですが、そんなことであんな大それた文言を言い出すこと自体、おかしいと思われても仕方がありませんよね。

    今日は連休の中日ですが、運良く公休を取れました。仕事上世の中のお休み日は忙しい仕事に就いている私でありますが、今日は天気もよく桜も満開で、しかも建築屋さんがようやく工事の図面が出来上がったようで、このあと面談する予定であります。

    ここ数日間もやもやしていましたが、いろんな事が一気に解決する運びとなりました。

    やれやれ・・・ホッ。
    【2015/05/02 08:36】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    以前、コピペについて教えてあげようと思ったら、
    ずいぶん結構です・・・・と断られましたよね。

    でも、もう体得しておられる。

    お仕事で「NO」と言う覚悟をもっていて、
    素晴らしいです。
    日本人って、ついつい、良いですよって言ってしまうから。
    【2015/05/05 21:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >お仕事で「NO」と言う覚悟をもっていて、
    素晴らしいです。
    日本人って、ついつい、良いですよって言ってしまうから。

    ありがとうございます。
    そのように受け止めて頂けるだけで、内心ホッとします。

    「NO」と答えることは、その中に必ず理由がありますよね。
    「YES」と答える場合は、理由がある時もありますが、さして理由なく返事をしているケースもあると思うんです。
    この差は大きいと思うんです。

    今回の私の言動には、直属の上司も「今回の受け応え方は全く正論ですよ。全然気にしなくて大丈夫です。何もなかったように済ませてください」と助言されました。

    それを言われて余計なことを詮索しないようにしようと決断できました。
    【2015/05/06 00:15】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


     あきんど様のに返信しようとしたら、脳味噌がウッカリ破綻しちまった…。先ず第一稿を鬱々と。次に全部を書き直して第二稿。その途中、西尾先生列席のBSフジ「プライムニュース」に触れたら却って収拾が付かなくなり、果ては投稿自体を断念した。~番組テーマは三島由紀夫。老人になる前、「首は胴を離れました」(徳岡孝夫の回想)。
     連休が明けて、ふと連想した。改稿を断念した理由は深夜アニメ「プラスティック・メモリーズ」の印象(第五話まで放送)に、いきなり三島ネタが割り込んできたからではないかと。アンドロイド「ギフティア」の「ワンダラー」化した立ち位置を認知症と絡めて解釈すれば、数倍は深刻な投影像となって迫ってくる。考え過ぎと云えば考え過ぎ。それと同等程度には、「仕事」をめぐる雑多な思いもまた膨らんで居たのかも。
     てな訳で気を取り直し、以下に第一稿をそのまま出しときます。

    --------------------------------------------------------------------------------
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1772.html#comment
     先日は突然の事にビックリ(↑)。あたしゃ物覚えは悪い方でスキルも駄目々々ですが、天バカ板に偶々あきんど様の復活ネタを記念カキコしてたので、その日付から即座に旧稿を探し出せた次第。~因みに復活歓迎意図の附録では、ハノイの幼女が大量に映ってる海外動画を出しました(↓)。共演した大人の中では主役の日本人(!)が特に興奮してたか、理性崩壊(?)寸前の状況に激しく焦ってたみたい。
    http://www.youtube.com/watch?v=PDOL3ueBJpg
     物覚えは悪くとも、自分が書いたものに懐疑する責任妄想を後ろめたく思うと、それが却って「ゆっくり思い出す」契機となるから不思議です。時間に追われると、記憶の要請に追い着けなくなる。また~記憶に追われると、時間の要請に同調できなくなる。「時間を追い越すタイプ」が西尾先生なら、その傍らに「記憶に追い着くタイプ」の伴走者が居てもいい。そこに社会的同調圧力の影を見るなら、読書の同調性と非同調性は読者の双面神となって、読書行為と読者自身の双方を苛んでもおかしくない。ただし書物は予め、時間からの解放/迫害/乖離を余儀なくされる宿命にあるかの様な。そこがネットの「今」と喧嘩して、果ては「今」が理念的/書物的領分へと追いやられる羽目になる。そこでは「今」と「直近の過去」との同一性が、読書的なネット界隈で逆向きの「未来」へと浸潤するのかも(…これはあくまで、「今」を懐疑するとしたらの話)。

    (愚痴)
     ところで当方(作業はともかく?)、仕事の話は苦手な面が多うござんす…。仕事に見えない仕事ってぇのは、それでも仕事と云えるのか。或いは趣味、或いは道楽。そう片付けるのが当然だった感覚から見れば、例えばボランティアや奉仕との間で、いっそう仕事それ自体がブレてくる様な。…ごく単純に区切ってみれば、給金の有無で仕事か否かを峻別する向きはある。報酬を払った者は仕事と認めた事になるだろう。ならば、払わない者にとってはどうか。先生の本を買って読む行為は、仕事に直面する読者の礼儀や秩序を表現するかも知れない。しかしながら、借りて読む行為がそれを含まないとは限らない。
     或る人は書家らしいが、作品は売らないし教える訳でもない。収入は別にあると仮定して、この人は書家だろうか。たぶん傍目にそう認知されていれば書家なのだろう。ただし、書家と呼ばれる道楽者を含めて。万国の労働者から見ればブルジョアは敵、蔑視の対象かも知れない。彼の正体が知識人なら、知識人は労働者であらねばならぬのかも。この辺は既に言い古されているのだろうが、そちらに関する書物は碌に読んだ事がないから分からない。いつだって読書は思考の後にやってくる。読書してから思考するのが大の苦手で、こちらとは肌が合わないらしい。
     たまに魘される。給金が出ない。払えないのではなく、払わない。仕事しなかったから払わない。仕事したつもりになっているのは私だけ。夢ほど極端ではないけれど、相手や周囲のニーズとイメージを裏切る行為は、果たして仕事と云えるだろうか。
     学校という職場がある。南京大虐殺や従軍慰安婦を教える事が期待され、それが仕事となって居る。これを教えないのは職務放棄。学校の構成員である校長には、学校と仕事を反対勢力から守る義務と使命がある。それと同じ事が教育委員会にも云える。文部科学省から学校を守るため、間に立って努力しなければならない。教育委員会と学校と教職員(組合)の三位一体性を破壊しようとする連中は総て(=国を含めて)野蛮な秩序破壊勢力である。それらから市民を教育的に守らねばならない。
     学問的に研究したら、慰安婦や南京の虚構性が見えてきた。だからどうだと云うのか。学問と教育は別物である。教育に相応しい学問と、そうでない学問とを峻別するのは、教育現場の側である。学問が教育を歪めようとするならば、教育が学問に抵抗するのは当然じゃないのか。そのために学校の手兵は仕事をするのだ。仕事をしない手兵は必要ない。そんな連中は教育者をやめて、学者にでもなるがいい。
     …いつも馬鹿げた夢に魘されている訳ではない。しかし苹が教職追放となった経緯には少なからず、それと近い面が確かに感じ取れた。ネット上で今やっている事は、教職時代と余り変わり映えがしない(ただし中身は遙かに濃密)。ただ相変わらず(と云うより、輪を掛けて?)学校の仕事には相応しくないらしい。…仕事の話は…苦手だなあ…。

    (余談)
     西尾先生の瑞宝中綬章に驚きはしなかったが(むしろ遅過ぎたくらい)、その代わり昨年の今頃(四月末)に書いた「ヘンな妄想」を思い出し、独り興奮しては取り乱した。…その時に書いたのは傘寿賀筵の話だった。あの提案をホントにやったら、必ずや満場どよめき(?)が起こるだろう。記念品の飾り台座か裏面には、堂々たる叙勲の文字が。こんな面白…じゃなくて、絶好の機会を逃す手はないと思うんだが…坦々塾の方々どうよ?(折角なんだから、どうか先生もイヤイヤをせずに…↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html#comment
     …と書いたら、既に原稿用紙贈呈の動きが(コメント欄↓)。…うーん、地味。だけど大事(おおごと)とならない場合には、その方が相応しいんだろうな…。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1523
     また~傘寿に叙勲の記念が加わると、お面は却って相応しくなくなるのかも。笑顔だと不謹慎。仏頂面だと多分こわい。ビミョーな表情だと能面みたい。これは大いに議論の余地があるw…マァ、余り期待せずに此処は一応、去年の提案だけ蒸し返して置きましょ。
     でも、結構な思い出にはなると思うんだよナァ。雑誌論壇の面々や御家族様のリアクションも含めて。嫌な思い出になる可能性は低いと思う。ささやかな冒険(?)に若々しさを感じ取る人だって居るかも知れない。それよりなにより、肝腎なのは美術の感じ方。彫刻作品は「見るもの」であると同時に「触るもの」でもある。そこに最新の3Dテクノロジーが関与する訳だ。現物となった「自己の様なもの」に対するリアルな感じ方を、西尾先生ならどんなふうに咀嚼するだろうか。そこが興味深かったりする。なんか、勿体ない。
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    【2015/05/09 23:34】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん

    レスありがとうございます。

    >あきんど様のに返信しようとしたら、脳味噌がウッカリ破綻しちまった…。

    私も以前はよくありました。
    日録にカキコし始めの頃は、右も左もわからなかったことが、かえって思い切りのいい文章に出来上がっていましたが、段々いろんな事が見えてくると、「自分」を表すことの難しさを知るようになり、徐々に「自分らしさも」失われていき、いつの間にか、ほかの人の要素を受け売りしていたりして、はっと気が付くと、自分で自分の文章を読み返してみると、「誰が書いたのこれ・・・」と言いたくなるようなものだったりしてことも多々あります。

    特に夜中に酔っ払いながら書く文章は要注意ですね。
    そして今まさに酔っ払いながら書いている最中です。危ない危ない(^_^;)

    さてさて日録でご案内中の録画を拝見させていただきました。
    「村松英子さん」の臨場感溢れる人間三島由紀夫論に、「なるほどなぁ」と感心しきりでした。
    村松さんの若い頃の写真をいろいろ見させていただきましたが、実にお美しいです。
    たまたま拾った村松さんのお嬢さんの写真も、若い頃の村松さんとそっくりで、少々見入りました。
    それはさておき、西尾先生の三島論は、とにかく一貫しています。
    戦後平和な日本の最中、なぜ三島はあのような行為に突き進んだか。誰もがそれを解釈できなかった。村松さんは三島が「100年200年経たないと、この事は理解されないだろうと言っていた」と紹介されていた。
    おそらくそうだろうと私も思います。
    それはつまり100年200年は、日本という国が、何かのベールに覆われて、真実を知ることができないというニュアンスではないかと私は感じ取りました。
    それをわかりやすく説明してくれたのが西尾先生のコメントで、日本はロシアや中国に支配されなかったことがまず良しとするところで、しかしアメリカに支配されたわけだが、アメリカはひとまず常識国家であること、そういったもとで貿易や軍事面でアメリカの市場や庇護を請けたことは、日本にとっては都合の良い時代を過ごせた。しかし、アメリカが日本を一つの袋の中に封じたことも事実で、未だ日本はその袋の中に収まっている。
    すると日本は自分の姿を確認できない状況の中に留まってしまった。

    結果的にこのことが一番の問題点で、ここに至るまでの経路として、日本はまず非核三原則を調印することを要求され、それを六年間拒んだが阻止しきれず調印し、その事は、つまり日本封じ込めの世界諸外国の意図がそこにあり、少なくとも今から50年ぐらい前までは、日本の政治外交もその気概があったということ。しかし調印が免れない状況に追いやられ、そのまさしく調印と時期を同じくする時代に、三島の行動が行われ、そしてさらにはその後、調印を阻止してきた中心人物である、佐藤栄作元総理大臣が、ノーベル平和賞を取るという、この歴史的流れは、けして平和で長閑な時代だけがその時代を覆っていたということではなく、三島の行動によって、そうした日本の政治的・外交的・防衛的視野で、日本の間違った道へ進む可能性を阻止する素因となる事件となる位置づけを、ここで学ぶ必要性が今生まれてきているんだろうと思います。
    平和な時代の最中だったからこそ、三島は危険な香りをいち早く嗅ぎつけていたと言うべきなのか。
    いや、実は私はそれだけとは思わない。私は三島は多分こんな呑気な時代こそ幸せの象徴でもあることを、おそらく誰よりも噛み締めていたんじゃないかとも思うんです。
    つまり、三島本人が日本人のなかで誰よりも時代を謳歌していたと自覚していたからこそ、行動を決断できたのかもしれない。
    多分そんな風に当時もいろいろ意見が交錯したことでしょう。
    その事は西尾先生も熟知されていて、だからこそ今の日本人が知るべきことは、先ほど書いた三つの歴史的事実を認識すべきだという理論は、的を得た意見だと認識します。
    三島個人の人間論は当然避けて通れない問題ですが、しかしそこに目を向けすぎると、時代背景が薄れてしまう警告を西尾先生は語っておられる。
    ある意味、三島の行動力だけが取り上げられることは、逆に三島の信念から遠ざかる認識しか生まないのかもしれない。
    三島はけして当時の時代に浮遊する感覚ではなかった。逆に、もっとも時代に根付いた意識を絶えず持ち合わせていた人間だったというべきなのだろう。

    その観点から、非核三原則やノーーベル平和賞という歴史的事実をしっかり日本人の意識の中に植え付けさせる行動力三島を評価するべき認識が、そろそろ芽生えてくるべきなのだろうと感じます。
    ですから、キャスターが西尾先生に質問した「日本は今、安倍政権のもとで集団的自衛権など、大きな論議を決議しようとしていますが、それらもまだ行動の中には含まれないのでしょうか」という問いに、西尾先生は「未だその評価のなかにはありません」と明言しました。
    その理由はこう解釈できます。
    つまり、本当の意味で憲法改正の真意が国民に理解されていない。
    憲法改正という旗は掲げられても、現行憲法と擦り寄うような理想が、国民の内面に存在していることは予想され、それに沿うような結論に陥る危険性は大いに予想できる。
    その証拠に、アメリカ議会演説では滑らかな語り方をしている安倍さんも、国内向けの語り口は、どうしても何かの制限を意識しながら語られている印象がある。

    つまり、総理大臣という政治的最高権力者でさえ、理想が語れない国内事情がある。

    三島はこのことを予測し、懸念していたのだろう。
    言葉は届かないということも十分理解していて、マイクはあえて使わなかったらしい。
    生の声、ようやく聞こえた群衆の中で、運良く気づいてくれる人間がいたとしたらそれは本物だろうという覚悟で臨んだあの演説。

    彼はその意味で、誰からも否定できない行動の歴史を刻んだ。

    その信念が、100年後200年後におそらく理解できるようになるだろうという、三島のにえたぎるような思いの現実は、今後も淡々と歩んでしまうのだろう。
    【2015/05/15 01:12】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    教職追放後の暮らしをいつも心配しています。
    でも、大丈夫そうでよかった。
    先生はお祝いを恥ずかしがって、嫌がられたので、
    原稿用紙になったんです。

    >あきんどさん
    このコメントは日録にお願いしたいなぁ。
    【2015/05/16 21:13】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >このコメントは日録にお願いしたいなぁ。

    はい、わかりました。
    これからじっくり書き込みます。
    御高覧ください。
    【2015/05/17 01:13】 URL | あきんど #- [ 編集]


    >奥様

    仕事帰りの夜中に、酒盃を片手にしながらの投稿を日録で試みたわけですが、後読みすると書いた私自身が理解不能なくらいの文章でした。

    書いているときは「これだこれだっ」と心で叫びながら書いていたんですが、お酒が覚めて読み返してみると、自分で書いた文章に「だからあんた・・・何が言いたいの?」と、画面に向かって怒りまくっていました。

    こんな自分との問いかけが、とりあえずなんとかかんとかできるようになれたわたくしあきんどを、天国に行った際は三島さんはゴーゴーに連れて行ってくれるのかなぁ・・・とか思いながら、いま久々の日曜日の公休の朝のくつろぎを、味わっております。
    【2015/05/17 09:29】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    (余談~軽口モードで前稿顛末)
     先ず叙勲ネタ。次いで拝読後に天バカ板のハノイ幼女ネタを書いて返信の体裁とし、その間を埋め終えたのは四日の夜だった(第一稿)。この時まだ「プライムニュース」は見ていない。第二稿(↓)では叙勲ネタを削り、仕事ネタを全面改稿/短縮希釈してから録画ネタに触れた。すると様子がおかしくなり始めた。もうじき連休が明ける。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > あきんど様に宛てて何を書いても、読み返すと駄目だ…(orz)。仕事と作業のみならず、趣味や道楽に対する価値判断の衝突が入り組んで、果てはボランティアや奉仕やブラック化を経て奴隷概念に…こりゃアカン。遂には「苹@反日実験人格」署名を試みた頃の方向に傾いて、まだ書いてないネタを考え始めると、例えば職業的詐話師の「職業的」って箇所にナーバスとなる始末。犯罪者が裁判で職業を問われて「犯罪が職業です」と答える様な、それでいて無罪を主張する様な。…したくもない仕事をする。たといそれが犯罪だと分かって居ても。背に腹は代えられない。
    > 産経で日教組の記事を見る度、「左翼のふりをするのが職業」って人がどれくらい居るのか気になる。仲間を演じて無理をすると、さぞストレスが溜まるだろう。耐えられずに心を病んだり脱落したり、そうして最後に残った人々が模範的な左翼に見える。本音はどうだか知らないが、信者でないのに演じきる能力があるなら、それはそれで恐ろしい。(この辺については、十年くらい前に書いた筈。)
    > …話題を変えよう。
    >
    >(「プライムニュース」感想)
    > 録画が終わるのを待ってから倍速再生した(その方が頭に入った…発言中に余計な事を考えずに済むためか)。生放送中は丁度あきんど様宛の絡みで「仕事」について云々していた所為か、「小説はお金になるから」「戯曲は趣味みたいなもの」にはドキリとした。
    > 暗い顔でゴーゴーを踊る三島に触れた西尾先生に続き、「ひとりで孤独を感じながら踊る」ストイックな…と説明した村松女史の一言は効いた。しかしながら苹は踊りがイメージできない。ゴーゴーとモンキーダンスを検索したら、当初イメージしていたのとも違うらしい(動きが速過ぎる)。
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     こんな調子で続けても仕方がないと思った。ますます愚痴に囚われる。なにしろゴーゴーどころかラジオ体操だって、苹が先頭に立つと忽ちスローテンポになって即、嫌がられてしまうのだから(太極拳みたいになるのw)。ゆっくり跳ねるとアキレス腱が悲鳴を上げる。最後の深呼吸が終わると不気味な沈黙に包まれる…(いつも気分は「ああっ、そんな目で私を見ないでぇっ!」の類)。
    http://www.vietnam-sketch.com/archive/column/japanese/2003/05.html
     で…取り敢えず第一稿を出したものの、これはこれで後から読み返すと、またまた余計な読み方が出来る事に気付く。あきんど様の「2015/05/02 02:08」稿に件の海外動画を絡めて読めば、肉体の弱さと「光」云々とが「アチェンデ・ルーメン」(マーラーsym.8歌詞)と妙な所で一致する。或いはハノイの日本人指揮者(↑)に敗戦後の残留日本兵を幻視したり、韓国軍による虐殺時期と重なる読み方をすれば歌詞に霊想たなびいたり。(動画に映る、あの大量の顔…「来たれ、創造主たる聖霊よ」)
     他にも色々あるけれど、冒頭に付した一言が投稿後「あ、やっちゃった」感を増幅したのには参った。稿末妄想の「西尾お面」だけならまだしも、三島の生首にまで言及しちまった気がする。(→「僕のお面、蹴飛ばす?」→「なんて先生、悪趣味!」)

    (以下、奥様宛返信)
    >教職追放後の暮らしをいつも心配
     へっへっへ…。前稿では「書家」モデルの別収入に教員給与などを想定し、当方の「教職追放」とは全く関係のない第三者へと距離を置きました。強いて具体例を想起するなら雨声会の会長、青森高校書道教諭(当時)の遠藤雨山かしら。生前、社中展で観客(高校の同僚?)から「書家だか先生だか分からんな」と言われ、「先生だよ」と答えてました。
     世に「虚実皮膜」てな言葉がありますが、そちら方面も苹は苦手でやんす。嘘を書かなければ取り繕わずに済むから好都合ですけど、行動と介錯は嘘みたいに怯む事がありますからねぇ。所謂「の様なもの」としての嘘は厄介で、怯む方が正直な場合はどちらか嘘が口を噤んでしまう。嘘と嘘の喧嘩が黙ると、真実が顔を出す気がしてくる。どのみち明日はない様なものかしら。~片や介錯する友または同志が居た三島の場合、或いは自衛隊に皇軍の華を拈じようとしたのかも。
     生首は、微笑したのだろうか。
     ところで、西洋にはギロチンてぇ道具がありましたなあ。マーラーsym.6にはハンマー(という「楽器」)が出てくる。何ヶ月か前に検索してたら、餅搗きみたいに振り下ろす一般的な方式(上の方↓)の他、ギロチン方式のがあってビックリ(下は短く正味3秒↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=6DEdq2WdFnU
    http://www.youtube.com/watch?v=Xhb8UxMlW2Y
    【2015/05/18 00:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (補記)
     またまた読み返すと、「或る人は書家らしいが、作品は売らないし教える訳でもない。」(第一稿)…この中の「教える」って箇所では意味が二重底になっている点、書いといた方がよかったかも。
     所謂「ゆとり教育」をめぐる試行錯誤の時代、学校の先生は「教えてはいけない」立場でした。その代わり生徒の自己学習力を「援助する」事が要求される。大学の教材にはコームズ&アヴィラ&パーケィ『援助関係―援助専門職のための基本概念』(ブレーン出版)てな書物もあったけれど、そんなめんどくさいのは誰も読まない(?)から、むしろスローガンめいた「教えちゃいけない」の方が脳髄をスッキリ貫いてくる。勿論そうなる前から書道界は、敗戦後ずっと「ゆとり教育」を実践してきました(「書は、読めなくてもよい」)。教える事と教えない事の両方が、教わる側の自己学習力に委ねられつつ、授業とは必ずしも一致しない「稽古の領分」を隠れ蓑に形骸化して行きました。
     だからと云って教員は、「教えなくてよい」訳ではない。それなりに「教える」、或いは「教えたつもり」になる事が要請される(=仕事)。その成果は実技を通して評価される。単純に見れば「うまけりゃいい」となりそうだが、そうすると「教える/教わる」中身が量的振幅や質的多様性を失いがちになったりもする。しかし周囲が予め「書道と云えば実技or流派」と決め付けるのであれば、それに従わないと多勢に無勢、問答無用で分が悪い。ここではニーズが「教える/教えない/教わる」中身を規定し、半ば強制的に「望まれた変質」へと誘導する。
     書道教員(が書家か否か)以外なら、より素朴な位置付けは容易い。古典の筆者を持ち出せばよい。例えば王羲之(文人)・顔真卿(軍人)・米元章(変人)…いや、そうでもないのかナ。王羲之は息子(王献之)の背後から筆をヒョイと抜こうとしたところ、筆力が強くて抜けなかったとの事。顔家は学者の家系だし、米家の息子は米友仁…尚更ありそうな話でござんす(家庭教育の領分?)。~とどのつまりは、「教える」にも色々あるってこった…。

    (備忘録)
     これ(↓)も取り敢えず、前稿と前々稿に絡めて補足。
    http://www.sankei.com/west/news/150524/wst1505240031-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2015.5.24 12:20更新
    >iPS細胞研究所の9割有期雇用 山中教授「民間企業ならすごいブラック企業。何とかしないと」 奈良で講演
    > 人工多能性幹細胞(iPS細胞)の研究でノーベル賞を受賞した京都大の山中伸弥教授が23日、橿原ロイヤルホテル(奈良県橿原市)で開かれた奈良県立医科大学開学70周年記念式典で講演し、約250人を前にiPS細胞の医療応用への可能性について語った。
    > 山中教授は冒頭、「医学の道に導いてくれた父が肝硬変になったときに何もできなかった。研究という手段でなにか貢献したいと考えた」と研究者へと進んだきっかけなどを説明。
    > iPS細胞研究の現状を「日本は間違いなく世界トップ」と強調し、iPS細胞を応用したパーキンソン病の治療や、安全な血液を作り出す研究などについて「来年には臨床を始められるのではないか」と応用研究の進歩に期待を込めた。
    > 一方で、所長を務める京都大iPS細胞研究所(CiRA)については、約300人の教職員のうち9割が不安定な有期雇用であることから、「これが民間企業ならすごいブラック企業。何とかしないといけない」と指摘。
    > 「CiRAの15年後の目標は、iPS細胞の再生医療と薬への応用はもちろん、新たな生命科学と医療の開拓。そのためには研究を支援する体制が必要だ」と呼びかけた。
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     学校にボランティア教育が導入された後、その世代が卒業して暫くしたらブラック企業が騒がれ出した。キリスト教の土壌ならともかく、日本でのイメージは大抵ただ働き(奴隷労働?)か丁稚奉公みたいなもんじゃろ。「奉仕義務」提唱者の曾野綾子はアチラの信者、多分どう歪んでいくか想像できなかったんだろ(想定内だったなら話は別?)。
     組織を含め、彼らは自決できない(←比喩→)。頓死の形で規則正しく屠られる。

    (無駄話)
     しつこい性格が嫌味なのは扨て置いて、「西尾お面」が忘れられない…。
     肝腎の違和感を忘れていた。当然ながら顔貌認識は、狭義の「顔」だけに依拠するのではない。十数年前、「つくる会」ホームページで写真の差し違えがあった。西尾先生と藤岡先生の顔が入れ替わっていた。それを見た苹は素直に「ああ、私は間違えて覚えていたのだな」と思い、戦前漫画「のらくろ」のブル連隊長みたいなのが…と覚え直した直後、前の記憶で正しかったと判明(訂正あったのネ)。たぶん共通要素に惑わされたのだろう。つまり顔など見ていない(かもよ?)。顔より上のアレがない「お面」は、ただそれだけで簡単に顔らしさ(?)がイメージから抜け落ちる。
     例えば遠藤浩一先生の場合はネット上「ソフトモヒカン」てな語彙が散見されたし、高橋史朗先生は満面の髭に物凄いエッジが利いていた。そこに触発された苹は十年ほど欲望を抑え、満を持して無精髭を一月ばかり放置してみた。すると大変な事になった。髪は薄目なのに髭だけフサフサの斑目となった上、いざ剃り落とそうにも髭が刃物を拒む。こちとら様々な筆を取り揃えてきた身、そんな事もあろうかとは思っていたが、顔面大筆の妄想が頓挫するに及び、初めて事の厄介さに気が付いた。…で、ふと思った。女性は、いいよナア。髭はなくとも、髪があるから。(張旭みたいに書いたなら?)
     そんな私的経緯の影響かしら、「西尾お面」が忘れられない。長い髪を前に垂らした白いドレスの女が「お面」(漢字的?)を装着すれば、彼我共々どんな心地がするのやら。「髪がある」(仮名的?)だけでも一大事(?)なのに、苹の妄想は止め処なく膨らんでいく。~さりとて「髪で首を吊る気分」とでも云ったなら、却って意味不明になるのかも。
     「首を吊る」で連想するのは、下記サイトの場合ずっと下の方にあるコレ(↓)。
    http://yukimaru0810.blogspot.jp/2002/09/blog-post_03.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >Wohn'ich ertraglich im selbigen Raum,
    >hol'Geld und Frucht,
    >Bleisaft und Wucht...
    >Mich holt am Pranger
    >der Verlanger,
    >auf luft'ger Steige kaum,
    >hang'ich am Baum
    >同じ園になんとか、かんとか私は住まい、
    >金と木の実を
    >鉛汁と重りを取ってくる。
    >曝し台で私を呼ぶのは
    >願いを抱く人、
    >風通しのいい坂道ではなく
    >私は樹で、首を吊る
    --------------------------------------------------------------------------------
     演出面妖な全曲動画(↓)では、上記ベックメッサーの歌が4:01:34以降で流れる。
    http://www.youtube.com/watch?v=ExTEJYw44lc
     人は墓に似ている。顔が覚えられない。名前が覚えられない。顔と名前が一致しない。墓地に行くと、墓の場所が分からない。…そこで多分、地図が要る。せめて自分にはどうにか分かる程度の地図くらいは作って置きたいのだが、それは傍目にも読める地図となっているだろうか?
    【2015/05/30 06:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >教育に相応しい学問と、そうでない学問とを峻別するのは、教育現場の側である
    >苹@泥酔様

    ちょっと前のカキコを抜粋させていただきました。
    たまには私も苹@泥酔さんのカキコのレスを心がけないと、ネットでの「情」というものが消え失せてしまいそうなので、意識してレスを送ります。

    まずは身近な話題から。
    我が家の次女(以前蘭氏がやたらと持ち上げてくれたわが娘)も、三月でようやく高校を卒業し、いま市内の会社に勤めておりますが、こいつが子供の頃習字を習っていたのはご記憶にございますでしょうか。中学三年生まで続けていたんですが、高校に入ってピッタリ止めてしまい、その「才能」はどこに向かったかというと、漫画の世界です。

    とにかく毎日、パソコンに向かって、書き込んでいます。
    一種の病気かなと思うくらいに、書き込んでいます。幸か不幸か、私たちが住む田舎には、さすがに漫画を出版する会社がございませんので、娘は夢やぶれたのか、もしくは彼女なりにちゃんと考えていたのか、地元の企業に就職しました。

    子供の夢というのは、もしかすると親の夢なのかもしれませんね。

    親が勝手に描いた子供の願いを、親が中途半端に枠にはめて、子供の心情なんかそれほど探りもせず、だらだらと一緒に暮らしているのが、親子の実態かなと、我が身を振り返ってみてつくづくそう感じる次第。

    私はけして優れた親だとはおもっていません。まじに言わせていただくと、私はダメ親の代表格です。子供はすべて女房にまかせました。私はおそらく何一つ子供たちに教えることはなかったと思います。
    ところが、子供というのはそんなダメおやじの存在が、逆に安心感を覚えるのか、いざとなったら私に心を開くことも、多々ありました。

    偉そうに言わせていただくと、私は子供達と親子という前提で接してはいましたが、その隣には人間関係というものを意識して接してきたつもりです。
    それもこれも女房が一切を賄ってくれたから出来たことなんですが、どうやらこの関係は今後も続くような気配です。

    苹@泥酔さんが常々語っていらっしゃる、教育現場とそれを任されている教師の葛藤は、まさしくそのまま各家庭の現場に当てはまると思っています。商人の現場もそれに近いものがありまして、囲まれている所作はウワッペリなものが多く、実は企業というのは真実を語れない環境の中で、常々運営されているという皮肉があります。
    それを飛躍していくと、政治だってそうじゃないですか。誰が真実を語ったことがありますか。ほぼそれを語るものはいなかったと断言できるくらい、政治の世界は日々の社会人が行っている生活習慣と変わらない状況の中で、司っているというのが実態ではないでしょうか。

    なかなか人間本音というものは言えないものです。言えるくらいならこんなに苦労することもないということなのかもしれません。
    ただ、私も人間ですから、素直に生きていきたいという思いはあります。それをどうやって表すことが出来るか・・・みたいな、「人間自分」の葛藤が、これ人間的幸せの象徴というものなのかもしれませね。

    娘の絵への興味は詮無いことで、私も昔は暇さえあればB5鉛筆で、白いキャンパスに漫画のキャラクターを書き込んでいました。少年ジャンプの「荒野の少年イサム」が大好きで、よくイサムの絵を書いていましたよ。
    女房や婆さんにはその神経がわからなくとも、私には十分理解できています。

    親子ってこんなに似るものかなぁと、逆に驚いています。

    >苹@泥酔 さん

    教育というのは、やっぱり、自分が成長するためのものでもあるという考え方にあれば、なにか見えてくるものがあるんじゃないかと思うわけです。
    おそらくこの世は真実は常に闇の中だと、半ば諦めるくらいの覚悟がないと、対処できないものなのではないかと。なぜなら、これくらい「自由」が象徴される社会システムが強要されているわけですから、それに比例する「平等」が必要になるわけで、住みやすくなる分だけ、住みづらいという、わけのわからない理論の社会環境だと、あきらめるしかないのかなぁ・・・と、思う次第。

    【2015/06/01 09:55】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    (続・無駄話)
     ワーグナーの楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》ネタの続き。
     …それにしても哀れなのはベックメッサー、何故とことん邪険にされるのか。あの筋書きでは仕方がないのかも知れないが、前掲動画の演出ではザックスが最後に野良犬を追い払う様な仕草をするくらい徹底して居る。…でも台本上の偏見を度外視すれば、ベックメッサーのモデルはブラームス贔屓の音楽評論家ハンスリック。謂わばガチガチの保守派(?)だろ。するとザックスやワルターが革新派に見えてくるのに、あからさまにドイツ芸術を賛美するからナチ臭く映る。これは一体どうした事か。戦後日本の感覚で見れば、古臭くナチ臭い「軍国主義の野蛮人」が保守派で、国際的な「理解ある善人」が革新派と映るのではないか。そこがまるで「逆しま」になって居る。
     保守と革新。ナチスはどっちだ?(苹は書道で連想ちゅう。)
     ザックス的な明治維新により、ベックメッサー的な江戸文化が邪険にされる構図では、見立て些か杜撰に過ぎるかも知れない。しかしながら時代を戦前に囲い込めば、革新派が国粋主義/全体主義の傾向を内包してもおかしくない。その革新派を賛美する向きが本場ドイツで後々、所謂「頽廃芸術」を弾圧する事になる。革新的な一方が、別の意味で革新的な他方を退廃的と決め付ける。ソ連式に云えばブルジョア的だったり形式主義的だったりするのかどうか、いづれにしろ保守的/古典的な芸術は排斥対象でないらしい。ところが件の楽劇段階では、古典的もしくは陳腐なイメージのベックメッサーが嫌われる。すると弾圧の二重構造が疑わしくなってくる。
     古いものより新しいもの、てなだけの話なら現実/歴史そのままに割り切れる。むしろ割り切れないのは日本側で、衣替えした勧善懲悪の構図で革新贔屓を焼き直すなら、そうした姿勢の方が却って転回的な「保守性」(または「正義」?)を過剰に抱える面もあろう。そこからベックメッサー的な「いじめられ国家ニッポン」が甦る。ハンスリック的=現実的/実在的ではないメルヘン童話のごとき世界が象られ、どっちが相対的に「メルヘン保守」らしいかを競い合い/押し付け合いつつ、国民に厚かましく問い禊ぐ。こう捉えると(江藤淳のは未読なれど)「ごっこ」呼ばわりされたところで所詮は辻褄合わせの連座もどき、無理なき話かと思えてくる。

    (近況)
     まだこれだけ(↑)の分量なのに、予想外の時間がかかって居る。どこか論旨に無理があるのかも知れない。あきんど様に返信する余裕がない。攘夷が開国を経て文明開化へと変質する文脈に「えんがちょ文化」(「2015/04/27 00:30」稿↓)を見て以来、どんな稿にも慎重とならざるを得なくなっている。たぶん無意識か暗黙知の領分に絡み付く思考の様式/条件に今、微細な組み換え(言語論的転回?)が必要と感じて居るのだろう。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1720.html#comment
     取り敢えず、もう少し粘ってみるつもりでやんす。
    【2015/06/09 07:04】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹さん
    二項対立で物事を分析すると間違ってくるのかもしれませんね。

    【2015/06/13 09:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >二項対立で物事を分析すると間違ってくるのかも
     そうそう、そこです。例えば「西尾は親米か反米か」の話題が喧しかった頃、なぜ先生は即座に「離米」を持ち出さなかったのか。単に語彙の相応しさを吟味していただけなら自然かつ生成的な点で強靱だけど、そうでない場合は内部(一方)の基準で外部(他方)を測定する愚に気付かせる教育的配慮など、色々な可能性が想定できてくる。~新しい言葉は、ともすれば「同じ言葉に踏み留まる」転回的な概念変成とは異質なものを提示してしまう。言葉(旧)と言葉(新)の潜勢的/歴史的な連なりが途切れてしまう。「歴史に逆らう」新たな言葉と受け止められたら、逆に従来のタームの方が硬直化してしまうかも知れない。
    http://kenichinakatsu.blog.fc2.com/blog-entry-115.html
     この手の感触を踏まえて出せる契機/言葉が、差し当たっては「転回」でした。ハンスリックの場合、音楽芸術と他芸術との関係/混淆を吟味した面もあるらしい(例↑)。しかしそれでは書道ネタと合わない。書道は初めから混淆的で、概念としては元々「存在しなかった」。言葉/文字/文学から離れた純粋表現としての書道を仮構するなら、それはもはや古典的意味における「書」ではない(むしろ「画」の方が相応しい)。かと云って西洋のロマン主義に近似するのでもなく、従って「古典的に」突き詰めると却って書画一致論の視点が忘れられ、古典とは全くの別物としての「書」が跳躍/前衛化せざるを得なくなる。にもかかわらず誰が言ったか、書は「凍れる音楽」なんだそうな。
     或いは嘗ての書画混淆状態から「書」を芸術的に救済しようと目論んだ結果が、開国後の純粋偏見(?)を今なお構成し続けているのかも。しかも現代人の多くは実際、展覧会場で「それしか見ていない」。学生の一部は選択授業や部活動でアッサリ古典を受け流し、作品を書いて「古典を学んだ気になって居る」。学ぶ事と読む事の関係が「書く事」によって覆され、そうして行為自体は歴史/通史との距離に於て破綻しつつ、ただ行為の順位と権威に整序されたものだけが、品質を裏付けるかの様な履歴/記録として現代に残る。
     ハンスリックとニーチェで検索したら、こんなのが出ました(↓)。
    http://heideggerforum.main.jp/ej6data/yamamoto.pdf
     書道の戦後は、王鐸/明清調に「ロマン主義」を見立てた/獲得した形。

    (私事追想)
    http://www.morioka-times.com/news/2015/1503/30/15033002.htm
     偶々ネット検索したところ、昔よく通った店のマスターが三月に亡くなった事を知り絶句(↑)。友人から「ウエストミンスターのレコードがあるぞ」と誘われて以来、二人ほぼ毎日ビールばかり飲んでいた。名曲酒場になっちまって、さぞ迷惑した事だろう。時には支払いの代わり(!)に旧蔵LPを持ち込んだ事もある。まともな明るい名曲喫茶になったのは郊外移転後の筈…遅くなったけど合掌。
    http://www.morioka-times.com/news/2011/1105/30/11053002.htm
     嘗て中学の美術教師で、マーラー好きとは知らなんだ(↑)。そう云や苹が押し付けた数十枚も、マーラーのが多かったっけ。移転前の店舗は落ち着いた民芸調で、独特の狭さと仄暗さが好きだった。
    【2015/06/15 01:59】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録)
    http://www.sankei.com/life/news/150614/lif1506140005-n1.html
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    >2015.6.14 09:00更新
    >【赤字のお仕事】
    >新政府(1) 新たな舞台と公文書の“御一新”
    >(1/4ページ) .
    > 私の連載では、明治初期に新聞校正などで手腕を発揮した市川清流(渡、1822~79年)を追う。岩瀬、松平両家中で外国事務に関わり、当時数少ない洋行経験者の一人として、江戸幕府の洋学機関「開成所」で翻訳された学術書や軍事書などの筆写に携わったことは前回までに述べた。
    > 幕府瓦解(がかい)による開成所の閉鎖で、清流は職を失った。京都に樹立された新政府は語学を中心とした洋学研究や教育の継続を重要視し、慶応4(1868)年6月に江戸の開成所を接収。約3カ月後の9月12日(同月8日に明治改元)「開成学校」として復興した。翌年「大学南校」(後の東京大学)に改編され、清流は南校の「写字生」となった。このとき47歳。
    > 旧幕以来の実務を引き継ぐことで、清流ら旧開成所のメンバーは多くが新政府に登用されたが、政府が発する公文書体の変革を通じて、全国に新しい政治体制の浸透を急ぐ目的に合致した側面も見逃せない。
    > 発足したばかりの新政府は諸外国の代表に政体の変革を通告し、旧幕府の結んだ条約履行の確認を急いだ。外交文書にはそれまでの「候文」をやめ、漢字に片仮名を交えて漢文体に書き下す書式を採用。楷書は一部で用いられていたが、明治3年に条文「外務省外交書法ヲ定ム」(太政類典)で外交文書作成上の諸規定を明記し、初めて「字体ハ必ズ楷書ト認メ」と定めた。条文の「字体」は漢字一つ一つを表現するための一定の型のことであり、一般にいう楷書や行書、草書などの「書体」を示すとされる。
    > 一方、国内において新政府の直接支配が及ぶのは維新直後で旧幕領700万石しかなかった。中央集権への確実な移行には、全国の大名領に通達や布告など公文書を通じて、政府の命令や指示を浸透させる必要があった。
    > 明治2年5月に戊辰戦争が終結すると、翌月の版籍奉還(6月17~25日)を経て、旧大名領は大部分が法的な行政単位としての「藩」と規定された。大名家は「知藩事」に任じられ、藩庁には旧幕時代から引き継いだ文書の保存と領地の総石高や年貢収納高、戸数と人口、寺社高、行政費用、俸禄額など調査書類の作成が命じられた。
    > これら江戸期の公文書には、幕府祐筆(書記)の一人である建部伝内の「御家流」が重用された。将軍の上意(命令)は御家流の書体で全国の大名領に回され筆写される。日本語の歴史に詳しい日本女子大学文学部の清水康行教授(62)は「各領地でも御家流で筆写されると考えるのが自然」と話す。御家流の書体は文書作成に関わる武士たちが習得すべき必須項目だったとの意見もある。
    > 新政府は全藩の現状把握と同時に中央の命令や指示を迅速に行き渡らせるため、公文書の伝達方法を工夫した。藩を地域ごとのグループに編成し、その中の一藩を「触頭(ふれがしら)」とした。触頭に政府文書を伝え、それを各藩に順達する。受け取った藩は文書を筆写して次の藩に回した。この全国に回付する公文書の書体を旧幕府の「御家流」から、段階的に外交文書と同じ「楷書」に変更した。各藩で筆写される書体も徐々に楷書が増えていく。
    > 清水教授は「幕末維新期は日本語の歴史上最大の変革期。特に語彙と文章・文体では大きな画期だった」という。同時期の公文書研究の諸資料からは、政府の公文書が諸藩の記録になるまで通常は数回筆写される。命令や指示の内容を正確に理解させ全国への浸透を図る新政府の意向が、読むのに難解で筆写の自由度が高い御家流の書体を排除し、分かりやすく簡潔な楷書体の奨励に結びついた--との記述が散見された。
    > 市川清流は旧幕時代から楷書体に「慣れ親しんでいる」と言っていい。彼が開成所で手掛けた翻訳文の筆写はほとんどが楷書であった。維新後の開成学校は洋書翻訳を継続したが、業務の増大を理由に明治2年4月、教職員の増員を願い出ている。
    > 「(前略)各国ノ政体及交際ノ書籍要用ノモノヲ撰ヒ口授セシメ、筆記シテ刊行セハ大ニ世ニ益有ル可シ(中略)此事ヲ行ント欲スルニハ教授及其筆記ヲ為スモノ并ニ教師ノ補助トナル可キモノヲ命ス可シ(以下略)」(公文録)--注・かっこ内は筆者。
    > 同年10月、改編された大学南校に正式な「繙(ほん)訳局」が置かれ、“専門職”の写字生に清流が就く。清流の名は翌年3月の官員(職員)録に記載されている。しかし登用が増員を図った繙訳局の設置時なのか、それ以前の「大学校」の移行期なのかは分からない。
    > 繙訳局は規則で「写字生版下ハ勿論中清書及ヒ草稿タリトモ字画務メテ端正ヲ主トス、草体読難キノ字ヲ書スベカラス」(東京帝国大学五十年史 上冊)とし、楷書と記さぬまでも「草書(御家流など)で難読な字を書かないこと」と定めた。南校は東京(慶応4年7月に江戸を改称)で発行される新聞や出版物を検閲・許可する行政も担っており、公文書体の楷書化という方針に沿ったと考えられそうである。
    > 新政府は政権移行による行財政の機能停滞を避けるため、旧幕府の統治機能を生かし、実務にたけた幕臣たちの多くを継続雇用した。清流の登用も同じであろうけれど、視点を変えるなら、公文書の“御一新”が、身分の低い清流を再び歴史の舞台に引き上げたとはいえないだろうか。
    > 清水教授は、幕末から維新にかけての日本語の表現を「西洋流の理論とじかに向き合い、短い時間で的確に理解し、新しい日本語で示した証し」とする。旧幕府を支えた人材は「新時代に適応できレベルが高かった」と話した。激動の時代を乗り切った清流もその一人だったのだろうか。(稚)
    --------------------------------------------------------------------------------
     嘗て漢字は仮名で首を吊った。仮名の連綿に吊された漢字は干し柿の様になった。そんな御家流の和漢混淆書式では、漢字が仮名の様でもあり、仮名が漢字の様でもあり。しかし必ずしも読みにくかった訳ではない(それどころか版本は読みやすい…さもなくば売れ行きが悪くなる筈)。悪筆の手書きは「読むのに難解」でも、楷書の多くは漢籍ゆえに別の意味で難解、「分かりやすく簡潔」と云えるか疑問が残る。果たして時人が楷書の彼方に見たものは、漢籍と洋書~東西龍虎との闘いに臨む知的覚悟だったのかも知れない。
     版下については先日、高田竹山の証言を…と書いたら思い出した(↓)。

    (追記)
     「えんがちょ文化」ネタと同じコメント欄の、「2015/01/02 03:53」稿で言及したアーネスト・サトウの書について。専門家筋は「敬和」と読む様だが、書道畑の苹は「敷和」の可能性が高いと見た。~諸橋大漢和では如此。「【敷和】和を布く。〔素問、氣交變大論〕其徳敷和。〔注〕敷、布也。〔柳宗元、朝散大夫永州刺史崔公墓誌銘〕布令諸夏、敷和六戎。」
    http://www.kaikou.city.yokohama.jp/journal/126/02.html
     「図2」参照(↑)。千字文の「曰嚴與敬」(↓)と比較されたし。
    http://www.geocities.jp/qsshc/cpoem/qianziwen/s15.jpg
     どちらも普通の草書だが、大抵は「敬」の「攵」を「く」状に書く。敢えて一歩手前(行書寄り)の草略に戻すとは考えにくい。また「苟」の草冠では二つの縦画が短い横線に連なる「フ」型となり、その痕跡があらかた筆意に残る筈。他方、「敷」は「甫」下半分の囲みを左右の点に草略する(「車」型の造字構造における点画痕跡のマッピング)。だから一歩手前に戻した場合、二つの点は元の囲む形へと近付く事になる。~これらの具体的字例は各種の書道字典で確認できる。孫過庭の書譜では『中国法書選38』(二玄社)の場合、「子敬」(王献之の字)はP.5やP.7など多数、「未敷厥旨」はP.26に見ゆ。
     草略は総て、徹底した理詰めの説明が可能な筈。それを端折る教員や書家は、単に仕事を怠けて居るだけ…と難じたいところだが、うまく言葉で説明できないのが実情だろう。或いは「読めなくて当然」「所詮お稽古」型の、反‐学問的な圧力に屈しての事か。…ただ書いてみせられて、何かを求める様な目で「な?」と言われてもねぇ。あたしゃ文章による説明工夫にネット上の十数年を費やしてきたけれど、読み手の読み方がどうなっているか、相変わらず不安で仕方がない。もっと精密な解説が出来ないものだろうか。今後も自問自答は続く。
    【2015/06/17 06:11】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    パソコンの許容量がいっぱいいっぱいなのか?
    なぜかコピペができませんでした。

    読み手にもレベルの高い低いがありますからね。
    頭の良い人が察することと、
    幼稚な私のような人間が理解することでは雲泥の差がありますから、
    常に中学生にもわかるように・・・よろしく。

    【2015/06/19 09:00】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (或いは愚痴)
     読み手の読み方…聞くに聞けない話ではある。「この字はどう読むの?」と聞きたいのではない。「どの様にして」すなわち方法を、読むプロセスを根掘り葉掘り聞いてみたい。差し詰め「パッと見た文字映像を、記憶にある辞書的イメージと照合して文字認識する/同定する」とでもしてみるか。これでは全く足りないし役にも立たない。文字映像を、どの様にして記憶と照合するのか事細かな説明がないと、人それぞれの傾向や差異が分からない。例えば草書の読める人と読めない人の、読み方/見方の違いが分からない。楷書や活字を見た時でも皆、草書が読めても読めなくても差異なく、同じ方法で読むのだろうか。
     …今は昔の世紀末。質問下手な苹が質問し終わる前に、少しずつ順繰りに聞こうとしたら逃げられた事がある(つまり質問未遂)。本人にしか分からない事を聞き出すのは難しい。「何故そんな事を聞く?」と聞き返されたら、更に話が長く/クドくなる。同僚でなく生徒に聞けばよかったのか?…いや、たぶん無理だろう。きっと言葉が出てこない(語彙/表現力不足)。大学生相手でも駄目だったら大学教官なんざお手上げで、さりとて代わりに隣の研究室の扉を叩こうものなら、「忙しいのに構って居られるか!」と喧嘩になりかねない。相手が忍耐強い人ならば、黙って最後まで質問を聞き終えた途端…あんまり想像したくないナァ(穏和な人が鬼の形相…修羅場…)。
     レベルが高いとか低いとか、そんな事はどうでもよい。ありのままで(♪)どう読んでいるかは本人にしか分からない。私も私の読み方しか分からない(まだ分かりきってない)。そこが只管もどかしい。カミングアウトしてくれるなら有難いが、大抵は意識すらすまい。「ならば先ずは」と事ある毎に、自分の読み方を別の言葉で噛み締めようとする。それすらウマク出来ない様じゃ、全く先が思いやられる。今は草略体がターゲットだが、その先には難関の楷書/活字が待ち構えて居る。楷書の読めない幕末庶民が草書変体仮名交じりをスラスラ読むなんて、現代人にしてみれば想像を絶する話ではなかろうか。
     その秘密を解き明かしたい所なれど、脳機能研究に頼りたくても今は被験者が居ない(世代ごと絶滅…抑も最初の研究論文は国語教育の変体仮名廃絶と同時期の「三浦謹之助:臨床講義.医事新聞584:249-256,1901」だし)。さりとて新生児を幽閉監禁教育して幕末版本だけ読ませて楷書や活字に全く触れさせず純粋培養、十数年後には人間モルモット…てな提案を真に受ける人は居ないだろう。やったら顛狂右翼(?)のレッテル貼られて新聞沙汰、どのみち牢屋にぶち込まれるに決まっている(因みに苹は結婚すら出来てない手遅れ…理由は想像に任せてみる)。
     また~畢竟こんな具合だから苹は、あきんど様に返信したくても出来なくて、その前に先ず自省/躊躇/狼狽せざるを得なくなるんだろうなあ…たぶん。

     余談。
     しつこいのか未練がましいのか自分でも分からんが、こうしてダラダラ芋蔓式に連ねて居ると自然、各稿の間にキーワードを仕込む形となっていく(首吊りと干し柿、地図と点画マッピングなど)。どれも潜在イメージの為すが儘で、気付かぬうちに誘導されていく心地がする。コレ本当に私が書いてるんだろうか?…「中の人」なんて居ないのに。
     幻聴ではないのに限りなく近いものが、誰かの様に無言で囁きかける気がせぬでもない。ふと着目したものが十年後には無視できぬ形となっていた事はザラにある。軽々かつ中途半端に漏らして軽蔑された経験が度重なると、「あのとき黙っときゃよかった」との憎悪(?)がいつまで経っても身を苛んだりする。例えば~どんなテレビを見てるか酒場で問われて「電波少年」と答えた教職当時は、映像効果(顔が伸縮変形)や「進め」→「進ぬ」に着目していたのだろう(当然、書道絡み)。

    (附録)
     前掲ネタの「敷和」について。~黄庭経の絡みだったみたい。
    http://aeam.umin.ac.jp/siryouko/digitaltext/somon.htm
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    ◆氣交變大論篇第六十九.
    帝曰.
    夫子之言五氣之變.四時之應.可謂悉矣.
    夫氣之動亂.觸遇而作.發無常會.卒然災合.何以期之.
    岐伯曰.夫氣之動變.固不常在.而徳化政令災變.不同其候也.
    帝曰.何謂也.
    岐伯曰.
    東方生風.風生木.其徳敷和.其化生榮.其政舒啓.其令風.其變振發.其災散落.
    南方生熱.熱生火.其徳彰顯.其化蕃茂.其政明曜.其令熱.其變銷爍.其災燔焫.
    中央生濕.濕生土.其徳溽蒸.其化豐備.其政安靜.其令濕.其變驟注.其災霖潰.
    西方生燥.燥生金.其徳清潔.其化緊斂.其政勁切.其令燥.其變肅殺.其災蒼隕.
    北方生寒.寒生水.其徳淒滄.其化清謐.其政凝肅.其令寒.其變凓冽.其災冰雪霜雹.
    是以察其動也.有徳有化.有政有令.有變有災.而物由之.而人應之也.
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    【2015/06/22 06:07】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    (認識、一歩進展?)
     二十年以上前、書道の合間に明朝体活字を真似てみた事がある。會津八一(1881~1956)が昔それをやったらしく、また明朝体と云えば文字デザインの元は顔真卿の所謂「顔法」。書けない事はなさそうだと思い試したけれど、やはり作品にはなりそうにない。書道では禁忌の手口だからである(苹の思い込みでないなら「暗黙の諒解」)。アチラもコチラも既に活字の時代で、幕末の御家流は遠くなって居た。してみると~活字が書道に相応しくないのと同様、或いは御家流も当時そうだったのではないかと思えてくる。
     幕末当時、今の活字に相当するのが御家流だったのでは。「余りにも普通」であり過ぎる(流派意識の全体的蕩尽)、ただし絶妙なバランスで「過剰に普通」ではない(流派意識の個別的潜勢)が故に、これまた絶妙な無意識の下「書道趣味には当て嵌まらない」まま字面は残り、流派意識は字面から取り残される。~行書や草書を大雑把な書体概念の括りと見れば、確かに筆写の自由度は高かろう。しかしナントカ流となると様相は一変、自由に書けば即「流派からの逸脱」を意味してしまう。この違いを見落としてはならない。流派の厳密さは或る意味「フォント」概念の先蹤をなすかの様でもあり、変化の理念的形式が厳密に不自由であればあるほど、いっそう読みやすさが担保されて自由となる。
     自由と不自由を同義または同語反復の鏡像と見れば、両者を区別する方がおかしい。それよりは両者に付け加えられた夾雑物の方が、自由の主人であり、不自由の主人であり、決して交わらない事を担保する。そう考えれば「自由な奴隷」という拙稿上の概念も、あながち荒唐無稽とは云えなくなってくるのではなかろうか。
     もちろん話はそれで済まない。流派や書風には色々あるのが今は当然とされているが、御家流の頭抜けた規範性/唯一性が全的規模で極端に定着したら何が起こるか。…もしかしたら苹は、書字と活字を対比し過ぎたのではないか。活字とは異質なものとして書字を扱うべきでなかったのなら、書字規範の印刷文字は文字通り「印字」(整版)であり、それを「活字」(活版)と混同したがる無意識の誘導に苹は抗えなかった事になる。おまけに整版の版下も活版の字母も共に手書きで、どちらも明治初期は楷書への規範移行期とあらば尚更、紛らわしい事この上ない。
     それらを悲観的または自虐的に見る所から日本の「近代的自由」が始まったのかどうかは不明だが、苹らしさ満点の臭味を湛えつつ「敢えて」書道の側から定点観測するならば、自由と不自由を規定するものが文字認識の悲劇(?)と関係があるらしい事くらいはどうにか推測できてくる。
     こちら(↓)を感銘深く読んだ後、そんな事を考え始めた。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1538

    (音楽ネタ)
     以下蛇足。~「レコ芸」1990年の新譜一覧によると、上掲「西尾全集」感想稿中にあるバーンスタインのは、こんな具合だったそうな(LD↓)。当時CDではバレンボイムの東独市民向けBPO無料コンサートのも出た(壁解放三日後の1989.11.12午前11時開演)。東のマズアは後にライプツィヒからニューヨークなどに活動の場を拡げた。
    --------------------------------------------------------------------------------
    ●字幕スーパー付き(①②のみ)。ベルリンの壁崩壊を記念して、ユストゥス・フランツの企画で、クリスマス・シーズンに2回の「第9」祝賀コンサート(12月23日西ベルリン、25日東ベルリン)が開かれたが、これは25日のコンサートをライヴ収録したもの。冒頭にベルリンの壁崩壊にわく市民の様子が写し出されている。演奏にはバイエルン放送so.&同cho.を中心に、東西ドイツ分割の当事国のオケ、合唱、独唱者が集まっている。CDが先に出ているが、③のみの収録で、演奏後の拍手も短くフェイド・アウトされていた。当ビデオではたっぷり収められている。なお、バーンスタインは最終楽章の「歓び(Freude)」を「自由(Freiheit)」と歌詞変更している。ディジタル録音。テープはセルorレンタル商品。
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    http://www.youtube.com/watch?v=IInG5nY_wrU
     ルーマニア出身ではチェリビダッケが先ず思い浮かぶが、戦後ベルリンでアレコレあったのはチャウシェスク以前だからコリャ別の話になるのかな。因みにチェリもエネスコも、ちと調べたらユダヤ地域のヤシと繋がるのが興味深い。他にはシルヴェストリの印象が強烈だった。チャイコフスキーsym.4冒頭ぶっ飛んだ(↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=0WTJFxGywKg
     バーンスタインのは、取り敢えず冒頭まとも(1989↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=KKlHdhf0k6g
    【2015/06/27 20:27】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     前稿本題の続き。~チョイと言い方を変えてみる。
     同語反復の罠と云うか網目と云うか、時間的な「朝三暮四」も空間的な「五十歩百歩」も、区別する側にしてみれば印象の差は大きい。それと似た事が書字規範と活字規範の間にもありそうで、人為操作の露骨な活字規範(「康煕字典」)に準拠すると、書字規範の肩身が狭くなる。例えば「旧字体より古くからある新字体」と表現すれば新旧の順序が顛倒して混乱する一方、旧字体を「篆書に遡って捏造された楷書的な擬装印字体」とでも説明すれば、字の印象が「正統的」理念と「正統的」字面との間でガラリと変わる筈。
     そうした認識変化/混乱を阻むのが、現代人には得体の知れぬ反歴史的/反進化的(?)な「くずし字」だったりするだろう。活字規範なら旧字体と新字体の違いが分かっても、「くずし字」を十把一絡げにすれば草書と御家流の違いが分からず、「筆写の自由度が高い」という印象/認識だけが「混乱なく」残る。しかし活字の場合だって、混乱なく覚えてきたつもりの漢字群からいきなり「旧字体を拾い出せ」と言われたら、新字体で育った世代は正解できるかどうか。…苹は自信がない。書道のそれが邪魔をする。
     あたしゃ教育上の多様性に於て散々「書道と云えば流派」型の認識を貶してきたが、実用上それも一面の真実ではある。有り体には「書き癖」の集団的規範だから、それ自体が判読の手懸かりになる例は多い(…どころか、或いは殆ど?)。癖の法則が分かるから読める。他の筆跡(流派)と見分けられる。ところが無手勝流だと読みにくい。規範と癖の区別が付きにくく誤読しやすい。漢字と仮名のごちゃ混ぜ文語表記が自然に流派を要請したのは、支那より切実な可読性の事情があったからとしか考えられない。なのに開国後は盲目的に支那書道(と平安朝の古筆)を祭り上げ、「完成度が高い」江戸時代の書字規範を官民一体、自己から遠ざけてしまった。
     その点、件の産経記事は気が利いている。「同時期の公文書研究の諸資料からは、--との記述が散見された」と書いてある。挟まれた部分には「読むのに難解で筆写の自由度が高い御家流の書体を排除し、分かりやすく簡潔な楷書体の奨励に結びついた」とあり、当該研究者達の「近代的に歪んだ」メンタリティが読み取れる(つまり、記者自身がそう思って居る訳ではない?)。…私は一読して舌を巻いた。記者の見識/レベルが高いのか、表現が正確で簡潔。それより何より、戦前から続く国語左翼(?)の系譜に毒されていない可能性が高そうで続稿への期待が膨らむ。
     単に草略系の書字が「難解」なだけなら、漢字だらけの支那(台湾を含む)はどうなるのやら。簡体字は「繁体字を簡略化」した字体だが、草書を楷書化した字形が日本の新字体より多い気がする。草書自体が二千年の歴史を持つ草略体=簡略体なのに、従来通りではイケナイ事情でもあったのかしら。~片や日本は草略そのままの字形で平仮名を活字化したし、稀には草書の活字も見受けられた。フォント時代の今ともなれば、様々な書体(行書や隷書や篆書もどき等々)や書風(?)のが出ているが…問題はユーザーが「読める」か否か。そこが日中共々、近代化後遺症のネックとなるのだろう。(同じ消化不良の仲間らしくても、韓国の場合は…未だ論外のまま?)

     かなり乱暴に云うと、明治以後の近代学校教育は「未開で後進的な日本文化を排斥し、高邁で先進的な西洋文化に染め上げる」タイプの洗脳を目的としてきた(文明開化)。その習俗的特徴を苹は先日「エンガチョ」と表現した。これなら戦前の愛国的復古傾向も同時に(=「ごっこ」的に)説明できる筈。戦後にエンガチョされたのは共産主義などの政治面ばかりでなく、文化面では自虐傾向が明治から一貫して続いたどころか、占領期を経て更に強化された模様。相変わらず幕末のは読めないし、それで当然と思うのが国民ほぼ全員の常識となっているかの様な。…誰だって心当たりがあるだろう。幼い頃の、学校教育が関与している事に。
     …いつごろ流布された話かしら。「悪魔の文字」と、ガイジン連中が漢字表記だか日本語表記だかを評したそうな。アーネスト・サトウの場合はどうだか知らぬが、今は日本人の感覚でも聴講者向けには「驚きの眼差し」で捉えられているらしい(こんな具合↓)。どれだけ皆が読めなくなっているか、林望氏の現状認識が垣間見える講演記録ではある。
    http://www.yushodo.co.jp/pinus/53/forum/rinbou/rinb3.html
    【2015/07/01 22:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (愚図の四方山話)
     先週いつもの雑誌二冊、2015.8号を買ってきた。大座談会の「論壇四巨頭」は『WiLL』懸賞論文の選考委員まんま揃い踏みで、一瞬どちらが「熱の籠った討議」(P.283)なのか分からなくなる。発表結果は総て佳作で、大賞該当作が~すなわち要求水準の具体例が読めないのは残念だった。企画の言い出しっぺは西尾先生だそうで、編集長さん毎年やる気で居るらしい(…てぇ事は来年も、メンバー共通の別企画と抱き合わせる気かしら?)。
     苹はカネに目が眩んだけれど、お脳はレベルに達していないし、テーマが何であれ「書道ネタになるのがオチ」では話にならぬ。また芸術新聞社には『墨』評論賞ってのがあり、普通は誰だって「そっちに出すのが正攻法」と思う筈(ただし石川九楊の単独審査…ちと左寄りの懸念あり?)。専門雑誌でなく右翼雑誌(?)に場違いなネタを持ち込むのは、きっと何か後ろ暗い事情があるからだ。そうでなくとも書道界は変な意味で筋金入りの保守なんだから、愛があれば保守の差なんて、乗り越えられるに違いない…と。
     そうした神経が戦前(読めにゃアカン保守)と戦後(読めなくてカマへん保守)を繋いできた。そもそも明治の国際化以来、愛と正義の歴代フルムーン年齢層は日本書道を遡りつつ「糺してきた」(支那に代わってお仕置きよ?)。御家流の漢字が滅び、仮名が平安朝に都落ちして百数十年、支那や欧米の芸術理念に操られる構造自体は基本なーんにも変わっていない。対立らしきものがあるとすれば、保守的/反日的な支那派と革新的/前衛的な欧米派との隔たりくらいで、どのみち開国前の識字インフラは「そっちのけ」となる。
     そう意識して観察すると、右翼界隈(?)でも保守は多かれ少なかれ明治以後の制約に搦め捕られ、文明開化以前には未開イメージの呪縛が残る。その最大原因が書字規範時代の識字力欠如にある…と見るのは的外れだろうか。素人なりに言語学を囓ると音声言語と文字言語のローカルな位置付け共々、書道畑では手に負えなくなる。さりとて言語学や国語学などの専門分野では影が薄く、マーラーの三重喪失意識(ボヘミア/オーストリア/ユダヤ)にも似た感覚が、学際性の狭間で書道畑の故郷性/帰属意識を苛む事になる。
     今回の募集テーマ「激変する国際情勢の下、日本が目指すべき国づくり」と結び付ける「筋の悪さ」は当初(昨年末)から予測できた。しかし実証的な方向を試すと結構、別の連想や発見が数珠繋ぎに楽しめる。たぶん新しい事は書いていない。忘れた事を思い出したに過ぎないが、容易にテーマと結び付かない無理を承知で書くのは面白い。いつか苹にも応募できる日が来るかしら(←冗談)。でも当面の間、結論の要る数珠(論文という形式?)については考えないで置こう。結論は元々、数珠の〈外〉にあるのかも。

     以下、取って付けた様になるけれど。
     『正論』誌での西尾先生は、久々の「近世ヨーロッパの新大陸幻想」連載再開。食人ネタとモンテーニュの取り合わせからして連想/妄想を刺戟し、例えば首級をめぐる日本(主に戦国時代?)と「イスラム国」とのローカルな比較など色々と。またユグノー戦争の話はナント勅令廃止後のプロテスタント移民、フランスからイギリスに海洋覇権の力関係が変化し始めた背景(科学技術との絡み)へと繋がりそうな気がして、今後の連載がどんな組み立てになるか楽しみでやんす。
     新大陸幻想と大規模移民との関係で云えば、ユグノー戦争とナント勅令廃止とナチス政権樹立がそこそこ系譜的に見えてくる。プロテスタント移民と並行してユダヤ/ロマ移民。後の逆行ルート(?)としては西洋へのイスラム移民。そこにシナ移民が加わって三つ巴って事になるのかしら。中国民間における拝金主義の宗教化(?)は結構リベラルかも知れないし、また政権側~ソ連崩壊後のポスト共産主義(?)自体がリベラル化するかの様なニオイにも、差し当たっては米国/金融との関わりで着目したくなってくる。

    (余談)
     在特会のヘイトスピーチが問題視されてから、どれくらい経つかしら。
    http://www.youtube.com/watch?v=gmekN39mnFY
     ちと発見。勘違いかも知れないが、ヘイトソング(?)ってのもあるんだなあ。ポーター作曲のミュージカル《キス・ミー・ケイト》より、「男なんて嫌い」(↑)。スピーチの方とは全くニュアンスが異なる(らしい?…苹は英語が嫌い♪)ものの、取り敢えず歌詞の通りには、見た目そのまんまヘイトかも?
    【2015/07/13 05:30】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹さん
    昨日のニュースで、古い文献の文字を読めるソフトが開発されたそうです。

    「あ」でも300通りくらいの「あ」を想定し、
    瞬時に解読していくソフトで、
    読まなかった人たちにも、古い文献を参考にすることができるそうです。

    ヘイトスピーチというなら、
    世の中の「負」の言葉はすべて不要になってしまいますよね。
    【2015/07/19 09:59】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >古い文献の文字を読めるソフトが開発
     どれどれ…どこだろ。これ(↓)に近い話なら、なんとなく見かけた様な気も…。
    http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20150703_710160.html
     ふと思い出した。2009年刊の『歴史知識学ことはじめ』(勉誠出版)第八章「歴史知識学の意義」に、こんな記述がありました(P.129~130↓)。文は松岡資明。文中の「林氏」は京大の林晋教授。色々な研究開発者が工夫を凝らしてる様で、そちら側からの知見も書道畑の参考になりそう…でも理解できるかどうか(汗)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > SMARTの詳しい原理は門外漢にとっては「理解の外」ですが、簡略化して表現すると、手書きのテキストをイメージ情報としてとらえ、あたかも活字化したテキストを扱うのと同じように扱えるようにするシステムと言えます。たとえば、字句に注釈を加えたり、下線を引くなどといった操作を行っても、元資料は全く影響を受けません。ですから、国立国会図書館がネット上で提供している近代デジタルライブラリーの文書に自由に線を引いたり、書き込みをしたり、リンクを張ることを技術的に可能としています。北大の田中譲教授の研究室が開発したサーチ・エンジンと組み合わせ、一つの字句を指定して全文中からよく似た字句を探し出すといったことも可能です。
    > 林氏はこれを「テキスト・イメージ・サーチ」と呼んでいます。この技術を使えば、日本語のテキストのくずし字も、比較的容易に読めるようになると思います。もちろん、ある程度の修練は必要でしょうが、人がテキストの実物、もしくはコピーをにらみながら行うのに比べてはるかに短い時間で類似した形の字句を大量に拾い出せますから、前後の文章から読みを推定するといった作業ができるようになります。
    --------------------------------------------------------------------------------
    (附録↓)
    http://www.shayashi.jp/
    http://www.shayashi.jp/IAmHistorian.html
     それはそれとして同書中、より具体的な別の話では第五章「翻刻支援システム」が興味深かった。ただし参照字例は既に「書かれた」後の痕跡で、これから「書かれる」上での生成システム(主に筆順や筆脈が関与)が担う領分とでは、それぞれ判別根拠への関わり方が微妙にズレるかの様な直観も絡むから一見おぞましい。そこでは「書かれる筈のものが書かれなくても読める」という、謂わば相互諒解を前提した書字行為の省略が字画の草略を司る。「書かれたもの」が「書かれている」とは限らない所に、阿吽の呼吸にも似た「読み」の省略をも兼ねる場合だってなくはない。極端な場合は証拠すら残らない(書かれたら証拠になってしまう…それが何を意味するか?)。
     「読む」以前の諒解を「確認する」。…そんな事まで一々考えると、或いは埒が明かなくなるかも知れない。でも書かれていないものは仕方がない。書かれたり書かれなかったりする事で、「書かれたもの」の自己限定が「読み」さえも制御するのに、迂闊に書けば却って墓穴を掘ったり…と書いたら思い出した。誰だったか有名指揮者が、昔「(棒を)振り過ぎるな」とアドバイスされたそうな。演奏するのはオーケストラで、指揮者ではない。政治方面では「誤ったメッセージを送る」との言い回しがあるけれど、あれもこの類に近いのでは。そこに「読み」の恐ろしさが潜む。にもかかわらず一々丁寧に書かずには気が済まなくなった常識人達は、やがて精密な枝葉末節の罠に囚われていった。
     字形の瑣末な差異を根拠に別の字と識別し採点する傾向は活字時代以降(中でも敗戦後)に目立ち、そうした見方/仕方に慣れてしまうと何事も「正しくなければ気が済まなくなる」。しかも理知的認識の範囲を執拗かつ厳密に狭めようとする癖がある。理解の基準がそのまま表現の基準となり、表現を基準とした理解が破綻すると表現の方に原因を疑い批判したくなる。表現に間違いがあるなら、間違っている表現がありのまま正しいのに、理解(常識?)の基準と合致させたがる。つまり前記の意味ではない「読み」の省略が所謂「伝言ゲーム」状の顕在的表現を潜勢/隠蔽するかの様に、表現自体の省略すなわち「沈黙ゲーム」へと退行していく…。
     こうした言語思考的な網の目を十把一絡げの「日本的」特質と見れば、開国前との共通点ばかりが自ずと目立つ事になるだろう。しかしそれと同じくらい、差異の方は認識の常套から外れ、歴史の彼方へと忘れられ/雲隠れしていくに違いない。~そう云えば先日、「日録」コメント欄(↓)で池田様が「明治の、たとへば日清戰爭に到るまでの日本の政治家や外交官たちのこと」に言及して居た。時代が時代なだけに、こちらの視座との間柄が動画内容に負けず劣らず気になった。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1541
    【2015/07/24 00:38】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (雑記~ムスリム/ロリータ/西尾先生)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1252.html#comment
     八月になってしもた…このところ西尾全集の購入が遅れて居る。さっさと11巻に追い着きたいが、その中に収載してありそうなのを旧稿経由(「2012/02/18 20:23」稿↑)で読み返すと、延長上こんなの(↓)が出てきたりもする。~ドゥルーズ『狂人の二つの体制1983-1995』(河出書房新社)P.253~255、「リベラシオン」紙1989.10.26付。
    --------------------------------------------------------------------------------
    リベラシオン――あなたは、教育施設におけるムスリムのスカーフ着用についての議論の拡大に驚かれましたか。
    ジル・ドゥルーズ――スカーフ問題、女の子の頭を隠すか隠さないかについての学校における戦争には、ひとをいらだたせるようなユーモラスな面があります。スウィフト以来の、半熟卵を平たい側からわりたいひとたちと、そうしたくないひとたちの諍い、たたかいのそんな動機は想像されなかったものです。いつものことですが、少女たちの自然な願望は、奇妙にも反世俗的な親の抑圧によって強まってしまうようです。あの少女たちがそこまで執着していたのかということは確実ではありません。事態があまり笑えなくなってしまっているのは、そこなのですけどね。
    ――冗談はよして、あなたは、この事件が、フランス社会において真の議論に対応するような帰結を生みだすことができると評価なさいますか。
    G.D.――まずイスラムのさまざまな共同体のさまざまな願望や要求がどこまでいくのかということを知ることが重要なのです。第二段階で、クラスじたいのなかでムスリムの祈りの権利の要求をするところまでいくのか。さらに第三段階で、イスラムの権威にたいして攻撃的だというわけでラシーヌやヴォルテールのようなテキストを非難しながら、文学教育についてたがいに議論がまきおこるようなことになるのか。つまり、重要なのは、イスラムの諸共同体がどうしようとしているのかということを知ること、それらが世俗学校を受けいれるか、受けいれないかということを知ることです。それを知るためには、彼らにそれを尋ねなければならないし、彼らはこの点について場合によっては契約しなければならないのです。アラブ諸国における世俗化の動向を思い起こす必要があるでしょうか。アラブ人や、アラブ出身のフランス人は自分のアイデンティティーを知るために宗教しかもちえなかったと考えるべきではありません。さまざまな宗教は、それらが喚起する無神論者の品位や勇気によってまさに価値があるのです。
    ――市民社会に対する一連の宗教的な攻勢のなかに、あなたはこの事件を位置づけていらっしゃるようです。
    G.D.――つまり、準備された企てがあったのかということであり、スカーフはその第一段階にすぎないのではないでしょうか。私たちは最終的に、こう説明をうけるかもしれません。世俗的学校はイスラム教徒の諸権利を満たさないのだから、世俗的国家によって融資をうけるコーラン学校があるべきであると。なぜなら世俗的国家はすでにキリスト教学校に融資しているのだからと。私は、キリスト教の学校を国家が維持することや、そのために援用される言い訳を耐えがたいと思っているひとりなので、コーラン学校への時宜的な出資へ難なく抗議するでしょう。こんにち、諸宗教が連携して、動揺している非宗教性をまたも糾弾することはありうることです。もちろん、それはたんにスカーフの話にとどまらないとしてのことですが。
    --------------------------------------------------------------------------------
     …先日オドロいた。話題になった日本鬼子(ひのもとおにこ)ばかりでなく、なんと最近は「ISISちゃん」なる萌えキャラまであるんだそうな(↓)。他には「ムスリムロリータ」(!)ってファッションも…何がどうなっているのやら。
    http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/21/isis-chan-anonymous_n_7845338.html
    http://www.cnn.co.jp/tech/35067864.html

     それはそうと、西尾先生の続き(↓)を見た。
    http://www.youtube.com/watch?v=1xU0mW5zOfg
     江戸時代の、支那に対する鎖国。~明治の開国は西洋のみならず、支那に対しても同様の開国を意味した。書道畑には皮膚感覚で知れる筈の常識でも、嘗て歴史教科書で学んだのは西洋相手の話ばかり。そこが周囲との間で底深い軋轢の種となる。よほど険悪にならない限り表面化しないものの、やはり日本人は西洋化したのだナと、奇妙な歴史的断絶を意識せざるを得なくなる。
     それと似た感覚が、対支鎖国による日本のアイデンティティー確立「予備」に及ぶ所までは思い至らなかった。確認の契機は先ず無意識のうちに拙速な意識化を阻み、やがて突如として意識の表層へと騰る。ここでは紹介状(または資格/免許/学歴など?)を媒介する人間関係の様な、二重の接触/契機が要るのかも知れない。恰も多様な紹介システム(?)に、多層ゆえの分裂/断絶を刻む契機が内在するかの様な。~そんなふうに聞き取れた動画でござんした。
    【2015/08/02 05:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     宮崎メルマガに九月の講演会案内が載っていた。見ると新たな文章が加わっている(↓)。いざ直球のをザックリ読むと、拙稿の側に過誤はないかと不安になってくる…。
    http://melma.com/backnumber_45206_6247014/
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 演 題: 「昭和のダイナミズム」
    >  -歴史の地下水脈を外国にふさがれたままでいいのか-
    > 拙著『江戸のダイナミズム』を前提に、江戸時代に熟成した日本の言語文化は明示・大正期に西洋からの影響で一時的にぐらつき、昭和期に入って反転し、偉大な「昭和のダイナミズム」を形成した。ここでいう「昭和」は戦前と戦後をひとつながりとみる。戦争に向けて「昭和文化」は高揚し、世界に対し視野を広げ、戦後も二、三十年間はその余熱がつづいた。明治維新も敗戦も切れ目とは考えない。(西尾幹二)
    --------------------------------------------------------------------------------
     …あらためて確認すると、確かに明治維新を「切れ目」と見るのには難がある。御家流(草略体)から唐様(楷書)への転換は「官」側の都合で、「民」は相変わらず堂々くずして読み書きした。御家流が概ね消えた後の明治33年、学校教育では本格的な「ぐらつき」が始まったが、大正も昭和初期も実用書道本は唐様の草書や変体仮名だらけだった。床の間のある家には掛軸が普通。片や文体は所謂「言文一致」ムーヴメントに揺さぶられたものの、草書や変体仮名がデフォルトの環境だと書字/書字間の差異は書字/活字間のそれより目立たない。かつ唐様は一般に、仮名より漢字に向いて居る(当たり前だ…)。
    http://www.tetsukuro.net/nagautaed.php?q=27
     維新後の「新しい」教科書類に出てくる漢語は俗な往来物よりずっと難しいのに、うち一冊を作った萩原乙彦あたりは寧ろ、新時代に相応しくなったと悦に入っている。和製漢語がどんどん増えて、漢語ブームは場末にまで浸透(例↑)、もっと簡単にしろと巷から文句が出たくらい甚だしかったとやら。もちろん日本の支那化などではなく、日本語が漢字/漢語を融通無碍(勝手放題?)に取り込んだ。しかし目新しい漢字の草略には不慣れな面も多々あろう。明治フタケタ期に入る頃の印刷技術は既に活字化し、筆記具は毛筆から硬筆に移行しつつあった(学校教育では1920年頃までの間)。
     活字環境の「読み言葉」が当たり前となって久しい大正時代、漢語や習字(「書き言葉」の教育)は衰退傾向にあったらしい。明治初期の漢語ブームと比ぶれば隔世の感かも知れないが、ブームの方が極端かつ異常だったと見るならば、幕末期の漢語普及状況と同じくらいには、愕然とするほどではなかったのだろう(まして現代人と比べれば?)。思えば支那そっちのけ、いつも漢語はモダンでハイカラだった。デタラメ漢語に至っては、戦後三十年以上を経た暴走族さえも魅了した(夜露死苦!)。

     そんなふうに見てくると、たかが「言葉の揺れ」や書字程度の事(表層)で言語文化の骨子(深層)までもが変質するとは考えにくい。深層構造下の文字概念と多様な表層文字像の繋がりが切れて読めなくなったのなら、また繋げ直せばよい。従って「致命的な変化ではない」。尤も、書字から活字への「読み言葉」の変化や仮名の「一音一字」化は反面、史料/歴史的表現の幅を切り捨て無味乾燥にした功罪を否めまい。予兆は江戸期の出版文化に胚胎していたと弁明する事もできようが、無論「書字と印字は別物」と云えるほどの隔たりはなかった。しかしながら現代人にとっては目下「隔たり」に「隔てられる」感覚が先天的な環境となっており、ひいてはそれが見た目の「切れ目」と映っても仕方ない筈。
     …或る喩えが思い浮かぶ。隣の方言との差異は殆ど気にならない。そのまた隣の方言とも差異は小さい。しかし更に隣となると、だんだん怪しくなってくる。どこかに切れ目がありそうに思えてくる。これは錯覚だろうか。組み合わせ、取り合わせの問題/距離に切れ目が生じる場合もあれば、表層の切れ目それぞれが繋がって深層の巨視的な一体性に包まれる場合もあるだろう。そんな具合に依然として切れ目の感覚は残る筈なのに、切れ目の有無を感覚的でない領分から云々するのはどこか憚られたりする。~西尾先生の場合、切れ目とは考えないとの事。次第によっては困った事になりそうでもあり、聞けば/読めば納得できそうでもあり。
     講演内容、来月の「日録」には載るのかなあ…。

    (追記~同日19:30頃)
     萩原乙彦の件、画像を発見したので紹介する(↓)。また学童向け競書誌記事から平易な現代文概訳を転載する。(勝手応援板「155 二題 苹 2004/04/13 02:38」稿より。天バカ板に既出。)
    http://base1.nijl.ac.jp/~kindai/img/NGTK/NGTK-00476/NGTK-00476-02.jpg
    http://base1.nijl.ac.jp/~kindai/img/NGTK/NGTK-00476/NGTK-00476-03.jpg
    「夕立がやんで涼風が起こり暑さを一時忘れていた時、本屋の万鐘房の主人が訪れて、子供の学習に役立つような新しい本を書いてほしいと頼まれた。人は先ず下学(身近な所から学ぶこと)しなければ深い道理に達しない(論語にあることば)と私はよく人に言っている。それについて、文安年間(室町時代の初め)に作られ、寛文年間(江戸時代の初め)に訂正出版された『下学集』という本があり、また、正徳年間(江戸時代の中ごろ)には『新撰下学集』という小さい本も出版されて子供の学習の役に立ってきている。初めて学習する者にはなお不足なところもあるが、しかし、ほとんどの人はそういう本があることさえ知らない。ここにもう一つ『消息往来』という本が出版されていて、これは皆知っている。しかし誰が書き著わしたものか判らない。その文章の体裁は俗っぽく、字句の分け方もまちまちで、まるで文に成っていないが、寺子屋の先生は、ほとんどこの本を使って子供を教えている。しかし世の中が一変し、手紙を書くことが多くなってきた今日では、『消息往来』はやめるべきであるが、相変わらずそれを手本にして「一筆啓上」と書き出し、返事には「御華墨(手紙のこと)拝見」と書いているのは大変時代おくれでおかしいことだ。新しい本を作りたいという本屋の考えは、ここにあるのであろう。そこで、子供のための本としては、あまり難しくなく煩雑でなく、しかもその『消息往来』を参考に手紙用語をのせるようにすれば、これまでの本に慣れきっている者にも理解しやすく、もっと深い勉強にも進みやすいと思うので、そのような考えのもとにこの本を作った。幸いに、これから学ぼうとする人がこの本を選んでくれて、大いに活用してくれれば大変満足である」
    【2015/08/13 05:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    今日はなぜかコピペができない・・・・・。

    講演内容と同じものがまた9月にあるそうです。
    そこでは記録をとれるので、もしかしたらアップできるかもしれません。
    【2015/08/21 10:19】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     どこまで踏み込んでよいか、戸惑う事がよくある。研究者/学者に比べれば読書量が圧倒的に少なく、調査ノウハウも経験も人脈もない。とどのつまり、知りたい事の書いてある文献に出会った事がない。そこで勝手に妄想を膨らませ、碌な根拠もないまま「内心では不安いっぱい」書き散らす事になる。…ゆえに拙論を覆すのは簡単だ。ズバリ書いてある文献を突き付ければよい。しかし一見そう見える文献も、こと既読なら尚更「疑問が残る」。そこんとこが「知りたい事が書いてない」と映る訳だから始末が悪い。さて困った。
     明治維新後に御家流が消えた。その手の事実は書いてあるが、なにしろ踏み込みが足りない。なぜ消えたのか。なぜ文人名士の揮毫は御家流らしくないのか。それとも、なにかい。実は御家流の有象無象が「たんとある」のに、偶々テーマに沿った「めぼしいの」だけ本に載せたら御家流が丸ごと割愛され/消えちまったとでも?…もしそうなら、選別家/研究家の諸氏には本当の事を白状していただきたい。自分の研究テーマについて書くのは或る意味、それ以外を書かない事でもある。「結論の要る数珠」の様な論理展開には振り回されたくない。
     話は変わって、戦争ではどうか。
     よく悲惨な状況が取り沙汰されるが、原因の範囲が「~も含めて」から「~について」へと収束する議論はどうやら、形式的に多数を占めがちとなる模様。戦争について論じれば天変地異が除外される。そこに自衛隊を組み込むと守備範囲から戦争が除外され、果ては軍事技術の汎用性までもが宙に浮く。いづれにせよ悲惨な結果が予測されるなら統合的な対策/兵站を組み立てるのが宜しかろう。抑も悲惨と戦争とでは、どっちが主でどっちが従の論点なのか。平和を唱える突撃精神(?)には「悲惨」を前提した玉砕論理しか見えてこないし、抑も敗北と勝利の選択肢がない。悲惨を回避したいなら勝てばよいのに、どうした訳か「戦ったら負け」が予め結論に据えられて居るかの様な。
     「勝つと思うな、思えば負けよ」…てな歌があったっけ。なんか意味が違う気もするが、苹は只今スランプ気味だから、ここらでひとつ戯れ言でも。「訪韓頓首鳩。九拝猶不足。」
     天バカ板の旧稿群は、最新のがこちら(↓)。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=10978933

    (近況)
     或いは熱中症だったのか、検査の結果「どこも悪くない」らしい。婆様ぶっ倒れて入院した(昨秋、爺様が死んだ病院)。~その夜、電話で朝四時過ぎに叩き起こされた。「家に帰りたい」と騒ぐんで困ってるそうな。身体拘束の承諾書を書かされた後、取り敢えず外出の扱いで家に連れてきた。それから一騒動あって十一時頃、病院に戻った。夕方四時過ぎにまた電話がきた。すっ飛んでったらエレベータの前、三人の看護師(三勇士?)に囲まれた婆様が病院着のまま、荷物を持って仁王立ちしておった。入院手続き完了から退院手続き完了まで正味五時間。2015.8.19の出来事でござんした。
    http://www.youtube.com/watch?v=GGQnujAG_CI
     へなへな車椅子状態なのに、点滴するとシャキーンとなって騒いでたみたい(頭は混乱)。ここ数日は点滴なくとも、頭は通常通りで一応チャカチャカ動き始めてまっす。
    【2015/08/29 23:14】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    気性の強いばあさま・・・・ほど、周りが困るものはありません。

    うちの母のことが思い出されます。

    母を拘束したこともありましたっけ。
    で、睡眠剤を打っても、なかなか静かになりませんでした。
    で、暴れる暴れる~~~
    私が忍者のように、母が付き添いさんと外出する隙をみて、
    父の洋服を取りに帰ったことがありましたっけ。

    「家」にみんな帰りたいのですね。
    父は家にいるのに、施設にいると思っていたりしますが・・・・・。
    【2015/09/02 09:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (近況~脱線)
     うちの婆様は海軍病院に勤務し、田舎病院を経て養護教諭になった。よく「ヘビ年だから執念深い」と言っていたけど、西尾先生との絡みで名前が出てきそうな同い年はどうなのかしら(例えば村松剛、加賀乙彦、谷沢永一といった面々)。
     ~ともかく入院中は頭が混乱、昔と混同していた節がある。当時は往診が多かったし救急車もなかった。感覚は今の医療システムと大違いで、個人病院との付き合いの長さを重視。工業高校では切断事故が屡々あり、海軍病院での経験が重宝されたそうな。そんな頃のイメージが残っていたのだろう。婆様本人、今も入院前後の記憶は一切ないらしい。
     保健室に、機械科の先生すっ飛んでくる…今なら大問題になるんだろうな。この半世紀で大きく変わった。昭和のメリハリは多種多様、都会あれば田舎あり。その田舎に国土防衛のインフラ、海軍病院は下北半島の大湊にあった。皆「お母さん」と言って死んでいったそうだが(特に階級が上の人)、退院後に初めて聞いた…それは母親でなく妻を指していた模様。包括支援センターの人が研修の短大生を連れてきた時、そう述懐していた。
     死に際の、「陛下万歳」でなく「お母さん」。~少年「苹」が聞いた時は、年齢相応に母親を思い浮かべたものだが、妻となると微妙に意味が違ってくる。これだから言葉は難しい。語り手と聞き手の認識が同じとは限らない。子供に伝える活動は盛んらしいが、大人と子供の理解には不可避の裂け目があるだろう。それを思うと韓国の、今ああなった理由が汲み取れそうな気がする。
    【2015/09/07 05:35】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    (備忘録~西尾先生の「放置ぷれい」)
     「日録」2015.5.1稿に、「加藤康男著『昭和天皇、七つの謎』の書評を産経新聞に出します」との予告があった。で、その通りになった。ただし載ったのは2015.6.7付だった。すると疑問が残った。…「放置ぷれい」したのは、どっちだろう?
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1523
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1535
     …それにしても不思議だなあ。新聞では普通、どれくらい前に原稿があがってくるのかしら。中には上記のごとく、暫く寝かせる(?)場合もあるのだろう。云うなれば「読者の知らない世界」、編集部のヒミツでござんす。ならば或いは円城氏のも?…産経「正論」欄の西尾幹二「言語を磨く文学部を重視せよ」(2015.9.10付)掲載後/読後に書かれたのでなかったなら、偶然の「原文ネタ」近接が興味深い。
    http://www.sankei.com/west/news/150912/wst1509120045-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2015.9.12 17:00更新
    >【芥川賞作家・円城塔の脱力ぶらりぽろり旅】
    >現在の文章、100年後には…
    >(1/2ページ)【円城塔のぶらりぽろり旅】 .
    > 「変体仮名」を読む練習などをはじめた。和歌などを、にょろにょろと書くあれである。
    > もっとも、100年くらい前までは、和歌とか習字だけでなく、印刷物でもごく当たり前に使われていた。今でもふつうに読める人は少なくない。
    > なぜそんなことをはじめたのかというと、まあ趣味である。これから先の50代、60代を見すえて、そう悪い趣味ではない。ちょっと仕事上の調べものをしていると、和本にでくわすことが増えてきたという事情も一応ある。ちょっと読めると便利そうだ、ということになった。
    > 昨年から今年にかけて、河出書房新社が企画した、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」に収録される「雨月物語」の現代語訳などをしていた。注釈書も多くあるから、なんとかかんとかしあげたのだが、ふと考えた。
    > 自分は活字に起こされた本を原文として参照したが、この「雨月物語」、昔の人はどんな紙面で読んでいたのか。
    > 今は便利な時代であるから、検索するとすぐにみつかる。なるほど、ほとんど改行なしの、漢字まじり変体仮名で書かれている。
    > 現代語に訳したことがあるのなら、たとえにょろにょろと書かれていたって読めそうなものだと考えるのがふつうである。
    > 自分もそう考えた。
    > しかし読めない。どこまでが一つの字なのかさえもおぼつかない。さて、自分は何を訳したのかと、少し気が遠くなったりもした。
    > 最近、漢字がやたらとでてくる小説を書こうと考えており、こちらの作業はデジタルである。めったなことでは見かけない漢字を、文字コードの中から探したりしている。自作の漢字を手書きして出版社に渡したってよいのだが、のちのちの作業が面倒くさくなりそうだ。
    > デジタルにできることはデジタルでやってしまえばよいと思う。その方が間違いも少ない。しかし、デジタルの枠にとらわれてしまうのもこわい。文字コード表の中に存在しない漢字を書くことができない世界なんて自分は嫌だし、草書体を楷(かい)書(しょ)体に直せば内容も一緒だとは考えない。
    > 活字に起こされていない和本の数は猛烈に多い。ほんの100年前に自分の国で書かれた文章を読むことができないというのは不思議なことだ。100年後、今書かれている文章を誰も読まなくなっていると想像すると妙な気分にならないだろうか。   (作家)
    --------------------------------------------------------------------------------
     和本リテラシーと云えば中野三敏。新しいのが出てないかと検索したら、これ(↓)が見つかった。半分を過ぎた頃から恒例の弁が始まる。今回の動画では、「字刻り職人」への言及が心に残った(拙稿中では木版の木村嘉平、石刻なら広瀬群鶴の類)。
    http://www.youtube.com/watch?v=DwY2i53ZT6w
     本題放置の寄り道は一応このくらいにして、後日あらためて西尾先生のを読む…。先生は先ず、あの話から書き始める。それがリベラルアーツと言語の関係へと展開していく。リベラルアーツの洋学性から日本文化を区分する無自覚な欲動(?)の前では、背景にある自己忘却の歴史~「読めない言語」の(負の)リアリティを踏まえる必要がありそうだ。

    (補記)
     …あ、そうそう。今年前半に書いた、アーネスト・サトウ揮毫の扁額「敬和」が「敷和」ではないかとする苹の「新説」(?)についてだけど、原典を見たらアレ、どう読んでも中華思想てんこ盛りなんだよナァ。それを熟知した上で東方=日本に相応しい語句を揮毫したと見るのが自然だろ。なんちゅう明敏な英国人ぢゃ(苦笑)。それに比べりゃ今の書家は、虎の巻(「墨場必携」など)から詩文を抜き出して華麗に書き散らすのが普通。昔の文人書家は漢学素養が前提だから比較にならぬ。
     この点も西尾先生の云う「文学者」の系譜に絡めて置かないと、書道畑としては先達に顔向けできない。と云うのも苹は、書道を滅ぼそうとしている自覚のない典型的な最前線兵士が「書家」~芸術書道の専家ではないかと疑って居るからである。(勿論、例外は今も少なくない筈なんだけど。)
    【2015/09/17 05:27】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    >草冠に平さん
    私にはよくわからないけれど、
    書道を滅ぼさないように、頑張ってください。
    貴方にはその役目があると思います。
    【2015/09/23 22:53】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     以下は西尾幹二「言語を磨く文学部を重視せよ」(↓)に絡む続稿。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1573
     リベラルアーツについて先年、寺門伸(ドイツ語)獨協医大サイトを紹介した。確認したら消えててビックリ、定年退職で移転したそうな。以前のはPDF形式だったが、新しいサイト(↓)は文字化けして読みにくい。いつの日か直らん(…と、「雪の降る町を」の節回しで歌ってみる)。
    http://www2.ucatv.ne.jp/~k-teras.sky/
     最初のネタから躓いて、気分転換に森章二『碑刻―明治・大正・昭和の記念碑』(木耳社)で広群鶴(広瀬群鶴)の記述を見たところ、章立て冒頭からして「現在は殆ど廃業している」(P.104)、続きも(代は違うが)結構クソミソに書いてある。そんな気分を引き摺りながら書いたら愚痴々々、こんな具合(↓)になった次第。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 巷間、大学を含む「教育」一般でリベラルアーツを意識する事は殆どあるまい。結び付くとしたら研究分野に限られ、教育分野とは関係がない。日本の場合、社会的意味における大学はリベラルアーツの場ではないし、そう在る必要もない。抑もリベラルアーツという概念がない。苹も大学のカリキュラムで学んだ記憶がない。書道の延長で美学に手を出して初めて、書道とは無関係(!)な「自由学芸」を知った。(勝手に勉強したのだから「自由」には違いないが。)
    > 最初の違和感は「アート」だろう。通常は「芸術」と訳されるが、「技法」ならまだしも「学芸」では大袈裟に過ぎる。そこに哲学まで持ち出されたらナンノコッチャのコンコンチキ、蔑視対象の格上げ逆上、大風呂敷もいいところ。遂に狂って開き直ったかと憐れみさえ覚えるのが普通だろう。アート(芸術)がリベラル(自由)ならモラルも理性も崩壊しかねない。精神病院のゴッホやニーチェか、はたまた殺人犯の徐渭、カラヴァッジョか。どのみち不遇に死んでいけば芸術家らしさ満点(モーツァルト、バルトーク…)。そうしたイメージ/偏見が日本では、確実に「芸術」の周辺で根差してる。
    > 大学教育は受験システムの終着駅で、そこから先は変人の領域。だから皆が踵を返し、程々に学位を得たら学問を捨てて去っていく。大学教授のイメージだって、実際どうだか分からない。東大から拓殖大に移った藤岡信勝は傍目にゃ格下げ職場の落ち武者だし、神戸大から京大に行った林晋(前掲)は出世した様に見えるだろう。大学の受験偏差値/ランキングが教授の格をも左右するのは、田舎感覚/大企業感覚で見れば尚更だ。何を学ぶかではなく、何処で学んだかが重要となる。
    > そんな事は百も承知…なれど事は文部科学省の「通知」、リベラルアーツを知らない筈がない。いや、存外ホントに知らないのかも知れないが、ここは日本だ「西洋に非ず」。明治に虚学を捨てた日本が今更どの面さげて、実学でもないリベラルアーツを顧みると?…そんなにやりたきゃ、海外に行けぇっ!(笑)…骨身に沁みて、よく分かる。高校書道で生徒全員が仮名を読める様にしたら、英語教員の感想は「やりたきゃ中国に行け」だった(仮名でかよw)。さもありなん。一度くらい例外はあるらしいが東京都教委は全国の模範、戦後一貫して高校書道の教員採用試験を実施していない(↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_r_356.html
    --------------------------------------------------------------------------------
     ここまで来ると、もうイケナイ…てな訳で中止したのが連休中の空回り顛末。

    (以下、セレブ奥様宛レス)
     書家が書字から美を抽出(=美以外を排除)して「書道にする」以上、書道(の源泉)を滅ぼさずに済む立場は自ずと限られてくる筈です。嘗て彼らは文人書家でした。書家と文士と学者に分かれたのは明治以降。昔の所謂「詩書画三絶」よりは距離のある諸分野(例えば上記の書・文・学)を兼ねた権威が出現しない限り、今の書家は「書道の独立」を保守し続ける筈で、そこに滅びへの道があると思っています。有効かつ必要なのは多分、水先案内人(?)より権威の方なのでしょう。
     また~苹が何者かに成り得るとしたら「どちら側の」水先案内人か、不都合な(呪われた?)部分が露呈せぬとも限らない。幕末明治の書道に引き返そうとすれば、とりもなおさず今の書道を滅ぼそうとする形になる。つまり百年の隔たりが書道や書家のイメージや中身/実質を異ならしめ、そこに起因する立場/奢侈の違いが水掛け論もて双方の相殺を招きかねない。…幕末ゾンビの霊媒師みたいなのを、傍迷惑と思わない書家が巷間どれだけ居るやら。これでも目一杯「今の書道/書家」を肯定的に見ようとしているつもりなのだけれど、何か書くたび正反対の見方を一々仮構/分析する二度手間が常々負担となっては居る(それはそれで仕方あるまい)。
     書道専門の権威ではなく、もっと広汎な視野と学識、洞察力と行動力に富んだ権威。言い換えるなら、社会的地位にも恵まれた先生方。~そこに行き着く経路をネット上の諸賢に期待しつつ、平生ありったけの情報/遺言を提供すべく頭をひねりたい(←お脳が弱いと結構むつかしいのネ…汗)。幸運も不運も時のなすまま、苹の生き甲斐/死に甲斐でありまするぅ。
    【2015/09/24 23:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (追記)
     もうイケナイ…てな訳で前稿を暫く放置してみたものの、踏み込み不足が気になって後味が悪い。…表の顔と、裏の顔。連休中は裏だけ書いた。以下は短く、表の華々しい面について補足する。
    http://www.youtube.com/watch?v=l18R6GHeiPs
     教科差別意識(?)てんこ盛りの「そんなにやりたきゃ、海外に行けぇっ!」は実のところ多面的で、綺麗事に仕立てれば忽ち「日本文化の海外宣伝」へと豹変して「愛国無罪」化する。…見方次第では竹中直人のギャグ「笑いながら怒る人」(動画12秒↑)の様なものかしら。どっちが本心か分からなくなる(とでもして置くか…)。本題の「通知」騒動でも、慌てた文部科学省は火消しに躍起となって居るそうだが、ふと旧稿を読み返したらアレには前科があったのネ。~「2014/10/05 03:20」稿末、こんなリンク(↓)が張ってあったのを思い出した。
    http://news.livedoor.com/article/detail/9310435/
     省の担当者は、これでもまだ言い訳できるのか。西尾先生の産経「正論」稿を先取る指摘が既になされているし、現場の声なら新潟大の三浦淳ブログ(今春の「日録」で知った↓)が地道に回を重ねている。…あそこの教育学部は石橋犀水教授の頃から書道科が有名で、日下部鳴鶴の自用印など所蔵の現物が沢山あった筈。学部廃止したら中国に高値で売れるのかな?(ついでに文物も海外に行けぇっ?)
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/cat_291638.html
     和食やアニメの宣伝を口実にする所まではともかく、国際化を口実に国内空洞化の道を開く様では売国奴の誹りを免れまい。右向けにはリベラルアーツの追放による愛国的売国/ガラパゴス化の効果を狙い、そこに生じた研究の空白を左向けに経済戦略と絡めて補填するつもりかしら。そんなふうに見て構わないなら、左右とも体よく舐められて居るとしか思えない。双方の陣営に多くの学者が揃っているのは百も承知の筈なのに、なんとまあ度胸のある話かと感服させられる。

    (余談~軽口)
     連続していると却って面倒に入り組んでくるのが歴史や時間の一側面で、繋がる流れが「繋がったまま」繋がらなくなるのは人に原因があるのだろう。大まかには変わらずとも、構成要素は常に入れ替わる。~「2013/10/27 05:26」稿で転載した加地伸行「憲法に不変の真理なし」に、こんな記述(↓)があった。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1564.html#comment
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 老生、想像であるが、こう思う。平均寿命の問題と。すなわち、老生ら漢文屋は、古代人の人生を一世30年と計算する。もし人間50年と言えば夢(ゆめ)幻(まぼろし)でなくて長生きだ。
    > 『論語』に「後生(こうせい)(後輩)畏(おそ)るべし」とあるが、一世30年とすれば、先輩後輩の年齢は近く、ほぼ同年輩の感じであっただろう。もっとも孔子は73歳まで長生きしたが、例外。
    > とすると、30年の人生中、継いでゆく当主の活動期間は20年ぐらいか。だから、創業100年と言えば5代目か。
    --------------------------------------------------------------------------------
     清の康煕や乾隆を超える、世界最長の年号が昭和(1926~1989)。前後を含めて無理矢理「昭和百年」を見立てれば、辛うじて明治の末が引っ掛かる。「昭和まで生きた人々」なら黒船世代が昭和ヒトケタに歿した例も当然ながら含まれるが、そうした幅で捉える戦前の平均寿命は五十歳に届かなかった。片や敗戦で区切る場合、昭和のイメージは戦後七十年に呪縛/限定され、そこから長寿の神話がエスカレートし始める。この意味でも昭和は遠く(寿…いのちながく)、異質な時代感覚としての「切れ目」が印象付けられよう。
     「老人」という言葉の感覚が崩壊してシルバーだの熟年だのと呼ばれたところで、「熟年より老人の方が若い」とはならない(「後期高齢者」呼ばわりならともかく?)。それどころか年齢意識は満遍なく揺らぎ/先送りされ、途中さも割を食ったかのごとく晩婚と高齢出産が常態化に向かうとあらば、夫婦共々ますます時間は急峻で忙しくなる。今は二人目でさえ大変だ。戦前みたいにポンポン産める時代はとっくに過ぎた。~時間よ止まれ。お前は美しい。(←感覚麻痺…なんのこっちゃ)
    【2015/10/06 05:18】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


     新潟大の三浦淳ブログに、こんな記事がある(↓)。曰く。「雑用のせいで研究する時間もない」、「国立大の独法化以降10年以上にわたって、政府や文科省は日本の国立大学の世界ランクを下げようとして必死にやってきた」…。
    http://blog.livedoor.jp/amiur0358/archives/1041621385.html
     独法化(2003)の二十年前、小中高では教員採用試験ならぬ「教員雑用実験」(?)が始まった。どう見ても学問教育とは無関係、「民間企業の考え方や実務内容や社会的責任に対する考え方を学んでもらうため」の民間研修(1983)だそうな。そんな極端な「実学もどき」重視の結果が授業内容まで波及すれば、その手の「実務」の前では教科・科目レベルの「学問」など忽ち論外となるだろう。教育現場に求められたのは、雑務に長けた「教員」であるかの様にも見える。学問でなく実務を教えればよいのか、それとも事務員の仕事をすればよいのか。…「ゆとり教育」(学習指導要領2002とも1977とも、或いは新学力観1992とも)本格導入前夜の話ではある。
     苹の場合は当時「ゆとり教育」を曲解(?)したらしく、基礎指導重視と解釈してしまった。授業時数は少ないのに、指導内容は基礎の上乗せで「ゆとりがない」(苦笑)。だから生徒は授業中に私語を交わす余裕(?)もない。のんべんだらりと猿真似の臨書を繰り返させるのではなく、先ず「読める」様にしてから書かせる。国語科書写と芸術科書道の接続が学習指導要領で明示されている上、国語科では「書ける」より「読める」方が優先とあらば当然そうなる筈、と解釈した。「書道Ⅱ」で書道史(歴史意識の教育)に踏み込んだのは少し余計だったかも知れないが、活字文化時代の前史なくして「国語」の来歴~書教育の根拠は語れまい。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-924.html#comment
     実際、青森の中学国語には昔から書写を度外視する傾向があった(「2010/06/21 20:55」稿中、毎日新聞2004.10.4付の実例参照↑)。高校入学前の基礎がスッポリ抜けている。それが民間~社会の常識にもなっている。つまり学校は既に何十年も前から、民間の見方や考え方を取り入れている事になる…(その後2006年の秋、未履修問題が全国規模で発覚する)。

     …と、ここ数日そんな事を綴って居たら産経記事あり。全文転載する(↓)。
    http://www.sankei.com/premium/news/151012/prm1510120011-n1.html
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    >2015.10.12 10:00更新
    >【教育再考】
    >世間知らずの教職員に民間研修が急増中 接客業、電話応対、果ては大型船の操舵まで
    >(1/3ページ) .
    > 大学卒業後すぐに教壇に立つケースが多いことから、「世間知らず」と批判されることも多かった学校の教員が、民間企業で研修を行うケースがこの10年間で倍増している。近年、人材供給の要である学校現場に対する企業の関心は急速に強まっており、社会人経験者の採用枠を増やす傾向も出ている。閉ざされたイメージのあった教育現場は、社会に開かれていくのだろうか。
    > 海運大手「日本郵船」で行われる教員研修。参加した教員数人が、操舵(そうだ)室の機能を再現したシミュレーターで大型船の操舵作業を体験した。
    > 航行中、船員たちは、何かの危険に気付いた場合、常に声をかけ合うことでコミュニケーションを図る。情報の共有によって危険を回避することが、命を守ることに直結する。
    > 学校現場では、教員間のコミュニケーション不足で「いじめ」についての情報が共有されず、結果的に子供の自殺という最悪の結果につながる事例も報告されている。命を守ることに直結する研修として教員の関心も高く、教員らは役割を分担しながら真剣な表情で操舵に取り組む。同様に、工場での研修も安全管理の手法や意識が学校現場に通じるとして注目度が高いという。
    > 企業での教員研修を仲介している「経済広報センター」によると、同センターの平成27年の研修には前年より260人多い過去最多の教員1409人が参加。平成17年の633人から倍以上に増えた。
    > 同センターの教員研修は、昭和58年に1社5人からスタート。製品事故やリコールなどの不祥事が相次いだ危機感から、企業側が「企業の社会的責任」(CSR)を重視した風潮もあり、8年には55社へと急増した。「総合的な学習の時間」が取り入れられ、体験学習などが注目されたことも追い風となった。
    > 近年では、優秀で社会適応力の高い人材を求める立場から、教育現場に実社会への理解を深めてもらいたいという思惑から、企業側が積極的に研修を受け入れているという。
    > 大手スーパーの「イトーヨーカ堂」では、店舗での売り場実習などでの接客研修を実施。保険大手「第一生命保険」では電話応対を模擬体験させるなど、それぞれの企業が独自の研修プログラムを行っている。
    > 同センターの研修参加者は、勤続10年目の教員が中心。職場の“兄貴分”として後輩の育成に眼を向け、学校の中核を担う年代だという。担当者は「中堅教員らは、風土の異なる民間企業で若手への接し方をどのようにしているのか、といった人材育成の観点から強い関心を示すという。民間企業でも、共有の課題を抱えているということで励みにもなっている」と話した。
    > 一方、学校側からも、社会人経験者を教員として活用しようとする動きが強まっている。
    > 文部科学省によると、教員を採用している68の都道府県・政令市や自治体連合で、社会人経験者向け特別採用試験を実施しているのは40団体にのぼり、平成17年度の20団体未満から倍増している。民間企業の社員らが教壇に立つ「出前講座」も、平成26年度以降、大手企業を中心に536企業・団体(9月3日現在)が参加している。
    > 文科省の担当者は「子供の可能性を開花させるには、学校教育に多様な力が必要だ」と、民間と学校の交流の深まりに期待を寄せている。
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     …御覧の通り、学問教育の話は出てこない。それ以外の比重が圧倒的に高いとあらば、いっそ大学教員にも受けさせたらどうか、などと余計な話で学問研究の場を更に追い詰めてみたくなる…(←悪い子の発想)。
     大学では学問それ自体が防波堤となっている気もせぬではないが、専門学校化の流れ/社会的要請は新卒者の就職戦線と重合する。また近年ではブラックバイト問題が大学教育期間を満遍なく浸蝕する傾向にあり、その手の企業はなべて学問教育の価値を度外視しているらしい。そこでは学者(教員)と学生(若年労働者?)との間に或る断絶が仕組まれており、してみると今の「大学進学」と江戸時代の「寄せ場送り」には共通要素(近代的には「パノプティコン」状?)が胚胎しているかの様にも思えてくる。
     社会/企業は大学を監視する。教員には中間管理職/再就職支援担当(或いは人材派遣業者?)としての素養や能力が求められる。…そもそも学生は入学したからと云って「雇用される訳ではない」(貰う側でなく払う側)。四年か六年基準の任期制みたいなもので、全員さも退職するかのごとくして修了(卒業)する。しかしながら職業訓練所とは違って、何らかの職能を身に付けるのでもない(「人足寄場」以下)。その点を社会/企業が問題視したのであれば、即戦力になる学者を大学在籍のまま「派遣して貰うかの様に」活用するのも分からなくはない。勿論そこに学生への視線は必要ない。あくまで対象は即戦力であり、ただ若いだけの有象無象ではない。
     大学が学生をお払い箱にする事はないだろう(だって金蔓なんだもん)。しかし巷間~例えば2chの場合、文系への信頼は概ね損なわれているらしい。まるで理系だけが有用であるかの様な言い回しが結構あった。文系も理系も同じ有象無象の学生でしかないのに、あの判断は何を根拠として居るのだろうか。文系であれ理系であれ、(優秀な一部を除き)学生への信頼が損なわれた結果である事に変わりはあるまい。要は怠け癖の話かと。
     それでも苹は、理系の発想に期待したい。もし数学が「書道」化したらどうなるか。…算数段階で計算の仕方を教えない。九九の丸暗記の様に、無数の計算式やら何やらを総て「計算させずに」暗記科目化するか、もしくは真似事(書き写し)にしてしまう。それを情報鎖国状態/開国前植民地状態で百年やれば、誰もが「数学で計算させるのは邪道だ」と思う様になる。或いは数学を算数と同列に捉える様になり、幼稚な小学校レベルで大学レベルの印象までもが固定化する。
     それと同じ事を、書道/習字/書写はほぼ総ての学校と書塾で実行した。すると誰もが真似事と認識する様になった。…覚える必要のない漢字ドリル、ただ教科書を書き写すだけの国語試験で学力があがると思う人は頭がおかしい。覚える必要があるから覚え方を学ぶ。覚え方を応用して効率的に覚える。ところが学んだ事の応用(自運)を「創作」と言い換え遠ざけると、さも独創的であらねばならぬかの様な印象操作に阻まれて「自運」が滅び、語彙/概念自体も書道の教科書からは消え去った。
     …文系であれ理系であれ、戦後書教育の轍を踏む勿れ。
    【2015/10/13 21:24】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (補記)
     「2015/05/30 06:42」稿末で出した、マルク・アルブレヒト指揮のワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》全曲動画が消えていた。現時点で生きてるのはコチラ(↓)。因みに…この演出、なぜか市民は「お面の集団」だったりする…(汗)。
    http://www.youtube.com/watch?v=6tG9lOL_1Xk
     以下、「通知」ネタ続報。

    (備忘録)
    http://www.sankei.com/life/news/151020/lif1510200026-n1.html
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    >2015.10.20 21:41更新
    >国立大5割、学部を再編 文系見直しの流れ加速 文科省が素案公表
    >(1/2ページ) .
    > 文部科学省は20日、全国の国立大学86校が同省に提出した平成28年度から6年間の中期目標と中期計画の素案を公表した。5割の43校が学部段階での組織再編を計画し、このうち26校は人文社会科学系学部の見直しに取り組む。また9校が教員養成系学部のうち、教員免許取得を卒業要件にしない、いわゆる「ゼロ免課程」の廃止を明示した。文科省が6月に通知で要請した「国立大文系見直し」の流れが加速しそうだ。
    > 16年度に法人化された国立大は6年ごとの中期計画と中期目標の提出が義務付けられ、今回は3期目。計画は国立大学法人評価委員会の審議を経て年度内に認可され、その後の取り組み状況が運営交付金の分配額にも反映される。
    > 文科省の集計によると、28年度以降の学部再編を計画に掲げたのは山形大、千葉大、神戸大など43校で、うち26校は人文社会科学系の学部見直しだった。
    > 例えば、茨城大人文学部は人文科学と社会科学の多面的な専門性を身につける観点から、29年度に人文社会科学部(仮称)への改組を計画。宇都宮大は世界で活躍できるリーダーの育成機能を強化するため、現行の国際学部を見直す。滋賀大は国内で唯一のデータサイエンス領域の教育研究拠点を作るためデータサイエンス学部(仮称)を設置する。
    > 「ゼロ免課程」を廃止する9校のうち、静岡大は3課程の募集を停止するとともに、小学校免許プログラムの充実を図る「初等学習開発学専攻」を新設するとした。
    > 国立大の文系見直しをめぐっては、今年6月の文科相通知で、教員養成系と人文社会科学系学部の廃止や社会的要請の高い分野への転換を求め、学術団体などが「文系軽視」と批判。文科省は「誤解を招く文章だった」と釈明している。
    --------------------------------------------------------------------------------
     同ネタ別記事(↓)。
    http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1445322691/l50

     同ネタ含みの書道ネタ(↓)。
    http://kayahara.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=1371
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    >“激変期”迎える大学入試 掲載日: 10月01日
    >静岡は定員大幅削減
    >福岡教・岩手は“募集停止”も
    > 今年も、全国の各書道系大学で、来年度の入学者の募集に向けた入試要項の配布が始まった。本紙では例年通り本号から数回に分けて、国・公・私立の順にその概要を紹介していく予定にしている。(本紙4面参照)
    > ◇ ◇ ◇
    > また今回発表された要項を縦覧すると、近年急速に進む〝大学改革〟のあおりで、一部の大学では来年度の入学者の募集・試験実施の計画に大きな改革改変を打ち出しているケースも見受けられる。従って〝大学書道〟を志す受験生やその保護者、また書塾など社会教育側としてそうした若者たちに助言する立場の人びとには、ぜひこうした大学側の新時代へ向けた動きに、細心の注意を払ってほしい。
    > 例えば、現時点で編集部が把握している範囲でも、特に教員免許取得をめざす上では大きな影響が出そうな、次のような大きな変更点が判明している。
    >◆福岡教育大=1)初等教育教員養成課程で、従来は「選修」ごとに定員を決めて募集していたが、来年度からは総定員を増やすとともに、選修ごとの募集・選抜・履修のシステムを廃止。履修も小学校教員として必要な内容を共通的に学ぶ新方式を導入。2)中等教育(高校)の教員養成では、理科と音・美・書の各専攻において募集定員を増員。3)この増員に伴い、従来の〝ゼロ免〟「芸術課程」の学生募集を停止する。
    >◆静岡大学=従来の教育学部の募集人員400名から、いわゆる〝ゼロ免課程〟の生涯教育、総合科学教育、芸術文化(書文化専攻など)の3課程の計100名の募集枠を削減し、学校教育教員養成課程(300名)のみに特化する。一方、同養成課程内では時代のニーズに合わせた専攻の新設なども打ち出している。
    >◆岩手大学=教育学部を改組し、従来の3課程から学校教育教員養成課程のみの新体制に移行。生涯教育と芸術文化の両課程の廃止に伴い「書道コース」の募集を停止。これにより同大では、教育学部での高校一種免許(書道)の取得ができなくなる。ただ、人文社会科学部の改組で新設される人間文化課程に「芸術文化」の専修プログラムが設けて、高校一種免許(書道)の取得を可能とする方針も打ち出している。
    > なお、これら各大学における入試改革は、一部には現在認可申請中の学部・学科の改組・改編計画を先取りしたものも含まれており、最終的には変更される可能性もゼロではないので注意したい。
    >(書道美術新聞 第1061号1面 2015年10月1日付)
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    【2015/10/21 05:53】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


     文化審議会での「手書き漢字」審議が一通り終わったらしい(↓)。
    http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1446319055/l50
     福田恆存世代がピンピンしてた頃の「筆順指導の手びき」(1958)でも字形含みの断り書きは或る程度してあったのに、教育現場は戦前の「手遅れ寸前」状態(?)を引き継ぎ文部省の見解を無視し続け、受験戦争の渦中ますます暴走/厳密化をエスカレートさせていった。2007年には高校生がビデオ「漢字テストのふしぎ」(↓)を制作して話題となったけれど、既卒の洗脳済み役人や一般市民がダラダラ無意識に阻んだ所為か、どうやら「焼け石に水」の儘だった模様。
    http://www.youtube.com/watch?v=FvdIbH0qtu4
     …無理もない。ガチガチの国語保守派は旧仮名遣いや旧漢字=旧字体「活字」に固執し、書字の歴史的規範を事実上「無視してきた」。開国前の日本語「書記」文化を滅ぼそうとしている様にしか見えない。畢竟、右も左も「反日」に過ぎないのではないか。これでは書道畑からの支持など得られる訳がない。最後の機会は昭和五十年代の書塾全盛期だったが、それを思うと「日録」の…只今連載中の講演録「昭和のダイナミズム」(↓)にも似て、文学の終焉(?)と相俟ったものが別方向から交々思いやられる。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?m=201510
     そろそろ西尾先生の講演録も完結する頃かと。これまで感じてきた苦味をどう締め括るか、読後感の行方に戸惑って居る。

    (近況)
     爺様の一周忌(2015.10.23)を終えた直後、ギリギリ間に合うタイミングで雑誌二冊の2015.11号と焚書本の新刊を買ってきた他、今野真二『常用漢字の歴史』(中公新書)は上記ネタとも絡む。目当ての『日韓 悲劇の真相』(祥伝社新書)は在庫がなかった。次はどうかな。あれば買ってくるつもり。
    【2015/11/02 02:53】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草かんむりに平@泥酔さん
    改革すればするほど、本物から遠のくということでしょうか・・・・・

    私にはよくわかりませんが。
    【2015/11/02 23:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >改革すればするほど、本物から遠のくということでしょうか
     個人情報保護法を制定したら皆が過剰反応して改悪状態になった…様なものかしら。目的と結果が別物になる可能性については人権保護法案の拡大解釈が危惧されたけれども、手書き漢字の場合は予め歴史的根拠に基づく拡大解釈なら容認してるのに、世間は過度の厳密化/活字準拠へと向かった(高校生ビデオに文化庁国語課調査官の説明シーンあり)。主犯は歴史的書字に馴染みのない、謂わば現役世代。
     福田先生の頃は多くが書字の常識を知っているから、敢えて語る必要がなかったのかも。それより旧字体の方が重要だった(新字体など言語道断)。しかし非常識世代=戦後世代の受け止め方は違う。占領政策の影響で多くが昔の潜勢的規範を知らないから、拠り所は当用漢字表/常用漢字表だけとなり、拡大解釈が無法状態と映る。拡大解釈の仕方/規範が分からない人に、正しい拡大解釈を弁別できる訳がない。
     数ある本物の中から一つだけ本物を抽出/例示したら、他の本物が偽物と扱われる様になった。新たな偽物(昔は正しかった字)と論外の偽物(どう見ても誤字)の共食いが始まり、核融合ならぬ「偽物融合」のパンデミックが起こった。果ては感染者隔離が感染拡大と同義になる状況に陥り、役所も学校も感染者だらけ。~ふと想像してしまう。もしゾンビの知性が人並みの儘だったなら、ゾンビ映画は成立しただろうか。幻視された不死の群れ、謂わば神のドラマが昭和以後の言語文化に憑依するのではなかろうか。
     そこにはそれなりの文学があるだろう。活字化された、書字とは別の世界。社会が開国前の書字を排除する、対照的な意味で(活字のない)江戸時代と似た「豊饒な文化」の時代。~こうした視点で「昭和のダイナミズム」を読むと、苦味の在処がいっそう明晰になりそうで、或る戸惑いの中に別の期待が溢れてくるのでありまするぅ…。

     …と書いた後、続き(↓)を拝読した。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1599
     どうやら拡大解釈と厳密化は、どちらも付和雷同へと傾く自己防衛意識に隣接し得るらしい。そこでは二つの恐怖が動機となるだろう。一つは戦前知への恐怖。一つは無知への恐怖。どちらも行動/判断を促された際に露呈する「知への態度」で、批判や反省に値しないかのごとき「それ以前の態度」としての厄介さがある。また~このタイプの恐怖が憎悪する相手/自己/記憶は「歴史では無くて、古文書記録すなわち史料に外ならない」。
     読了所感(読書感想ではない)を一つ。恐怖と愛は似て居るかも。(↓は記憶喪失前)
    http://www.youtube.com/watch?v=HJnDoKOjKLE
    【2015/11/04 01:17】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (…ヒマネタです。)
     考え事をするなら夢の中が無意識穏当だが、前稿末で恐怖と愛の抱擁シーン(?)を持ち出したのが禍したか、頭の中がガンガンうるさくて飛び起きたりもする。忘れる前に調べたら、鳴ってたのは《神々の黄昏》第二幕フィナーレだった(恐怖と怨憎の同盟シーン?)。いつもスヤスヤお寝んね状態とは限らない。が…記憶の欠片が飛び交っても、睡眠の妨げになる訳ではない。おいコラ脳味噌、いい加減にしろ(怒w)。
     なが~い「日録」講演録の多様な印象は纏めにくいから後回しにして、取り敢えず先月購入の今野本ネタでも。~『常用漢字の歴史』P.111の記述が気になった(↓)。
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    > そこではいくつか注目すべきことが述べられていることに気づく。まず「楷行草三体ノ行ハレシヨリ以来、殆ド二千年、楷書ヲ以テソノ主要ナルモノトナスト雖モ、ソノ間亦多少ノ変遷ナキニ非ズ、六朝ニハ六朝ノ字体アリ、隋唐ニハ隋唐ノ字体アリ」と述べられている。六朝や隋唐とあるところから、中国も視野に入っているものと思われるが、中国において楷書が成立したのは初唐(六一八~七一二)頃で、右で述べられていることは当時の認識を反映したものとしても、「二千年」はあたらないのではないだろうか。
    --------------------------------------------------------------------------------
     「それは措くとして」と続ける所からすると、たぶん軽口程度の疑問なのだろう。俎上の明治41年(1908)『漢字要覧』から律儀に遡れば紀元前になるので、常識的には二百年前後の鯖読みがあってもおかしくない。また学問的には遅れ気味の書道畑から見れば、楷書の成立時期を絞り込むのは難しい。ただ、国語畑の側にも少し誤解がありそうに思える。
     楷書が「成立」したのは初唐でなく、その数百年前に遡る。初唐は楷書が美的意味で「完成」した時期と見られており、具体的には欧陽詢の九成宮醴泉銘が「楷法の極則」とされてきた。当時の太宗帝は全土から王羲之(東晋)の書を蒐集し、中でも蘭亭叙(353)を自分の墓(昭陵)の副葬品とした事でも知られる。その王羲之の楷書で有名なのが黄庭経や孝女曹娥碑などで、中でも楽毅論(348)は臨模本か拓本が我邦伝来、光明皇后の臨本(744)が現存する。また王羲之の前は鍾元常(151~230)の楷書が夙に知られ、wikiを見ると「現時点で最古の楷書は、1984年に発掘された呉の朱然(ACE182-249)墓から発見された名刺である」との記述がある。
     篆書(小篆)に代わって隷書が正式書体化した時期はどうだろうか。大雑把には古隷が紀元前、八分隷が紀元「後」と見て構わない筈。草略書体の兆しは古隷の頃に見えていたのかな。その隷書から「楷隷」段階を経て、今隷とも正隷とも呼ばれる「楷書」概念が定着した。その間、書法面では曖昧素朴な古隷の段階でも、楷書へと続く反‐篆書的な原型(字形)の萌芽は見られる。それを後の書法解釈/認識から遡って書体概念それぞれに分類するのが通例で、未分化段階の「書体認識」自体あったかどうかは当然ながら定かでない。…後から思えば「これ、楷書だなあ」みたいな。…或いは「歴史では無くて、古文書記録すなわち史料に他ならない」?
     …さあ、どうだろう。なぜか歴史は変わらない。歴史のドグマが概念を分類し、そこに史料を従属させる。そんな姿を規範としつつも、距離と時間に辛うじて恵まれた「支那に対する鎖国」の時代、日本の和漢混淆表記は或る意味、程良き忘却にも恵まれてきた面があるのではなかろうか。
     大体そんなところから、苹は西尾講演録への接近を遠回りに試みる…。
    【2015/11/06 21:37】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (愚痴)
     テレ朝の人気ドラマ「科捜研の女」(2015.11.12放送)に、久々の筆跡鑑定ネタが出てきた。そちらは幾分ましな扱いだったけれど、イケメンor美しすぎる書道家とゴーストライターは近年の書道イメージ丸出しで、正視できない「作品」群と古梅園ロケの対照が痛々しい。そこには「歴史」に縛られるのではなく、「今」に縛られる矮小な時間意識がある。流行の軛を歴史に伝染させようとする底意が仕組まれている訳でもあるまいに、…「歴史」が「今」を縛るのと、「今」が「歴史」を縛るのとでは、どちらの弊害が大きいか咀嚼した痕跡が見当たらないのには、困った。
     古隷、八分隷、そして今隷(楷書)…どれも「反‐篆書」的な意味では、正式書体の位置を継承した「後‐篆書」グループのヴァリエーションと云えよう。そこに篆書由来の字源主義を持ち込んだのが支那の所謂「文字学」系列、具体的には干禄字書(唐)や康煕字典(清)を貫く活字化への意識/起源で、これらの学統が筆脈/筆順/草略の揺らぐ明治日本を西洋化の背後から襲った。~この視点で、例えば松本仁志『筆順のはなし』(中公新書ラクレ)所収の諸資料を読むと面白い。楷書に憑依した文字学が、実用筆順を学問の名目で掻き乱す。どちらが「今」だか分からなくなるくらい、「歴史」の呪力は恐ろしい。時には「歴史」が「今」を歪める事もあるのだろう(勿論、その逆も)。
     日本は「今」が「歴史」を「エンガチョ」する傾向にある…と苹は思って居るけれど、これって土着的にはマトモなのかしら。あんまり「歴史」ばかり云々されても困るし、「今」の場合も同様。畢竟どっちも歴史に「なる」のなら、その「なる」プロセス/ドラマ自体が或いは「文学」に相当または反映するのかも。しかしそれでは学問の行方がファンタジーに埋もれてしまいかねない。西尾講演録にある「文学」への言及を、論及以前の領分~違和感の側から重ね重ね「読み損ねてしまう」所以である。苹は「文学」が「学問」の対象に「なる」事すら、本音の部分では「まだ」覚束ない。傍目には「書道」の場合とて同様だろう。
     昔、書道は学問だった。学問の対象であるより、対象が学問の宝蔵だった。宝蔵である限り、なんぼでも中身の学問をいじくり回して構わない。もちろん中身が学問でなくとも構わない。娯楽だろうと猥褻物だろうと「学問にしたけりゃ勝手にドーゾ」の世界で、書の包蔵力を中身の側が担保した。その領分が書字から活字/フォント/電子情報に置き換えられただけなら大した問題ではない。むしろ問題は「過去」の側にあり、活字に不要な書字ツール特有の情報を千年単位で削ぎ落とす/排除する行為がそのまま歴史の「伝承品質」に関与する。ここに「今」がある。たぶん歴史は「まだ」さほど関係ない。
     そうした意味で文学が歴史から独立するのは、かなり皮肉な「歴史の必然」に見えなくもない。…排除はしない。ただ独立するだけ。学問側では実際そうなった面もある模様。細分化したら綜合的観点が脆弱になった一方、専攻側のレベルは構わず上昇(?)するばかり。安住の地、楽園幻想あってこそのファンタジーなれば、専攻各々の綜合がそれに奉仕するかの様な「奴隷制」的構造が出来上がっても、個別にはさほど違和感がないのかも知れない。~斯うして書道を経由すると、忽ち「昭和」の目が曇る。書道側では昭和の神秘主義(?)が、平成のファンタジーに愚弄されている気がしてならない。

    (雑感~「日録」史)
     …西尾先生が語りかける。「少し寒くなりましたね。皆さんはいかがですか。」
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1601
     「毎日一、二時間早足で歩行する」必要があるとの事。「すたすた散歩」の脚力が衰えると、やがて周囲は「よろよろ徘徊」との区別に困ったりするのかも。…そう云えば八年前は「路上で二度ころんだ」とやら(↓)。思い出すのは、いらぬ事ばかり(汗)。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=681
     …吉田戦車『伝染るんです。』(↓)の場合、「さむい」は別の意味を持つらしい。
    http://pds.exblog.jp/pds/1/200901/19/59/e0108259_16235835.jpg
    【2015/11/16 03:11】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     苹は相変わらず文学が苦手で、派生作品を媒介する事になる。ファンタジー、コメディー、ホラー、サスペンス…以外、どんなのがあるんだろう。前稿を出した後は三月半前の「永遠のゼロ」録画を初めて見たけれど、それらの印象から文学を云々するのは流石に気がひける。となると…ホレ、此処の寄生虫は結局いつもの通り(苦笑)。
    http://blog-imgs-42-origin.fc2.com/i/a/m/iamthetreesparrow/P1330625-s.jpg
     …すずめ。スズメ目スズメ科。

    (書道の神秘主義)
     隣と違って日本の書道は当初から仏教伝来と分かち難く、中でも密教は神秘主義の印象が強く感じられるが、他の宗派とは実際さほど違わないのかも。…詳しい事は知らないけれど、そんな書道を踏まえて読めば、たぶん誰もがピンとくる…(↓)。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1597
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    > つまり私たちが見てきた昭和のダイナミズムは、私たちが最後の目撃証人、皆さんはこういった人たちの本を買ったり読んだりしてきたわけだから最後の目撃証人で、これをもって日本は終わりとなりつつある。この後出てこないかもしれない、なにも起こらないかもしれないですね。そういう意味で、江戸で花開いた文化は昭和に花開いたのではないか、というのが私の仮説で、それで仏教の流れ、合理主義、西洋の流れ、それから国学の流れ、歴史、そしてその他日本浪漫派というようなことで考えてみたわけです。特徴は何れの人も全部というわけではないけれど、何れにしても古代復帰の願望を持っているということです。価値観が古代に傾いているということです。これは江戸時代と同じです。江戸は近代と古代の架け橋の時代であって、古代に傾斜した時代です。神秘主義ですよ、徂徠だって宣長だって。でも明治大正は神秘主義が一変に無くなっちゃう時代ではないですか。それでやっぱり昭和には古代復古、永遠というものの視座、時間を超えてゆくものへの視座。そういったものがこの人たちにはあります。そしてそれは江戸時代にもあったものです。合理化された明治、大正には無いのです。
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     書道の場合は、無くなったと云うより「支那化した」。西方浄土でなくなってから久しき明治、大昔の遺物/文物がゴッソリ入ってきた(開国効果)。仏教は明治・大正も書道の「中身」を媒介して或る程度は保たれた。伝承ツールとしての書道は漢字ばかりゆえ、鎖国時代の唐様よりは支那書道の方が、大昔の土俵なら却って学書の上でも都合がよい。そうした流れが昭和まで続いた。占領政策で禁止された書教育を復活させようと尽力した豊道春海の本職は「書道界の黒幕」でなく、天台宗の牛頭山千手院行元寺17世住職だった(1962に大僧正)。
     他方面では中谷宇吉郎/寺田寅彦の絡み、墨の粒子の研究話が面白い(↓)。こちらは戦前の物理学畑らしさ満点で、小気味よい表現が無機質(?)にサクサク続く。
    http://www6.atwiki.jp/amizako/pages/233.html
     書道畑は開国後、対比的にますます神秘主義的な傾向を強めていった(指導方法は年々歳々「時代遅れ」化)。そこんとこが新参者の物理畑とは肌が合わなかったかの様でもある。~物理を含む合理主義の光と、書画骨董に蘊蓄を宿す伝統文化の影。光が強いと影はクッキリ浮かび上がる(嘗ての光が影になる?)。やがて影は、光を白眼視する様になった模様。そこに「昭和」があるのだろう。
     しかし一面、合理主義を書道に持ち込もうとしたのが「大正・昭和」でもある。ところが敗戦後ひっくり返った。これからは戦勝国の言語=英語の時代とばかり、合理主義が書道の底を抜けて欧米にストンと落ちた。占領政策で書道教育が禁止となった所に豊道春海が絡み(↓)、国語/習字科から芸能/芸術科への転籍で事実上じわじわと「日本語のためのツール」でなくなっていく。
    http://www.all-japan-arts.com/rekishi/0812rekishi.html
     国語を干された日本語が、換骨奪胎して活字語に生まれ変わる。そこでの支那と日本は書字に於て過去へと属し、なべて「読めない神秘」の甍となる。そこにファンタジーが参入して、古くは前衛書道(「読めない」1960年代)から新しきは書道パフォーマンス(「読める」2000年代)まで、神秘の世界に胡座をかいた世界からの脱却に至る。…「脱却された」側は神秘のアカデミズム世界。如何に素地が明晰であろうとも、「読めない事」或いは「古臭い事」を文盲的に糾弾されたなら、文盲の正義が「芸術」の名の下に芸術自身をも蝕む事になる。
     …そんな意味での神秘主義。たぶん西尾先生の云う意味とは、格も中身も大違いなのだろう。古代に傾斜しないタイプの神秘主義が多分あり得る。どことなく…ではあるが、宗教的テロリズムと似ている様な気もする。古代への無理解を信奉する古代崇拝ほど近代的なものはない。それを日本は平和なまま経験してきたのだと思う。
     ところで、暴力なきテロリズムをガンジーやキング牧師に賛美したのは誰?
    【2015/11/19 20:52】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >草かんむりに平さん
    今更ですが、占領政策で書教育が禁止されたのですか。

    そういえば、もうちょっとでローマ字になりそうだったんですよね。

    どういう姿の書教育が一番いいのでしょうか?
    【2015/11/24 17:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (2015.11.24)
     『正論』2015.12号を買ってきた。西尾先生は「天竺にある「超越神」」を持ち出してるし、仏教の神学的展開については「最後の八世紀の密教」に言及(P.168)。…そこそこ自分で先ず考え、隣接しそうなキーワードを出来るだけ多く搾り出してから読もうとする。そんな娯しみ方が買い時を遅らせる。癖になると、いつか機を逸するのではないか。愚図の月末は気が気でない。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1603
     「日録」の『ニーチェを知る事典』ネタ(↑)で思い出した。あたしゃ発刊当時、こんな感想を書いてたんだっけ(当初は脱線ネタになる筈だった…↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1479.html#comment
     それから暫くしてシリアとの戦争が取り沙汰されてる頃、一族ぞろぞろ「サザエさん」より大人数で、無謀な奥様は度胸たっぷりフランスに乗り込むのであった。~軍事力を行使しない戦争類似行為も、暴力を伴わないテロ類似行為も、恐怖に裏付けられるなら同等の効果が開発できそうではある。しかし奥様の旅行時は恐怖が薄かったらしい。まだ「イスラム国」は名乗りを上げて居なかった。
     wikiで「テロリズム」の項を見たところ、ガンジーやマンデラは嘗てテロリスト呼ばわりされたそうな。彼らの運動に恐怖した人々は、それが暴力的テロ行為ではないだけに別の恐怖を味わった筈。キング牧師の場合も実際どうだか。「自由の国」アメリカは建前に政治的沈黙を必要としたか、或いは「テロ/テロリズム/テロリスト」の語に別の意味を用意せねばならなくなる。そこから疑ってかからないと、やがて火の粉は安重根をめぐる韓国政府の態度にも相応の影響を及ぼし得る筈。テロリストを英雄視する国家が「テロ支援国家でない」ためには予め、実態を政治的に緩衝するタイプの理屈が要るだろうに。

    (セレブ奥様宛)
    >どういう姿の書教育が一番いいのでしょうか?
     あきんど様のを上記「日録」コメント欄にて拝読。あちらの例に即して書いてみます。
     墨竹に着目したのは流石のセンス。書と同様に画は文人の余技として発展したから、高校の芸術科書道なら真面目に巫山戯るくらいが丁度良い。ただし国語科書写ではそうもいかず、殆どの教員は悩ましい所。筆を水してから穂先に墨して裏返せば墨線の立体感が出るなんて指導、普通やらないのでは。ここ半世紀は水墨の南画らしさも薄れ、日貿出版社のを見た印象では山水の筆が捌けて没骨も怪しい。画力は素人でも知識で補えば少しは視野を拡げられる筈なれど、しかし元々そこんとこが弱体化しているらしい。
     所謂お稽古タイプの書道は学校に向いてないと思います。例えば昭和五十年代のテレビならNHK教育「婦人百科」とか。先生が解説しながら書いてみせて、生徒役が練習して、添削を受けてオシマイとなる。そんな当時、今井凌雪の趣味講座「書道に親しむ」は画期的な番組でした。筑波大の教授だけあって解説のレベルが高かったし、生徒の練習シーンも少なかったと記憶。それから少しずつレベルが下がりながら平成を迎えたけれど、教科書的な古典臨書を各家の書風/仕方でやる形式は守られて居ました。
     数年後に番組デビューしたのが石川九楊。解説と分析が多い点は今井式の延長で好ましい…と思って居たら、だんだん様子がおかしくなってきた。題材に明治の副島滄海が加わり、十年後は西郷や大久保を辿り、最新の番組では岡本太郎のグニョグニョまで臨書してた。それなりに面白いけれどマニアックと云うか文学的脱線と云うか、本筋ではなくなりつつある模様。その代わり近年のNHK、初心者向けの本筋は相変わらず低レベルのまま、昼下がりの「高校講座」枠でやるつもりらしい。…あの番組は生徒を無駄に褒め過ぎて、「戦後お稽古」状態に逆戻りした気配なきにしもあらず。
    【2015/11/26 23:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (愚痴)
     一番いい書教育の姿…それが分かれば、どんなにいい事か。心当たりは数あれど、一番となると心許ない。国語教育との重合/連立部分に組み込まれた明治以来の衝突因子が反作用を活性化させると、書き言葉に対する読み言葉の優位性が書き言葉の変質を促したりする。そうなってからでは遅いのに(→もう遅いってば)、百年後の今になって書教育だけ抽出するのは論理矛盾もいいところ。変わっちまった国語の姿(現代国語)に過去を上乗せする仕方でないと、却って今の国語が中毒死しかねない(過去喪失の過剰)。そこに投与される書字は薬/毒ではない。過去の投与により引き起こされたアレルギー反応が書字、とでも云った方が苹の観察には近い。
     一週、十日と考えて、どうにか捻り出せた言葉がコレ(↑)。褒貶の妙理は褒め殺しにも貶しっぱなしにも傾かないが、どちらでもない日常に包まれる環境が当たり前でなくなると褒め言葉の効果は変質するし、貶したところで益はない。ここは論理で迫るしか手がなさそうな気もするが、高校段階ならともかく義務教育段階では通用しないだろう。そうした狭間にある点で、中学書写と現代史を敬遠する現場側の事情には共通要素が幻視されなくもない。今や認識なき行動(書写)と行動なき認識(現代史)は逆向きの欠落に依存せざるを得なくなっているかの様な。現に後者は行動を伴った或る時期、政治的な「若年性認知症」状の流行に多くの青年を巻き込んだ。具体的には国会周辺や学校での集団徘徊、引き籠もり/立て籠もり、暴言、暴力など…(近年は高齢者の再発事例が多い?)。
     …こんなふうに形容されると、往時の当事者達は激怒するかもナァ(汗)。でも正直なところ、今の「引き籠もり」と昔の「立て籠もり」には政治的オタク性の共振が感じられるし、その文脈で所謂ネトウヨを捉えれば昭和と平成は連続している。~これなら「ネトウヨ=無職ニート引き籠もり」のイメージにも納得できる。また、内と外の違いに頼る左傾国際人(?)の論理は「引き籠もり」に対する「立て籠もり」の優位を過信した結果、自家中毒もしくはアレルギー反応を劇化したかの様にも思える。
     そうしたイメージから書教育を振り返ると、昭和の高校時代に体験した「ネクラ/引き籠もり系」書道部の対偶が垣間見えてくる。昨今「ネアカ(?)/立て籠もり系」と強弁できなくもない書道パフォーマンスの和服姿は明らかに保守的体裁なのに、なぜか伝統のニオイが革新的に「はぐらかされている」かの様な。ここに対偶の毒性が詰まっているのかも。…保守は多分、伝統の差異/思い込みに応じて/乗じて柔軟にブレる。するとアレルギー反応は保守的本性に基づき見えなくなり、穏便なる文盲の彼方へと頽落する…?

    (近況)
     ここ数日はセレブ奥様の私事に心揺らいだ。八年ほど遡って旧稿を読み返したり、何か書こうとしても言葉がなかなか定まらない。抑も苹は人生ポンコツ、書けなくて当然なのかも知れない。「ものの感じ方」が近隣者と多くの面で違う所からすると、社会的かつ相対的な意味で人格が欠陥だらけなのは確からしい。
     ところで、天バカ板。閲覧した「2015.12.3 19:57」と「2015.12.5 1:11」の間に、管理人様(蘭様)が大量のスパム投稿を削除してくれたらしい。ところが勢い余っての事か、最新拙稿群ひとつゴッソリ消えて居る(「2015/08/29 23:14」稿でリンクした分)。初の出来事に驚く傍ら、これ幸い(?)と面白がって、アチラへの全投稿を一通りチェックしてみた。…結果は散々、たった二頁分スクロールしただけで総てが収まってしまう。十年かけた割には分量が少な過ぎて、ガックリきたなあ、もう(orz)。
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11465125
     てな訳で取り敢えず、再投稿作業に着手(↑)。
    【2015/12/08 06:20】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


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