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    メトロポリタンミュージアム


    今回、セントラルパーク内にある
    メトロポリタンミュージアムに行った。

    西尾先生の最新のこの本の180ページに、
    「戦後日本でも、占領下にたくさんの美術品が流出しています。
    ・・・・・・大量にアメリカの美術館に流れています。」とあるが、
    まさに日本の展示スペースには
    多くの美術品があふれていた。
    着物もたくさんあった。

    もちろん、エジプトから発掘した物も大量にあった。

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    【2015/01/09 16:28】 読書からの連想 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
    この記事に対するコメント

    どっちに書こうかなぁと思ったんですが、少し思い込みが入りそうなので、こちらに書きますね。
    今回の西尾先生のご作品は、私は未読なんですが、西尾ファンならなんとなくつたわってくルものが感じられます。「GHQ・・・」の表紙と関連しているところから、つまりいろんな歴史の中で、いかにイギリスという国がこの世界を牛耳ってきたかを、想像させるわけです。

    身近なことで言えば、日本はロシアの南下を恐れていた時代に、イギリスという世界保障を得て瞬間的な「勝利」だけは得ましたが、そのごの悲惨な結末は何かとその同盟破棄が原因だったと語られるようになりました。
    西尾先生の探求から汲み取りますと、イギリスは常に「二番煎じ」の役割のイメージがあり、それでいてその踏み出し方は大胆で、こじ穴を開けるポルトガルやスペインの行動を、裏側から見定めると一挙にそれを奪い去る「国家的余力」がこの国には存在していた、というのがポイントなのではないかと想像します。

    ごめんなさい。再度申し上げますが、私はまだこの本は読んでいません。
    なぜこんなに大胆に予測するかと申しますと、今再読している「真贋の洞察」に少しながらですが、イギリスを意識したコメントがありまして、それも福田恆存先生の認識を通じての西尾イズムが込められていて、そこから想像する世界の覇権というものを、私なりに夢含まらせながら今回のご作品を、未読ながら評価しているわけであります。
    この無礼をお許し頂けることを、まずは切に願うわけです。

    先生が過去何十回と語ってきた「GHQ」関連も、(ご作品も含めて)このご研究の大まかな「敵国」とは何なのだろうとご想像されながら、おそらくご研究されてこられたのだろうと思うわけです。そうした中で、一番身近だと思っていた「イギリス」という国が、実は一番憎むべき国として存在しているのではないだろうか・・・私はまずそう想像するわけです。
    日本以外で皇国を高らかに主張している国は、世界広しといえど、おそらくイギリスくらいでしょう。他の皇国はほとんどがイギリスの配下です。
    ですから、今考えると日英同盟はイギリスの配下に「なりそこねた」同盟だったのかもしれません。
    逆を言えば、なりそこねたからこそ今があり、その意味での幸有とも言えます。

    当時からイギリスは間違いなく日本とアメリカの実力を試したかったはずです。そうした国家間の争いごとには彼らには叶いません。日本は戦術には長けていても、戦法には噸じていたことを今誰もが納得いくのは、背景にイギリスのあやつりがあったことでなおさらことを得るのは間違いないはずです。
    イギリスの圧力があったからこそ太平洋戦争は起こったわけです。日露戦争で一番日本の実力を恐れたのは、アメリカではなくイギリスでしょう。だからその後日英同盟は解消されるわけです。
    三国干渉だとか21か条の請求だとか・・・まるで悪者を他者に預けるその手法の巧さといったら、彼らに勝るものはありません。

    日本は間違いなくその時代イギリスの操り人形だったと私は想像します。
    なにしろイギリスの賢さは「二番煎じ」による外交手法ですから、味は濃くなくても、そこそこ色合いを出せるわけですよ。
    この、「中身は薄くても色合いに」日本は騙されたわけです。
    彼らの神を信じる・・・というか、神との立会い方の気高さに。
    キリスト教国いかに恐ろしや・・・ですよ。
    彼らは基本的にこの理論です。

    「私は過去に罪を犯しました。神よどうかこのふつつかな我をお許しください」

    つまり日本人なら誰もがまず想う第一印象は、「自分だけ良ければいいのかよ」であり、次に思う事は「許されれば何やってもいいのかよ」でしょう。

    日本人はそこで止まってしまっている。

    ここがポイントです。他国を評価する洞察力は間違いなく日本人にはあるんですが、「感性の鎖国」を自分から呼び込んでしまっている。つまり「性善説」の集団なんです。
    いみじくも今吉田松陰の大河ドラマが始まりましたね。
    彼は・・・彼こそは、性善説の代表格だと言われています。

    「真贋の洞察」では西尾先生はこう語っています。
    要約ですのでご勘弁を。

    『福田恆存という人間は、人生を諦めている。しかし、彼ほど人生を謳歌した人間はいない』

    私はこの作品から福田先生の人生をこう踏まえました。そこには「人生の美学」があったそうです。「美しさ」を知っている人間だったと。
    わかるような気がします。人間らしく生きることの美しさに人間なら誰でも惚れるのは当たり前です。

    しかし西尾先生はそうした大衆が溺れる感情に浸っていません。
    鋭く福田先生との自身の「差」を表現します。
    どちらが正しいとか間違いだとかという問題ではないのです。
    究極的には「美学」の競い合いなのかもしれません。いや「泥仕合」だって評価されるかもしれません。かえって福田理論からすれば、泥仕合のありかたこそ評価が高いのかもしれません。
    日本人が気弱になる場面はこの「人生の美学」に近寄りすぎる瞬間ではないでしょうか。
    そこには国家の歴史的背景が因果するのは当然ですが西洋人が持ち出す歴史の物差しは間違いなくその「長さ」であり「質」ではないのです。
    「質」を問いただし始めると、ヨーロッパという環境は、世界で一番俗悪な環境になってしまいます。それを避ける手段として、「長さ」を持ち出し、ギリシャに拠点を置きたがるのでしょう。
    とんでもない話です。

    階級にこだわる話として、拙い私の経験談からですが、昔の日録閲覧者の方々ならご存知のはずですが、私にはオーストラリア人の知り合いがおります。
    彼を頼りに豪州旅行に行った際、当時23歳でしたが、メルボルンのディスコに入ろうとした祭、私たち日本人数人の入室が許されませんでした。
    店の店員曰く「運動靴を履いているからだ」とのこと。
    豪州の友人はそこからしつこく粘って我々の入室を得るわけですが、その交渉中の際に他のアングロサクソンは堂々と運動靴で入っていくわけです。

    困ったのは私の友人でしょう。言い訳が立ちませんよね。
    ところが彼は何一つそこでひるまないのです。絶対負けを示さない。
    今考えてみると「これだな彼らのたくましさは」と思うわけです。
    説明はするんですよ。店の店員がこう言っていると。それを同族の言動だと認知しながも、友人の人格が次なる取るべき彼の行動を、我々には気づかせないように決めているわけです。

    ここにしたたかな彼らの強靭さを感じます。
    その強靭さはどこから生まれるのか・・・私の勝手な想像ですが、民族性はあるでしょう。まずそれがわかりやすくあるでしょう。しかし、もっと根深くあるのは「宗教」でしょう。
    彼らは「契約」している。つまり「約束」です。お互いに「約束」していれば、つまりキリストと約束していれば、罪は許されるわけです。
    私たち日本人でさえ、それほど「神」を常々崇めているわけではありません。なんとなく自分の生き方の中にそれを組み込む生き方しかしていません。
    彼らならおそらく都合のいい時しかもっとその利用方法を多様しかねません。
    しかし、彼らには日本人よりセンサティブにならざるを得ない人生感もあるようです。
    それが「階級の維持」だそうです。これはかなりの「縛り」なんだろうと思います。
    日本人ならどんな家柄に生まれても、「縛り」はそれほどなかったのではないかと思うんです。いや無いとは言いませんが彼らほどそれに縛られてはいないはずです。

    つまり私が言いたいのは、人間がどうやって生きていくかの上で、どうしても自由にはなりたくない部分があって、それを何に頼るかが人類の悩みであって、その分類に「宗教」はするどく突き刺さっていると言うほかないのですが、それに加えて彼らには・・・特にイギリス人には、階級意識が人生の支えとなっているのではないでしょうか。

    福田先生は日本人でありながら、そのことを人生の中で体感しながら、その感性と一番距離をおいて自分という人間観察をできた人物なのではないかと想像します。
    ここからは間違いもある私の身勝手な想像ですので、どうかお許しを。

    「おそらく福田先生は、キリストという人間がどんな存在だったのか、自らそれを体感する試練を惜しまなかったのではないか。そしてその体感の充足感こそが自らの西洋人を何かしら上回る起点とされていたのではないか。」
    この匂いをもしかすると西尾先生は意識なく『異臭』(表現が下衆っぽくてすみませんが)と感じられたのではないか。私はそんな勝手な想像をえがいております。
    西尾先生は自ら「自分は福田先生のエピゴーネンだった」と語られてます。その事は別にどうこう言うべき問題ではないのですが、問題とすべきは西尾先生がどうやって福田先生と距離を置けるようになったのかです。
    突き進んでいけば、西尾先生だって福田先生の前ではペテロやパウロの二の前だったはずなんですが、そうならなかったのは、おそらく福田先生との宗教観が大きな分岐点だったのではないかと想像するのです。
    決めつけはあまりよくありませんが、どうしたって何かが違わねば人間は離れることができません。そしてその原因は本人でさえわからないと思います。ですから私がここで暗中模索することは、ことに単に人間性だけに焦点を当てるのは失礼極まりないのですが、そうした上で語らなくてはならないのは、今回の西尾先生のご作品が、おそらくそうした身近なご経験から湧き上がる人間の冷徹さを隠さず表現し、地球人類のもう一つの線引きを見極めているんじゃないかと想像するからです。

    作品は一日にしてなるものではございません。様々な過去がなしうる「技」です。私は「国民の歴史」と出会ってから、西尾先生探しに没頭しました。
    それまで西尾先生のそれこそ「西も東も」知りませんでした。
    今私は西尾先生のエピゴーネンでしょう。そう言われても違和感はありませんが、それを自分が認めるかどうかは自分の中に「東西」があるように感じています。
    しかし、こうした自分の立ち位置を他人に公言するようになれたのは、もしかすると私に何かが育ち始めているのかもしれないと感じる次第です。
    もちろんそれが何なのか、検討も付きません。
    ましてや仕事以外に夢中になっているものがない以上、自分の変化は想像もできないのですが、年齢を重ねると、やはり先祖返りといいますか、自分の出処が意識の中で高まるようになります。ある意味ずるい休みどころではありますが、日本人は考えてみると普段出処を露出する場面に恵まれていませんので(小さい表現はあるかもしれませんが)、決定的な棲み分けはあまり好まれません。ところがそれでいてその棲み分けを個々には受け入れることができる民族でもあります。それは個々の意識の遠くに「人種」を意識しているものが絶対存在しているからでしょう。
    よくわからなくても臭うものに敏感な日本人ならでわの感性かと思います。

    長々と久しぶりに書いてしまいました。
    いったい私は何を語りたかったのか・・・。

    でも懲りずにまた書き込みます。
    【2015/01/14 10:13】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    あきんどさんは、西尾先生の本当によき読者だと思います。

    まだ読んでいなくてもね。

    野蛮な大陸の人たちには、今でもその遺伝子が受け継がれていて、
    性善説の日本人はどうやってもかなわない。
    でも、民族を抹殺されるわけにはいかない。



    日本人的ではない西尾先生にはまだまだ長生きしてほしいですね。

    余談ですが、
    皇后陛下の今年のおうたは素晴らしかったです。
    【2015/01/15 09:38】 URL | 奥様 #- [ 編集]

    素晴らしい
    奥様

    来し方に本とふ文の林ありてその下陰に幾度い

    いかにも美智子皇后様ですね。
    私の名前の一文字が、、、

    ナイアガラ素晴らしいお写真拝見しました。

    【2015/01/15 21:47】 URL | bunn #- [ 編集]


    >bunnさま
    文の一字ですね。
    本当だ、いいですねぇ。

    ナイアガラの動画もアップしたかったのですが、
    容量が大きすぎました。
    小さくする技術をまだ習得できていません。
    【2015/01/16 22:18】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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