奥様
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    映画鑑賞
    中学生の頃、おませな私は学校帰りに
    吉永小百合などが出ていた日活の映画などを観て帰ったりした。

    高校生の頃は、
    なんといっても加山雄三の若大将ものが好きだった。
    映画館は満員で、
    通路に坐っている人もいるほどの盛況だった。

    大学生の頃は、
    池袋で藤純子さん主演の映画などの
    深夜映画も観たことがある。

    昔は二本立てが普通だったよね。

    最近の私の映画の観方は、
    丁度いい具合に連結?する映画を二本、
    チケットはネットで予約しておいて、
    会場の発券機で出して、
    一本観ては、間の時間を本屋さんでつぶして
    ・・・・映画館の下の階が大きな本屋さん・・・・
    また一本観る。

    今日は「外事警察」と「テルマエ・ロマエ」

    楽しかった~~~
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    【2012/06/17 21:27】 映画 | TRACKBACK(0) | COMMENT(24)
    この記事に対するコメント

    セレブ奥様!
    「テルマエ・ロマエ」私も見ました
    面白かったですね

    ご無沙汰しておりました
    一匹狼奥様です<(_ _)>

    三月末に孫が生まれ
    一か月とちょっとの間孫と娘の産後の世話をし
    孫の可愛さに負けてよだれかけだのロンパースだの
    作りまくりの毎日を過ごしておりました
    その間に
    「テルマエ・ロマエ」を見
    西尾先生の講演「真贋という事・・」を聞きにうかがい
    「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」を見ました

    孫に目を奪われている間に世の中はいろいろと動いていますが
    良い方向に動いているとは思えないですね
    またセレブ奥様のブログにコメント参加させてください
    よろしくお願いします

    月末に娘一家が5分ほど離れたところに引っ越してくるので
    また忙しくなりそうですがなんだか嬉しいです

    【2012/06/18 11:51】 URL | 一匹狼奥様 #- [ 編集]


    >一匹狼奥様
    はい~~、どうぞコメントよろしくお願いいたしますね。

    阿部寛さんって、どう見ても外人ですものね。
    完璧娯楽映画でしたが、お風呂好きの共通点をとらえ、
    面白かったです。

    私は孫娘のお人形さんのお洋服作り・・・・たは!
    小さい子供のものって、すぐに出来るし、
    本当にミシンカタカタ・・・楽しいですね。
    三女がミシンにはまっています。

    あかちゃんって、あんなに小さいのに、
    ものすごい存在感!
    オーラ!?だしまくり!
    お近くに来られるとか、それはお互いにいいことですね。
    わが家は次女宅が徒歩一分です。

    おばあちゃんは孫の世話をするために、
    生かされているのだそうですから、
    使命を果たさねば・・・ですね。
    【2012/06/18 16:13】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >池袋で藤純子さん主演の映画
     …こわいよ~(昔は奥様、こんな趣味?…思わず想像してしまう…)
     ワイルドだぜぇ~(刃物銃砲のよく似合う、泣く子も黙る暴力娘?)
    http://www.youtube.com/watch?v=rkFUSHon0i8
    http://www.youtube.com/watch?v=Db-RzEzdjXU
     …神は妄想に苦惱せる姿にも似せたまふ歟、或は聯想さへも斯樣なりき(↓)。
    http://smilebody-tahara.jisseki.net/images/2012/05/08/tumblr_ljliokju7d1qztgb6o1_400.jpg
     …先日、単行本を四冊まとめて買ってきた。第三巻にて作者いわく。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >この絵を描いた時、こよなくギリシャ・ローマ文明を愛する夫から猛烈な抗議を受けました。「何もラオコーンじゃなくたっていいじゃないか!!もっとヘンな彫刻なんていくらでもあるだろ!」と。
    --------------------------------------------------------------------------------
     私がこの存在を知ったのは四ヶ月ほど前、偶々BSフジの深夜アニメを見た時。「変なタイトルだな」と思いながら見ていたら、数分後には「なんじゃコリャ?」と相成った。

    (余談)
     アニメは普段、取り敢えず録画したのを倍速再生で見ている。~近年のアニソンは良質なのが結構あって喜ばしい。例えば↑の後に知ったアニメの中では「かんなぎ」エンディング曲の歌詞が極上で、「天つ神、国つ神」云々と来られたら文字通りの神韻縹渺?(↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=1i4CUZPY6Ls
     とは云えカラオケ用らしき歌詞付き動画(↓)を見ると、この曲とんでもなく歌いにくそうではある…。桜子様なら似合いそうだが、舞いながら歌われても困る向きはあろう?
    http://www.youtube.com/watch?v=TYS5MPsX3aM
     先日その「かんなぎ」を検索したところ、BS11の次回放送ではブルックナーsym.7が流れるそうな。ただの音楽系アニメなら驚かない(クラシック系「のだめカンタービレ」とか、ジャズ系「坂道のアポロン」とか)。音楽ネタとは無関係のアニメだからこそ、取り合わせが面白そうではある。情報源のアニヲタ・クラヲタ恐るべし…。
     私の場合、映画料金は「勿体ない」んだけどなあ…。(←記憶の信頼性が脆弱なのね…orz)
    【2012/06/18 20:25】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]

    孫と映画と
    皆さんと同じように、17日から長男宅に泊りがけで今朝まで孫の世話
    帰りに映画観てこようと思ったけれど、つかれて、、、

    ところで、「三島由紀夫と若者達」ご覧になられた感想など
    お聞かせくだされば嬉しいですが、、、

    知人が映画評論を雑誌に書いておられて、「bunnちゃんにお薦め」と
    紹介してくださった映画は全部観に行きますので、月に3本くらいは、、
    そんなこんなで、テアトルの株主になりました。
    【2012/06/19 19:23】 URL | bunn #- [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    当時はああいうの、はやってましたからね。
    なにしろ学生運動まっさかりの頃でしたから・・・・・

    >bunnさま
    三島由紀夫・・・・見ていないです。

    テアトルの株主!?すごい!!!
    そうすると、只で観れるのですか?
    お勧めの映画、教えてくださいね。

    孫は可愛いけれど、確かに疲れます~~~
    【2012/06/19 20:31】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    自分は高校生のとき(高校生のときだけ)映画評論家を目指していて、映画をたくさんみよう、と小遣いを総動員していた時期がありました。映画館で映画を観るのが本筋なのでしょうけど、ただあの時期は映画の一番の衰退期で、ほとんどがビデオで一昔前の映画を、ということになりました。よく考えてみると、あの頃に比べると、今はまた映画製作が盛んな時代に戻りつつありますね。出版とかも、今が沈みの時期ですけど、いずれ映画みたいに復活することがあるのかもしれないですね。

     私は個性派俳優好みですから、好き嫌いでいえば、三国連太郎さん、進藤英太郎さん、緒形拳さん、最近でいえば段田安則さんとか佐々木蔵之助さんとかが好きです。でもこの中で特にすごいのはやっぱり三国さん。もちろんビデオで、でしたけれど、高校生のとき、萬屋錦之助さん主演の長編映画「宮本武蔵」(内田吐夢監督)をみて、三番目か四番目くらいの役所、沢庵和尚の役で三国さんが出ていたんですが、善悪を超えたその演技ぶりのすさまじさに衝撃を受けました。

     三国さんって三番目くらいの準主役で出てくることが多いんですけど、でも彼が出てくるとその灰汁の強さで、主役を圧倒しちゃう。かと思うと、ものすごい善人の役も平然とこなします。「ビルマの竪琴」(1956年版の作品)の隊長役とか、「息子」の父親役とか、ですよね。本当の俳優って、善悪両方を自在に行き来できるんでしょう。緒形拳さんだって、灰汁の強いイメージがありますけど、「砂の器」での善良な警官の役なんか、もう善意の怪物みたいな善人で、本当にすごかったですよね。

     最近の俳優さんで真の実力派は、前述の段田さんや佐々木さんが典型ですけど、舞台からあがってきて、案外遅咲きな気がします。基本をみっちり仕込まれるんですね。そのかわり、一度ヒットしたら息長いですよね。
    【2012/06/20 01:57】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]

    映画人
    うさねこさん
    初めまして、bunnと申します。
    三国さんに知人に招かれた、三越本店でのパーティーでご一緒しました。
    素敵な方で、私の友人がお写真を撮って欲しいとお願いすると快くスナップ写真に収まってくださいました。知人は、吹きガラス作者として高名な方です。知人の作品が三国さんはお好きだとか、私も好きで日常に使っているのですよ。
    それから、緒形拳さん、三島由紀夫に扮したし映画「MISHIMA」ご覧になられましたか
    此方も素敵でした。
    三島さんが懇意にしておられた神田の古本屋の方から、緒形さんのエピソード色々聞いています。役者さんとして、三国さんも、緒形さんもプロ中のプロと常々思っていましたのでうさねこさんの書き込みを拝読して、書いてみました。

    奥さま
    はい、映画は、ただで観られます。
    でも大した株主でもないのですよ。持ち株部数は、わずかですから。
    【2012/06/20 19:14】 URL | bunn #- [ 編集]


    >うさねこさん
    本当にいろいろなことをよくご存知ですねぇ。

    私が映画を観るといっても、俳優じゃなくて、
    全体の映画の雰囲気を楽しむだけです。
    え?その雰囲気を作るのが俳優の善し悪しですって?・・・・確かに~

    三国さんが役のために、自分の歯を折って、入れ歯にした・・・というのを聞いて、
    すごいひとだなとは思いましたが、、、

    > bunn さま
    交友が広くて、いつも感心しています。

    うさねこさんって、本当にいろんなことをちゃんとご存知ですよねぇ。
    【2012/06/20 21:33】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >bunnさま

     ええ、緒方さんの三島さんを演じた映画、観ましたよ。危機迫る感じで、あれは隠れた名作映画の一つですね。

     三国さん本人と写真に写られたとは羨ましいですねえ。三国さんは、画面の中ではもう役になりきってしまう役者中の役者、ちょっと表現は悪いかもしれないですが、「役者バカ」なんですけど、ふだんの本人は本当に優しい方ですよね。また知的な人物であり、親鸞をとても尊敬していて、親鸞の映画も自分でつくったのはよく知られていることです。息子の佐藤浩一さん、最近ますます御父さんに似てきましたね。これは宇野重吉さんと寺尾聡さんのご兄弟についてもいえることですけどね。
    【2012/06/23 00:06】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]


     ↑

     上記のコメント、寝ぼけていて、「宇野重吉さんと寺尾聡さんのご兄弟」なんて書いてしまいました(笑)もちろん「親子」の間違いでございます(汗)
    【2012/06/23 00:08】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]


    >うさねこさん
    役者って、けっこう二世多いですよね。

    世襲ってわけではないけれど、やはりかえるのこはかえるなんでしょうか。
    【2012/06/23 21:20】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     …以下独白。
     あたしゃ「日録」の講演記録連載(ここんとこ毎日!)を見て動揺したのかも。天バカ板への支援板旧稿再掲ペースが乱れちまった(釣られて毎日…)。思い起こせば社中にも宗教と似通った面があるナァとか、学問より書作実践の方を重視し過ぎる傾向とか、読み返すうちに連想が色々と。或いは「楯の会」を社中の一つに見立ててみたり、三島由紀夫の肉体をラオコーンと比べたくなって検索したら黒蜥蜴(映画)が出てきたり。
     小林秀雄への言及箇所で気付いたのは、自分で何か作ろうとすると、歴史が時には劣等感を引き出してしまう点。就中、模倣を排除する思想が西洋からやってきた後の芸術は悲惨そのもので、手の届く範囲が恐ろしく狭められる。そこでは日常(生活)と芸術(趣味)が分離する。芸術が誰かに高められ、逃げた女房への未練みたいなものが後に残ると、芸術に化粧を唆した野郎がいつしか憎悪の対象になっていく。
     ちょいと部屋に貼り紙をする。文句は何でもいい(作品は大抵そうなる?)。いつも同じ字では面白くないから日替わりで、一昨日は草書、昨日は隷書、今日は楷書、明日は同じ楷書でも顔法でなく六朝風にしてみるか…てな具合に玩物喪志へと片足を突っ込む。これでは何のための貼り紙だか。しかし生活には芸術の片鱗がある。~尤も、片鱗で済まされなくなった場合は困った事になる。自作なら破棄するのは容易い。他者の作はどうなるのか。芸術を見出せるならいい。見出すほどの水準ではなかった場合、芸術とよく似た藁人形に釘を打ち込めるのか。誰が打ち込むのか。「自己」と云うよりは「当事者」として揺さぶる行動を、釘ではなく刀剣に委ねる手筋もあるらしい。
     大学時代の或る日、余った模造紙の切れ端に落書きをした。芸術書道に食傷気味だったので、久々に国定手本乙種系を試しては部屋に画鋲で貼り付けた。字は上出来だったと思う。そこに友人が遊びに来て、貼り紙を見るや笑い出した。お手本みたいな書きぶりなのに、字句は「食券販売所」と、全く意味がない。彼が笑ったから、私も気付いて可笑しくなった。なぜか懐かしく思い出すのは、それを書いたのが自分だからだろう。
     字(言葉)を書くのが商売の人々にとって、最も身近な真贋の在処がとっくに失われているとは思えない。どうやら真贋は新たな粧いをなし、果ては別の場所へと去ってしまったらしい。そこに自分はない。自分は真贋の彼岸に予め超越している。片や自己と呼ばれる風情の方は、どうやら世間的にあらねばならぬらしい。そこに此岸があるとしたら、真贋は予め彼岸を超越した上での此岸へと出戻る事になるのかも知れない。リアリズムの苛烈さを感じる。
    【2012/06/26 05:44】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]

    素敵な出会いと
    うさねこさま
    私の故郷群馬県人のようで、三国さんは、とても親しみを持ってもっています。それだけに
    であった場所といい、そこに集う人々の知的な空間といい素晴しい場所だったことが思い出深いです。、自然にお写真をとお願いできました。↓の方の、パーティーでした
    http://www.will-cefi.com/2012/funaki/index.html
    この方を、紹介してくださったのが、今は亡き東大教授で物理学者竹内均氏の実弟なんです。
    船木さんのファンでいらして、永年船木さんの作品を買い求めておられます。
    私が勤めた会社の役員さん、退職後はNPO法人「万葉学校」を設立なすって、広く皆さんに万葉集をご指導なすっておいでです。
    竹内さんは、福井大野のご出身、宇野重吉さんと同郷なんですよ。
    私もこちらへも行きましたが、とても品性のある人が多い町でした。
    お蕎麦も美味しかったです。

    勤めた会社の嘱託に、緒形拳さんの担任の先生が居られて、「成績は真ん中あたりでしたから、こんなに活躍する人物とは、」と聞いていました。

    人生で出会いが多くあることは、楽しいことですが、故郷館林の「花菖蒲をお座敷で鑑賞する会」が今年で幕を閉じるから是非いらしてと友人から招待されて行って来ました。
    会長の正田様はとてもお寂しそうでした。
    12年も頑張ってこられた町おこし、多くのファンも出来てきたのに、、と私も残念でなりません。何事にも終わりがあると解っていても、、、、です。


    【2012/06/27 07:26】 URL | bunn #- [ 編集]


    >苹さん
    食券販売所・・・・・・目に浮かぶようでした。
    真贋って、難しいですね。
    書道の世界は結局全部が自分の本物なんじゃないですか?

    【2012/06/28 22:41】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >食券販売所・・・・・・目に浮かぶよう
     なにしろそこには「どんな字句か」の他に、「どんな書きぶりか」というファクターが絡んでいますからね。歴史や伝統を継承した書きぶりの完成度が高いほど、字句とのギャップや滑稽さが際立つ筈。かの有名な「唐様で書く三代目」だって、「売家」の貼り紙が立派な字であってこそ面白味が滲み出る。そこを見落として援用すると堕落や没落ばかりが際立ち、「後に取り残され行き場のなくなった、高度な教養や文化的蓄積のただならぬ悲哀」は伝わらなくなる。「あれだけ真面目に勉強してたのに、とうとう没落しちまったのね」が下卑た嘲笑へと収斂するなら、途端に「憐憫のない殺伐とした空気」が江戸時代のイメージを支配する事になる。真贋が問われるべきは解釈の方。解釈は前提に教養を要請する。
     そうした意味では、小林秀雄以前の方にも大いに魅力を感じてます。行動ばかりが先立って教養が疎かになる類の社中は、その展覧会主義に於て行動の真贋を問われねばならぬ。自分で何を書いているのか分かっているか。中身を読まずに毛沢東の詩を書いた経験はないか(さすがに、それはないかw)。「そんな事まで求めたら、書道学習の範囲を逸脱する」と見る向きもあろう。ならば戦前の様に、小中学生に教育勅語や本朝三字経を書かせても構うまい。…そう云や昔、中学生の苹が最初に読んだ草書変体仮名交じりの手本は東照公遺訓でした(「人の一生は重荷を負うて」云々)。そこには本物も贋物もない。ただ学びがあるだけ。
     「食券販売所」は所謂「実用書式」の自運でした。本来なら笑う筋合いはない。そこに笑いを持ち込んだのが、私には新鮮でした。そこから学ぶ事があった。学べたから笑えた。時代の前後を分かつ何かに近付けた様な気がした、大切な思い出です。

    (余談~映画ネタ)
     今夜、天バカ板での支援板投稿再掲がひとまず終わりました。息抜きがてら、ちと早いけど「暑中お見舞い申し上げます」。…ところで、この映画(↓)は誰か見たのかな~?
    「“バス停に貞子”クレーム殺到」
    http://news.nicovideo.jp/watch/nw291145
    「貞子がアジアでも大量発生中、ソウルの街ではチマチョゴリ姿」
    http://news.nicovideo.jp/watch/nw275566
    【2012/06/29 02:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]

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    【2012/06/29 19:54】 | # [ 編集]


     非表示にて先夜、「本能的嗅覚で「芸術としての書道」を否定せざるを得なかった。にもかかわらず芸術を詐称する。そこからカルト化が甚だしくなっていく」云々と書きました。~以下、ただの覚え書きではありますが裏付け情報の補足を。
     昔は「国語」と云えば支那の歴史書を指していたが、「芸術」も明治以降は別の意味で用いるのが一般的になった。明治時代に「美術」と呼ばれた今の「芸術」は西洋芸術を指す翻訳語としてのニュアンスが強く、書道を美術(芸術)と呼ぶのが当初は躊躇された。武術や占術を含む行動的教養の「六芸」イメージ一般を「芸術」と呼べば、今では却って紛らわしくなる。そうした事情が書家達の間からも忘れられていったのが、或いはカルト化の遠因に絡むかも知れない。
     カルト化しなかった書家(?)の例は夏目漱石や犬養毅など。他方、書の専門集団は全員が船頭。各々「師匠を崇める書塾」のカルト化を経て安定する(明治末期には「門流」が定着、ただし江戸時代に原型が多数ある)。展覧会は即売会に近い意識で、西洋的ではなかった。それが即売会でなくなるのは、外部との売買交流衰退に伴う保守的自閉姿勢へと向かう事でもある。門流が自閉組合(?)的な内輪の拡張に向かうのは明治40年、日本書道会創設の頃からになる模様。
     廃仏毀釈にも似た在来カルト蔑視の再来を思えば、芸術の大義名分を巷間が勝手に西洋的意味と混同していくのを阻む理由はない。詩書画三絶は褒め言葉。絵画が芸術なら書も芸術。比田井天来の活躍した大正時代は既に、書の専門化を踏まえて芸術を自称していた。しかし西洋的教養人には通用しない。西洋崇拝者は常に相対的意味での敵だった。それが戦後ますます頑迷になっていく。西洋的教養人は書教育が西洋化を突き抜けるのを阻む一方、稽古カルト達は中国に呪縛されたり、逆に「西洋化への暴走」に向かったりした。立場は違えども共通点は、江戸時代を忘れ続ける事にある。いづれにしろ「読めない」。
     学校書教育は形骸化し、民間書教育はカルト化へ。我慢ならぬとばかりに「和本リテラシー」を言い出す人も居る様なれど、所詮は「書教育に愛想が尽きた」の裏返しだろう。昔は認識(読める)と行動(書ける)が一致していたのに、今は流派・会派それぞれ「信仰もどき」の睨み合いが逆に邪魔となっているかの様にも見える(←入賞競争上、テクニックを優先せざるを得ない?)。ちんたら考え続けては居るのだけれど…あれこれ遡るほど苹は赤子同然になる(赤子以下、生誕以前)。なかなか成長しませんねぇ。
    【2012/07/01 10:40】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    じゃぁ、いったい何が理想なんだろう?

    苹@泥酔さんはどうしたいのだろう?

    いや、別に何かをしたいわけではない?

    ・・・・・・・・・・・
    【2012/07/02 21:03】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    (話は更にクドくなる…連投しつこくてゴメンナサイ)
     「昔は認識(読める)と行動(書ける)が一致していた」とこじつけたが、西尾先生の場合そんなレベルの話では絶対にない。苹のは児童が「これは何と読むの?」と意識するレベル。それを無意識の「自然に読み書きできるレベル」に潜めた上で、より生活的な意識階層に浮遊する認識と、齟齬をも満たすほどの行動に苛まれるレベルとの対立が先ず、テーマ以前の入口に差し掛かった辺りで垣間見える筈。となると「認識と行動」と云うよりは「行動と認識」、すなわち行動を司るレベルと出会い、それを認識するとはどういう事か~つまり広義の「読むという事」がテーマとならざるを得ない。「だから文学的なのだ」と云えばそうも見える。文学が嫌いな(=理解できない)苹には相応しく遠い。
     文学行為が先ず書の形を経由して発せられた時代、文学研究者は肉筆原稿のクリティークへ向かおうとする。しかし読者は違う。すっ飛ばして活字から読む。そこに活字の幻想がある。片や肉声の方が「より原稿的に」翻訳される時代、例えば西尾講演の恐るべき言文一致性(←大袈裟?)は時代や場所と共にある。ならば三島由紀夫はどうだったか。~差し当たっては距離を置いて、時代の空気を別の書道関連本から読み取りたくなる。
     新獲の西嶋慎一『五十年の回顧 ある書道編集者の軌跡』(芸術新聞社)はかなりコアな本だが、書道界トップの恐ろしさがよく分かる。学者の話かと思えば権力闘争てんこ盛り。私には所謂「七人の侍事件」が興味深い。或いは大陸、台湾、香港、シンガポールと、書道に全く興味がない人にも推奨できる話題が沢山ある。1965年と1969年の「インドネシアとマレーシアで、間近に華僑を迫害する大暴動」(P.228)の話など、宮崎正弘、青木直人といった先生方ならどう読むのだろうか。戦時中の話はP.100前後が印象的だった。
     この本を読むと頭がクラクラする。西洋を突き抜けようとしたらアジアがあった。なんてこった。西洋に負けず劣らず東洋も食えないし、まして国内書壇と田舎の書塾とでは内輪自体も大違い。書壇と文壇の比較は、文壇を知る人なら可能だろう。しかし~文壇の分からぬ一読者に行為や行動が分かるのか。自身かなり怪しい。三島にも行動はあったが、苹には生々しく伝わってこない。どんなに醜くとも、やはり言葉は美しい。それに比べると、或る種の行動は無言である。醜さは、生々しいものほど沈黙の行動に近くなる分だけ恐ろしい。時には複合的な威圧感が、錯覚を醜いものに変えてしまう。
     「錯覚する自分の自覚」と「美しい日本の私」が喧嘩を始めなければいいなあ。

    (以下、奥様宛23:40頃追記)
     …と午後八時頃に概ね仕上げて、推敲後の下記投稿時間頃にレス拝読。
     「日録」感想を交えてます。理想の話ではありません。と云うよりは、理解に纏わる話。遡る限界と私的幼時体験との交点をまさぐり、延長に老年や死を見据えようとする。また老年のを学んだ若者が老人の複製でない場合、学び自体に欠陥があるとしたら。
     その辺についても考えたい。たぶん欠陥の意義に肯定的とならざるを得なくなる筈。~もし、西尾先生の講演を完全に理解した人々が突如SF的に老化したら(皆もうじき八十歳!)。そうならないからこそ、理解しようとする姿勢自体が面白い。無理解もまた理想の一部を構成する事に、私は肯定的でありたいと思っています。
    【2012/07/02 22:41】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    (宗教ネタは表示稿だとアブナイ?…ええい、ままよ。表示稿でやっちまおう。)
     …先夜、非表示稿で「幸福の科学」の例を出した。二十年前はノストラダムスなど色々な人が大川隆法を通じて「霊言を伝える」本が大量に出ており、当時の苹は交際の都合で十冊ほど買って読んだ(行きつけのクラシック音楽喫茶酒場の店主が信者…因みに信者と交際のないオウム本は一冊しか買ってない…もっと揃えときゃよかったorz)。昨今は「昭和天皇の霊言」までもが書店に並んでてビックリ。存命中から「西尾幹二の霊言」が出たっておかしくない勢いだけど、この場合に語るのは先生の守護霊になるのかも?
     書道の社中にムリヤリ見立てると、霊言の役目が諸々の古典で、大川総裁の役目が師匠って事になるのかな。師匠それぞれ、古典の書きぶりの解釈が異なる。巷間に並ぶ本は大抵この類。なら師匠の臨書でなく古典を直接やればよいかと云うと、師匠の役目は「応用の仕方」を教える点にもあるから、他の社中の解釈が混入すると作品化段階で躓きかねなくなる。完成度の高い解釈をミックスすれば、より完成度が高くなる?…馬鹿げた幻想だ。
     以上は所謂「芸術書道」の場合。苹の見方は稍やテクニカルに過ぎるかも知れない。しかも芸術畑は「聖と俗」の対比に敏感で、可能な限り俗調を排除しようとする。…世俗生活の書文化が芸術的だと、チトしつこくならないか。例えば(と引き合いに出すのは不適切なのだろうが)オウムなどの白装束は世俗的に見えない。自分を額縁に飾るならともかく、世俗には世俗の書きぶりが、昔ながら有り体に受け継がれて居てもよい筈だ。さもなくば、額縁から自分の似姿がヌッと出てくるぞ。…ここで一発、喩えよう。「貞子、お前だ!」(←映画ネタ)

     嘗て古典は本来「なくてもよい」領分として、教育書道と実用書道の背後、奥の奥に隠れていた。過眼の機会は木版の翻刻本ばかりで学者向け、さして実用の役には立たない。それよりは身近な師匠から手本を貰う方がよかった。ところが古典の佳拓や真蹟を人前に引きずり出したのが明治以来の写真出版文化。これで書塾の在り方も書学の理想も真っ当に百年ぶっ壊れていった。…そんなとこに「理想」なんか持ち出された日にゃ、「理解」との区別すら覚束なくなってしまう。そこを見事に直撃する奥様は「お人が悪い」と云うか何と云うか(←「指摘の鋭さに舌を巻いている」の意)。
     生活の書が明治維新後に変化したり滅びて行くにつれ、古典の申し子達がゾンビとなって甦った。と云ってもゾンビが勝手に甦るのではなく、霊媒師が呪術儀式を行うかのごとく啓蒙したからゾロゾロ出てきた。~それを「小林以前の世界」と見れば、西尾先生の講演録からは、学者と霊媒師の違いを指摘するかの様な側面も窺える。どっちもゾンビを扱う仕事(?)なのに、死んだままのを調査するか、それとも生かして行動させるか、自らそうあるかのごとく(or実際そうなって?)行動するか。
     また、「肯定する」のと「肯定的でありたい」のとは違う。それと似通ったイメージで捉えて構わないかどうか。因みに「日録」講演連載初回では、小林秀雄のを「本当に好きになること、『好き』と『嫌いではない』との間には天地雲泥の差がある」と抜き出してある。~正直なところ、ゾンビの真贋にはうるさく関わりたくない。「生きているからこそゾンビと大差ない」のが生者とあらば尚更だ。ただ、死者とゾンビの違いならどうにかなるのかも知れない。
     ホラー映画ではよく、ゾンビに食われた人がゾンビになりますわなぁ。講演者と聴衆の様でもある。師匠と門人の様でもある。そうした仕組みの一部が嘗ては「聖と俗」の自然な交わりでもあった。先ず「世俗の書」という教育的前提があって、そこを突き抜ける教養的「聖化」のプロセスが後からゾンビ自身を世俗との調和に導いた。ところが書道界の芸術ゾンビは俗調を否定し、前提を食い尽くそうとする。言い換えるなら、「生きているのがゾンビでない証拠」と「動いているのがゾンビの証拠」へと、両つながらに転換を果たすかの様に。
     苹は妄想が好きだから、凶暴化した支那のゾンビ(キョンシー?)が日本人を食い尽くすさまを想像する。もちろん日本にも平安時代のゾンビが居る。御家流を食い尽くして久しい。
    (「日録」感想もどき、了)
    【2012/07/06 20:33】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    読んでます。

    でも、あまり理解できてません。でも、読んでます。
    【2012/07/06 22:39】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     贋作ではありませんが、真作に準ずる扱いの「拓本」について余談でも。
     以下は西嶋慎一『五十年の回顧 ある書道編集者の軌跡』(芸術新聞社)P.7~16の抄録。ここで西川寧が贋作と断じたのは蘇東坡の天際烏雲帖真蹟本で、これくらいの時代物になると真贋の判別は相当やかましくなってきます。尤も、唐以前のに比べると宋は真蹟がかなり残っていますから、この手のものは法帖の拓本から採る方が「贋作の肉筆本よりはマシ」って事になる様です。或いは贋作と見られている事を解説で明記するとか。~余談の続きは転載後。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > すでに五十年以上前のことだが、この夜の状景は私の脳裏に焼き付いている。余りにもショッキングな事件が、その夜、この室を訪ねた私の身に起こったからに外ならない。
    > 「いけません! そんな贋作をなぜ収めるのです。これはダメな作です」、と西川先生は冷やかに言い放たれた。それを耳にした私は、冷汗三斗どころの話ではない。奈落の底に突き落とされたような衝撃を受け、立ち竦んでしまった。
    (中略)
    > 「誰が掲載を決めたんです」。「翁方綱があれだけ入れ上げている作品ですから……」と、私はにわか勉強をシドロモドロつぶやく。「翁方綱が絶対正しいと、貴方は判断するのですか。私よりも翁方綱の眼を、貴方は信ずるのですか」。こうなると手が付けられない。首をうなだれて、叱責の嵐が通り過ぎるのを待つばかりである。ほとんど、半時は立ちつくしていたと思う。
    (中略)
    > 西川の発した「翁方綱の眼いかん」は、私に突き刺さるものがあった。この年の六月、西川家へ大量の拓本が持ち込まれた。保険会社へ融資の担保として差し出された品であり、その値踏みを、西川が依頼されたのである。保険会社との間に入って西川にその役を託したのは、古書肆江田文雅堂である。文雅堂は中国書画や拓本の扱いで中国にも聞えた有数の大店であった。査定条件として、西川は、拓本の撮影と出版物への自由使用を申し出たらしい。そして、ある日、撮影に来ぬかと二玄社へ連絡があった。
    > 西川家の別棟、福寿園に続く一室に、その拓本は陳べられていた。今思い出しても墨色鮮やかな佳拓が目に浮かぶ。欠十七行本十七帖、多宝塔碑、太僕卿元公墓誌未断本、黄山谷・范滂伝等があった。忘れ難いのは九成宮醴泉銘である。小振りな剪装本で、漆黒な拓墨上至る所に金泥の細字で翁方綱が識語を記していた。
    > この拓は巻首の「九成宮醴泉銘」の「醴」字欠損を蔵者が嫌い、うしろの欠けのない字を持って来て貼り込んである。「いけません、かような操作をする持主は、他でも必ずいたずらをするものです」、とこうぴしゃりと西川先生はいい、撮影させなかった。
    (中略)
    > それ以来、翁方綱は鬼門であった。業績の大きさが、必ずしも学の水準に一致しないことを、九成宮拓本で私は痛切に印象づけられたのである。
    --------------------------------------------------------------------------------
     「他でも必ずいたずら」云々には参った。支那の好事家には結構ありそうな話だし、乾隆帝みたいに跋文をせっせと書き込むので有名な人も居る。~そう云や黄公望の富春山居圖、台北のと北京のとではどっちが本物なのかいな。余白が跋文で殺されたと悪評紛々なのは北京本と記憶してるけど、台北の方が本物らしいだの、見つかった欠落部分との照合だの、兎に角やかましいったら、ありゃしない。
     贋作ネタでは、面白かったのが細野不二彦の漫画「ギャラリーフェイク」。~まだ学校に勤務してた時の事。書道の授業が終わると、別棟から美術や音楽の選択者がゾロゾロ戻ってきた。その中の一人が「先生、ギャラリーフェイクって知ってる?」と云うもんだから、あたしゃ「単行本十三巻の「メトロポリタンの一夜」はいい話だナ」と返したっけ。…あの漫画には、たまに書道ネタが出てきてた。子供の頃お師匠さんに衆道の手ほどき(!)を受けたオカマさんが良寛の贋作つくって売り捌こうとした話とか(…あの生徒、そっちの話を期待してたのかな?)。
     苹は、あの漫画で贋作に興味を持ったのでありました。
    【2012/07/07 21:30】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     前稿訂正。
     黄公望の北京故宮蔵本について「余白が跋文で殺された」云々と書いたが、あれは識語とすべきだった。跋文は「後書き」だもんな。こりゃウッカリだ(汗)。因みに台北故宮本の跋文では沈周のが出色。…二玄社はホント、いい仕事をしてくれる。あそこの完全複製を自費で買い込み、絵画なのに「墨を知れ」とばかりに書道の授業で見せた事も。教科書に文房四宝のが載ってるのを口実に拡大解釈、蘭竹や山水皴法各種の初歩的短時間指導(書道Ⅰ)では飽き足らず、忘れた頃に「とどめの一発は鑑賞に限る」とやっちまった(書道Ⅱ)。平たく云えば暴走だ。でも教員で居られるうちに、悔いのない授業を可能な限り工夫したかった。どうせ、そう長くはない。目指すは国内高校最高レベルの授業。~斯くして苹は死者と相成り、ネット上でゾンビ人生が始まったのでござんした。
     …それはそうと、真贋の世界は「呪縛の連鎖」でもありますなぁ。翁方綱や乾隆帝の書き込みは鑑識に大きく影響するし、王羲之の蘭亭叙は八柱第一本と張金界奴本とで搨摸者名の伝来が違う。~甚だしきは日本にあり。国語と書道の関係。どっちも国語成立以前とは大違いなのに、国語という歪曲概念に呪縛されている。件の本にも「外国の研究者さんはえらいですな、群書類従もきちんと原書を買って、活字本と対校されますわ」(P.81)てな古書肆朝倉屋店主発言がしっかり載っている。そこが国語イデオロギーの世界と大きく違う。大学界隈に隔離された伝統文化を高校以下から排除する動きも、苹には国語イデオロギーの傀儡的策動と映るのだぁ。…国語が真を偽装する結果、オリジナルは教科書記述上のイメージ操作を経て贋物的に顛倒する。これを活字信仰と云う。
     件の本で、首をかしげるのは「あとがき」の記述(P.254~255↓)。真意が読めない。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 今日、書文化は衰退の一途にあると申し上げても言い過ぎではないと思う。たとえば、高校芸術科書道の教科書を一覧すると、恐ろしく専門的な知識が細切れに盛り込まれている。授業時間は減り、書道Ⅰを消化するのにやっとの現状にこの体たらくである。こんな瑣末な教養を、高校レベルで教える必要があるのかとさえ考えてしまう。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2012/07/09 21:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    そんな書道の授業、受けてみたかったなぁ。
    【2012/07/10 22:26】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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