奥様
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    父のこと5

    満92歳。


    孫を連れて行き、一緒にケーキ食べました。
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    【2013/04/18 18:13】 未分類 | TRACKBACK(0) | COMMENT(6)
    この記事に対するコメント

    ご尊父のお姿が拝見出来てとても嬉しく思いました。
    お孫さんたちがひいおじいちゃんと仲良く写っているこの写真は、おそらく宝物になると思います。
    私事で申し訳ございませんが、仮に自分が将来女房を先に失い、果たして自分は一人で生きていけるうだろうかと、最近想像することがしばしばあるんですが、どうにもこうにもその状況を具体的には勿論のこと、想像すら不可能なんです。
    今は女房より先にあの世に行けるように、日々飲酒を思う存分いただいているわけですが、
    最近肝臓君が元気がなく、どうやら飲みすぎサインをいただいてしまっているようです。
    このままで行けば私の希望は達成されるわけですが、こんな時にだけ周りは私の身体を気遣い、「いいかげんにしなさい」とキツイ一言を日ハムの大谷くんより鋭い直球で投げ込んできます。

    ところでご尊父のお姿はおそらく「神」の香りがそろそろいたしませんか。
    実は私の母方の祖母が亡くなる数年前から、存在そのものが神様みたいな気分にさせてくれていました。数え年で100歳で亡くなりましたが、本当に祖母は死ぬまで周りの全ての人間を笑わせてくれる存在でした。どんな人間が訪れても、祖母を批判する人は皆無です。
    あれだけヨボヨボなのに、どれだけ人を和ます神経が働いているのか、祖母のその人柄は、関わる人間には誰も文句を言うものはいませんでしょう。
    ところが、亡くなる数日前、祖母の顔を見納めしようとした日に、たまたま二人っきりになった時なんですが、祖母が突然こう言い出すんです。

    「しゅうちゃん、あんたはね長男なんだから、しっかりしないといけないよ。あんたがしっかりしないとみんな不幸になるんだからね。わかったかい」

    まさかのコメントでした。実は母方の祖母はこんな説教じみた言葉は、一切誰にも発しないことで有名だったんです。そんな祖母が亡くなる数日前に、まるで神様のように私に語るんです。正直ビックリしました。

    この祖母は、最後は気管にツバが詰り亡くなりました。こんなこと有り得ないわけですが、実は祖母が亡くなる前の二日前に祖母の長男が亡くなったんです。当然親戚一同はその遺体のそばにあつまります。ところがその油断が災いして、祖母は誰にも看取られずに一人で天国に向かいました。
    たまたま長男(伯父)の葬儀が友引と関わり、祖母の遺体が実家に運ばれて、二人の遺体が同じ部屋に並ぶ結果となりました。私はこの光景が未だに脳裏から離れません。
    親子が同じ部屋で遺体となって並ぶ光景は、自然死としてはほとんどないそうです。

    ちなみに伯父の死因は私と同じ脊髄の病で、多発性硬化症です。病に倒れた時期、伯父はとにかく私に救いを求めていました。伯父は私よりはるかに症状が重く、頚椎に発症したため、首から下が麻痺しました。
    私は本当に悪運が強いのか、何故か再発がなく、健常者と変わらない日を過ごせています。もちろん後遺症はありますが、深刻なじょうきょうではありません。

    伯父は亡くなるその日の正午頃、私にかすかな声で「ありがとう」と言ってくれました。
    どうして私にその言葉を投げかけてくれたのか、真実はわかりませんが、おそらく発病した時期に、私が脚をさすってあげたのが、同じ病気に悩む者同士として、心が通じたんじゃないかと思っています。
    【2013/04/19 17:39】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    なんだか素敵なおばあさまだったんですね。

    父のお兄さんが列車との衝突事故でなくなりました。
    その時、幼稚園児だった息子もなくなったので、やはり二人の葬儀がありました。
    ・・・・私も一年生だったので、よく覚えていませんが・・・・・・
    一緒に車に乗っていた母親と娘が狂ったようになっていました。
    印象に残っています。

    人生にはいろいろなことがありますね。
    生きている今を大切にしたいです。お酒はほどほどにね。

    父は若いころに結核を患ったので、まさか母より長生きするとは思わなかったようです。

    父の手や足をとって、爪きりをするのが親孝行です。
    【2013/04/19 20:17】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >なんだか素敵なおばあさまだったんですね

    母方の祖母に関する逸話は、父方の祖母同様たくさんあります。
    母方の祖母・・・通称お千代さんは、6歳の時に実の母を病気で亡くします。弟を産んで2週間で亡くなったそうです。可哀想に祖母は実の母の顔を覚えていないそうです。葬儀の日祖母は集まるお客さんの靴や草履を玄関で健気に揃えていたそうで、そえを見ていた6歳上の姉が、妹の健気さが不憫でならなかったそうです。当然姉は母親の顔を覚えていますが、お千代さんはいくら思い出そうとしても母親の顔は蘇らなかったそうです。
    その後、後妻さんが来て、祖母たちはその方に育てられます。お千代さんは後妻さんを「継母」と呼んでいたそうです。6歳だったお千代さんは、周りが「継母」と言うので「継母」と呼ぶべきなんだと思い込み、何の抵抗もなく「継母」と読んでいたそうですが、ある日さすがにそのことを咎める人がいて、たいそう叱られたそうなんですが、お千代さんにとっては、周りが「継母」と言うのだから「継母」と呼ぶべきなんだと思い込んだだけのことであり、なんでそれが咎められるのか理解できなかったと、当時のことを振り返っていました。

    お千代さんは青森で生まれ育ちましたが、その後成人して北海道の女学校に縁があって入学します。どうやらお千代さんにとっては人生で一番華やかな時だったようです。すっかり北海道が自分のふるさと同様の地となり、青森に戻っても北海道は憧れの土地となっていたようです。そして縁があって北海道に嫁ぐことになります。
    ここまではとても順風だったのかもしれません。
    しかしここからがお千代さんにとって過酷な運命が待っていたということです。

    今回はこのお話はここまでといたします。
    次回・・・いつになるかはわかりませんが・・・またこの続きを書きますね。
    【2013/04/23 06:04】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    おばあさまのことをそんなに沢山知っておられてうらやましいです。

    話好きの人が、ああだった、こうだったと昔のことを聞かせてくれるってことは、
    大切なことですね。
    【2013/04/23 22:05】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >奥様
    >話好きの人が、ああだった、こうだったと昔のことを聞かせてくれるってことは、
    大切なことですね

    そうですねぇ。さりげない会話をなぜか記憶は強く受け止めてくれることってありますよね。
    私は昔からお年寄りとの会話が嫌いではなく、お年寄りの方々が見せる会話の中での若々しさと触れ合うのがとても好きですね。
    西尾先生がよく焚書図書の中で、戦争当時の戦士たちの肉声を取り上げることが多々ありますが、彼らの言葉の中から当時の本質が見えてくる場面というものがあると思うんです。
    文章で残っているとはいえ、言葉が口語調なものに着目しているところがいつも興味深いです。そこには若干の現代との比較はあるんでしょうが、本質は当時の肉声から得る真実への旅路とでもいうんでしょうか、つまり生きた言葉の中には真実が散りばめられているとおもうべきなんでしょうかねぇ。多分先生は、立派な文献100冊よりも、当時の肉声一片のほうが、はるかに興味深いものとして捉えていらっしゃるんじゃないでしょうか。
    歴史というものは解説の段階に入ると、偽物が忍び寄る危険が伴うということなのかもしれません。

    さてお千代さんですが、何と言いましょうかねぇ、この婆さんは本当に楽天家でして、他人に苦しい顔を見せることがほとんどないんです。とにかく人に尽くすことが生きがいでした。けして頭脳明晰ではありませんが、いわゆる空気を感じることには先天的に天才でしたね。しかもそれがけして不自然じゃないところが誰も真似できません。どちらかというと「GOING MY WAY」なおばあちゃんです。でも他人に尽くすことには本当に苦労を惜しまない人でした。多分自分の本音と向き合うことに苦労しないタイプだったんではないかって思うんです。普通、どんなに出来る人でも、自分の本質に向き合うと悩むものですよね。多分この婆さんはそれがほとんどなかったんじゃないかって思うんですよ。
    唯一悩みの種は「我が息子」だったんだろうと思います。その息子を追うように死んでいった婆さんのその生き様は、実に見事というしかありません。
    その息子の葬儀の日、婆さんの亡骸は控え室でただ一人じっと待っていました。
    それを見ていたある親戚の方が「いくらなんでも婆さん一人にしておけないべさ」といって、見守ってくれました。実はその方は、長年私の父の下で働いてくれた方で、私にとっては心の中の恩師なんです。本当なら私が一緒に見守ってあげたかったんですが、その方(恩師)は「いいからしゅうちゃん、俺見ててあげっから・・・」といって、婆さんの遺体を見守ってくれたんです。

    伯父のお通夜が終わって、次の日は本葬なわけですが、その日の夜は今度はお千代婆さんのお通夜です。まさか同じ葬儀場に2泊もするなんて、普通ありえませんよね。
    火葬場に行った際、私は現場の担当者の方に、「すみません、明日このご遺体の母親が来ることになっています。お願いなんですが、同じ台で焼いてやってくれませんか」と申し出たところ、担当者の方は既にその件を知っていたようで、「はいそうするつもりでした。やはりその方がお二人にとって良いことですよね」と言ってくれました。

    葬儀というのはある種親戚の顔見せ行事のようなもので、たまには必要不可欠なイベントなのかもしれませんが、しかしさすがに葬儀場で2泊というのはかなりしんどいものがあります。本来故人を偲ぶものの本質は、故人と遺族が心を一つにする瞬間であって、長々と坊さんのつまらないお説教を聞くためのものではないはずです。
    一夜ならまだ我慢できますが、二夜ともなると、坊さん自体が話すネタがないため、ほとんど普通の人が挨拶しているみたいな状態です。
    私はこの時、日本の仏教の落とし穴を見ましたね。さすがの坊さんも、二回連続の葬儀は未体験だったようで、二日目の日は「私も長年坊主を務めてまいりましたが、今回のようなケースは初めての経験です。これをどううけとめるべきなのか、正直戸惑っています」
    これ本音だと思います。でも、この言葉を坊さんから聞くのはとっても不愉快なものです。なにやら日本の仏教の浅はかな部分を見る思いでしたね。 
    【2013/04/24 23:27】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    遺体を一人にしたらかわいそう・・・っていうの、なんだかよくわかります。

    娘の通夜の準備などのため、
    家族は支度におおわらわで、娘の遺体を洗う儀式?には、
    結局私一人が参加しました。
    そのあと、大急ぎで私が帰宅する間、
    やはり親切な親戚の人が代りに居てあげるよと言ってくれました。
    有難かったです。


    お母さんは息子さんのそばにいたかったのでしょうね。

    【2013/04/24 23:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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