奥様
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    子育て終了の奥様でございます。 最近本格的にブログにチャレンジ。 硬い話、介護の話、日常の話をちょこちょこっと書いていきます。
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    西尾先生が日録のコメント欄を再開されて、
    だいぶ日にちが経った。

    書き込みはやはり大御所のブログということで、
    遠慮が多いのか、ちょっと少なくて寂しい。

    ところが、日を追って、
    荒らしコメントが多くなってきた。

    なぜ荒らしと認定できるかというと、
    全部英語だから。
    いやらしいことに、内容は「いいブログだ」というふうに肯定的に書いている。
    まぁ、面倒だから読まないけれど。

    もし日本語のエントリーが読めたのなら、
    コメントも日本語で書け・・・って話で、
    まぁ、コメント欄をつぶそうって魂胆がみえみえのものばかり。
    私は中国からの荒らしで、
    大学生あたりが面白がってやっているんだろうと想像している。

    それらが、通常一日200くらいは来ていたが、
    昨日それが1200来ていて、
    さすがに私もびっくりした。
    本物のコメントを探すのも大変だし、
    迷惑コメントを削除するのも大変。



    小さなサイバー戦争だと思っている。
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    【2011/10/02 09:24】 日録裏話 | TRACKBACK(0) | COMMENT(5)
    この記事に対するコメント

    >いやらしいことに、内容は「いいブログだ」というふうに肯定的に
     その手口、先月の荒間様んとこ(↓)でもありましたよ。リアルで見てた(苦笑)。
    http://wolf.accela.jp/cgi-bin-_-/read.cgi?mode=all&list=tree&no=8851
    >昨日それが1200来ていて、
     …本丸は大変だなぁ。それに比べると此処=奥様ブログはコメントする側のカキコ分散に好都合で、場所自体が避難所か中継地としての匿名性を帯びてくる。すると読み手(例えば西尾センセ)と読み手(例えば苹とか)との間に「相互閲読性が期待される」にもかかわらず、必ずしも「調停者としての主体性を期待されない」奇妙なブログ主(=奥様)が総てを取り仕切る事になる。それだけなら単なる「奥様に失礼千万な話」なのだろう。だが、ブログ主の提示する話題に即した体裁でコメントする限りに於て話題脱線の幅がコメント者を縛る場合、ブログ主は掲示板の時と同様、より整序された形で「最初のコメント者に留まる」のかも知れない。
     これを不特定サーバー経由で何かするかの様なイメージで捉えるなら、避難所の匿名性は却ってファイアーウォールとしての性格を際立たせる結果になり、むしろ本丸たる「日録」の方が矢面に立たされる。その辺を前々から危惧してたつもりなんだけどなあ(↓)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1101.html#comment

    (余談)
     お次は数日前の書きかけを。こちら(↓)の続きでやんす。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1172.html#comment

     西尾全集は進捗中のご様子。収録予定の対談に今道友信の名を見て、久々に『美の位相と藝術』(東京大学出版会)の増補版を引っ張り出した。~私は先日、うさねこ様の問いに必ずしも応えられなかった。批判と云えば批判ではある。以下、同書P.369を参照。
    --------------------------------------------------------------------------------
    >そもそもクリティッシュの語がそこから派生したクリティーク(Kritik, critique, criticism)は批判と言ふ意味なのであらうか。クリティークとは本来は批判とは違ふものではないのか。例へば、Kritik der reinen Vernunftに於いて、カントはKritikが何故重要であるかについて語るとき、「これが理性の経験の範囲外に出て経験の対象に就いて独断的主張を立てることはできない、といふことを証明すると同時に、また、理性に反対するすべてのありうべき主張に対して理性の安全を保つからである。」(K.d.r.V.S.424)と言つてゐるが、これはKritikが否定によりも寧ろ肯定に向かつてゐることを暗示し、更にまた、理性のための弁護士であつて、決して上位者の決裁といふ言はばヒュブリスの態度ではなく、従つて、それは批判とは違ふことの傍証ではなからうか。
    --------------------------------------------------------------------------------
     此処では碌に読まず、ただ拾い出した。肯定は暗示された方向であって、肯定そのものではない。かと云って否定でもない。そう拾い読んで構わないなら、クリティカルな行動がいづれに向かおうとも、読まれる対象が読む側を必要とするとは限らない。読む側の行動に於てのみ対象は必要とされるだろうくせに、聳え立つ対象の前で読者は時折、沈黙を余儀なくされる。ただ、理性の佇まいを行動に於て表現するとしたら、そこに前提された限界を同時に表現する行動もまた認められてよい筈。仮にそうした在り方を臨書に垣間見たところで、対象が取って食われる訳ではない。尤も歪曲と解釈には区別しづらい所があるので、「誰が」臨書するのかを予め分かつ上で、署名は何かと都合がよい。
     しかしながら歴史の中では、「伝ナントカ」(紀貫之とか藤原行成とか)といった判断のクラスター化がやむなく行われたりもする。或いは「よみびとしらず」、「無名氏」といった匿名化の作用も数多い。「これを書いているのは誰?」と筆者自身が戸惑う時、書かれた内容が何か大きなものである事を相補的に自覚させる面もあろう。また音楽の場合、署名の中には音名象徴というのがあるらしい。バッハの未完フーガ然り。三島由紀夫の名前を刻んだオペラ《ひかりごけ》然り。前者についてはグールドがモンサンジョン監督のビデオで、後者は片山杜秀が『レコード芸術』誌で解説していた。「臨書」的なものが臨書でなくなる瞬間の寂しさに休息や癒しを覚えるなら、「署名する苦痛」はやがて「臨書」的な経験の裏付けを踏まえて力の源泉となっていくのだろう。
     今道先生の絡んだ本と云えば、他に『同一性の自己塑性』や『講座 美学』シリーズが思い浮かぶ。どれも碌に読んでいないが、後者では東洋芸術に踏み込んでいたと記憶。これから西尾全集を読む上で、私は暫くカンニングの気分を味わう事になるかも知れない。巷間では試験で隠れて行う「ただの丸写し」をそう呼ぶらしいが、ネット裏に隠れて参考書を読むのは、どことなくそれと似通った後ろめたさを惹起させる。…ほれ、上に引用した時の気分がそれでござる。そして臨書もまた、見方次第ではカンニングと接近したり遠離ったりする…。
    (以下未完)
    【2011/10/02 22:13】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]

    管理人のみ閲覧できます
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    【2011/10/04 01:35】 | # [ 編集]


    >苹@泥酔 さん
    どうやらあっちの荒らしは二三台のコンピューターから連続して投稿されていたようです。
    日録の管理を手伝ってもらっているある方に、今SOSで対処してもらっています。

    そうですよね、西尾先生はコメント欄は必ず読んでおられますが、返事を返さない。

    苹@泥酔 さんのそれ以外のコメントは、私には理解不能でありました。非公開のほうは分りました~~
    【2011/10/04 20:56】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     支援板でないなら桃板。誰かが「女は腐りかけがおいしい」と書いていた。当時まだアラフォーだの女子会なんて流行語はなかったし、抑も開き直られたら(?)返す言葉がない。触らぬ神に云々と云うごとく、最初から勝ち目のない相手に挑むドン・キホーテは取り敢えず男でござる。また巷間には女性をマグロに喩える向きがある通り、或いは女性と魚が本当に似ているのかも知れない。…こんなネタ(↓)が2chで紹介されていた。
    http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/10/09/2011100900021.html
     味わい深い話である。心当たりがある。スーパーで買った出来合いの寿司を一晩冷蔵庫に入れて置くと、本マグロが茶色に変色する。女の腐った様なマグロではあるが、旨くない訳ではない。たまに高級回転寿司に行くと、マグロを頼むのは爺様だけである。私と婆様は食べない。私の場合は多分マグロの味をよく知らないのだろう。
     ふと思い出した。昔「日録」で、西尾先生が「おすし」と書いたところ閲覧者から「お」を付けたのを揶揄され、不機嫌になられた事があったのを。あれはどの稿だったかしら。~それとは別に、目に留まったのがコレ(↓)。
    http://book.geocities.jp/nishio_nitiroku/kkk5.html
     こんな古証文を唐突に持ち出されてもねぇ。でも仕方あるまい。それよりずっと遡って、先生は全集の仕事に取り組んで居られるのだから。『正論』2011.11号の「ニーチェ研究と私」は面白かった。顧みれば、新鮮なマグロの刺身の様だった。

     以下は『WiLL』2011.11号所収「現代リスク文明論」の読後雑感。
     核兵器は使われない。使えるだけでよい。そのために保有する。使われた時は爆発した時で、攻撃であれ事故(自爆?)であれ、どのみち爆発は爆発。それまでは当然ながら眠っている。静態的であり、量的変化はない。
     ところが原発は爆発寸前だからこそ発電できる。眠らぬ核であるがゆえにゴミが出る。塵も積もれば山となり、その量たるや核兵器の比ではない。動態的であり、常に量的変化を伴う。ならば危険なのは当たり前だ。
     核は獅子と似ている。眠れる獅子は原爆的。目覚めた獅子は原発的。前者が使用されたり後者が事故に至って初めて、獅子は襲いかかる事になる。そこに質的差異はない。あるのは状態の差異と量的差異で、五十四匹の獅子からはいつも低い唸り声が聞こえている。
    【2011/10/10 17:47】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    よく昔のことを覚えておられますねぇ~

    確か、そういう記述がありましたよ。

    本当は、肉は腐りかけ?が一番おいしい・・・って!?

    【2011/10/10 20:27】 URL | 奥様 #- [ 編集]


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