奥様
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    今日は「つくる会」の会合があった。

    仲間の内の一人が
    一日一首明治天皇御製」というメルマガをしていると知った。
    もう二年近くになるというのだ。

    ☆★☆――――――――――――――――――――――――――――――――
    ~ 一日一首 明治天皇御製 ~
    ――――――――――――――――――――――――― 第569号 25.4.12

    ■今日の明治天皇御製

       櫻   (明治11年)

    錦かと見まがふばかり櫻ばな林のうちに咲きみちにける

    ___________________________________
    「金糸の美しい絹織物の錦織と見間違へるばかりに櫻花が林の内に咲き満ちて
    ゐることだ」明治11年以前、御年26歳以前、櫻の御製の続きです。
     林一面に咲き満ちてゐる櫻の花の景色が目に浮かぶやうです。
    ___________________________________

    ■編輯後記

     明るくなつてしまひました。
     大きな地震が、淡路島で起つたやうです。広島も本棚が少し揺れました。
    大丈夫でしやうか。(井坂)

    ★★★お願ひ★★★
    (1)本メルマガをお読み頂き心から感謝申し上げます。
    読者の皆様にお願ひします。このメルマガをご紹介下さい。一人でも多くの方に
    「明治天皇御製」を拝誦して頂きたいと願つてゐます。
    こちらから登録できます。
    http://www.mag2.com/m/0001343375.html

    (2)ご意見、ご感想などをお寄せ頂ければありがたく存じます。
    以下から投稿できます。
    http://clap.mag2.com/taiviochou?0000250412

    (3)11月3日の「文化の日」を、本来の「明治の日」(明治天皇様の御誕生日)
    に戻すための国会請願署名が始まりました。なにとぞご協力をお願ひ申し上げます。
    趣旨は以下の通りです。
    http://meizinohi.web.fc2.com/yoshi.pdf
    署名用紙は以下からダウンロードできます。
    http://meizinohi.blog.fc2.com/

    (4)ご紹介
    明治神宮のホームページ
    http://www.meijijingu.or.jp/index.html
    宮内庁 明治天皇 伏見桃山御陵
    http://www.kunaicho.go.jp/ryobo/guide/122/index.html
    「明治」という国家 ホームページ
    http://meiji.sakanouenokumo.jp/blog/

    ----------------------------------------------------------------------
    メールマガジン 「一日一首 明治天皇御製」
    ☆発行責任者 井坂信義
    ☆問ひ合はせ isakan@nifty.ne.jp
    ☆発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
    ☆配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0001343375.html
    ----------------------------------------------------------------------



    明治天皇は10万首近くの和歌を詠まれたらしい。

    彼が言うことには、
    日本人の感性には和歌が大切で、
    和歌を詠えなくなってきた日本人は、
    日本人の良さを失いつつあるという。

    歴史教育も大切だが、
    国語教育も大切で、
    国語教育には「和歌」と「漢文」さえあればいい・・・という。



    「古い国語教科書をつくる会」が必要ってことかも。。。
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    【2013/04/13 21:57】 硬めな話題 | TRACKBACK(0) | COMMENT(25)
    この記事に対するコメント

     このところ曖昧模糊とした印象ばかりで、自分でも何の事かよく分からないのですが、絶望の先に垣間見える一瞬の花火がないと、もはや生きていられなくなる時代になったのではという気がしてます。それはあくまで内側の要請で、たとい外的原因があったとしても、そこまでは手が及ばない。心の中でめらめらと燃えさかる劫火ではなく、もっと峻烈なピークをなす火花。たったそれだけで総てが終わると錯覚させてくれる救済の光。劫火のエクスタシーではない、夢の様な命の輝き。
     この印象、とどのつまりはエクスタシーの時代が終わった事を意味するのかも知れません。そう観念させる或る種の断念が無力感を克服させる。さもなくば無力感に呑み込まれてしまう。断念と無力感の双方で、背後には恐怖の下支えを必要とするものが手を結んでいる。実際はどの時代にもありそうな感覚ですが、今はリアリティの何かが違う。
     国語だの書道だのと、これまでしつこく書いてきたものは多分エクスタシーの領分です。だから希望はエクスタシーそのものでもあった。~さほど聴いてないから感じ方が分からないのだろう音楽に、スクリャービンのsym.4《法悦の詩》(The Poem of Ecstasy)があります(↓)。この先を書く前に、念のため少し聴き返してみてから続きをば。
    http://www.youtube.com/watch?v=7Dy9LULZiCk
     うーん、ヤッパリまだ分からない。世間では難解との評判らしいマーラーsym.7《夜の歌》なら一発で好きになって「何故この曲が分かりにくい?」と不思議に思ったくらいなのに、体の相性でも悪いのだろうか。私の方が昔の書字文化への無理解を理解せにゃならぬのかも知れない。…昔、同僚の音楽教諭に「エクスタシーって何?」と尋ねた事がありました。答えはなかった。勿論いきなりではなく、スクリャービンの名前を出した上での話。でも、これは明らかに苹の訊き方が悪かった(汗)。
     その音楽教諭は書道にゃ疎いらしい。高総文絡みの飲み会で偶々各校の音楽教諭達と居合わせた時は、ちょっと音楽ネタを持ち出した程度で「こんな先生が居るのはいいな」と面白がられた事もあるにはあるが、さりとて話が書道ネタに連なる訳でもない。同じ芸術科目でも懸隔はある。そして国語科とも懸隔がある。何もかもが宙ぶらりんである。
     セレブ奥様は伝統の広島人(で、いいのかな?)。熊野の筆は有名だし、福山からは大御所クラスの桑田笹舟や宮本竹逕が出た(どちらも仮名書家)。そんな風土で「つくる会」。どう見ても、こちら青森とは伝統文化の格が違う。だから希望が持てそうな気もするが、果たして書家と古文書研究者との握手は可能なのだろうか。~ここは試金石として、注目したいところですぅ。
     ところで…そう云えば、こんなのがありましたなあ(↓)。
    http://www.tsukurukai.com/15_web_voice/webvoice_vol15.html
    【2013/04/15 04:53】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹さん
    場所は関係ないでしょう。

    柴五郎の本を読んで、青森って寒いんだろうなぁって、今頃思います。
    【2013/04/17 23:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     青森は、お寒うございます。例えば県庁所在地の場合、書道文具専門店は絶滅寸前じゃないかしら(え…その話とちゃう?)。約十年前、東方交易って店が進出してきた。それまでは大坂紙店が頼りだけど、いつしか表は閉店したらしく、路地裏で細々やっていた。三十年前は田中文具ってのがあったものの旦那は高齢(当時七十歳前後?)、数年後に店仕舞いして弘前へと引っ込んだ。約二十年前、弘前に顔を出したら青森の旦那が居た。その弘前も、暫くしたら店仕舞いした。
     道具が手に入らないんじゃ、書く側も碌な事にならない。ただし多分、師匠ならば手に入る。店の方から寄ってくる。すると門人は師匠経由で買う様になるだろう。これが何を意味するか。或る面いっそう閉鎖的になり、その反動で外向きの態度は、或る過剰にますます囚われていく。~これが読む側だと、どうか。例えば書物が手に入らないとしたら。書店で注文すればいいのは分かっている。その仕組みも整っている。
     …はて。書道文具店はどうだろうか。取引業者の傾向は概ね決まっている。文宝堂のは田中文具、玉川堂のは大坂紙店で買った。どちらの筆も東方交易にはない。それなりの空気がある。五所川原では置いてあるのを買った。木造や八戸では注文を試してみた。目当ては木下照僊堂の水銀本朱で三丁型以上のサイズ(墨運堂のは小さ過ぎて墨磨機にかけられないんだもん)。値段は二、三万円したのかな。篆刻の授業用に生徒全員分のを磨った。
     青森方面では、卒業証書の番号を朱墨で入れていた。それが当たり前と思って、確認せずに八戸方面の高校でやったら困った顔をされた。そこは普通の墨で入れてきたらしい。結果、苹の居る間は朱墨で入れる事になった。他の地域ではどうだろうか。奥様の居る広島でも、例えば廿日市と福山では違ったりするのだろうか。~柴五郎ネタに繋げる訳ではないが、津軽と南部と斗南(会津)では風土が違う。名残は色々あるらしいが、それはそれとして面白いのを一つ(↓)。
    http://www.asyura2.com/0601/ishihara10/msg/436.html
     この伝でいくと差し詰め苹は、現実世界で何を言っても結局は「おべたふり」の部類に片付けられるらしい。実体験は教員時代も含め一生そうだった。今や専らネットに書き込んでばかり居る所以。いっそワーグナーの舞台神聖祭典劇《パルジファル》第一幕に出てくるアンフォルタスみたいに「Erbarmen!」(憐れみ給え)とでも叫んだろか(苦笑)。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?m=201304
     このところ「日録」が賑わってますなあ(↑)。そう云えば十年前、「西尾先生のを英訳しよう」って草の根の動きがありましたっけ。あの頃はブログも動画投稿サイトも存在しなかった。それが今では、講演動画を何度でも閲覧できる。バイロイトに居並ぶ観客のごとく…かどうかは定かでないが、不覚にも拙者、ふとエクスタシーを感じる。

    (蛇足)
    http://www.youtube.com/watch?v=owRdvYiU39U
     あたしゃ流行歌の何が嫌いって、どれも歌詞が若者向けになる所。年齢層が上がれば演歌になるけど色気キツイし曲調は金太郎飴。すると軍歌や懐メロの出番だが、歌詞にある「燕が銀座に飛ぶ日」(↑)は一体いつの話だか。さりとて和歌に曲を付けると、短過ぎるのは国民全員が「君が代」で知っている。俳句に至ってはウェーベルン級、一瞬で終わっちまう…いや、却って芸術的になるのかな。しかし存外、ウェーベルンにも少しは聴きやすい曲がある。作品全集ぶっ通しで聴いた時は気が狂いそうになったが、それに比べりゃ初期のピアノ五重奏曲(↓)はブラームスの余韻?
    http://www.youtube.com/watch?v=P12pw6iURQ4
     ドイツにゃカラオケあるのかしら。想像するとわくわくする。豪華な伴奏録音が流れる中、酔っぱらいがマタイ受難曲やオペラやリートを熱唱とか(←あり得ない?)。…ホイリゲとやらにはなさそうな。ウィーン絡みじゃ若気の至りで、テイチクから出てたシュランメルンやウィーナーリート全部を売り払ってから二十数年が経つ。曲名は忘れたが、多分「どこへ行った、古いウィーンのあの頃」(Wo bist du, du alt-wiener Zeit)が好きだったのだろう。それより好きな曲がコレ(↓)。かなり崩した歌い方だけど、やっと見つけた。
    http://www.youtube.com/watch?v=pUxMQuZYz90
     嬉しさの余り歌詞転載(↓)。どこかに対訳ないかなあ。CD売らなきゃよかった(orz)。

    Droben vom Penzinger Kircherl hört man es 'zwölfe' grad' schlag'n,
    und aus dem mondhellen Gasserl biegt um die Ecke ein Wag'n.
    Vor einem Altwiener Hauserl, da halt' er, ein Mäderl steigt aus,
    macht ein verlegenes 'Knickserl', dann huscht's wie ein Mauserl ins Haus.
    Im Ohr noch die rauschenden Walzer, die Walzer von Lanner und Strauß,
    im Herzerl ein bisserl Verliebtheit, so kommt sie vom Domayer z'Haus.
    Die Guckerln, so blau wia die Veigerln, die glänzen voll Lust und voll Freud'.
    Sechts Leut'ln, so war's anno Dreißig, in Wien in der goldigen, g'mütlichen Zeit!

    Dann huscht sie über die Treppe, sagt zur Frau Mutter: 'Küß d'Hand',
    drückt ihre Blumen ganz heimlich, Rosen aus seiner Hand.
    Wie die 'Schönbrunner' erklungen, da hatt' er ihr zärtlich schon 'tan,
    und bei die 'Werber', da hielt er beim Vaterl ums Patschhanderl an.
    Im Ohr noch die rauschenden Walzer, die Walzer von Lanner und Strauß,
    so schmudelt sie sich in ihr Betterl und löscht dann die Wachskerze aus.
    Kaum hat sie die Guckerln geschlossen, träumt sie schon vom künftigen Glück.
    Sechts Leut'ln, so war's anno Dreißig in Wien und die Zeit, die kommt nimmer zurück.
    【2013/04/19 02:29】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿訂正)
     蛇足部分で俳句をウェーベルンの音楽に喩えたのは、些か度が過ぎていたらしい。念のため後で歌詞を確認したところ、和歌より長かったのは意外だった(楽譜こんな具合↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=SH4s0jb76JQ
     あと今夜、朱墨の件でも面白い動画を発見したので紹介をば(↓)。
    http://sc-smn.jst.go.jp/playprg/index/1697
     朱墨と云えば、篆刻では必然的に印稿の話となる…と旧稿想起(↓)。
    http://tsukurukai.webdeki-bbs.com/tsukurukai_tree_pr_423.html

    (妄言追記)
     …以下の戯れ言、興味がないと云えば嘘になる。カタルシスならともかく。
    「或る人が私の講演動画を見て、エクスタシーを感じたそうです。」
     こんなふうに西尾先生が切り出したら、相手はどんな反応を示すだろうか。当惑や失笑なら簡単に予想されるが、その場合でも誰の反応かが興味深い。もちろん中には迂回して考える人も居るだろう。先生はニーチェの研究者である。その碩学がいきなりエクスタシーの話を始めたのなら、スクリャービンがニーチェに心酔した事を思い浮かべる人だって少なからず居るに相違ない。
     問題の一つは「スクリャービンがニーチェに何を感じたか」にある。ニーチェ「が」の研究ではなく、スクリャービンを取り巻く時代の中「に」ニーチェがあった点で、今度は客体としてのニーチェが浮かび上がってくる筈なのだから。更に踏み込んで西尾先生をニーチェに擬するなら、講演に集った聴衆の中にスクリャービン的な人や追体験があってもおかしくない。また、あくまでニーチェを中心に考えるなら、スクリャービンと西尾幹二は同じく聴衆の側にあるだろう。二人ともニーチェを読んだ。作品を書き上げた。…借問する。「ならば西尾幹二にとって、エクスタシーとは何か。」
     齢八十に迫る翁のエクスタシーなんて、懐古趣味の間違いじゃないのか。…そう思われても仕方あるまい。若者に老人の心境は分からない。が、もしかしたら老人にだって、切実なエクスタシーとの接点はあるのかも知れない。「えっ、俺って老人なの?」と驚くケースにはまた別の感じ方があるだろうが、いづれにしろスクリャービンにはない世界がある。ピアニストのホロヴィッツは子供の頃に作曲家本人と面会したそうで、その時の変人めいた印象を仕草で語っていた(どのビデオか忘れたけど、隣のワンダ夫人がトスカニーニ譲り?の恐ろしさを髣髴とさせた…)。この演奏家は86歳で死去。作曲家43歳の二倍は長生きした。
     最後に余計な話。~いつの話か分からんが、おちょくり板によると「日録」旧管理団の荒間様が、とっくに定年退職を迎えてたんだそうな。取り敢えず先夜「還暦祝」の書き込みをして置きました。どうかセレブな奥様も、ご健勝で長生きなされます様に。(合掌)
    【2013/04/21 00:49】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    私はあそこには入れないんですよ。

    朱墨の動画見入ってしまいました。
    【2013/04/23 22:24】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     その後「ようつべ」発見。西尾先生のでは、時代を超えた日本の知性に舌を巻いた。「つくる会」のは教科書検定問題で赤裸々な事情暴露。36:35以後に出てくる教科調査官と教科書調査官は一字違いで、なんとも紛らわしい話でござんした…。
    【西尾幹二】日本人が戦った白人の選民思想・前半[桜H25/4/24](↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=gj4gX5UiEos
    【藤岡信勝】教科書を歪め続けた国家の大罪・教科書検定の実態[桜H25/4/23](↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=IRhUHRRZSJY

    (雑感)
     自分にゃ新鮮でも他者には二番煎じと映る…よくあるこった。明治の或る書家は鄭道昭の書を研究したものの、先を越されていたのを知り悔しがったとか。また志を同じうする某書家達は、互いの字が似てきたんでグループを解散したそうな。それが明治の日本で、社中が出来るのは暫く後になる。きっかけは精神の開国、進取の気風。すると逆に伝統の維持は難しくなる。
     嘗ては寺子屋や漢学塾の様な伝授システムが書塾を兼ねていた。唐様の大所帯では後々、身動きが取れずに書塾へと専門化していった向きもあろう。そこに幕府崩壊と唐様第二波(そう便宜的に書いとく…遡れば他にも「黄檗」波などがある)の六朝書風ブームが重なり、官用として菱湖流は生き残ったが御家流は衰亡、新たな伝授システムたる社中が再構築されていく。その中間期に書風の流動性が書の常識をも脅かした。
     常識の変質に由来する時代錯誤の感受自体、常識側から見れば「引き裂かれた時代そのもの」を見つめる事でもある。ただし「見つめ直す」事ではない。時代の裂け目に隔てられた双方から、むしろ当人の方が見つめられている。ここでの自己は主体でなく客体ゆえ、時代錯誤を難詰の対象としてはならないし、解釈という「見つめ直し」からも距離を置かねばならない。そもそも渦中の身に見つめ直す余裕などなく、時代錯誤は後になってから「そうと分かる」。にもかかわらず変革には犠牲を要し、そこから理由付けの時代錯誤が生まれる。
     もしかしたら、時代錯誤には二種類あるのではないか。一つは政治的経営的な排斥手段として。一つは学問的時間的な位置関係として。そこを混同するから、例えば「つくる会」への誤解が生まれる。外野のみならず会員自身が誤解している可能性だって如何なものだか。前者の立場で軍国主義復活を危惧するのも論駁するのも、後者の立場で発掘するのも解釈するのも、常識準拠または現状肯定という意味での「保守」から見れば、どうやら保守するには値しない。ねじれた意味で「左翼」と表現しても話の通じる理由は、大体そこら辺にありそうな気がする。
     大昔は書道一筋の有名書人など居なかったのに、虻蜂取らずになるのを恐れてか近視眼的となり、学者から愛想尽かしされても気付かない。書家同士で作る展覧会ギルドの前身や基盤は書塾ギルド=社中にある筈だが、拙者これまで常識変質の影響を幕末に遡って考察した本に出会った事がないのはどうした訳かしら。~以上の文脈を踏まえるところ、開国後の書道は明らかに左翼的。それが丸ごと社中という受け皿の中で括られ保守化した。そこに傍迷惑な復古的左翼(?)の苹が横からお邪魔、和本リテラシー等々に勇気づけられたり視野を拡げようとしたり。
     こうした観点から歴史や教育を考える非常識は本人そこそこ自覚しているつもりなのに、却って常識との兼ね合いを持て余している面もあるから始末が悪い。それに比べれば学校の先生方は立派である。準拠すべき組織的倫理(反日歪曲規範?)に、大方は適応できているらしい…。
    【2013/04/26 02:19】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    よく見つけられましたね。

    あれは次回エントリーの題材のひとつでありまする~~~
    【2013/04/26 21:48】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >約十年前、東方交易って店が進出してきた。それまでは大坂紙店が頼りだけど、いつしか表は閉店したらしく、路地裏で細々やっていた。三十年前は田中文具ってのがあったものの旦那は高齢(当時七十歳前後?)、数年後に店仕舞いして弘前へと引っ込んだ。約二十年前、弘前に顔を出したら青森の旦那が居た。その弘前も、暫くしたら店仕舞いした。


    この部分だけを拾って横レスならぬ縦レスします。
    昔の文具店はたしかほとんどのお店が本屋をかねていましたねぇ~。今はレンタルビデオ屋だとかゲームソフトなどを売る店にも本が並んでいます。
    これはもう完全にMD(マーチャンダイジング)が変わってしまったことを意味します。
    本はリスクを負わなくてよい商材の一つだし、客も呼べます。しかし売れない店には並びません。それはリスクが完全に供給側にあるから。
    つまり、はなっから本というものが売れるか売れないかの物差しに左右される代物と一緒の扱いであることには違いないってことです。
    何を言いたいかというと、読書というひとつの健全な文化を生むべき土台が、現在は怪しい文化の隣に間借りしないと経営できない現状を生んでいるという事実です。
    今読書をしている子供たちが、はたして本当に親や先生から「褒められる」対象かどうかと観察してみると、案外「?」なのかもしれませんよ。
    つまり「オタク」と背中合わせにあるような扱い方をされているんじゃないかという懸念があります。その意味で、 苹さんが再三仰っておられる「書」の先行き不安は、こうした文学との接点で、現代人がならぬ方向に誘導されている現実とリンクしているかもしれないという憶測が、もしかすると通用してしまう悲劇が考えられます。
    「書」という純粋な文化が、教育という分野によって「枠」を強要され、「書」の本質が乱れていく様は、逆の意味で「読書」が自由という不安にさらされながら生き延びてきた軌跡と真反対な相似点があり、どちらも生き延びるためには、世相に合わせていかなければならない不幸の下にあるってことを、もっと重く受け止めなければならないのかもしれません。

    第一昔は学生ならば夜9時を過ぎれば外の出ることすら許されませんでしたよね。ところが今はレンタルビデオの返却のためといって、平気で中学生が自転車転がして夜中の12頃外をうろついていたりするわけですよ。
    これじゃあ世の中おかしくならないほうがおかしいわけです。
    それでもってここが一番大切な点なんですが、昔の生活と今を比べて、どっちが「理想」かどうかってことですよ。
    北海道には余市というニッカウヰスキーで有名な街があるんですが、ここは雪国だというのに商店街の軒先を揃えていまだに駅前は小さな商店が頑張っています。もちろん今はジリ貧でしょう。でも車で通り過ぎる度に思うんですが、こうやって頑張っている店は国宝物だなって思います。もちろん大きな店だってそれなりに苦労はありますが、結局大切なことは、真面目に生きようとしている人間がいるなら、その道を外さないように誘導できる「文化」が必要であって、そこには商売の在り方もおそらく無関係ではないだろうと思うんです。
    昔みたいに、消しゴム買うつもりで寄った文房具店に、ふと目を向けた先に、探していた本があったときのちょっとした幸せ気分みたいなものが、昔は間違いなくありましたよ。

    今はそれが完全に欠落しています。それが日本の不幸の一つなのかもしれません。
    【2013/04/27 21:48】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >つまり「オタク」と背中合わせにあるような扱い方をされているんじゃないかという懸念があります。その意味で、 苹さんが再三仰っておられる「書」の先行き不安は、こうした文学との接点で、現代人がならぬ方向に誘導されている現実とリンクしているかもしれないという憶測が、もしかすると通用してしまう悲劇が考えられます。
    「書」という純粋な文化が、教育という分野によって「枠」を強要され、「書」の本質が乱れていく様は、逆の意味で「読書」が自由という不安にさらされながら生き延びてきた軌跡と真反対な相似点があり、どちらも生き延びるためには、世相に合わせていかなければならない不幸の下にあるってことを、もっと重く受け止めなければならないのかもしれません<

    あと読みしてみたらこの部分が少し意味不明だったかもしれません。
    長ったらしくなりますが解説します。
    どんなものも、単独で生きていくには、もしかするとさほど危険はないのかもしれません。いや、これは現代だから通用するんだと言われてしまえばそれまでなんですが。ところが、最近はどんなものも実際は複合体になっちゃってますね。単独で生きているのは・・・ふと探してみても思い当たりませんね。天皇陛下がいるじゃないか・・・とか言う方も出てくるかもしれませんが、そんなことを言ったら、陛下が一番残念に思うかもしれませんから、ここはオミットにいたしましょう。

    私が言いたいのは、でも陛下が単独でも日本をお守りくださるその精神が、本来なら我々日本人にはぼんやりとしながらも理解できていて、さわり的には我々国民が陛下を支えてるという謳い文句がありますが、実際は陛下が我々を支えてくださっているということを、心の中でりかいしているという前提が本来はあったはずなんです。

    こんな話がいったい文具店とどうつながりをえるんだという、そろそろ文句を言いたくなる方もいらっしゃるでしょう。でも、よく思い出してみてください。昔は学校帰りによく文具店に立ち寄りませんでしたか。毎日宿題というものがまずありましたよね。それに対処する意味でも文具店は必要不可欠ですよ。しかし、そんな枠がなくても、本の立ち読みをしたいがために、文具店に立ち寄ったものです。今と違うのは、立ち読みの趣旨は一緒でも、そこにある空気は全く違うんですよ。
    レンタルビデオの一角で立ち読みしているのと、文具屋で立ち読みをするのとは、環境が全く違うのです。
    苹さんがおっしゃりたいのはそんな状況とを重ね合わせていらっしゃるんじゃないかと思うわけですよ。つまり、読書は未だに継続されています。これは確かです。でもそこに至るまでの環境がもしかすると瓦解し始めているかもしれないという不安があるんですね。
    苹さんはシャイな方ですから、発言のすべてを自分の想像の世界とダブらせながらも、インパクトをあまり残さないような語り方をされますが、着目点は間違っていないわけですよ。
    私なんか何度彼の書き込みで「ハッ」となったか・・・。

    社会が不安になることは、日本人にとって一番望ましくない状態であるはずなんです。ところが戦後序々になんでしょうねぇ、そんな決まりが薄れていってしまい、終いにはみんな知らんぷりしていることも多いんじゃないですか。

    ネット社会という新しい空間が生まれて、一種人間は生まれ変われたかもしれません。でも実社会で犯罪を犯していながら、ネット社会で善人を装っていたらどうなるでしょうか。それが新しい社会現象だと言ってしまえばそれまでなんですが、しかし、我々はやっぱり実情の空気を吸って生きているんですよ。

    ここまでの話はすべて美談で済まされるんですが、次からはなかなかショッキングなことを言わざるを得ません。想像の世界も含めて、この世は成り立っていることはご理解いただけるでしょう。多少の色付けが発生しうるかもしれませんが、ご一読ください。

    先日、私が勤めている会社である社員が自殺したんです。しかも会社の寮で。彼はまだ20歳です。なんということなんだと思うのが普通なんですが、おかしなことに周りの関心があまり無いのです。「そうか、残念だったね」ぐらいの感覚なんですよ。
    20歳の若者を失うという現実が、どうやら正面には入ってこない社会なのかなと、疑うしかないわけですね。そしてこの件で会社側から個別の説明があったわけですが、おかしなことに、これを機会にアンケート調査をするんですよ。つまり、過去にセクハラやパワハラや実務時間のごまかしの強制はなかったかという質問なんです。

    おかしなはなしじゃないでしょうか。多分日本の屋台骨となるような会社にも、こんな残念な現実があったりしませんか。以前たしか秋葉原で多数の死傷者を生んだ事件がありましたね。同僚の死は何が原因なのか解明されていないんですが、若者が「死」を選択するという現実はただごとではありません。秋葉原の事件は、おそらく同僚の死と遠因しているんじゃないかという印象があります。
    レンタルビデオ屋で立ち読みするのと、文具屋で立ち読みするのは、意図は一緒でも、状況が全然違うということの観念が大事なんです。人間は誘惑に弱い訳ですが、合わせて羞恥心というものが独自に生まれる仕組みになっていて、このバランス感覚が感情の強弱を生み、人間らしく生きる糧となると思っています。しかし、立ち読みが自由であまりに開放的すぎると、羞恥心は生まれなくなりませんか。この羞恥心というものは、西尾先生の「人生の深淵」によると、他人が唯一教えることが不可能な、人間の感情の一つなんだそうです。つまり、個人の羞恥心に他人は介入できないという理論です。ですから、自分のメンタリティを支えるには、実は自分しか頼りにならないというのが現実なんですね。「死にたい」とか「殺したい」というものを抑制するには、個人の羞恥心がおそらく微妙に絡んでいて、この羞恥心が危ない場面で個人を救ってくれていると言えるのかもしれません。

    人生における「生き方の書体」がどうのこうのと語るのは自由ですが、実際に書いてみたことがあるかどうかが問われているんであって、自分の実力・・・つまり「己を知れ」の検知からすれば、多くを語れないのが現実で、こんなに語ってしまってから言うのもなんですが、皆さん謙虚に行きましょう。


    【2013/04/28 05:10】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    苹さんの文章のからめてのコメントありがとうございます。

    現実は、文房具店が貧乏具店になり、
    どんどん街角から撤退して行っていること。
    小さな本屋さんもなくなりましたねぇ。

    私が子供の頃には、文房具やさんに「ちりし」を売っていました。

    あまり関係ないですが・・・・。




    【2013/04/28 22:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     東方や田中は純然たる書道文具専門店で、大坂には普通の文具も置いてありました。筆墨の品揃えレベルが高い所を列挙した次第。それに準ずるのが大規模書店の成田本店、青森では老舗です。筆墨は残念なレベル(汗)ながらも楽器・レコードや他の文房具レベルは相当なもので、あたしゃ昔よくLP盤などを買ってました(二十五年前に偶々ワーグナー《神々の黄昏》全曲スコア二分冊を見つけた時は、驚きの余り衝動買いした事も!)。
     こちらでは本屋が文具店を兼ねる傾向です。苹がビデオやゲームのある書店に行かないのは、買う殆どが専門書だから。ビデオを借りてたVHS時代も品揃え重視で、兼業的な店には行かなかった。そうした意味ではマニアックな出逢いしか眼中になかったのかも。むしろ小規模書店には、何年も売れてなさそうな本を期待したり。そのくせ古書店の場合は、いったん通い始めると際限なくなりそうで自制したり…いや、それより古本嫌い(潔癖症?)だった爺様~昔は県立図書館に勤務してたのにw~の影響が強いのかな。
     顧みると深層心理は幾重にも面妖でごじゃりまする。あきんど様は「羞恥心」と関連付けてる様ですが、動機が行為を後押しする以上に、動機が行為を規制する面を仮にそう捉えるとしたら。例えば「仕事だから仕方がない」との理由で犯罪的な行為に手を染める苦渋は他者の憐憫を求めない筈。その前に拒絶する。もし「羞恥心に動機付けられた隠蔽」が政治家の秘書を自殺に追い込んだりするとしたら、そうした心の動きは誰にでも結構ありそうで恐ろしい。
     そこんとこを包み込む、守る、癒す仕組みが一種のごまかし、はぐらかしであると云えば其れ迄なんでしょうが、片や如何にも大袈裟に「家族の大切さ」を謳い上げるアメリカ映画なんか見ると、これが却って心配になってきたりもする。守るために攻撃する~所謂「攻撃は最大の防御」ってやつが、どこかしっくりこない。かと云って、沈黙してばかりでは困る向きもある。
     あたしゃ日本人には沈黙が似合うと思ってますが、或いは、口から先に生まれてきたかの様な女性達にウンザリさせられているくらいが「程良い幸せ」なのかも。…そう云えば昔、精神分析学者のコフートが揶揄を「糞尿の垂れ流しの様な饒舌の反吐」と形容してたのを見て、余りにも巧みな言い回し(と云うか翻訳?)に唖然、心の底から感動した事がありましたっけ。言葉の力は凄いなあ。
     …しかしながら実際に書いてみると、苹の場合は口ならぬ手が動き過ぎて、書けば書くほど軽薄に崩れてくる癖があります。つまり作品は苦手で、分韻草情が長持ちしない。そのくせ「書くと黙る」感覚は嫌になるほど分かる。まるで字に口が乗り移ったみたい。その点よろこばしいのは、一言で云うと「静虚なる偶成」を垣間見た瞬間でした。

    (蛇足~異体字の話)
     前稿で「常識変質の影響を幕末に遡って考察した本に出会った事がない」と書いたが、そこまでとは行かずとも、活字時代から肉筆へと遡る視座を含む本なら続々と出ているのが嬉しい。
     その後、講談社『本』2013.5号が届いた。P.10の写真で初めて、かの悪評うるはしき加藤陽子女史の御尊顔を拝し…たのはともかく、いつもの高島俊男「漢字雑談」連載では今回「異体字の話」に親近感が持てる。読んで懐かしさを覚えたのは以下のくだり(P.52)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >「案と按」。案は「つくえ」と「かんがえ(る)」とある。あとの案も「思案」「妙案」「案ずるより生むがやすし」など皆「案」なのだが、「案ずるに」だけは何故か昔から「按ずるに」と書くことが多いようですね。
    --------------------------------------------------------------------------------
     中学を卒業する頃、前から欲しがっていた端渓硯を親父が買ってくれた…と云っても宋坑だけど。丁度あたしゃ呉蘭修『端溪硯史』(二玄社)を読んでたのかな(別の本だったかも?)、しょっちゅう「蘭修按ずるに~」って言い回しが出てくる。あれで刷り込まれて、苹も「按ずるに」と表現するのが癖になっちまったんだっけ。その前は巻菱湖や萩原秋巌を調べてたから、版下書きがどんなに大切か痛感させられても居た。人によって字が違うのネ(当たり前だ)。而るに見ゆる呉蘭修の本、P.22写真の字(硯銘)を見て驚いたのなんの。この楷書、もしかしたら秋巌や趙子昂よりウマイんじゃないかと思った(別人の字ではあるけれど)。あれが契機で、館閣体にも興味を持つ様になったと記憶。
     以下は硯銘の全文。句点は打たずに改行を「/」で示す。当然ながら異体字てんこ盛り。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >端溪大西洞石以魚脳蕉白有青花者/為上品冰紋為異品若冰紋而兼三長/則為絶品道光甲午春開水巌葉研農/得其一余二之實具衆妙銘曰維吾二/士乃得三寶努力崇徳庶幾永保呉蘭/脩並記黄言蘭書
    --------------------------------------------------------------------------------
     こんなのばっか見ていると自然、「異体字が読み書きできるのは当たり前」って環境になってくる。手習いせずとも目習いで充分。書かせられてばかり居る書塾の生徒は可哀想とも思った(←同輩中学生の分際でw)。そんなこんなが後々、苹に際立つ変態書道(?)の原点となっていく。実技を必要としない書道…とまでは云わないが、実技だけが書道ではない。昔ながらの目習いにも色々なアプローチがある筈なのに、どこをどう間違えたのか美術や音楽じゃあるまいし、これを戦後的に「鑑賞」と呼べば別物の様に思えてくるのが厄介だ(=「実技vs鑑賞」の対立構造へと変化)。昔は鑑賞の中に実技の内省があり、実技のプロセスに鑑賞の精髄が宿った。そしてそれらは或る意味、国語の前蹤(奥様の形容する「古い国語教科書」?)と一体の肉感的メロドラマでもあった。
    【2013/04/28 23:46】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (独白)
     …連休を挟んでるのに、いつもの「考え事をする夢」で煩悶すると相変わらず夜明けの疲れがひどい。まして内容が国語の話となるとさして自信がある訳でもないから、時には支那語と接点のある立場にヒントを求めたくなる。昨年の遣り取りではキルドンム様に触発される事が多かった(感謝)。それを含め数十年来の、様々な記憶が今また性懲りもなく交錯する。…頭の中が暇な奴、と云えば其れ迄(汗)。
     思えば高校時代、漢文の先生が貸してくれた古い本には「マンダリン語」と表記してあった。たぶん中国語、支那語を指すのだろうが、バルトークのパントマイム音楽《中国の不思議な役人》の欧文表記に「マンダリン」とあるのを見ると、或いは北京官話の事かとも。当時そこは確認しなかった。苹にはこの辺の基礎基本がない。どれくらい厳密に支那語を弁別できるのか、時間的にも空間的にも掘り下げれば相当ややこしい事になるのでは。それも手書きと活字の違いが絡むだろうから、日本語ほどではないとしても尚更だ。(因みに1924年作曲の上記バルトーク、欧米人が支那人を演じるとこうなる↓)
    http://www.youtube.com/watch?v=T9m1Ysa2Zfs
     同じ日本語でも古代と中世と近世とでは違うらしく、面倒な本が沢山あって付いていけない。みな活字で印刷してある~つまり活字標準の世界に予め整理された地平で語られる訳だから、昔の書字感覚を現代書道の側から遡る立場とも懸隔がある。なにしろ苹に手の届く範囲でさえ、今と幕末とでは仮名字源の解釈が少し違っている(「つくる会」東京支部掲示板での拙稿~巻菱湖関連)。視野の狭い書道畑には、これだけでもかなりのインパクトがあった。国語畑や古文書畑にゃ嗤われてしまいそうな話だが、それにしては存外どうだか、国語畑でも和本リテラシーは不足しているらしいのが面妖だ。
     西尾先生の著書に『江戸のダイナミズム』がある。契沖の話に出てくる仮名遣い云々は活字の範囲内で、書字世界に及んでいない。~明治三十三年以後の基準では、例えば同じ「は」音でも字源は「波」に限定されている。八や盤などとの使い分けを念頭に置いた「仮名遣い」は昔時あったのだろうか。…連載時から今に至るまで、そんな疑問を苹は持たなかった。因みに当時(雑誌連載直後)の書き込みは天バカ板で再掲してある。いっそ、キルドンム様の重要投稿も再掲すればよかったかも知れない(苹との遣り取り含みで更に長くなるけれど)。
     あの頃の先生は福田恆存と立場を異にし、戦後の国語政策(現代仮名遣い)には肯定的だったと思う。こちら読者としては「生成途上の表音的仮名遣い」と見る切り口で理解の混乱を避けようとした記憶がある。そもそも福田先生の歴史的仮名遣い擁護論とて、活字に縛られた印刷様式=明治三十三年の断絶を基礎とする点では、西尾先生と共通の土俵に留まるかの様に見えた次第。そこが共々、書字とは印象上どことなく遠い。
     恆存先生の息、福田逸先生が「つくる会」に投げかけた国語教科書への思いを「2013/04/15 04:53」稿末でリンクした。書字への眼差しは見られない。…が、恆存先生の御尊父は書家の福田秋湖である。時には豊道春海(後の文化功労者)が家に立ち寄ったとか。恆存先生自身も留学後の昭和三十年代は丸々十年間~つまり逸先生(あの人は今↓)が小中高の頃、田中真洲を自宅に招いて週に一度の手習いをしたそうな。
    http://dokuhen.exblog.jp/
    【2013/05/01 02:23】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    なんという高校生だったんでしょう!

    昔の方が立派な先生が多かったのでしょうか・・・・・。
    【2013/05/01 21:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >昔の方が立派な先生が多かったのでしょうか
     多分ただの偶然でしょう。現代文と古文と漢文それぞれ違う先生が担任で、漢文の先生は教育学部国語科でなく何処かの中国文学科を出た人らしく、かつ復刻版らしき戦前のを持っていた(本の状態や雰囲気は以前愛読した『少年倶樂部』復刻版と似ていた)。職員室に行ったら偶々「貸そうか」って話になり、通読してないのに少しは記憶に残っている。他にも『助字辨略』を紹介してくれた時は、取り寄せてみたら舶来物で全く読めず降参(中華書局orz)。借りた本は返したけれど、買った本は今も手元に残る。これら総てが偶然の蓄積って事かと。どんなに立派な先生が居ても、殆どが忘れた後それっきり。しかしながら出逢いがあるのとないのとでは大違いとも云える。
     バルトークのを初めて聴いたのは大学時代。偶々それが高校時代の記憶と結び付いて偶々「御無沙汰のキルドンム様なら専門的知見で修正か裏付けのヒントをくれるのでは」とムニャムニャ、初めて偶々ああ書くに至る。どんなに浅薄な記憶でも、根掘り葉掘り思い出そうとする契機さえあれば、暇な時には言葉となるらしい(睡眠中の考え事なら、或いは死ぬ間際の走馬燈の様に?)。…ほんと、夢って疲れる(苦笑)。もしかしたら悪夢とは、嫌な夢ばかりでなく「疲れる夢」一般を指すのでは。
     思い出したのを契機に久々の『助字辨略』を引っ張り出し、ふと検索したところ興味深いブログを発見した。「これじゃ苹が漢文をまともに読めないのも当たり前だな」と再認識した次第(汗顔↓)。
    http://blog.goo.ne.jp/joseph_blog/e/dc075d9b9a7715cbb133b83d01c2d422
     ブログ主は林思雲との共著などがある大学教官らしい。研究領域はかなりの部分でキルドンム様と重なるかの様な印象。そこんとこが、僅かに畑が重なる(かする)程度の苹とはメディア共有の度合いに於て異なるのだろう。活字になってない書字の領分をムリヤリ活字の言葉で表現するのは難しい。百年前ならどうにかなっても、今は「見れば分かる」が通用する時代ではない。
     そうした書字側の意味に限って云えば昔、立派な先生は一人も存在しなかった(断言)。本来の意味で立派な先生はウジャウジャ居たけれども、そうした先生に限って今では言葉が通じない。通じないものは伝えようがない。生徒の側に「受け止める素地がない」まま数十年の放置状態が続いた結果、遂に昔の生徒は「その時のまんま」先生と相成った。
    http://blog.goo.ne.jp/joseph_blog/e/2330de26e2b2892570c3cc52f69493db
     引き続き前掲ブログの記事(↑)。これに見立てるならば、註釈不可能な領分が文字言語自体に於て「生まれた=忘れられた」とも表現できよう。「訳注ならこれだけ出した、後は勝手に読んでくれ」の世界に、読めない人は論外だから要らない。義務教育も高校も大学も、初めから読める人を育てる気がない。~この件に言及した本が届いた。
     季刊誌『墨』(芸術新聞社)222号の連載「筆跡鑑定入門」番外編。今回は魚住和晃(神戸大学名誉教授)と神谷信行(弁護士)の対談で、その中から魚住発言を一つ抜き出して置く(P.150↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >魚住 私も、書道の分野にある程度足を突っ込んでいて感じるのは、近年は高等学校の書道を選択する生徒が少なくなって、国も教育委員会も書道科の教師の門戸を狭くしており、能力が十分にありながら、教員になることが難しくなっていることです。そのため、学校教育に書道が位置づかない。位置づかないからさらに書道をやろうとする生徒も少なくなる。この、じりじりと書道人口が減ってきている状況に対して、書道界は無策だと感じざるをえないのです。学校の教員になったり書道塾を開設することだけが書に関わることではありません。そこで、もっと文字を書くこと全体に視野を広げた社会性を考えようというのが筆跡学なんですね。確かに筆跡学が直ちに職業になるわけでないし、大学で筆跡学を専門に開設しているところは一つもありません。それどころか、国立大学は前任者が辞めたら後任を取らないやり方で書道教員のポストを自然消滅させています。私立大学も学生が来なくなったらポストをなくし、伝統的な書道の講座は壊滅するでしょう。(以下略)
    --------------------------------------------------------------------------------
     書道の話ではない。本題は筆跡鑑定をめぐる連載で、具体的な裁判事例も多い。従ってテレビドラマで有名な科捜研の話題も頻繁に出てくる訳だが、その科捜研への幻想を魚住先生は木っ端微塵に打ち砕いてきた。苹に云わせればテレビの科捜研は、中国の日本鬼子ドラマと同じくらい低レベルのフィクション。実際は「あり得ない」らしい。上をよく読んで欲しい。大学で筆跡学を学ばなかった人が、どうして科捜研で鑑定できるのか。裁判絡みでは筆跡鑑定人への不信感も大きい。P.151では魚住センセ、「黙って座ればピタリと当たるという名人芸の発想」とまで言っている(苦笑)。
     あの手のドラマは~特に「科捜研の女」は初期の頃からずっと見てきたが、線の重なり合いから筆順が分かる程度を針小棒大に描写されてもねぇ。筆順変化の歴史的ヴァリエーションと個別変化との組み合わせを解析できるほどコンピュータ技術は発達していない。それ以前に学問の科学的基礎(特にアルゴリズム的な領分?)が発達していない。おまけに基礎データの蓄積もない。「コンピュータのお告げを信じなさい」じゃあるまいし。
     かなり控え目な書き方になっているが、細かい事(ただし初歩レベル)は魚住和晃『筆跡鑑定ハンドブック』(三省堂)を参照されたし。因みに心理学的方面では東北大の黒田正典が古めかしかったり、教育面では禰津和彦によるSD法の活用研究などもあるにはあるが、どれも苹には筆跡鑑定と全く別の分野と映った。
    【2013/05/04 01:59】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    筆跡鑑定・・・・・ですか・・・・・・

    「科捜研の女」って、筆跡鑑定して、ズバリ解決するのですか・・・・。
    それって、ありえない?
    【2013/05/06 21:30】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    ちょっと話題を変えて、今日出勤途中に聞いたラジオの情報によりますと、今日という日は今から30年くらい前でしょうか、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世がガリレオの宗教裁判に対して陳謝した日なんだそうです。この話は当時結構話題になりましたね。たしか彼はポーランドの出身だったはず。そのためアウシュビッツとの兼ね合いも噂されながら色々と話題をさらいましたが、いずれにしてもあのカトリックの総本山の最高責任者が、過去の事実を自ら謝罪したのは確かなことです。

    この出来事は案外日本にとって縁遠いはなしではないんじゃないかという感じがします。
    つまり、簡単に言ってしまえば、この頃から「謝罪」というものの捉え方がアジアに一つのヒントを植え付けさせてしまったんじゃないかと思うんですね。あのカトリックでさへ誤ったじゃないか・・・という一つの外交手法をアジアに提供してしまったという見方についてです。
    中国も朝鮮もこれをヒントに日本との外交を見直し、一方日本も外交上で謝罪は必要な要素を求められる時代を迎えたんじゃないかという錯覚を得てしまった。もちろん国民ものんきにそのニュアンスを受け入れてしまったわけですが、今思うと、アジアを襲う「風」は遠い西洋から押し寄せてくるという方程式が、このことからも学べるのではないかと感じます。
    ローマ法王の言動は今も世界に大きな影響を及ぼしますが、この前のチャンネル桜で知った、日本の神道とロシア正教の理念は性善説という共通の性質を持っているという新しい認識に立ってみれば、カトリックやプロテスタントなどの性悪説理念をむやみに抱えいれる行為は危険性を伴うという認識が大切なように思います。簡単に言ってしまえば、生きる価値観が元々違うんだという認識が大切になってくるわけで、現在西洋宗教にどっぷり浸かっている中国や朝鮮の理念と、我が国の神道理念を混同することは、まったくもってナンセンスだということを確信しなければならないんじゃないか。
    ましてや言葉は悪いですが「ヘタレ」な西洋習慣を安易に日本に持ち込むことは、プラスだろうがマイナスだろうが同じ極なら反発する磁石のように、本来日本はそうしたものを絶対受け入れないという歴史を貫いているのは事実で、「観念」という見地からも入り込む余地はゼロなわけです。

    ですから現在の日本の政治姿勢は、わかりやすくいえば、無理やり同じ極同士の磁石を縄で縛り、外見上は理解し合っていますみたいなことを述べてはいますが、実際はその中身は反発するのが性質上ノーマルであって、誰の目からみてもおかしなじょうたいだってことがバレバレなのは、結合が無理だってことを見抜かれているからだと思うんですね。
    その最たるものが、現在で言えば「日本維新の会」でしょう。その次が少し前の「民主党」。更には「自民党」だってまだまだその要素はありますよ。
    外交上にもそれは当てはまり、例えば歴代総理が「村山談話」や「河野発言」を撤回できないすがたなんか、完全に磁石の同じ極が一つのもろい紐で縛られている姿だと想像できませんか。
    どうでしょうみなさん。
    【2013/05/09 10:39】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >あきんどさん
    その磁石の最大の引き合うはずの特徴はいったい何でしょう?

    私には歴史観に思えます。
    【2013/05/09 22:07】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >あきんどさん
    その磁石の最大の力の特徴はいったい何でしょう?

    私には歴史観に思えます。
    【2013/05/09 22:07】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >その磁石の最大の力の特徴はいったい何でしょう?
    >私には歴史観に思えます。

    >奥様

    私もそう思います、宗教とか哲学とかではない、多分政党といのは個々の内部的な心理面よりも、もう少し外部的要素によって寄り合うものなんだと思うんです。それが一般的には金銭的な関係によって寄り合ったりしていたわけですが、さすがに現代はそれほど単純な手法で党員を集めることは難しい時代になったんじゃないかなと思います。
    そんな中で一つの観念みたいなものが必要な時代を迎えるようになったと思うんですね、それが奥様がおっしゃった「歴史観」も大きな要素の一つだと思います。
    その良い例が、こうしたオピニオン系のブログで集う仲間の実態だったりしますから。
    政治も本来はその延長線上ににあるべきものであってほしいと私は思うわけですが、なかなかそうはうまくいかないんだろうとも思います。
    現場の実態はおそらく党員集めでかなりの苦労があるんでしょうし、いろんな苦労があるだろうことは予測できます。
    しかしやっぱりここで問われるものは共通の観念でしょう。それがどんなに真逆な内面同士であっても併存できるのは、「歴史観」が下支えしているからだと思います。
    おそらく橋下市長と石原議員の歴史観は近かったのかもしれません。
    また、逆の意味で歴史観があまりにも違いすぎる議員の多いところは、いずれ解散する運命でしょうね。それでも所属している議員がいるとしたらそれは単にぶらさがっているだけだということ。
    そう言わざるをえません。
    【2013/05/09 23:41】 URL | あきんど #k7Eg95eM [ 編集]


    >「科捜研の女」って、筆跡鑑定して、ズバリ解決
    >それって、ありえない?
     裁判段階と鑑定段階を分けて考えるなら、鑑定が補助材料となって真相に辿り着く事は少なくないでしょう。しかし筆跡の真贋が焦点となる場合は困った事になりそう。通常なら紙質や指紋など、筆跡そのものとは異なる要素と複合的に鑑定して確度を高めるし、むしろそちらの方で科学的鑑定技術が有効活用される筈。それらを排した厳密な学問としての筆跡学が信頼に値するか否か、疑問を持たない科学者など居ないのでは。(念のため断って置くが、苹は筆跡学に前々から期待している。)
     そもそも筆跡は書字運動の痕跡で、痕跡から書字運動自体へと遡るには方法論の上でも顧慮すべき点が多過ぎる模様。同一人物でも~例えばうちの婆様は振戦がひどく、若い頃とは全く違う字を書くかの様に見えます。巻菱湖も晩年は中風で手が震えたとの事で、字の同一性と筆者の同一性は別物。にもかかわらず同一性を読み取る能力は経験で蓄積可能だから鑑定が成り立つ。そこが科学的見地では発展途上らしく、四角四面に順序立てると弱い所でもある。
     ここから話が脱線していきます。~同じ師匠の弟子は互いに似た字を書く様になる一方、多くの師匠(古典を含む)で学び過ぎると却って自分の字が定まりにくくなる面もある。「あの師匠の執筆法は」と筆の持ち方から呼吸まで一々変えようとした事のある人なら直感できるでしょう。すると「あの先生の考え方は」の場合だって、読書と臨書はさほど違わなくなってくる。それを例えば「福田恆存のエピゴーネン」だの何だのと単純否定するのは間違っていると思うし、人の心は変わるものだという前提を忘れて自己硬直(他者模倣と自己模倣の交点錯覚)に陥りさえしなければ、むしろ有益でさえある筈。
     どうせ理解できない相手なら、理解しようとすればするほど相手との距離が推測できる様になってくる。そこからが自己の世界。「初めからあるくせに後からもつくられる」かの様な二重性を、自己の変容と発見のバランスに持ち込む事で自己が保たれるとするならば、初めからあるものは無数の自己の綜合となって逆に分化する。こうした両義的自己模倣の遠心力は、少なくとも契機に於て自閉的ではあり得ない。自閉の契機はむしろ外からやってくる。それを責任転嫁だの何だのと論う人が居るけれど、この手の人々は自分が契機をなす集合の一部である事から逃れようとしているのではと、当方たまには防衛機制を疑いたくなる事なきにしもあらず。
     では、自己模倣の遠心力を増殖的・拡張的と見るならば、帝国主義や植民地主義はどういう事になるのやら。勿論その逆もある。外からやってきた自閉の契機により自己の凝集力が高まると見るならば、民族主義や国家主義はどういう事になるのやら。多分これらは互いに矛盾せず、かつ自己信仰のパラドックスでもない。それより調和の起源と見る方が納得しやすくなるのでは。わざわざ信仰するには及ばないほど当たり前な自分に、外から信仰を持ち込まれても迷惑なだけなのに、実は自分が「外の中に居る」。中の人など居ない。そこに虚中の実があると見れば、自己は却って安心立命の民俗的風土にいっそう包まれて(懐柔されて?)いくのではないかとも。
    【2013/05/09 23:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (前稿補記)
     これまで保守系の掲示板を見てきた印象では世間一般より評判が高いらしいのに、何故か三島由紀夫の文学作品が読みたくならない。それと同じくらい、藤田嗣治の絵も見たくならない…と書けば「いきなり何だ?」と思われそう。あの画風が嫌い、と云うほどでもない。無関心に近いが関心がない訳でもない、好悪以前の好奇心が足踏みをする。
     三島に関する本で一冊だけ、自発的に見たくなったのがある。篠山紀信『三島由紀夫の家』(美術出版社)。邸宅の写真集。一通り目を通せば後は用済みなのに、何年かすると少しだけ見たくなるのが不思議な本。他方、藤田の場合はストレートな絵そのものに目が痛くなる。画集も本物も見たくない。その気分はどことなく三島邸写真集を見た後と近いのに、三島の方には毒気が感じられない。文学作品でないからという意味も含めて、本人不在だからかも知れない。抜け殻である事を糊塗する歳月から三島を取り戻す様で居て、そうはならない現実をありのまま写し出す。そこに古さの重みを感じる。
     昔ながらの日本家屋は居心地が悪そうだ。同様に三島邸も。たぶん伝統の重さに耐えられなくなるか、或いは自分との取り合わせの折衷的な何かが原因なのだろう。家の保存状態が良好でも、人の側で外的または内的な変化が大きければ、住みにくさを感じたっておかしくない。平たく云うと「人が後々、旧家を避ける様になる」。…こうした逃走もまた、或いは遠心力の表現と云えるのでは。
     ところで、凝集力の方はどうか。内が外を引き寄せるばかりでなく、外が勝手に内へとやってくる場合は。「内の私」と「外の私」が顛倒または交錯する瞬間の自家中毒に憧れが潜むとしたら、そこに超えられない壁があってこそ、憧れ(もしくは諦め?)はいっそう強まるだろう。嫉妬にも似た歪んだ欲望が一転、自己正常化へと向かうかのごとき「健康な気分」の表現を反語的に胎む。それが傍目には子供が駄々を捏ねるかの様に映らなくもないが、歓迎されざる他者から面子を潰されるのはさぞ嫌だろう。すると魅力を魅力と認めるのに抵抗を覚え、魅力が凝集力の動機となっている事を自己批判の形で受け流さざるを得なくなったとしても無理はない。(例えば中国では沖縄領有論などの方向転換。日本では相変わらずの美意識に基づく反省。)
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1290
     魅力ある人や地域や国家は、ただそうあるだけで他者の欲望を掻き乱す。日本も古代中国や近代西欧に欲情し続けてきたのは西尾先生の指摘通り(↑)。それが崩壊する時、調和の解体がパラドックスの起源になると見るならば、皇室問題との関連はまた別の凄味を帯びてくる。国家の凝集力が外の魅力を吸い込む際、皇室の存在自体が壁か浸透膜のごとく作用し続けたとしたら。それと違って皇国史観の方は一見吸い込むかに見えて、実は視線を放射するためのパスポートになっていたかの様にも映る。これを「東南アジアの島々に神社を作ったなどもその現われ」と例示したのなら、諸国にとっては傍迷惑だったに違いあるまい。しかし戦前アジアも現代ヨーロッパも団結に向かったのは同じ。「団結の傍迷惑」が露呈しない限り、それは幸福への道筋として互いに夢見られたものであった。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1477.html
     こちら(↑)を見ると高森明勅先生の話題が出てくる。皆を敵に回す生徒…さぞ傍迷惑だったのでは。三島由紀夫が問題なのではなく、相手は別の人~すなわち高森少年を見たかも知れない。所謂「大人の対応」に不慣れな年頃は正直で、相手に合わせて程々に考え方を変える弱さを知らない。巷間「弱い犬ほどよく吠える」と云うが、吠える作法に不慣れな向きには似つかわしくない言葉を持ち出す時の不愉快な裂け目は年々おぞましさを増してくる。沈黙の作法に我慢するタイプの封建的イメージは強者の支配を想起させる一方、吠える作法は夢の様な正義に依存する傾向が強く、弱さ自体とはさほど関係がない気がする。だから弱さは厄介だ。どんな立場であれ、敵対する相手がおしなべて「本当は弱い」と見えてくる。
     或る向きには「三島は弱かった」と映るだろう。強さを知らないから相対的に弱者である自分と、強さへの思い込みあるがゆえに弱者を知るかの様な自分との、どちらが三島を知らなくても構わない。そこに無知の普遍性が燻るとしたら、普遍性ほど厄介で空恐ろしいものはないと、苹は思わず糞尿を垂れ流したくなる。(これはパイプではない…もとい、これは揶揄ではない。)
    【2013/05/12 18:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    ある人が、IQが20違う人とは、同じ日本語でも通じ合えない・・・と聞いたことがあります。
    私には苹@泥酔さんのIQがかなり高いと感じられます。

    高森少年・・・・・弱かったのか、強かったのか、はたまた幼かったのか・・・・。

    【2013/05/14 21:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (更に追記)
    http://www.1101.com/itami/shisho/2009-07-23.html
     伊丹十三の父、伊丹万作は達筆だったとの事(前頁には『天皇の世紀』の話題も出てくる↑)。画像の字が小さくて読めないけれど、朧なる字姿からは水準の高さが分かる。「け」と「そ」の間にある札に「初時雨」と読める句は「けふばかり」で始まるのかな。…そう云えば昔、「一億火の玉」の様な戦時中のカルタがあったんだっけ(画像例↓)。
    http://blog.goo.ne.jp/nonukes_9/e/06d5bc624ff3b5520d5f35fa330ce588
     前稿の『三島由紀夫の家』にも自筆メモの写真があって、普通に草書で書いていた事が分かる。当時は変に芸術、芸術と騒ぐ書家ばかりではなかった。もっと平凡な、実用に根差した普通の字をやる無名の書塾が大半だった。そうした実用の歴史性を忘れた所から芸術書道が出発しているとしたら、最早それは日本の生きた歴史ではない。幻想された歴史の範疇であり、支那と日本の現実的区別は既に過去のものとして統合的に廃棄されている。これを人は書道史と呼び、そこに出てくる書人達を専ら称揚するか文献発掘に粉骨砕身、浮世離れした学問に身を投じる職でもあればいいが、そうでない現実が既に自身を見捨てている事にも目を閉ざす。つまり学問や芸術は自閉という名の自己救済(?)に向かう登竜門であり、そこに生活は今や存在しない。すると必然的にアカデミックな一切合切(特に「作品」)が、生活の滅びた後で永劫回帰を促すかの様な宗教的回顧録となっていく。
     ところで~戦時カルタや昔風の書塾、ちょうど西尾先生の子供時代にピッタリ重なるのでは。新潮選書から出てたのは未読なれど、そのうち全集の方で読めるだろう(『わたしの昭和史』)。また、伊丹万作の娘婿は大江健三郎だそうだが、この名前を見つけた時のビミョーな妄想気分やみがたく、否応なく何らかの対比を要請し始める。…てな訳で検索したら、お誂え向きの触媒があった。伊丹万作「戦争責任者の問題」(↓)。
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html
     これを西尾先生の近稿に重ねて読みたい。万作氏曰く、「「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである」と。

    (奥様レス読後追記)
     多分あたしゃIQ低い筈ですぅ…。平たく云えば不適応者、生活無能力者の部類だから。悧巧な人はもっとうまく立ち回れる筈。それでも書き込みのしつこさが許容範囲内と思し召され、かつ誰かの発想の材料になれるとしたら苹は本望。遺言の本質はそこにあると思ってます。苹を「まだ生かして置きたい」と思う人(文筆業への就職世話人?)との出逢いは目下ありませんが、今後どれだけ生きて居られるのかなあ。…結構、生き焦ってますぜ(苦笑)。
    【2013/05/14 23:19】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (雑感)
     このところ「日録」は、沈黙モードに入ったかの様な。飯島氏の電撃訪朝で何かビビビと来たのか黙考中か、或いは猛烈な勢いで雑誌や単行本に出す論考を執筆中かと推測してます。そこが素人のネット書き込みと違って、広く世に問う著述家の仕事(苦行?)なんでしょうな。…昔は掲示板の住人だった方々でも、かれこれ五年以上が経つと本を出したりチャンネル桜に出演したりする人がちらほら。代わりにネット書き込みの数は大幅に減る傾向がある模様。
     苹との違いは何処にあるのかしら。やはり素地にあるのでは。確かな知識と経験に裏付けられた調査能力が重要で、たぶん思い付き程度の感想では話にならない。その上で大量の文章をネットで出す人も居る。苹から見ればバケモノだ(三橋貴明氏とか)。複数の仕事を掛け持ち出来ない人は文筆に手を出さない方がよいのかも知れない。質と量の両方を長年維持するのが大変なのは、傍目にも或る程度なら想像がつく。勿論そればかりではないに決まっているし、想像が的外れかも知れない。一言で云えば「あなたの知らない世界」。(きゃーっ!)
     就中、よく分からないのは小説家。一体どんな人種なのかしら。年に何冊も書く人に驚かされる傍ら、一冊に何年かかるのか不思議な人も居る。…そう云や翻訳家ってのも居たな。これはこれで訳注に手間がかかるそうだから無理もないが、小説家を含む文学者の生態はホント面妖と映りますぅ。評論家の場合は多くの友人知人が居る様なれど、「貰っといてやる」の芥川賞作家は受賞当時のテレビで見た「友達は居ません」発言が印象に残ってしまう。
     先夜ウッカリ「文筆業への就職世話人?」と書いて、ちと過敏になってるのかも。飲まなきゃ書けないほどではないけれど、素面の時は前触れなく沈鬱な気分に襲われる事も。新入生との初対面で大学三年、「道端に崩れ落ちる浮浪者に明日の我が身を思う」と挨拶したのを思い出しては「嗚呼その時がやって来る」と将来を夢見るのが碌でもない。いつ始まるか更年期、忘れた頃にやってくる閉経。平仄も発音も調べず即興「銀漢將來更年期、織女應忘閉經際」と天を仰ぐは詮無き仕儀。
     …グレートヒェンの糸車でもあるまいに、こちらはこちらでシコシコ綴る。掲示板カウンターが魅力の乏しさを戒めるかの様に受け止め、相変わらずの書道ネタであれ何であれ、夢は夢と捨て置いて。~あと一週くらいで「日録」も動き始めるのでは。今度はどっちの雑誌になるのかなあ。(当方、雑誌は大人の国語教科書でもあると思ってます…と、なるべく綺麗に纏めてみる。)
    【2013/05/18 22:31】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    動き始めていますね。

    橋下事件で国連も動き始め、慰安婦問題は終わりそうもありません。
    【2013/05/22 21:36】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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