奥様
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    『日本を翻弄した中国人 中国に騙された日本人』
    日本を翻弄した中国人 中国に騙された日本人日本を翻弄した中国人 中国に騙された日本人
    (2014/08/09)
    渡辺望

    商品詳細を見る


    じゃじゃじゃ~~~ん
    またまたうさねこさんこと、渡辺望さんの本です!

    うれしいじゃあありませんか、三冊目ですよ!!!

    日本は常に大陸に隣接しているせいで、
    中国との間合いに翻弄されてきた。
    上手に距離を置いているときはいいんだけれど、
    どうしても教養ある人は、
    中国の昔の書物をよく読んでいるから、
    中国への尊敬を抱いてしまう。

    そして、現実の中国人、
    現実の中国とのギャップがあることを憂い、
    それをを埋めるためにも、
    日本が応援しさえすれば過去の栄光ある?
    知性あふれる中国人にさせることができると錯覚してしまうらしい。

    教養があればあるほどそうなのだ。

    私も中学校の頃歴史を学んだ時間の中で、
    孫文や蒋介石は日本に居て勉強したり、
    応援してもらったりした・・・というだけで、
    いい人だと思っていた。

    ところが、このお人よしの日本人たちが、
    どんなふうに裏切られたか、この本にきっちり書いてある。

    秦の時代の兵馬俑などを見ていたら、
    中国の規模の大きさに驚嘆する。
    孔子や孟子・・・・三国志・・・・・
    中国への劣等感をもっている日本人も多いのだろう。

    だけど、毛沢東の文化大革命の失敗を
    同時代に生きて見てきた私たちは、
    もうそろそろこの渡辺さんの本などを読んで、
    冷静に中国との対し方を反省しなければならない。

    頭を冷やして、
    お人よしの日本人を脱却し、
    かつて中国に関わってきた人たちのことを冷静に分析し、
    学習したことを今後に生かす日本人にならなければならない
    ・・・・・・と思う。

    それにしても大江健三郎・・・・みっともない。

    渡辺さん・・・・・よくぞここまでクールに書いてくださいましたね!!!
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    【2014/08/22 21:12】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(30)
    この記事に対するコメント
    左遷?
    奥様
    渡辺望さんのご著書の紹介有難うございます。
    先日本家の当主が、実家に来て
    「姪の夫が中国に赴任することになったので壮行会をやってあげたのだけれど、どうにも盛り上がらなくて」と
    「中国赴任、、これは左遷らしくて、嫌なら会社辞めろということらしい」
    中国進出企業ですらこれでは。

    【2014/08/23 05:58】 URL | bunn #- [ 編集]

    宮崎正弘氏の書評
    http://melma.com/backnumber_45206_6075718/
    ここに書評があります。
    【2014/08/23 06:09】 URL | bunn #- [ 編集]


     宮崎正弘メルマガの樋泉克夫連載で、待望の宇野哲人ネタが始まった(初回二稿↓)。
    http://melma.com/backnumber_45206_6077873/
    http://melma.com/backnumber_45206_6078056/
     渡辺望本は買ってきたけど、旧稿(↓)で言及した佐藤栄作本は…まだ買ってない。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1648.html

    (回想)
     書道畑(漢学畑)の支那イメージは大雑把な書道史(漢魏晋唐宋元明清)が中心で、伝説に近い唐土の文化を専ら書物に依拠してかかる。専ら夢想の向こう側に酔うものだから、反する現実があるとは文字通り「夢にも思わない」。そんな桃源郷(?)でさんざっぱら遊んできた身には、加地伸行『現代中国学』(中公新書)など別世界そのものだった(そもそも書道ネタ出てこないしw)。新聞は書展基準なら読売か毎日で、別格が長老サロン(二十人展)の朝日。産経や日経は読んだ事がなかった。産業経済の略なら専門紙かと。まさか中央紙とは…もっと正直に云えば「普通の日刊の新聞とは思って居なかった」。
     その当時、巷では逆説の歴史本がどうとか取り沙汰されていた。当方そっちには興味がなく、買ってみたのは同じ著者でも別筋らしき井沢元彦『言霊』(祥伝社)くらい。~或る日、職員室の日本史先生んとこに生徒が質問しに来た。その先生との仲は悪くなかった。右も左も分からぬまま、横から無邪気に「そう云や逆説の…てぇのが出てたな」と茶々を入れると先生の表情に僅かな変化が感じられたが、その理由が苹には全く分からなかった。その前の高校に居た時は、なぜか歴史の某先生と相性が悪かった。ふと(酒の場で)ヒトラーについて喋ったら怒り出した事もあったっけ。なんでだろう?
     初めて読んだ西尾本は『教育と自由』で、まだ右や左や「つくる会」や西尾幹二は出てこない…つまり書物は専ら嗅覚で読む。予備知識(著者名とか)はどうでもよいから、右や左に惑わされる事もない。その代わり桃源郷の後遺症か世界が狭いのか、現実を見ない以上に「夢想を現実に持ち込めない」のが書道畑の宿命かも。言葉自体はそのままだと「教養としての中国」を現実へと持ち込む事にもなろう。それが明治の書道畑では「学んでいいのは唐代まで」で、宋代以降は見るだけ。明清以降は格が落ちるとされた。この違いは大きい。どっちが現実か分からないのは、日本の現実に「中国の今」が存在しないからだ。
     そんな感覚で渡辺望本を読むと、書道畑や漢学畑の捩れ具合がよく分かる気がする。どう説明したらよいだろうか…戦前の書道畑から見た「中国の現実」を。或いはいっそ、ネットで見つけた「ドラえもん」のパロディ漫画に喩えれば、意外とアッサリ「一目で掴める」のかも知れない(↓)。~尤も、この感覚は戦後すぐさま壊れていった。明清調の行草が流行し始めた時期と重なる。見た目の中国は若返り、日本の感覚は二重に捩れた。
    http://bokete.jp/boke/6734782
    【2014/08/24 06:54】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     宮崎メルマガの宇野哲人ネタ、樋泉連載の続き四稿(↓)。
    http://melma.com/backnumber_45206_6079384/
    http://melma.com/backnumber_45206_6079936/
    http://melma.com/backnumber_45206_6081049/
    http://melma.com/backnumber_45206_6081891/
     …てな具合に続けると際限がなくなる。ここらで打ち止め。

    (回想の続き)
     思えば書道史の勉強中、たまに何か引っ掛かる事はあった。~弱年の王羲之、どちらかと云えば東晋貴族の中では軟弱な方だった様だが、心臓料理をムシャムシャ食べたらどうにか面目が立ったらしいし、一応は後の右軍将軍でござんす。董其昌んとこは貧しい娘を吊して陰毛かきむしり血だらけにして遊ぶ暴力団まがいの一族で、民衆に恨まれて夜逃げしたとか。王鐸は首相クラスなのに清に寝返って、取っ捕まった明の遺臣だか天子だかに「アンタなんか知らないヨ」とほざいたら、清でも再び首相クラスに返り咲いたとさ(以上、うろ覚え)。…どれも日本人には付いていけない別世界かと。
     この手のエピソードは普通に勉強した書家なら知っている筈だから、その上での支那文化崇拝って事になる(たぶん)。政治や民族性は別の話と割り切って、唯美世界に耽溺するのが戦後的には穏当なのかも。相手の方とて大陸各地に台湾に香港に華僑あれこれ、しかも西冷印社あたりの知識人なら十把一絡げには出来まい。それに少し前まで中国側のは文革に怯えてた口だし、日本側には嘗て出征した世代が多かった。(BS11日曜名画座「月光の夏」(2014.8.24放送)の録画冒頭「もしや?」と思ったら案の定、タイトルの字は今井凌雪…戦闘機乗りが似合い過ぎ!)
     榊莫山の本で昔、文革で龍がパンダに変わったとか、小筆の「写奏」が「写巻」に変わったとか、そんなのを読んだ記憶がある。こっちの具体的な話の方が、苹には毛沢東がどうとかよりも遙かに分かりやすかった。文革の嵐が過ぎ去った後に湖筆廠を訪れた時は、古老の職人が「年々、羊の毛質が落ちてきている」と言ってたそうな(当時から!)。文革以前は賀蓮青、邵芝巌、戴月軒など多くの名店があった。そうした少し前の時代に文物を需め、実際に使った事のある皮膚感覚の持ち主が戦前日本には少なからず居た。それが開国後の日本人を惑わせた面もあるのかナと。
     他方、むしろ政治的に支那への中途半端な憧れを持つタイプが乗せられやすい気もせぬではない。渡辺本P.24の「どしどし支那に帰化」(『大西郷遺訓』)には驚いたが、支那を教導せんとする文脈なら分からぬでもなく。差し詰め美女の色香に惑わされた「たんたんたぬき」が、相手の内なる腹黒さに気付かぬまま亭主ヅラを決め込む様なものかしら。因みに佐賀鍋島の中林梧竹も薩摩の西郷南洲も、どうした訳か「ううきんたん」(漢字表記すれば大金玉?)なのは同じでござんす(関係ない話か…汗)。
     ~そんな回想を交えながら、P.40を読み返したりして居る。
    【2014/08/26 20:48】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    そうかそうか、中国礼賛には、「書」も大いに関係しているのか・・・・・
    【2014/08/26 22:23】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    昨日まで一週間実家にいましたが、その間にうさねこさんのご新著を拝読しました。丁度、小生のこの数年来追いかけているテーマ(うさねこさんの謂うところの「教養の中国」)ともつながっていますので、近いうちに別の友人の近刊と一緒にして書評を書こうと思っております。
    厄介なことに、この「教養の中国」には日本人のみならず、彼等自身さえも往々にして惑わされているということなのですが…。
    【2014/08/27 11:16】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


    >そうかそうか、中国礼賛には、「書」も大いに関係しているのか
     うーん…関係の有無か仕方か不明なれど、「隣の変な国」に近寄り過ぎない程度には鎖国名目の距離感が保たれてきた筈。その箍が外れて開国と相成った。「書」と云っても今のイメージではなく、日本文化と一体化した知の集積ツールがあちらと概ね共通していただけの話で、要は「書道」でなく「書物」。楊守敬が明治13年(1880)に来日して支那書道の起爆剤となるまでは、むしろ書道「抜き」に近い。また著者の云う「教養としての中国」は「日本の教養」の話で、対象の話ではない(「教養としてのフランス」は「現実のフランス」でなく「おフランス」)。現に「まえがき」末尾を見ると、「中国を非難するよりもまず、自分たちの中にある「中国」なるものを自戒しなければならないのだ」とある。
     にもかかわらず、書の話を持ち出すと何か特別な気持ちになってくる。南洲のを好むコレクターは数多いけれど、幕末当時は筆記具ほぼ全部が毛筆で、印刷された書物の字まで毛筆調の「草書変体仮名交じり」なのが全国どこでも普通だった。それより特別だったのは活字の方で、この頃から知識人が活字信仰に傾斜していったらしい(活字を読むのは知識人の証拠?)。~漢字の活字は上海経由(=西欧勢力下)で日本に入ってきた。新たに漢字と仮名の活字を拵えた築地の業者が大繁盛、活版印刷が明治ヒトケタ期に急速普及する。もちろん受け容れ土壌は頗る高い識字率あっての事で、ご親切にルビまで振るのは江戸期の伝統そのまんま。
     爾後、支那書道のブームが起きる。それまでは「日本の唐様書道」だった。江戸時代の唐様ベースは王羲之から顔真卿、米元章、文徴明、董其昌などの帖学マトモ系列で、明治の支那書道は碑学すなわち剛直峻険な六朝風の楷書や方勁古拙の漢隷が中心。つまり書道に託ければ馬賊的イメージの覇道を支那から学んだかのごとき形で、今の中国が日本にイチャモン付けてる様な西洋帝国主義の模倣に起因するのではない。日本は野蛮文明(?)の支那に学び適応(調和/親善?)しようとした面もあったのに、とことん野蛮には成りきれなかった。支那(華夷秩序)と西洋(植民地主義)はどちらも同じ帝国主義的な覇道の分水嶺。それらと一線を画した所に、日本の美意識を内包する武士道が引き立った。
     そんなふうに書道を中心軸として見れば、中国礼賛と西洋礼賛は共々「質的に同格」な他者同士の呼び込み合い(?)に過ぎず、畢竟どちらに転んでも日本の安寧は得られないかの様に映ってくる。しかし他方では、このジレンマが日本を背面から近代化したかの様でもあり、その事を含意するか否かは知らねども、ともかく著者はP.40で「明治維新の「立ち後れ」の受け止め先として現れた大いなる可能性の場」としての中国大陸に言及した。どのみち立ち後れていたのなら、そこにこそ日本の夢想もて四海を超越する余地が出てくるだろう。これは或る意味「危険な賭け」でもあり、ともすれば明治維新の精神自体が巨大なルサンチマン文化の勃興をも意味してしまう。
     軍国主義の右翼イメージがそれに近いかも知れない。伝統を意識しているにもかかわらず伝統文化の破壊なしには維持できない進歩的強迫観念が近代化を表徴するのに、実は近代の在処が分からない(場所と中身の乖離?)。西洋ばかりが近代ではない。日本では日本なりの近代が「それぞれの今」を自己に内在/同定し続けてきたのと同様、質はどうあれ支那にも支那なりの近代があった。してみると日本の近代化とは、海外の近代を日本基準で選別し輸入する行為に他ならない。仮に支那の近代が劣っていたとするならば、支那が列強に負けたという史実以前に先ず、日本の近代性が西欧の近代性に近かったという実質を示唆する事になるのだろう。
    【2014/08/29 22:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     妄想は、更なる脱線へと続く(汗)。…お題が「朝鮮半島の近代化」では、どうか。元々そこに歴史区分としての近代は当て嵌まらないかも知れない。むしろ「近代化」の方が「近代」を破門(?)する所に、朝鮮ならではの特徴があったかの様な。この場合「近代化」と云わず「進歩」と云った方がよさそうだが、通時的には「近代化」のままでも構うまい。そこに却って朝鮮半島のややこしさを感じる。
     朝鮮半島の近代化は支那化に始まる。それを支那への従属と見なしたものだから、支那化が近代化だとは誰も思わない。この意味では日本の近代化も支那化であって、時代は遣隋使以前にまで遡るから近代とは無関係。しかしそれでは言葉の辻褄が合わないし、近代化と欧米化の類義性を乱す訳にもいくまい。少なくとも日本や欧米の基準ではそうなるだろう。しかし韓国ではどうだか。あの国は先進国なのか。そもそも先進国とは何か。
     第一の近代化を支那化、第二の近代化を欧米化と捉え直せばどうなるか。朝鮮は近代的な国で、日本は遅れた国だった。朝鮮は日本に先進的な支那文化を「教えてあげた」。やがて朝鮮は第二の近代化に迫られるが、同様の清末中国は失敗して崩壊。片や日本は明治維新に成功し、日清日露の戦勝を踏まえて朝鮮を中国から引き剥がす。しかしあちらにしてみれば近代化とは中国化なのだから、中国が先に欧米化すれば朝鮮も後に続いて欧米化できた筈。ところが「独立」させられると、朝鮮は自前で近代化を進めねばならなくなる。つまり「近代化の源泉」たる中国との縁が切れる結果(←これも近代化の一面なのに)、近代化が阻止された形になる。
     保護国から日韓併合へ…これも一つの近代化ではあろう。しかし日本化は「正しい支那化の文脈」でなく、あちらから見れば伝統/華夷秩序を無視した欧米列強の植民地主義に近い立場と映った筈。どんなに生活が向上しても植民地は植民地、かと云って独立したい訳でもなさそうな点で「独立そのものの中身が歪んでいる」。…もしや鮮人にとっての独立とは、その実「ウリナラ肥大の悪」を道徳的に表徴するのかも。抑制主体と支配主体の同一性がないから、抑制するには支配される必要がある。それを理想的(?)な形で実現したのが同族間の両班支配体制だと見るならば、支配し支配され合う同族意識の濃密さに「余所者は要らない」。
     そこに中朝関係と日韓関係の類似性が感じ取れる。日中関係が他国同士、南北関係が同族同士なのとは別に、中朝関係や日韓関係はツンデレ型(?)の依存体質をそれぞれ別の形で示しているかの様な。北朝鮮の将軍様は国民を支配してくれるが、韓国の大統領は国民に支配される点で取り敢えずは異質。ところが対外関係となると中国は近代化幻想の模範であり続け、日本は侵略者としての近代性に於て常に他者/余所者であらねばならない。…何故か。日本は「右翼的」「欧米的」であればあるほど、朝鮮半島に「古来の近代性」を認めたがらないかの様に見えるからではないか。
     誰だって、自分の国に「近代がない」なんて思う訳がない。ただし「野蛮な近代」などの体質的な客観性に圧し潰される事はある。他者優位の自己喪失が反動への内圧になるのは珍しくなく、判断自体の体質が双方向的に民族的特質を形成するに至っては、例えば北朝鮮も韓国も、同じ朝鮮民族としての一体性に包まれるのは当然と云えよう。そうした前提に立つ対外関係が、分裂した自己との間それぞれに共通の民族的「ニオイ」を漂わせる。それらも含めて丸ごと「キムチ臭いんだよ!」と罵られたら、果たして彼らは(罵る側に対してよりも)自前のキムチに対してさえ冷静で居られるだろうか。
     それだけ「近代化」の根は深い(←分裂的意味!)と忖度するなら、分裂国家の一方が中国に回帰し、また一方が距離を取るかの様に振る舞う政治的状況には、奇妙な民族的因縁/感応を疑わざるを得ない。南北朝鮮は今も暗黙のうちにバランスを取り合っているのではないかと。もしかしたら彼らの民族的意思は、欧米的な「近代化」の文脈から脱却する方向に中国を折り畳もうとしているのかも知れない。(それが中国にとって迷惑か好都合かは皆目不明。)
    【2014/09/05 02:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (続き)
     苹らしくもなく、書道ネタの筈が政治的脱線。~支那化に伴う「(漢学)教養主義」を朝鮮支配層の一端に置けば、もう一端には文盲の被支配層が対照的な陰翳をなした筈。と同時に彼らは朝鮮語を話す朝鮮民族。如何に近代化=支那化の要請が苛烈で、また現に遂行中だったとしても、そこには応分の軋轢や内なる抵抗があった筈。しかしいづれにしろ支那/漢字文化圏の周縁民族たる朝鮮人や日本人は、それぞれ自前の言語に即した漢字の活用を成し遂げてきた。この事は両者とも応分に誇るべきだし、そこに質の上下はない。ただ、どこまで行っても差異があるだけだろう。
     それにしても面妖ではある。なぜ朝鮮独自の文字が「全く漢字らしくない」ハングルだったのか。それほどまでに朝鮮人は支那人、或いは支那文化を嫌っていたのだろうか。素直に漢字を駆使しつつ、活用の質そのものを根本から日本語に従属させていった側にしてみれば、同気連枝の大陸兄弟(?)らしからぬ仕儀ではないか。みっともない野蛮支那人と一緒にして欲しくない底意が歴史的に引き継がれてきたのなら分からぬでもないが、もしそうなら日本の地理的条件は、支那文化を理想郷へと仕立て上げられるくらい好都合な「距離」に恵まれていた事になる。灼熱の太陽に焼かれるでもなく、余りの遠さに凍て付くでもなく。
     そのハングルは朝鮮で廃れた後、日本の施政下で育まれた。すると「支那化の純血」(?)に穢らわしき日本の血が混じったからサア大変、さりとてハングルに恨み辛みをぶつける訳にもいくまい。日本の「漢字仮名交じり」みたいな「漢字ハングル交じり」書記様式から「ハングルの純血」だけを取り戻したかったのか、果ては「漢字の支那」も「書記様式の日本」も丸ごと洗い流すかのごとく血迷った。こと南鮮では漢字廃止の他、キリスト教化などの「近代化」に勤しんだ。片や中国では簡体字にピンイン導入。これも中国なりの近代化ではあるのだろう(そのピークで野蛮の極致~文革がやってくる)。
     中国では近年、繁体字の復活や書教育の強化を模索し始めた様子。本家本元が保守化に動いた形…と見るのは差し支えあるまいが、隣の半島は話が別で、漢字復活の必要を説くのはごく一部の学者だけらしい。実際、支那化/属国化のツールを「ウリナラの伝統」と見なしたり、保守化の文脈にこじつける訳にもいくまい(孔子が韓国人だったり、漢字が韓国の発明ならともかく)。おまけに漢字は日本の字でもあり、論理としては既に詰んでいる。反日は反中に連鎖する筈ゆえ、漢字復活は絶望的と云う他あるまい。そこが中国と決定的に異なる、自己喪失/文化複製半島の弱味なのだろう。

    (いったん中断)
     …↑ここまで書いて一休み中、念のため草稿用ファイルを検索したら、初代の天バカ板に書いた「気の向くままにつれづれと…」稿が出てきた(↓)。投稿日時は記録してないが、稿中のリンクから察するところ七年前の、宮澤元首相が逝去した直後らしい。以下その後半の、書物引用部分のみ転載する。

    >●W-J・オング『声の文化と文字の文化』(藤原書店)P.192~193
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >> アルファベットの歴史においておそらくもっとも注目すべき、たぐいのない成果は、朝鮮で、一四四三年に李朝の王世宗〔セジョン〕が、朝鮮人のためにアルファベットを考案せよとの勅令を発したときになしとげられた。そのときまで朝鮮語は漢字だけで書かれていた。朝鮮語はシナ語とはまったく類縁関係がないにもかかわらず、朝鮮語の語彙に漢字を苦労して適合させ(そして、組み合わせ)てきたのである(朝鮮語には、シナ語からの多くの借用があるが、かなり朝鮮語化されているため、そのほとんどは、どのシナ人にも理解できない)。代々の何千人もの朝鮮人、つまり、書くことのできたすべての朝鮮人は、人生のかなりの時間を、複雑なシナ・朝鮮式書字法を身につけるために費やしてきた。かれらが苦労して習得した技能を時代おくれのものとしかねない新しい書体系を、かれらは、ほとんど歓迎しようとはしなかった。しかし、李朝の権力は強大だったし、多くの抵抗を予想しながら発せられた世宗の勅令は、かれが比較的強靱な自我構造をもっていたことをうかがわせる。ある言語へのアルファベットの適用には、一般に、何年も何世代もかかる。世宗の集めた学者たちは、(先行する準備期間はあったものの)朝鮮語の音韻体系にほぼ完全に適合し、漢字で書かれたテクストとおなじような外観でアルファベットのスクリプトを書けるように、美しく図案化されていた。しかし、この注目すべき成果も、その受容という点に関しては、予想どおりだった。そのアルファベットは、学問以外の、実際的で卑俗な目的にしか用いられなかった。「まっとうなserious」書き手は、労苦にみちた訓練のすえ自分が身につけた漢字の書体系を使いつづけた。まっとうな文学〔文献〕は、エリート主義的であったし、エリート主義的と見られることを望んでもいた。二十世紀になってはじめて、朝鮮のいっそうの民主化とともに、アルファベットは、現在の優位(まだ全面的ではないが)を達成したのである。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >
    >(朝鮮の話題になったから以下蛇足)
    >●尾形裕康『我が国における千字文の教育史的研究(本編)』(大空社)P.332~334
    >--------------------------------------------------------------------------------
    >> 外国において出版された千字文を総覧してみると、中国には周系千字文・異系千字文の刊行・書写があり、さらに燉煌から発見の千字文を加えることができる。朝鮮においても周系千字文・異系千字文が刊行・書写されている。一方、西洋人編集のものにも、周系千字文・異系千字文があった。
    >> 以上、外国で刊行された千字文を種類別にみるならば、周系千字文八三部に比して異系千字文は三二部となり、周系千字文二・六部に対し、異系千字文が一部の割合で刊行されている。この周系対異系が二・六対一という割合は、日本の三・九対一(周系千字文八三二部、異系千字文二一四部)と比較すると、外国における異系千字文出版の比率がかなり高いことを示している点で注目される。ただし、これはあくまで著者が現在までに収集した資料に基づいての立論である。
    >> 次に千字文個々について特性を考察すると、中国周系千字文は、装丁において袋大が多く、楷書と共に草書体がかなりの数に及び、陰刻本が比較的目立っている。これらから、中国周系千字文は法帖形式の習字手本としての役割が強かったことを推知し得られる。これに反し、中国異系千字文の編集様式は、内容の実用性と共に形式も実用性を帯び、書体は全く楷書からなり、注釈や挿絵を付したものがとくに顕著となって、読書中心主義の特徴が歴然としている。内容上については、中国の歴史、とくに古代の天子・聖賢を叙述したものが多く、次いで道徳倫理を説いている。さらに周興嗣千字文の形式をふんで、天・地・人一般について叙述しているのは、日本における異系千字文の内容と類似しているところであった。
    >> 朝鮮周系千字文に諺文を多く付しているのは、習字用と共に読書用としての役割もあるからである。かつ小倉博士が述べているシーボルトの諺文付き千字文は西洋人が朝鮮語研究の口火を切ったものとして注目される。朝鮮異系千字文では、ほとんどが諺文・注釈・挿絵つきで、朝鮮版全体としては周系・異系千字文を問わず、大要、大版(袋大・折大)の装丁によるものが多い。朝鮮異系千字文の内容に関しては、日本や中国で比較的よく取扱われていた歴史関係のものがわずか一部をとどめているのみで、その外は一般事物の内容を載録したものであった。
    >> 西洋人編著にかかる周系・異系千字文は、西洋人が中国語を学習するための手ほどきの書として、おおかた編集されている。さらに周系千字文の翻訳の場合、その内容分類上の節の区切り場所・仕方が酷似していたこと、千字文の学習を、三字経等と関連させながら、教科課程の中で正確に把えていることなどが括目される点であった。
    >--------------------------------------------------------------------------------
    【2014/09/08 22:26】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    最近紹介した本に、韓国語について書いてある部分があります。

    韓国は漢字を禁止してしまったのですよね。
    せっかく日本のように、漢字かな交じり文のように
    漢字ハングル交じり文だったのに、
    日本の色を残したくないって・・・・・。

    で、漢字で書かれた歴史書などが、全然読めなくなっているそうですね。
    【2014/09/10 20:08】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (セレブ奥様宛)
    >最近紹介した本に、韓国語について書いてある部分があります。
     こちらの件ですね(↓)。取り敢えず検索して、桜の動画も見てみました。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1685.html
    http://www.youtube.com/watch?v=HsDDzE5Gao4
    >韓国は漢字を禁止してしまったのですよね。
     初期を除けば(?)露骨に禁止した訳ではない様だけど、趨勢としては廃止状態かと。(付け加えるなら、漢字文化圏の旅行者に不親切な点では事実上の観光自爆かとも?)
     …そう云や、何年か前に読んだ呉善花『漢字廃止で韓国に何が起きたか』(PHP研究所)は実感こもってて面白かったなあ。先日は大阪の「正論」懇話会で「朱子学の韓国は、日本の武士道を野蛮人と見る」てな話をしてたとか(↓)。
    http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140909/waf14090920560029-n1.htm
     因みに「書道美術新聞」(美術新聞社)では先年来、漢字だらけの「半島書芸史研究講座」を連載してます。地道に続いて既に五十回を突破、完結後の単行本化が待ち望まれる。朝鮮半島の文字文化史を俯瞰する上で史料的価値は極めて高く、かつ(←ここ重要w)愛国的なハングル専用人にも嫌韓の諸国民にも「分け隔てなく」推薦できる内容でござんす。

    (備忘録)
     近代化だの「ウリナラ肥大の悪」だの自己喪失だのと書き散らかした後に同じキーワードが出てくると、全く別の視点がいっそう新鮮に見えてくる…。そんな訳で以下転載。返す刀で、中国の全体主義的傾向についても色々と考えたくなる。
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/140913/art14091311300001-n1.htm
    --------------------------------------------------------------------------------
    >【賢者に学ぶ】
    >民主主義に内在する「悪」、新聞の役割とは… 哲学者・適菜収
    >2014.9.13 11:30 (1/3ページ)
    > 「民主主義をないがしろにすると独裁になる」と言う人がいる。これは完全に間違いだ。民主主義をつきつめると独裁になるのである。これは政治思想ではある種の常識だが、常識が通用しない時代に発生するのが全体主義である。
    > 哲学者のハンナ・アレントは、「民主主義と独裁の親近性」は歴史的に明確に示されていたにもかかわらず、より恐ろしい形で現実化したと言う。それは近代人の「徹底した自己喪失」という現象だった(『全体主義の起原』)。
    > こうした民主主義に内在する「悪」についてもっとも早い段階で正確に指摘したのが、フランスの思想家アレクシス・ド・トクヴィル(1805~1859年)だろう。彼が描いた穏やかで人々を苦しめることなく堕落させる「民主的な専制」とは、われわれの時代が全体主義と呼ぶものである。
    > トクヴィルは「民主的諸国民が今日その脅威にさらされている圧政の種類は、これに先行して世界に存在したなにものとも似ていない」(『アメリカのデモクラシー』)と言う。この指摘は正しい。
    > 専制と独裁は異なるものだ。専制は前近代において身分的支配層が行うものであり、独裁は近代において国民の支持を受けた組織が行うものである。つまり、トクヴィルは全体主義の到来を宣言したのだ。
    > トクヴィルは、「専制はいつの時代にも危険だが、民主的な世紀には格別恐るべきものである」(同前)と言う。民主主義社会では永続的に革命が発生する。平等化が進行すると、そのこと自体により不平等が目立つようになり、羨望と嫉妬によりさらなる平等化が進められる。こうして前近代的な階層社会やギルド、村落共同体が完全に崩壊した結果、社会的紐帯(ちゅうたい)は消滅し、孤立した個人は「群集の中に姿を没し、人民全体の壮大な像のほか、何も見えなくなる」(同前)。
    > これこそ、「徹底した自己喪失」という現象である。近代人は格差に耐えられなくなり、無制限に拡大した欲望は永遠に満たされなくなった。彼らは、信仰心を失い、権威を認めず、自分の殻の中に閉じこもる。そこでは、「数え切れないほど多くの似通って平等な人々が矮小(わいしょう)で俗っぽい快楽を胸いっぱいに想い描き、これを得ようと休みなく動きまわる」(同前)。彼らは同胞の運命に無関心で、自分の子供と特別の友人だけを人類のすべてと考えている。
    > こうした平等社会では、個人と中央権力が直結する。それを阻害する「伝統的中間組織」はもはや存在しない。その巨大化した権力は、人々の享楽を保障し、生活の面倒をみる。そして人々が永遠に子供のままでいることを求める。
    > こうして国民に迎合する独裁組織が支持を集めるようになる。これが「民主的な専制」だ。
    > トクヴィルは、社会の平等化を不可逆的な現象と捉え、復古主義を退けたが、権力の濫用(らんよう)を防ぐための制度が必要だと言う。
    > たとえばそれは「利己主義を抑制する」宗教であり、政治的な結社であり、新聞である。
    > トクヴィルは、新聞が世論を煽(あお)る危険性を指摘した上で、それでも「社会の紐帯を維持する装置」として重要視した。もっとも、こうした社会的「緩衝材」が本来の役割を放棄し、社会および国民を裏切ったときに、全体主義は完成するのである。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2014/09/14 22:08】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    たまたま今日、その適菜さんの話題が出ました。

    B層がなんたらかんたら・・・・という話になりました。

    以前私が視察した韓国の学校は、漢字を復活させる教育をしていましたが、
    今どうなっていることやら~~~

    【2014/09/17 21:06】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >B層がなんたらかんたら
     残念ながら、まだ適菜本は一冊も読んでない…ただし産経紙か月刊誌に少し出てた記憶はあるけれど。初めて検索したら、あれって小泉政権に遡る時事ネタ由来だったのネ。てっきり独創の適菜語かと思ってた(汗)。因みに実はホワイトカラーとブルーカラーの違いも、あたしゃ学習当時から今に至るまでピンと来てない次第。だからかナ。延いては所謂「××セラ」も、最初は客層をブルーカラーに特化した類かと思ってた…(orz)。
     閑話休題。
     以下、たまには短期記憶みたい(?)な草稿群への追憶でも。(BGMはミュンシュ指揮でメンデルスゾーンのスコットランド↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=dbdxomJyzAg

    --------------------------------------------------------------------------------
    >(苦情のやうなもの)
    > 自著の無駄に長いタイトルを、西尾先生は苦笑しながら紹介なさいますがネェ(念のため…苦笑と自虐とでは反骨精神のグラデーションが違うと思う…)。いざ言及するとなると、これが結構な困りモノなのでありんす。例えば話題の渡辺望『日本を翻弄(以下略)』(ビジネス社)なんざ、そう書くと失礼にならないかと本気で頭を抱えたりして。他にも会社名ではムカツクCMの「損保ジャパン日本興亜ひまわり(以下略)」とか、深夜アニメ「サーバントサービス」の登場人物名では「山神ルーシー喜美子明江愛里史織(以下略)」とか色々と。慣れてしまえば気にならない例は学校かしら。「卒業証書、以下同文」。
    > 因みに書道界では李思訓碑(李北海)や多宝塔碑(顔真卿)など、長いのは殆どが略称で通っている。また三蔵聖教序(集王や雁塔など)や鄭文公碑(上碑と下碑)の他、古今集や蘭亭叙などに至っては無慮数百本あり、正式名そのままだと却って区別に困る。しかしなんぼなんでも「以下略」扱いのはない…と、そんな事を真面目に考えていたら虚を衝かれた。『正論』2014.10号の目次に思わず爆笑、極端に簡潔なタイトルの西尾幹二「次は「南京」」があるぅ。それ見て笑っちまった自分に腹が立つのが心ならずも余計に滑稽と思えてきて、ナンダカ無性に八つ当たりしたくなったのであった。…ああん、もう!
    > 韓国さん、中国さん、ゴメンね♪(←棒読み)
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    (後記&蛇足)
     これ(↑)は前稿を書き始める何日か前に出来上がっていた保留稿。なにやら出しとかにゃならん気がして、このところ「敬老の日」を挟む日常が鬱々としていた。すると昔の刑事ドラマにありがちな台詞が思い出されては効いてくる。これすなわち天声人語~「吐いちまいナ、楽になるぜ。」
     そのまた一ヶ月前は、こんなの(↓)を書いてボツにした事もあったっけ。
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    > 先ずはgerubach動画の「半音階的幻想曲とフーガ」でも(↓)。…最初の三分間だけで草略楽譜っぷり、こちらの文字言語/草書みたいに途中もろ炸裂しとるやんけw(←あたしゃ動画を発見してから半年の間、よっぽど出したくて疼々してたんだろーな?)
    http://www.youtube.com/watch?v=sFn_zVOlDAo
    > ゴホンと云えば龍角散。お盆と云えば…一目散!(あっ、買い忘れてた!)
    > 十日が過ぎたのに雑誌2014.9号は失念してた。初の弘前ねぷた中止とか(死亡事故で県内騒然)色々あったにしろ、苹にしては珍しい。『WiLL』は大量に売れ残って山積み。『正論』は売り切れ状態だった(目立たぬ棚に最後の一冊発見)。
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     その後に書いたのが「2014/08/16 07:49」稿の原型(↓)だから、上のは「2014/08/12 02:24」稿を出した直後…と思い出せる。(今やワープロの草稿用ファイルは日記代わりか?)
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    > その夜の八時を過ぎた頃、苹は文末に「頗るマニアックで」と書き足していた(最終推敲)。少し仮眠を取った後、見ると「日録」にゲストエッセイが載っている。慌てて前稿を出したものの、後日…まだまだ書き足りなかった事に気付く(汗)。~演奏は融通無碍な筈と批判されるだろう余地は予測済みだった。しかし演奏が音源として固着すると、活字出版物と何ら変わらない性格を帯びてくる事にも目を向けずには居られない。しかしそれを認めたくない自分が何処かに居て、ついつい音と言葉を分かちたくなる躊躇が三日ほど続いたのだった。その結果、ゲストエッセイに先を越された。
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     また上記「苦情のやうなもの」稿の擱筆直後は別の「お題」を書き始めたが、そちらの方は未だ纏まらぬままダラダラと蟠って居る。…そんなこんなで今月も、いつもの月刊誌は今日まで買ってなかった(平積み絶滅、棚に二冊ずつ残存)。それまでは目次が餌の「おあずけ」気分たるや宛らポチ同然で、こちら苹公は内心ワンワン「暁に吠える」のでござんした。(…ん?↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=Cek6GQjDR1I
     「嗚呼あの顔で、あの声で」…伊藤久男が歌えば背筋はシャンとなるけど、今は綾小路きみまろネタくらいしか思い浮かばない時代でござんす(あれから四十年!)。
     BS朝日が2014.9.6に映画「日輪の遺産」を放送したのは何故かしら。映画自体は面白かったけれど、ついつい朝日新聞本社の記者会見に至るスケジュールを勘繰りたくなったのは…傍目にゃ間が悪いと云うか何と云うか。
    【2014/09/19 00:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     …短いくせに、連投スマソ(汗)。
     スコットランド独立否決に、ふと思い浮かんだ一曲(↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=JgSdBY7KHr0
     実際、かなり気になった。フランス指揮者がボストン振った前掲動画では物足りず、挙句の果てはマニフェスト…じゃないや。大西洋を越えた独特の「濃さ」まで持ち出さないと気が済まなくなった(嘗ての離婚相手から愛をこめて?)。…鬼畜米英の噎せ返る様な体臭に想う。やっぱり決め手は「ディスティニー」よね♪(なんのこっちゃ)

    (備忘録)
     あんまり短過ぎてもアレだ…と思い直して追記。産経記事、韓国ネタ転載。
    http://sankei.jp.msn.com/world/news/140920/kor14092007300002-n1.htm
    --------------------------------------------------------------------------------
    >【外信コラム】
    >ソウルからヨボセヨ 漢字復活の悲喜
    >2014.9.20 07:30 [外信コラム]
    > 昔の韓国は街の看板には規制が厳しくて、英語禁止の時代があった。解禁は1990年代以降だったか、その結果、今や英語だらけだ。ハングル自慢をはじめ日頃の「わが国最高」という愛国キャンペーンはいったいどうなっているの、と嫌みをいいたいほどだ。
    > そんな中で珍しくソウル都心の高層ビル街に漢字で「清進商店街」と書いたアーケードが登場し目を引いている。光化門広場近くの鍾路の大通りに面した再開発地域だ。以前は古い路地街で、昔のソウルの面影を残したその風情がよかったが最近、高層ビル街に様変わりしてしまった。
    > 「清進商店街」の漢字はその罪滅ぼし(?)かもしれないが、英語全盛時代に漢字とはどうやら中国人観光客などを意識したもう一つの国際化らしい。高層ビル街での漢字復活は逆にエキゾチックでさえある。
    > ちなみにこれまで漢字の看板というと中華料理屋しかなかったが、近年は行政当局がソウルの地名標示などに漢字を付けている。ところがこれが現在の中国の簡体字だから困る。
    > 中国人も日本人も分かる「駅」でいいのに「站」だし、ソウルの「首●(爾)」も落ち着かない。中国人記者も昔の「漢城」や「京城」の方が首都らしいのにと首をかしげていた。その意味では「清進商店街」は伝統風で好ましい。(黒田勝弘)
    >●=欠の人が小
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    【2014/09/21 03:00】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (もう一つの「河野談話」?)
     「日録」連載のアフォリズム集を恣意的に読んでいると、ついぞ連想ばかりがあらぬ方向にはじけ飛ぶ。果ては「誰か流れ弾に当たる奴は居らんか」とでも言いたげに、言葉が勝手に脳内をうろつき始めるから困ったもんだ。そんなきっかけの一つをば(↓)。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1474
    --------------------------------------------------------------------------------
    >(2-34)日本列島に住む住民とその文化を愛し、日本の国の歴史を正道に戻そうとする全体的な意思というものを重んじる、その一翼を担い、その一端に列しているということは主人持ちですね。いいじゃないですか。主人持ちでけっこうではないのか。主人のいない純粋芸術派の弱さ、純粋学問の虚しさになぜ彼らは目を醒まそうとしないのか。
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     書道畑が「主人」にビビビ。~それが書道、文字文化、言語芸術、或いはより広汎な世界や領分ならよいのだが、ナントカ流や誰々先生だと些か厄介な話になりやすい。相撲や落語の出稽古とは違うらしく、書道に他流試合の様なものはあっても他流の稽古は概ね廃れている。やはり師匠は特定の方がよいのかしら。しかも多くの場合、直近のイメージと同一視しながら「遠く昔をも見る」傾向が強く感じられる。
     流儀書道の江戸時代、確かに師匠の影響は強かった。とは云え実際さほど極端でもなく、偶々近所に住んでいるとか、他に師匠が見当たらないとか、その程度の「弟子とも云えぬ」寺子レベルが多かった。そこに「暴君的」家元イメージを持ち込む方が却って非現実的なのは、誰だって分かりそうなものだろう。兄弟子と弟弟子が師匠と似た字を書くのも単に師匠が同じだからで、師匠の与える手本が違えば弟子達の字はガラリと変わる(ただし基礎の同一性からは逃れられない)。そうした手本の多様性を束ねるのが師匠と云ってもよい。もちろん多様性の幅が拡がれば分裂的になるし、そうでなければ家族的/ムラ社会的な拘束イメージは比較的/相対的に強まったりする。…初めから比較しなければ、そうした認識自体、ない。あるのは目の前の一者のみ。
     社中/書塾で学ぶと、この辺が肌で分かる。ただし義務教育の学齢段階では不充分。戦後ゆとり世代(1945~)は学校で碌に学ばないのが通例で、その分だけ書塾の「お習字」イメージは却って頑迷固陋さを増すからだ。昔式に云えば、三体千字文を一通り学んだレベル以上でないと。そこを飛び越えていきなり古典から始めるのが高校書道ゆえ、昔と今とでは基礎の在り方が異なる。つまりスタンダードな一者の草略基礎なき「多様=分裂的」な古典から始める人が多く(と云うか…全部?)、なおかつ高校では理念的(?)にも「主人」的な位置に据えられた一者の在り方が「分裂症」的となる様、予め「学習指導要領で定められている」事になる。
     以上は「お膳立て」の初期段階。指導する立場の一者が多数の権威の影を担うと、いっそう「家元」的となった「イメージの塊」は一者を霊媒師のごとく仕立て上げる。すると一者は師匠のままで居られない。権威を崇める伝道師は謂わば「権威の奴隷」であり、直接には権威そのものを有しない(=教員に権威は要らない)。そこで彼らは権威を獲得しようと(←自由を希求!)、社中や展覧会の活動に熱中し始めたりする。…あれから数十年。権威ある人々は実用書道世代から芸術書道世代に入れ替わり、初心者の群れには優しく語りかけるのが通例となっていた。曰く、「書は読めなくてよい」のですよ、と。
     これが書道の「河野談話」に相当する。偉い人の誰もが口を揃えて、「読めなくてよい」と言っているではないか。論より証拠、今は誰も読めない。だから「読める様にする」書道は間違っている事になるのだぁ(歴史修正主義?)。さあ、想像の翼をひろげよう。…書道界にも、河野洋平みたいなのがウジャウジャ。

    http://blog.livedoor.jp/slapshot_seaside/archives/2010-04-02.html
     …と書いて一休み中に検索したら、こんなの(↑)が出てきて「続きを書く気が失せた」。よりによって、アノ河野洋平が田中真洲の…あああああああああああ(←錯乱中w)
     気を取り直して旧稿発掘。以下は『書を語る1』(二玄社)P.31の福田恆存。初出は昭和五十六年五月の「出版ダイジェスト」。~あたしゃ日録感想板か何処かに書いた「耳の痛い話」稿で、2005.1中旬頃に抄録したらしい(西尾全集第二巻P.395も参照あれかし)。
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    > 父は一九二九年の大恐慌の煽りで、その翌年の昭和五年、東京電燈を馘になり、同年、春湖師の死に遭ひ、それからは正に「芸は身を助く」で、子供相手に習字の私塾を営むやうになつた、丁度、私が浦和高校に入学した年である。その後、正確な年は覚えてゐないが、私と小中学校を同じくする高橋義孝の発意で、二人一緒に父に入門し、週に一度、二三時間、手習ひをした、大学生の頃である事は確かだが、それも三日坊主で、二年と続かなかつたやうに思ふ。
    > 私が多少本気になつて習字に身を入れ始めたのは、ロックフェラー財団の助成金を得て、昭和二十八年九月から約一年間、欧米で過し、二十九年の九月に帰国した後の事である。留守中、家内が比田井抱琴師に仮名を学んでいた事を知り、俺は仮名は苦手だから漢字が習ひたい、抱琴先生に相談して、大磯近辺に在住の信頼出来る書家を教へて貰へまいかと頼んだ、その抱琴先生が紹介してくれたのが平塚の田中真洲師である。
    > それにしても、不思議な縁である。早速真洲氏を訪ねたところ、書は初めてかと問はれ、正直に言つた方がよいと思い、父に就いて多少半紙を汚した事はあるが、初めても同然だと答へた。すると、師は急に膝を乗り出し、あなたのお父上といふのは、春湖師の弟子の秋湖、福田幸四郎さんではないかと言ふ。「その通りです。でも、どうしてそれがお解りになりましたか」と反問すると、真洲氏は自分も東電に奉職し、主に辞令を書いてゐたが、お父上とは二三度、会つて書の話をした事もあるといふ、父の馘首の辞令も恐らく師の手によるものであらう。が、師は何事も合縁奇縁だと、私の弟子入りを快諾して下さり、家内も一緒に漢字を習ひたいといふ要求から、週に一回、拙宅にお越しを願ふ事になつた。大層、我が儘のやうであるが、こちらから伺ふ事にしたら、仕事に逐はれて、きつとさぼるであらうと思ひ、師を迎へるといふ事で、私は自分で自分を縛らうとしたのである。
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    【2014/09/28 12:04】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    ・・・・・・よみきらん・・・・・
    【2014/09/28 21:06】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (前稿の続き)
     書道に垣間見える「河野洋平」的な何者かは、「隣国に」でなく学習指導要領に、学校を直撃した戦後の国語改革に、「達筆で読めない」とする常識に媚びる。そこでは嘗ての権威が持て余され、様々な盥回しの途中で徐々に散佚していった。~学習指導要領も河野談話も、解釈次第でどうにでもなる。オリジナルの河野洋平が自分の談話に振り回されているかどうかは知らないが、教員の場合は他人の拵えた「談話」的な指標に、と云うよりは指標に準拠する教員仲間(管理職を含む)の理解に振り回される傾向が強い。彼らには彼らの「主人」が居て、その正しさが解釈を方向付ける。また彼らの主人が河野洋平なのではなく、まさに一人々々が河野洋平のごとき善意や学問に自ら納得する。
     善意の方は悪意を捨象してかかるから、いったん悪意のごとき側に追いやられた視点は余り顧みられない。片や学問の方は元々が西洋由来のモデルと整合する様に組み立てられがちだから、あちらの文化圏に含まれない領分を解釈するには相応の操作が要る。そうした事どもが明治以来の心理に蓄積し、いつしか誰もがそれぞれ素直に現在を受益せざるを得なくなる。たとい歪曲された姿であっても、結果的に国語改革は正しく、学習指導要領の解釈も正しい。さもなくば我々は、生まれながらにして間違った世界/文化を受容している事になる。それぐらい、過去を過去の視点で見るのは難しい。今更のっぴきならない「失われた過去」を突き付けられても困るし、忙しくてまともに付き合う暇などない。
     安くて俗っぽい同情論に見えても仕方のない話なのだろうが、~かのリアルな河野洋平だって忙中それなりに熟慮した結果、あの談話で事態収拾に向かうと思った筈。その信念(未練?)は今でも枉げられまい。後続の対応が拙かった、とまでは言いにくかろうが事実それが本音だろう。「歴史家に任せる」姿勢の安倍政権に今も承け継がれている通り、政治家が学問の聖域/禁忌に踏み込めば却って藪蛇になる(現に後々「(戦前)よい事もした」や「神の国」程度の発言で大騒ぎ)。~ところで、学問が政治に踏み込むのは構わないのかしら。「つくる会」の運動に向けられた批判は結局、リアルな政治とクリティカルな学問との断絶を目指す安全装置=狂信の焦りではなかったか。
     学問は、学問であるがゆえに生活と関与してはならない。学んだ事を仕事に活かしてはならない。仕事に役立つ事は仕事場が教えるのだから、本当は学問など要らない。…いつか来た道、明治義務教育の黎明に農村で響いたエコーの様な。そのくせ指導的立場が提唱した「実学」優位思想だけは独り歩きし、学問不要論と結合するや変質を余儀なくされた。学問と生活の調和が実学だった筈なのに、排他的な棲み分けと経済の方が先に三つ巴で調和していったかの様な。「虚学」に至っては今や死語同然の観がある。これを「実学が学問を征服する」文脈と見るならば、こなれた虚学は「日本の学問」と「世界の学問」を沈黙の世界に分かつ/混同する/非学問化するだろう。皮肉な事に、世界は対比である。
     今や書道は名実ともに虚学となった模様。先に虚学となったのは「美術/芸術」一般の方で、明治の文明開化による自国文化卑下の風潮が基盤となるが、と同時にフェノロサやパリ万博を含む反動的(?)な蒸し返しもあり、西洋的文脈との兼ね合いに於て試行錯誤が続く。他方、余りにも東アジア的/民族的な書道は西洋基準の芸術から取り残されたまま「芸術を自称せずには居られなくなった」。…そんな渦中の書家自身が「芸術としての書道」にばかり目を向けると、今度は「虚学としての書道」が置いてきぼりを食らう。つまり芸術としても学問としても未消化の状態が、過去に学べば学ぶほど「過去の忘却」にしがみつく様相へと顛倒した。中でも忘却過剰に陥った対象は幕末までの六百年前後か。雑駁には御家流の勃興と爛熟をめぐる時期で、それがいきなり文明開化のギロチンにかかった。果てはゾンビか鵺のごとき姿、各方面から揶揄されたところで文句は云えまい。
     さはさりながら、「ならば河野洋平は鵺なのか?」と切り返されても言葉に詰まる。或いは比喩が突飛に過ぎたかも知れないし、書家の側とて日本の書道文化を開国後も戦後も生き残らせようと無理を重ねた点では、却って「似た顔つき」に見えてくるかも知れない(同類同士?)。…ともあれ本人、なにしろアノ魅惑的な鳳眼ぶり(?)でござる。かの中国の王毅外相に負けず劣らず瞬くさまを、可能な限り贔屓目に思い浮かべたらどう映るかと。~総身の酒毒が按ずるところ、鵺にしてはハンサム過ぎるのが稍や惜しい。

    (附録)
     「尋常小學書キ方手本」、甲種と乙種の画像比較例(拡大画像アリ↓)。
    http://www.bunzo.jp/archives/entry/001628.html
     …この程度の教育的実用書風なら昔は誰でも書けた。その証拠が拙宅の便所に掛けてある。半世紀は経つ宣伝用らしき寒暖計で、木製の地板に「乙種」系の毛筆小楷で「ツヂ藥局」、更に小さい字(つまり細楷)で番地無用の所在地表記と四桁の電話番号。たぶん熟練職人の手書きか、それをベースとした印刷なのだろう。青森の田舎ですらそうだった。子供時代の苹は、精緻な書きぶりに見とれるのが密室の日課となっていた。
     当時はそうしたレベルが普通だった。風呂場のペンキ絵みたいな職人仕事だから誰も芸術扱いしない。草書も「読めるのが当たり前」でないと、郵便配達夫は仕事にならない。と云う事は中卒か高卒で充分。文人だらけの都会とは違う分だけ余計に、学識とは無関係なのも田舎では「格下げ感覚」過剰の観念的常識となっていた。
     その感覚(実用書道世代)を平成の高校書教育に持ち込めば、芸術書道世代との衝突が二重に避けられなくなるのも無理はない。この分岐点は遅くて昭和末期、早いケースなら昭和三十年代初頭には到来していたらしい。都会と田舎のギャップには色々あって、論壇では都会感覚の側から過去を裁断する事例ばかりが目立つ様だが、田舎感覚の側から進歩的/予言的現実を受け止める見方が~必ずしも「後追い/受け身」型ではない脈絡があってもよい。そうした掴み方を苹は予々「保守」の原型に見て居る。

    (愚痴)
     こんなふうに書き連ねるのも…ええい、まどろっこしい!(←あ、キレた。)
     ここは一枚の写真でやっつけてしまえ。全集一巻冒頭いきなり、「髪のある西尾先生」がデカデカと載っている。頁裏には「留学前(二十九歳)、わが家の座敷にて」。河野洋平とは別の意味でハンサムな被写体の左に床の間が見え、ピンボケで読みにくいが「見由類高祢尓毛(見ゆる高嶺にも)」なら、どうにか。先生は昔こんな和歌の掛軸を見て育ったんだろうなあ。~で、私が上でゴチャゴチャ書いたのは、…それが普通に読める日常感覚の事なのねっ!(←あ、またキレた。)
    http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1412438236/l50
    http://news.livedoor.com/article/detail/9310435/
     …てな事を書いてたら、こんなの発見(↑)。記事自体は煽り半分と差し引いても、筆跡学ネタでは若干の心当たりがある(「2013/05/04 01:59」稿で引用の魚住発言を参照↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1465.html#comment
    【2014/10/05 03:20】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿補記/或いは雑感)
    >芸術としても学問としても未消化の状態が、過去に学べば学ぶほど「過去の忘却」にしがみつく様相へと顛倒
     以下、この箇所(↑)について敷衍する。
     現在と過去との差異が顕著な場合、過去の実相にしがみつく行為は「過去を正視する事」に他ならず、従って必ずしも「現在を正視する事」とは相容れない。そのため過去自体が「現在とは異質なもの」としての切断を予定され、やがて自ずと忘却理由を構成/生成する。結果「現在の視点から過去を裁く」刑場では「だから裁かれねばならぬのだ」となったりするが、過去を丸ごと忘却する流れの中では、過去にまつわる研究の蓄積も丸ごと一緒に流れてしまうか、もしくは現在の視点に適応した形への変容/歪曲を余儀なくされたりもする。…屁理屈に見えるかも知れない。が、トリビアルで珍奇な事実をいくら積み重ねたところで現代生活との齟齬は否めない。「過去に学ぶ」とは「悪しき過去を反省する」事であらねばならず、美しい過去や誇らしき過去は拡張された自己愛の投影でしかない。
     自己愛の何が悪い、と訝しむ気持ちはよく分かる。ところが反省は道徳の一環にある。反省過剰の「病理」について、つい最近も西尾先生は『正論』2014.10号で言及しているが(次号では東郷和彦メンタリティ)、そもそも日本人は戦争に負ける前/始める前から反省に慣れてきた。歴史を反省する前に言葉を反省した。小学校の「国語」科目が出来る前から反省した結果、「改良」された教育科目の「国語」がつくられた。言葉が丸ごと反省で、自分が反省し続けている事に気付かないくらい慣れてしまった後は、どんどん反省をエスカレートさせる他に「反省を意識する」手がない。とにかく反省したい。なんでもかんでも掻き集めて反省し、それでも「まだ足りぬ」とばかりに更なる反省を要求する。~こうした連鎖の行く末がどうなるか、幕末教育を受けた世代の知識人達は薄々勘付いていたのでは。齢五十を迎えた頃「国語」が成立、取り返しが付かなくなっていく。
     それでもなお反省し続けないと、まだまだ西洋文明には追い着けない。切迫した危機感が明治維新で緊張し続けた挙句の疲弊と裏腹に、表向きは軍事的帝国主義との協調を装いながらも、背面では生活上の文化に浸蝕し続けた。…フィクション心理では朝ドラ「おしん」の時代。彼女が達筆になった(←加賀屋の大奥様の薫陶!)のは或る意味、皮肉でもある。生活上では日常の礼儀を弁えた修身的素養でありながら、その交際範囲に於てはドラマ終盤、恰も「過去(文化)と過去(政治思想)との衝突」を調和させた結果の葬送対象に収斂していくかのごとき予言性を醸していた気がしてならない。「スーパー田倉」救済に手を差し伸べた転向老人(?)の苦味は、「おしん」の達筆と共にやがて滅びてゆく(のだろう…ドラマでは未描写)。中にはあれを反戦ドラマと見る向きもある様だが、苹の場合は歴史断絶ドラマと見る方が余計なイデオロギーの影響を受けずに済む。
     幕末世代の明治人は「おしん」前の書字文化世代だった(言文不一致)。やがて「現代文」の初期段階が整備され、文語文は古典(古文・漢文)の体裁に隠れつつ活字化し共存した。…文字世界は対比である。書字世界は半世紀後の忘却へと向かう反面、内容は活字世界に転移して現代文との対比形式を守った。もし古文から現代文への転換動機に反省が関与するなら、対比の動機は反省にある…とならないか。自己愛は偏在せず共に宿り、反省もまた自己愛の一形式として強度を増していく。極端な話「いっそ古典を滅ぼしてしまえば、反省せずに済んだのに」と思わぬでもないが、それの出来ない国体が日本でござる。反省は日本の宿痾かも知れない。(それに対してキリスト教道徳では、罪だの告白だの信仰だのと、もっと複雑な体裁で他者/神へと受け流す仕組みがある?)
     因みに教員の場合は自分の職場すなわち学校で、それぞれに「それぞれらしからぬ=無自覚な」教員道徳(例えば日教組の?)を守る。そこに学校道徳(主に文部科学省の?)を持ち込もうとすれば、教員側(教職員組合側?)は自動機械/お約束の様に抵抗するらしい。二つの反省道徳が衝突する時、生徒や保護者は何を反省すればよいのやら。或いは「反省」自体の意味論的な歪みを反省するもよし、先ずは「反省」以前の歴史に立ち返り/取り戻すのもよし。かと云って学校や教員と喧嘩する訳にもいかず、個々人の立場ではさぞ悩ましくもあろう。いづれにしろ道徳は敬遠され、それが各教科/科目の水面下に潜る。すると科目道徳は教員道徳や学校道徳の防波堤と化し、…ここから先は推して知るべし。或る科目では教員採用試験が事実上廃止されて形骸化が続く。また或る科目では謝罪/反省道徳の教育が情熱的に続く。

    (備忘録)
    http://www.sankei.com/world/news/141009/wor1410090050-n1.html
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    >2014.10.9 22:13更新
    >【本紙前ソウル支局長起訴】
    >「行方不明」「下品」…事情聴取で浮き彫りになった日韓の言語文化の違い
    > 【ソウル支局】韓国検察が産経新聞前ソウル支局長に対する一連の事情聴取で重点を置いたのは、前支局長がコラムで使った「行方不明」「下品」といった漢字語についてだった。これらの言葉は通常、韓国語では日本語より強い意味となる。「朴槿恵(パク・クネ)大統領を誹謗(ひぼう)した」と検察側が前支局長の在宅起訴に踏み切った背景には、こうした日韓の言語文化の違いもあった。
    > 2日間にわたった8月の聴取で検事が時間を割いたのは、「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…」というコラムのタイトルに、なぜ「行方不明」という言葉を使ったのか-だった。
    > 沈没事故当時の朴大統領の居場所について、大統領府の秘書室長は「分からない」と国会で答弁していた。日本では首相の動静が分単位で報じられるが、朴大統領は事故当日、7時間にわたって大統領府内の所在がはっきりしなかった。
    > 前支局長は「国会の質問者や国民が所在を明確に知りたかったはずだ」と強調したが、検事は、大統領府内にいたのだから「行方不明ではない」と指摘し、記事は虚偽であると認めさせようとした。
    > 「行方不明」は韓国語では、「行方をくらます」といった強い意味で受けとめられる。前支局長は、日本語では同じ敷地内にいて姿を見かけない程度でも使うと説明したものの、検事とのやり取りはかみ合わなかった。
    > 次いで検事が追及したのは、コラムで「『下品な』ウワサ」という表現を使った意図だ。前支局長は、「品格が落ちる」という意味で漢字熟語の「下品」を使ったと説明。だが、韓国語では「下品」はほとんど使われず、「賤(いや)しい」を意味する強い言葉で訳されがちだ。検事はこの言葉を「誹謗」の一つとみなしたようだ。
    > コラム中の「政権の混迷ぶり」「不穏な動きがある」という表現も問題視された。「混迷」や「不穏」は政権の不安定さを伝える用語として日本の報道でしばしば使用される。だが、韓国語の「混迷」はより強い意味となり、「不穏」は「反逆的な陰謀」を示す言葉としても用いられる。
    > このため検事は、これらの単語は「大統領を誹謗するためのものではないか」と迫った。前支局長は、記事はそもそも「日本人読者が日本語で読むこと」を前提に書いたもので、誹謗の意図は一切ないと反論した。
    > 日本語と韓国語には同じ漢字語が多いが、ニュアンスが異なる言葉も少なくない。さらに、韓国ではハングル表記が主で、漢字の本来の意味に疎くなっている。こうした事情も今回、誤解を生んだ背景にある。
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    【2014/10/10 23:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (蛇足)
     前稿を出した直後、またまた書き足りなくなって一言、「恋の様に情熱的な反省は、時に盲目であればあるほど、裏を返せばストーカーのごとく攻撃的になりやすい(しかも無自覚?)」と付け加えたくなった。かと思えば一方では、ちと言語面への執着が鬱陶しくなり過ぎたかナ、と「反省したくなった」(苦笑)もんだから、コリャますます始末の悪い仕儀となる。にもかかわらず、言葉/文字について書きたい事が、まだまだ山ほど残っているとあらば。
     例えば文字言語(古典/現代文)をめぐる呪縛要因の一つ。柔軟な反省から厳密な反省への質的変化。昔は細部の記憶が曖昧なら行書や草書で書く手もあったのに、いつの間にか頭コチコチの楷書/活字原理主義が、先ず国語の採点を牛耳った(皆さん例外なく身に覚えがあるだろが?)。そこに「反省」を結び付ける切り口では、当方まだ一度も書いていない。…反省の一言で中身を十把一絡げにすると判断を誤る。これは階調の問題でもあり、質の問題でもある。日本人の言語生活は或る意味、草略のしなやかさを失って窮屈になったのではないか。歯車には「あそび」がないといけない。もちろん潤滑油も要る。なんなら前稿後半との脈絡に配慮して、他意はなくとも敢えて「下品」な喩えを出してみようかしら。アレを挿れる時は御承知の通り、相手が充分に濡れていないと痛(以下略)

    (補遺~備忘録)
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1648.html#comment
     先般「2014/07/17 22:39」稿(↑)で遺品ネタに言及した。その後ちらほら新聞に載った「空き家」問題が気になったりしていたが、今度の産経記事はズバリ直球ど真ん中(↓)。…このところ拙稿は備忘録が多くて申し訳なく思って居るけれど、どうか旧稿との関連上ご容赦いただきたく。(平伏)
    http://www.sankei.com/affairs/news/141011/afr1410110038-n1.html
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    >2014.10.11 21:56更新
    >「遺品整理業者」トラブル続出 貴重品を無断回収、見積もり4倍請求…業者見極め重要
    > 故人の遺品を片付ける「遺品整理」をめぐり、貴重品の無断回収や大幅な追加料金など業者とのトラブルが相次いでいる。1人暮らしの高齢者などの「孤立死」が増加傾向にあり、今後も遺品整理業者に対する需要は高まるとみられ、国民生活センターなどは優良業者を見極めるよう呼びかけている。
    > 国民生活センターや社団法人「遺品整理士認定協会」(北海道千歳市)によると、業者が無断で貴重品を回収してしまったり、料金の増額を求めたりする例が頻繁に聞かれるという。
    > 南関東に住む60代の女性は平成24年9月、父親の遺品整理をリサイクル業者に依頼。業者は仏像や花瓶など高価なものを女性に無許可で次々に持ち去った。何をどれだけ持っていったのかも不明だという。
    > 関東地方に住む50代の女性は今年7月末、70代の母の遺品整理を業者に依頼した。見積もりは約30万円だったが、作業後に請求されたのは約120万円。見積もりを安く提示し、作業後に大幅な増額を求める悪質業者の典型だった。
    > 同協会によると、遺品整理業者は1人暮らし人口が多い関東圏を中心に増加傾向にあり、現在は全国に約9千社が存在するという。
    > 利用者には、故人と疎遠になっていた遺族だけでなく、故人への思いが強いがために遺品に触れることができない遺族もいる。相場も分かりにくく、泣き寝入りすることが多い。一方の業者側も、仕事を始める際に行政機関への届け出は不要で、経験不足が目立つ。
    > 国民生活センターは「見積もりを細かく出し、内容を説明できる業者を選んでほしい。作業に立ち会えば、突然見つかった貴重品についてのトラブルも防げる」と注意を呼びかけている。
    > 約14年にわたって同業を営む「遺品整理の埼玉中央」の内藤久さん(54)=さいたま市中央区=は、業者を見分ける視点として「見積もりの根拠を説明できるか」「過去のトラブルを答えられるか」などを挙げる。家族間で各自の貴重品を一覧表などにまとめておくことも勧める。内藤さんは「故人との思い出をきれいなまま残すためにも、選ぶ目を養ってほしい」と話している。(佐藤祐介)
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     これって、もしや中国人マフィアを黒幕とするかのごとき新手ビジネスだったりして?(←妄想)…あんまり考えたくないけど、実際かなり現実味ありそうになってきてるよナア。他にも開拓余地がありそうなのは、跡継ぎの居ない墓の撤去仲介とか、お寺が檀家を失い困ってる所を狙って在日紹介、文字通り「穴埋め」するとか。
     …そう云や、前にも書いた事があったっけ。そのうちワンサカ増えた中国人が不可逆に高齢化するでしょ。だから次は山林や水源地や一般土地物件ばかりでなく、墓地の買い占めブームが始まるの。するってぇと西尾先生んとこも、お墓の隣近所が中国人に埋め尽くされる日は遠くない…てな与太話。チョイと調べてみたところ、アレは「2013/05/07 07:10」稿だったのネ(↓)。まったくもって苹ってやつはホント、ふざけた野郎だゼ(ヌケヌケ)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1452.html#comment
    【2014/10/13 15:55】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (Es war einmal.....)
     「日録」元記事は新刊紹介ネタなのに、コメント欄は仮名遣いネタ。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1480#comments
     すると西尾先生がやってきた(ビックリ↑)。それ見て思わず初出当時のをあれこれ発掘したくなっちまったのが「デバガメの苹」でござんす。池田様への言及稿は、こちら(↓)。
    http://book.geocities.jp/nishio_nitiroku/kako43.html
     そんな十年前のを振り返ってたら、いつの間にか著者本人も上記「日録」コメント欄に登場してたんでビックリ。他方、こちら奥様ブログ(↓)には著者の御閨室様がお出ましでビックリ。それ見る苹は覗き見の気分。アチラは男湯、コチラは女湯…(汗ばむわぁ)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1704.html
     記念にコピペ保存しといた「勝手応援板」投稿群も久々に読み返してみた。この辺(↓)などの多くが勉強になって、懐かしいやら楽しいやら。年を経るほど…有難や。
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    >222 仮名のこと(番外編) キルドンム 2004/04/19 16:12
    > 男性 36歳 O型 岐阜県
    >
    >苹様へ
    >
    > 148の続き、早く書こうと思っているのですが、新年度の開始とともに仕事が忙しくなり、なかなか時間がとれません。月末までには投稿しますが、先に御質問にお答えすることにします。
    > 祖父の遺品(?)の『言文一致用文』のことですが、文例から察するに対象としては広い層を目指しているようですが、とりわけ商人向けの書簡が多いようです。目次から取り上げてみますと、「商家へ奉公口依頼の文」「商社設立を賀する文」「工場開業を賀する文」「塩田開きを賀する文」「養蚕所設立を賀する文」「返金延日申入の文」「引札配布依頼の文」「添書を依頼する文」などというのが並んでいたりします。勿論、農事関係のもかなりあります。
    > なお、「出阪の人に買物依頼の文」(本書を出した鍾美堂――「心斎橋北詰北へ入西側」にあったそうです――の宣伝がちゃっかり例文中に収められているのはお笑いですが)「書籍の借覧を請ふ文」には、『訓蒙日本外史』『文章軌範』『十八史略』「四書」『本草綱目』『和名抄』等の書名が当然のように並んでいるのが時代を伺わせます(漢学が最後の光輝を放っていた頃。嗚呼)。今の書簡文例集なら一体どんな本が出てくるのでしょうか。
    > 「今昔文字鏡」は所持しておりますが、せいぜい遊戯的に使うだけで、実用にはやや不便のようです(「クリップ・ボード」がどうたらこうたら、理解し難い作業を要する)。
    > 最後に、大正時代に一時期用いられ、悪評嘖嘖だった「棒仮名遣い」(新仮名遣いより一層過激な)についての御意見を是非とも伺いたく存じ奉ります。確かに、「えい」「おう」と表記してあっても、これらを日常そのまま発音している人は尠ないのでしょうから(当地では「あい」「おえ」等でも、それこそウムラウトが欲しい位の発声をされていたりしますが)、新仮名の引きずっている要素は「は」「へ」「を」のみではないと考えるのですが、その点いかがなものでしょうか。
    >
    >
    >223 222の訂正 キルドンム 2004/04/19 16:50
    > 男性 36歳 O型 岐阜県
    >
    > 一部記憶違いでした(恥ずかしや)。棒引き仮名遣いは大正期ではなく、明治三十三年の小学校令施行規則で定められたのですが、四十一年に廃止されたのでしたね(現場で実際に教えられていたのはもう少し短かったのでは?)。謹んで訂正致します。
    > 結局、これは片仮名のみに採用されていたのですが、推進論者たちには平仮名にまで拡張する意図があったのではないのでしょうか。歴史的仮名遣い――棒引き仮名遣い(並行)――歴史的仮名遣い――現代仮名遣い――こう通覧してみると、確かに一貫したものが感じられます。
    --------------------------------------------------------------------------------
    http://imoshiori.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7438296
     その前後に書いた拙稿部分は天バカ板に再掲済み(↑)。興味ある人には「【再掲】国語問題04」稿(2011/09/30 (Fri) 21:48:35)以降の、同07稿を除く「【再掲】国語問題08」稿(2011/10/12 (Wed) 21:39:40)まで御覧いただけるなら幸甚だが、慣れない人にはかなり長く感じられるかも知れず、変人か変態か根気強い人にしかお勧め出来ない…(汗)。
     私事追記。うちの爺様、2014.10.23でした。享年九十三歳。
    【2014/10/23 21:58】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    そうそう、池田さんの奥様までおでましになりました。

    すんごくうれしいです。

    ブログはこれだからやめられない。
    【2014/10/24 21:14】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >苹さん

    遅くなってしまいましたが、
    御尊父の御逝去に際し、謹んで哀悼の意を申し上げます。
    苹さんもご長男さんでしたっけ?しばらく大変かと思いますが、何卒御自愛下さい。分有同哀。
    【2014/10/26 08:00】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


    >御尊父の御逝去に際し、謹んで哀悼の意
     キルドンム様、有難う御座います。こちらは年齢で老人を爺様や婆様と呼び、続柄には触れない様にしてきたつもりだけど、さすがに今じゃ当時の「あたしゃ女子高生かもよ?」は通用しないんだろうなあ(苦笑)。九十叟の子なら単純計算で七十から四十、孫なら五十歳以下で幅が出る…マア、十年あれだけ書き続けてりゃ概ねバレバレか。それにしても、産経で見た本のタイトル『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』にはギョッとさせられた(↓)。男に廃れた日本男児(←過去の幻影?)とは場違いの感覚があるんだなあ。
    http://www.sankei.com/life/news/141025/lif1410250025-n1.html
     年齢や顔や仕事で人を判断するのが世間なら、そうした余地を削ぎ落とした匿名性が却って人を裸にすると、時に相手は戸惑うかも知れない。言い訳がましく、見苦しくさえ思われるかも知れない。その危険と恐怖を内心ずっと抱えながらネットに入り浸ってきました。追放された者の遠吠えが虚空に消えていく。消すまいと藻掻き続ける(天バカ板)。見知らぬ誰かの目に留まる「無私(馬の骨?)の幻影」が仄めくさまを妄想する所に、夢の夢たる所以がある。そんな墓の中から語りかけるがごとき書きぶりを、以前キルドンム様は「痛々しい」と感じられたようでした。あれは確か、バルトークの歌劇《青ひげ公の城》に出てくる「夜になった…」との呟きを引用した時の事。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1384
     遠藤浩一先生の時、西尾先生は「葬儀は執り行われないというのでどうしてよいか判らない」と書いてましたっけ(↑)。身内だけでひっそり済ませたのかしら。だとしたら当方も同様で、まだ隣近所は知らない筈。葬儀屋のホールで全部を済ませるべく、前々から葬儀屋に積み立ててました。もう一人も積み立ての最中で、老婆は一日にしてならず。
     書道の師匠(の身内を含む)が逝去した時は、どれも沢山の人が来てました。ああなると困る。葬儀費用に圧迫される。東京から大物が来た日にゃ田舎感覚とは桁違いの金額だったりするから、金銭感覚もグローバル化(←大袈裟?)を余儀なくされる。それも高額化する方向で。安くはならない。…貧民化の可能性を、グローバリズムは無視しているのではないか。大きなグローバリズムは夢物語に近い面があるものの、極小のグローバリズムは地域破壊の形で昔から現前し、かつ別の言葉に言い換えられている(隠蔽?)。

    (以下余談)
     爺様が逝く数日前、こんなのを書いてました。
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    > 余計なのを書くと碌な事にならない。後で気分がドッと落ち込む所からすると、たぶん躁状態でやらかしてるのだろう。書く気分と読む気分の時差が責め苦と化すものの、文字言語の推敲機会は、ともすれば取り返しの付かぬ音声言語と決定的に異なるのも確か。ただし可能な限り文章を彫琢しようとするにも限度はあり、分相応の量より多くても少なくてもいけない。~気鬱を紛らわす魔法の呪文を見つけた時は本当に嬉しかった。冒頭(↓)こんなのが延々と続く。Es war einmal..... Es war einmal..... Es war einmal.....
    http://www.youtube.com/watch?v=iJZDoaVHkhw
    > ドイツ語が分からないから効果がある。日本語では無理。見慣れただけの既視感は、意味不明のままで構わない。そこが有り体「お経と似ている」。あれは音楽、声明(しょうみょう)なのだ。分かる事から切り離された世界を仮に芸術と呼ぶなら、筋違いも多分その範疇に入るのだろう。
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     無意識に、何かを予感でもしていたのかな。
    【2014/10/26 13:01】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    御尊父の御逝去に際し、謹んで哀悼の意を申し上げます。

    気が付かなくて、ごめんなさい。

    【2014/10/27 20:38】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >謹んで哀悼の意
    >気が付かなくて、ごめんなさい
     いやぁ、却って恐縮。だって、気付かなくても不自然ではない書き方を工夫したかったんですもん(優しい奥様に感謝、大成功!)。月曜お骨になった爺様はホヤホヤと香ばしくて、お手々ぷるぷる振戦の婆様と一緒に拾いましたわい。

    (備忘録)
     以下は「2014/10/05 03:20」稿、末尾リンクとの絡みにて。
    http://www.sankei.com/column/news/141027/clm1410270001-n1.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    >2014.10.27 05:01更新
    >【正論】
    >「基礎学」軽視の趨勢を憂慮する 東京大学名誉教授・小堀桂一郎
    > 本年度のノーベル賞物理学部門の受賞者が三人の日本人学者であつたことは、掛値無しにめでたき事件であり国民一同で祝福を献げたい朗報であつた。只、世の如何なる慶事にも探せば必ず陰の側面は見つかるものである。仮に一点の翳(かげ)りも無い浄福の事態が実現してゐるとすれば、そこには常に、ではこの至福がいつまで続くのか、これが過ぎた後はどうなるのか、といつた不安がつきまとふのが諸行無常の此世の宿命である。
    >
    > ≪荒馬の様な創造の才育つか≫
    > 此度日本の学問界に生じた慶事の場合にも、極めて虚心にこの栄誉に向けての祝意を表したいと思ふ感情の裏面に寄り添ふやうにして一抹の憂慮が浮び出てくる。それは右に記した連想の系ともいふべきもので、この後に続くだけの力を有する研究者は育つてゐるのだらうか、との疑ひを抑へることができない、その事である。
    > 何故この様な不吉な予想を敢へて筆にするのか-。今回受賞の栄を得たお三方の研究者は、世代の点から言へば我国の大学の教育研究体制が、その基礎部分に於いてなほ十分の安定と充実を保つてゐた時代にその修業時代を卒(お)へられてゐる。中で米国在住のお一人は、企業の研究体制の在り方に強い不満、といふよりは言葉通りの怒りを抱いて海外に去つた、所謂(いわゆる)頭脳流出の悲劇を地で行つた方の様であるが、それもその人の研究能力の充溢(じゅういつ)が企業体の有(も)つ包容力を遙かに超えてゐたからである。
    > この世代の人々までは、我国の大学はさうした荒馬の様な創造の才を抱いた人材を育てるだけの教育力を有してゐた。それは基礎学の充実といふ堅固な基盤があつたからである。基礎学といふ表現は自然科学のみならず、人文科学にも社会科学にも適用すべき概念であつて、人文・社会系の学問の場合には教養と呼び替へてもほぼ間違ひはない。高度の先端的研究の芽を高く伸ばしてゆくには、先づこの基礎的教養の裾を広げ、地盤を強固にしておくことが不可欠の条件なのであるが、現今の大学の教育体制の中で最も憂慮すべき弱点がこの基礎学の軽視である。
    >
    > ≪教育研究職の余裕のなさ≫
    > この傾向は、既に20年近い昔のことにならうか、大学院の重点化といふ形での大学の制度改革が進行し始め、国立大学が独立行政法人といふ経営形態を強ひられる様になつた頃から特に顕著になつた。簡単に言ふと教育予算の計上に経済効果を要求する事で、更に乱暴に言へば実益を生じ得る学問には金を出すが、投資への見返りがいつ生じてくるかわからない様な息の長い研究には予算をつけないといふ、近視眼的教学経営が現実に幅を利かせる様になつた。
    > 実を言ふと、今回のノーベル賞受賞研究が、基礎理論の部門に対してではなく、実用的な技術開発の成果に対してであつたといふ事についても、此が又基礎学軽視の風潮を助長するのではないかとの危惧を覚えるとさへ言ひたい。
    > 夙(つと)に現役を離れた身ではあるが人文系の学問の分野で現在の大学の教育・研究体制がどの様な状況になつてゐるか、見聞の機会は多くある。第一に挙げなくてはならないのが教員の負担過重である。制度改革以前には事務職に任せることができた多量の事務処理が、人事面での予算の削減故に単純に労働力の不足となり、その分業務は教員の負担にかかつてくる。そこから来る時間の不足は、教育上の手抜きは許されないから、結局教員の研究時間を侵蝕し、殊に若手の研究者を阻害する。その余裕の無さは又端的に研究業績の不足となり、それが若手研究者にとつては就職や昇格への障礙(しょうがい)となつて彼等を心理的にも圧迫する。之に加へて天下周知の少子化傾向、諸大学の経営規模縮小の動きはそのまま教育研究職のポストの減少、所謂就職難として表面化する。
    >
    > ≪将来考え学燈絶やすな≫
    > かうした現象の結果として、教育研究職といふ卒業後の進路は、学部後期課程に在籍する学生にとつて要するに定職に就ける可能性の低い、危険な選択といふことになる。自然科学系の学生の場合は大学に残らなくとも、企業等の研究所に入つて専攻の研究を続けるといふ途が開かれてゐるが、文系の研究者にはその様な融通性を望めない故に、仮令(たとい)内心に学究への道に進みたい希望はあつても、生活の必要を考へて可惜(あたら)大学に残らうとはしないといふ傾向が強い。
    > 有能な人材はどの分野に於いても優にそれなりの能力を発揮できるのだから、広い社会的見地から見ればそれでよい様なものの、ここで筆者が憂慮に堪へないのが文科系基礎学の将来である。昔から文学部には学生の数よりも教授の方が多いといふ様な専攻者の稀少な学科はあつた。只国立大学といふ性格に守られてゐる故にそれらの学燈の絶える恐れはなかつた。現在の体制ではさうした学科は採算のとれない学問として容赦なく切り捨てられてゆくのが既に趨勢(すうせい)である。我国の学問の将来といふ大所高所から見て、地味な古典学の如き基礎学の軽視は実は甚大な危険である。今回の慶事に際し敢へて此事を一言しておく。(こぼり けいいちろう)
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    【2014/10/28 00:17】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (補記~心残りの「日録」稿)
     睡眠中ふと思い出した、青森県で最も有名なCM(↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=YYC0sT_PZNI
     「陸軍大将たあちゃん」については、こちら参照(↓)。
    http://www.netprice.co.jp/netprice/library/goods/328768/
     所在不明で気になっていた「日録」稿が見つかった(↓)。西尾先生の葬式…じゃなくて(そうでもないか)、タイトルは客観的に「お葬式と香典」。再び読めて嬉しい。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=681
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 私と似た仕事をしている学者の知友の場合には、葬式がなかった。遺族が身内だけで葬儀をすませ、初七日を過ぎてから訃報を伝えてきた。最近よくあるケースである。取り付く島がない。
    > 友人知人にも鎮魂の機会を与えるために葬儀がある。香典だけ送る、という手もあるが、それは好ましくない。自宅にバラバラに出向いてお焼香をするというのも、遺族への遠慮がって限りがある。どうして普通の葬式をしてくれなかったのかと私は遺族に不満を持った。
    --------------------------------------------------------------------------------
     西尾先生にとっては「普通の葬式」でも、そうある事を許されない場合が県民の大半に及ぶとしたら。…こうなると厳しい。善意や追悼意識が地域ぐるみの差異をなし、衝突する場合が往々にしてあり得る。大枠では結束可能だとしても、バラバラのそれが思想や原理でなく地域の習俗に組み込まれているなら、結束の仮面を被った偽善性(?)を「さも統一体であるかのごとく」率いる隙間に付け込む余地は、日本人ならずとも誰にだってある。要は日本人の仮面を被れば、万人が市民連帯意識を共有するかのごとき無化作用の下、日本人(地域民)でさえも敵国人と同様の振る舞いに達する事が出来る。
     わざわざ大仰に捉える必要はないかも知れない。田舎感覚では遠路はるばる贅沢な話とて、都会ならさほどでもなかったりするのだろう。例えば奥津軽地方の通夜には、陰々滅々とした無言の空気と圧迫感がある(…十数年前、学校で手配したバスに数十人が乗って行ったっけ…)。次第によっては遺族の家や旅館に宿泊する事もある。故人は学者(田舎先生など)でも遺族は違う。仄聞するところ、都会の大学教員が実家の都合で「学者をやめた」例もあるらしい。横溝正史原作の映画「犬神家の一族」とは規模こそ違えども、空気だけは大差なかったりする。
     そんな環境では学者界隈の感覚が分からなくても仕方あるまい。先生のを自分の感覚から割り引いて読むのではなく、異世界の出来事であるかの様に読む。もちろん同じ横溝でも「悪魔の手毬唄」や「獄門島」の通夜はそこそこ賑やかだし、「余所者不在が前提」の場に置かれた余所者はむしろ控え目に振る舞う。だからこそ却って「お通夜はお酒とご馳走をたくさん出して賑やかにやって欲しい」とする西尾先生の希望は、ホームグラウンドの主役として当然かつ素直ではありながらも、無い物ねだりに見えて来なくもない。陰々滅々とした沈黙を取り繕うかの様な賑やかさに馴染めないのは、「まだ私が若いから」だけであろうか。
     たぶん「普通の葬式」は、身内/内輪と余所者/会葬者との或る垣根を遠慮深く越えるのだろう。それはそれで構わないし、社交的には必要でもあろう。にもかかわらず戸惑いは残る。訝しさが眩しい。~今では通夜も葬式も明るくなった。田舎でも葬儀屋の多くが会館を持ち系列化している(都会では宿泊施設まで大規模化と親戚から聞き驚いた)。もしかしたら私は故人ばかりでなく、陰翳まで追悼したいのかも知れない。そこに暗闇への怖れと憧れ(?)が同居する。比べれば当たり前の話だが、陰翳は墨の様に意外と明るい。光でも闇でもなく、それらとは異質な場所にのみ宿る。
    (葬式ネタ、今度こそ了)
    【2014/11/02 20:27】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (独り言)
     読書の感想は書物が喚び起こす。と云うよりは読む前から早々と、それを時が運んでくる。こうした時の流れを妨げるのが読書ではないか、と思う事が屡々ある。西尾先生の場合は別の言い回しでニーチェを引用していたが、苹の感覚とどの程度まで重なるかはよく分からない。私の視点は「読むタイミング」に留まる。そこに文学への眼差しはない。横溝正史なら昔は大量に読んだが、あれを文学と思った事は一度もない。むしろ書物に文学は邪魔で、下手に魔が差すと素直に読めなくなる。文庫本の横溝をあらかた読み尽くした後、私は物語/小説そのものが嫌いになった。つまり横溝は物語の墓標となった。
     それでも小説は嫌いになる程度で済むからまだいい。私の場合、国語の授業で最も苦手なのは詩や俳句だった。中でも近代詩はサッパリ分からない。光太郎だか朔太郎だか忘れたが、教科書で道程がどうのと云われても困ってしまう。与謝野晶子だって一寸フレーズを抜き出せば、忽ち女権や反戦のスローガンに様変わりするのが醜怪この上ない。そんなのを読むくらいなら、クラシック音楽の歌詞対訳の方が遙かにマシだろう。これなら先ず音楽の流れに身を任せられる。ここでは音が言葉になる。その点で音と書は似ているかの様でもある(言葉以前か以後かはともかく)。
     平たく云えば、私は国語の教員に向いていない。感動なんて教えられない。実は国語と離婚した書道でも、作品に感動した事があるかよく分からない。文化の織りなす背景や構造には感動するが、そこに達するため仕方なく作品を鑑ているに過ぎない。にもかかわらず、作品には天才が宿るから始末が悪い。天才は「見える」から眩しい。或いは、これが美というものなのかも知れない。そこに感動の厄介さがある。世の中には数学や哲学の美に感動する変態も居る。その気持ちは門外漢にも少しなら想像/共鳴できる。大いに共鳴してたまるか。そこまで付き合って居られない。最後は呑まれてしまうに決まっている。

     「日録」の流れを見て、そう感じた。全集九巻「文学評論」ネタでは仕方あるめぇ。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1486
     芥川を思えば「自尊心がきわめて強く、知的虚栄心も強く、(ネット界隈の)自分に対する評価を異常なまでに気にし」云々と、まるで自分の事を糾弾されているかの様に邪推する。かと思えば未読の菊池寛『義民甚兵衛』。検索したら、ひでぇ話だ。ふと前稿での青森(もしくは横溝の岡山)に当て嵌めてみたくなる。するとお誂え向きの産経記事では、かの有名な「津軽選挙」に「常識」の一語が発せられている(遂に出たか…orz↓)。拙稿に繋げるストーカー的な無茶が、「読み」の流れを醸し出す。
    http://www.sankei.com/affairs/news/141106/afr1411060040-n1.html
     次の「日録」(↓)も同じネタで別の評者。このところ更新ペースが速いと勘繰りたくなるが、たぶん拙稿とは関係あるまい(思い過ごし)…と、読み進めたら出てきたキーワード(?)は拙稿にもある「闇」でござんす。前稿でのイメージを再考したくなった。陰翳の宿る場所についてではなく、場所を度外視した途端に立ち現れる無数の闇/残像(?)について。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1487
     大学二年の秋に企てた卒論テーマ「書法の概念と人間の分裂」、断念した後も未練たらたら、今なお形を変えて書き続けて居るけれど。あたしゃ闇の中に居るのか外に居るのか、これまで考えた事はなかったなあ。
    【2014/11/08 02:47】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (独り言の続き)
     それにしても推敲中、ふと感じた異様な高鳴りは何だろうか。書道畑は文字言語の世界に棲む書字キチガイだから、言語学者の音声贔屓(?)を苦々しく思っても不自然ではない(苹自身も含めて)。ところが書家は詩人の様に振る舞うくせに、書くのはいつも古典等々他人のばかり。苹に至っては噴飯物で、文学が大嫌いときたもんだ。なのに何故か音と書を、文学と対置して考える。やはり文学は分裂しているのだろうか~西尾先生とは全く別の視点でも。してみると苹は、卒論テーマを「文学の概念と人間の分裂」にしなくて幸いだったのかも知れない。さんざっぱら書道/書字に拘った挙句、今こうして遅まきながら文学評論の壁に突き当たる。
     ニーチェは古典文献学と音楽にのめり込み、結局ワーグナーとは袂を分かつにしても、R・シュトラウスやマーラー達の音楽に引き継がれる言葉を遺した。どうやら言葉は言葉自体の儘ではなしに、音声/音楽表現と文字/書字表現の双方から或る触媒性へと踏み込む領野を経由する傾向があるらしい。~これと『江戸のダイナミズム』で切り拓かれた世界とを関連付けてみたくなる。文学を知らない世界からのアプローチ(或る無知の領分)なら、苹なりの引き受け方があるにはある。しかしそうした蒙昧の像を、文学を知る世界(或る知の領分)から見れば、一体どんなふうに映るだろうか。(ただし願わくば、活字文化の古典破壊的な影響は可能な限り控え目に…)

     以下ちょいとばかり、話を横溝正史の周縁に戻す。
     横溝の前に読んだのはホームズ物だった。ただし児童文学の誂えにて。本格的な翻訳は読んだ事がない。~ああした推理物は文学の範疇に入るのかしら。その後に読んだシービオク『シャーロック・ホームズの記号論』(岩波同時代ライブラリー)みたいなアプローチもあるけれど(↓)、こうなると文学ではなさそうだし専門書に入るかも不明。差し当たっては論理と文学との関係から入れば、苹にも少しは文学が理解できる様になる?…って事ァないか、ヤッパリ。
    http://1000ya.isis.ne.jp/0508.html
     推理と常識の関係も生活上、時には衝突を引き起こす。常識は恐ろしい。或る教員が教研集会で勉強してくるとする。それを授業で試してみる。すると管理職や外野から横槍が入る。「学習指導要領に準拠しろ」と。本人はそうしているつもりなのに、相手にはそう映らない。どちらにもそれぞれの世間と常識があり、本人の意思を超えた力で突き動かされている。そこに本人が口を挟めば藪蛇だ。双方の槍玉に挙がり、双方の正義らしきものが当人を「義民甚兵衛」のごとき境遇へと追い詰め始める。
     掘り下げると厄介な話が文学には鏤められている様で、そうした印象が煩わしい。話の種に留まってもよさそうなものが主役の様に言葉を牛耳る世界が文学なら、延々と続く描写に一種のサディズムを嗅ぎ取っても無理はない。あの冗長さは何だろうか。…苹の性格は傍目にゃ短気と映るらしい。小説より専門書の方が心は落ち着く所からすると、それを基準に「短気」の意味を解釈するのがひょっとしたら妥当なのかも知れない。
    【2014/11/10 22:06】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    私、高校のときは選択科目で、書道を選びました。
    あの時間は好きでしたよ。

    昔の人の文字が読めないのは、
    とても残念です。
    何を学べばいいのでしょうか?
    古文でもないし、漢文でもない、
    国語でもないですよね。



    【2014/11/18 22:59】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >昔の人の文字が読めないのは、とても残念
    >古文でもないし、漢文でもない、国語でもない
     元来その「どれも」だったのに、活字に駆除され幾星霜。生徒が以下の問いに生々しく答えてくれるなら有難いものの、ベテランの先生方を含め、誰も答えてくれなかったのは無理なき仕儀かとも。~「なぜ、こんな簡単な問題が解けないの?」とか、「なぜ貴方は、くずした字が読めないの?」とか。
     「読める理由」が解れば「読めない理由」も分かる筈、と誰もが漠然と思うのでは。そこを「見れば分かる」(百聞不如一見)で片付けても通用したのは、読める環境が常態だったから。しかしながら視覚の情報量は膨大で「どうにでも見える」。そこを環境の側が補い、予め「読み」のバイアスを仕組む事で他の情報や発想を制限し遮断すると、不自由による自己限定の自由が創発する。ところが旧態の不自由を野放図に破壊すれば、「読み」の秩序もろとも自由までもが崩壊する(或る自由から別の自由へ…自由にも色々ある)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_topic_pr_359.html
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_topic_pr_333.html
     手っ取り早くて乱暴なのは、入試の出題を活字でなく図版で載せて(こんな感じのとか?↑)、そこに問題文を添える手口かしら。どの和歌集か問うたり時代を問うたり、語釈だの文法だのと。これなら読めなきゃ話にならず、皆が必死で勉強する。でも教え方が分からないと困った事になる。そこを百年以上も放置してきたのが国語教育界だった。環境も大違いで、昔の教え方が通用するとは思えない。何を学べばよいかではなく、どう学べばよいかの問題なのでしょう。
     書道の場合は「書けば分かる」式の無茶で押し通す傾向なきにしもあらず。技術偏重で「読み」は埒外、腕でなく言葉で説明できるか甚だ心許ない。今も頭を抱え続けてます。尤も語り口(方便?)は色々ネット上で工夫してきたけれど、実際どこまで通用するものやら。苹の場合は半世紀くらい前の実用書道本を目習いするだけで、基本的な「読む」コツは身に付きました。後から考えると松岡正剛の云う「推感編集」の手口に近かったみたい(前掲シービオク本の解説リンク参照)。頭の中で文字を解剖し、分析し、推論し、再構築し、復元結果が正解なら「読めた」事になる。その繰り返し。私にとって書字は視覚の論理学です。一言で云えばそうなる。

     以下追憶。~「ふざけた野郎」の脱線暴走ネタでも。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1599.html#comment
     普通の子は半紙一帖で済ますのを、苹は五帖くらい書く。すると自然に筆脈が身に付く。そんな子供の頃の書塾ネタを「2014/02/25 20:46」稿(↑)で書きました。国語の漢字書き取りと似てるのに、なぜか硬筆では筆脈に頭が回らなかった。それだけ毛筆は情報量が多いとも云えるし、くずせば誤読の危険や記憶の曖昧さに隣接するケースも多い。そんな苹が「書かない書道」=目習いを重視するのは、「書く」弊害を喜んで体感してきたからでもある。「読む事と書く事は別」と割り切るほど、逆に共通点が見えてくる。つまり共通点が見えないと、却って差異の方が分からなくなる。
     極端なのを昔、書道の授業で試してみた。と云っても夏期/冬期休業中の宿題にて。書かずに読むだけ。それも書字でなく活字、普通の本を部分コピーして「読んでこい」と配布。たぶん生徒は面食らったに違いない。読書感想文を書かせるでもなし、採点評価するでもなし。内容も書道と無関係に近く、美学を絡めたり色々と。うち一つにはポイエーシスやミメーシス、或いはマニア四種の説明が出てきた(アポロンは予言、ディオニュソスは秘儀、ムーサイは制作、アプロディーテーとエロースは恋)。一見どれも書道とは縁遠いが、その「遠さ」から何を読み取るかは生徒任せで、そもそも採点不能な課題だった。
     だから「ふざけた野郎」の課題には違いない。生徒には読む自由も読まない自由もある。読んだり読まなかったりした場合どうなるかの手懸かりは与えていない。必要があれば、当時試みていた「思考ノート」(交換日記形式)で言及すればよい。対象は書道選択者全員で、そのものズバリの例はなかったが、別の話題でシニフィアンやシニフィエに言及した事ならある。台湾に親戚の居る生徒が進学相談してきた時は加地伸行『現代中国学』(中公新書)を貸し出した。一々評価する余裕はなく、対応するだけで目一杯。
     そうした試みの効果は不明なれど、あの時もっと明確な「推感編集」への眼差し/輪郭を持っていたら、とは思います。ドゥルーズ経由でチョムスキーの、深層構造や表層構造に目を向け始める直前の模索でした。
    【2014/11/22 22:22】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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