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今西尾幹二先生の「江戸のダイナミズム」と
なぜか「ダビンチコード」を平行して読んでいる。
その前には、失われた古代都市を特集しているNewtonの「新・世界の七不思議」をながめてた。(おもしろいよぉ)
西尾先生の本にアレキサンドリアにあった大図書館が消滅して、多くの書物が失われてしまったことが書いてあったから。
文献学というのだそうな。
原典を探し求めること。
あるいは、原典をさえも疑うということ。
江戸のダイナミズムには、
江戸の時代に、論語や古事記を文献学的に研究し、
原典を疑うことから出発した多くの優れた思想家がいたことが
世界との比較をしながら語られている。
(この本は私が感想を言えるようなやわな本じゃない。この要約もまちがっとるかもしれん。)
ダビンチコードは娯楽本なのかもしれないけれど、
文献学のように聖書を疑っている。
いや、現在のキリスト教の教義そのものをも疑っている。
なぜか共通する部分があって、とてもおもしろい。
信仰の対象とされているものまでをも疑う?ことこそ、
成熟した?近代的な魂であるってことなのかもしれない。
ん〜〜〜うまくいえないけれど、、、
がっちんがっちんに固まって、批判を許さないものは、
何にせよ、自由な発想を失ってしまって、
野蛮そものであるってこと・・・・・だよね。
とりあえず、今感じていることをメモ