奥様
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    ニーチェは難しい
    19日、20日と、なぜか上京できることになって、
    西尾先生の全集記念の講演会に行ってきた。

    新幹線で昼過ぎに出発、
    東京駅に着いたらすぐに丸の内線にのって池袋へ。
    雨風が強い池袋の街を、
    傘を傾けながら歩いて豊島公会堂に着く。
    丁度開演15分前だった。

    硬い内容の講演会だったが、
    来場者が意外に多く、
    先生ファンがまだまだ多いなぁと喜んだ。

    ニーチェは私にはまだ全然読めていないし、
    難しいのだけれど、
    西尾先生が文章を読みながら説明してくださったことで、
    ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、
    理解の入り口に来たような気がする。

    言葉の虚しさを知りつつ、文章で思想を残した人。
    後世、世界中の人がその解釈に励んでいるとは、
    ニーチェも苦笑いしているかもしれない。
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    【2011/11/20 20:14】 日々雑感 | TRACKBACK(0) | COMMENT(11)
    この記事に対するコメント

    ニーチェは難しいからこそ知るための価値があると思います。
    とかくギリシャ神話は心地よい言葉の集大成のように受け止められがちですが、私は本来そのこと自体に違和感を感じています。「神」という概念がどのように人間に定着したのか、そこがとても大事で、一般的にキリストが何か世界を一新させたかのような認識がありますが、私は彼はもしかすると今で言うマスコミを巧みに利用した革新者ではないかと思っています。
    彼はあらゆる神の可能性を否定して、現実の世界と神の世界を個人的に融和して、我こそは真実の預言者だと革新的におのれの存在を鼓舞したのは間違いないと思います。
    以来キリストは神の概念の中心になり、その思想は2000年もの時間を制覇しています。でも、考えてみると、昔の神々の目前の問題点は、オリエントをどう攻略すべきか・・・という単純な問題がまずあるんですよ。その問題解決への神頼みとしてのギリシャ的神話の存在というものがあり、アポロンとかアルテミスとか光と影の両面を、人間の心理と現実とのはざまの葛藤におきかえて神という名を借りた一つの物語に仕立て上げ、生きる意味とか死への遭遇に際する人間の心の揺れは、本来どのような状況でも隔たりが無く、時空を超えた人間の心理が存在するはずだと訴えたのがニーチェだと思うのです。その意味で一つの人間の仮想に頼る危険性は掘り下げると浮き彫りになり、キリストという存在の危険性につながるという理論が、私の中ではとりあえず整理されているところです。そしてそれが正しい判断だと認められるなら、私はニーチェという人物に違和感はありません。
    【2011/11/21 02:04】 URL | あきんど #- [ 編集]

    西尾先生へ
    奥様お久しぶりです。
    西尾先生の講演会にいらしたのですね
    偶々昨夜シアターグリーンに観劇に出かけ、西尾先生に偶然おめにかかり
    自己紹介した折に松本道介さんの「極楽鳥の愁い」の本の事を
    話そうとして、著者名も本の題名も思い出せなくて、
    一晩寝て起きたら、やっと思い出せました。
    西尾先生がこのコメントを読んでくださることを願って書かせていただきました。
    【2011/11/21 06:00】 URL | bunn #- [ 編集]


    私も西尾先生の講演会に伺いました
    お話はとても難解でした
    でもニーチェの生家を訪ねられた折りの出来事や
    ニーチェが霊感を得た岩を見に行かれた時の感想など
    とても興味深かったです

    先生のお話を聞いていて日ごろから自分が
    「何故か?」と思い
    「良く考えて」みて
    「自分の目で確認」して
    「自分の意見」としていたか考えちゃいました

    幼稚な感想で恥ずかしいですが豊島公会堂で思ったことです
    【2011/11/21 08:03】 URL | 一匹狼奥様 #- [ 編集]


    >あきんどさん
    前提を疑ってから思索することの大切さを語ったのでしょうか。
    キリスト教って、いまや大前提になっていますよね。

    >bunnさま
    いいですね、お芝居ですか。
    広島ではなかなかこれはというようないい芝居は来ません。
    ・・・・・来ても、今は行けませんが・・・・。

    >一匹狼奥様さま
    ええ~~~っ、ではあの会場にいらしたのですね。

    ニーチェが思索したのは、小さな田舎町の、でもなんだかすっきりした町の風景でしたね。
    【2011/11/21 16:25】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    講演会、私も行きました。ほぼ満員でしたよね。お会いできなくて残念でした。
     
     「哲学がむずかしい」というのは「科学がむずかしい」ということとは意味をまったく異にすることで、哲学の理解というのは実感を感じられるかどうかということだと思います。たとえばカントの有名な定言命法なんて、言葉の表層ではわかっても、実感のレベルでは私にはさっぱりわからないです。私は自分の毎日の人生で、定言命法なんて一度も実践したも実感したこともないですから。

     それでいいんですね。ところがゲルマン人文化圏の人たちの生き方や文化をみたり読んだりすると、この定言命法が確かに生きているんだなあ、ということがよくわかります。哲学はどこかで生活と密着したものだから哲学なわけです。だから個々人の人生の生き方の違いということもありますが、文化圏がまったく違うところでは違う哲学があって、実感の違いのむずかしさということが、ある意味で哲学のむずかしさのすべてではないかと思います。科学を理解する頭ということとはぜんぜん違いますね。

     そう考えると、ニーチェは日本文化圏に生きる個人には比較的わかりやすい面をもっている、ということはできると思うんですね。概念形成の話とか、神や道徳は一概念にすぎないとかということは、汎神論や多神教的神話世界にいた日本人には馴染みやすい考え方だし、言葉のむなしさということにしても、伝統的日本人の言霊好きの生活実感には近いものがあるような気もします。

    ただ、もちろん実感がわからない面もたくさんあります。たとえばニーチェ哲学の核心の「永劫回帰」です。人生や世界が移ろいゆくものである、ということは何となく日本人にはわかる気がする。でも「今ここにある人生が無限に繰り返される」ということになると、何となく実感が違うようにも思えます。「同じようでいて違うもの」が続いていくのが日本人が親しんでいる「永遠」概念ではないかと思います。まして、ニーチェが、世界が永劫回帰「するがゆえに」愛する、という「するがゆえに」の意味が、実感的によくわからない。日本人にとって永遠とか永劫回帰はもっと諦念のようなもので、「愛する」とか何とか、そんな積極概念的なものではないですね。やっぱり、ニーチェはむずかしい面ももっているということでしょう。

     そういうふうにしてニーチェ理解を実感のレベルで積み重ねていくのがよいと思うのですけど、今回の西尾先生の全集でおもしろいのは、ニーチェの高校教師のときの話の西尾先生のエッセイとか、あるいはワーグナーとの関連ばかりが指摘される中で、ベートーベンとニーチェとの関連を論じた先生のエッセイとかですね。どれも実感のレベルからニーチェに迫ろうろする文章です。哲学を本当に理解するということをさすが徹底してわかっていらっしゃると思わせますね。
    【2011/11/22 10:24】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]


    >うさねこさま
    私はじっくり読む力がないので、パッと開いては読む・・・という、乱読です。

    それでも西尾先生が旅行で尋ねられた湖のほとりの町の名前が出てくると、文字だけでなく、写真で何かを共有するって大切だなと思いました。
    音も感覚に訴えてくるので、大切なんですね。
    【2011/11/23 20:10】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    私も講演会に行ったのでした。

    >私はじっくり読む力がないので、パッと開いては読む・・・という、乱読です。
    同じくですが。
    【2011/11/24 20:56】 URL | 真面目に変わっている人 #- [ 編集]


    >真面目に変わっている人さま
    えぇ~~~っ!
    そうだったのですかぁ。

    あの日は寒かったですね。難しい講演会なのに人が多くて、知り合いの顔もちらほらありましたが、全然知らない人の方がやっぱり多かったです。(あたりまえですね)

    あの中におられたのですね。
    わかっていれば、何か目印すればよかったなぁ。バラの花を持つとか・・・・。
    【2011/11/24 22:25】 URL | 奥様 #- [ 編集]


    >>あきんどさん
    >前提を疑ってから思索することの大切さを語ったのでしょうか。
    キリスト教って、いまや大前提になっていますよね。

    おそらくニーチェは神(本質)を汚すことが許せない性質だとおもうんです。カントのように何か世界が一つの支配のもとでバランスを保っているような表現を、人間の力抜きで語ろうとすることに嫌悪する感覚があるのではないかと感じます。
    ですからニーチェは人間の意志を尊重します。というか、人間の意志と煩悩の必要性も在り得る考えを訴えます。(彼は訴えるのではなく表現する人間なのかもしれません)
    結局、私なりに解釈しているのは、「人間の可能性の重要性」への着目なんです。敢えてここで「人間的・・・」というような曖昧な表現をしない点に、まず着目していただきたいのです。
    いかに人間は、この世に生まれてくるべきだったのかを考えたとき、プロメテウスの仕業はそのヒントと捉えることができます。プロメテウスの仕業は、何故人間は存在するのか・・・その問いにも向き合ってくれます。実際私は「縛られたプロメテウス」を読んで、どれだけ人間として勇気づけられたかわかりません。多分ここに人間の様々な生の拠点があるのではないか・・・と読み終えて思いましたね。
    ですから、キリストを代表する様々な宗教が、私には何か別物に感じ始めた瞬間でもありました。もしかすると、ニーチェもこの感覚の元で戦っていたのだろうか・・・と勝手に解釈したのは事実です。その事をある意味確かめたい意思表示の一環として、西尾先生に読後感想文を書き続けた理由がそこにあると言っても良いでしょう。その行為が私には、ネットを離れていた期間、とても大切なモチベーションでした。
    【2011/11/30 06:19】 URL | あきんど #- [ 編集]


     迂闊かどうか分からぬ範囲で、当初から自前のインスピレーションを司ってきた隣接的意味としての「永劫回帰」を、ふと気付いたら久しぶりに持ち出していました。以下は2chへの書き込みより。
    http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/gallery/1313181354/l50
    --------------------------------------------------------------------------------
    >338 :わたしはダリ?名無しさん?:2011/11/28(月) 18:48:48.02
    >ともすれば臨書の方が自運より本人らしく見える事があって、たまにたじろいだりする。
    >臨書が古典らしくないのか、古典が自運に近いのか。古典と本人のどちらかが滅却される。
    >真似たはずが自己模倣。その自己が本人側なのか古典側なのか、境界は曖昧だったりして。
    >一方を滅却すれば、鏡の向こう側も一緒に滅却される危険がある。そんな関係が悩ましい。
    >臨書は自我崩壊への一里塚。最初の師匠の手を離れるための薬が、やりすぎると毒になる。
    >かといって、自分と近すぎる古典に近親憎悪が生じるのも困る。程々の違和感が有難い。
    >それが消えると、今度は眼の方が疑わしくなってくる。つくづく臨書は矛盾の塊だと思う。
    >その辺への折り合いだって、本当は肯定なのか否定なのか。同じ事が妥協にもいえそう。
    >中には稍やショッキングな退行現象も。最初の師匠の手筋へと永劫回帰してしまう次第。
    --------------------------------------------------------------------------------
     以上、かなり矮小化した捉え方になっている気がせぬでもない体ですが、嘗てドゥルーズの名前に興味を覚える契機となった『差異と反復』という言い回し自体に永劫回帰の影を感じた時の心の蠢きは、今も相変わらず書道絡みでやんす。そんな状態のまま西尾全集を読んだら、どうなってしまうのやら。
     先の日曜、まずい事に見つけてしもた…(orz)。焚書本だけ買う事になるだろうと思ってたら、全集あるんだもんなあ(泣)。まだ一頁も捲っていない。先に焚書本を半分ほど読んだとこ。そしたら上記を含む遣り取りと相成った。うさねこ様の違和感(?)とはおそらく別の場所で、手本との差異を正すべく反復練習した当時の感覚的まどろみがある。
     焚書本の六冊目は、真っ先に五冊目の再読を促す反復的好著だと思った。そのうち全巻を読み返したくなるだろう。この意味で焚書本シリーズは、どことなくバッハの《フーガの技法》に似ている気がせぬでもない。取り上げられた対象書籍はことごとく変奏的で、中心たる主題はいつしか主でなく従となるかの様に、変奏各々へと潜り込む。(実際は同時に、その逆でもあるのにねぇ?)
     そんな視点から予めニーチェを度外視して(拒絶?)、その名前を忘れるほど遠くへ隠遁した領分から、西尾全集へと下りていったらどうなるか。今は諸々の落ち着き先を組み立てつつあります。そうした読み方で正しいか、もしくは裏切られるかの不透明さも、読書の楽しみや驚きの下では取り立てて論うには及ぶまい…?
    【2011/12/02 01:42】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >あきんどさん
    結局どんな人の言葉でも、自分というスクリーンに映したときに、自分様のものになるのでしょう。
    それをいかにもこれだけが本物だ・・・的な教会?既成宗教?に疑問を抱いたのかな?
    よくわかりません・・・・・・

    > 苹@泥酔さん
    見つかったら、買うしかないですよねぇ。
    GHQ本当に私も面白く読んでいます。

    全集は・・・・・ぱっと開いて読む。パッと開いて読む・・・・・のくりかえし。
    【2011/12/02 22:22】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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