奥様
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    原発について
    小林よしのりさんも、『WiLL』最新刊で、
    かつては原発賛成は保守系、
    反対は左翼系と決まっていたが、
    もうそういう対立の図式を乗り越えなきゃならない。
    自分は反対だと・・・・そういうニュアンスで書いていた。(正確じゃないけど)

    私は今回の福島原発事故が泥沼にはまって行った過程を、
    原発反対派がほくそえんでいるのかと思うと、とても嫌な気分がする。
    つまり、当然ながら?原発を許容する考えを今まで持っていた。

    原発反対派は今までなぜ反対していたのだろうか。

    本当に日本のことを思って反対していたのだろうか。

    日本が力を持つことが嫌で反対していたのではないだろうか。

    それとも、核アレルギーだったのだろうか。


    最近、西尾先生が原発は日本には必要ないとの立場に立たれて、
    私自身、どう考えたらいいのだろうかと今迷っている。

    日本には、自前のエネルギー資源が今はない。
    過去に石油がストップしたことへの恐怖を日本人は持っている。
    だから、安全保障という面から、原発が必要と考えていたはずだ。
    だけど今、その安全が脅かされていて、
    暴れる巨獣に振り回されていて、オロオロとしている。

    その不安定な状態と、
    石油に依存しなければならない不安定な状態と、
    天秤にかけて、いったいどっちが日本にとってよりましであるかを考える。

    皆、日本の未来が安定的に繁栄する為に、
    本当に良いことはどちらかと考えているのだから、
    原発反対・・・というだけで、思考停止してはいけない。
    ただ、左翼が喜んでいる状態が許せなくて、
    つい原発をそれでも擁護したくなる気持ちがある。

    迷っている。
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    【2011/05/02 20:45】 硬めな話題 | TRACKBACK(0) | COMMENT(44)
    この記事に対するコメント

    1980年代の終わりくらいに、原発問題がしきりにメディアで論じられていた時期がありました。当時、私は高校生で、政治的図式とかほとんどわからないまま、面白半分でその類のテレビ番組観ていました。反原発派の常連が広瀬隆さん、高木仁三郎さん、槌田敦さん、賛成派の側の常連が舛添さん、栗本慎一郎さん、渡部昇一さんで、これら常連の周囲に反対派=左翼、賛成派=保守、という人が集うという感じでしたけど、当時不思議だなあ、と思ったのは、図式的に考えると賛成派の急先鋒になるはずの西部邁さんが、自称是々非々派、つまり中間派ということで、両派を批判していたんですね。

     当時は保守側の西部さんが何でかな?と思ったんですが、今になってみると西部さんのスタンスはわかるような気がするんです。 たとえば早い話、原発を積極的にやろうとしているのはソビエトのような共産国であり、あるいはフランスの社会党政権だったりします。西部さんは保守主義というのをイデオロギー的に考える代表的な人ですけれど、いわゆるイデオロギー的なヨーロッパ保守主義というのは、技術、マネー、記号というようなものによる文明の進歩や未来に懐疑的な立場を強くとります。 逆に左翼社会主義というのは、技術を信奉し、伝統を軽視するというふうに図式化されます。原発なんていうのは、ハイテクの最たるものですから、保守主義をイデオロギー的に考えれば、原発を手放しで賛成するのはおかしいという西部さんの主張になるわけです。

     しかし西部さんはもちろん馬鹿ではないですから、番組とか文章をみると、原発反対派がバックグラウンドにしている価値観の単純さをきちんと手厳しく批判もしています。自動車事故で世界中で毎年何十万人もの人間が死ぬという危険を前提に私たちは自動車文明を受け入れて共存しているのに、なぜ原発だけ目くじらをたてるんだ、ともきちんといっています。これは文明社会の常識ですね。そういう常識を原発反対派の多数はもっていない。こういう理由で西部さんは、賛成派も反対派にも一致しない立場をとっていて、今になってみればなるほどと思います。

     西部さんはそういうふうなイデオロギー的に保守主義をとらえるという立場から、原発やハイテクへの懐疑派という立場を採用していたわけですが、もちろんそういう立場をとらなくても、反原発や反ハイテクという論理と右派や保守派が結びつくということはあるんで、たとえばフランスのナショナリズムというのは、農業や自然ということと非常にむすびついていますね。フランスのナショナリズムというのはフランス革命以前に時間が遡れない、つまりナショナリズムの要素に皇室や伝統がないからより農業や自然にナショナリズムが向く、ということもあるでしょうけど、でもそういうナショナリズムだと、やはり一面的なハイテク賛美や原発賛美には反対、ということもあると思います。日本の天皇主義でも、近代以前の穀物神としての天皇を崇める右翼思想も存在するわけで、こういう思想だったら、原発に否定的になるのが論理必然でしょう。

     こういうふうに考えると、私は小林さんの意見以前に、そもそも原発に対しての日本国内の保守革新の政治的図式自体が成立しない、と思います。ただ問題は、西部さんが反原発派を批判したように、反対派が文明社会や技術文明についてあまりに常識を欠いた反対を言っているから、まずはこのレベルでの常識しっかり意識し、その後で是々非々の見解を確立していけばよい、ということでよいと思いますね。奥様のように資源問題から賛成を言う見解もありでしょうし、西尾先生のように日本人の危険管理の危うさから懐疑的意見を言う見解もありでしょう。私自身は依然として、そして今後もおそらく、日本においては原発賛成派でありつづけると思います。


    【2011/05/03 00:50】 URL | N.W(うさねこ) #- [ 編集]

    賛成、反対?
    うさねこさんのご意見を拝読して、西部先生のお考えを知りました。
    そして、私も日本においては原発賛成派です。
    【2011/05/03 08:40】 URL | bunn #- [ 編集]


     名にし負う歴史認識のエクソシスト西尾幹二先生は(?)、必ずしも原発を否定していない…と私は読んでます。でなければ抑も、こんな事を書く訳がない(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > 問題の第二は、今後、わが国の原発からの撤退とエネルギー政策の抜本的立て直しは避け難く、原発を外国に売る産業政策ももう終わりである。原発は東電という企業の中でも厄介者扱いされ、一種の「鬼っ子」になるだろう。それでいて電力の3分の1を賄う原発を今すぐに止めるわけにいかず、熱意が冷めた中で、残された全国48基の原子炉を維持管理しなくてはならない。そうでなくても電力会社に危険防止の意志が乏しいことはすでに見た通りだ。国全体が「鬼っ子」に冷たくなれば、企業は安全のための予算をさらに渋って、人材配置にも熱意を失うだろう。私はこのような事態が招く再度の原発事故を最も恐れている。日本という国そのものが、完全に世界から見放される日である。
    > 手に負えぬ48個の「火の玉」をいやいやながら抱きかかえ、しかも上手に「火」を消していく責任は企業にではなく、国家の政治指導者の仕事でなくてはならない。
    >産経新聞20113.30「正論欄」より
    --------------------------------------------------------------------------------
     原発は生まれながらにして悪魔的かも知れない。それを「鬼っ子」に育てるのが誰か、先生は総て承知の上で書いている。鬼は否定から生まれ、なおかつ鬼子の親は鬼である。そんな親の身になってみれば、俺の鬼子がこんなに可愛いわけがない。だからと云って、鬼は鬼子を殺せるのか。鬼が鬼である事を自己証明するとしたら、それは所謂「このような事態が招く再度の原発事故」となって現れる。つまり西尾先生が危惧しているのは、「親の責任」を放棄するヒステリーに席巻される事なのではないかと。原発事故の当事者たる日本のみならず、その時は世界中が「鬼だらけ」になる?…否、そうはなるまい。日本だけが鬼として取り残されるかも知れない。そうした事態を先生は「完全に世界から見放される日」と表現している。どのみち日本が原子力を、アフターケアなき「現金な態度で」手放す事など世界が許す筈もない。
     既に結論は出ている。生産性を失った場合の原発は、それ自体が日本の新たな負債となるのだ。先生は一見、原発に反対しているかの様に見えるかも知れない。本当に反対の立場を採ったとしても、それはそれで仕方がない。なぜならそれは、日本が新たな負債を抱えたという問題意識を直視する事に他ならないからである。後は生産性を犠牲にする覚悟を日本が持てるかどうか。…私は持てないと思う。ずるずる原発を再稼働するしかなかろう。そこが夢見る左翼と根本的に異なる。悲劇の受容に裏付けられた運命の自覚であり、この点で原発からの撤退を内包した推進が現実的には苦み走ってくる。安易な原発撤退は別の意味で日本人を鬼とし、そこから先は石油が再び鬼退治の道具となっていくだろう。
    【2011/05/03 18:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >うさねこさん
    本当にいろいろなことを、よく知っていて、しかも丁寧に覚えていますね。
    感心します。

    >bunnさま
    そうですね、私もそうでした。
    日本人の原発の技術はものすごいものがあるそうです。撤退すると、技術も消えていきますよね。電気の重要さを考えれば、とても難しい問題です。

    >苹@泥酔さん
    なるほど・・・・・・
    西尾先生は、先の先を読んでいるから、心配だらけ。
    【2011/05/03 22:40】 URL | 奥様 #- [ 編集]

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    【2011/05/04 05:04】 | # [ 編集]


     私の名はメーテル…宇宙を旅する女(冗談)…そう云や軍用衛星や宇宙探査機に、原子炉や原子力電池のがありましたなあ。カナダに墜ちた時は核燃料50kgくらい積んでたらしい。同じ原発だからって、チェルノブイリばっか引き合いに出されるのは迷惑だ(推定10tばらまき)。まして広島を持ち出すくらいなら、いっそカナダと福島を比べりゃいいのに。
     見方を原発に限定するのは、世界中どこでも「都合の悪い事は隠したいから」じゃないのかしら。原子力潜水艦だって何度も事故を起こしてるじゃないか。それも原子力衛星も共にソ連のだった。どの国だって軍事情報は秘匿したいだろう。それを棚上げしてるくせに、どの面さげたのが「日本政府は情報を隠すから信用できない」と言ってるんだか。
     民主党政権を庇う気はないが、政権打倒にネタを使い回す気もない。しかし情報秘匿への正しい認識(?)を阻むのが過度の平和主義だったりする点にも目配りはして置きたい。とは云え「まともなスパイ防止法ひとつない国だ、情報流出への対応が遅れたソニーに文句つけるな」って理屈が通用しない様に、原発情報をどこまで公開してよいか戸惑う場合とは、判断の迅速性に共通の問題が見られるのも事実。そこが自衛隊と違うらしい。
     スパイ防止法なき国とソニー、指導力なき政府と東京電力。どちらも並べて考えるのが躊躇われるのに、躊躇いの原因が別の感覚障碍を引き出してしまう。躊躇わずに並べればよいのか、並べる組み合わせを間違えているのか。…私の名はメーテル…妄想を旅する女…(冗談)
    【2011/05/06 19:18】 URL | 苹@ネカマ #SFo5/nok [ 編集]


     追記。検索し直したところ記事発見。元ネタは此処(↓)。
    http://blog.goo.ne.jp/reym1234/e/7daa40518078314cf9e71f067c0e34f3
    --------------------------------------------------------------------------------
    >むつ政経文科新聞 第5号 昭和53年(1978年)2月25日発行
    >「ニュース」:原子炉衛星が墜落  人口密集地なら大惨事
    >1月24日、ソ連の原子炉衛星がカナダに墜落した。同じ日にベルギーで原子力発電所の事故があったが、原子炉衛星の大ニュースのため新聞での取り扱いも小さく、見落とされた方も多いであろう。
    >この原子炉衛星は、1カ月も前から墜落が予測されていて、大気圏に突入する際の角度によって日本に墜落する可能性もあった。しかし日・米・ソ・カナダなどの各政府は、いずれも「国民がパニック状態に陥ることを恐れて」事前に公表しなかった。わが国政府では国会の追及に答弁して、「対策の立てようもないので非常体制も取らなかった」ことを認めた。
    >ソ連では回収班の派遣を申し入れたが、カナダに拒否された。墜落と同時に米軍機がカナダに出動し大規模な捜索が開始された。カーター大統領は「人口密集地帯に墜落していれば、放射能汚染で住民に重大な影響が出たであろう」と異例の談話を発表し、米国防省では、「汚染地域を500年から1000年間、鉛で覆う必要があろう」と述べた。
    >26日にはカナダ国防相が「原子炉衛星とみられる強い放射能を検出した」と発表したが、翌27日にカナダ軍参謀長が「放射能探知は計測ミス」と訂正し、28日以降は報道管制が敷かれて、アメリカ、カナダ両国の首脳部の狼狽ぶりを軍部が押さえつけた形になった。その後次々と原子炉衛星の残骸が発見されて、「極めて危険な水準の放射能」を検出したものの無事に回収されたとして、この事件は闇に葬られようとしている。しかしこの事件勃発当時の各国首脳部の慌て振りと、軍部とCIAに操られた鮮やかな幕切れに、世界の人々は何とも割り切れぬ思いを抱いた。
    >ソ連の人工衛星は1970年にも爆発を起こして、テキサス州に金属片を降らせている。米国も過去2回、原子炉衛星の墜落を経験している。これらの事故は今回の事故があったために明らかになったことであり、その被害の程度は不明である。米国の消費者運動を推進しているラルフ・ネーダーのグループは「人口密集地に墜落した場合、40人が死亡、500人が負傷、500億円の損外と恐るべきパニック状態が出現したであろう」と語った。
    >墜落したソ連の人工衛星には60kgのウランが積まれていた。原子力船むつには2770kgのウランが積まれている。
    --------------------------------------------------------------------------------
    【2011/05/07 02:05】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    > 苹@泥酔さん
    そうですね、日本はいつでもバカ正直?
    中国もソ連も、自分の国の危ないところは言わないで、
    こっちに謝罪しろ・・・って感じですね。

    日本にはスパイ防止法がありませんから、情報取りたい放題。
    【2011/05/07 22:34】 URL | 奥様 #- [ 編集]

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    【2011/05/08 04:30】 | # [ 編集]


     以下は本日「日録」コメント欄の追加分を読んだ後の余談。
     原子力発電船の研究って、かなり進んでたんだなあ…。ロシアは進水式を済ませてるし。
    http://m8bolt.iza.ne.jp/blog/entry/2214274/
     その他、船とは別の研究(↓)。
    http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=03-04-11-07
     陸上原発から海上原発への転換が進むのか、原発そのものからの撤退へと進むのか。「日録」に紹介されてたシアターテレビで言及があれば、さぞ面白くなるんだろうな。
     でも「ピラニアTV」とやらで、ほんとに視聴できるのか心配。因みにウチでは「ニコニコ動画」見られんぞ。あたしゃ情報流出を予測した上での自衛が理由で、元々ネットでの登録はしない事にしておる。書店でも基本は「店頭に並ぶまで待つ」。仕方なく注文するにしても、アマゾンなどのネット利用は論外。店頭注文なら氏名と電話番号だけ書けば間に合うもんね。
     先日の桜番組が視聴できたのは、登録不要だったのと、電話の通常回線とネットISDN回線の二回線を光回線に一本化したからなのだぁ。でもNTTからの請求額は却って高くなったみたいだし、それまでと違って地震停電では電話(固定電話の事ね)が全く使えない事が判明したし、さして環境よくなったとは思えないのよね。今は元に戻したいくらいだが、一本化した当時「従来の電話番号の一つが使えなくなる」との説明を受けたのが気になる…。
    【2011/05/10 20:26】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    ネットでの登録をしない・・・という、自衛、大したもんです。

    ソニーのゲームで、随分沢山の人の個人情報が漏洩したようですね。
    ちょっと油断して、メルアドを書いたりしたら、スパムメール山ですし。

    マンガで、原子力潜水艦がアメリカに行く・・・・ってのがあって、
    たった一隻なのに、
    それはそれはアメリカが恐れおののくって話でしたが、
    それだけ原爆への復讐が怖いのでしょうか。
    【2011/05/11 09:04】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     あれ書いた後ビール取りに行ったら婆様が電話してて、ちょうど電話回線の話題が出てた模様。相手は婆様の弟だけど、うちと違って携帯電話も使ってる。その話によると、昔のまま(黒電話とか)の人は停電でも通じるけど、新しくした人は軒並みダメだそうな。かける側と受ける側が共に昔のままでないと通じない電話なんて…(orz)。
     西尾先生の本は暫く先になる様なんで、別のを店頭で注文してきました。タイトルは『生のものと火を通したもの』…って、ユッケ騒動じゃあるまいに。うちの婆様は火を通してあっても肉食は一切しないんで、例えば中華料理店で牛、豚、鶏の入ってない料理を注文するとなるとメニューが激減する(苦笑)。そんな一家にゃ「生肉で食中毒」なんて現実味が全く湧かないけど、食う人は食ってるんだろーな。あとステーキってのは火を通した肉料理だと思ってたけど、タルタルステーキが生肉だとは知らなんだ。馬刺ならすぐ刺身と分かるから注文せずに済むのになあ。紛らわしいこった。
     マンガ『沈黙の艦隊』は昔、友人から見せて貰いました。連載途中でソ連がいつの間にかロシアに変わってたっけ。どの国家にも属さない原潜艦隊って発想が興味深かったし、戦術的にも戦略的にも大いに刺激されました。原爆(と云うか核ミサイル)は実質、かなり象徴化されてたなあ…。映画では、マンガと似た筋書きの「レッド・オクトーバーを追え」や、原潜の原子炉冷却事故そのものズバリを描いた「K-19」(↓)が印象的でした。
    http://www.coda21.net/eiga3mai/text_review/K_19_THE_WIDOWMAKER.htm
     あと…昨夜は見落としたのか、シアターテレビのは「収録:2011年4月7日」だそうな。桜番組の一週前なのネ(「日録」では「14日に日本文化チャンネル桜の討論会に出て」云々)。…苹は、はたと気が付いた。大震災後は時間の流れが違う。あたしゃ情報を渇望しているらしい。それも、なるべくなら新しい知見を。たった一週の古さが後のもので書き換えられてゆく。ならばいっそ、書き慣れた「古典」の意識で時間を逆流させてみようではないかと。四月十四日と七日の西尾幹二。この二人に、雁塔聖教序と孟法師碑ほどの違いはあるか。そんなムチャクチャな差異を求めたくなる気分が、かの渇望を実は裏付けている。なればこそ、日付ってぇのは整理指標になり得るのだろうナ、とも。
    【2011/05/12 01:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     連日のカキコしつこいのは承知の上。「日録」(↓)の感銘、書かずには居られない。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1052
     散発的な思い付きを纏まりなきまま書き散らす苹ならば、どうにか手を伸ばして漸く届きそうになる視点。それを粕谷様は、先月二十五日の段階で見事に纏め上げている。~その頃の苹は、宇宙開発への視点が未だ茫洋としていた。そこに核をぶち込んだのが今月六日のメーテル妄想。もし粕谷様の視点に近付けるとしたら、私の立ち位置はそこから始まる事になる。
     立ち位置の定まらぬうちに餌を与えられたら「あなたは××を信じますか」式の話になっちまい、自分で考えぬまま知識を得る事になる。粕谷様は安全神話の周辺から波紋を広げた。片や苹は津波と放射能から迂回した。そうして辿り着いたのが隠蔽などの各国共通要素。斯くして初めて辿り方の差異を比較できると見るならば、それだけ大きく粕谷様の視点の味わい深さが並々ならぬリアリティを帯びて迫ってくる。
    (以下、本題とは無関係な中毒患者の独白。)
    http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1305192622/l50
     ↑長年お世話になりますた。運命を共にする同類が居たら一緒に偲んで下され(泣↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=ZEZ9EdtakdE
    【2011/05/13 00:25】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    あちらへコメントを書いてくださればいいのになぁ、と思います。

    粕谷さんは、こちらを見ておられないでしょうから。
    【2011/05/13 22:49】 URL | 奥様 #- [ 編集]

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    【2011/05/14 02:19】 | # [ 編集]


     「日録」拝読。西尾先生は脱原発の姿勢をいっそう明確に打ち出したのね…。なんか気分はビミョーです。これで大陸国家と列島国家の間に、後始末や戦略的思考が綯い交ぜとなった上での具体的ペナルティが浮かび上がってくるのでしょう。その中間的性格を持つのが半島国家。差し当たってはイタリアや韓国あたりの態度が興味深い(或いは隣接する地中海や日本海…)。
     あたしゃ先日来、原発の海洋適応による「海の遊牧性」を模索できないかと考えてましたが、それとて臨海適応の域を出ないなら所詮は焼け石に水(石=核燃料)。「事あらば太平洋へ丸ごと遠離る原発」など、夢のまた夢に過ぎないのかと。(これはこれで、下手すりゃマンガにでも出てきそうな「漂流原発」になっちまう?)
     海にはかれこれ半世紀近く前から、武器を満載した超小型原発の群れが居る。その仲間入りをする様なイメージで捉えてたんですけどねぇ…(核同士の一蓮托生)。もしかして、浮沈空母は「沈まないのがデメリット」になるのかな。空から落ちてくるのも海底に没するのも、どのみち汚染には違いない。
     『WiLL』七月号の感想は後日また。
    【2011/05/22 22:52】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹さん
    私も微妙です。

    先生がいつも不安定な道を選んで歩かれるからです。
    【2011/05/24 23:13】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     前稿訂正。浮沈空母→不沈空母…(汗)。

    (妄想)
     福井原発で事故です! ただいま日本海を北上中。…速報です。韓国、中国、ロシア、北朝鮮が共同声明を急遽発表しました。このまま接近し続けるなら撃沈するか、もしくは日本を直接爆撃するとの最後通告です。「原発は日本へ直ちに引き返せ」と要求しています。(以下略…念のため強調するけど妄想だよ妄想)

    (追記)
     その後、こんなブログ記事を発見(↓)。西尾先生の『WiLL』冒頭部分が引用されてます。こちら青森の書店では明日か明後日に並ぶでしょう。
    http://blog.livedoor.jp/bananahiroshi/archives/52048537.html
     そこに出てくる「裂け目」って言葉を見た瞬間、思い出した本がコレ(↓)。
    --------------------------------------------------------------------------------
    > そして第三に重要な点は、こうした「裂け目」を、ドゥルーズは「死の本能」=「タナトス」と表現していることである。これは遺伝されるものが、「裂け目」である以上、それが示す無というあり方を考えれば妥当であるだろう。またこれは『意味の論理学』の表層論における、脳のスクリーンにおいて(『差異と反復』での「第三の時間」を受けながら)「裂け目」が内化されることと内容的に重なってもいる。しかし、生命であることを示すのに、死の本能をもちだすのは、これもきわめて精神分析的な色彩を帯びた展開である。死の本能とは、「他の本能と並ぶ本能のひとつではなく、その周りにあらゆる本能が群がる裂け目自身」(LS 378)なのである。他の本能が「よく話し」「雑音」を立てるのに対して、死の本能は「沈黙」している。
    > 死の本能が生命そのもののことであり、それこそが、個体から個体に繋がれる「裂け目」であること、それは、生命とは死するものであるという記述としてはよく理解できる。しかしそこでの死が、たんなる空虚なイメージのみで捉えられてしまうと、それと生殖質としての遺伝の意味が、あるいはそれが自然史に繋がることの内実が、よく語られえないともいえる。
    --------------------------------------------------------------------------------
     上記引用は檜垣立哉『ドゥルーズ入門』(ちくま新書)P.195の記述(略号「LS」は『意味の論理学』原著)。ついつい西尾先生のと読み重ねたくなる…。
     …ところで、脱原発と反原発は違うと見ていいんだよね?(たった一字の違いで意味、ニュアンス、方向などがガラリと変わるし。)
    【2011/05/26 23:03】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん

    脱と反では、大きな差がありますよね。

    私もそのことをよく考えていました。
    【2011/05/27 21:39】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     当方このところ、批評的アナクロニズムと臨床的モダニズムを仮構してます。~昔の教育を臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的モダニズムの立場から説得し、現場を臨床的モダニズムへと変えていく。やがてモダニズムが古びてくると、モダニズム自体がアナクロニズムとなっていく(それが臨床現場を支配している)。すると臨床的モダニズムを臨床的アナクロニズムと見なした知識人が、批評的ポストモダニズムもしくは批評的アナクロニズム(?)の立場から説得し、現場を臨床的ポストモダニズムもしくは臨床的アナクロニズム(?)へと変えていく。…畢竟、中身は変わらない。ただ印象が変わるだけで、それが言葉に定着すると些かスローガンめいてくる。
     進歩的な側から見れば時代錯誤的でも、伝統的かつ保守的な側から見ればそうでない。また進歩的な流れを保守する側から見れば、これまでの進歩的姿勢が伝統同様の時代錯誤と映る場合もあるだろう。いづれにせよ論争するのは三者三様の知識人で、一般人への影響は不透明。そして学校の場合、必ずしも学問が事を落着させるとは限らない。有り体に云えば試験や教科書、授業(臨床)などを牛耳った側が勝つ。そこでは「批評と臨床」が「傾向と対策」と交叉する。
     ともすれば放射能汚染云々も「試験に出るミリシーベルト単位の数値は1か20か」てな話に収斂しそう。或る先生は国際基準なら1だと云い、また或る先生にとっては政府基準なら20もアリって事になる(国際基準が東京裁判史観なら日本は侵略国ゆえ忽ち「ややこしさ倍増」となっちまう様に?)。チェルノブイリとフクシマの単純比較ですら判断材料が不足しているのに、軍事面での核事故隠蔽まで念頭に置いたらきりがない。そこでも中身は大して変わらない。印象を操作する場がどんなふうに用意されているか、国内外の両面で観察しないと「裂け目」は相変わらず見えぬまま過ぎ去っていくのでしょう…。
     「日録」の方は賑わってますなあ。あたしゃ『WiLL』を買うのは『正論』が出てからにする予定。つまり残すところ三日ほど。それまではコメント欄で妄想を膨らませまっす。
    【2011/05/31 06:53】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


     以下愚痴。~ネット検索中に偶々、へんなものを見た(↓)。
    http://www.transcri.be/text/Japanesethesisfinal.pdf
     指導教官がNHK教育の高校書道番組を監修した東京学芸大学教授である点を差し引いて控え目に云うが、この外人の感想文はひどい。外人の目に映る書字文化は所詮こうなってしまうのだろうか。判断基準はあくまで西洋文化の側にあり、「字は読み書きできるのが当たり前」という視点がスッポリ抜けている。
     尤も、今の日本人なら「俺達だって読めないんだから、昔の人も大方は読める訳がない」と言い出すのかも知れないな。それを真に受けた外人が本気で確信し始める。…たぶん連中は知らないのだろう。日本の中学校では国語科書写の授業が義務づけられているが、実際は殆ど実施されていないか、もしくは極度に低レベルの歪曲教育が常態化している事を。そしてそれを多くの人が当たり前と思って居る事を。既に書字の歴史が断絶しているのは認めざるを得ないとしても、さりとて取り返しがつかぬほどではない。半世紀前、贔屓目に見ても三十年くらい前まで、それなりに書道人口は多かった。四十年前の田舎なら確実に、猫も杓子も「お習字と算盤くらいは」と習わせた。その前の世代が珍しく書道ネタに触れている。『WiLL』2011.7号P.281辺りに記述がある渡部昇一「書物ある人生」新連載。
     …つまり、そうなのよ。結局は待ちきれずに買っちまったのね(orz)。もちろん西尾先生のも読んだ。特に「天使のような侵略」って表現が「裂け目」云々を吹き飛ばす勢いで、裂け目の外へと放り出してくれるのが面白い。P.87の「蒟蒻問答」でも堤氏が「ところで、先月号の西尾幹二さんの論文は読ませたなあ」と言及。じっくり読んだ後、二冊を続けて一気に読むと別の感想も出てきそう。言葉通りに受け取って貰うと困るが、一言で云うなら「内容の濃さが想定外」だった(苦笑)。二つの「想定外」を比ぶれば、余りの落差に戦慄してもおかしくない。こちらの想定外と、あちらの想定外。そこに裂け目を垣間見る所から、西尾先生のを読む私が始まる。
    【2011/06/01 00:32】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    うまいこと、言うなぁ。
    言葉を上手に再利用するの、すごく上手ですね。
    【2011/06/02 22:42】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     正直に言おう。かなり動揺している。ことによると明日、長年にわたる「信念」が覆るかも知れないと思うと…。期待でわくわくする。
     幼い時から豊田有恒氏の著作を読んでいたからか、それとも情緒的に原発反対を叫ぶ連中への反発からか、三里島(三里塚にあらず)を経ても苦艾(苦界)を閲しても、揺らぐことのなかった筈であった。無論、原子力が代替エネルギーとしては極めて不完全であること、結局(現在の技術水準では)国外に依存せねばならぬ点、火力と大差がないことは承知していた。それなのに…。一昨年など、敦賀湾を挟んで望見しながら夫婦して「原発万歳、関電に栄光あれ」を叫んでいたのである。
     冷静になると知識と思考とがそぐわない状態になっていたことがわかる。明日の論議の行方次第では、ふたたび「信念」を取り戻し、安きに置くこととなるか、それとも自己存在の危機に臨むこととなるか、いずれにせよ覚悟はできている。
     うさねこさんがハイデガーに言及しておられたが、こちらも『WiLL』を読んで同じ聯想を。また色々とご示教を乞いたいと思うが、平泉先生ならどう考えるか、保田與重郎(あの義仲寺の墓銘の件、被葬者の自筆のような気がしてならないのだが確認できず)なら…と妄想は尽くることなし。
     二週間前、帰省の帰途久方ぶりに觀峯館に寄る。錢慧安とかいう仕女画専門の画家の特展をやっていたが(そちらはともかく)常設の碑や条幅を看ているうちにかなり不安定になりつつあった心理が常態に戻ってゆくのを感じることができた。この過程どうも説明しづらい。苹さんにならうまく解説してもらえるだろうか。
    【2011/06/04 00:40】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


     「觀峯館」って…もしや「日本習字」の原田観峰とかいう書家のアレかしら。よく知らないけど、色々それなりに蒐集してたみたいネ。因みに私の場合は、この名前を聞くと心理状態が思いっきり不安定になります(懊悩)。正直、あれは理解できない。どの辺から来ているか想像はつくけれど、それにしては異様な気配を感じる。
     ヌメッとした質感に和様を見ようとすると肝腎の御家流が抜けてるのが鼻につく(かと云って勘亭流の安定感もない)。蛇行する線に~例えば空海の崔子玉座右銘をこじつけると困った事になる(むしろ益田池碑に近い?)。まして武田双雲と比較しようものなら書家の百人が百人、みな一様に頭を抱え込む筈。この過程、確かに説明しづらい。それを仮に「自己存在の危機」と表現するなら、キルドンム様の御覧になった常設展示が私の不安を直撃するものでなかった事を切に祈りたくなるのでやんす。
     或いは完全に解釈の方向ズレてるかも知れないけど、…こんな具合で如何?
    【2011/06/05 00:35】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     追記…。たとい観峰老師の書に胡散臭さを感じるとしても、小学校レベルでは習字の質が極めて高いがゆえに、落差すなわち「書道との断絶」が衝撃的なんです。それを癒してくれるのが良質な蒐集品だったりした日にゃ、アンビバレントな感情はいっそう裏切りの度を深くする。確かに優れている面は大きいんだけど、その「優れ方」自身の力(そこに寄せられる信頼)あるがゆえに後が続かなくなる。学びを享受する側は、このまま信頼し続けたい。ところが中学、高校へと進むにつれて、学びの対象が学び自体を裏切っていく。
     ムリヤリこじつけると、原発の優秀さは小学校レベルの基本(事実であれ理念であれ)でしかない。そこから先が、進めば進むほどおかしくなっていく。しかも「先に見えるもの」は、後ろ向きに振り返ればまともだから厄介だ(高度な歴史の中に基礎・基本が内包されてある)。ところが更に振り返った途端、基本は歴史を裏切ってまで過剰に前を向いてしまう。
     私が前稿で御家流に喩えたものは、もしかしたら開国前と戦前を混同させるモダニズムの罠だったのかも知れません。日本文化は大事だから大いに初学して欲しい。そこから先は進歩を阻むので学んで欲しくない。その絶妙な両立が成し遂げられるなら、教育上これほど好都合なものはない。他方、「臭いものに蓋」へと向かうべく仕立てられた御家流は、敬遠されながらも「和」の幻想を抱えたまま持続し、やがて鰻屋の煙で飯を食う様な「つましさ」の下で自己抑制の規範となっていく。
    【2011/06/05 18:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >キルドンムさま
    私もきっと原発を目にしていたら、そう心の中で思ったかもしれません。

    >苹@泥酔さま
    お習字は小学生どまりでいいってことですね。
    そういえば、思い出せば、基本が出来ていないのに、応用って感じ。。。
    【2011/06/05 21:08】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     拝復。
    >お習字は小学生どまりでいいってこと
     …うーん、どうかしら。お習字と云っても今と昔では中身が違うし。昔のは要するに実用書式で、具体的には往来物や女今川などが習字の「初歩」にあたる筈。ところが今は実用を前提しない手本準拠型。そんな鸚鵡返し作法を学問や仕事に持ち込めば、例えば東京電力側の模範的作文に瑕疵のありよう筈もない。事故に際し本気でああ言ったのだろうと思ってます(言い逃れでも何でもない、純粋無垢の想定外)。この手の「近代的な学び方」を日本人は明治以降やり過ぎた(渡部昇一先生が『WiLL』新連載で描写した様に)。
     基礎基本に目が釘付けになると、その先に目を向ける余裕がなくなる。過度の準拠競争で「基礎は難しい」と逃げ腰になった挙句、基礎範囲のつましき狭隘化に向かっても己が近視眼には気付かない(教材が過度に平易となっても競争自体は相対評価のまま)。想定内の基礎はより厳密に硬直化する一方、想定外の応用は基礎からますます遠離る。そうした「硬直化」が同時に高品質(模範的)でもある姿を、「日本習字」等々へと遺伝した「優れた指導」に垣間見ている訳です。
    【2011/06/07 00:48】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


     週末、色々ドタバタしていましたが、まずは「觀峯館」のことについて報告。常設の方だけど、実のところ蒐集主自身の作品は、そんなに多くなかったのね。ただ入口近くにその生涯を展示したパネルと、竹枕に行草を書いたのがいくつか、それに一昨年の大河よろしく「愛」と大書しているのが置いてあったのみ。確かに苹さんのご指摘の通り、何やらぬめっとした薄気味悪さは感じていた。パネルの年表も突っ込みどころに満ち満ちていたし、何より蒐集主の風貌が如何にも胡散くさく…。
     張大千の例もそうですが、藝術家、それも白髯長鬚の輩には何やら得体の知れぬいかがわしさを覚えますな。いかがわしいからそういう姿をとるのか、それともその姿をとることによりいかがわしさが倍加するのかはともかく、かつて大学生の時分に書いていた未完の習作(書の方ではなく、小説)に「例の考古学者」こと「礼野大三郎」なる白髯長鬚の怪人物を造形したことがあったが(実は小生の堂号の隠されたネタ元であったりもする)、すでにあの頃からキルドンムの怪しい物好きは片鱗を見せていたということになる。…白髯長鬚か。いや、今の口髭は実用目的なのでそれとは違いますが、(放射能をものともせず)七十くらいまで無事生きのびることができたなら、また考えてみないこともない(汗)。
     閑話休題。そういうわけで蒐集主の書には確かに本能的に危険性を感じていたが、ごく僅かな量だし旧蔵者に対する礼儀もあり一瞥するだけでそのまま先に進んでしまう。どうも五家荘のあそこは蒐集品が中心で、当人の作品の大部分は京都にある別の美術館にある模様(実家を出発する前、小生たちが觀峯館に寄るつもりだと聞いた母親から『それは京都にあるのか』と尋ねられた。何やら無駄に知られているらしい)。そちらの世界のことはよく知らないのだけど、原田観峰とか「日本習字」とかってあまり評判がよくないのかな。ある程度は想像もつくが是非とも業界の内輪の話が伺いたし。
     そういうわけで誰が持ち主だったかは一応視野の外におく。思い返してみると熱河の避暑山荘や三希堂を復元してあるのはまだしも、庭にトンガだかサモアだかの石像があったりするなど実に変な博物館ではあった。何故出身地でもない五家荘にあれが建てられたのかも(一応、門人の一人の郷里だったからだというが)、裏でドロドロしたものがあったのでは。
     常設(?)では、書の歴史をなぞるようにして碑拓や明清代の書画(前回、独身時代に行った時には阮元や最近、尖閣がらみでも名が語られるようになった銭泳の書があった)の展示が中心。「心理の安定」云々と言ったのはそちらを看てのことです。もっとも唐玄宗の「紀泰山銘」を原寸で壁に貼ってその大きさがわかるようにしたのがありましたが、それを観た時、漢隷とのあまりの違いに愕然となったりはしましたが。
     そういえば昭和三十年代の暮らしのコーナーとか、明治以来の書写教科書の展覧もありました。遺憾ながらそっちの方の知識が乏しいので、苹さんにうまく誘導してもらえないと説明も困難です。
    【2011/06/08 00:11】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


    >苹さん
    >キルドンムさん
    この話には全然ついていけません。
    って、 苹さんの話にも最初からついていけてませんが、比喩というか、あてはめて考えるあのやり方はいつもとても面白いと思っていますが、、、

    お二人の世界でどうぞ・・・・
    【2011/06/08 22:29】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     うっ…(汗)。奥様には申し訳なく思ってます。こんなのでも少しくらいは、原発問題に絡む深層心理分析に役立てば、とは思ってるんですけどねぇ………。

     念のため、先ずは「日本習字」の書きぶりについて。~子供向けの手本に限って云えば好ましい部類だと思います。ひたすら平凡で、字面の印象は教科書体活字的。そこから歴史的接点に向かえば文句なしですが、そうならないのは重要な起爆剤となる筈の小楷に入る前に皆「やめてしまう」ため…なんじゃないかと疑ってます。つまり、それを云ったら(「日本習字」に限らず)何処も同じなんですね。義務教育では最も実用的な筈の小楷を教えず、すぐさま硬筆に行ってしまう。半紙清書の左端に名前を書かせて「やった事にする」。それが戦後書教育の一大特徴ではないかと勘繰ってます。
     抑も実用無視の「大きくのびのび」メンタリティーが悪い。あんなものは表向きの基礎、ごまかし、建前に過ぎない。「授業のノートは総て大きくのびのび書け」なんて指導してみい。学力低下が目に見えているじゃないか。どんなに手本が優れていても、応用にウソがあると「優れ方」が却って毒になる。ところが昔のは全部が応用で、下手でも一癖あっても真っ当に字の役割を果たしている。そこが安心して見ていられる。読めなくても「読める人には読める字」だと推認できる所に安心がある。読む読まないは関係なく、対象認識の前提が予めそこにある。
     一方、小学生向きのお手本は優れたものほど「ノッペラボー」になりがちで、書く側も教える側も余計な癖をなくそうとする。証拠隠滅するかのごとき態度で書かれた手本を見せようものなら、誰だって「証拠を見つけろ」と指導するより「とにかく真似ておけ」と匙を投げる方が開き直りやすいではないか。証拠は見えないままで、見えないものは身に付かず、果ては「どの教科書を使っても同じ」となる。教科書の解説や構成はあれこれ工夫するのに、手本の字は工夫のしようがない。真面目または単純な生徒ほど「癖字はよくない」と洗脳される。歴史的根拠に由来する癖字も、歴史的根拠の欠如に由来する癖字も、共に(生理的に!)受け付けなくなる。そうなる前兆は戦前、遅くとも大正時代には既に顕在化していた(差し当たっては片鱗が窺えそうな、旧稿からの転載を含む天バカ板の記事を参照されたし↓)。
    http://otd2.jbbs.livedoor.jp/231124/bbs_tree?base=6785&range=1
     『WiLL』2011.7号によると、渡部先生が小学六年の習字でビリになったのは昭和十八年との事。その頃どんな習字教育がなされていたか振り返ると、明治に比べれば実用とは程遠い代物。…こちとら競書雑誌で小学生の頃から大正時代の「尋常小學書キ方手本」(乙種)に慣れ親しんできた時代錯誤者でやんす。月例手本とは別の頁にほぼ毎月連載されていた。だからレベルの高さも低さもよく分かる。月例手本(昭和戦後)よりレベルは高いが、幕末や明治よりは圧倒的に低い。教え方も学び方も変わった。昭和初期と云えば鈴木翠軒揮毫の甲種教科書が有名だが、線の顫えの数まで一々数えて指導したエピソードが残っているくらいだから、既に教育自体が末期的だった。当時の書道は芸術扱いされようと背伸びし、もはや実用書道の時代ではなかった。
     そんな観察などを義務教育末期の趣味としていた苹にとって、高校入学直後と教育実習とでは感覚に殆ど差がない。実用書道と芸術書道の狭間で置いてきぼりにされた教育書道の残滓がどの程度まで高校書道に反映しているか、学ぶ立場で観察を楽しんだ。高校書教育に限界があるのはすぐに分かる。最初は楷書古典だが、古典学習する前の基礎は諦めねばならない。仮名は初めから平安時代の古筆。基礎となる実用書道の仮名は完全無視で、明治維新以後に壊滅的な打撃を受けた影響が如実に残る。(以下略)

     …で、(奥様からのレスを読んで)急遽ここから話を端折る事になるんですけど、とどのつまりは原発そのものが「戦後」の転向、すなわち「平和利用」の文脈で制度化された点が問題なのね。見立て換えるなら、嘗て日本が真っ当な国際化(植民地化に非ず)を目指す上での迎合的国語改革に及ぶ過程で、どことなく似通った面を私は双方の狭間に感じ取っている訳でんな。今や少なからぬ日本人は、自然エネルギーに日本回帰と国際化の両方を幻想しているのではないか。言葉でものを考える、その仕方を「国際人」に牛耳られている可能性に我々は盲目となって…と云うより、寧ろ自ら放棄しているのではないか。
     ここで語っている事は或る意味、言葉の奴隷論でもあるのです。そこに菅政権の根本的な見込み違いがあったのではないか。言葉は日本精神の領土である。そこを牛耳られた状況に抗おうとしたのなら、菅政権は最も皮肉な意味で愛国的だった事になりはしないか。そうした側面への踏み込みがなされぬまま、単純な愚劣政権としての扱いから愛国心がルサンチマンに変化していくとしたら。
    【2011/06/09 00:12】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >奥様に
     どんどん支離滅裂になっていくようで本当にすみません。勿論、苹さんのせいではなく、小生が無理やり詰め込もうとしていた結果で…。何とか結げますので、もうしばらくのご容赦を。

     確かに明治の頃からの書写教科書が数はそう多くないながらも展示してあった。書者はよく覚えていないが巌谷一六とか比田井天来(もしくは岐阜ゆかりの人)とかがあったような気がする。その鈴木翠軒というのも。ただ、昭和二、三十年代ごろのを意図的かは知らぬが、目立つように置いていた。小楷の件はどうだろう。自分の記憶では「かん なおと ろくさい」(あっ、これは平仮名か)ばかりでなく、ちゃんとしたものも少しはやっていた筈なのだが。
     「ノッペラボー」か…。先に書いた唐隷(本当は八分と呼ぶべきかも)に感じたのがまさにそれだった。実用から遊離すればそうなってゆくのか。
     高校の時、学校図書館にあった明治以来の教科書の復刻本をめくっていると、尋常学校書写の教科書がそれこそ今(昭和五十年代末)の高校以上の水準だったのに一嘆したことがある。ことに行楷の『三字経』には狂喜して早速書き写したのだったが、あれは誰の書だったのか。明日にでもまた職場で確認するつもりなり。
     手本で思いだしたが、一時期の大陸では毛沢東崇拝のあまり、毛の書蹟を手本として習う人が続出したという。あれって初学者にはどうなのでしょうね。少なくとも小生はこれまた心理的不安に襲われること観峰師の比にあらず。
     毛というと(強引に話題転換)、チベットの奥地には今なお彼を文殊菩薩の化身と信じ、ダライラマと共に肖像を仏壇を祀っている家があるという(王力雄『天葬』。この本の話はいずれ「竹林」でする計画)。これは善悪いずれをも問わず、強大なパワーを発するものを「神」として崇拝するというチベットの神仏観に由来するとのことであるが、してみると福井の高速増殖炉に「ふげん」「もんじゅ」の名をつけたのは極めて適切なことだったことになる。いったいどこのアイディアマンが考えたのかは知らないが、少なくともその人は「仏力」を解き放つことの恐ろしさを無意識にでも感じていたのであろうか。
    【2011/06/10 00:13】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


    >「かん なおと ろくさい」
     うっ…。こんなAA(↓)をウッカリ思い出しちまった…(orz)。
    http://guegue.blog73.fc2.com/blog-entry-1992.html
     冗談はともかく、懐かしい話題が色々と出てくるなあ。「我日本一稱和」で始まるのは大橋順蔵(幕末)の「本朝三字経」か。例えば埼玉県で使われた明治九年三月刊の『下等小學七級六級科習字本』がそれで、筆者は高斎単山(当時は各県で教科書発行)。他に見た事あるのは村田海石の書で、どっちも巻菱湖の門流、すなわち後の国定手本時代で云うところの乙種系でした。出てくるのは神武から秀吉まで。あんなの昔やってたんだなあ。先ず下等小学校八級に入学して半年に一級ずつ上がり、下等小学一級の後は上等小学八級、そこの一級を終えたら小学校卒業で、優秀なら飛び級もアリ(明治五年の学制施行から十二年の教育令制定まで)。そんな世代が日露戦争で活躍したんだろ。同じ六歳でも、学んだ教材からして「かんなおと」や私とは大違い(苦笑)。
     唐隷は時代性の印象が強烈でした。強いて似通った漢碑を挙げるなら乙瑛碑か。…そう云や顔眞卿の多宝塔碑の題額が唐隷で、本文の楷書に通じるクドさが初唐とは大違い(欧陽詢の九成宮醴泉銘の場合は篆額)。元代は骸骨みたいな隷書が流行り、清代に考証学・金石学絡みの篆隷ルネサンスがくる。実用から乖離と云っても色々で、ただの学力低下とは別の衒学的篆隷に~あれは属するのでしょう。尤も、細かい事を云えばここ半世紀の書法解釈では中鋒が主流の様ですが明治時代は露鋒含みや篆筆の応用が多く、あたしゃ高校時代その違いの書き分けを面白がってました。また毛沢東の書と云えば狂草くらいしか思い当たりませんが、かなりの達筆である事は認めるにしても初学者向きとは思えません。
    (以下、ふと思った事。)
     先日『WiLL』の西尾先生稿を読み、「天使のような侵略」って表現に着目しました。薄々そこに感じていた既視感の正体が判明。あれは「日録」中の文言でした(↓)。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=788
    「西洋文化は調和と進歩、文明と破壊の二つをもつ双面神だったので、進歩と破壊だけが入ってきたのではない。背後にある調和と文明も同時に入ってきた。」
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=789
    「私はたったいま「進歩と破壊だけでなく調和と文明をもたらした」と言ったのであって、「破壊だけでなく進歩をもたらした」と言ったのではない。「進歩」と「破壊」は私の文脈では同義語なのである。」
    【2011/06/10 22:51】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     「かん なおと ろくさい」よりも「一ねん 六くみ かんなおと」の方が良かったかと、投稿直後に思いましたが後の祭り。
     『日本教科書大系』であの後確認したところ、村田海石の書でした。『本朝三字経』(こちらは小楷)も同じ。他の頁をみると…。長三洲のもいくらかある。この前目睹したのはこれだったかな。
     確かに、当時は実用的な教材が組み込まれていますね。その最たるものは書簡文。これが国定化前後から様子が違ってきて、藝術化、精神化へと傾斜してゆくというのがよくわかりました。
     ついでに今の子供たちはどんなものかともう一度棚に近寄り、某社刊の小学校書写を一年生用から開いてみると…、ああ、これは…。一貫して硬筆中心か。ようやく三年生になって毛筆が出てきたかと思うと、一瞬だけですぐに消える。四年以上も硬毛併用になって六年に至る。小生の頃は、三、四年の間に毛筆に完全移行していた筈なのですが、記憶違いかも。いずれにせよ、「かん なおと ろくさい」の世代の場合も毛筆ではなく、フェルトペンとあいなることに。それはともかく、いつから毛筆を使い始めたにせよ、管さんも今は職務上毛筆を使うことがある筈だが、どんな書風でしたかね。花押は…。
    【2011/06/11 22:48】 URL | キルドンム #m7FpRJaE [ 編集]


     いまどき花押なんて使う政治家いるのかなあ。訪中した小泉首相が揮毫するシーンをテレビで見た時は「世が世なら国辱物か」と思ったけれど、そんな気分は民主党の誰かが書いた色紙の「交代政権」または「政交権代」(と読めた)で吹っ飛んじまいました。国交回復時に署名する田中角栄の方が遙かに達筆に見えた。ただし中国側は例の手首をクイッと擡げた把筆で、日本側は例の「仮名も書ける」やつ。撥鐙法だか鵞頭法だか知らぬが、どうせ漢字で署名するのなら相手国の伝統と互角に渡り合う気概を把筆で示す余裕(教養?協調性?)くらいは欲しい。仕草ひとつで印象が変わる事に、田舎者の苹は少しだけ敏感(僻みっぽい?)なのかも。あたしゃテーブルマナーなんて知らないもんね。
     「専門家」が社会的人間の権化だとするならば、「専門」は差し詰め裸の人間の営みか。その蓄積が四方八方で悪食すると怪物が生まれる。そこが素人と異なる…専門家と玄人が違う様に。怪物たる玄人に教養の実践を見た時の感動は凄まじく、そこんとこが専門家と一線を画す特徴になるのかな、と(ここで画工と文人の違いを想起)。専門家になりたくてなる訳ではあるまい。ならざるを得なくなる様な、何か宿命的な限界が専門そのものを呪縛してしまう。かてて加えて、この宿命を制度化する上で教育が一役買っている。ファウストとワーグナーを最も公平に見つめてきたのが実はメフィストフェレスだったのではないかと思うと、天使の様な誘惑に誰が抗えようか。
     そんなふうに妄想していくと、星条旗のメフィスト・ワルツに乗って踊る自分の姿から逃れたくなる気持ちも分からぬではない。鏡の向こうでは海を隔てて中国や朝鮮半島が微笑む一方、陸続の鏡を覗けばドイツとフランスが微笑み返す。(…と云っても、最初に微笑んだメフィストは日本のフクシマに宿ってたりして。)
     …唐突ですが今、久しぶりにリップス『いまなぜ金復活なのか』(徳間書店)P.228「フランスの罠にはめられたドイツマルク」近辺を読み返してます。無関係なら、それはそれ。
    (…と書いた数時間後「日録」拝読。)
     まさか追悼文に十年前の菅直人ネタが出てくるとは。~ちと気になって画像検索したら上記色紙の人は岡田克也。角栄は思ったほどでなく、また小泉も思ったほど下手でなかった。そんでもって…菅直人の書いた色紙は本文が小さく署名が大きかった。なんてこった。
    【2011/06/13 00:56】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


     連日スマソ。サイト発見。「小熊英二「6.11★新宿・原発やめろデモ」における「アピール」文字起こし」だそうです。←この名前、ピンときたら西尾ヲタ(何の標語ぢゃ?)。
     『諸君!』2003.9号P.34「〈癒し〉の戦後民主主義」を思い出すと「この人には言われたくない」と脊髄反射しそうになるけど先ずは一読。話はそれからだ。(以下転載)
    http://wavy-updowndays.seesaa.net/article/209352311.html
    --------------------------------------------------------------------------------
    えー「新しい歴史教科書をつくる会」という、保守派というか右翼の団体がありまして、そこの元の会長の西尾幹二さんという人が最近、脱原発こそ国家永続への道、という論考を書かれました。んでー今回の事故があって、考えをお変えになられたそうで、この美しい豊葦原瑞穂の国を侵してはならない、えー民族の子々孫々まで伝えるべきこの大地をおちょくの地にしてはならないと、保守派と呼ばれる人でどうして脱原発に反対する人がいるのか私には理解できないとーいうことをおっしゃられておられまして、なるほど、当然のことを言うと、私は思いました。そこでもう一つ言われていたことは、日本の原発というのは独自の技術ではなく、全てアメリカの技術の借り物である、独自開発はできていない。んで、アメリカの技術は基本的に地震に耐えられるようにはできていないと。だからアメリカの技術に頼っている限りは、安全性は確保されないと。まあそれはいろいろ議論もあるでしょうがそのようなことを述べておられまして、で、あるから、日本が原子力を推進するならば、アメリカから核において自立し、核武装し、非核三原則と憲法九条を見直し、核武装する覚悟が無ければ原発の推進というのはありえないのであると。えーおっしゃられておりました。これもなかなか筋の通ったことであります。その覚悟がないなら、やるべきではないということです。んで私は最近国際世論の展開をみておりますと、基本的に福島の事態を受けても原発を推進すると言っている国は、あるいは世論がそのような傾向の国はアメリカ、フランス、ロシア、中国。そして、どちらかというと脱原発に傾いている国は、日独伊。これはどういうことかと言うと、戦争に負けて核兵器が持てなかった国と戦争に勝って核武装ができた国、あとは発展途上国で核兵器が持ちたい国、それがやりたがっているということです。ですから、原子力というのは今回の事態でも良く分かりましたけれども、事故処理に於いても、止めるに於いても、超法規的な権力が無ければなかなかできるものではない。浜岡を止めるのだって正式な法的な手続きなんて何も取れない。首相が要請すると言う本当に法的に法的な裏付けのない権力がなければできない。事故(事後?)処理に於いても同じことです。原発と正式な法的手続きや民主主義は両立しない。核を管理できるだけの超強力な権力がなければできないと。それが無いような国はやるべきじゃないんです。で、皆さんご存じの通り、これ以上作らなければ30年で脱原発、定期点検で止まったヤツを動かさなければ、1年以内に脱原発です。もう既に世論調査では7割以上が新設、増設には反対しています。この線を守れば必ずいけます。目指しましょう。あとは楽しくやりましょう。
    --------------------------------------------------------------------------------
     その他、上記デモの実況報告例(↓)。
    http://ch10670.seesaa.net/article/209375392.html
     あちらは要するに是々非々の立場で見てるらしい。西尾先生の方で何か感想あれば、そのうち独立した一文が「日録」に載るだろう…ってんで期待ムラムラあっちょんぶりけ。
    【2011/06/13 19:08】 URL | 苹 #SFo5/nok [ 編集]


     注文した信廣友江『占領期小学校習字』(出版芸術社)を受け取ったついでに色々購入。
     『WiLL』2011.8号P.52に、「普通の常識では理解のできない異常規模のスケールに嵌り込んでいく」と書いてある。どうやら私は平素「スケールが大きい」といった具合に、スケールと規模を混同していたらしい。ところが西尾先生は分けて記述するのみならず、「スケール」という言葉の多義性やイメージのふくらみに気付かせてくれる。また一連の出来事が直近では大地震から始まったのを思えば、或いはリヒタースケールを連想してもおかしくなかろう。この手の多義性をプルサーマル推進の背景にある網の目に重ねると、予め様々な側面で雁字搦めの環境が既に用意されてきた事へと思い至る。
     計測の対象は基準と照合される事で搦め取られるが、基準そのものが予め雁字搦めとなっている事に気付かぬまま批判へと向かう場合、それらを雁字搦めにしている側が網目の外に解放され、いっそう自由になったりする。ちょうど植民地経営がそうであった様に、遠隔操作の手口は今も有効なまま。歴史を振り返って初めて見えてくるものがそこにある。基準を疑うだけでは足りない。基準が作られた経緯と、それらの堆積物としての歴史が既に網の目となっていたんだなあ…。
     以上、読後最初の感想。
    【2011/06/28 20:18】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔 さん
    貴重な情報有難うございました。

    早速先生に転送しておきました。

    毎日、蒸し暑い中国地方です。
    【2011/06/29 08:50】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     第二感想…いや、妄想か。出し惜しみではなく、単にオツムの回転が遅いだけ(orz)。あと前稿冒頭で挙げた本も買って損はなさそうだが、「GHQとIAEAを比較したらどうなるかしら」と思ったのはただの偶然。(中身はアメリカでも建前は連合国。)
     以下本題。~核事故のスケールで云えばレベル7で、代表格がチェルノブイリ。そこにわざとフクシマを並べる…これって開き直りと脅しのカードに使えないだろうか。そもそもスケール(上限なし)を決めたのはあちらの方だ。日本は単に粛々と(遅々と?)準拠しただけ。でも格付けはどのみち同じレベルだし、国際的インパクトとて申し分ない。だからこそ逆手に取って、「脱原発するぞー」「でも核は持ってるぞー」「心配なら取りに来い」と凄んでは如何かと。日本は技術立国だ。なんなら丁寧に加工して、核兵器にしてからアメリカに輸出しましょーか。どーせ二国間原子力協定はお払い箱だ、日本に核は要りません、と。相手の顔が青ざめたら「冗談です」、でも今後どうしましょうかね。
     ともすれば一斉に反発し、謝罪と賠償を求めてくるかも知れない。チェルノブイリの時はどうだったのか。ソ連は周辺国に支払ったのか。先輩ロシアに助言を求めれば、どんな返事がくるかしら(北方領土で物納?)。…で、検索したら出てきたのがコレ(↓)。
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2002/siryo12/siryo1.htm
    --------------------------------------------------------------------------------
    2.国際的原子力損害賠償諸制度の沿革及び概要
    (1)歴史的背景
    国際的な原子力損害賠償制度は、各国の国内法とほぼ同時に整備されてきた。原子力損害賠償制度の確立に取り組む先進諸国は、越境損害の問題に対応するためには共通の国際的枠組みが必要であると考え、国際条約の整備についても原子力開発の初期の段階から着手した。この結果、1960年には経済協力開発機構(OECD)により、原子力の分野における第三者に対する責任に関する条約(以下「パリ条約」という。)が採択され、(発効は1968年)、1963年には国際原子力機関(IAEA)の下で、原子力損害の民事責任に関するウィーン条約(以下「ウィーン条約」という。)が採択された(発効は1977年)。
    ところが、1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、国際的な原子力損害賠償制度のあり方について大きな問題を投げかけた。チェルノブイリの事故の際、旧ソ連政府は、越境損害に対する損害賠償を規定している国際条約に加盟していないことを理由に、国外で発生した損害に対しては、何らの賠償をも行わなかった(国内では2000年までに2,000億ルーブル以上を支払ったとされる。)。すなわち、それまで30数年をかけて整備されてきた国際的な原子力損害賠償制度は、チェルノブイリ事故に対して機能し得なかったのである。
    このような事情の下、IAEAを中心として、損害賠償措置額の増額、条約締結国の拡大の必要性等について、活発な検討が開始された。その結果、パリ条約とウィーン条約との連携により被害者救済措置の地理的範囲の拡大を図ることを目的としたウィーン条約及びパリ条約の適用に関する共同議定書(ジョイント・プロトコール)がIAEAとOECDの原子力機関(NEA)との共同作業により1988年に作成され、また1997年にはウィーン条約の改正議定書及び原子力損害の補完的補償に関する条約(以下「補完的補償条約」という。)がIAEAにおいて採択された。
    --------------------------------------------------------------------------------
     図表を飛ばして読み進めると、「原賠法においては、「異常に巨大な天災地変」又は「社会的動乱」による原子力損害について、原子力事業者は免責とされている」と書いてある。国内と国外で対応が分かれると却って事態がおかしくなるかも知れない。勿論それ以前に、今回「越境損害」はあったのかいな(これから色々出てくるのか?)。テレビであれこれ予測を見ると、汚染の流れつく先はカナダやアメリカ方面らしい。
    http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1030
     ところで~講談社の『本』2011.7号P.12に、武田徹「原発報道が見落としてきたもの」が載ってます。そこに出てくる日本の原爆開発ネタについては地震の少し前、「日録」記事(↑)を承けて此処=奥様ブログでも触れました(↓の後半)。
    http://celebokusama.blog17.fc2.com/blog-entry-1034.html#comment
     武田氏の稿では日本型原爆と軽水炉型原発との類似性が指摘してあり、大いに参考となりました。この辺を読み重ねると、私には西尾先生の稿が数倍面白く見えてきます。
    【2011/06/29 20:16】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    西尾先生の歩まれる道は、いつも茨の道のような気がします。。。
    【2011/06/30 20:53】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     追記。~前掲の件に関する懸念は、既に下記ブログが指摘していた。
    http://no-risu.iza.ne.jp/blog/entry/2232809/
     また西尾先生のを読む上で、二国間原子力協定に関する知識の必要がありそうではあるが、検索すると色々あってややこしい…(↓)。
    http://www.jaif.or.jp/ja/nuclear_world/overseas/f0107-06.html
     今夜は、こんな感想も発見(↓)。えんだんじ様のも出てるけど、そちらの閲覧は左欄のリンクからどうぞ。
    http://plaza.rakuten.co.jp/kmrkan55/diary/201107020000/

    (以下報告)
     天才バカ掲示板が六月末を以て閉鎖となり、総て壊滅しました。因みに拙稿は書道ネタが中心。リンク経由でこちらを閲覧した方が居るかも知れないので、この場を借りてご報告申し上げます。いくつかの稿はグーグル検索のキャッシュで今のところ閲覧可能。今後の予定は白紙状態。今はブログ化を勧められている最中です(↓)。返信は只今推敲中。
    http://wolf.accela.jp/cgi-bin-_-/read.cgi?mode=all&list=tree&no=8764
     ここで追悼もどきの一曲(くちびる見つめないで↓)。
    http://www.youtube.com/watch?v=Gpjug7AOyRw
    【2011/07/02 22:15】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


    >苹@泥酔さん
    そうなんだ、、、、、

    その方、日録コメントに登場されました。
    【2011/07/02 22:21】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     小熊とは、懐かしい名前を聞くものだ…などと遠い目をして語るつもりはないけれど、いや実際この人が最近どんな本を書いているのかもよく知らないのでそう言うだけですが、胡散臭さのただよっている人だから、どこまで本心なのやら…。
     もっと早く報告すべきだったのですが、実はこちらでも先生の『Will』論文への言及を。毎週月曜の昼休み、勤務先で勤行(ナンマイダブ)なる行事があるのですが、その後で月に一回、一般の教員が「講話」なるものをする義務がある(他の週は僧籍教員が「法話」)。今週(六月廿七日)は小生がたまたまそれに当ったので、「今度の原発問題について私の大変尊敬しているある思想家の方が」と言いつつ『Will』論文や先日の塾での話を紹介。さらにヘルダーリンや荘子にも言及しつつ、「自分はまだ長年の考えを変えるべきか決めかねている」と結んで十分間を何とか消化。下手糞な話だったにもかかわらず、評判は決して悪くありませんでした。「その話どこの本に書いているのか教えてくれ」と言って聞きに来る女学生もいたし、「西尾さんがそんなことを言っているのか」と驚く同僚(真宗坊主)もいました(まだまだ認識が甘い?)。これも先生のおかげです。
     あっ、報告事項がもう一つ。その講話当日、父親が無事退院したとの知らせを受けました。しばらくは自宅でリハビリに励むこととなるでしょうが、奥様にはご自身が大変な中、色々心配していただいたようで本当に感謝しております。
    【2011/07/03 00:24】 URL | キルドンム #7vLwOHRI [ 編集]


    >キルドンムさま
    お父様、ご退院おめでとうございます。

    十分話すって、意外に大変なんですよね。自分の中に2時間くらい話せる内容がなければ、出来ないかもしれません。
    西尾先生は、いつも衝撃的な考える材料?を与えてくださいますね。
    【2011/07/03 21:42】 URL | 奥様 #- [ 編集]


     終末だ…いや、週末だ。
     上記「2011/06/29 20:16」稿で先行紹介した講談社の『本』2011.7号P.12、武田徹「原発報道が見落としてきたもの」を今夜打鍵し終えましたので、以下に全文転載します。長くなりますが、ご勘弁を。(通常なら非表示稿にするんだけど。)
     これを読んでから西尾先生のを読み返すと、脱原発と原潜遊弋との間に矛盾を感じる場合、それ自体が制御センスを度外視した核アレルギーへの再傾斜である事に気付きやすくなるかと思われます。言い換えるなら、西尾先生は脱原発と書いているくせに、その内容は制御そのものに対する疑義へと向かうがゆえに「脱原発の話はしていない」。つまり疑義から後々導かれる結果が納得できるものであれば、脱原発が原発推進であっても全く構わない。
     脱だの推進だのといった運動概念を固定的に捉えた途端、運動から流動性が失われてしまう。「夏服のイヴ」を脱がせば「裸のイヴ」、着せ替えれば「冬服のイヴ」になる様なものか。そんな彼女は「原爆の子、イヴ」。誰だって鬼面夜叉には近寄りたくないし、可能なら手なずけたい。ならば「札束ではたく」ヤラシイおやじ達(日本人も外人も)を見て、義憤を感じて何が悪い。

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    原発報道が見落としてきたもの   武田 徹
     5月末、新聞社の取材で福島県石川町を訪ねた。
     石川町は郡山と水戸を結ぶ水郡線沿いの、静かな山里だ。「母畑」「猫啼」といった個性的な名の温泉がある。とはいえ今は福島県の温泉を堪能するような優雅な取材が許されるご時世ではない。かといってそこは福島第一原発からは約60キロメートル離れているし、地震の爪痕が残るわけでもない。
     そんな石川町で何を取材したのか?
     実はそこは日本の原爆開発の重要拠点であった。1938年にカイザー・ヴィルヘルム化学研究所長のオットー・ハーンがウランの核分裂実験に成功。ハーンのかつての研究仲間でナチスの迫害を避け、デンマークに亡命していた物理学者リーゼ・マイトナーはその実験結果を物理学的に検証し、二つに分裂した原子核の質量を合計すると元のウランよりも軽くなり、減った質量分が強力なエネルギーとして放出されることを計算で示した。
     この発見はたちまち世界中に広まった。巨大エネルギーを発する核分裂反応を利用すれば強力な爆弾が作れる。第二次大戦に突入しようとしていた国々にとってそれは実に魅力的なアイディアであり、核爆弾開発競争が一斉に始まる。
     日本でも理化学研究所の仁科芳雄博士が陸軍航空技術研究所に「ウラン爆弾」研究を進言したといわれる。それを受けて1941年4月に陸軍航空本部は理化学研究所に原子爆弾の開発を委託、1943年1月に仁科を中心に、彼の名を暗号名とするニ号研究が開始された。相前後して日本海軍でもF研究という暗号名で(こちらはfission=核分裂の頭文字を採用した)京都帝大理学部の荒勝文策に核反応による爆弾の開発を依頼している。
     この新型爆弾の原料になるウランの入手先として白羽の矢が立ったのが、福島県石川だった。旧制私立石川中学校(現在の学法石川高校)の創立者・森嘉種が石川で採取される鉱物について明治30年代に紹介し、ペグマタイト(巨晶花崗岩)の産地として注目されるようになる。以後、多くの研究者、学者が石川で算出される多彩な鉱物についての研究を重ね、その中には放射性の鉱石が混じっていることが早くから知られていた。44年12月に日本陸軍は石川町でのウラン採掘を決定。45年4月から石川中学校の生徒を勤労動員して採掘させた。
     当時、理研で開発されていた原爆は、アメリカが開発したものとは構造が異なっていたと言われる。まず核分裂性ウラン235の含有比率を天然状態よりも多少高めにして(=濃縮)、10パーセント程度とする。それを容器に入れ、その中に水を入れることで臨界(=核分裂反応を持続)させるものだったという。濃縮率の低さや、水を減速材として用いて臨界させる仕組みは、福島第一など日本の原発でお馴染みの軽水炉に近い。しかしそれを兵器として使うために、チェルノブイリの原発事故のように核反応を暴走させて爆発させようとしていたらしい。
     しかし開発はすぐに暗礁に乗り上げた。計算上は濃縮率10パーセントのウランが10キログラム作れれば原爆を開発できるとされていたようだが、44年3月に理研構内に作られた熱拡散方式のウラン濃縮施設は効率が悪く、10キログラムの低濃縮ウラン製造が達成できるかおぼつかなかった。効率の点では京都帝国大学の遠心分離法の方が多少はマシだったが、こちらは設計図がようやく完成した段階でしかなかった。45年5月15日には空襲で熱拡散筒が焼失し、理研での研究は事実上続行不能となって、陸軍は6月に計画を打ち切っている。7月には後を追うように海軍も開発計画を止めた。核分裂物質を国内調達すべく石川町で行われていたウラン採掘作業も、実際にはわずか数ヵ月しか続けられずに終わった。
     こうして計画が潰えた後、日本の原爆開発史は闇の中に葬られた。これは核技術自体が戦中はもちろん戦後の占領下でも高度の軍事機密であったことを思えば仕方のない面があるが、個人的には報道のふがいなさを思わざるをえない。今でこそ軍史研究の結果、原爆プロジェクトの相当部分が明らかになりつつあるが、もう少し早くその情報が広く知られていれば……と思ってしまうのだ。
     歴史を知ることの重要さは筆者が常に強調してきたことで、核技術に関しても戦後史の広がりの中でその受容過程を論じた『「核」論』なる本をかつて書き、それは今回の原発事故を機に『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』と改題され、復刊されている。だが、そんな筆者も、戦前の原爆開発までは射程に入れていなかった。福島が戦前から「核」と関わっていることを教えてくれたのは、原子力立地の状況を分析する優れた修士論文を東大で書いた若手社会学者の開沼博氏だった。興味をそそられて自分でも調べ直してみて、戦前と戦後の連続性を視野に入れなかったことが今回の原発事故の原因を語る上での死角になっている、と改めて思った。
     というのも、日本で原子力発電の利用が国策として決まり、福島を含めて日本の全国各地で原発誘致の動きが起きるのは、まさに戦前の原爆開発の記憶が途絶える空白の時期に当たる。もしもその時に、軽水炉を暴走させる形式の兵器がかつて日本で製造されようとしていたと広く知られていたら、誘致運動はずいぶんと性格を変えていたのではないか。政府や電力会社は発電用の原子炉は原爆と違うと言ってきたが、それは解釈次第だ。確かに原発の原子炉では臨界反応に至った原子炉が核暴走せず、しかし臨界の火が途絶えもしないように制御する。だが、ひとたび原子炉が制御不能に陥れば、暴走するか止まるかは運任せだ。仮に止まってくれても崩壊熱が大きなリスク源になることは今回の福島の事故で誰もが思い知ったことだが、逆に核暴走したら、今度はより大きな破壊力が生じる。
     福島に原発が誘致された当時は、核暴走爆発を経験したチェルノブイリの事故は想像すらできなかっただろうが、実は身近に参照可能な歴史があったのだ。かつての原爆開発の歴史を知っていれば、制御を失い核暴走した原子炉が兵器に使えるほどの破壊力を発揮することがイメージできていたのではないか。その結果、原発を忌避する動きが起きていたか、そうでなくても津波で全電源が喪失し、制御能力が失われるような設計を認めなかった可能性が少なくなかったと思われる。
     そんな想像ができる以上、戦前の核兵器開発を取り上げてこなかった報道の今回の事故に対する責任を、改めて筆者は感じる。それはもちろん自分への戒めも伴う感覚である。
     戦争中の報道が、いわゆる大本営発表をそのまま伝えるものに成り下がっていたことはよく言われる。しかし、いかに戦時総力戦体制だとはいえ、国家の目的と報道の目的は重なるべきではない。そこに報道が奉仕すべきは国家共同体なのか、国家を越えた公共性なのかという問題が生じる。機密の壁を乗り越えて原爆開発について取材し、そのプロジェクトの歴史的意味を、報道を通じて問おうとするような気骨あるジャーナリストはいなかったのかと思う。戦後の時期でもそうだ。
     石川町に大戦末期に作られ、ウラン鉱の選別のために使われようとしていた工場は取り壊され、県立高校が建てられたが、今回訪ねてみると、工場時代の石壁は残っていた。こうした遺構を手がかりに、まさに事実をもって語らしめる客観報道の手法で戦争中の原爆開発史を掘り起こすことはできたはずだ。それをしなかったのは、戦前と戦後の日本を断絶させ、両者を異質な社会だとみようとする傾向に安易に乗じて、歴史を真剣に相手取らなかった結果ではなかったのか――。
     このように原発事故は報道の問題点を逆照射する。そこで、事故を踏まえて改めて報道の公共性とは何か、歴史を正しく扱うためにいかなるジャーナリズムメディアのシステムが必要か等々について考え、『原発報道とメディア』(講談社現代新書)という本を書いてみた。この新刊書が、今ごろになって石川町を訪ねている自分の、せめてもの罪滅ぼしになればと願っている。
    (たけだ・とおる ジャーナリスト・評論家)
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    【2011/07/09 22:38】 URL | 苹@泥酔 #SFo5/nok [ 編集]


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